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第24話 信じられる奇跡

「何が言いたいのかは知らんが……。

今、聞いた限りでは、それは全てオマエの憶測だろう?」


「はい。

…ですが、不思議に思った事はそれだけではなく、他にもまだ色々とあるのです」


「ほう……それならこの際だ、纏めて聞かせてもらおう。

他には何が気になっているんだ? 名探偵のメアリーさん?」


 興が乗ったのか……面白がってメアリーが語る内容を冗談交じりで煽っては、

そう言って話の続きを促すイザベラ。


 そんな彼女に相反して、メアリー本人は至極冷静な態度を崩さない。


「…例えばですが、私とイザベラ様が初めて出会った日……。

あれは、本当に偶然だったのでしょうか?」


 そう言われ、イザベラはメアリーと初対面した時のことを思い出した。


…確か、アイリスと会話しながら結界外に出た際、直ぐ近くで主を探していた彼女

とバッタリ会ったのが最初だったはずだ。


「隠れ住んでいるという状況で、結界からの出入りという最も重要な瞬間に慎重に

ならないはずは無いと思うのですが……」


「あ~……アレか。

会話に意識が行っていて、ついうっかりしてたってだけなんだが?」


「ええ、あの日も『うっかり人払いを忘れていた』と仰っていましたね……」


『考え過ぎだ』と言わんばかりにそう答え返す、イザベラ。

しかし、その返答は予想の範囲だったようで、メアリーも軽く頷いてそう答えた。


 そして、ここから更にメアリーは私見を話していく……。


「先ず、『気軽に人払いを可能にする術がある』というのも驚きなのですが……。

そもそも、魔女ともあろう者が自らが管理する結界のすぐ向こう側に居る者を察知

する手段を、何も持ち合わせていないものでしょうか?」


 メアリーは魔女ではなく、あくまでも普通の人間だ。

それ故に、魔女がどこまでの事を可能とするのかは、まだ手探りでしかない。


 だが……『人払い』は出来るのに、肝心の人が『そこに居るのか』を知る方法が

全く無いというのも、妙な事のように思える。


 そんなはずはない……とまでは言えないが、単純に対象が何処にどれだけ居るか

分からないのに、それを追い払う術だけがあるというのも不便ではないか?


「もしも……仮に、初めから私の存在どころか、その目的にすら気が付いていたの

だとするなら、あの日に私の前に突然ああして現れたのも、実は()()()()()()()

いう事になります」


「ククッ……オマエの中のアタシは、随分と万能なんだな?

良いぞ? アタシの方も聴いていてだんだん楽しくなってきた。

まだあるってんなら、他のも聞かせてくれよ」


…どうやら、イザベラはこのメアリーの考察を笑い話のような捉え方で聞く姿勢に

落ち着いたらしい。


 それは、人によってはムキになって怒り出すかもしれない態度でもあったが……

メアリーはそうはならず、むしろ歓迎して『それでは――』と、口を開いた。


「お嬢様が初めてイザベラ様とロジャー様に出会った……最初の日。

その時の経緯も、お嬢様ご本人から詳しく伺いましたが……。

あの日の出来事についても『単なる偶然だった』と、そう仰るのですか?」


「ああ、その通りだ。

ロジャーが好き勝手に走り出して行くもんだから、探す手間が増えてな……。

そこで偶然、暇そうに暢気な顔で昼寝しているアイを見つけたんで、無性にイラッ

として、そのまま蹴っ飛ばしたんだよ」


 当時のアイリスの反応を思い出したのだろう。

そう言うと、イザベラは「クックッ」と意地の悪い笑いを漏らす。


 そして……その笑い声が収まると共に、イザベラは逆にメアリーに尋ね返した。


「何も疑問に思うような突飛とっぴな事なんて起きていないだろう?

…それとも、オマエにはそれを嘘だと判断する理由に心当たりがあるのか?」


 そう問い掛けてくるイザベラは引き続き愉快そうで――しかし、瞳の奥に確かに

鋭いものを隠している……少なくとも、メアリーにはそう見えた。


 だから、メアリーはその自身の感覚を信じて、心の中でもう一度、背筋を正して

意識を研ぎ澄ました。


「…出会いの切欠は、魔法研究の息抜きの為の散歩だったというお話ですが……。

それは、間違いございませんか?」


「ああ、そうだが?」


「それでは、お嬢様が『偶然』迷い込んだ日の同じ時間帯にイザベラ様も『偶然』

外出しようと思い至り、逃げ出した猫を追った先で『偶然』眠っていた……と?」


「………」


 何度も口にした『偶然』という言葉を強調しつつ、メアリーがそう尋ねると、

イザベラは何も返事をしてこなかった。


「お嬢様は『本当に幸運だったわ!』と大変お喜びになっていらしたので、私から

はそのまま何も申し上げませんでしたが……。

町には買出しに出る頻度も少なく、数ヶ月にわたって屋敷内にて篭もり切りになって

研究に没頭していたという情報を得た後で、再び思い返してみると……。

全体的に、あまりにも都合が良過ぎる『偶然』のように思えます」


 本人曰く、「自分とロジャーの気分転換だった」という事だが、それにしても、

日時や場所まで重なるというのは、少々出来過ぎている。


 ちょっと外の空気を吸いたかっただけならば、花畑まで行かずとも屋敷の庭先で

十分だろうし、ロジャーが逃げて行ったからだというのも、事前に屋敷の周辺程度

の範囲に留まるよう言い聞かせておけば良いだけだ。


 人間の会話を理解しているのなら可能だろうし、そもそもそれ程に頭の良い猫を

追いかけて探し回る必要があるかどうかすら疑問だった。


 また、アイリスが眠り姫のように長い間その場で眠り続けていたのなら、或いは

その『偶然』という言葉にも信憑性があったのかもしれないが……。


 控えめに言っても極端に出不精な生活を送っていた魔女が、そのタイミングで外

に出たのが本当に『偶然』なら、陳腐な言い方になるとしても『奇跡』と言っても

良いくらいの確率だろう。


…そして、現実主義者を自認しているメアリーは、そう簡単にはその奇跡を信奉

出来ずにいる。


「更に、他にも疑問……いいえ、違和感を感じた点があります。

イザベラ様は、確かにお嬢様の仰るとおり、お優しい方ではあるのでしょう。

…ただ、それにしてもライラ様に対する介入の仕方は、魔女として隠れ住んでいる

立場としては、いささか度を越していたように思いました」


「………どの辺りがだ?」


 メアリーの追及は止まらず、更に続く。

恐らくはこんな機会がそうは無い事を彼女も解っているのだろう。


…ただ、予想以上にメアリーの指摘が鋭かったからか、それともその話題が急に

変わったからか……。


 イザベラの反応は、先程までと比べて随分と鈍いものへと変わっていた……。


「例えば、そうですね……『木の実を渡して、それで解決』で良かったのでは?」


「…先に優しいと評価しておいて、それはまた随分と冷たい解釈なんだな?」


 愉快そうな顔でこそ無くなったものの、煽るような口調はそのままに、イザベラ

はそんな言葉で反応を返す。


 すると、メアリーはこの微妙に張り詰めた空気の中で……ニコリと笑った。


「誤解が無いように先に言わせて頂くのですが、勿論、私としてもあの件に対する

イザベラ様の対応は、個人的には歓迎すべき、最良のものでございました」


 この言葉が嘘では無いという意思が伝わるよう、メアリーは笑顔を浮かべるよう

心掛けたのだった。


 勲章の件などの面倒な事態を引き起こしたのは、元を辿ればアイリス本人の考え

が発端なのであって、そこにイザベラの意向は無かった。


 それに、ライラの件で言えば、誰も困っていないどころか、都合が良過ぎる程

に良い結果に結び付いており、メアリーもそこには不満など一切無かった。


「…けれど、私にはイザベラ様が『どこまで関わるのが最善か』を見誤るような、

そんな迂闊な方だとは、とても思えません。

…貴女様はとても冷静であり、もっと的確な判断の出来る人物です。

聖人の如く全ての病人を癒すつもりが無いのなら、特定の者の病だけを癒すという

行為は、逆に面倒を呼び込む原因にもなりかねない事くらい、理解は出来るはず」


 ここでメアリーは、敢えて失礼な表現でもある『迂闊』という言葉を織り交ぜて

イザベラの反応を伺う。


 しかし、イザベラはその言い回しに怒りを全く見せなかった。

やはり、思っていた印象の通り『冷静で的確な判断の出来る人物』なのだ。


…果たして、アイリスと接している間に見せる苛立ちの表情や厳しい口調のうちの

何処までが、彼女の『本当の感情の発露』だったのだろうか……。


「…ですので、以上の点から、この件に関して私の出した結論とは――」


 小さな少女にしか見えないこの魔女に、初めて不気味な、薄ら寒い感覚を覚えた

メアリーだったが、それでも、その口は自身の推論を最後まで言いきった。


「あの日のライラ様やそのお母様に対する介入は、イザベラ様の中にある何らかの

基準で判断した場合には、適切な範疇だったのではないか? ということ。

…つまり、お嬢様が考えていたような、『優しさ故の行為』という理由ではなく、

『ステラ様の病気を治し、原因を突き止め、その再発をも阻止する』というところ

までが、初めからライラ様の事情に介入する際の“最低条件”だったのではないか?

というものです」


…と、今のところ伝えるべき内容を言い切ったところで、イザベラは今までとは

打って変わって、強い口調と声でメアリーにこう切り出してきた。


「あー、わかったわかった! その想像力()()は、大したもんだよ。

それで? 仮にオマエのその妄想が当たっていたとして、つまりどうしたいんだ?

そう考えたメアリーは……“魔女イザベラ”に何を望んでるんだよ?」


 最後の一言を耳にしたメアリーは、内心で『流石ですね……』と感心する。


 彼女は話の途中――いいや、もしかすると初めから、解っていたのだ。

メアリーがここまで徹底的に質問攻めにするのには、何か別の狙いがあるのだと。


 そうでなければ、わざわざ自身を『魔女イザベラ』などとは言わないだろう。


「それは、勿論――」


 この時を待っていた事を示すかように、メアリーは深呼吸をして、室内の雰囲気

を仕切り直す。


…そして、ゆっくりとその口を開くのだった。


「私の願いとは、お嬢様についてです」


「…まぁ、そうだろうな……」


 驚く様子も無く、イザベラはそう相槌を打つ。

メアリーが懸命になる理由など、アイリスが関わるもの以外には考えられない。


「あれ以降、イザベラ様にはお嬢様に代わり、ライラ様の毎日の遊び相手を担って

頂いております。

…ただ、それはあくまでも『お嬢様の頼み』を聞き入れて頂けたが故のこと。

いずれライラ様が成長し、彼女が家に一人で居る時間を寂しいと感じなくなれば、

静かに彼女の前から去っていく……そういうおつもりなのでしょう?」


「…ああ、恐らくそうなるだろうな。

まだはっきりと時期を決めているわけじゃないが――」


 アイリスの事だと言った直後にライラの事を話し始めるメアリーに、イザベラは

一瞬だけ怪訝そうな表情をするが、恐らくはこれも何かの意味があるのだろうと、

特に何も余計な文句を挟む事無く、質問に答える姿勢を見せる。


 対して、もしかすると上手くはぐらかされるかもと考えていたメアリーは、意外

にもあっさりと此方の問いに応じてくれた事に安堵していた。


 そして、内容を肯定した上で、イザベラははっきりと意思を示して来る。


「…アイツからすれば、アタシはあくまでも『森で出会った不思議な人間』だ。

『森の魔女』として接していない以上は、それに感付かれるより前に、一定の時期

を境に消えるつもりではある」


 そもそもライラがロジャーと遊ぶ目的で屋敷で預かるようになった理由は、母親

のステラが家を空ける間の寂しさを補ってやる為だ。


 それなら、1人での留守番を苦痛に感じなくなる年齢になってくれれば、必要性

という意味では主な理由が消滅したという事になるだろう。


「…今からでも、彼女に『森の魔女』として接してあげる事は……考えられないの

でしょうか?」


「…あの年齢じゃあ、秘密を完全に守らせるってのは不可能に近いだろう?

それに、以前にも言ったが、何か致命的な問題が発生した場合には、あの木の実を

通じてアタシに関わった者の全て……。

母親のステラの記憶すら含めた全てを、消滅させなけりゃならなくなるだろう。

…そうなってしまうリスクを考えれば、途中退場が最善なのさ」


 今のライラの年齢は7才になったばかり。

これがあと2、3年もすれば、留守番に寂しさを感じる部分も少なくなるだろう。


…それと同時に、それ以上の年齢になってくる頃には、『アイリスやメアリーに手

を引かれて訪れた時にだけ辿り付ける、不思議なお屋敷』という存在そのものも、

いよいよ誤魔化しが難しくなってくるはずだ。


「…やはり、そうなのですね……」


「………ん?」


 イザベラは、そのメアリーの『やはり』という言葉に敏感に反応する。


 そんな言葉を呟いたという事は、今の自身の回答の中にメアリーが知りたかった

何かの確認事項が含まれていたという証拠だろう。


「イザベラ様……先程、私が貴女様に何を望むのかと、尋ねられましたね?」


「ああ、確かに聞いたが……?」


 一瞬だけ思案するように視線を落としたかと思うと、直ぐに再びイザベラへと

その視線を戻して、意を決した様子でメアリーはそう話し始める。


「私が望むとすれば、それは1つきりです――」


…そして、その『望み』を口にすると同時に、彼女は深く頭を下げたのだった。


「どうか……どうかお嬢様から『大切な親友』を、奪わないで下さいませ」


「………なるほど……そう来たか」


 イザベラが言葉通りに納得した表情を浮かべる中、メアリーは更に続ける。


「ライラ様への介入が『1人を寂しく感じなくなる年齢まで遊び相手になる』事で

完了し、それ以後は関わらないというのなら、お嬢様に対しても同じと考えるのが

妥当です」


 仮に……本当に仮の話ではあるのだが、ライラに親身になって接していたのが、

メアリーの予想通りに『結界を自力で突破した』という理由であるのなら、それは

そのまま()()()()()()()()()()()()()()()事になる。


…つまり、『友人になる』『報告書作成の資料を提供する』『ライラの遊び相手を

引き受ける』『専門知識を授ける』といったこれまでの事象が、全てライラにして

いたように、アイリスに親身になって接する一環だったとするのなら――


「…お嬢様に関する事象において、イザベラ様の中にある『何らかの基準』が全て

満たされた、その瞬間……。

この先で仮にそんな時が訪れたとしても、どうかそのまま、イザベラ様にはお嬢様

にとっての“親友”で居続けて頂きたいのです」


「アタシに、アイの『一時ひとときの楽しい夢』にはならないで欲しい……と?」


「…はい。左様でございます」


 ここ最近では、イザベラの屋敷にはライラの送迎という意味でも、毎日のように

通っていたメアリー。


 そんな中、改めて実感したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

という事実だった。


 接していて判る通り、イザベラは表面的な口調や態度こそ荒いものだが、本質的

にはしっかりとした人格者であり、外部の人との関わりを避けてはいても、それを

嫌っている様子はあまりない。


 そんな彼女がそれでも1人でこの屋敷に居るのが、先に聞いた通り『無用な争い

の火種になるのを避ける為だ』というのは、きっと本当なのだろう。


…ただ、そうなると、魔法をかけて結界を通れるようにした者には許可無く他者を

連れて入る事を禁止している彼女本人が、仮にも権力者の娘であるアイリスには、

その従者や幼馴染まで出入り可能にする事自体、何処か不自然に映る。


 どう考えても、アイリス相手には“甘やかし”が過ぎるように感じたのだ。


 その上で、先程までの会話も含めた総合的な判断をするのなら、イザベラの中で

自身やアレクサンダーにも許可を出す決定をした理由とは、あくまでもアイリスの

『基準』を満たすための“最低条件”だと考えるのが妥当だと思えた。


 つまり、アイリスの従者や幼馴染といった周辺人物を、こうもあっさりと出入り

自由にしていくのは、ライラと同じ『最後は外に返して関係を絶つつもりだから』

だとすれば……妙に納得できてしまうのだった。


「……………」


 まだ下げた頭を上げていない為、その表情までを読み取る事は出来なかったが、

微かに漏れる息遣いが、イザベラの懊悩おうのうをメアリーに伝えてくる。


「仮に――」


 暫く音のない時間が続く中……遂にイザベラがそう声を発する。


 すると、それを切欠に、メアリーはその言葉をきちんと目を合わせて聞く為に、

ゆっくりと顔を上げて視線をイザベラへと戻した……のだが――


「仮に、オマエのこれまでの予想が全て当たっていて、いずれアタシがアイの前

からも消えるつもりだったとして、だ――」


 そう話し始めるイザベラは、左の手で両目を覆っていて、此方を見ているのか

すら判らず、彼女が今、どんな目をしているのかは判らなかった。


…ただ、トントンとテーブルを叩く右の人差し指の動きから、イザベラがこれから

口にするであろう言葉を本当にメアリーに向かって発するべきか悩んでいるのは、

直ぐに見て取れる。


「…メアリー、オマエにはいったい何が出来る?

アタシの意思を捻じ曲げてまで、ずっと“アイの親友”で在れというのなら……。

オマエはアタシに、代償として何を提供できるって言うんだ?」


 果たして、イザベラは数秒間悩んだ末に、伝えるべきか決めかねていた内容を、

メアリーに対してそう口にしてきたのだった……。


「アタシが自分で決めた事をする分には対価なんぞ要らんし、求めもしない。

…だが、そちらから何かを願って、それを叶えてやるというのなら話は別だ。

まさか……『魔女を相手に対価も無く利を得られる』と思っていないだろうな?」


…これが、いつもの如く此方をからかうような顔で言っていたのなら、どれほど

気が安らいだだろうか?


 つまり、イザベラにとって、誰かに『何かを差し出せ』と要求する事とは、それ

くらいの抵抗がある行為なのだろう。


…つくづく、『魔女』の印象からは程遠い心根の持ち主だ。


 そんなイザベラの心中が伝わったからだろう。

ここに来て、メアリーは急に緊張が解れて、心が軽くなった気がした。


「ええ、それは勿論です」


「へぇ……それじゃあ、オマエは具体的には何をくれるって言うんだ?」


「私に叶えられる事であるならば、何でも……何度でも叶えて差し上げます」


 口にした内容とは裏腹に、自分でも驚くくらいに自然とその言葉が飛び出す。


 一応は、この話題が始まった際には、相応の覚悟はしていたつもりではあったの

だが、こうも簡単に躊躇無く言えるとは思っていなかった。


 いつの間にか、その程度にはイザベラという存在に信頼を寄せていたのだという

自分の無意識にメアリーは驚き、同時にそれが何処か愉快でもあった。


「ハッ! これはまた大きく出たな?

それなら『今この瞬間からアイの従者を辞めて、一生この屋敷でアタシの身の回り

の世話をしろ』と命じれば、そうするとでも言うのか?」


「はい。本当にそれを、イザベラ様がお望みであるとおっしゃるのであれば」


「…っ……」


 恐らく、現状で思いつく限り最も叶えるのを躊躇うであろう事例を挙げて、その

発言を撤回させようとしたのだろうが……。


 それすらも、一瞬も迷う素振りを見せずに承諾する意思を示したメアリーには、

流石の森の魔女ですらも、息を飲んで押し黙らざるを得なくなった。


「……………おい、メアリー」


「はい」


 再び訪れた室内の静寂。

それを破って声を発したのは……やはり、イザベラの方だった。


「オマエ……アタシがそんな事を言い出さないだろう事を初めから分かっていて、

そう言っているだろう?」


「ふふっ……さぁ? それはどうでしょう?」


 呆れを通り越して疲れすら感じさせる顔で、イザベラはそんな事を尋ねてくる。


…しかし、メアリーの方はそんなイザベラの様子とは対照的に、何処か楽しそうな

表情を浮かべて、こう返して笑った。


「イザベラ様が私やお嬢様が悲しむような要求をするとは思いませんが……。

そういう意味では、私がこの屋敷の専属の従者となった場合には、お嬢様は悲しむ

どころか『ありがとう、メアリー! ここに毎日通える大義名分が出来たわ!』と

お喜びになる可能性があるので、私にもはっきりとは未だ判りかねます」


「くっ……あはははっ! 確かに、それはそうかもしれないな!

アイはとんでもない理屈のまま、ごり押ししてくる事も多々あるヤツだし……。

言われてみれば、アイツは基本的には“暴走気味でおかしな人間”だった。

アタシも改めて考えると、『それは絶対にありえない』とは言い切れないか」


 メアリーの返答を受けて、イザベラもそれに釣られるように「ククッ」と笑い声

を漏らしながら肩を震わせ、そんな言葉を付け加えた。


 そのまま少しの間、2人は声を殺して笑い合っていた……が、それも落ち着いて

来た頃に、イザベラは弛緩した雰囲気に乗せて、軽い口調のまま続ける。


「…まぁ、オマエのその願いを叶えるかは、結局はアタシの勝手だ。

だから、それが叶わなかったとしても、責任を追及される筋合いは無いぞ?」


「はい。承知しております」


「ただ、仮にオマエの求めに応じて、それを叶える時が来るとしたら……。

メアリー、その時はオマエも覚悟しておけよ?

アタシの『在り方』を変えるというのなら、相応の対価を要求するからな?」


「はい、問題ございません。

そういった覚悟であれば、お嬢様に付き従うと決めた時に既にしております」


 内容を冷静に思い返してみると、かなり際どいものであるはずなのだが……。

この時のお互いの口調は、何て事はない世間話をしている様なものだった。


…にもかかわらず、その重要さを両者はしっかりと認識している分だけ、更に性質たち

が悪いとすら言える。


「………おい、メアリー」


「はい、何でございましょう?」


 そんな、何故か最終的に和やかな雰囲気の中で展開された、深刻な会話。

その最後に、イザベラは判り易いくらいにわざとらしく「んんっ!」と、咳払いを

して、仕切り直す。


「…魔女のアタシが言うのも何なんだが……もう少し、自分も大事にしてやれ。

アイを大切に思うのは構わないが、オマエにも家族や友人は居るんだろう?

そんなに簡単に、誰かに自分の全てを躊躇無く差し出すもんじゃない」


「………ふふっ」


「ハァ……笑い事かよ……」


 折角、きちんと言うべき事を伝えたにも関わらず、結局は再び笑い始めてしまう

メアリーに、イザベラは深い溜め息でこの話題を締め括った。


 そして、メアリーはそんなイザベラに、もう一度深く一礼して、微笑んだ。


「…お心遣い、ありがとうございます。

森の魔女様からのご忠言、しかと肝に銘じておきますね?」


「何が『森の魔女様』だ……まったく……」


「ふふふっ……」


 メアリーは、生粋の現実主義者だ。


 安っぽい奇跡なんてものに縋ろうとは考えないし、それを信じたりもしない。


…ただ、自分の大事な主人が出会ったこの不思議な友人が、この上なく素晴らしい

人格を持っていたという『偶然』だけは……。


――きっと小さな『奇跡』だったのだと、素直にそう信じられそうだった。

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