第23話 従者の事情と、魔女の嘘
「あの……イザベラ様。
お忙しいところ、大変恐縮ですが……少々、宜しいでしょうか?」
「…ん? なんだ? まだ何か有るのか?」
話し合いが終わった後、すぐに解散する流れに反発したアイリスに押し切られる
かたちで、とりあえずはそのまま屋敷内に留まる事を許されたのだが、そんな中で
不意にメアリーがイザベラへと、そう切り出した。
「いえ、お嬢様の勉強会の件とは別に、私の方からもお話がございまして……」
「オマエの方から……というと、それはメアリー個人の話という意味でか?」
「…はい」
一通りの打ち合わせが終わった後、真面目な顔でそう切り出す、メアリー。
そんな彼女を見て、イザベラは意外そうな表情で返した。
「それは珍しい……と言うより、これが初めてなんじゃないか?」
あくまでもアイリスの付き添いとして顔を出すことはあっても、彼女個人として
イザベラに話題を持ちかける事はこれまでにも殆ど無かった。
メアリーにとって“自分”とは、アイリスの助けになる“道具”であり、貴族として
の存在の格を引き上げるための“装飾品”だ。
それ故に、アイリスの友人であるイザベラに対して、積極的に個人的な相談など
しようはずもない。
「あ! もしかして、例のあの子の事かしら?」
「はい。左様でございます」
イザベラが返事の代わりに立ち上がりかけていた椅子に再び腰を下ろしたのを
確認したアイリスは、メアリーに向かってそんな言葉で軽く確認を入れた。
…どうやら、これから話すであろう内容は、既にアイリスも知っているものだった
らしい。
「それじゃあ、私は別にもうこの場に居なくても平気?」
「はい。これは、あくまでも私の個人的な事情ですので……。
お嬢様の貴重なお時間を、わざわざ割いて頂く必要はございません」
どういった内容なのかは敢えて言及せず、アイリスはそう言って席を外す確認を
メアリーへと取り、そのままくるりと後ろを振り返って――
「それなら……アレックス?」
「…ん? 俺……?」
…と、慣れない堅苦しい話し合いに疲れ、肩を回してポキポキと音を鳴らしていた
アレクサンダーに声を掛けた。
「メアリーの話が終わるまで、今から私がこのお屋敷の中を案内してあげる。
貴方だってこれから此処には頻繁に通う事になるのだから、何処に何があるのかは
知っておいた方が良いでしょう?」
「…いやいや、なんで屋敷の主じゃなくて、アイが案内するんだよ。
どれだけイザベラさんと仲が良いのか知らないが、流石に勝手にウロウロするのは
失礼なんじゃないのか?」
アレクサンダーも別に勘の鈍い人間というわけでもないので、それがメアリーの
話とやらを、相談相手であるイザベラ以外の者……具体的には自分に聞かせない為
の配慮から来る提案であるのは直ぐに察しがついていた。
…しかし、その提案が自分の判断のみで決められるようなものでもなかったので、
そんな言葉を返しながら、そっとイザベラへと横目で確認の視線を送るのが彼に
出来る限界だった。
「ああ、アタシなら別に構わない。
…まぁ、アイがまた迷子にならないかだけは、少しばかり心配ではあるがな?」
そんな『良いんでしょうか?』という視線に対して、そう言って軽い調子で許可
を出したイザベラだったが……。
…最後の余計な一言に、アレクサンダーが即座に反応を示す。
「うわ……そう言われるって事は、迷子になった経験が既にあるのかよ……」
その発言と同時に、眉を寄せて一歩分だけ後退りしたアレクサンダーの顔には、
口には出さずとも『コイツに付いて行って、本当に大丈夫なのか?』という心情が
ありありと滲み出ていた……。
「も、もうっ! フィー!! その話はもう良いでしょう!?
伊達に通い詰めていないもの、流石にもう迷ったりなんかしないわ!!」
そんな彼の心の声を、その渋い表情から瞬時に察したアイリスは、「ククッ」と
笑い声を漏らした魔女に向かって、そう言って反論してみせる。
その顔が真っ赤に染まっているのは、恐らくは怒りだけではないだろう……。
「……それじゃあ、一通り巡ってから、また戻ってくるわね。
一時間くらい掛けてのんびり行って来るから……メアリーも、それで構わない?」
こういう時のイザベラに下手に詰め寄っても、軽くあしらわれると既に理解して
いるアイリスは、抗議の言葉を早々に切り上げて、メアリーへと会話の相手を変更
すると、そんな風に最終確認をしてみせる。
「はい。
お嬢様がお戻りになられるまでには、私も話を終わらせておきます」
「ふふっ、別にそこは気にしなくても良いわ。
私達はゆっくり回ってくるから、焦らずに時間を掛けて話してくれて大丈夫よ」
「お心遣い、感謝致します」
相変わらず自分を優先しようとしてくれるメアリーに、アイリスは心の中で感謝
を返しつつ、ニコリ……と穏やかに笑った。
…そして、次の瞬間にはパッと表情を明るいものへと変えて、アレクサンダーへと
向き直る。
「よ~し……それじゃあアレックス、私達は行きましょうか!
いざ! 謎めいた森の魔女の隠れ屋敷の探索へ、レッツゴー!!」
「あ、ああ……って、おい! そんなに引っ張るなよ!」
ガシッと音が聞こえてきそうな程にがっちりアレクサンダーの手首を握って、
アイリスが彼を引き摺るようにして退室していく……。
抵抗の言葉を放ちながらも、その身は引かれるに任せるアレクサンダーは、扉が
閉まる直前に『し、失礼します!』と慌てて部屋に残る2人に言い放った。
その直後にパタンと小さな音を立てて扉が閉まった事で、その言葉だけが室内に
届けられ、後には嘘のようにシン……とした静寂が残ったのだった……。
「はぁ……相も変わらず、無駄に騒がしいヤツだな、アイは。
…あれで大人しく勉強会なんてものが本当に出来るのかね?」
嵐が去った後に訪れた静かな空間に、イザベラの溜め息が一際大きく響く……。
呆れ顔で扉の向こうを見つめるイザベラに、メアリーはクスクスと笑いを零し
ながらも、漏れた言葉に相槌代わりの返答をする事にした。
「その点についてはご心配には及びません。
そういったところでは、お嬢様はすぐに切り替えが出来るタイプですので」
その言葉に「本当かよ?」と返してくるイザベラに、「はい」とだけ短く答える
メアリー。
…そして、姿勢を正して僅かに体の方向を変えて、真正面にイザベラを捕らえる。
「…イザベラ様。
先程もお伝えしましたが……少々、私からの話を聞いて頂けるでしょうか?」
「ああ、アタシは構わないよ。
…というかだな、メアリー……以前から、何度も言おうとは思ってたんだが――」
「…?」
やっと、話の本題に入れる……と思ったところで、イザベラが面倒そうに後ろ手
に頭をガリガリと掻きながら、メアリーに何がしかを話し始める。
「アタシはな……この森に棲みついている、得体の知れない魔女なんだ。
俗世の常識も法律も通用しないし、アタシ自身も特にそれらに従うつもりは無い。
だからこそ、そんなアタシの認識の中では、相手が貴族かどうかなんてものは特に
区別する基準にはならない……。
オマエとアイとの『差』は、全く無いと思っていてくれて構わない」
「はい、ありがとうございます」
「アタシだって、オマエがアイの従者である事を誇りに思っているって事ぐらいは
解っているつもりだからな。
主人の前で従者然としているのは良いさ。
ただ、それにかかわらない範囲では、普通の友人として接してくれて構わない。
そもそも……あまり丁重に扱われるのには、アタシの方が慣れていないんだよ」
「それは――ふふっ、承知致しました」
最後の言葉を口にすると同時に、視線を明後日の方向に逸らしては、そんな事を
言ってきたイザベラに、メアリーは思わず笑みを浮かべる。
明らかな照れ隠しと共に言われたその内容が、簡単に言えば『大切な者のように
扱われるのはくすぐったいから止めてくれ』というものだったからだ。
「そのお心遣いは、私も非常に嬉しく思います……が、今回の件は確かに個人的な
話ではあるのですが、私の職務と全く関わりが無いわけでもありませんので……。
本日の所はどうか、このままでご容赦頂ければと思います」
「…? そうなのか?」
「はい」
…ただ、その魔女からの温かい言葉に答えるのは、次の機会まで取っておこうと、
メアリーは思った。
これから話す事柄は発端こそ個人的なものではあるのだが、ヘイマン家の使用人
としての事務的な意味合いの方が大きいものでもあったからだ。
「お願いした通りに来週からお嬢様達への授業を行って頂けるとの事ですが……。
実は、ちょうどその頃から暫くの間は、此方へは伺えなくなる可能性が高くなって
しまうだろう……というものなのです」
「! それは……」
メアリーの言葉を受けて、イザベラは少しばかり驚いた反応を返す。
アイリスからは、自宅から抜け出した後の避難所扱いされている為、実際に従者
を連れて一緒にやってくる確率は、これまでも決して高いとは言えなかった。
しかし、そのアイリスを追って後から訪れたりはしていたし、少なくともその日
の次の予定に間に合うよう、最後には呼びに来るのがお決まりとなっていた。
そんなメアリーが、アイリスにとって最も重要なこの局面において、まさか一緒
に行動できないと言い出すとは思っていなかった。
「原因は……やはり、今回の勲章がどうのって話の関連なのか?」
てっきり、アイリスと共に自分の授業を受けるのだと見越していたイザベラは、
初めに思いついた心当たりを口にする。
…だが、その言葉にメアリーは首を振って否定の意思を伝えてきた。
「いいえ。それが全く別の話であり、完全に単なる偶然なのです。
実は……来週からは、他家の若い使用人の指導を私が担当する事が、随分と前から
既に決まっておりまして――」
そこから、メアリーは事の経緯を簡単に説明していった。
彼女が言うには、貴族同士が社交界等で意見を交わすように、使用人同士も稀に
会話をする過程で親しくなる事も有るのだという。
とある理由が切欠で、次第に話す機会が多くなった他家の使用人の女性と友人に
なったメアリーだが、そんな友人である彼女から頼み事をされていたらしい。
その内容とは、自分の部下の1人をメアリーの下で鍛え直して欲しいというもの
だった。
「つまり……修行も兼ねて、他所の家で学んで来い――ってところか?」
「はい、左様でございます」
話の内容が正しく伝わったのを確認したメアリーは、更に詳しく話す。
「預かる予定の子は、少々そそっかしい所が多く見受けられるらしく……。
その友人も、あちらの家では私と同じく、爵位をお持ちの貴族の方の専属として
身の回りのお世話をしつつ、使用人達の纏め役も併せてしているので……。
立場上、その子だけをずっと指導しているというわけにもいかないのです」
メアリーの話では、そちらの友人の主の方がヘイマン家よりも爵位が高く、また
治める領地の規模も大きい為、使用人の人数や仕事の量も全く異なるらしく、同じ
ような立場ではあっても、自分とは比べ物にならない忙しさなのだとか。
「…成る程な。
それで、ここは信用が出来そうな友人にお願いしようって話になった……と」
「はい」
発端は友人同士の頼み事ではあるのだが、他家の使用人……しかも、格上の爵位
を持つ家からの一時的な人材の派遣には違いないので、当然ながら、この話は当主
たるヘイマン子爵も含めて、具体的な部分は貴族同士で話し合ってから実施が決定
された。
それをこちらの都合で一方的に破棄するわけにもいかない上に、その理由が主人
が本来なら既に持っている事になっているはずの知識を得る為の勉強の付き添いを
したいからだ……とは、言えるはずもない。
「勉強会に関しましては、アレックス様が一緒にいらっしゃるのでしたら、私が
現場に居らずとも、お嬢様としては問題が無いかと思われますし……。
私としては、その時間をその子の指導の時間に当てられれば、と」
確かに、使用人として最優先事項であるアイリスの専属従者としての仕事を少し
でも無くせるのなら、若手1人の教育くらいはメアリーには軽くこなせるだろう。
自身の部屋を頻繁に抜け出しては外へ逃げ出していくアイリスを追って、屋敷の
仕事を各自の采配に任せて自身も追跡する事が多かったのが幸いし、ヘイマン家の
他の従者達は、普段から纏め役のメアリーに頼りきりの体勢を取っていない。
その為、時間さえ空けば、そこをそのまま自由に扱えるのだ。
…まさか、こんなところでアイリスのお転婆ぶりが良い方向に働くとは、誰も予想
しなかったに違いない。
そんな話を聞いたイザベラは、「アイツの逃亡癖が使用人の自主性を鍛える要因
になっていたとはな」と呟き、メアリーと軽く笑い合う。
…そして、その笑いが収まる頃、イザベラはメアリーに慎重な口調でこう尋ねた。
「…しかし、幼馴染だとはいえ、オマエの大切なお嬢様が男と2人で行動するのは
構わないのか?」
それは、アイリスが絡むと暴走しがちなメアリーには、禁句とも言える内容……
だったのだが、意外にも彼女は取り乱す事も無く、落ち着いた様子で答えてきた。
「はい。
他の方ならまだしも、アレックス様においては特にその点は問題御座いません」
そのあまりにもあっさりとした返答に、珍しくイザベラが目を丸くする。
「やけにあっさりしているんだな……。
アタシはてっきり『間違いが無いよう、しっかり見張っていて頂きます!』とか、
そういった面倒事も頼まれると思ってたんだが?」
「アレックス様がお嬢様と2人でいらっしゃるというのは、もう今に始まった話
ではありませんし……。
御当主様からも、それについては特別なお許しが出ておりますので。
何より、私個人としても、お嬢様がお幸せならば、それが一番ですから……」
不思議がるイザベラに、クスリと上品な笑いと共にそう答える、メアリー。
…すると、イザベラは数分前に仲良く揃って出て行った2人を目で追うように、
閉じた扉に視線を向けつつ、婉曲的な表現でこう尋ねるのだった。
「やっぱり、そういう事で良いのか?」
「…はい、恐らくはお察しの通りかと。
お嬢様も、あれで貴族社会の一員です。
誤魔化しや嘘といった物も、決して苦手という程では無いのですが……。
こと色恋においてのみは、その……大変、素直でいらっしゃいますので」
アレクサンダーへと、あからさまに好意を示しているアイリスの言動や行動は、
傍から見れば、そこに特別な感情が含まれているのが一目瞭然だった。
それこそ、ここでメアリーが誤魔化しや嘘を吐いて隠すのが馬鹿馬鹿しい程に。
「………成る程ね。へぇ……」
「………?」
…ただ、この時のイザベラの反応は、メアリーにはとても奇妙なものに映った。
今までの発言を鑑みると、からかいや冷やかしの言葉の一つでも、直ぐに漏れて
きそうなものなのだが……。
何故か、その扉へと注がれたままの視線は、真剣そのものだったのだ。
「…あの、イザベラ様?
もう一つだけ、私のお話を聞いて頂いても構いませんか?」
「…ん? ああ、良いぞ?
今日は例の話し合いがどれくらい掛かるか判らなかったから、アタシも特に予定は
入れて無いからな」
「ありがとうございます……と言っても、お話と言うより、これは質問と言うべき
なのでしょうが――」
そんな視線が妙に気になったから……だろうか。
メアリーは……つい、以前から疑問に感じていた部分に踏み込んでしまった。
「イザベラ様は、どうしてお嬢様に、ここまでして頂けるのでしょう?」
「…ん? ああ……それは以前から言っている通り、単なる気まぐれだ。
ちょうど研究の息抜きでもしようとしていたところで、面白そうなヤツに出会った
もんだから、そのまま付き合ってるってだけさ」
「それでは……ライラ様の件も同様に、“単なる気まぐれ”だったのですか?」
「ライラ? アイツがどうかしたのか?」
「…お嬢様から当時のお話を伺ったのですが、イザベラ様は『ライラ様が既に結界
の内側に迷い込んでいた』と聞いた途端に親身になったのだとか。
お嬢様ご自身は『私が連れて来ていないと分かったら、急に親切になったのよ?』
と、当時の扱いの差についてご不満そうにされていただけでしたが……。
…私はそのお話を耳にしてから、ずっとその辺りが気になっていたのです」
「――……」
詳しく話した瞬間……ほんの一瞬だけ、イザベラが息を飲む気配を感じ取り、
メアリーは内心で『やはり、そうか……』と呟いた。
その一瞬の違和感にメアリーが気付いたのを察した……のかは判らなかったが、
イザベラは急に表情を引き締め、睨むように真剣な瞳で彼女を見つめ返してくる。
「…何が言いたいんだ?」
「初めは『お嬢様が仰っている通り、何ともお優しい魔女様なのだな』という感想
だけだったのですが……。
そこで、ふと……私とライラ様との1つの“違い”に気が付きました」
「違い?」
「…はい。
それは、お嬢様や私がこうして結界内に自由に入れるのは、あくまでもイザベラ様
に特別に認めて頂き、この屋敷へと続く分かれ道を視認し、進入も可能になるよう
特殊な魔法をかけて頂いたからだ、という点です」
「………」
黙って此方の話を聞くイザベラに、真っ直ぐに視線を合わせながら、メアリーは
自らの考察を語っていく……。
「対して、ライラ様はご自分のみの力で、いつの間にか結界を突破していた。
そして……だからこそ、イザベラ様の対応が劇的に変わったのではないか、と。
…私は、そう考え至りました」
「それは単なる偶然だろう。
ライラが偶々迷い込んだってだけで、そこまで深刻に考える程の話じゃない」
話を静かに聞く体勢になりつつも、そう言って否定するイザベラ。
…しかし、一度火の付いたメアリーの口は、その程度では止まらなかった。
「そうでしょうか?
少なくとも、私はそうは思いませんでした。
お嬢様やアレクサンダー様もそうですが……私自身、この森には幼少の頃より数え
切れない程に何度も訪れています。
しかしながら、イザベラ様はおろか、あの分かれ道すら発見した事は無い……。
勿論、『偶々そうだった』と言えば、それまでなのですが……。
偶然で迷い込んだという事であるのなら、単純な確率で言えば私達も一度くらいは
過去に迷い込んでいても良いようなものではないでしょうか?」
「………」
ここで反論してこないイザベラを前に、メアリーは自身の推測が確信に変わる
のを感じた。
仮に、この地点で『それは魔法で記憶を無くしたからだ』と言われてしまえば、
それで終わってしまう話であるにもかかわらず、イザベラは今も黙って自分の話
を聞き続けている……。
その態度こそが自分を警戒している証拠であり、メアリーから見れば、何らかの
核心を突いている証明のように思えた。
「魔女という存在が、いったいどれほどの事を可能とするのか……。
それは、凡人たる私には全くもって与り知る術の無い、未知の事柄です。
ですが、イザベラ様が思慮深く、とても慎重な方だという事くらいはこの数ヶ月間
実際に接して、私は知っているつもりです。
…にもかかわらず、何故かライラ様は特に何も知らないままであったはずなのに、
あっさりと結界内へと侵入してしまっていた……」
「…それが、どうしたってんだ?」
やっと口を開いたイザベラの声は、普段よりも明らかに低いものだった。
その存在感も、小柄な容姿には似つかわしくない程に大きく、威圧的とも取れる
程度には重苦しいものになっている。
「おかしいとは思いませんか?
常人には決して見つけられないはずの結界への道を、あっさりと見つけられたのも
そうですが……。
用心深く隠れ住んでいるはずの魔女の屋敷へ続く道が、偶然程度で見つかって良い
はずがないでしょう?」
――そう。
それが、メアリーの最初の違和感の切欠だった。
アイリスから話を聞いた際、権力者同士の争いの引き金にならないように、この
森に結界を張って隠れ住んでいるらしいと聞いた時には、別段、そこまで不思議だ
とは思わなかった。
理屈も通っているように思えたし、それ程に深刻な理由ならば、町中で堂々と
暮らすのが憚られるのも頷ける。
…しかし、自分が実際に接していくに連れて、徐々に違和感が大きくなっていく。
――それなら何故、こんなに小さな森の中の町からもそう距離が離れていない所に
ずっと暮らしているのか。
――それなら何故、定期的に他人が偶然で迷い込むような程度の精度の結界の中で
ずっと暮らしているのか。
イザベラが楽観主義ではなく、慎重に物事を判断しているのが明らかになる度に
メアリーの中のそんな疑問が、見過ごせないくらいに大きくなっていった……。
「ですから、私はこう考える事にしました。
この結界の突破には偶然以外に何か条件があり、その条件を満たした者には自動的
に道が開かれるようになっているのではないだろうか?
そして、ライラ様がその条件を満たしていたからこそ、イザベラ様は真剣に彼女の
話に耳を傾ける気になったのではないのか? と」
「………」
「そして……そこで更に、私にとって最も重要な事実を思い出したのです」
尚も押し黙ったままのイザベラを他所に、メアリーの疑問は――遂に核心の部分
へと到達する。
「そういえば、お嬢様も最初は御一人で迷い込んだのではなかったか、と――」