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第12話 小さな来訪者

「何だか、大幅に話が逸れちまった気もするが……。

最後にもう一度だけ、確認も兼ねて念を押しておくぞ?」


 晴れて念願? の愛称呼びが許されて、ご機嫌な様子のアイリスと、その後ろに

付き従っていたメアリーに向けて、最後尾を歩いていたイザベラはそう言った。


 あと数メートルで普通の森へと戻る……いわゆる、魔女の領域と森との間にある

結界の端、アイリスが『境界線』と呼んでいる地点へと辿り付く。


 イザベラは、メアリーの時と同じ轍を踏まないよう、境界線付近に人影が無いか

を魔法を使って探ったらしく、『よし、今なら大丈夫そうだな……』と呟きながら

こう続けた。


「お前ら……アイとメアリーに関しては、今後も出入りを許可しておいてやる。

それと、どうやらメアリー以外にも、普段からアイに振り回されているらしい、

不憫なヤツがもう一人居るらしいからな……。

そいつについては、とりあえず先ずは一度ここに連れて来ると良い。

アタシが直接会って話して、今後どうするかを考えてやるさ」


 完全に問題ないと判断したのか……そこまで言ったところで、イザベラは魔法の

行使を終えて、アイリスへと視線を合わせる。

          

「…だがな、あくまでも許すのは()()()()だ。

それ以外のヤツは、無闇に連れて来るのを禁止させてもらう」


 そう言ってきたイザベラは、口調こそ厳しいものではあったが、その表情自体は

いつも通りのどこか無気力な雰囲気のものだった。


…まぁ、本人の言う通り、これは本当に単なる『念押し』程度のものなのだろう。


 そして、そんな緊迫感の薄い空気だったからか……。

アイリスは最後にもう一度、以前にしたのと同じ質問を投げかける。


「…一応、聞いておきたいのだけれど……それは、どうしてなの?」


 アイリスとて、イザベラが極力、町に住む者達との交流を避けている理由は理解

しているつもりだ。


 イザベラの持つ知識や、魔法の力。

それを巡る争いを避けるためには、『そもそも、初めから知られていない』という

状態が、最も基本的で有効な対策になるのだろう。


 ただ、これまで接してきて、イザベラ本人は、無愛想ではあっても特に人嫌いと

いうわけではないのは、アイリスにも察することが出来ているのだ。


 野心を持たず、きちんと秘密も守れる者に限って言えば、もっと積極的に交流を

持っても構わないのではないか? と考えたのだが――


「ククッ……決まってるだろう?

それ以外のヤツも入れるとなると、()()()()()()()()だからだ。

その点で言えば、メアリーや、そのもう一人のヤツなら、何処かのお転婆お嬢様の

相手をするのには、普段から慣れているんだろ?

だから、そいつらならアタシにも多少は利益があるだろうからな。

アイを許可したついでに、オマケで特別に許可してやろうかってだけだ」


 イザベラとのやり取りでは、道化を演じている事も多いアイリスにしては、今回

は珍しく真面目な質問……だったのだが。


 そんな時に限って、逆にイザベラの方がふざけた返答をしてくるのだから、これ

以上は追及の仕様が無かった。


「そう……ふふっ、わかったわ!

それじゃあ、近い内にその『もう一人』の方も連れて来るようにするわね!」


…勿論、イザベラのことだ。


 全てを理解した上でこの態度なのだろうし、適当な軽口ではぐらかされたのにも

きちんと理由があるのだろうが……。


 アイリスは、そのままその言葉を受け取っておくことにした。



          『お前達は特別に許可してやる』



 その言葉は、アイリスにとって素直に受け止めるのに十分過ぎるほど、魅力ある

ものだったから――


「……あ、ああ。な、何だよ? 急に元気になったな、アイ……」


 冗談で返しては見たものの、アイリスの予想を越える機嫌の良さに、若干ながら

引いた反応を返す、イザベラ。


 そして、そんな2人のやり取りを微笑ましく思いながら、優しい眼差しで眺めて

いたメアリー……だったが――


「それでは、お嬢様? 大変ご機嫌も良いご様子ですし……。

早くお屋敷へ戻って頂いて、私とじっくり『お話』を致しましょうか?」


…という一言で、一瞬にしてそんなアイリスの笑顔を凍らせて見せるのだった。


                  ・

                  ・

                  ・


「…で? 前に言ってた『もう一人』ってのが、コイツなのか?」


「えっ? いいえ? この子はその『もう一人』とは全くの別人よ?」


 メアリーを交えて話をした日から、数日後。


 再びイザベラの館を訪れたアイリスの傍らには、幼い少女が帯同していた。


「…? アイリスお姉ちゃん。

この小さい方のお姉ちゃんは……だぁれ?」


 年齢で言えば6、7才くらいだろうか?


 イザベラは小さく「誰が小さい方だ」と、律儀にその少女の言葉を拾いつつも、

頭を抱えてアイリスへと語りかけた。


「アイ、あのなぁ……オマエが自由人なのは前から知ってるつもりだが……。

いくら何でも、限度があるだろう?」


 呆れ半分、苛立ち半分といった様子のイザベラは、普段よりも少し厳しい表情で

真剣にそう言った。


 その口調も、心なしか突き放すように冷たく、鋭い。


「何度も言うが、アタシは一応は俗世に関わらないように隠れ棲んでいるんだ。

何時でも誰でも、好き勝手に連れてきて良いってワケじゃねぇんだよ」


 アイリスがどれほど奔放な性格であったとしても、限度はある。

あまりにも気軽に、この“魔女の館”を安売りされては堪ったものではないのだ。


 だが、そんな真剣な声色とは間逆の……何処か暢気にすら聞こえる軽いアイリス

の声で次に伝えられた内容は、少々イザベラには予想外のものだった。


「ああ、それなら違うわよ?

私がこの子とここまで一緒に来たのは、ただの偶然。

…というよりも、この子って……フィーの知り合いではなかったの?」


「………は? それは……どういう意味だ?」


 アイリスの『知り合い』という言葉に反応して、ちらりと少女の方を見下ろして

確認する……が、やはりイザベラは特にその顔に見覚えが無い。


…何故、アイリスはそう思ったのだろうか?

そんな風にイザベラが思うのとほぼ同時に、アイリスがその理由を話し始めた。


「この子ね? 貴女と私が初めて出会ったあの花畑の辺りで、キョロキョロと何か

を探すようにしていたのよ。

だから、私はてっきりあなたのお屋敷を目指しているのだろうと思って、こうして

連れて来たのだけれど……?」


「…何? いやいや、ちょっと待て……。 

…それじゃあ、こいつはお前が意図的に結界内に招き入れたのではなく、そもそも

初めから結界の内側に居た……って事か?」


「ええ、そうよ? 今、そう言ったじゃない……」


 始めから約束を破って、許可無く連れ込んだと決めてかかったからだろうか。

…アイリスは少しばかり不機嫌な様子で、そうイザベラに言って返した。


「…へぇ。ふむ、そうなのか……成る程ね」


…対してイザベラは、そんなアイリスには目もくれず、先程とは打って変わった棘

の無い声で、その少女本人へと話しかける。


「なぁ……お前、名前は何て言うんだ?」


「……ぇ……ラ、ライラ」


…辛うじて名前は答え返してくれたものの、その少女……ライラはすっかり怯えて

しまっていた。


 どうやら、先程までのアイリスへの厳しい態度や口調によって、イザベラは完全

に彼女の中で“恐い人認定”されてしまったようだ……。


「…もう。フィー、それじゃダメよ?

いくらあなたの背が私よりは小さいといっても、ライラからすれば見上げるような

高さなのは違いないのだから。

こうして腰を落として、目線を合わせてから、明るい声で話してあげないと」


 普段は、ため息を吐かれる側のアイリスだが、今回に限っては呆れた様子で深い

ため息を吐いて、イザベラに注意を促す側だった。


 そして、その言葉通りにライラの正面に立つと、ちょうど自然と目が合う高さに

なるようにしゃがんでから会話し始める。


「ねぇ、ライラ……安心して? そんなに恐がらなくても平気なのよ?

このお姉ちゃんはね? 少しだけ口が悪くて、偉そうで、おまけにちょっと意地悪

なところもあるけれど……本当はとっても優しいんだから。

ほら、よ~く見てちょうだい?

今も偉そうに腕なんて組んでいるけれど、背も私よりは低いし、むしろ可愛らしい

くらいではないかしら?」


「…おい、アイ。

さっきからそいつに話しかけるフリして、遠回しにアタシをバカにしてるだろ?」


 怯えた様子でこちらを見ていたライラに、流石の魔女も気が咎められたのか……

黙ってアイリスが話しかける場面を眺めているつもりだったようだが――


…そのあまりにも含む所が多すぎる台詞に、思わず口を挟んでしまう。


「ライラ……って言ったか。

オマエ、なんでこんな森の中まで1人で来たんだ?

アイの話では何かを探していたらしいが……目的のものは見つかったのか?」


 残念ながら、いつもの仏頂面までは変わらなかったが……。

今度はアイリスの忠告通りにその場にしゃがみこんでから話しかける、イザベラ。


 自分の目線よりも僅かに下に来たその顔に、先程まで感じていた程の迫力が無い

ことに気が付いたらしく……。


 ライラは隣に立つアイリスを頼るように、そのロングスカートの裾をぎゅっと

掴みながら、少しづつ口を開いた。


「…あの……ね? 私、木の実を……探してるの」


「ん? 木の実?」


 ライラの小さな声に反応して、復唱するようにイザベラがそう呟く。


…すると、その言葉に返すように、更にライラがより詳しく答えてきた。


「…うん。珍しい木の実をね、探しに来たの……。

きっと、この森の何処かにあるって……そう思うから」


 今度こそはっきりと目的を確認できたイザベラは――しかし、怪訝そうに返す。


「『珍しい木の実』ねぇ……。

ここへ迷い込む奴は、たまに居たりするものなんだが……。

それにしても、あまり聞いた事が無い種類の理由だな。

なぁ、本当にそんな理由なのか?

…というか、そもそも探す場所は、本当にこの森で合ってるのかよ?」


 確かに、この屋敷の周辺……特にあの花畑には、町の中では見かけない植物も

栽培されている。


…だが、そもそも木になるほど大きく育つようなものまでは無い。

せいぜいが大人の膝の辺りまでしかないような、普通のサイズの草花のみだ。


 魔法の研究の為に、世界中の木の実の類を保管していないわけではないが……。


 そういったものは育てるのに場所を必要とすることもあって、敷地内には植えて

いなかった。


 だから、そういった類の木の実をこの少女が知っていて、それらを探していると

いう可能性は低いだろう。


 そういった理由から、イザベラはそう独り言のように呟いたのだが……。


 ライラはその言葉の意味までは解らず、単に自分の言葉を信じてもらえなかった

と思ったらしく、頬を膨らませて大きく声を上げた。


「う、嘘じゃないもん!

お母さんが『この森の何処かにあるらしい』って……そう言ってたんだもん!」


「いや、そんなことを言っても――」


「…フィー。貴女は少しの間、黙っていてちょうだい?」


 癇癪を起こしかけたライラに、更に言葉をかけようとしたイザベだったが……。

不意に、アイリスがその会話に割って入ってきた。


 その声は平時より多少低くはあったが、しかし、決して大きなものではないはず

なのだが……。


 そこには、不思議とイザベラを瞬時に黙らせる程の迫力が篭もっていた。


「…わかったよ」


「ええ……ありがとう」


 少しばかり驚いた様子を見せつつも、大人しく一歩後ろに下がってくれた友人に

軽く微笑んで感謝を伝えた後、アイリスは再びライラと目線を合わせて、優しい声

で語りかけた。


「…ねぇ、ライラ?

その珍しい木の実だけれど……あなたはどうしてそれを1人で探していたの?

この森は比較的安全だけれど、それでもあなたくらいの子が1人でやって来るのは

珍しいし、とても危ないことだわ。

さっき、木の実の話を『お母さんが言っていた』と言っていたけれど……。

そのお母さんは、今日はあなたと一緒ではなかったの?」


 もしかしたら、親子で森に入って、ライラだけが偶然、結界内に迷い込んだだけ

なのかもしれない。


 それならば、とりあえず森の中に居るであろう母親に引き合わせれば良い。


…まぁ『母親』ではなく『木の実』を探していたところを考えると、その可能性は

非常に低いと言えるのだが。


「………ぐすっ……ぅ、うん……」


 僅かに瞳に涙を滲ませ、泣き出しそうになりながらもイザベラを睨みつけていた

ライラだったが……。


 幸いアイリスには敵意を持っていないようで、頬に含んだ空気を吐き出しては、

アイリスの問い掛けに答え返してくれた。


「…お母さんが子供だった時にね? お母さんのお母さんに、食べさせてもらった

ことがあるんだ……って、教えてくれたの。

それで『いつかもう一度、あの実を食べてみたい』って、前に言ってたから……。

だから、お母さんが天国へ行っちゃう前に、絶対に見つけなきゃいけないの」


「………天国?」


 唐突に飛び出した不穏な言葉が、アイリスの表情を曇らせる。


…そして、そんなアイリスに、ライラは視線を落として俯きながら続けた。


「…お母さん、悪いご病気なんだって。

昨日、一緒にお仕事をしてるおじさんに、おんぶされて帰ってきて……。

すぐにお医者様にも診て貰えたけど、あんまり良くない……って。

もし元気が出てきても、ご病気が良くならないと、このままずっと起き上がれない

かもしれない……って、い、言われ――」


 最後には途切れ途切れになっていったライラの言葉を聞いたアイリスは、直ぐに

その身をそっと優しく抱き締めてやった。


「…そう。よくわかったわ。

話していて貴女も辛かったでしょうに……。

きちんと教えてくれて、嬉しい。

ごめんなさいね、ライラ……それと、ありがとう」


 それまでじっと我慢していた反動だろうか……。


 その言葉が引き金となり、ライラはアイリスにしがみつくように抱き締め返すと

堰を切ったように大きな声でわんわんと泣き出してしまった。


 アイリスは、そんなライラの背を優しく撫でて宥めつつ、首だけで軽く振り返り

ながら、イザベラを見やった。


 目が合ったイザベラは、『どうにも困った』といった表情のままで、ライラへと

気遣わしげな視線を送るのみだった……。




「…それで?

オマ――ライラは、それがどんな木の実なのか、詳しく母親から聞いてるのか?」


「…ぐすっ……う、うん」


 暫くして、イザベラはライラが落ち着いた頃合いを見計らい、彼女が探している

らしい木の実の特徴を尋ねることにした。


 その口調は、言葉こそ荒いままではあったが……アイリスでも一度も聞いた事が

無い程に穏やかなものへと変わっていた。


 同時に、今までの何処か疑うような雰囲気も含まれていなかった事もあってか、

今度は驚く程に素直に、ライラは答え返してくれる。


「…うんと、ね?

『オレンジ色で、硬くて、大きな種があって、とってもつるつるした木の実なの』

って言ってたよ?」 


 ライラの口から出てきた木の実の特徴は思いの外詳しく、想像していたよりも

遥かにわかり易いものだった……のだが――


 その内容に、アイリスは難しい顔をする。


「う~ん……オレンジ色で、硬くて、種の大きなつるつるの木の実……?

そんな木の実、この森にあったかしら?

この森では子供の頃から遊んでいるから、それなりに詳しいつもりだけれど……。

そんなの、一度も見かけた記憶が無いわね……」


「…………ぇ……そう、なの?」


 先程から優しくしてくれていたこともあり、余程、頼りにしていたのだろう。


 今も腰に抱きついたままで居たアイリスがそう呟くと、またしてもライラの瞳に

涙が滲んできてしまう。


…だが、アイリスがそんな反応を示す一方、イザベラは真逆の反応を示していた。


「…なるほどな。そうか……そういうことか」


「…あら? フィー、その反応は……もしかして心当たりでもあるの?」


 自らの記憶を探っても心当たりが無かった事に落胆していたアイリスは、ここで

イザベラが“森の魔女”だったことを思い出した。


…まぁ、よく考えなくとも森について最も詳しいのは――このイザベラだろう。


「ああ、まぁな……。

その特徴なら、アタシが知っているものに、ほぼ間違いは無いだろうさ。

そうだな……それじゃあ、今からアタシがその木の実を採ってきてやるよ。

アイ、お前はちょっとここで、そいつと一緒に待っていろ」


 アイリスが問い掛けた通り、イザベラには心当たりがあるらしい。


 その自信あり気な様子から見て、この件はこのまま任せても良さそうだった。


 だが、そう考えたアイリスが『ええ、お願いするわね?』と、答え返そうと口を

開こうとした――その時だ。


「…っ……やだっ!!」


 アイリスよりも一瞬だけ早く、ライラがその言葉に激しく抗議し始めたのだ。


「私が自分で採るの!

絶対に私が自分で採って、それをお母さんに持って帰るんだもん!!」


 やっと敵意を見せなくなったかと思いきや、再びそう言ってイザベラへと激しい

感情をぶつけてくる、ライラ。


「いや、そうは言うがな? 実がっているのは、結構な高さだ。

どのみちお前の背丈じゃ、自力では難しいと思うぞ?」


…そんなライラに、今度こそ刺激しないように言葉と態度を選びながら、イザベラ

が説得しようと試みるが――


「それでも、やだっ! 私が自分で採って帰るのっ!

そうじゃなきゃ、ぜんぜん意味ないもん!!」


 やはり、というべきか……結果は変わらなかった。


 事情が事情なだけに、ただの子供の我が侭だと切って捨てる事も出来ない上に、

その鋭い視線からは、『こればかりは頑として譲らないぞ』という、そんな固い

意思がライラの全身から伝わってくるようだった。


…そして、そんなライラの姿に、アイリスの心も強く揺さぶられる。


「あの……フィー、私からもお願いするわ。

この子にとって、きっと自分でその実を採るのは、とても大切な事のはずよ?

だから、ここは何とかしてあげられないかしら?」


 ライラがただの我が侭な子供だったのなら、あるいはアイリスもイザベラに同意

して、説得する側に回っていたのかもしれない。


…だが、先程の母親の詳しい事情を聞いた後だ。

病に臥せっている母に対するライラの心中は、察して余りある。


 アイリスとしても、やはりここはその純粋な思いを汲んでやりたかった。


「いいや……やっぱりダメだ」


…しかし、イザベラから返って来た言葉は、アイリスが予想もしていない、とても

非情なものだった。


「その木の実の周辺は、部外者には秘密にしている特別な場所なんだ。

だから、絶対に一緒には連れては行けない」


「………っ……」



 “イザベラは、魔女は魔女でも、きっと『誰よりも優しい魔女』なのだ”



 少なくともそう信じていたアイリスは、心の何処かで「仕方ねぇな」という返答

が苦笑と共に返って来るものだと、半ば確信に似た期待があった。


 にもかかわらず、そんな冷たい否定の言葉が返って来たことに、衝撃を受ける。


…思わず、息を飲んで黙り込んでしまう程には……。


「………それは、どうしても……なのかしら?」


『信じられない』という思いで、今一度、確認を試みるアイリスだったが――


「…ああ。どうしても、だ」


 更に食い下がってはみたものの、その返答は変わらなかった。


(………そんな……)


 アイリスの中で、イザベラへの印象が崩壊し、同時に大きな失望を感じる。


 そうして、そんなアイリスの胸中を知ってか知らずか、それきり次に発する言葉

を選べずにいた彼女に、イザベラは薄く笑みすら浮かべながら、気軽な様子でこう

続けた。


「そうだな……。

どうしてもアタシ以外が採った木の実がいいって言うなら……アイ、お前が代わり

に採ってきてやれば良いじゃないか。

少しばかり高い位置に生っている実だが、()()()()()()()()()()()()んだ。

お前なら別について来ても構わないぞ?」


 ライラを引きあわせた際の言葉を根に持っていたのか……。


『アタシよりも背が高い』という部分を特に強調して、冗談っぽくそう言ってくる

イザベラ。


…しかし、普段ならそんな程度の軽口の一つくらい、こちらも鼻歌交じりに皮肉を

交えて答え返しただろうアイリスは……。


 体の中心に氷でも差し込まれたかのように急激に心が冷え切ってしまっていて、

そんなイザベラの軽い言葉は逆に耳障りなだけで、頭に上手く入って来ない。


「…………」


 それもあって、まるで全く聞こえていなかったかのように、イザベラには無視を

決め込んだアイリスは、出来る限り優しい声を出すように心掛けながらも、静かに

ライラの方へと語りかける。


「あのね? ライラ。あなたの気持ち……私はよく分かるつもりよ?

でも、あなたの望みを完全に叶えるのは、ちょっと難しいみたいなの……」


 ライラは今にも泣きそうになってはいたが、それでもギリギリで堪えていた。


 今がどれほど大事な話の最中なのかを、正しく理解しているのだろう。


…幼いながらも、ライラは実に健気で、頭の良い少女だった。


「その木の実……私が代わりに採ってくるのじゃ、ダメかしら?

代わりというわけではないけれど、採る時は貴女のお母様が喜んでくれるように、

一番美味しそうなものを選ぶようにするわ。約束する。

だから、ね? お願い……それで、許してくれない?」


 イザベラが頑なにライラの同行を拒否している現状……。


 可能であるならば、アイリス自身がイザベラに代わってライラをその木の実の下

まで導いてやれれば良かった。


…しかし、肝心のその木のある場所を知らないアイリスには、どうしようもない。


 規模でいえば、そう広い方ではないとはいえ……それでも森は森。


 数え切れないほどの木々の中を、ただ当ても無く探し回ったところで、目的の木

が見つかる可能性は限りなく低いだろう。


 そうでなくとも、ここは魔女によって隠されていた、アイリスは知らない森。

アイリスがよく知る森の広さとは違い、予想よりも広大な可能性もありえる。


 感情に任せてイザベラを思い切り怒鳴りつけてやりたい衝動に駆られたものの、

それがライラにとって良い結果をもたらさないことは明らかだ。 


 それ故に、感情を殺してライラに精一杯の笑顔で譲歩を願い出ることだけが、今

のアイリスに出来る、唯一のことだった。


「………うん、わかった。

じゃあ、アイリスお姉ちゃんに、お願いする……」


 アイリスの真摯な想いを感じ取ったライラは、少しの間をおいて頷いてくれた。 


 そんなライラが愛しくなって、もう一度ぎゅっと抱き締める、アイリス。


「ふふっ……ありがとう。

それじゃあ、ライラ? あなたは少しの間、ここでロジャーちゃんと一緒に遊んで

待っていてくれる?」


「…? 『ロジャーちゃん』って?」


 唐突に出てきた新しい名前に不思議そうに首を傾げるライラに、ニッコリと満面

の笑みで微笑みかけると、アイリスは屋敷の奥に向かって「ロジャーちゃん!」と

呼びかけてみせる。


 すると、応接室として使っている部屋から、いつもの小さくて愛らしい黒い影が

タタタッ……と、勢いよく躍り出て来た。


「あっ! 黒猫さんだ!」


 声を掛けてからロジャーがアイリスの元に来るまで、ほんの数秒。

その僅か数秒の間に、ライラの顔から暗い感情が一瞬で吹き飛んでいく……。


 そして……ロジャーは非常に頭の良い、優秀な『魔女の猫』だ。


「ニャ~……(ゴロゴロ)」


 今までの3人の会話もしっかり聞こえていたらしく、アイリスが他に何も言わず

とも、一直線にライラへと向かって走って行き、その足元にじゃれついてみせた。


 すぐに上機嫌になったライラに、もう一度「大人しく待っていてくれる?」と、

アイリスが再び尋ねる。


 すると、まだ目の端に涙は残っていたものの、ライラは本当に嬉しそうに――


「うんっ! わかった!

うわ~……猫さん、あったかくてふかふかだぁ……可愛いなぁ……」


…と、ぎゅっとロジャーを抱きかかえつつ、答えてきた。


「…ふふっ、それじゃあ、ちょっとあっちのお部屋へ行きましょうか?」


「うん!」


 もうすっかり“ロジャーの虜”といった様子のライラを、先程までそのロジャーが

いた応接室へと送り届けていく……。


…だが、再び玄関先まで戻ってきたアイリスの表情からは……驚く程、感情が消え

去ってしまっていた。


「……おまたせ。

それじゃあ……()()()()? 行きましょうか。

私は案内してくれるのでしょう?」


「…ああ。

少し歩くが、しっかりアタシの後に付いて来いよ?」


「…ええ。わかっているわ。

これでも普段から歩き回っているもの……どれだけ歩こうと問題ないわ」


 イザベラの言葉に、最低限の言葉で短くそう答え返す、アイリス。

そこにもやはり、いつも通りの温かみは一切感じられなかった。

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