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第11話 ロジャーは屋敷でお留守番中

「そういえば、オマエ……今後も此処へは来るつもりなのか?」


「………?」

「…えっ!?」


 屋敷へ戻り、自らの従者からありがた~いご高説を賜る為、魔女の館を後にして

結界の境目を目指して歩いていたアイリス達だったが……。


 イザベラからの突然のその質問に、驚きながらも素早く後ろを振り返った。


 返答を誤れば『もう此処へは来るなよ』と続くのではないか、ともとれるような

言葉だった事もあり、必要以上に反応が大きくなる、アイリス。


…ただ、その後すぐにその考えが自身の勘違いであることに気付かされる。


 何故なら、アイリスの後ろを付いて来ていたイザベラの視線は、自分ではなく、

同じようにその問い掛けに反応して振り返った、メアリーの方へと向かっていた

からだ。


(ああ……そういえば、そうよね。

メアリーは私と違って、自ら望んでイザベラに会い来ているわけではないもの)


 勘違いだと気付いたアイリスは、湧き上がってきた恥ずかしさもあり、その場に

立ち止まって、そのまま2人の会話を聞きつつ思考を巡らせ始めた。


 メアリーは、あくまでも『アイリスの従者』という立場だ。


 この場所を訪れる用件といえば、専ら屋敷を抜け出した自分を連れ戻しに来ると

いうものとなる。


…ただ、先程の館での会話の中にもあったように、この結界の中は比較的、安全が

保障されていることもあり、余程の用件でもない場合は、メアリー自身はそのまま

屋敷でアイリスの帰りを待っていたとしても、特に問題は無いはず。


 以上の理由から、既に外出時のアイリスが此処に来ていると把握した現在では、

屋敷での他の仕事を中断してまでメアリーが捜索に出る必要も無いのだ。


 故に、メアリーに関しては、アイリスが部屋を抜け出す際にでも書置きを残して

事前に知らせておけば、今日以降はこの結界内に入る機会は無いだろう。


 イザベラはその辺りを確認する意味で、今の質問をしてきたのだ。


「あー、そうか……まぁ、そうなるのか」


 そんな思考を巡らせていたアイリスに対して、一方の質問を投げかけたイザベラ

はというと――少しばかり面倒そうな表情で、深いため息を吐いていた。


…今更ではあったが、今まで会話する相手といえば、基本的にアイリスのみだった

為に、『オマエ』と言えば、自動的にそのままそれは『アイリス』を指していた。


…だが、今日に限ってはその呼び方では、対象が2人になってしまう。


 当然ながら、どちらか片方に話しかけるなら使い分けが必要だろう。


「悪い……少しややこしかったな……。

アタシは、()()()()()このお転婆お嬢様が屋敷を抜け出す度に、今後も此処へ迎え

に来るつもりなのかってのを、聞いておきたかったんだ」


 改めて言い直した内容は、やはりアイリスが考えていた通りのものだった。


 今日、此処にメアリーが居るのは、あくまでもアイリスの従者として知っておく

べき事を尋ね、それを説明して貰う目的のため……。


 必要な情報を伝え、目的を達した以上、今後においては未定のままだ。


「はい、イザベラ様。

ご迷惑かとは思いますが……恐らくは、そうなりますかと。

お嬢様の居所は、なるべく早く、正確に把握しておくに越したことはありません。

…今後はお嬢様の行方がわからなくなった際、此方は捜索先の第一候補に挙がって

来ると思いますので、自然と伺う機会は多くなると予想されます。

すぐに連れ帰らせて頂くかは、その時々の状況によるかと思われますが……。

むしろ、お嬢様がこちらにお邪魔している旨を知らせられるよう、私の私室の番号

をイザベラ様にお伝えしておいた方が宜しいでしょうか?」


 淀みなく、理由も交えつつ、落ち着いた様子で答えるメアリー。


…だが、イザベラは最後の一言に引っかかりを覚えて、思わず頭を抱えていた。


「…いやいや、なんでだよ。

一応、こいつがここに遊びに来るのは認めてやったが……。

従者への連絡なんて面倒なもんまで一緒に請け負った覚えは無いぞ?

毎回、魔女のアタシが『今、アイが遊びに来たところだ。○時頃には帰るだろう』

って具合にお前に連絡を入れろってのか? 冗談じゃない……」


 そんなイザベラの、予想通りの返答に対し、「いいえ、そういうわけでは……」

と返しながらも、メアリーはクスクスと上品に笑う。


…対して、そのいかにもわざとらしい反応に、『やはり、こいつも食えない奴だ』

と、若干の警戒心を持ちつつ……イザベラは更に言葉を続けた。


「…というか、だな。

そもそもあの館には電話線なんてものは、初めから引かれてないんだ。

連絡する相手が居るかどうか以前に、そんなもん設置しておいて“隠れ棲んでます”

なんて、笑い話にもならないだろう?

大体、魔女の館からの電話なんて、警戒しようとは思わないのかよ……」


 面倒そうな顔から、完全に呆れ顔になってそう言うイザベラに、依然として余裕

を保ったままのメアリーは、更に追い討ちとばかりに、笑みを湛えて答えた。


「ええ、そうですね。イザベラ様のおっしゃる通りです。

私も()()()()()()()()()でしたら、最上級の警戒をさせて頂く事でしょう。

…ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()ということでしたら、むしろ喜んで

ご対応させて頂きたく思いますので」


 殊更に『ご友人』の部分を強調してそう返してくるメアリーに、イザベラはもう

早々に白旗を揚げて諦める。


「はぁ……わかった。もういい……アタシの負けだよ」


…どうやら、言葉遊びをする相手としては、メアリーは歓迎できないようだ。


「…それならメアリー、オマエはそこで少しの間じっとしていろ。

今からお前にもアイツに施したものと同じ魔法で“印”を付けといてやる。

これが無いと、1人では結界を越えて入って来られないどころか、入口を認識すら

出来ないからな」


 些細な事とはいえ、あの“森の魔女”をやり込めたことで、ほんの少しだけ気分が

良くなったからだろうか……。


 メアリーは心なしか上機嫌な様子で、「はい。宜しくお願い致します」と答え、

淡く光る手の平をこちらに向かって翳そうとするイザベラを視界に納めて、そっと

目を閉じた……。




 そうこうしているうちに、3人はイザベラの結界の境目へと辿り付いた。


 そして、結界外へ出る直前……もう一度メアリーを呼び止めて、イザベラは会話

を再開させた。


「念の為に言っておくが……アタシは一応は此処に隠れ棲んでいるんだ。

オマエのことだから解っているとは思うが、他言はしないでくれると助かる。

…まぁ、仮に誰かに話したところで、簡単には入って来られないだろうから、実の

ところアタシもあまり困りはしないんだが」


 今までの経験上、アイリスが無闇に他人に言いふらすようなマネをしないことは

既に判っていたイザベラだったが、このメアリーに関しては判断がつかない。


 今日、接した限りでは、彼女も人格的には特に問題無さそうではあったのだが、

そこはやはりアイリスとは立場が違う。


 主人の安全面を考慮して、屋敷に控えているであろう他の使用人達と情報の共有

を図る目的で、他の者に話す可能性も考えられるし、彼女の本来の雇い主でもある

ヘイマン子爵へも報告しないとも限らない。


 イザベラからすれば、魔女だと言う部分を信じるかどうかは別にしても、子爵が

“自らの治める領地内に無断で住みついている者が発見された”と判断して、調査に

乗り出されるような事態になるのは避けたいところだった。


「はい。勿論、それは心得ております。

…ただ、お嬢様には私とは別にもう1人、親しい方がいらっしゃいまして……。

その方に関しては、今後、私と同じようにこちらへ出入り出来るようにお願いする

可能性があります。

ですので、その方だけにはお話ししておく必要も――あ、あの……お嬢様?」


 イザベラからの『他言無用』の申し出に対し、了承しつつも更にその件に関して

一歩踏み込んだ事を伝えよう……としたところで――


 不意に視界に入った主人の様子に戸惑い……メアリーは会話を切ってしまう。


「…ん? 何だ? オマエ……。

まさか、まだ家に強制連行される事に納得してなかったのか?」


 メアリーと同じく、少し様子がおかしいアイリスに気付き、イザベラもその会話

を一時中断して、そう尋ねる。


…その視線の先には、いつも鬱陶しいくらいに明るいアイリスの、不機嫌さを隠す

事もしていない、どこか不貞腐れた顔があった。


「…いいえ、それはもう良いの。

メアリーの言葉ではないけれど、流石に今日は諦めたわ……」


「? それじゃあ、なんでオマエはそんなふくれっ面してんだよ?」


 てっきり、ロジャーを交えて皆で遊べる時間が無くなってしまった事を残念に

思っているのだとばかり考えていた為、アイリスの不機嫌の原因が分からない。


 だからこそ、特に気にすることも無く、その時のイザベラは本人にそう続けて

尋ねてしまった。


…だが、それが切欠になって、一気にアイリスの不満が爆発する羽目になる。


()()よ! その『オマエ』っていう呼び方! それが納得出来ないの!!

メアリーよりも私の方が先にイザベラのお友達になったはずなのに……。

メアリーだけ名前で呼ぶようにするだなんて……そんなの、不公平だわ!!」


「………は?」


 突然の噴火に驚いた……という部分も、確かにあった。

…ただ、イザベラはそもそも、その発言の意図を測りかねて……思わず気の抜けた

反応を返してしまう。


「…………」


…そして、小さな子供に戻ったように頬を膨らませて、あからさまに『私は非常に

不満です!』という意思を表したまま、再び無言を貫くアイリスに、イザベラは

とりあえず弁解をし始める。


「…いやいや、今までもずっとこうだっただろう?

今回はたまたま、2人共『オマエ』呼びじゃあ判別できないから、便宜上メアリー

の方を名前で呼んだだけだろうが」


 言い訳でもなんでもなく、本当にそれだけだった。

区別しないと会話が進まないから、そう呼ぶ事にした……というだけだ。


「…………」


 ただ、今になって記憶を辿って思い返してみると、メアリーを名前で呼び始めた

辺りから、アイリスは一言も発していない……。


…気付くのが遅れたが、このお嬢様はその時からずっと()()だったらしい。


「そんなに拗ねていてもしょうがないだろ?

オマエだって、話しかけられた時に自分かメアリーか判別できなけりゃ不便だし、

会話も面倒になるだろうが」


 口調こそ、いつも通りの荒さではあったが、イザベラのその言葉には覇気が無く

微妙に弱っているのが暗に伝わってくる声色だった。


「……………むぅ……」


 それを聞いて、ようやく多少は溜飲が下がったのか……。


 アイリスは頬に溜めた空気をプシュ~とゆっくりと吐き出すと、不機嫌な様子は

そのままに、遂にイザベラに向かって言葉を返してきた。


「…まぁ、確かにそうかもしれないわ。

でも、それなら私の事だって、これからは『オマエ』以外で呼んでちょうだいよ」


「ああ、わかった。

これからはオマエの事も、なるべくは『アイリス』で呼ばせてもらうさ。

それで良いんだろう?」


 やっと口を開いたアイリスに内心でホッとしつつ、イザベラはそう言ってこの件

を終わらせようと、そう言って返した。


…だが、アイリスはそんなイザベラの提案をあっさり斬って捨てた。


「いいえ、それじゃあダメね。

それだと、まるで私が言った我が侭に対して、仕方なく妥協したみたいじゃない」


『その通りじゃねぇか!』という言葉が喉元まで迫っていたが、それをグッ……

っと飲み込んで耐える、イザベラ。


 ここで変な反応を返して、再び“だんまりモード”に入られると面倒だ。


…イザベラは心の中で、密かに心の声が漏れるのに耐え切った自分を賞賛しつつ、

アイリスの次の言葉を待った。


「メアリーが名前呼びだから……それよりも親しい私は、愛称で呼ぶくらいが丁度

良いかしら?

だから、次からは――そうね……親しみを込めて『アイ』で良いわ」


 何処か得意げにそう言って、示されたアイリス側の妥協案……。

その解決策に、イザベラは珍しく自身の目を大きく見開く。


「いや……『アイで良いわ』って、こっちの意思は完全に無視かよ……」


 つい数秒前まで耐えていたイザベラも、その言葉を聞いた瞬間に、思わず言葉が

口から漏れ出してしまった。


「しかも『これ幸いに』と、一気に距離を詰めて来やがったな、おい。

それに、なんだ? よりにもよって、自分の従者相手にヤキモチかよ?」


 一度、決壊した言葉は溢れ出し、最後には挑発するようなものへと変わる。


…もうこうなれば、アイリスが再び拗ね始めようが、怒り出そうが、もうイザベラ

の知った所ではない。


「ふふっ……ええ、そうよ?

私が先に仲良くなったのに、何だかズルイじゃない?

だから、より親交の深さを強調する為にも、私もイザベラを愛称で呼ばせてもらう

事にするわ」


 だが、意外なことにアイリスの反応は、そのどちらでもなく、先程までの態度が

まるで嘘のように、いつも通りの明るくて上機嫌なものに急変していた。


…いや、この様子だと実際に嘘だったのだろう。

ここに来て、イザベラはようやく先日思い知ったアイリスの()()を思い出した。


 暢気なように見せて、実は頭の回転が速く、利口で演技派……。


…要は、感情で発言しているように見せかけておいて、こちらが油断して僅かな隙

を見せた瞬間、一気に畳み掛けてくるタイプだった。


 今回も、駄々っ子を装っていただけの策士だった……というわけだ。


…この調子だと、拗ねたフリをしていた時から――いや、メアリーを名前で呼んだ

瞬間から、既にこの展開へ誘導する算段をしていた可能性すらありえる。


(ククッ……これは、またやられたみたいだな?

…けれど、これくらいの方が気晴らしには丁度良いのかもな。

何にせよ……相変わらず、面白い奴だ) 

 

 見事に乗せられたイザベラだったが……騙されてオロオロさせられた事に、腹を

立てるどころか、むしろ愉快な気分になった。


 単純に感情の赴く通りに発言・行動している時もあれば、今のように計算尽くで

相手を誘導して翻弄してくる場合もある。


 アイのそういう部分が、“飽き”が来なくて面白く感じたのだ。


「オマエ、さっきから滅茶苦茶だな……」


「ちょっと! 『オマエ』じゃなくて『アイ』よ?

早速、間違っているじゃない!」


「いや、これは会話上のもので、呼び方がどうのって部分でもないだろ……。

アタシも流石にこういうのまでは対応できねぇよ。

努力はするんだから、多少は大目に見てもらわないと困る」


「…そう。少し残念だけれど、わかったわ。

会話の流れ上、時々『オマエ』が出るのは、許してあげる」


 アイリスはいかにもわざとらしくそう言ってふんぞり返ると、イザベラと視線

を合わせた。


『………ッ……プッ……』


…そうする頃には、2人は共にクスクスと笑いを噛み殺していた。


 険悪……とまでは言わずとも、緊迫しかかっていた空気が弛緩し、ゆったりと

したものへ徐々にと置き換わっていく……。


「それじゃあ、アレか? 愛称だってなら『ベス』とでも呼んでみるか?」

 

「そうね……名前が『イザベラ』だから、普通ならそうでしょうけれど……。

それだと、ちょっとありきたり過ぎるのではないかしら?」


「ハァ? お前なぁ……いったいアタシを何だと思ってるんだ?」


 一部の者からではあるが、かつて愛称で呼ばれていた際に使われていた『ベス』

という呼び名を提案するも、アイリスにはすぐに却下されてしまった。


 イザベラがどこか疲れた様子で理由を尋ねると、アイリスは楽しげにウインク

しながら、答え返してくる。


「あら? イザベラは、かの有名な“森の魔女様”でしょう?

それなのに、愛称が普通の人間みたいでは、つまらないじゃない?」


「あー、もうわかった! 好きに呼べよ。

アタシは、これからオマ……『アイ』が何と呼んでこようと、気にしない」


 そう言って、イザベラは目を瞑ると、眉間を揉み解す。

…苛立っている風ではなかったが、諦めと共に疲れを感じている様子だった。


「ふふっ、ありがとう。

それじゃあ、早速、色々と聞きたいのだけれど……。

イザベラって、ファミリーネームもきちんとあるのよね?

そちらは、どういうものなのかしら?」


「…は? ファミリーネーム?

それは……一応は『レンフィールド』だが?」


『わかった』と答えはしたが、一見すると愛称を決めるのに関係無さそうな質問

を前触れも無くされた為か、不意を突かれたイザベラは、不思議そうにしつつも

そう返答した。


 すると、そんなイザベラの回答に対して、何故かアイリスの方も不思議そうな

様子で――


…その表情は、笑顔からポカンとした真顔へと変わっていった。


「へぇ~……レンフィールド、ね……。

相変わらず、貴女の見た目にはちっとも似合わない、大層な響きなのね……」


…無理やりに好意的に捉えれば褒めていると取れなくも無いが……。


 普通に考えて、馬鹿にしているようにしか思えないその発言には、イザベラの

顔から一切の感情が消す威力があった。


「………なぁ」


…そして、イザベラはそのままの表情で、アイリスからメアリーへとその視線を

移していく。


「…メアリー。コイツさ……グーで殴っても良いか?」


「お気持ちはお察ししますが……。

ここはグッと堪えて、お控え下さいますよう、お願い致します。

…後ほど私の方から厳しく指導しておきますので、今回はご容赦下さいませ」


 胸の前でギュッと拳を握り締め、無表情でそう尋ねてくるイザベラに対して、

メアリーがあくまで丁重に、『グー』を『グッ』という擬音に変えるユーモアを

交える余裕を見せながら、淡々と答える。


…すると、イザベラ達がそんなやり取りを交わしている間に、アイリスは一人で

頭を悩ませ始めていた。


「う~ん……頭の部分をとって『レン』というのも悪くはないけれど……。

それではまだ、見た目に似合う可愛らしさが足りない気もするし……。

レンフィールド……レンフィールド…………レンフィー……――あっ! うん!

そうね! これに決めたわ!!」


 そして、悩み始めてから、そこまで時間を掛ける事も無く、アイリスの中で

割とあっさり出たらしい結論を、イザベラに向かって発表する。


「貴女の愛称……レンフィールドから取って、『フィー』にするわ!

どこか爽やかな響きだし、音が抜けていく感覚がとっても可愛らしいもの!

だから、今度からイザベラの事は『フィー』って呼ばせてもらうから!」


「………もう、勝手にしてくれ」


 魔女を相手に『可愛らしさがある』という、アイリスなりのその決定理由には

正直に言って何を言っているのかいまいち解らないイザベラだったが……。


 とりあえずは一段落しそうな状況に、これ以上の混乱を呼び込まない為にも、

今はそう言って、諦めと共に締めくくることにしたのだった……。


 


「………ふふっ」


 メアリーは引き続き、アイリスの斜め後ろを歩きながら、その主人に気付かれぬ

ように、一度だけ……小さく笑い声を漏らした。


 今日はこれから屋敷へ戻り次第、この主人にお説教をしなければならない。


 仮にも貴族の娘が、他人の敷地に許可無く踏み入った挙句、あろうことかそこで

暢気に転寝うたたねしていたというのは、流石に見過ごせない。


…ただ、その行動は別として、得られた結果そのものには、メアリーも何も文句は

つけないつもりだった。


 イザベラの館で何気ない会話をしている時もそうだったが、ここ最近のアイリス

は本当に楽しそうだ。


 つい先程のやり取りを見ても、イザベラ相手には、遠慮も必要外の気遣いも特に

していない様子……。


(…いいえ。

もしかしたら、こういった態度のアイリスは、私も初めて見るのかも……。

どちらにしても、本当にイザベラ様はこの子にとって特別な存在なのね)


 こう見えて、アイリスがここまで“本来の自分”というものを他人に見せるのは

珍しかった。


 メアリーの知る限りでは、彼女自身を除けば片手で数えられる程度。

…つまり、イザベラは少なくともそれ程には『大切な友人』なのだろう。


 切欠となった行動自体は、仮にも貴族の子女として褒められたものではないのは

確かだが……。


 結果的にそれで、この本当の妹のように大切に思っている主人に、無二の友人が

出来たのならば、素直に喜ばしいことだった。


「………ふふっ」


「? メアリー、どうかした?」


「…いいえ。何でもございませんよ……お嬢様」


 再度、漏れ出た笑い声は……タイミング良く吹いた追い風に乗ってアイリスの耳

まで届いてしまったらしい。


…しかし、立ち止まって不思議そうに振り返った主人に、従者は何事も無かったか

のように姿勢を正すと、そう答えて穏やかな微笑みだけを返すのだった――

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