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第9話 森の魔女の言い伝え

「それでは貴女様が、あの森の魔女……だという事なのですか。

…誠に失礼ながら、私にはにわかには信じられないお話です」


 先日、森の中でアイリスを探している最中に、偶然にも遭遇した不思議な現象の

説明も含めて、イザベラが再び話す機会を設ける提案をしてくれた。


 それに同意したメアリーは、アイリスの予定が詰まっていた事もあって、その日

はそのまま別れ、こうして改めて自らの主であるアイリスと共に、そのイザベラの

屋敷……魔女の館にお邪魔しているという状況、なのだが――

 

「まぁ、それが普通の反応だろうな。

…アタシとしては自分の存在を否定されているようで、反応に困るが」


「…申し訳ございません」


 イザベラの屋敷……来客時は応接間として使われている部屋で、メアリーは椅子

に腰掛けて正面からこちらを眺めている屋敷の主を前に、何処か居心地の悪そうな

様子でそう言った。


 一方のイザベラはというと、真剣な表情で謝るメアリーに対して、いかにも適当

そうに「いや、構わないよ」と素っ気なく返す。


 そんな中、その会話を隣で聞いていたアイリスが、メアリーに問いかけてくる。


「あら、そうなの?

でも、メアリーにだってロジャーちゃんの声はもう聞こえているのでしょう?

ほらロジャーちゃん、メアリーにもう一度、挨拶してあげて?」


 その言葉と共に、アイリスの手によってメアリーの顔前に持ち上げられた魔女の

黒猫……ロジャーが可愛らしく「ニャー!」と、ひと鳴きする。


 すると、それと同時に『めありー……こんにちは』という無邪気な声が、自身の

内側から聞こえてくる。


 ただ、その“声”は耳から直接聞こえてくるという風でもなく、創作等で見かける

ようなテレパシーの要領で直に頭に響いてくるというものとも、また感覚が違う。


 敢えて言葉で表現するなら、耳から聞いた猫の鳴き声が体内で勝手に翻訳され、

それが声になって聞こえてくる、そんな未知の感覚だった。


「………はい、こんにちは、ロジャー様」


 生まれて初めて体験するその不思議な感覚に、まだ慣れていないメアリーは、

いつも以上に難しい顔で、なんとかロジャーに挨拶を返した。


 すると、そんなロジャーとメアリーのぎこちない一連のやり取りを見ていた魔女

が、俯いて笑いを噛み殺しながら反応してくる。


「ククッ……丁寧なのは結構だが、猫相手に“様付け”とは何とも大げさな奴だ。

無闇に無礼なのもお断りだが、流石にそこまで畏まらなくても良いんだぞ?」


 硬い表情のメアリーを気遣ってか、イザベラはやんわりとリラックスするように

そう促してくれた。


 そして、それに続いてアイリスも、補足するようにメアリーに向かって上機嫌に

微笑みながら、殊更に明るい声で言ってくる。


「そうよ? メアリー。ほら、もっとよくロジャーちゃんを御覧なさい?

こんなにも可愛いのだし、どちらかで呼ぶのなら『様』付けよりも『ちゃん』の方

が断然、似合うとは思わないかしら?

だから、貴女も親しみを込めて『ロジャーちゃん』と呼んであげた方が良いわ」


 すぐ隣の椅子に座って、こちらに差し出すようにロジャーを持ち上げた腕を伸ば

しつつ、そう提案するアイリスに、メアリーは更に困ったような表情を向けた。


「…いいえ、お嬢様。流石にそういうわけにもいきません。

ロジャー様は、単にお嬢様のご友人の飼い猫というだけでなく、自我をしっかりと

お持ちのようですし……。

更に言えば、今は私も意思の疎通が可能になっているのです。

そうなれば、ロジャー様ご自身も、お嬢様のご友人だということになりますので。

私の立場からは、ご友人本人をそのように呼ぶことはできません」


 そんな、なんとも堅苦しい返答を返した後、メアリーは冷静さを保つよう心掛け

つつ、自らの視界の中にアイリスとイザベラを収めて、思慮を巡らせていく……。


 眼前ではイザベラがこちらを指差しつつ『コイツ、いつもこんな感じなのか?』

と尋ね、アイリスはクスクスと笑って『ええ、そうなの。真面目過ぎるわよね?』

と答え返して、実に楽しそうな様子で他愛ない会話を続けていた。



 如何せん……メアリーにとって慣れない事柄が多過ぎた。


 まず、初めに現在の状態を取り上げるなら、平時であれば座っている主の後ろに

立って控えていなければならない立場の自分が、同じソファに腰掛けているという

今のこの状況自体が、既に考えられないものだ。


 仮に、ここがアイリスの自室で、更に彼女の要望を受けての結果であるならば、

別に構わないだろう。


 だが、ここは紛れも無く、招かれて訪ねた相手方のお屋敷の一室であり、更には

この場にその屋敷の主であるイザベラ本人も同席しているという状況なのだ。


 いつも通りにそっと主人の傍に控えているという環境ならばまだしも、こうして

同じテーブルを囲んで、自分を中心に対等な目線で主人の友人と会話をするなど、

平常時ではとても考えられない。


 しかも、その会話の相手と言うのが――


「…ん? 何だよ? アタシに何か質問でもあるのか?

今日はお前に説明するために、こうしてわざわざ時間を割いてやってるんだ。

何か気になることでもあるなら、些細な事でも今のうちに言っておいてくれ。

…後から質問攻めにされるのは、面倒だからな」


 不意に正面の椅子に腰掛ける少女へと視線を向けると……それに気付いた彼女は

一旦、アイリスとの会話を打ち切って、見た目の印象にそぐわない荒くて男っぽい

口調でそう言ってきた。


「…はい、ありがとうございます」


 気だるそうな目でこちらを見つめているのは……自称“森の魔女”、イザベラ。


…しかし、メアリーは一通り説明を受けた今も、どう反応すべきか迷っていた。


 口調や態度こそ魔女らしい尊大さではあったが……ぱっと見た印象はというと、

品の良い印象のどこぞの貴族のお嬢様といった出で立ち。


『魔女』と言う言葉から連想されるような、先が三角に尖った、つばの広い帽子も

被ってはいないし、真っ黒なローブも身に纏ってはおらず、大層な杖も無い。


 こうして相対している今でも、とても話に聞いていた魔女には思えなかった。


…何よりも、そもそもの外見年齢が、想像していたよりも若過ぎたのだ。


 どう見ても、年端もいかない少女にしか見えないイザベラが、自分よりも遥かに

長く生きてきたのだと言われても……正直、性質の悪い冗談にしか聞こえない。


「それではお言葉に甘えて…幾つか質問をさせて頂きます。宜しいですか?」


「ああ、構わない。

但し、答えられる範囲内の事は答えるが、あくまでもその範囲は、だからな?

当然だが、アタシが『答えたくない』と判断した事に関しては、話さない。

勝手で悪いが……それはそういうものだと理解しておいてくれ」


「はい、それは勿論です」


 そう答えつつ、メアリーは内心に燻ったままの疑いを残したまま『それでも』と

頭を切り替え、あくまでも目の前の少女を『魔女だ』と意識して気を引き締める。


…この部屋に通される少し前。


 アイリスの勧めで、メアリー自身も彼女と同じ魔法を施され、実際に猫の声が

聞こえるようにもなってしまっているし、先日は突然、アイリスと共に何も無い

空間から現れるイザベラの姿も目撃してしまっている。


 どれほど自分の中の“恐ろしい魔女”のイメージに合致する部分が少なかろうと、

目の前の少女は、本当に子供の頃から伝え聞いている『森の魔女』なのだろう。


「先ずは……イザベラ様は私よりも遥かに年上とのことですが、それは具体的には

どの程度なのでしょうか?」


「…いや、魔女のアタシがこんな事を言うのも何なんだがな……最初にする質問が

“女相手に年齢を尋ねる事”とは、ねぇ……」


 イザベラは苦笑しつつも、何処か楽しそうな様子でそう呟いた。

どうやら、本当に遠慮の無い質問をぶつけられた事が、逆にお気に召したらしい。


「まぁ、ここで正直に歳を答えてやっても良いんだが……。

その前に一つ、アタシからの質問に答えてくれ。

…オマエは何故、初めにその質問をしようと思ったんだ?」


 イザベラは年齢を尋ねられた事には、特に怒っている様子は無かったが……。

何故か、そのまま素直には答えず、質問をし返してきた。


「それは――」


 メアリーは口を開きつつ、イザベラが何を言いたいのかを推察して、瞬時にある

結論を導き出した。


 その結論とは『アタシの歳を聞いて、お前の中のどんな疑問が解決するんだ?』

と言いたいのではないか、というものだ。


 そして、メアリーはその自らの思考に基づいて、話し始める。


「私が“森の魔女”の逸話を最初に耳にしたのは、祖母の口からでした。

そして、そんな祖母自身も、自らの親や祖父母から聞かされたのだ……と。

そんな古くから言い伝えられている“森の魔女”の全てが、貴女様の事を指している

のかを、確認しておきたいのです」


 言い伝えといっても、“森の魔女”のお話は、そもそも子供が悪さをしないように

『良い子にしないと、森の魔女に連れて行かれるぞ』といった戒めとして使われて

いたものであって、大の大人が本気で信じるような類のものではない。


 それこそ、躾の為に使う『子供騙し』と言っても良いレベルのものだ。


…だが、その魔女が実在したというのなら、メアリーにとっては少しばかり事情が

変わってくる。


「…私が知る話の中で、森の魔女が肯定的に捉えられていた例はありません。

…もしも、イザベラ様がその言い伝えにある魔女と同一人物であるならば、何故、

そのような悪い噂が広まったのか……その原因を知りたいと思いまして」


『魔女』という響きから、自然とそういった悪い内容の言い伝えになり、そのまま

現在に至っているというのなら、別に構わない。


…だが、仮に何か原因となる理由や事件が過去にあったとすれば、どうだろう?


 町の住人が森の魔女を恐れる明確な理由が実際にあったとするなら、それは絶対

に知っておかなければならない。


 イザベラが、ここでひっそりと穏やかに隠れ住んでいるというだけなら、恐れる

理由など特に無いだろうし、そもそもその存在にすら誰も気が付かないはず。


 メアリーとしても、今のところはイザベラに対して悪い印象は持っていない。


…だが、昔から恐れられている存在であるというのも、やはり紛れも無い事実だ。

何か、他人に知られてはならない危険なことを隠している可能性も十分にある。


 そして、もしもそれが『関わりを持つだけでも危険』と判断できるようなレベル

の内容であるならば……。


 本人がどれほど拒もうとも、安全の為にアイリスを引き離さねばならない。


 それが、メアリーにとって今日、確認すべき最も重要な主目的であり、真っ先に

把握しておくべき部分だった。


「…なるほどね、こいつは驚いた……。

こんなお転婆お嬢様にはあまりにも勿体無い――いいや、違うな……逆か。

むしろ、お転婆のお嬢様だからこそ、なのか。

なぁ……オマエ、随分と優秀な従者を持ってたんだな」


 メアリーの深刻過ぎる程に真剣な瞳から、何か強い意思を感じ取ったのか……。


 何処か納得した様子で、イザベラはメアリーからアイリスへと視線を移しつつ、

そう言って愉快そうに笑った。


 対するアイリスはというと、膝の上に乗せたロジャーの前足を、ぎゅっぎゅっと

握って遊びながら、視線だけを軽く合わせて『ふふっ……良いでしょう? でも、

いくらイザベラでも、メアリーはあげないわよ?』と、自慢気に答え返していた。


 そんなアイリスとのやり取りを経て、再びメアリーへ視線を戻したイザベラは、

先程の質問に対する答えを口にした。


「本当に稀になんだが、アタシの敷地に意図せずに迷い込むヤツが居てな?

…で、そういうヤツを見つけた時に、決まって暗示というか幻というか……。

まぁ、そういう類の魔法をかけてから、外に追い出すようにしてるんだ。

『自分は恐ろしい魔女に遭遇して、命からがら逃げ出した』って記憶を残してな」


「…ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 それが本当ならば、一応は納得できる話だった。


 その『誰か』が町に戻った際、記憶に残る“偽りの体験”を他人に語って回れば、

あるいはそれが恐ろしげな言い伝えを作り、後世に残っていくというのも頷ける。


…ただ、その話を聞いて、今度は別の疑問がメアリーに湧き上がってくる。


「あの……疑問なのですが、何が目的でそのような事を?

ご自身の敷地内に再び来させないようにするだけでしたら、そのような事をせず、

ただ追い返すだけでも良かったのでは?」


 先程の回答は一見するといかにも納得できそうな内容ではあったのだが……冷静

に考えると、今度はその意図がメアリーには納得しきれなかった。


 単純に迷い込んだ人物を追い返して、2度と森へ近付かせないようにするという

だけならば、別の記憶でもかまわないはずだ。


 例えば、遭遇したのが魔女ではなく、凶暴な野生の獣に遭ったことにしても良い

だろうし、可能であるのなら、そもそも敷地内での記憶を全て消しても良い。


 つまり、『わざわざ自分の存在を匂わせる必要性』が見当たらないのだ。


 そう思ったメアリーは、その代替案も含めてイザベラに伝えてみた。


「………あー……」


 すると、その際のイザベラの反応は少々、メアリーの予想に反するものだった。

…ここにきて初めて、余裕ぶったものではない、少し困った表情を浮かべたのだ。


「理由……ね。なんとも答え辛い部分を的確についてくるもんだ。

ただ、まぁ……実を言うとな、それはアタシも詳しいところまでは解らないんだ。

なんせ、最初にそういった対応を始めたのは、アタシじゃなくてな。

アタシはただ、以前からあった方法で対応してるってだけなのさ」


「…? それは、どういう意味でしょう?

ここにはイザベラ様以外に、まだ他に魔女がいらっしゃるのですか?」


 イザベラの返答から、当人以外の魔女の存在を匂わされたメアリーは、質問を

更に重ねる事になった。


 この部屋に案内させるまで、イザベラとロジャー以外の他の誰にも会わなかった

し、そんな気配も今のところは全く無い。


 何より、他にも魔女が居るのなら、先の説明の際にアイリスが嬉々として教えて

くれていることだろう。


 しかし、そんな思考をせわしなく頭の中で巡らせていた所で……。

イザベラは、ゆっくりと首を横に振りつつ答えた。


「…いいや、今はここに棲んでいるのはアタシだけさ。

ただ、昔はアタシとは別にもう1人、魔女が棲んでたんだよ。

というより、この森も館も、本来はその魔女の持ち物なのさ。

アタシは……まぁ、その魔女とここで一緒に暮らしていた時期があってね。

ある時、ソイツが『しばらく旅に出ることにするわ』って言うもんだから、その時

に住居兼研究所として使うのに丁度良いから、この屋敷をソイツから譲って貰った

ってワケだ」


 そう答えたイザベラに、何処か違和感を覚える。


(…イザベラ様?)


 メアリーはそこで、何故かイザベラの表情の中に、僅かな寂しさのようなものが

含まれているように感じられた。


「…………」


 これでもアイリスを守る為にと、多くのスキルを身につけている、メアリー。


 そんな非常に優秀な従者である彼女の鋭い観察眼をもってすれば、相手の微妙な

表情の変化から感情を推し量ることは、そう難しい事ではない。


(いいえ……ここは、私が追求すべきではないですね)


 推し量る事は、確かに出来る……。

しかし、今はそれを指摘するのは躊躇われた。


…イザベラは、まだ警戒を完全に解くには早い相手だ。


 だからこそ、その寂しげな反応を指摘し、追い詰めるように質問して、話に出た

別の魔女の情報を暴き出す選択をしても構わないはずだ。


…だが、彼女にとっては本来は必要ないであろう、今日のこの説明の機会も、ただ

メアリーが理解し、安心できるようにする為に用意して、こうして真摯に対応して

くれているのは明らかだ。


 仮に今後、どうしてもその魔女のことを知る必要性を感じるような状況があった

としても、少なくとも、わざわざ友人関係であるアイリスの前でそういった部分を

追求して暴き出す必要はないだろう。


…そう考えたメアリーは、今は気付かぬフリで、話の続きをする事にした。


「それでは――その別の魔女様がそういった対応を以前からしていたからだと?」


「ああ、そうだ。

アタシも、初めは『変なことをするヤツだ』と思ったんでな。

昔、そいつにお前と全く同じ質問をしてみたことがあったんだが……。

そいつが言うには『野獣に遭ったことにすると、数日後には安全確保のために猟師

がやって来るだろうから論外』なんだそうだ。

それなら記憶を消したらどうだ? と尋ねたら『不思議に思った本人が再度訪れる

可能性が高いから、それもダメ』なんだと」


 イザベラのその説明に、メアリーは無言で頷いて返した。

確かに、言われてみればそういった展開になるのは容易に想像できる。


 人を遠ざけるための対策で、逆に呼び寄せてしまうのでは、意味が無い。

そういう意味では、その2つの案が採用できないというのも正しい判断だろう。


「それで、もう面倒になって『だからって、なんで魔女に遭遇したことにする?』

って、真正面から尋ねてみたんだが――」


…と、そこまで言うと、イザベラは何故か言葉を切って、気まずそうな顔で後ろ手

に軽く頭を掻きつつ……苦笑いを浮かべた。


「よりにもよって、そいつから返って来た回答ってのが『その方が面白そうだから

に決まってるでしょ?』だったもんだから、アタシも呆れが先行して、それ以上は

質問する気が失せちまってな。

…それ以降、この件に関してソイツに深く追求するのを諦めたんだよ」


「それは、また……なんと申して良いやら、返答に悩む“理由”ですね」


 口にしたイザベラに続いて、メアリーも言葉を失ってしまった。

答えとしては実にシンプルだが……それ故にどうしようもない理由でもあった。


「…まぁ、そうだよな。

特に人間の側からすれば、恐らくは大半の者が理解に苦しむような理由だ」


「…? 『人間の側』ということは、イザベラ様はご理解されたのですか?

先程からの口ぶりでは、今でも同じ対応をされているようですし……」


 ただの人間であるメアリーには、到底理解できない、その理由。

だが、同じ魔女であるイザベラには納得できる要素がどこかにあったのだろう。


 そう思って、何気なく放った言葉だったのだが……イザベラは、意外にも少し

驚いたような反応を示した。


「…は? いいや? その点に関してはアタシも全く理解はしてないぞ?」


「えっ? そう、なのですか?

私はてっきり、魔女ならではの解釈で、ご理解してらっしゃるのかと……」


 予想外の返答に両者共に『?』という表情で数秒間見つめ合った。


 その様子を傍らで大人しく眺めていたアイリスが、声を殺してクスクスと笑った

ことを切欠に、イザベラはわざとらしく咳払いをしてみせる。


「コホン……まぁ、アタシはそいつの事をある程度は知っていたし……。

一応は信頼の置ける、まともな奴だと思ってる。

…だから、ソイツが今までそうしてきたんなら、アタシもそうするかってだけだ」


「…なるほど」


 聞いた理由がどうというよりも、その以前の住人への信頼関係から同じ対処法を

続けている、という事だったらしい。


 メアリーがそう納得していたところで、イザベラは一度、視線を外して窓の外を

眺めつつ、更に続けてこう言った。


「…そもそも、ソイツは結構、嘘吐きでもあったからな……。

まぁ、大体は悪意がある類の嘘じゃなかったのは救いだが。

その得意の嘘ではぐらかして、本心を隠す事も普段から多いヤツだったんだよ。

だから『面白そう』って理由も、どこまで本当かは当人にしかわからん。

ただ……毎回、そうやって追い返してはいたが、そいつは別に人間のことを嫌って

はいなかったからな。

…案外、本当は誰かに会いに来て欲しかったのかもしれん」


 そう最後の補足を口にした時……。

不意にイザベラは、フッ……と薄く笑って見せた。


 恐らくは当人も気が付いていないであろう自然なその微かな笑みには、先の発言

の通り、その元同居人への確かな信頼が見て取れた。


 きっと、その別の魔女とは、メアリーにとってのアイリスがそうであるように、

イザベラにとっての『大切な誰か』なのだろう。


 それを態度と雰囲気で感じ取ったメアリーは、少しだけイザベラに対する警戒心

を緩める事にしたのだった。

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