殺人法
400年前、世界では人を殺すと罪に問われたらしい。なんとも不思議な世の中だ。今では、人を殺さないと罪に問われるというのに。
外から女の悲鳴が聞こえ、自室の窓を開けてみると道路が赤く染まっていた。男は女のアイディーカードを抜き去ると、急いで走り去ってしまった。まったく、汚いな。掃除ロボットの手配くらいしろよな。俺は、保健所に電話をした。
「すいません。ヒルゲンマンション前の道路で殺人があったのでお掃除ロボット派遣してください。住所は、日本支部東京都新宿区3500-2843です」
「はい。こしこまりました。すぐに派遣いたします」
今は1か月に1人、人を殺さないと捕まって処刑されてしまう。増えすぎた人口を減らすための、世界政府の苦肉の策らしい。苦肉の策といっても、それが260年も続けばもはや日常だ。今ではみんな、人を殺すことに抵抗はない。もちろん、自分が殺されるのには抵抗はあるが。
現在は順調に人口が減少しているらしいが、法改正をしたところで殺人をしないのが日常に戻るのは時間がかかる。結局はこのままでいいだろう。人を殺しさえすれば、生活するための場所も食料も政府が支給してくれるわけだしな。
外を見てると気が滅入る。100階建てくらいのマンションが周囲何キロメートルにもわたってずらりとあるため、景観も糞もあったもんじゃない。俺は生まれてこの方、生の地面を見たことはないし、海や田んぼも動画やVRでしか見たことはない。VRでの海や田んぼの体験は俺を最高に興奮させてくれる。
でも、こんなことをいつまでもやるわけにはいかない。俺もそろそろ人を殺さないと件の1か月が来てしまうからだ。俺はエントランスを出て、対象を探しに当てもなく歩き始めた。面倒くさいし、近くに人がいるといいけどな。
「死ねええええええええええええええ!!」
突然マンションの裏から人が出てきて、俺を包丁で刺す。背中を刺され、地面が俺に向かって急速に近づいてくる。痛え。こりゃもうだめだ。
生きるためには何かを犠牲にしないといけない。これは俺が幼少の頃より言われてきたことだし、正しいことだ。今の世界は、他人を文字道理この世界から蹴落とすことによって生きることが出来ているわけだ。俺も現在進行形で世界から蹴落とされようとしているわけだが、この考えには何ら疑問を抱かなかった。
俺を刺した女は、はぁはぁ吐息を荒げて、馬乗りになっている。久しぶりの女の体はやわらかかった。
「お前、いまだに人を殺すの慣れないのか?」
「こんなの、慣れるわけないじゃん」
「ふーん。変な奴だな」
俺は馬乗りになった女をどかして仰向けになった。女はビクッと体を震わせ、俺を刺そうとした。
「もう動けねえし、やめてくれよ。第一、お前殺すの下手すぎ、いくつよ?」
「22歳です」
「ならもう12回も殺してるわけだろ。いい加減慣れろって。めちゃくちゃ痛いわりに全然死ねないんだけど」
「えっと、その。ごめんなさい」
女は頭を下げた。いや、謝られても困るんだが。
「そこはさっさと殺すところだろ。ほら、首の横のところに頸動脈あるし、そこをそいつでザクっとやってくれ」
「し、死ぬのこわくないんですか?」
「死ぬことより痛い方が嫌だ」
「ううう。ごめんなさい。今楽にします」
女はためらいながら包丁を両手に持つ。目からは涙がこぼれる。人を殺すだけなのにそんなに泣くかねえ?
「待ってくれ。最後に一つだけお願いを聞いてくれ」
「なんですか?」
「胸をもませてくれ」
「それくらいでいいのなら……どうぞ」
人生の最初で最後の感触は天国にも上るようなものだった。低俗で救いようのない俺の人生の最後は、これくらいの祝福があればちょうどいい。といっても、俺みたいに60まで長生きした人間ならみんな同じような人生なのだろうが。
「ごめんなさい」
女は俺の首を切り裂き、その部分から勢いよく血が噴き出す。思ったより耐えられるもんだな。
「じゃあな。俺みたいに長生きしないでさっさと死んだほうが楽だぜ」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
女は呪文のように呟き、俺の胸に突っ伏して泣いた。ふん。女に泣かれて最後を迎えるなんて、思ったよりいい人生だったじゃねえか。
そうして俺は、死んだ。
読んでくれてありがとうございます。なぜ、人を殺してはいけないのかを考えた結果この小説が生まれました。
僕の結論は、人を殺すと心が擦れ自分の人生がどうでもいいものになってしまうからだと、思いました。つまり元来、人は殺人を忌諱する性質があるのだと僕は考えています。
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