後編
【体育】
「ああっ! くそっ! また決められた!!」
男堂のクラスメイトである田中は、自陣のゴールに蹴り込まれた白黒のボールを見て悔しがる。
テンテンテンと、転がるサッカーボール。
それがたった今、相手チームの選手の華麗な一振りでゴールネットに蹴り込まれた所だった。
綺麗な放物線を描く見事なフリーキックである。
「田中。ヤバイぞ。このままだと、大差つけられて負けるぜ?」
苦い顔の佐藤が同じく中盤でMFを務める田中に近寄った。
「……分かってるよ。4点差だ。もう流石に追い付くのは厳しいな。残り時間もそんなにないし」
校舎に取り付けられた時計を見て応える田中。
それから二人してグラウンド脇のスコアボードを見た。
そこには、
2-A 1
2-D 6
と、ハッキリとした点差が表されていた。
「……このまま2-Dの奴等に負けるのは、悔しいよな。第一、向こうにはサッカー部のレギュラーが何人もいるんだ。勝てるわけねぇーよ。それなのに、大差つけられて負けた方はグラウンド10周とかありえねぇーて」
「サッカーなんか、実力が物をいうスポーツだからな。それに、お前が言うとおりこっちは文系が多くて、おまけにサッカー部レギュラーは一人しかいない。そう簡単に点なんか入らない」
頭を振って「嫌だ。嫌だ」と、言うのは佐藤。
それに頷く田中。
サッカーは、本来ならば一点を取るのが難しいスポーツだ。
ポジション毎に役割があり、点を取るFWと相手の攻撃を防ぐDF、ゴールを守るGKがいる。
シュートを打ち込もうとしても、それを妨害されるし、よしんばゴールに蹴り込めたとして、GKに阻まれるのだ。
それなのにここまで点差がつけられているのは、それだけ実力差がある訳で。
スポーツ推薦で入ったサッカー部のレギュラーや運動部が多く編入されているのが、男堂達の2-Aが対戦する2-Dのクラス。
この試合でも出ているのはほぼプロレベルの生徒で、そんなのが相手では、素人ばかりの2-Aは分が悪すぎるというものだ。
そんな状況で対戦しないといけないと愚痴を溢す佐藤の気持ちも分かる。
「だよなぁ。こっちにもサッカー部レギュラーでGKの若林がいるけど。アイツだけじゃ厳しいよ」
田中が自陣のゴールを守る若林を見た。
若林は「クソッ! 止めれなかった」と、スパイクの裏でグラウンドの土を蹴り上げている。
「そうは言っても、若林がいるからまだこの点差で抑えられてるんだけどな。とにかく点を取らないことには、どうにもならないん……だけど。こっちの攻めは……」
二人が視線を向けた先には、サッカーそっちのけで空を見上げ る男堂の姿があった。
「……雲はいいなぁ……フワフワ空を漂うだけで、他のめんどくさい事をしなくてもいいんだから。サッカーもしなくていいし……。ああ……雲になりたい……」
無気力そのままに、呟く言葉にはえらく気持ちが込められている。
元々協調性がない部類に入る男堂であるが、この時間はその色も濃かった。
それもその筈。
男堂はサッカーの事など、どうでもいいのだ。
体を動かして何かをしようとするその行為が、究極的に『めんどくさい』事なのである。
「おい見ろよ。飽田の顔。いつにもましてヤル気ないぞ。あの顔は、何も考えてない。いやめんどくさいとは考えてるかもだが。田中お前説得してこいよ。飽田とクラスで一番仲いいんだし」
「と言ってもなぁ。席が真後ろで少しだけお前らより、話す機会が多いだけだけどな。……しょうがないかここまで来たら、飽田の力を借りるしかない。アイツにヤル気出してもらわないと、この点差だ。100パー負けるし、こんなクソ暑いのに、ランニングなんか、かったるくてやってられるか」
額に汗を浮かべる田中。
本日の気温は、34℃。
太陽がバリバリと張り切り、見事な炎天下を演出している。
「頼むぞ。もうこの状況を引っくり返せるのは、飽田しかいないからな。しかし。あちーー!!」
真剣な面持ちで、田中は男堂の元へと近寄ると背中を叩き声をかけた。
「飽田。お前さぁ頼むから少しは、ヤル気だしてくれよ。めんどくさい気持ちは分かるけどよぉ。これも、一応授業の一環なんだ。いや、めんどくさい気持ちは本当に分かるけどさ」
「……でも……めんどくさい。仕方ない。めんどくさいんだから」
背中を叩かれ振り向いた男堂。
その顔は、いささか不機嫌そうだ。
「……やっぱりそう言うわなお前なら。でもさ、動きたくないから、FWにしてくれって言うお前の要望も聞いたんだから、俺らの要望も聞いて欲しいんだが」
この試合。
男堂はほとんど動いていない。
めんどくさがり、動きたくないと駄々をこねた為、ポジションは、極力動かなくていいフォワードになった。
自陣に攻め込まれていようが、守備に戻る事もなく敵陣に突っ立ったまま。
「……それ……は……そうかもしれない。……けど……めんどくさい……のに、試合に出ている俺……もいるわけで……」
最初、男堂は試合に出ることを断った。
理由はもちろん『めんどくさい』からだ。
正直な話し、男堂の他にも試合に出れる生徒はいた。
それでも、田中が出場頼み込んだ理由は。
それは。
男堂が本気を出しさえすれば、この試合に負けることはないという、一種の打算からだった。
「はあ……。でも、考えてみ? このまま俺たちのチームが負けると、グラウンド10周もやらされるんだぜ?」
ピクリと、男堂は反応する。僅かに体を揺らした。
一度や二度断られても田中は、諦めない。
そもそも、説得出来るとの確信があればこそ、こうして男堂に話しかけているのだ。
田中はこうして普段から男堂を焚き付けるを、得意としているから。
「……それは……めんどくさい……な。とてつもなく……めんどくさい……ぞ」
「だろぉ? だからよぉ」
田中の顔がどんどんと悪どくなると、口元をニヤつかせた。
「お前の力で、点取りまくって勝とうぜ? な? その為に……飽田本気出しちゃえよ。な?」
「……」
コクりと男堂は大きく頷いたのだった。
それからは。
「……すげー。また一点返した」
「……あれだけの点差を本当に追いついちゃったよ」
ヤル気を出しまくりの男堂の活躍により。
スコアボードには、2-Aのクラスに次々と点が刻まれていった。
「飽田の奴。確かサッカーは初めてだって言ってたよな?」
「……そうだって試合開始前に本人が言ってたじゃないか。俺もとてもじゃないが、信じられないけど」
男堂をけしかけた本人である田中も、佐藤同様にドン引きの表情で男堂の活躍を見ている。
「でもよあの動き。俺サッカー好きでさ、リーガとかプレミアリーグの試合を衛星放送とかで良く観るんだけどさ。飽田の奴、バロンドール取った選手よりも、上手いと思うんだけど。あんなボールタッチや、フェイント、シュート、あんなの見たことねぇーよ」
佐藤が興奮して称する男堂の動きは。
ただ一人で、圧倒的な身体能力からくるハードプレスと世界最高の頭脳からパスコースを読み取ると、相手チームのボールを奪う。
誰も追い付けないスピードで、一気に相手選手達を軒並み抜き去る。
ボールを相手に奪われない間合いに収め、独特かつ滑らかで大胆なボールタッチで、高速ドリブルを披露する。
その速度、フェイントの速さと言ったら、尋常ではない。
ある程度相手ゴールに近付いた所から、あまりの速さでブレて見えない右足で一閃。
ボールは、GKが触る事も出来ずにゴールネットを突き刺した。
脅威のシュートで警戒されゴール前を守りで固められれば、相手チームの選手全員を文字通りに抜きさり、一点をもぎ取る。
本来11対11で行われるサッカー。
それが、男堂がやる気を出してからは1対11という別競技と化してしまった。
それでも、この20分間。
男堂よる蹂躙ショーがピッチ上で行われ、瞬く間に点差は消えた。
「……ぜいっ……ぜいっ……ぜいっ。2-Aの奴等、汚ねぇぞ。試合に負けると否や、飽田を起動するなんて……」
「……はぁ……はぁ……本当だよ。あんな人外。相手にして勝てるわけねぇー。なんだよ。サッカーは一人で出来ないのに……何で……この試合成り立ってんだよ……。おかしいだろうが!!」
2-Dの生徒達があまりの現実の理不尽さに文句を言う。
怒りの矛先が向いたのは、男堂をけしかけた田中にである。
「ふん。元々、お前らの方が圧倒的有利だし、そもそも負けた方がランニングとかそっちが言い出した事じゃねぇかよ。自分達の方が有利なくせして、賭けを提案してくるなんて。どっちが汚ねぇんだつうの。そんな奴等にとやかく言われたくないね」
「ぐうっ。だからって、田中もその条件飲んだくせによ……。クソッ! 飽田が起動するとは、思わなかった! お前最初から、こうなるって分かってやがったな!!」
「はっはっはっ! 己の浅はかさを呪え! そして、来週の学食ゴチになりまーす!!」
「……田中。お前も人の事言えないと思うよ。汚さは負けてねぇーわ」
田中の黒い部分を垣間見た佐藤が、ツッコミを入れた。
醜い両クラスの言い合い。
そんなのはそっちのけで、男堂は一点でも多く点を取るために蹂躙ショーを進めていく。
そして。
ピッーピッーピーー!!
「試合終了!! 2-Aの勝利!」
審判の笛で対抗戦は幕を下ろした。
スコアボードには、
2-A 11点
2-D 6点
大差で男堂のクラスが勝利を納めたのだった。
☆☆☆
帰りのホームルームが終わり、これまた人類最高速の身のこなしで一目散に帰った男堂。
彼が帰るのを目線で見送ったクラスの2-Aの生徒29名は、教室の中央で机を組み合わせ皆が集まり、話をしていた。
「飽田君今日も凄かったね。文武両道とはこういう事をいうんだろうね」
「いやいや。飽田は異常だから。あいつを起点に考えたら、何事もおかしくなるから」
ガヤガヤと話す内容は、男堂のことばかり。
2-Aの生徒は男女関係なく、皆仲がいい。
よくこうして、放課後にクラス会議といえば大袈裟だが話をする。
話題の中心は、飽田男堂であるのが大半である。
「俺も、あんなチートスペックに生まれたかったよ。何で母ちゃんそんな風に産んでくれなかったのか」
「でもさ。幾ら能力高く持ってたって、それをどう使うかは、その人の気質というか、性格だと思うんだよね」
「どうしたの? 愛子。急に最もらしいこと言って。あんたらしくないよ?」
「なにそれひっどー! ……こないだね飽田君がさ、困ってる所を手伝ってくれたんだよ。これを落とした時にさ」
そう言って愛子は、鞄に取り付けてあるピンク色の犬のぬいぐるみを見せた。
保存状態は良いものの、所々が掠れた色合いになっている。
長い期間を使用している物なのであろう。
「愛子が小学生から大事に使っているやつだね」
「うん。お婆ちゃんに買ってもらった大切な物なんだけど、何処に落としたのか分からなくて、多分通学路に落としたと思って、その日探してたの。夕方だったかな。そしたら、飽田君が通りかかってね。一緒に探してくれて、見つけてくれたんだ」
「へえ……そんな事があったんだ。男堂君から、手伝うって言い出したの?」
「ううん。何も言わずにそっと寄り添うように手伝ってくれたの。困ってるわたしを見兼ねて自分から動いてくれたんだと思う。飽田君ってさ、めんどくさがりだけどイケメンでカッコよくて、頭はいいし、運動神経も凄くてヤバイんだけど。何より、凄く優しいんだよね」
「あ、私も私も。この間ね、横断歩道を渡ろうとしてるおじいちゃんがいたんだけどね。足が悪いらしくて、もう信号が点滅して変わろうとしてるのに、まだ渡り終わってなかったの。そこに、飽田君が颯爽と現れて、おじいちゃんを背負ってあげたんだ」
「俺は、3日ぐらい前にコンビニ行こうと歩いてたら、煽り運転してる奴を見かけてさ。そいつが車から降りてきて、追いかけ回したドライバーを怒鳴ったり、殴ってたんだよ。これはヤバいって警察呼ぼうとしたら、そこに飽田がやって来て『めんどくさい』といいながら、煽ってた奴をぶん殴って止めたのを見たぜ」
「きゃあああ!! 飽田君ワイルド! 男らしい!!」
「夏実、あんた少し不潔よ。誰かを助ける為だからと言って殴ったら犯罪だからね?」
「分かってるってば。でもさ、普通は怖くて困ってる人がいても近寄れないじゃない? 今の時代色々と物騒だし、何かあればナイフで刺されたりもするし。それなのに、実際に行動して助ける勇気も凄いわ」
夏実の言うとおり、今の時代人助けするのも命懸けの場合がある。
幾ら格闘技を習っていたり、ケンカ慣れをしていたとしても、ガラが悪い輩を止めようとするのは怖いものだ。
「またそうやって言う」
「そう言う恭子だって、いつも言ってるじゃん。飽田君カッコいいって~」
「ま、まあね。わたしも男堂君に助けてもらった事もあるし……銀色の瞳も天文学的に整った顔のパーツも、現実離れしていてカッコいいし。『めんどくさい』って言ってばかりだけど、甘い声だから全然不快にならないし。あの声で耳元で好きだよって囁かれたら、コロッといっちゃうわ。あんな人が私の彼氏なら、どれだけ自慢出来るか。男堂君に女の噂は聞かないけど、実際どうなんだろう? 毎週、てゆーか毎日誰かしらに告白されてるらしいけど」
口では中々素直になれない恭子もまた、男堂に想いを寄せている一人だ。
「あ、わたしも知らない。飽田君は謎が多い人だから。でも恭子の言うとおり、わたしも飽田君が彼氏なら毎日超ハッピーだと思うなぁ。今まで中々勇気出なかったけど、告白してみようかなぁ」
「あ。わたしもしようかなって思ってたんだ」
「「「わたしも、わたしも!!」」」
話は盛り上がりを見せ、女子は女子だけで集まりだすと教室は更に喧しさを増した。
「女って怖ぇな……」
はぶられた男子達は、留まることを知らない女子パワーに自ずと教室の隅に追いやられた。
「仕方ないか」と、こちらも男子だけで集まり話は続けられる。
「だな。俺らがいるのに、女子トーク炸裂だ。女に抱いていた幻想が壊されるぜ。女って皆ああなのか?」
「いや。中にはおしとやかで、男を立てる、大和撫子がいる筈だ! 俺は諦めないぞ!」
固く拳を握り締め、気合いを入れる男子生徒。
「そういや。今日登校するときに、超美少女が飽田に話しかけてたんだよ。サラサラな黒髪で、顔のパーツも奇跡的に整ってるし、身体も出るとこ出てるしで、文句なしの100点の子が。ああいう子が、大和撫子というんだろうな」
「マジかよ!! 俺も見てぇ!! いいなぁ。飽田の奴。そんな子にも話しかけられるのかよ!」
「ああ。その子なら、俺も見たことあるぞ。物陰に隠れて、恥ずかしそうに飽田を眺めていたな。あれは完全にホの字だわ。しかし、超美少女だったよ」
「くそー!! いいなぁ。いいなぁ!!」
女子は女子で男子は男子で、それぞれに話が四方八方に飛んで行く。
その話の種が男堂なのは、同じであるが。
「しかし。飽田って、不思議な奴だなぁ」
居ても居なくても話題をかっさらう飽田男堂。
彼の謎は深まるばかりであった。
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