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中編

すいません

予定よりも、遅くなってしまいました。


お楽しみ頂けると、幸いです。


一応

この物語はフィクションです。

 


【数学】




「――であるからして、ここはこの公式が成り立つわけだが」


 カッカッカッと、教室の前方にある黒板に白のチョークで次々と数式が書き込まれていく。


 昼下がりの教室には暖かい日差しが射し込み、レースのカーテンが窓から吹き込む風で波うつ。


 昼食を食べ、眠気がMAXとなる午後1時22分。

 席に座る生徒達はそれを感じさせずに、皆が真剣な眼差しでノートに黒板の内容を書き写していた。



「それでは。この問題を誰かに解いてもらおうか」


 チョークを動かしていた右手がピタリと止まる。

 黒板の端から端までびっしりと数式を書き込んだ数学教師の内藤が、生徒達の方へと振り向いた。



 学校と呼ばれる施設で行われる、生徒に問題を解かせる行為である。

 それは男堂が通うここ、白石最高学園でも行われていた。



 私立白石最高学園。

 日本でもトップの進学校であり、毎年東大を始め有名な大学に多くの優秀な人材を排出している。

 この学園のOBの中には、政界の大物官僚も数多くいる程の名門校である。


 故に、白石最高学園の授業は非常にハイレベルで、この学園に一般で入学する場合はそれに見合った頭脳と学力が必要とされた。



 この日本でもトップの高校に男堂は生徒として登校しているわけだが、面倒くさがり屋の男堂が何故、義務教育を終え高校進学を果たしているのか。


 中学は何とか『めんどくさい』と言いながらも、卒業はした。

 高校進学は必ずしもしなければならないものではない。


 まして、男堂の頭脳を持ってすれば今更進学し勉学に励む必要もないのである。


 それでも進学した訳。

 それは、『めんどくさいだろうけど、高校は卒業しなきゃダメ』との面倒くさがり一家の飽田家の数少ない教育方針からであった。

 それに対し、男堂は『めんどくさい。行きたくない』と駄々をこねたが、最終的に男堂は説得された。



 それで高校に進学する事が決まったのだが、問題はどの高校に通うかであった。


 男堂が進学する事を聞き付けた日本、世界の学術機関はこぞって男堂に推薦状を出した。


 飽田家のポストには入りきれずに溢れるほどの推薦状の山が、毎日自宅まど届いた。

「是非我が校に!」と神童である男堂を入学させたく、どこも必死である。


 それに対し、男堂は「推薦で入るのは……めんどくさい……から嫌だ。何にも縛られずに普通に入学する……めんどくさいけど」と、あらゆる誘いを一蹴した。


 男堂は推薦で入学するとめんどくさい事をやらされるのではないかと考え、実力で入学する事を選択した。

 確かに推薦を受ければ、利点も得られるが何かしらリターンを要求される部分もあるのは否めない。


 ポストを破壊する勢いで届く推薦状の山を、自宅の庭で焼き、数ある学園から白石最高学園を選んだ理由はただ一つ。


 それは、家から一番近いのがここだったからという至極簡単な理由だった。

 自宅からのんびり歩いても15分以内に着く距離。

 只でさえ学校に通うのが『めんどくさい』のに、毎日登校に時間をかけるのは、男堂的には耐えられない。


 それでも、常人ならば入学するには難関ともいえる試験を突破しなければならない現実に及び腰になるものだが……。

 そこは、我等が男堂である。

 入試の時は、珍しくヤル気を出し人類で最高の頭脳で全教科満点の得点を叩きだし、入学試験を突破してみせたのだった。




 そんな経緯から、他の学校で行われている授業とはレベルが違う白石最高学園。


 只今行われているのは、数学の授業である。


 内藤が問題を解かせようと見渡す教室には、30個ある机に着席した30人から構成されるクラス2-Aの生徒達。

 その内の29人が嫌そうに顔を歪めると、一斉に目線を外し机の木目の数を探し始めた。



 秀才ばかりが集められた筈が何故一様にこの様な態度をとるのか。


 それは、この内藤という教師は意地悪で、また厄介な性格をしているからである。

 天気屋で自分がイライラしていると、授業で習っていない範囲から生徒達が絶対に解けない問題を出したり、それが誰も解けないと、クラス全員に追加の課題を出すなどしていた。


 だからその被害者たる生徒達は、「どうか自分には当たりません様に」、「誰でもいいから答えられる奴がいます様に」と祈りを捧げた。


 どの顔も必死である。



「……なんだ。我こそがと解こうとする者は、誰もいないのか。情けない。だから、最近の若者はと言われるのだ」


 顔を伏せる2-Aの生徒達を見やりながら、内藤が毒づく。

 キツネ顔の細目を更に糸目に変え、教え子達を罵り始めた。



 それを言い返してやりたくても出来ずに、グッと堪える生徒達。

 反論すれば、自分達にとって更に不利になる展開になるのは今までの体験で学んだ。

 それと同時に、このままだと内藤の性格の悪さに拍車がかかる事も理解した。


 内藤は、何としても誰かに挑戦させ悩む姿を見るか、失敗すればすればで、追加課題という嫌がらせを出したいのである。


 そして、もっとも内藤が意味嫌い、嫌がらせを行いたい生徒が、このクラスにはいた。


 その内藤が意味嫌う生徒とは。


「ふん。またボケーッとしおって。これだから、神童と持て囃されるガキは好かん。無気力を装い、内心では自分は常人なんかとは違うと見下してるんだろうな」



 黒板を見ないで窓をボケーと眺める男堂に、内藤の目線が固定されている。

 男堂のヤル気のない顔に舌打ちをする。


「まあいい。誰も解きたがらないなら、仕方ないよなぁ。こうなったら、神童の飽田お前が解け。そんな大層な二つ名があるんだ。こんな問題など簡単だろう?」


「……また始まったよ。飽田イビりが」


「内藤は、飽田が大嫌いだからな」


「自分よりも優秀なのが、気にくわないんだろうよ。すぐ飽田に食ってかかるからな。何としても、辛酸をなめさせたいんだろう」


「そうよね。すぐ飽田君に食って掛かるもの。そもそもこんな事をしてるのも、飽田君に嫌がらせする為なんだし」


 ヒソヒソと、小声で話す生徒達。

 ボリュームは絞っていても、案外こういう声は響くもので。


「どうやら率先して問題を解きたい者がいるらしい。そこのお前達でもいいぞ? そこまで元気なら、やれるだろう? ん?」


 バッチリと、内藤の耳にも届いていた。


「「「……」」」



 ヒソヒソと話していた生徒達は、黙りこむ。



「チッ。根性無しどもめ。やっぱり飽田。お前がやるしかないらしい」


 今度こそハッキリと、日頃から面白くなく感じている男堂を使命した。


 先にも出たが、この数学教師。

 日頃からの男堂の態度や、優秀すぎる頭脳に対し嫉妬の念が強く、男堂が大嫌いであった。


「……めんどくさい……いやだ」


 その教師の気持ちなど知った事かとするのが、この男堂という男である。


「飽田! 早く前に出てこい! まさか俺に逆らうのか? あ?」


「……めんどくさい」


 男堂は相手が怒ろうが、気にしない。

 ぶれない。


「……お前が逆らうならな、ここにいる全員に追加課題を出さないとなぁ。皆はお前のせいで、大変な思いをしなければならないのか。可哀想になぁ?」


 嫌味ったらしい顔でクラスを見渡す。

 見る人見る人が不快になる顔だ。


「そんな! いつもそうですが、俺達が何でそんな目に合わないといけないんですか!」


「そうですよ! 只でさえ、数学は課題が多いのに、これ以上増やされたら他の教科に支障が出ます!」


「「「そうだ! そうだ!」」」


 内藤の傲慢なやり方に、生徒達は抗議の声を上げた。

 この内藤という男は、教師という側面では優秀な部類に入る。

 しかし、普段から自分に従わない者には嫌味を言い実際に多すぎる程の課題という名のペナルティを課す。

 更に、好みの女生徒には色目を使いセクハラ一歩手前の行為をする問題の教師でもあった。


 それでも、クビにならず問題にならないのはこの内藤が確かに優秀だからである。

 日本でもトップの大学に毎年幾人もの人数を送り出す白石最高学園。

 その一旦を担う割合の大きさから、内藤はかなりの貢献をしている事は事実であった。

 その為、理事達の耳にも態度や問題行為は届いているのだが、黙認されていた。


 その結果、更に増長されてしまったのだが。


「連帯責任だ。飽田が俺の言うことを聞かないから、こんな目に合うんだ。文句があるなら、飽田に言え」


 その一声に黙るクラス。

 内藤の言うとおり、とばっちりを受けたのなら、男堂に文句を言えばいい。

 そもそも授業の一環として、例えそこにどんな思惑があろうとも、このような授業態度を取る男堂が悪い。


 その結果、自分達に火の粉が降りかかったのなら、はらう事は当たり前である。


「どうした? 飽田に文句を言わないのか? お前のせいで、追加課題を出されると」



「「「…………」」」


 しかし、誰一人男堂に文句を言い放つ者はいなかった。


 その代わり、ザワザワと抗議の声が大きくなっていく。



「……はあ……めんどくさいけど……仕方ない……皆を巻き込みたくないし……」


 ゆっくりと物音を立てないで椅子から男堂が立ち上がった。

 そのまま前方の黒板へと歩き出すと、その様子をクラスメイト達は心配げに見つめる。


 ある者は、自分達の為に嫌な思いをさせて悪いと。

 またある者は、男堂の優秀さは分かっていても大丈夫かなと。

 そして、クラスの大半は「内藤許さねぇ」と反抗心から。



 皆が自分を心配している事など露知らずに、男堂の脳内はぶれずに一つの感情で統一されている。


 めんどくさいと。


 嫌がらせをされても、相手に怒りの感情を出すことをしない。

 超人である男堂は、何処かネジの一本、二本が足りないのかもしれない。


「……めんどくさい……なぁ……」


 お決まりの台詞を呟きながら教室の一番後ろの席から、黒板へと足を動かす。


「……めんどくさい……めんどくさい…………めんどくさい」


 ブツブツと言いながら、とても面倒くさそうにゆっくりと歩く。

 やがて、10回は唱え終わる頃ようやく黒板に到着した。


「……めんどくさい……」


 カッカッと、スラスラと口癖とは裏腹に、物凄いスピードで数式を解読していく飽田。


「……めんどくさい……これで……いいですよね……?」


 解き終わり、内藤を見る飽田。


「……ぐぬぬっ。……正解だ。では、次はこれを解いてみろ!」



 これまた物凄く難解な問題を書いていく内藤。

 手には、専門書だろうか。

 表紙には、世界の数学と書かれた物を持っている。


「お、おい。あんなのなんて習ったか?」


「いや……。多分まだ習ってないよな? 鈴木。お前数学だけは、成績良かったよな? どうなんだ?」


 近くの席に座る学年でも成績上位の鈴木に確認した。

 右手の中指で眼鏡をくいっと上げ、鈴木は答えた。


「……習っていない。てゆーか。あれは、大学でも習わないんじゃないか。それだけの問題だと思う。少なくとも、俺には……解けない」


「マジかよ! 数学しか取り柄のない鈴木が分からないなんて!」


「そうだよ! 鈴木から数学を取ると、ただの鈴木じゃないか!」


「……おい。お前ら。それは全国の鈴木さんに失礼だろうが。謝れ」


 田中と佐藤と鈴木が言い合いしている内に、問題を幾つも書いた内藤が、意地悪そうな顔で促した。


「如何に、お前だろうとも、この問題は答えられないだろう!」


 その顔には、「絶対に解けねぇだろう」と自信を滲ませている。


「先生。最っ低……」


「本当よ。飽田君が可哀想」


 あまりの理不尽さに、クラスの女子達が非難の声をあげる。

 日頃からのセクハラ紛いと相まって、その声は大きく、また多い。


「うるさい! お前らは黙っていろ! さぁ飽田やってみろ! 分かっていると思うが間違えれば、追加課題だからな!!」


「……これ……は……かなり……めんどくさい……。でも……これは……こう」


 ズババと、高速の指使いで問題を解いていく男堂。


「おおおっ……」


 教室中の生徒が声を上げた。


「……解いてるだと……? これらは大学どころか、世界中の数学の博士や教授達が、苦心の末に導きだした問題……を……あっさりと……解いただと……!?」


 左手に持つ専門書と男堂が解いた解を照らし合わせながら、内藤はそれが正解なのかを確認した。


「……かなり、めんどくさかった……」


「……バカな! 如何に飽田だろうと、見たこともない公式が解ける筈は……。ありえない……ありえない……」


 内藤は、顔面蒼白である。

 性格が悪かろうと、教師である内藤。

 ここまでかなりの、勉学に励んできた。


 だからこそ、男堂があっさりと最高難易度の過去問を解いてしまったのが、信じられない。

 今までは嫉妬心から認められなかったが、男堂の頭脳の異常さに、今更ながらに気付いてしまった。


「そ、そんな……。こんなの、まるで化物ではないか……」


「……先生……ここ……間違ってますよ。めんどくさいなぁ……」


「え……?」


「……ここです。ここ。めんどくさいな。これを定義したいなら、こうしないと駄目……です」


 内藤が書いた数式の数ヶ所に赤チョークで線を引く男堂。


「……ここは、こうしないと……。めんどくさいな……。正しい数式問題に……ならないです。めんどくさい……」


「きゃあああ! 流石飽田君!!」


「あんな問題を、あっさりと解いてあまつさえ間違いを指摘してしまうなんて……。俺には、もはや数式なのかすら識別出来ないぞ」


 クラスから沸き起こるのは、男堂を称賛する声。

 熱い眼差しで、頬を赤らめ男堂を見つめる女生徒や、「内藤ざまぁ!」と、うちひしがれる内藤の姿を見て、喜ぶたくさんの生徒もいる。


 ワーワーと騒がしくなる教室。

 その声に応える様に、


「……皆……俺のせい……で……嫌な思い……させて……ごめん。めんどくさくて……」


 教壇から、男堂は頭を下げた。


「確かに、飽田に巻き込まれる事もあるけどさ。ここにいる全員はお前に、助けてもらった事がある連中ばかりだ。だから、気にするな。それに、今回も俺達の為に頑張ってくれてサンキューな」


 田中が、2-Aを代表して言う。

 男堂以外の28人が頷いた。


 さっき男堂のせいで、皆がとばっちりを受ける事になりそうになった時に、誰も文句を言わなかったのは。

 ここにいる全員が過去に男堂に何かしら、力になってもらったり、助けてもらった事があるからであった。



「……ありがとう……皆……」




 クラスの輪が強化されるのを傍目に、内藤は膝をつき頭を抱えていた。


「………………もう…………嫌だ…………こんな学園……辞めてやる……二度と飽田には関わりたくない……」



 ポッキリと、傲慢過ぎる自信を打ち砕かれた内藤だった。


 後日談だが、数週間後、内藤は白石最高学園を退職した。

 その後任で着任した新たな数学教師は、とても優しく、生徒思いらしい。

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