表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ムスカリさんのおもちゃ箱

作者: はるのいづみ

ムスカリさんは、変わり者です。

だって、こんな山の中にたった一人で暮らしているんですから。

友たちだって、いないでしょうに。

何を食べて生きているのかさえ、村人にとっては謎でした。


 ある国の山奥に、『三玖須(みくす)村』というところがありました。

そこの住人は、みんな親切で、お互いにいいことをしては「ありがとう」と、いいあいっこをしていました。

野菜は、自分たちで作り、みんなで分けあい、川の魚は、必要な分だけしか取らず、いたって平和でした。だれがエライとか、だれが、だめなやつとかもありませんでした。


 朝、色んな鳥が一日のはじまりを楽し気にさえずりあっています。 

ムスカリさんが、この村の山の炭焼き小屋に住みついたのは20年前のことです。

 ムスカリの花の色の帽子をいつもかぶっていましたので、そんな名前で呼ばれています。

 もとは科学者らしいのですが何をしていたのかは、誰も知りませんでした。あまりしゃべりませんが、ニコニコしていて、とてもいい人です。


みのりの秋のことです。猟師のゴンドウさんが、森の中をかきわけ かきわけ登ってきました。


 「ムスカリさんが、このニュースを聞いたら、びっくらこく だっぺ」


 ところが、腰を抜かしたのは、ゴンドウさんの方でした。


小屋のデッキで、ムスカリさんは、三時のおやつに、大きなヒグマと、紅茶を飲んでいたのです。


テーブルの上には、はちみつたっぷりのホットケーキがまだ湯気をたてています。

よく見ると、テーブルのまわりにリス君や、ノネズミ、タヌキの夫婦もホットケーキを食べていました。


「カッツ カッツッ カー。」


カラスが、しりもちをついたゴンドウさんを見つけて笑いころげます。

そのカラスはなんと、新聞を読んでいましたが、まさかね。

そんなわけないですよね。


 「やあ!元気?」

とムスカリさん。

「おかげさまで!」

ゴンドウさんはどぎまぎして、こたえました。


 「だいじょうぶだよ、おそわないから」


「ああ、人間は、マズイからね」


もしかしてこのクマ、しゃべったのかな?

と思いながら、ねんのために確かめました。


「もめごとが・・・マズイからだっぺ?」


 「いや、味が・・・」


なんと、ヒクマが日本人でさえ、うまくできないウインクをやってみせたのです。


「ゴンドウさんも、お一ついかがですか? フッガッ、ハチミツは、クマのミニッツが、持って来てくれたんですよ。フッガッ」


 ムスカリさんは、口いっぱいほうばって食べています。

やせの大食いとはこのことです。


 「いいやけっこう・・・。ありがとう」


クマのミニッツが、イスをすすめてくれましたので、ゴンドウさんは、クマの横に、しかたなくすわりました。


 「ミニッツだなんて、かわいいな名前だぁ。きっと性格が優しいんだっー?」


すると、ミニッツは、大笑い。


 「ちがうね、気が短いからさ!ミニッツは英語で、分という意味でね」


 「・・・ 」


ゴンドウさんにも、ホットケーキをごちそうになって、紅茶をすすりました。

クマのミニッツが、左手のつめにピッチャーを引っかけて、はちみつをかけてくれました。

コワゴワ「ありがとう」といいました。


「で、ゴンドウさん、今日は、どういうご用件で? 」

ムスカリさんも思い出したようにいいます。


「ああ、すっかり忘れてたっぺゃ~ 」


ゴンドウさんは、おでこをピシャっとたたきました。

もうかれこれ、一時間になります。


「じつは、村ギ会で、この山の土砂を売る話が持ち上がって・・・。」

 とたんに、ムスカリさんの顔がけわしくなりました。


 「ああ、この山は、ミネラルを多く含んだバクハン石(銭湯なんかにある)でできていて、ものすごく高く売れるだろうね」


「つまり、森を切り倒し、でっかいトラックが音をたてて、山を根こそぎ持っていくっちゅうこと? 」


 そういったのは、カラスのダグラスです。


「そ・村長が、三玖珠(みくす)村のお金をふやそうとして、投資に失敗・・・つまり大借金が、あることがわかったんだっぺ~」


「金額は?」


「60億円。村人全部で390人だぁ~」


「そんなお金ねえのかい? それで、村のもちもんのこの『宝の山』売ることになっただ! もう決まりそうだっぺ」


 「60億って、どのくらい?」


 二人の顔をキョロキョロ見くらべながら、リスのホッペ君がたずねます。


 「この山じゅうの、ドングリぐらいだっぺー 」


 ボタッ


リス君が気ぜつして、テーブルから落っこちました。


この山は、ムスカリさんや、今日きている動物たちや一族みんなの住みかですが、食べることができなくなると出ていかなければなりません。

トラックがビュンビュン走れば、交通事故に巻きこまれるおそれもあります。


「三玖珠村の自慢のおいしい水もみんな、この谷から引いてるっべ、村の一大事であきらめねばならん。ざんねんだぁ~」


 ゴンドウさんは地面を見つめています。


「時に、人間は、お金のために、愚かなことをしでかしますね。」

 小さなノネズミが、小さくつぶやきました。


 バサッ バサッ バサッ


カラスのダグラスは飛び立ち、カラス通信もうで、森じゅうに知らせに行きます。


タヌキの夫婦は残っていました。


 「何か、できることがあったら、手伝うよ。つまり、人間を化かすことぐらい・・・」


「ああ、ありがとう、タンタンにタイタン。いざとなったら、頼むよ 」

 ムスカリさんは、力なく答えました。


 ドドーン

ガラガラガラ


 一年後、秋の色づきが深まったころ、ついに谷の工事がはじまりました。

大木を切り倒し、ブルドーザーがトラックの通る道を作っているのです。 


サルのフラが、お手せいの山ブドウのワインをもって、ムスカリさんの小屋にやって来ました。

戸口でずっと待っていますがカタリとも動きません。

ムスカリさんは留守でした。それでも、待っていると、タヌキのタイタンが、ヨタヨタと出てきました。


「やあ、少しは元気になった? これで、セイつけて 」

とワインを差し出します。


「うん、少しよくなった。ありがとう 」


「看板に化けて工事の、ジャマ、ごくろうさまでした。か労で、倒れたって?」


 「うん。タンタンは、まだ寝込んでいる 」


 「お疲れのところ、悪いけれど、ムスカリさんの出ていった時の、ようすを、聞かせてくれない? 知りたいんだ 」


 「いいよ、あの夜ね、ムスカリさんが、気チガイのようにおもちゃ箱をひっくり返してね、『何か』を探していた」


 「『何か』ってなにか。」


 「うー。さぶ~。」


 タイタンはブルブルとポーズをしました。


 「ごめん、ごめ。」


 「とつぜんね『あった!』って叫んで、 『何か』を持って、山をおりて行った 」


 「おもちゃ箱ってどんなの?」


 「黒い、小さな机ぐらいの大きさで、パッカッてこう開くの。」

タヌキのタイタンが、手ぶりで教えます。


 「それは、『スーツケース』っていうんや。


人間が会社で、使うカバンや。『何か』は、 『サイフ』や『手ちょう』やな 」


 いつの間にか、カラスのダグラスも来ていました。


 「ムスカリさんは、都会へ行ってしもうた 」


うわさは、谷じゅうをかけめぐりました。


 道路は、どんどん完成していきます。


 あれからゴンドウさんが、何回たずねに行っても、ムスカリさんは、いませんでした。

「ああ、あれはやっぱり、おれっちの夢だっぺ~? クマのミニッツと、紅茶をのんだなんて、今じゃ信じられねっ~ 」」

悲しくなって、おいおい泣き出すしまつです。


 

その時です。

 「カー 」


もの悲しい、カラスの鳴き声とともにバサッと、新聞が落ちてきました。見上げると、一羽のカラスが枝にとまっていました。 「カラスのダグラスか?」

 「カー」


 きっとそうでしょう、ゴンドウさんには、どれも同じに見えましたけどね。


 「どれどれ 」


新聞によると、

「『阪神優勝!』お~。 ついにやったか」

応援していた野球のチームが十何年ぶりかで、ついに優勝です!

 ゴンドウさんは胸をなでおろしました。


「アホッ、そこやない、ココヤ!」


 地面に下りてきて、「もうっ!」といいながらカラスは、新聞を器用に広げると、地味な目立たない記事をくちばしで、つっつきました。


 『絶滅危惧種、数種発見?自然保護団体動き出す?』

 「どういうこと?」

 「ゼツメツキグシュ、とってもめずらしい生き物が見つかったとさ」 

 『ナショナルトラスト、小さな村から発信って ?』


 「ツマリヤナ~。自然を自然のままに残そうっちゅう、運動や 」


「ソレとココや!」


見ると、『もと科学者、ばく大な特許料(とっきょりょう)で、森を買いとる』

 顔写真ものっています。 


「ムスカリさんに似てるっぺ? ナア~ 」


「っもう、にっぶいなぁ~。ムスカリはんやないかい。この森は、助かったんや、息ふきかえしょるで~ 」


 「忙しいさかい、アホにつきあってられへん。みんなに知らせな。ホナ サイナラ~。」


 それから、けたたましくカラスたちが鳴きだして、大合唱のあと、もとの静けさにもどっていきました。


 それから一週間後、グレーのスーツでいっそうやせたムスカリさんが、三玖珠(みくす)村の森に帰って来ました。     



                        完

   


ムスカリさんは、どうして科学者をやめたのでしょうか?

そうして、どのような研究を重ねて、森の動物とお友達になったのでしょう?

山一つ削って、大金を得るとして、

なくすモノは何でしょう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ