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元服

 天文二十一年(1552)正月過ぎの事、齢十三(12)となった鬼夜叉丸は総髪となって座していた。座す彼の背には黒漆で染まった紙の帽子、 いわゆる烏帽子を持った信長が立っており頭にかぶせる。


 ニッカリ笑った信長が鬼夜叉丸の前に出て紙を受け取る。


「鬼夜叉、俺の長の字を譲る。望む仮名は勝三(かつぞう)だったな」


「は、勝の字に太郎では勝三郎(池田恒興)様と被ってしまいます。それと勝三と勝つぞと言う意気込みの語呂合わせにて験を担ぎたく」


「ふふ、少し横着。だが頼もしい」


 朗らかに笑った信長は握っていた紙を広げ掲げれば広がるは達筆な字で書かれた鬼夜叉丸の新たな名。


「今日、此れよりお前は内藤(ないとう)勝三(かつぞう)長忠(ながただ)だ!!」


「ははッ、偏諱賜もうた長の字に恥じぬよう励みます!!!」


 勝介と竹が信長に深く深く頭を垂れる。今まで二人の息子を亡くした内藤夫婦にとって深甚という言葉で表せぬほどの思いがあった。


「感謝致します」


 そんな有り触れた言葉を漏らすのがやっとだ。


「気にするな二人共、面を上げてくれ」


 信長はそんな二人に照れ臭そうに言う。


 この日から鬼夜叉丸改め勝三かつぞう長忠は小姓衆として禄高五十貫の知行を得る事になった。大望の道筋、その始まりとして肝要極まる側近としての第一歩で有る。


 元服式の後、長忠は母に呼ばれ両親に与三を加えて対面していた。四人揃って白湯を一口、朗らかで何処か達成感を浮かべた笑みで勝介は口を開く。


「勝三、与三も。俺は死ぬやもしれん」


 勝三と与三はギョッとした。今朝も俵を背負って爆走し丸太に鉄板を貼った金砕棒を棒切れの様に振っていた勝介が唐突に言うのだ。


 あり得ない。


 だが勝三の元服に言っていい冗談でも無く、ともすれば勝介の言葉は事実と言う事が二人には分かった。


「少なくとも武人としては早晩死ぬだろう。横山で不覚をとった傷が膿んでから身体が言う事がきかんのだ」


 言われて確かに最近の勝介は金砕棒を二本振る事が無いと気付く。加えて言えば切れと言うものも随分と衰えた様に感じた。


「こうなった戦友がどうなったかはよく覚えている。数日で身を反らせて生き長らえる者、身体に毒が周り弱って死んでいく者、生き残った者は一握りだった。


 故に勝三を元服させた。与三、少々早いがその方の元服も済ませる積もりだ」


「は、はい勝介様」


 勝三は呆然と聞くのみ。ただ無言で記憶を探った。しかし医療知識など持ち合わせていない。父の病気が何によるモノかさえ判別が出来ないのだ。


 いや、知っていたとて戦国時代の技術力では作れる薬など高が知れる。


 漸く元服し、さて此れからと奮起したところに父の死の可能性を聞かされる等、家族と信長の為に立身出世を決意したと言うのにあまりに非道な仕打ち。


 息子の様子に心情を察しながらも勝介は笑う。


「何と言ったか。そう、一度生を享け滅せぬもののあるべきか。昔、天文二年の八月十三日、公家の飛鳥井様に頂いた幸若舞の写本の一節だ。まだ死ぬと決まった訳でも無いが万一に備えて色々と教えていかねばならん」


「父上……俺は死んで欲しくない」


 勝三の言葉に与三も頷く。両名共に伝う物を止められない。


「二人共、泣くな。死なん努力はしてみるが如何なるか医者にも分からん。


 故に万一を思えばだ。一先ず俺を思うなら敦盛の様にはなってくれるなとだけ言っておきたかった。それに死んだとてお前達のおかげで次郎直実の様に世を儚んで逝く訳では無い」


 勝介はそう言うと与三に向き直る。


「与三、元服させると先ほど言ったが御主の意見も聞いておきたい。元服する気はあるか?」


「あ“い」


「そうか、仮名は如何する?与三右衛門殿と同じ名乗りか?」


「私ば与三を”……ぞのまま名乗りだく思います」


 勝介が二、三頷くと与三が涙を拭い深く頭を下げた。


「もし、もし良ければ勝介様が昔名乗っておられた吉の字を頂きたく思います。父が亡くなってから此処まで育てて頂いた御恩を名に刻むべく一字を頂戴したく思います」


「うむ、分かった。では与三右衛門殿の吉き次の者、与三吉次としよう」


「はは、有難き幸せ!!勝介様にもし万一が有ったととて鬼夜叉と竹様をお支え致します!!」


 こうして勝三に続き与三の元服も決まった。勝介は此れではどの様に死んでも未練が残りそうだと思う故にこそ奮起した。与三の元服式を済ませれば調停や募兵の仕方から軍役の確認に兵站などの実務的な事を教える事になる。其れ等を教える迄は死ねないと。


 数日経って後、勝介は酷く体調を崩して寝込んだ。


 暗室に運ばれて一人寝かされる。


 だが、勝介は二人を見て何一つとして不安は無かった。


 呼吸は乱れ、体を弓反りにして振るわせる。鮮明な意識の中で全身に激痛が迸り気絶する事も出来ずに咆哮を上げたくなる様な状況が三日三晩続く。それでも尚、息子と妻に息子の様に思う同僚の忘れ形見と大恩ある信秀の子を思い鬼の形相で耐え続け生を掴み取る。


 暗室に篭っていた勝介は無事を喜ぶ家族と信長、そして同僚を前に。


「御一同、心配をおかけした。竹、すまんが一先ず有りったけの飯を貰えんか?」


 そう言うと信長が回復を喜び用意させ、愛妻竹を始め女衆が総出で作った飯を平げた。厳密に言うと勝介の一食だけで姫飯こと白米三合、玄米一合、鮑三匹、黒鯛三匹、鯏桶一杯。その食いっぷりに家族や信長は復活を喜び、後の大体のヤツが引いてた。超ドン引きだった、マジで。


 あの、無粋は承知で言わせてもらうけど食いすぎじゃない?


 もうなんか普通に大丈夫そうである。


 この日、内藤家は上機嫌な信長に休みを貰い家族団欒を過ごした。

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