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浅井色払底計画

感想、ブクマ、ポイントありがとうございます。


上手くまとめられず長くなりましたが暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 勝三は岐阜城内藤屋敷にて久々に父織田備後介秀忠と対面していた。互いに手紙は良く出していたが面を合わせるのは久しい事である。流し込む様に蕎麦を食い投炭の様に漬物を放り込んでから話をしていた。


 息子の事や自分達の事など話は尽きないが其れ等の無限に話し続けてしまう事は断腸の思いで切り上げて本題に入る。


「それで父上、誰か人知りませんか。出来れば尾張出の誰か」


「うーん……落合将監は?」


「年だつって断られました。てか桑の葉が取れなくなるんであんまり春日井の人が使えないんですよ。梶田殿とかも即断られましたもん。そんな事より養蚕だつって」


「成る程な。もう少し早ければ織田掃部殿が手隙だったが……うーん一応心当たりが一人いるぞ。正直言って扱いに困っている者がいてな。徳川殿と折衝が必要だが近江であれば歓迎されよう」


「本当ですか?」


「うむ、まぁ儀礼には詳しいぞ。吉良三郎、覚えているか?今川と停戦した折に斯波と席順で争っていた。確か当時は左兵衛佐を名乗っていたか」


「アイツですか。……勘十郎(織田信勝)様の死因ですよ。何があったんです?」


「三河の一揆の折、徳川殿に敗北したそうでな。三河で困窮し半ば放浪していたのを不憫すぎて少し前に雇ったのだ」


「え、三郎様怒りませんかソレ」


「あぁ、うむ。確認はしてる。一応、気晴らしがてら屋敷にお忍びで参られてな。覗いて行ったんだが不憫過ぎたのだろう。とても複雑そうな顔して許された。だが最近は武田家との事で徳川の者が美濃に訪れる事が多くてなぁ」


「成る程、でも侍大将として兵を預けられますかね?」


「それは無理だな。戦はアレは無理だぞ」


 勝介は溜息一つ。


「だいたい俺の知り合いで侍大将を担える手隙の者は居らんぞ。伊勢の戦いや統治で軒並み駆り出されたしな」


「……確かに」


「そうさな。あ……」


「!!思い当たる者が?」


「いや、期待させてすまんが違う。加藤何某と言うのが昔訪ねて来た事があってな。アレも確か三河の一揆で故郷を追われたのだそうだ。しかし勝三は居ないと伝えると京に行くと言っていた」


「あら。秀子殿にご兄弟の事も聞いたんですが市之介(織田信成)殿も四郎三郎(織田信昌)殿も蟹江で忙しいそうですし、さて」


「そうだ!」


「お、ビックリした。如何しました父上?」


「新九郎殿の此度の褒美を如何するか三郎様が悩んでいたんだ。近江なら美濃から程よく遠く都に近い。城の一つでも任せるには良いと思わんか?」


「成る程、不足ない。仕事ブン投げるのに十分ですよ!」


「……忙しいとは聞いたが相当だな。だが御方様の数少ない御親族だ。無礼はならんぞ」


 この件は信長の了承を得た勝三から通達され斎藤治部大輔龍興の「いや忙しんだけど。俺だって普通に人手足りねぇし」と言う心良い返答を受けて決定された。横山城を麓の姉川におろし斎藤治部大輔龍興が城主となって日根野弥次右衛門盛就が城代として入る形で。


 尚、表向きは軍事力として強大な力を持った内藤家の軍監、ならびに近江で戦力が必要になった際の補助戦力、京極家との折衝役である。


「なぁオイ。無理だって、つか俺は納得してないけど!?都でアホ(幕臣)供の尻拭いで忙しいんだって!!おい鬼かテメェ聞こえてんだろオィイイイイイ!!」


 とか言ってた様な気もするが勝三は務めて無視した。日根野(弟)が「城持ちに戻れましたな」つって感涙に咽び泣いたら。斎藤治部大輔龍興スゲェ困った顔してたけど。


 さて人事に見切りを付け続いては妻秀子始め家族ってか一門を呼び寄せた。岩越家も毛利家もである。息子二人を膝の上に乗せた勝三はさてと切り出し。


「えーと手紙にも書いたけど城が出来次第に引っ越します。春日井郡は寺沢の爺様、城は有馬主水の義父上に預けて、此処の屋敷は父上と母上に預ける感じで」


「予定が早まったのですか?」


 秀子が問う。家の奥の一切合切は彼女が決定権を持つ。引越しともなれば相応に手配も多かった。


「いや未だ城の縄張りだって決めてないんで急ぐ事はないです。屋敷を幾つ作ろうかって話ですよ。俺達のは勿論ですけど家臣の屋敷も建てないといけないんで」


「成る程、義兄上(信長)様からは融通頂けるので?」


「半分借款ですが移築費は全て出していただけると。それこそ屋敷や城下町の大半は小谷城や周辺から軒並み移す予定です。町なんかはほぼ移築で済まして新しくは建てないんで大分費用は抑えられますよ」


 今浜に築城を命じられた城は近江における織田家の顔となる物だ。六角家や都との交渉に加え琵琶湖水運の要にして国友の保護の必要もあり近江織田軍の中心地。当然、最低限として港湾機能、商業町、武家町、鍛冶町が必要となる。


 何つーかもうギッチギチの密集都市となる事請け合いだ。冗談抜きで便所一つ作り方を間違えると都市が死ぬ。マジ冗談の類じゃなくて水辺の湿潤な環境に糞垂れ流しはイコール疫病とセット。


 便所だけで言えば山師の囲い込み及び山林保護で戦国時代としては大規模な材木組合を作りそこから出た大鋸屑を利用する予定だ。山中に屎尿と大鋸屑を混ぜる小屋を作り堆肥にして利用などを考えている。いや普通に木の葉とか藁の予定だったが想定規模から考えると糞をそのまま畑にブチ撒く事になりそうだったのだ。それやっちゃうと根腐れ起こすし臭さエグいのは戦国時代にて常識。


 なんで厠作んのに組合作んなきゃいけねーんだってのが内藤家の総意である。


「まぁ色々あって町割りの前に中心部の城とか屋敷とかを造んないといけないんで各家で侍屋敷の必要数を出しておいて欲しいって話です」


 そんな感じで仕事を済ませて家族と過ごして一泊後すぐに近江へ戻る。後ろ髪禿げるんじゃねぇかってレベルで引かれながらもマジ忙しいから。


 さて勝三が尾張や美濃で大工さん集めたり材木や釘の調達の為に前金払ったりを済ませて今浜に帰れば住居にしてる神照寺城は人でごった返してた。


 そらもうギッチギチよ。


 城まで続く道ってか川だもん、人の。


「集まり過ぎじゃない?」


 そう言って勝三はコソコソと裏門へ向かって寺に入る。旅の垢を落とすのもそこそこにサッサと裃に着替えて。


「与三、城の前のアレ全部仕官希望?」


「うん、みたいだね。昼からだって言ったのにコレだから。しかも感状持ってるのもいっぱい居て困ったよ」


「まぁ足軽は幾らいても困らねぇさ。感状ザッと見て目ぼしいのはいたか?」


「美濃の出で大和で槍術の訓練してた可児何某って言うのと、浅井家から武田に仕えてたって言う藤堂源助とその兄弟かな。勝三みたいにデカくて確か源七郎と与吉って言うの」


 与三はそう言って文書の束を勝三に渡す。


「じゃあ尾張と美濃に行ってた間の決済よろしく。あと勝三は紹介状持ってる人の目通りしといてよ」


「お、おう」


 勝三は文書にサーと目を通しサッサと署名してサと判子を押す。機械じみると言う程では無いがなんか小慣れた動きで済ませた。城に入って半刻(約1時間)の事である。


 そして仕官希望者達と面会を始めた。


「えーと渡辺半左衛門殿の紹介か。渡辺甚兵衛、ジン?殿でよろしいですかね。無礼とは思いますが諱は何と?」


 勝三が目線を上げればジジイ。マジむっちゃ強そうな、しかし左腕が妙な方向に曲がった老人だった。


「任ずると書いてたもつに御座います。浅井家に仕えて阿閉万五郎殿に与していた折は周防と呼ばれておりました」


 ズンと腹底に来るような重く強い声。村井吉兵衛貞勝を彷彿させる糸目と非常に長い眉毛と髭を持ち、ゴリゴリに屈強な体躯のムキムキ爺さんでザ武人と言う言葉が似合う老いて尚益々盛んの極みみたいな人物だ。


「では周防守殿は戦働きを御所望と言う事でよろしいですか?失礼を承知で片腕でどの程度の事が出来るか教えて頂きたい」


「うむ、そうですな。当然ながらもう弓は引けませぬ。しかして槍の一突きには自信が御座います。騎馬も操るに不足は御座いませぬぞ。まぁ貴公には鎧袖一触、腕を圧し折られましたがなアッアッアッアッア!」


 そう言って闊達かつ嬉しそうに笑い己の腕をバシンと叩く。


「ガッ!!?グッゴ……!!!」


 ジジイが目を見開きブワと汗を掻いて震えて黙る。流石に勝三はビックリして。


「いや未だ治ってないんですか!!?」


「はぁー、はぁー、あー……いや失礼しましたわい。菅屋温泉に三日三晩浸かったんじゃけどなぁ。治れ腕、切ってしまおうかの腕」


「……いや、無茶な。三日で治りませんよそんなん。ていうか怖いですよ言ってる事」


「ん、そうかの?まぁ養子を食わせねばなりませんでな。万五郎殿も蟄居させられておるので出来れば雇って頂きたく。それともコレ()では雇えぬかな」


「これだけ感状が有るのなら腕の一本無かろうと不安も御座いません。馬には乗れるのでしたね?」


「ホッホッホ!自在に槍も振って見せましょうぞ」


「では一先ず組頭として働いて頂きます」


「ならばこれよりは殿と呼ばせて頂きまするぞ」


 勝三は分限帳の近江衆の組頭の欄に渡辺甚兵衛任を追加した。


 次は坊さんだった。紹介は近江の松尾寺で石田円済正継と名乗る人物である。ピッキピキの真新しい僧服を纏っていて無表情極まり冷淡な印象を受ける禿げジジイ。特質して目付きが鋭く睨んでいるのではないかと錯覚する様だ。


「寺の方ですか……?」


「縁はありますが石田郷を領する者です。浅井家が滅亡しましたので自ずから頭を丸め蟄居しようとしておりました。しかし部屋の片付けをしていた折に万葉を落としてしまいまして近江海(琵琶湖の)波畏みと(波にビビって)風守り(風気にしてたら)年はや経なむ(もう年またいだわ)漕ぐ事無しに(船も出してねぇのに)。と言う歌が目に入りましてな。恥ずかしながら老いさらばえるよりはと此処へ参った次第」


「では得意な事は?」


「吏僚としてお使い頂ければと考えております」


「では樋口三郎兵衛(直房)の補佐を願います」


「樋口……もしや堀家の家宰殿ですか」


「ええ、思う所が有りますか?」


「無いとは言いません。がしかし機を見るに敏と言う事でしょう。正にあの荒波と評すべき状況下で船を脱せる御仁。そう言う意味では私が見習うべき方という事でしょう」


「では早速、これお願いします」


「え?」


 勝三は分限帳の近江吏僚衆の欄に石田円済正継を追加して縄張りに必要な飯炊きの計算に必要な文書を渡した。


「まぁザッと五千人くらいなんで水場と食事と、後は寝床の確保お願いします」


「え?」


 ンな感じで勝三の家臣団は補強されてった。




 近江坂田郡国友村。築城の準備を着々と進める勝三は善兵衛と言う半裸の爺さんに自身の描いたシャベルの絵を見せていた。


「鋤を、コレ。こう言う感じで湾曲させてくれません?」


「あぁ土を運びやすくすんのか。鉄の硬さが足りるかねぇ?だが勝三様よォ鉄砲は作らなくていいんですかい?」


「そっちも必要なんですけど、一先ず城や街づくりが先なんで。鉄も何とか集めるのでお願いします」


「出来ねぇこたぁねぇですがねぇ。ま、織田の殿様も勝三様も良い付き合いしようって言ってくれてるんで気張ってみせまさぁ。新弟子供にはいい練習になりましょうや」


「有難うございます。じゃあ取り敢えず手付け金です」


 勝三はそう言って甲州金の入った袋を三つジャと置いた。


「手付けでコレですかい。何本作らせる気で?」


「丈夫に作って下さい。最低でも百、作れるだけお願いします善兵衛殿。言い値で買いますよ」


「あー……包み隠さず言やぁ釘だのを他所に頼まれたって聞いた時は腹も立ったがこりゃあ気張らしてもらいますわ」


「お願いします」


 所変わって近江坂田郡今浜。与三は数人の協力者と共に地形図を眺めながら呟く。


「此処に御殿作るんだっけか。湖からの攻撃もありえるしな。石垣で下地にして石火矢でも琵琶湖に向けて設置しよう。うんカッコいいし良い感じ」


「そうですな。見てくれは大事です。外見で慄いてくれれば儲け物ですから」


「大筒を見てくれの為って、えぇ……」


 与三に付き合っているのは火車山(小牧山)城築城で協力した丹羽家家臣の上田弥右衛門尉重氏と織田家本隊が近江に駆けつけることの出来た理由たる樋口三郎兵衛直房だった。


 上田弥右衛門尉重氏は城造りの助言、丹羽五郎左衛門長秀が直接来れないので代理として来ており、樋口三郎兵衛直房は地元出身故に案内と必要な人夫の人数確認である。


 あと此処にはいないが新庄新三郎直頼が船を回してくれていた。


 与三は考えながら。


「まぁ全部大砲にする訳じゃないし。勝三が居れば絵なんかササっと描いてくれるんだけど、うーん。石垣を巡らせて砲台を並べたいなぁ。如何思いますか弥右衛門尉(上田重氏)殿」


「屋敷が小じんまりしそうですな……」


「それはダメだなぁ。近江の織田家の顔だし大砲は別のとこに移そうか」


「それが宜しいかと。まぁ石垣をしっかり並べれば十二分に見栄えもしましょう」


「それもそうですね。まぁ天守閣の方で肝を抜かすからいいか」


 樋口三郎兵衛直房は思った。敢えて現代風に言うが城造るノリが軽過ぎねぇか的な事を。与三は凡その縄張りが可能である事を確認して、少々の修正を加えてから上田弥右衛門尉重氏に写しを渡した。


 近江浅井郡小谷城。岩越二郎高綱()は丹羽五郎左衛門長秀と本丸の移築作業をを見聞していた。谷間の城下なんかでは家曳きも始まってる。


「有り体に申し上げれば此方の城は豪勢にする必要もありませんので、石を少々頂ければと考えています。それよりも長屋の方が問題ですね」


「承知しました五郎左(丹羽長秀)さん。屋敷は頂きますが材木はコッチで用意出来そうなんで長屋とかは何とかしてみせます」


「それは有り難い。近江の材木座との交渉は無事に済んだみたいですね」


「ええ。何だったら近江の祇園は愛知郡にありますから、浅井の頃よりはマシだと感謝されましたよ」


「あぁ六角殿と浅井は不仲でしたから。行き来がし易くなるのは良い事でしょう。祭祀は彼方で行うのでしょうし」


「まぁ祭りもクソも無いですけどね今は。材木座だけでも山の状況だの何だのと整理中ですし。特に浅井家だから許されてた領分の差配とか気が狂いそうですよ。幸い小谷城がもぬけの殻だったので井上城の時に比べれば楽っちゃ楽なんですが」


「あぁーそう言うのはハッキリさせませんと後々に酷い目に遭いますから。仕方がないと言えばその通りですが、お互いに苦労しますね」


 丹羽五郎左衛門長秀はその辺の機微が非常に上手い。まぁ政治能力で言えば織田家で十本の指に入るのだから当然っちゃあそうだ。そんな彼でさえ慣れるモンでも無ければ避けたいモンだと言わんばかりに肩を叩いた。


「無邪気に領地欲しいって喚いてた頃が懐かしいですよ。ガキの頃なんざ土地を持っつてのがこんな大変だとは思いませんでした」


「懐かしい。昔は皆が言っておりました。そういえば勝三殿なんて我等よりも五つも下なのに特に土地だ土地だと言っていたものですね」


「こう言う話すると毎回そう言えばってなるんですけど勝三って俺の五歳下だった……」


「デカいですからねぇ。勝三殿も忘れてるんじゃ?何せ二郎殿は全く老けませんから」


「ありえ過ぎて怖い。つーか俺も完全に忘れてたし」


 尾張春日井郡沖村。勝三と互い違いの形で尾張に戻り岩倉館から南下した梅三郎(*岩越高忠)藤十郎(*毛利忠嗣)は義父の林佐渡守秀貞と会っていた。


「屋敷は小さくて結構、傳左衛門(林勝吉)に預けますので気になさらず」


「承知いたしました」


  岩越梅三郎高忠() と共に承諾の一礼をした 毛利藤十郎忠嗣()がふと気付いて。


「アレ?長左衛門(林光時)の義兄貴と喜兵太(林光之)の義兄貴は?」


長左衛門(林光時)は三河に喜兵太(林光之)は甲斐に向かっております。武田家と徳川家の仲裁を頼まれていまして」


「あぁー遠山家や水野家どころか六角家も巻き込んだって言う」


「ええ、随分と大事になりました。駿河と遠江で分けた領分を武田が越えてしまったのが発端ですが如何か徳川が意固地になっていましてな。ああ、失礼。移築費の方は……」


 林佐渡守秀貞は渡されていた見積もりに視線を落として固まった。まぁそんな感じで準備が済んで長浜城築城は始まる。


「よいしょっと。ほいじゃ行くぞー」


 勝三が小谷城の石垣に使われていた岩をペイっと持ち上げる。何だろうか、ドラゴ◯ボールとかワ◯ピースとか、いや寧ろギャグ漫画みてぇな光景だ。数人で慎重に運ぶようなそれを担ぎ上げて丸太を並べた所謂ごろた、ピラミッドとか作る時の丸太を並べたアレの上から船に移していく。


 もう石工や人夫達はえぇ……って顔してた。


 そらドン引きだよこんなん。


 新庄兄弟とか特にドン引きだ。朝妻津から船を回して来た淡海水軍を任せられた兄弟である。まぁ速い話が降伏を許され一先ず築城に協力している形だった。まぁ織田家の近江水軍としての活躍も期待されているので不満という不満は無いが。


「兄ちゃん……アレ人間じゃなくない?怪性物の類じゃん」


「止めろよお前、聞かれたら洒落になんねぇって。折角領地安堵されたのに不興を買うような事をすんなよ。つか、お前も人が飛ぶの一緒に見たろ戦場で。大鬼とかって渾名が可愛くなるような人に良くンな事言えるよなお前」


「逃げたから知らない」


「お前ホントふざけんなよ。いやしゃーないけども。寧ろ賢かったけども」


「照れるぜ兄ちゃん。殿おつかれ」


 ブチつった。たぶん血管。


「お前、一回殴らせてくんない?」


「え?ゴフゥ……ッ!!」


「ゴフゥ!グフゥ!一回っつったろ兄ちゃんテメコンニャロォ!!」


「ゴフォア!?ウルセェしんがり死ぬかと思ったんだぞコラ!!」


 馬乗りになられてブン殴られてた弟が頭突きをかます。


「兄より優れたおとブゲフォア!!?」


 弟のドロップキックから割と洒落にならない兄弟喧嘩が始まった。彼等の喧嘩は湯浅甚助直宗がグー(拳骨)で止めたグーで。


 勝三が築城を始めた時期はちょうど戦の合間となった。畿内各勢力が戦で減った兵を集め訓練する。戦があっても小競り合い程度の期間のこの時代にして言えば平和な期間となったのだ。


 まぁ平和っつっても戦国時代。誰一人のほほんとしてられないけど特に六角承禎義賢は大変だった。


 近江国蒲生郡観音寺城。


弾正(和田惟政)。我、六角承禎なり、真に文書は此れのみで相違無いか」


「は。間違いありません」


「ならばほど二つ承伏しかねる。先ず本願寺の件、次いで武田家が信濃守の件」


 和田弾正惟政は首を垂れた。


「前者においては矢銭が多過ぎると本願寺より直訴を受けている。六角が借款致す故に止めるように」


「は」


「後者においては信濃守任官を認める可し。武田殿と本願寺の室は姉妹にして、如春尼殿は我が猶子。今ならば両者を敵に回さずに済むと即刻伝えい」


「承知いたしました」


「また徳川殿への遠江守任官の儀には感謝すると」


 和田弾正惟政がもう一度礼をして退室すると六角承禎義賢は大きく溜息を吐いた。それは深く深く疲労の滲むものだ。彼の悩みたる幕府内の発言力と言う芒洋としたものを、まぁゴミみたいな例えで申し訳ないが、そう株とかで想像して欲しい。


 足利会社の義昭社長が事業(幕府再建)してぇなー。でも色々足りねぇなー。ってなって株買って(出資して)貰ったと考えればまぁまぁ感覚は掴めるだろうか。そら出資者の配当(発言力)がデカくなるのは自明の理。


 そんで戦だのがあって変動した結果が足利家4%、三好(松永)家6%、毛利家12%、その他13%、六角家15%、織田家50%みたいなノリである。


 そっから少々オーバーな物言いだが今回の武田家と徳川家の遠江相論はそんな株の配当ってか、発言力の外面を六角家20%にして織田家45%にした。岩室長門守重休から聞いている話だが現状だと織田家的には配当がデカ過ぎて面倒いのだ。実際に武田家は徳川家との同盟があるとは言え当初、仲裁の依頼先を織田家のみにしていた。


 そりゃ武田家からすれば仲裁なんて人が少ない方が早く済むし甲斐(山梨県)近江(滋賀県)では距離があって、急がないと最悪は織田徳川連合との戦争と言う状況では仕方が無いが曲がりなりにも六角家は縁のある家で幕府の管領。


「霞むのは致し方無し。しかし、うむ」


 今の状況は正直、六角家に都合が良い。婚姻関係と伊賀伊勢の領地の共有で織田家とは切っても切れない縁だ。伊賀なんて松永との衝突を避ける理由で譲ったようなものだが、幕政を回すのに織田家と言う後ろ盾を以て回すことができる。しかも将軍と言う共通の敵って言うとアレなんでテメッコンニャロって言う共通の相手が出来て松永家とも割と融和的な関係になりつつありハッキリ言ってお釣りが来るくらいだ。


「我、六角承禎。正直もう織田殿の傘下で良い」


 ……なんかトンデモねぇ事言ったなこの人。


 話が四方八方に飛んだ。問題は。


「六角家の印象が良くない」


 これである。朝廷や敵対していない武家に関しては六角家は好意的に見られていた。しかし将軍と幕臣と都の民衆ならびに寺社は六角家に対して良い印象が無い。


 将軍と幕臣からは早い話が口煩いと思われている。今は文句も言えないってか言いやがったらブチ殺すぞって状況で問題は表面化していないが罅とは言わずとも歪みの様な物は克明だ。早い話が幕府は口を出す気が無い織田家に接近しようとしていた。


 袖にされてるが。


 民衆は単純に戦すんの止めろってキレてる。もう六角家でも三好家でも良いから良い加減にしろやってノリ。


 寺社は幕府への不満がそのまま六角家に向いている形だ。


 これはクッソ怠い状況だ。民衆や寺社からすれば織田家と言う後ろ盾を笠に来て驕っているように見えるのだろう。そんで寺社と民衆は人口の大半を占め、これでは六角家に協力的な者さえ助力し難い空気が生じる。


「施餓鬼、うむ。次郎……いや近江守(六角義定)に都にて大規模な施餓鬼をさせるが良し」


 頷くと気配を消していた小姓に都へ話を持っていくように命じて一息。


 差し当たって六角承禎義賢が差配しなければならないのはサッと能登畠山の問題、若狭侵攻計画、毛利家との対三好協調交渉、公家の応対、坂本の再取込くらいだ。


 ハゲそう。……いや既にハゲ(剃髪)だけどアレ。精神的に。


 これでも松永霞台久秀との協調路線によって幕政に関しては非常に楽ができている。能登問題は娘相手で己が、若狭侵攻は評定、毛利家は蒲生下野守定秀、公家と坂本は三雲対馬守定持。


 そんな感じで仕事の配分を決めて誰もいない事をチラチラ確認してから一息。


「我、隠居を所望す」


 そうマジトーンで呟いて禿頭を撫でた。


 三河国額田郡岡崎城。剛直と言うか直情と言うか、まぁ荒ぶってる事この上ない二十代の後半ほどの男がいた。暴れ荒ぶり爪をガジガジして、まぁ松平次郎三郎元康もとい徳川三河守家康である。


「クソオオオオオオオオオオオオオオ!!」


「ダァーから辞めとけつったでしょうに」


 そんな主君を辟易とした顔で言葉を投げるオッチャン。徳川三河守家康は言葉にギッと睨み返して。


「ってよオ!!今川に報いる最後の機会だったんだぞ!!武田の野郎、信長に泣きつきやがって!!」


「そりゃあ私だって今川家に詫びたいとは思いますがね。やり方が余りにも阿呆でしょうよこんなもん。あと口調がが戻ってますよ頭ぁ牛かなんかですか」


 徳川三河守家康が顔を顰めて。


「……草葉の影の治部大輔(今川義元)に笑われるな」


「その粋ですぜ坊ちゃん」


 そうニヒルに笑うのは石川伯耆守数正。さっきまで佐久間右衛門尉信盛と交渉もとい小言を貰っていた。齢は三十七(36)だが渋みのある顔で薄く笑みを浮かべた様な顔。良い意味で軽々とした涼やかな雰囲気があり文官仕事に優れた武将だった。


「うむ、さて問題は手紙の出所だ。上杉に送った文書が何故織田家に渡ったのか皆目見当がつかん」


「内容も少々とは言え露見しているように感じましたがはてさて。直ぐに思いつくのは本願寺ですが、今の状況で安易な事をするとも思えねぇ」


 先程までいた佐久間右衛門尉信盛に伝えられたのは手紙の事である。小言ってか徳川家はメチャクチャ文句言われてた。と言うのも遠江相論において徳川家は上杉家にある文書を送ったのだ。


 内容はスッゲー雑に書くが三点。


 一つ、マジオコ武田家許さん。


 二つ、上杉家と織田家の仲立ちをする。


 三つ、織田家と武田家の婚姻は破棄させる。


 三番目は織田家からすれば完全なる離間工作だ。しかも間の悪い事に織田家が三好家ならびに朝倉家を相手取っている状況で出した手紙である。これは怒られてしゃーない。


 早い話が徳川三河守家康は武田家の協定違反にキレ散らかると同時に、今川氏真を駿府に復帰させようと画策したのだ。その一環というか第一歩として武田家を敵に仕立て上げようとした感じである。協定破るような輩に一切の同情はねぇと言わんばかりに、ってかそういう思いで上杉家と北条家を巻き込んで駿河を確保しようとした。


 だから織田家に怒られたのだ。


「ま、気持ちを切り替えていきましょうや。これからぁ都で立ち回るか、いや織田家が口を出さねぇ様にしてるくさいしなぁ。状況を見定める必要がありますかね」


「……ならば朝倉攻めの助力でも申し出てみようか。遠江は攻略したしな」


「……そりゃあ今川攻めの姿勢を疑われたら困るんで今川家が滅んでからですね」


「チクショォオッ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 急な領土拡大に苦労している織田家。 [気になる点] 徳川君さあ。武田もなんだけど、君も今川に大概なことやっていたよね。 [一言] 更新お疲れ様です。 領土拡大に成功したがために人材不足に…
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