阿坂の戦い
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伊勢国一志郡阿坂城。
「馬鹿な、叔父上が降っただと!?」
齢十六の男、長野次郎具藤が絶望一色の顔で叫んだ。彼が叫ぶ理由を伝えた阿坂城主大宮含忍斎教景も閉眼したまま静かな怒りを含んで頷く。
「確認させましたが相違御座いません。戸木御所に援軍を断られましたのは織田に降る為だったのでしょう」
「さて、どうしたものか。父上には安濃郡で敵の足を止め一志郡まで引きずり込めと言われたが」
頭を抱える長野次郎具藤。
「次郎様、父上。私は籠城を提案致します」
長野次郎具藤の撤退時に二千を引き連れて援護に向かった大宮含忍斎教景の子である大宮大之丞景連が籠城を主張する。細野壱岐守藤敦と死合う様な強者、強弓の使い手だったが彼の目には明確な怯えがあった。
その怯えの理由を聞いていた彼の父も頷き。
「それしかあるまいな。木造が降ったせいで海路を封鎖出来ておらんが手が無い。我等の水軍が糧道を封鎖出来れば良いが……」
永禄十四月、大河内城。
「長野は分かる。だが具政め!!」
阿坂城からの伝令を受け北畠散位具教が吼えた。北畠左近衛中将具房が餅を飲み込んで口を開く。
「まぁまぁ父上、ここは現状の打開を勘案致しませんと。敵大将が居るのが確かなら父上御自ら援軍に向かわれては如何ですか?当初の目論見は外れましたが二千の軍勢が籠もる阿坂ならば相当の兵を割かねばなりますまい」
北畠散位具教が息子の言葉に驚き目を見開いた。知り得る中で組み立てられた見識、そこから提案された大胆な意見に随分と嬉しそうに笑って。
「……お前に言われると虫唾が走るが正しい事だな。よかろう、危急存亡にして乾坤一擲の時なれば国司として着いて参れ。お前が総大将として戦場に出る事に意味がある」
「え?いやだなぁ馬に乗れませんよ私は。耄碌するには早いですよ」
「ウッセェッ馬鹿がッ!!少し見直しゃ直ぐこれか!!だッからいい加減に痩せろっつってんだろ!!」
評定を終えると北畠親子は大河内城の奥の間に向かった。高貴な身の女性と六つか七つの子供と相対す。北畠散位具教だけが口を開いた。
「奥よ、そして三郎。俺と国司はこれより一世一代の大勝負に出る。万一の時は義兄弟に執りなしを頼んでくれ」
年重ねて尚、英雄の娘故か資質か心根発露する様に凛々しく座る北の方が頷く。何か言いたげな不安を混ぜる三男を押し留め北畠散位具教は続ける。
「何、案ずるな。我等は鎮守府大将軍様と同じ血が流れている。尊氏の代わりに義秋を討ち師直の代わりに信長を討って墓前に供えるのが楽しみでならん」
言葉を続けようとするがピクリと身を止め。
「時間か」
立ち上がれば驚愕した小姓が。
「さて勝敗は兵家の常、勝っても負けても恨みっこ無しよな。行くぞ国司」
「はい父上。それでは母上、弟よ、息災で。家族仲良くするのだよ」
北畠親子は阿坂城を包囲する織田軍に向かって大河内城に詰める六千を率いて出陣した。
伊勢国志摩国志摩郡たぶんこんな感じ図
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ーーーーーーーー凸◯◯◯ーーーーーーーー
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ーーーーー◯◯◯◯凸◯凸ーーーーーーーー
ーーーー◯◯凸◯◯◯◯ーーーーーーーーー
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ー◯◯◯◯◯◯◯◯凹ーーーーーーーーーー
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ー◯◯◯◯◯凸◯◯◯◯◯ーーーーーーーー
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六角家
a梅戸城・b神戸城・c亀山城
織田家
A長深城B伊阪城C羽津城D鳥羽城E楠城F安納津G木造城
北畠家
1阿坂城2霧山御所3大河内城4大淀城5大湊
戦力配置
阿坂城
織田六角20,000vs北畠2,500
大河内城
北畠8,000
大淀城
織田2,500vs北畠2,000
大湊
織田4,000vs北畠3,000
「いやぁ……二万とはまた辛いですな父上」
「ふん、だからこそ一手打てるのだ。織田は常道に常道を重ねよるが兵の多さ故に我等は石見守の雑煮となれる。それなのにお前、この状況の戦場に輿ってお前」
「ホッホッホ耄碌なされて。馬に乗れないんだからしょうがないでしょうにフッフーン」
「儂の刀でテメーの贅肉こそぎ落としてやろうか、え?」
輿と馬。子が輿に乗り父が馬に乗っていた。
岡ノ谷城で軍勢は駐屯する。阿坂城まで二里と四半里の位置にあり時間にして凡そ一刻。そして夕刻頃になって先発だろう数百が西の参宮街道へ向かって進んでいった。
「やりましたな前田殿、木下殿!」
前田又左衛門利家と木下藤吉郎秀吉に勝三が喜色満面に言った。
「ああ、先達や五郎左殿のお陰だ!やっぱり相談しておいて良かったぜ」
「正に正に。伊勢の者ばかりに被害を負わせてはと言ってくれたからこそでございます」
二人は手柄欲しいマンのツートップだ。そこで阿坂城攻めで一手を担う事を申し出たのである。だが降伏し信用の為の手柄が必要な伊勢国人の反発も考えられ、その地位と武力と人柄で発言力のある丹羽五郎左衛門長秀と勝三に評定での提言を頼んだのである。
「滝川殿も忝う御座います」
木下藤吉郎秀吉が勝三の横で賽子を鳴らしていた滝川彦右衛門一益に言えば前田又左衛門利家も続いて頭を下げた。伊勢攻めの功一等の彼に反対されれば阿坂攻めで功績を立てる事も叶わなかったのだから。
そんな二人にカラッと笑い。カラリと落とした賽の目で岩越二郎高綱を絶望させつつ。
「ああ、気にすんな。それより阿坂が落ちれば後は大河内を囲み敵の眼前で宴会でも開いてやろうや。大殿も鬼柳を運ばせるって乗り気だったぜ」
ピシっと勝三が固まった。
勝三が尾張の穀物生産に合わせ前世の記憶から提言した大きな柳の樽、今では十石以上の酒が入った物を鬼柳などと呼ぶようになったらしいが、勝三にとっては手柄を奪ってしまった様な恥ずかしさがある。
それを謙虚さからくる物と考え織田軍の同輩として微笑ましさと誇らしさをもって眺める滝川彦右衛門一益の笑みは勝三にクリティカルヒットした。
負い目に好感は罪悪感MAXよ。
「ところで皆様は如何お考えですか。俺は寝ずの番を立てる気ですが」
「勝三、話題変えるの雑じゃない?」
「ハッハ与三の言う通りだ。もうちょっとやりかたがあんだろ」
与三と二郎あと頷いてる面々を務めて無視して勝三は続ける。
「敵の攻勢、な」
滝川彦右衛門が武人の顔で笑った。いや訂正しよう。獣の顔だ。
「俺も殿、いや御屋形様の意見は尤もだと思うぜ。てか俺が御相手さんでもそうする。賭けてもいいぜ」
そう不敵に言った滝川彦右衛門は盤双六で敗北した。そりゃあもう完全に。
岩越二郎高綱を負かして調子乗っちゃったからね。賭け事良くない、特に戦場では。
さて織田軍の攻める阿坂城は山城である。枡形山山頂の主郭を白米城と言い、その北西に規模の大きな二郭があった。当然ながら山城なので攻城をするのがクソ怠い城だ。
織田軍は翌日の攻城に向けて枡形山の東部にある阿射加神社を中心に陣を敷いた。攻城部隊は神社で城に向かって並んでおり、他は水場から少し離れた地点で各々が休んでいる。
そして勝三の陣は信長の本陣を守る様に配置されていた。
「勝って兜の緒を締めよ、か。フハァー……眠くてダメだな」
勝三、と言うか井上衆は篝火も無い暗闇の中で目を凝らしていた。単純な話だが夜目を養う為で篝火が無いが故に隣の戦友の顔を認識することができている。
「ここまでする?」
暗闇で分かる表情、理解しつつも眠気覚ましの切っ掛けとして与三が言った。尚、三交代制で寝ずの番をしており今は岩越二郎高綱と毛利藤十郎忠嗣に寺沢次八郎道存と岩越梅三郎高忠が寝ている。
「まぁ敵中だからな。それに夜襲ってのは雨天に、その次に今日みたいな月の無い日を狙ってするもんだぜ」
「それ信長様が教えてくれた事じゃん。俺もいたしね」
「そういや信長様から聞いたな。確か宗恩様の寺だったか?」
「そう聞くと付き合い長いねぇ。子供が娘だったら鬼夜叉の側女か絹千代の妻にして貰おうかな?」
「え、いや。ちょ突っ込みどころ多いわ。先ずお前、なに菊懐妊してんの!?そんで本人達が良いなら喜んでだが鬼夜叉だろうが絹千代だろうが妻だろそこは!お前の娘だったらお前、側女扱いはダメだって」
「懐妊に関して聞いたのは戦前だったし、もしかしたらって話だから確信してから伝えようと思って。それに鬼夜叉の妻には信長様が息女を娶らせたがると思うんだよね」
「信長様が?まっさかぁ。あっても長門様か五郎左衛門様だぜ」
「勝三ってずっとそうだけど自己評価が妙に低いよね。その二人なら有り得るって考えて何で自分は無いって思えるのか不思議だよ」
「そう言うお前は昔っから俺を高く見過ぎだっつーの。あの二人は文武両道、俺は突撃以外はできねぇよ」
「馬鹿だなー」
「ねぇ普通に傷付くんですけど。そんな直で言うかオメーよ」
おちゃらけた馴染み故の雑談が途切れゆっくりと三つ数えるくらいの時間、与三が問う。
「聞こえた?」
「聞こえた。それに匂いも」
甲冑と蹄鉄の音、息遣い。汗と硝石の香りが風に乗って薄ら漂ってくる。
「夜襲に甲冑を着て風向きも考えないなんてな。何を考えてんだ」
勝三は吐き捨てる様に言って立ち上がる。大きく息を吸い込んで。
「全、軍、起床オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
暗夜に轟く爆音、激烈にして命の危機さえ感じる咆哮、山の様な鬼が発した噴火の如き警鐘。
飛び上がる将兵、今ので三千人は起きたかも知れない。
だが遅かった。
当然だ。敵は音と匂いを感じる程に近付いていたのだから。
銃撃の音がした。陣の東部で煌々と火薬が光る。敵の来襲に織田軍全体が浮足だった。勝三達に把握できる事ではないが一部の軍が鉄砲の光に向かって走り出す。
「態とらし過ぎる陽動だな。こうなると山側からかな。与三、兵を整えて西に備えよう」
「でもこの状況で動くと同士討ちになるよ」
「……そりゃそうだ。いかん、落ちつかねぇとな」
「おい!勝三、与三!!」
「おお次郎」
「北畠の糞ったれ。こんな時間に攻めて来やがって。馬鹿デケェさっきの声のお陰で取り敢えず皆んな目は覚めてるがどうする?」
「与三、旗頼む。本陣阿射加神社を背にして南西に向かって横陣!それと次八郎本陣に行って殿に西回りに北への退避と足利二両引きと松明の貸し出しを頼んでくれ」
「あいよ!」
旗と松明に火種が届けられ勝三は夜目を鈍らせない為に一瞥もせず。
「軍の後ろで足利二両引きを照らして東に向かって走らせろ。敵に見えるように高い位置でな!!火縄、旗と一緒に退避しろ!!」
目の前は友軍、美濃三人衆の一人である安藤無用斎道足。イガイガこと安藤守就である。
他の軍勢も当然のように浮き足立っているが特に安藤無用斎道足の陣は酷い。浮き足立つのは当然だが離散する兵とそれを止める将の声が響くのみ。美濃三人衆たる男がああも統制を欠く。
即ち敵襲に気付くのと接敵がほぼ同時だったという事だ。
「不運な。安藤殿の軍を破って敵が来るぞ……」
その答えを肯定するように少しの剣戟が響いて安藤軍は弾けた。井上衆の背で松明が着火され旗を照らす。
「そこかッ信長アアアアアアア!!!!!」
勝三は声に目を向ける。全てが黒いがしかし友軍とは別に一個の黒影が迫っていた。その黒影の先頭を進む塊は良き馬に乗り、良き鎖帷子を纏い、良き太刀を握っている。
ただの勘。
だが強者であると確信をもって金砕棒を握った。
「流石は前国主の肝入りで剣術の盛んな国ってとこかな」
先頭の影を包む様に左右から騎兵が進む。
「長柄隊、槍衾!!!!!」
敵から見れば剣山のように見えるだろうソレに馬と人が拳の様に。
人馬の顔に、首に、胸に、腹に、足に、槍が捻り込まれる。
だがそれさえ北畠家の決死の突撃を止める事象としては足らない。
暗闇の中で鮮烈に絶命しながらも井上衆を亡骸で押し倒して味方の血道を開く。
「あとは任すぞ!!」
敵の誰かが叫んだ。
絶命しながらも力強く。
抉じ開けられた槍兵の壁に勝三は顔を顰め。
「乱戦に備えろ!!」
勝三は馬廻と共に下馬して金砕棒を握り走り出す。空いた穴に入り込んでみれば肘を突き出す様な構えで太刀を持つ大柄な男が斬りかかってきた。
「死ねェッ!!」
「早!?」
一瞬なんで肘出してんの?って思ってたから本気で焦ったが辛うじて背を逸らしながら半歩引く。初撃を避けたが敵は流れるように二の太刀で手首を狙い一閃、それが外れれば更に足へ刺突を放ってきた。
後手に回った勝三は焦りのせいで破れかぶれ気味に金砕棒を振り回す。敵が苛立ちながら勝三の金砕棒の落下地点を見切り、身体を真っ直ぐにすれば金砕棒が背に沿う様に落ち地を砕いた。
そうして返しの地砕きを避け蹴り飛ばす。それを不動受け止めて。
「コイツら強ぇぞ!数で潰せ!!」
勝三が命を下せば、それさえ隙であると勝三を振り払った大男が太刀構えて飛びかかってくる。
「死に晒せぃ!!」
迫る白刃に勝三は横一閃、金砕棒を同じく横に振る事で迎え撃つ。
大男はまずいと思ったか跳ね飛び大きく距離をとって、それでも勝三の一撃を避けきれず、身を低くして足首目掛けて突きを放った。
勝三はその刃を踏み付け、金砕棒を振り下ろす。
敵の頭が兜諸共に潰れる。
「クソぉ!!」
「やめろ小悪才!!」
なんかガキが来たんで殺したくないし振り下ろされた薙刀踏んで顔面を蹴っ飛ばした。
続けて金砕棒を振り回す。
雑兵でさえ足や腕の関節部や首など鎧の隙間を的確に狙ってくる。
槍が喉を狙い、薙刀が膝を断とうとして、太刀が肘を狙う。
槍を握り折り、薙刀を金砕棒で掬い上げたが一手足りない。
「あ」
白刃が腕に目掛けて落ちてくる光景が嫌にゆっくりに感じる。その刃が大身槍によって弾き飛ばされた。
「助かった与三!!」
「どういたしまし、て!!」
与三が敵の鎧を貫いて腹に大身槍を捩じ込む。凄いホッとした勝三は気を取り直して進んでいく。味方が押されていれば敵の背から襲い掛かり、迫って来れば敵が斬りかかる前に潰す。
正直、精兵にしても一兵が今までに無い程に強かった。そうして敵軍をしらみ潰しにしていると。
「貴様が織田の大鬼か」
どう見てもヤベージジイが現れた。
あくまで比喩だ。そう当然、比喩である。
だが勝三は夜目云々を抜きにして眼前の強者を克明に、そう白日の元で見るより尚もハッキリと視界に収める事が出来た。
そしてそれは向こうも同じだ。
「手練れだな貴公。儂、いや麻呂こそ前伊勢国主、父の喪に服していて服解し北畠散位具教である。名乗られい」
そう言って乱戦の中に下馬。
赤に濡れた太刀を振って刃の色を銀に戻し足をハの字に肘を張って柄が顔の横に来る様な引きの構えで立つ。
勝三は思わず顔が引き攣った。
「前国主って嘘じゃなさそうだけど嘘でしょ……。いや失礼、織田家家老衆が末端の内藤勝三、いえ内藤勝左衛門長忠と申します」
対して勝三は唯々金砕棒を高く高く掲げる様に何時もの如く上段に構えた。
そりゃアレだけ素振りしてれば一番早く一番強力な一撃は頭上からの振り下ろし、これ尽きる。
与三は中段の構えで控えたが文字通りの横槍を受け、それに対し切り払うが対応せざる追えなくなった。
計らずも一騎討ちの様相を呈し。
どっちも同じ条件だ。
勝三は考える。
感覚的な、しかし確信を持って身長と体力に力と得物の長さで辛うじて同等、いやそれを入れても北畠散位具教の方が一枚上手であろうか、と。
横顔に一筋伝う。
両名、ゆっくりとした時の中で相対していた。
合戦の中、戦況と黒雲が流々。
互いに待つ。
二人の元に雲間から月光が落ちた。
北畠散位具教が小さく動かし刃に光を反射させた。
「うガッ!!?」
そして飛び込む。
狙うは首への刺突だ。
構えは囮、斬り払う様に着地、空で止めた刃の鋒を勝三に向け。
「クソがッッッッッッ!!!!!」
勝三は着地音に向け我武者羅にして渾身の力を込めた最速の一撃を振り下ろした。
白一色で塗り潰された目では出来るのはこの程度。
だが我武者羅なそれは曇天を吸ったような黒い鉄塊が宵闇の黒さえ塗り潰して落ちていく。
それは早く、余りにも重い。
「チイッ!!」
刺突を諦め構えつつも身をずらして避けた北畠散位具教は、背に風圧と弾け飛ぶ土塊を感じながら勝利を確信した。
振り切った一撃、絶ってくれと言わんばかりの首が目の前にある。
こうなれば金砕棒を踏みつけて後は刃を振り切ってやれば良い。
金砕棒に体重をかけて刃を敵に向け後は降るだけ。
——ゾッとした。
勘だ。ただただ勘だ。
武人として、将軍として、五十年以上重ねた経験からなる勘。
それに合わせて飛ぶ。それでも草履が足の裏に硬い感覚が一瞬。そして下から感じる衝撃に身が一回転した。
見えたのは足元に黒い扇。
金砕棒だった。
「どんなバカ力だ!」
地面に張り付くように着地して思わず吐き捨てる。
全力で振り下ろしたのは誰の目にも明らかな筈の金砕棒が、一切の合間無く膂力に任せて振り上げられたのだ。
それも北畠散位具教の体重も合わせて。
零から百。そんな勢いで振られた一撃がビタリと空で止まって弧を描いて持ち上がりまた振られた。
「あり得ん!!!!」
北畠散位具教は防ぐ事は不可能だと大きく飛び退いた。彼のいた場所に金砕棒が振り下ろされ蜘蛛の巣状に大地が砕かれる。
伝う汗。
拭いながら周囲を見て半包囲されつつある状況に撤退を決意する。
「憎らしきは老いた此の身よ。いや全盛期とて無理か。内藤勝左衛門よ、次があるかは分からぬが一先ず此の勝負預けるぞ!!」
「あ、待てッ!!!」
そう言いつつ勝三は今までに無い程の安堵を塗り潰し焦りをもって追撃を命じる。アレは、アレら北畠の精兵は万一にも逃せば洒落にならないと確信したのだ。今の無限にも感じるような瞬く間の攻防、戦場における一瞬の偶発的一騎討ちは、守りに入れば死ぬと言う確信を抱かせた。
日頃の成果か勝三の部隊は体力的に余裕がある。馬に至ってはほぼ乗ってさえ居なかった。
大黒の元に戻って金砕棒を預け弓握り馬に跨り号令を出して敵の背目掛け矢を射かける。
「追え追え追えーーーーッ!!!」
強い、だからこそ手を抜けない。碧川を越え伊勢街道を東に敵を追って敵本陣へ向かう。
殿、捨て勾を数度と射殺し。
「クソッ矢が切れた!!」
太刀を抜刀して進む。一人一人が強かった。洒落にならないくらい。
だから徹底した。
本陣まで決死の兵を斬り捨て進む。
のそりと本陣からデカイのが現れる。
「新手か!!……ん?」
何というか落差。荒天が唐突に晴れた様な。勝三の代わりに現代人が例えれば人を喰らいさえする猪突がミートボールになって現れたような気がする。
殿、しんがり。それは仲間を生き残らせる為に死に飛び込む行為だ。
それに対して余りにも酷い感想とは思うが事実として目の前の、たった一人の殿は能力的に対して紛う事なきミートボールであった。
殿、しんがり、ミートボール。彼の握るのは一丁の火縄。
ドウっと。
同時にドスン。
火縄を撃った衝撃ですっ転んだようだ。
音的には小筒だろうか。
ただ闇中の発砲音に警戒した兵達が足を止めてしまった。
「おいおい……やられたな。与三、皆んなを落ち着かせてくれ」
「わかった」
「さて」
勝三は大黒を進ませる。
仕方ない事だがしてやられた。暗闇に銃声とは中々の冴えだ。と言うか此の程度の強さでたった一人、殿を務めるのは見上げた根性だと言えよう。
正面を見れば大鎧纏う肥満男が火縄を構えて立ち上がっていた。
ドフォと轟音、白煙が舞えば鉛玉が勝三の鎧の大袖に当たって吹き飛ぶ。ヨロけた肥満男が悔しそうに太刀を抜き駆けてくる。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
太刀を握って騎兵に向かってくるなんてバカと評さざるを得ない。馬に轢かれかねないのだから混乱している合間に逃げれば良いものを、と如何にも嫌いになれない無知からなる蛮勇に勝三はドスンドスンと向かってくる相手に太刀を振り下ろす。
「お?」
が、急にすっ転んだせいで刃がギリギリ届かなかった。勝三が足元を見れば肥満男に振り返ればゼヒュゼヒュいってる。
「……まぁコイツは一先ず捕らえるか。次郎、周りに北畠の伏兵が居るか一応見てきてくれるか」
「ああ、任せてくれ。行くぞ!」
次郎が騎馬五騎を引き連れて行くのを見送り勝三は馬から降りて肥満男の前で下馬し近づく。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!」
ガバっと肥満男が飛びかかってきた。
「うお?」
ブン殴って叩き落とす。
「オグッ!?」
「なんだコイツ?」
見下ろす。そして肥満男が自分の足にヨロヨロと手を伸ばしている事に気付いた。勝三は足を掴まれるが溜息を漏らして手を引き剥がして縛り上げる。
「気概は買うが、次があれば鍛えるこったな」
そう言って大黒に跨る。陣に戻ってから血みどろの姿を織田三十郎信包に見られて悲鳴をあげられたのと、なんか北畠左近衛中将具房を捕らえちった事に漸く気付いたのは笑うところだろうか。
「ホッホッホ何せこの腹故、馬にも乗れませんでな。さてさて餅のお代わりを頂けますかな?」
「いや、あの。戦場なんですけどココ」
六角家からの要請、と言うか提案の結果である。六角承禎義賢の姉妹が北畠家に嫁いでいるので、その本人並びに子は出来るだけ殺さず六角家に預けるという事になっていた。
手間ではあるが織田家としては北畠家と繋がりが強い地元勢力との決定的決裂を避け伊勢から北畠の色を抜ける。これは六角家ならば親族の保護を名目にして北畠という家名を残す事を許し織田家の伊勢統治を助ける事ができるが故だ。
織田家と六角家の関係は盤石と言えた。
さて翌日、夜襲が失敗した事によって阿坂城は兵の士気がヘシ折れ大宮含忍斎教景が切腹し開城。北畠次郎具藤は織田家に降伏したのである。
その勢いままに進撃し岡ノ谷城を攻略し大河内城を見た信長は即断した。
「兵を三分する。彦右衛門は大淀に、五郎左は大湊へ援軍に向かってくれ」
「はいよ」
「はは」
「新五郎、稲葉伊予守、勝三郎、内蔵助は彦右衛門の麾下に入り大湊攻略を助ける様に」
呼ばれた斎藤新五郎利治、稲葉伊予守良通、池田勝三郎恒興、佐々内蔵助成政が頷く。
「安藤無用、岸勘解由、藤吉郎、又左は五郎左の麾下だ」
安藤無用守就、岸勘解由信周、木下藤吉郎秀吉、前田又左衛門利家が頭を下げた。
定石に定石を重ねた信長の指針。伊勢攻略まであと一踏ん張りだ。信長は岡ノ谷城を出る彼らを見送ってから。
「さて敵は何も出来んだろうからな。残った者は俺と共にこの城を強化しよう。三十郎は勝三によく指示を受けろ」
「よ、よろしくお願いします」
勝三は信長の弟に化け物を見る様な目で見られた。もっと言えば六角家からの援軍として来た者達にも夜襲以来マジの鬼扱い。ともすれば当然だが伊勢の、いや元北畠の者も恐怖を初めて知覚したかの様。
勝三は丁度いいと家族を前にした時の笑みを必死に思い起こして顔に浮かべる。
「此方こそ宜しくお願いいたします。いやはや伊勢の方々も居れれば案じる事も御座いますまい。重々頼らせて頂きましょう」
言外に期待しているとある種のプレッシャーをかける勝三。意図を理解した信長がすかさず。
「勝三、気張るのは良いが無理をさせてはいかんぞ。その気が無くともお前は周りを威圧するからな」
織田家に降った。特に木造左近衛中将具政が首をブンブン横に振る。勘違いしてませんから殺さないでって振り方。
信長は朗らかに笑い。
「中将殿。そう怯えんでやってくれ。勝三は敵と味方が分からん様な男ではない。顔が怖ければ握飯でもやれば直ぐに機嫌を戻すぞ」
「殿!」
「ハッハッハ許せ許せ勝三。握飯をやろう」
「おお、受け賜ります」
普通に握り飯を受け取って食べ出した勝三に思わず与三が。
「いや食うんかい」
ほぼ無表情で突っ込む。思わず笑う諸将、このまま仲を深めれば恐怖の分だけ頼りがいに変わる。
切っ掛けとしては十分だった。




