いつまでもあると思うな城と親
ブクマ・ポイント・誤字報告有難う御座います。
今日は上手く纏められず長くなってしまいました。
それでもいいよって方は暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
尾張国の丹羽郡は井上城から北北東に半里少々の場所で軍勢が二つ相対している。
石と弓矢の風切り音が響いていた。馬の嘶きと人の怒号が藤の家紋の下から発されている。それらを塗り潰す様な声が轟く。
「弓衆、矢筒一つを空にするまで放ち続けろ!鉄砲衆は落ち着いて確りと敵を引き付けるんだ!」
勝三の言葉に応えるように備の前部中央の鉄砲衆が三列に並び控え、左右の弓衆が豪雨の如く矢を振らせる。
未だ開戦してすぐの曲射打ち、練度からなる飛距離の差、矢合わせの時点で敵兵は半壊の様相であった。
勝三の率いる井上衆三百、坂井右近将監政尚を左右に合わせて五百程だ。
此処数ヶ月、中島豊後守とか言うのが少数の軍勢で生駒蔵人家宗の領地に幾度となく攻め込んで来ていた。そして遂に千ほどの兵を引き連れて攻め込んできたのである。三百程度なら生駒蔵人家宗と小折城に駐屯した坂井右近将監政尚が勝三の到着前に追い払うが千を越えては難しい。
そして勝三は言わば織田家の春日井郡責任者代理、千もの敵が来襲すればボコボコのボコにする責任がある。
「こりゃ本腰入れて攻めて来てるよなぁ。それに兵数は兎も角、物資を考えると美濃に援助されてそうだな与三」
勝三が馬上にて酷く鬱陶そうに言えば眠そうな顔で与三は頷く。小競り合いの増える前の事だが与三は勝三の名代として犬山城に出向いていた。挨拶という題目で犬山城の戦力を分析したのは与三である。
「間違い無いね。水無月になってから小競り合いは五、勝三が出る様な規模の戦いもこれで三度目。この前の戦いで安井殿や蜂須賀殿みたいな主力が半壊してる犬山の継戦能力を超えてるね」
「まぁ木曽の水運で収入を得てる犬山城は斎藤家とは争えねぇわな。同情はしないし殿に敵対したんだから全力でボコすけど」
与三と戦場を眺める。
勝三の備は馬廻たる騎馬隊勝三と与三が率い、その前に突撃を控えた長柄兵が控え、彼等を通す為に間隔を開けて配置された弓鉄砲が最前列に並ぶ。
ここまでが足軽部隊で、その両翼に軍役衆を配置したのが勝三の部隊だ。
今最も忙しい弓兵は空を射抜かんと矢を放つ、そして敵の突進を待ち腹這いに寝そべり、しゃがんで、立つ、三列の鉄砲兵は敵の突撃を今か今かと待っていた。
勝三の備に並ぶ坂井右近将監政尚の備も矢を放ちながら突撃の時を待っている。
普通ならば引くはずだが、やがて焦れた様に敵将の声。かかれとの言葉を合図に数にもの言わせて矢の雨の下で強引に進む。
「鉄砲衆が撃ったら突撃だ!!」
勝三の咆哮じみた号令に鉄砲組頭の雑賀権右衛門の号令が続く。
「撃て!!」
突っ込んでくる敵は将も兵も轟音と白煙にたたらを踏む。思わず足を止めた彼等へ鉛玉が叩き付けられ体内で炸裂し、それで尚も立っていた敵に鏃が捻じ込まれた。
「かかれ!!」
長柄を率いる岩越梅三郎高忠と毛利藤十郎忠嗣の号令が揃う。
長柄組が硝煙臭い煙の中に突っ込んんで行くのに合わせ左右の軍役衆、生駒蔵人家宗、平岩などが走り出す。
合わせ坂井の備も前進する。
織田家の長柄組が持つ長い槍が、一方的にしなり落ちて敵の頭を打ち据え、軍役衆の槍や太刀が敵を突き刺せば敵が疎らに逃げて行く。
「これなら騎馬隊はいらねぇかな」
突撃を正面から潰された敵勢の動揺に勝三は気の抜けた言葉を漏らした。与三も敵の本備の後退を見て手持ち無沙汰になったと思いながら欠伸一を漏らしして頷いた。
「鉄砲を五十丁も使ったんじゃあね。向こうのが数は多いけど十分すぎるでしょ」
そこへ二郎が馬を駆けさせて現れ、後頭部を掻きながら馬を並べた。戦闘開始と共に敵の後方へ回って貰い視認できない箇所の索敵をして貰っていたのだ。
「伏兵は居なかったぞ。それにしても五十丁の一斉射なんて一回一貫だぞ全く」
吐露したのは勝三と与三と共に軍需物資の仕入れをしているが故の愚痴だった。勝三は頷きつつも。
「まぁでも安全かつ確実に戦力を削れるからな。足軽を揃えるのにはそれ以上に金が掛かるし、軍役衆が怪我しちゃあ税も取れなくなっちまう」
「分かるが、奉行として帳簿を見てるとどうしてもな。そう言えば三段撃ちは様になってきたが退がり撃ちだの進み撃ちだのってのはどうよ?」
「実践する機会がねぇしな。だいたい長槍組の肩から撃たせた方が安全な気がして来た」
「それ聞いたら鉄砲組の奴ら泣くぞ」
「いや、まだ試してないから。コッチが進むばっかで押された時が無いだけだから」
勝三の言葉に二郎ははそりゃそうだと頷いて与三がつぶやく様に。
「だいたい敵を受け止めてからの突撃ばっかだからねウチ。しかも毎回毎回必ずと言っていいほど御大将が先陣切るから下手に鉄砲撃てないし」
勝三は黒目をスーと。正に目を逸らしてから薄れた白煙の向こうで敵に襲いかかる味方を見て。
「……煙の中に突っ込まなきゃいけない長柄隊は大変だよな。梅三郎と藤十郎は良く耐えるよ、うん」
真面目な顔して戦況を見る勝三を挟んで佇む二人、与三と二郎は真面目な顔で勝三を挟み見ながら。
「それで話題が外らせるとでも?二人も嫁さんが居るのに話の持っていき方雑じゃない?」
与三に気にしてる事クリティカルヒット食らって勝三の右目からツーと雫が垂れた。
「泣くなって勝三。与三も勝三に本当の事言うんじゃねーよ。クソどうでも良い事でウジウジ悩む面倒くさい奴なんだから」
「ゴメンゴメン。真実は残酷だもんね勝三」
「お前ら酷くない?」
そんなやりとりをしていると白煙が留まる事を諦めるに合わせ敵も全軍が撤退を始めた。悪い事に前軍の崩壊に後軍の一部が巻き込まれ統制の取れた撤退は不可能だろう。
潰走である三人の空気が一変した。彼等の笑顔を評するなら獣。
「弓を!!」
勝三が言えば騎馬武者の面々が若党から弓を受け取る。勿論、与三も二郎もだ。
「行くぞ!!」
「おう!」
「よっしゃ!!」
騎馬隊が勝三を先頭に進んでいく。
這々の体で逃げる敵を追いかけ縦に伸びた長柄組と軍役衆の脇から一気に躍り出て遂には敵と並走を始めた。
敵の横っ面に狙い定めをて弓に矢を番る。騎馬武者達の握る弓、彼らの弦が揃って息を合わせてギッと鳴く。
「オラァ!!」
最初の矢を放ったのは勝三だった。強弓から撃ち出されたそれは騎馬の腿に当たり主人を叩き落とす。
痛みに暴れる馬と落ちた武者が後続の者たちの足を止める。
そこに降りかかる二十四の矢。バタバタと倒れる敵が障害物となり生き残った者達を手柄首に変えていく。足軽や軍役衆が首取りで足を止めれば、残りは騎馬武者が矢の代わりに太刀を掴み抜いて刈り取った。
勝三も指揮の必要は無いと判断して手近の兜首の三人を追い鎧袖一触敵を討つ。
「さて、手柄首になりたくなけりゃ降伏しろ!!」
そして残った敵に降伏を促した。敵に武器防具、物資兵糧から服に至るまでを渡す様に勧告。褌一丁にして捕らえてから倒した敵の首を取りに行く。
最も良い鎧を纏った男の首を取り誰なのか確認しようと持ち上げる。
「勝三様、その首は!」
騎馬隊の一人、父と兄が謀反の嫌疑で殺され浮野の戦いで死にぞこない、伊勢に行こうとしてた所をたまたま雇った男が驚愕に声を張った。
その言葉に再度、首を見て見覚えのある顔だと気付く。それが誰か分かり勝三はギョッとした。
「あ、これ、もしかして」
「ええ、間違い無いかと」
戦の後始末を終えて簡易的な首実験を始める。勝三の取った歪みに歪んだ首が退げられると老将たる生駒蔵人家宗が吐息を漏らした。
彼は周辺の事に最も詳しい。当然ながら顔も広い。
「兵衛の童か。無残な首になったものよな」
染み染みと言う生駒蔵人家宗。彼の言葉に冷然な顔の目を閉じてゆるゆる頷いた坂井右近将監政尚は納得して。
「蔵人殿が言うなら信賢の物に相違ないな。まさか本当に追放した父と共に美濃にいたとは」
二人の言葉に勝三は吐息一つ。
「それに加えて斎藤家の家臣の大沢何某ですか。思ったより本格的に手を出して来たな」
美濃出身で面識のある坂井右近将監政尚の報告である。ともすれば見間違う筈もない。
大沢次郎左衛門正吉と子の源次郎正成。彼等は美濃斎藤家の家臣で使い捨てには出来ない戦力である。
即ち、敵の手出しも本格的な物と同義だ。勝三は現実逃避気味に状況を推論した。
「犬山の信清の要請に応えた斎藤家が伊勢守家の信安を送った訳ですね。岩倉出身ですから地の利も有る。同時に両名の蟠りを考え監視と援軍として大沢何某を送った訳だ」
「勝三殿、急ぎ殿へ伝えるべきだ」
「ワシも同感じゃ。それに兵を送って貰えれば安井や蜂須賀の童共も此方に降るやもしれん」
「ですね。想定より規模の大きい攻勢をかけてくる可能性が出てきましたし援軍を配置してもらった方が良い。早速、伝令を向かわせます」
勝三が言えば二人は頷く。伝令を出そうと与三に視線を向けるとそこに一騎の騎馬が駆けて来た。
伝令として駆け込んできたのは小折城に控えて貰っていた寺沢又八道盛の孫である寺沢八助、今は元服して寺沢次八郎道存である。
「勝三叔父上!!」
「次八郎、どうした?」
年の割に寺沢家の特徴として氷の様に冷静、祖父に似て落ち着きのある甥御の慌て様に勝三は驚きながら問う。
「今朝、楽田城より戻った商人が織田十郎左衛門信清により楽田城が落城していたと!!」
「な…… 筑後守殿からの報せは」
「分かりません。商人が避難していた現地の者に聞いた処では昨晩、突如として犬山織田家の軍が現れたとの事で」
生駒蔵人家宗、坂井右近将監政尚の二人は唸り勝三は頭を抱えた。
楽田城は井上城から東の位置に有り、東美濃に近い。そんな場所が斎藤家と手を組んだ犬山織田家の手元に落ちたのは非常にまずい状況だ。
「いかんな。戦域が大きく広がるぞ」
生駒蔵人家宗が言う通りだった。二正面に敵を作れば今までの様な防衛をするには兵が足りない。そもそも楽田城と井上城の合間に砦を作る必要さえ出てくる。
勝三は思った。
「今から速攻で楽田城に行ったら意表を突く感じで取り返せねーかな……」
その願望とも評すべきものは思わず声に出た。正直言って自分でも無理だろうと考える。
何せ織田筑後守寛貞からの報告が無く商人が情報を持ち帰った状況を鑑みれば楽田は落とされたのではなく寝返ったのだ。
距離は二里と半里程。休息を考えて一刻から一刻半として昨晩から城を守る準備を済ませている筈だった。
「なるほど、良案だな勝三殿」
だが坂井右近将監政尚が鋭利な顔に鋭くも楽しそうな笑みを浮かべて言う。
勝三は真面目な顔で見返した様に見えるけど実際は『え?何言ってんのこの人』と信じられない者を見ただけである。
代わりに困惑を混ぜ生駒蔵人家宗が血気に逸った若者を止めようと口を開いた。
「状況を鑑みれば敵の守りは万全じゃぞ。流石に無茶であろう」
「俺もそう思う。だがその無茶を言ったのは西の大鬼だぞ蔵人老」
生駒蔵人家宗はハッとして。
「おお……よし、そうじゃ!そうじゃな。此方には鬼がおるわ。一本取られておめおめと見過ごす訳にはいくまいよ!!」
勝三は思わず足に左肘を突き、顎を支える様にして口と鼻を掌で覆った。近いので言えば考える人と言えば全く同じポーズだ。
自分の軽い呟きの影響力を知りガチで戸惑ったので有る。え、何この空気って熱気の中でたじろいでいた。
「行こう。勝三殿!」
「血が滾るわ!」
「手柄!」
この場にいる物達が次々と賛同して行く。勝三は不敵な笑みを浮かべ立ち上がる。
「よし!行こう!!軽い食事を取った後に楽田に奪還に向かう!!!」
勝三は考える。信長など勝三以上に果断であり時代的に意思決定者が前線にいる事で物事の進みが格段に早くなるメリットを感覚的に理解していた。なればこの敵が勢いを盛り返す状況を信長が放置する訳もない筈だと。
そう。間違ってないのだ。
間違ってない。
それはそれとしてどう言う結果になるかは分からないからもうちょっと考えて喋ろうと思った。
メッチャ周りでウォオオオオオオオオオオって気勢上げられながら。
「カッカッカ!!最近の若いのは活きが良いからの」
「私も負けていられないな」
内藤家で集まり食事を取る。
「キメ顔のつもり?アレ」
「勝三、顔すごい引き攣ってたな」
尚、与三と二郎にはバレてたので茶化された。
永禄四年。織田上総介三郎信長は清洲城にて眉間に皺を寄せ睨みを利かせた双眸で全神経を集中させていた。彼にとってとても重要な物事の一つに取り込む横顔は洗練されており、どこか美しくありながら猛々しく何よりも鋭利で有る。
「こんなものか」
信長は整った顔に満足げな笑みを浮かべる。緊張感は保ちつつも一段落終えたと言う達成感が心地いい。
「良い香ばしさだ」
鉄鍋から煎った蕎麦粉を大きな鉢に移して大事そうに小壺を傾ける。そこから垂れる黄金の液体。
蜂蜜だ。
それを良く混ぜて形を整え。
「出来た」
ふりもみこがし完成で有る。あ、オヤツです。甘いの。
味見と称して二、三頬張ると信長はニッコニコで膳に並べて侍女に持たせ妻子の元へ向かう。美濃と敵対してから舅道三から送られて来ていた真桑瓜と干柿が手に入らなくなった信長にとっての唯一の拠り所で有る。
拠り所ってか拠り甘味。
「……久々に美濃の真桑瓜と干柿をたらふく食いたいな。尾張の物も美味いんだがアレに慣れるとどうも」
そんな事を呟いて己を一笑に付し、手製のふりもみこがしを妻子達を呼んで食べる。
「奇妙、どうだ?美味いか」
「はい、父上。とてもお美味しいです」
信長が自分が作った事を隠して嫡子の奇妙丸に問えばモグモグ頷く。かぁいい。
「そうかそうか。よし奇妙、他の者にも分けるのだ」
「はい!」
信長が言えば奇妙は他の子供達へ渡し始めた。満面の笑みでふりもみこがしを取りに行く子供ら。そんな満足げな父子を鷺山殿達が微笑ましげに眺めている。
信長は仕事が早い。即ち休み上手で切り替え上手なのだ。ほんの四半刻前まで西美濃の国人や滝川彦左衛門一益の連れてきた海賊と面会していたのである。
それを知っている為、母としては少々言い難いが必要な事と鷺山殿は口を開く。
「殿、流石に奇妙も六つとなれば傅役を付けてもよろしいのではないですか?」
「む、そうだな。もう奇妙もそんな歳になったか。佐渡守と勝介、それとも吉兵衛か、いやここは長門に与四郎か」
「まぁ心強い。奇妙は果報者ですね」
自分の子供に視線をやってからふと義妹が私も験担ぎをして貰いたいと零していたのを思い出し。
「そう言えば市殿の言っていた勝三殿の験担ぎとは何なのでしょうか?」
「ん?あぁ、俺の子達は勝三に背負わせているだろう。アレがそうだ」
「背負う事が験担ぎなのですか?」
「ああ、市が切っ掛けの無病息災に効く験担ぎだな」
「あらあら、なら奇妙が壮健なのは勝三殿のおかげかもしれませんね」
一家団欒と言うべき空間に足音が響く。信長が太刀を握り立ち上がれば岩室長門守重休が。
「殿!!楽田の城が犬山に奪われたと申しています!!」
「何、どう言う事だ!?」
「勝三の伝令が曰く織田掃部が寝返った可能性があると。更に美濃斎藤と犬山織田の連携が確定したそうで御座います」
信長は家族に一瞥してから即座に部屋を出た。
「殿、早急に逆撃を与え楽田を取り戻すべきかと」
岩室長門守重休の言葉に頷く信長。
「当然だ。勝三なら問題ないだろうが西美濃の国人との交渉が崩れる可能性がある。直ぐに援軍に行くぞ!」
「はは!陣触れだ!!!」
清洲に鐘の音と掛け声が響き信長は即座に甲冑を纏って颯爽と騎馬にまたがる。遅れて集まる馬廻と小姓を待って全員が揃えば信長は言う。
「皆、聞け!!楽田が落ちた!!勝三と合流し奪還するぞ!!」
応と気勢、直ぐ様馬群が進む。
川の渡し場で船を掻き集めていると遠くから船が。乗っている武士が手を振り船が寄ってくる。
「伝令、でんれーーーーー!!」
まだ声変わりしていない声。まだ船も降りていない相手に信長は大声で問う。
「次八郎、状況を!」
焦りながら問う信長、次八郎はバシャバシャと川水を鳴らして走り寄って跪き。
「は、叔父上と右近将監様が楽田城を落としました!!」
「……え?」
信長以外の誰かの声。精兵たる馬廻達がビックリし過ぎて瞳孔カッ開いた猫みたいになる。
お目々クリクリだ。
全員野郎で兜鎧だけど。そんな中で信長が浮かべていた苦笑いを引っ込めて問う。
「仔細を話せ」
寺沢次八郎道存は小姓でも有るが故に馬廻の反応に戸惑っていたが信長の言葉に頷き。
「は、楽田落城の報の直後に奪還に向かいました所、明朝に北に向かう犬山信清の軍を発見。同時に楽田より梶原平次郎が迫って参りましたので犬山信清の軍を撃滅し梶原平次郎を粉砕。楽田城は織田掃部が降伏開城し、現在は右近将監様に守将になって頂いております!」
「……やりおるわ。よし、兵庫頭と五郎八は楽田に行き右近将監を助けろ!!」
信長にしては珍しく数秒黙ってから命令を下す。
「え、あ、は!」
「えーと、はは承りました!!」
まごつくのも仕方ない。だが機を逃さぬ信長は続けて。
「俺達は宮後城、その後に小口城を攻める!!行くぞ!!」
信長の判断は果断で早い。馬廻三百を率いて井上城の勝三と合流し進軍。
宮後城を開場させ中島豊後守の篭もる小口城の手前にある申丸砦を落とし、加藤弥三郎と岩室長門守重休とをそれぞれ守将に置いて犬山への備えとした。
信長は軍勢を返し勝三の井上城に数日滞在して、地勢の散策をし帰還したのだった。
永禄四年五月。禿頭の大男が厚い化粧を塗って公家装束を纏い儀式を眺めていた。彼は似ても似つかないが一色左京大輔義龍である。
禿頭なのは森部の敗戦の責をとって剃髪し玄龍と号して自発的に蟄居閉門をしていたからだ。だが幕府と公家と交渉して当主の座と共に以前名乗っていた治部大輔の官位を息子へ送る式典へ出席する為に門を開いて現れた。
任官に来た公家を歓待し彼らの帰還を和やかに見送ると一色玄龍は家臣達に蟄居に戻ると言い残して齢十五の息子へ視線を向け。
「家を継いだのだ。不甲斐ない父であるが心構えを説こう」
「そのような事は。是非に願います」
一色治部大輔龍輿は父に似て年の割に背丈があり逞しいが、しかし外見は母方に似てか穏やかな瞳の優しい気風を持つ男で有った。
屋敷の門が閉じると同時に父が崩れ落ちた。息子が慌てて巨大な父の身体を支え背負う。ボソりとまるで呻き声の様に一色玄龍は言葉を垂らす。
「すまん、な、喜太郎。重かろう」
「なんのなんの、父上を背負うは子の誉れに御座います」
勤めて明るく言うと一色治部大輔龍輿は身の丈に合わず余りにも軽い父を寝床まで運ぶ。
侍女に用意させておいた湿らせた布を父に渡せば、相当に不快だったのだろう厚化粧を拭い去った。
「す、まぬ、な」
紅斑だらけの土気色の顔が弱々しく喘鳴を漏らしながら。
「ハァハァ......ハァ。喜太郎、いや治部大輔よ。許せ、父は死ぬぞ」
「御冗談を。その様な弱気は御身体に障ります」
「弱気も何も、医者が匙を投げたのだ。此の身は、もう、ハァ、ハァ如何することも出来ん」
「都の医者が時期到着いたします。然すれば」
一色玄龍義龍は首を横に振った。
「聞け。俺の死は出来うる限り伏せ少しでも時を稼ぐのだゲホッ。犬山は諦め中濃と東美濃を守る事を優先しッ」
「父上?」
「ッグゥあ“あ”あ“あ“あ”あ“あ“!!」
突如として身を襲う痛みに捻り呻き声を上げた。一色玄龍義龍は自身を襲う如何することも出来ない激痛に身を捻る。
そして気付く。
「目がッ、目が見えん。霞む。四肢が、四肢が痛い!」
「ち、父上!!医者を、医者を呼べ!」
「ま、待て喜太郎!!」
激痛に苛まれながら駆け出そうとした息子を掴む。
「信頼できる者、その次に知行を当てがった者を側に置け。奴等は貫高が保証される限りは裏切らん。国人よりは信用出来るはずだ。どれ程鬱陶しくとも幕府とは縁を切るな、朝倉との交渉には朝廷を使え、生き残るのだ」
捲し立てる様に言うと気を失い、此の三日後に斎藤玄龍は死んだ。父を殺して美濃を取り信長に抗った男は謎の奇病で命を落とした。




