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街道一の弓取り 中

勝三は五人ばかり連れて先行した信長を追う為に急いで用意を始める。領地は回復した祖父に任せ正室の織田秀子と側室の有馬幸に鎧を着せて貰う。与三も其の横で妻になった毛利菊に鎧を着せて貰っていた。


「旦那様、御武運を。私は未だ未亡人に成りたくはありませんよ?」


無理に笑いながら気丈に言う秀子と無言で諾々と涙流して頷く幸。勝三は此の数ヶ月間でしっかり者だと驚いていた二人の齢相応の反応と情の深さに二人を担ぎ上げニッコリと。


「御心配なく。負債を残して死ぬ事は出来ません」


「勝三、そう言うことでは有りません」


母竹が凄い呆れた顔で言う。勝三はそれでも重い空気だけは嫌だと敢えておちゃらけて。


「そうですね。こんな二人を残していけば閻魔も許しますまい」


担ぎ上げた二人が強くしがみつく。


知識はある。有るが、しかしそれは織田喜六郎秀孝が生き延びた事を思えば絶対の物では無い事は分かっている。だが同時に長年共にいたからこそ信長が死ぬとも思えず、妙な自信と共に自分が死ななければ如何にかなると確信していた。


「勝三、与三」


父勝介の言葉に二人を下ろす。与三も妻から懸守りを括り付け。


「はい父上」


「勝介様」


「最近は俺も二人も忙しくて碌に話す時間も無かったな。いいか、無事に帰れとは言わん。だがどうか死なんでくれ」


皆が思い思い家族との今生の別れかも知れない挨拶を終えると馬廻内藤隊の面々は馬に跨る。無事を祈る火花を背に内藤勝三長忠を先頭に青山与三吉次、岩越二郎高綱《*》、岩越梅三郎高忠()毛利藤十郎忠嗣()達が騎馬武者を率いて口中杉左衛門忠就()が奉公人を率い出陣した。


そして四半刻と経たず早々に熱田に到着した勝三は信長や続々と現れる面々と話しながら時を過ごす。


「ヤダヤダヤダ!!俺も行くんだアアアアアァァァァァ……」


「オメッコラッ!殿様に笹寺に控えてろって言われてんだろーが!!」


「嫌だッ!養父様、俺も勝三様みテーに七首一甲の手柄挙げて殿の役に立つんだァアアアアアアアア!!」


「バッカ、オメーあんなん内藤様の御子息じゃなきゃ無理だっつーの!!オメーが死んだら俺が娘と母ちゃんにブッコロされるわ!!」


「いッ、やッ、だッ!死なんッ離ぁんっなッせッ!!!」


なんか十五歳行かないくらいの子供が厳ついオッサンに引き摺られていった。


甚助(湯浅直宗)、相変わらずだな」


「うん」


岩越梅三郎高忠()毛利藤十郎忠嗣()の言葉。勝三は思わず頷いた。


さて兵が揃うと信長が社の前にて朗々と願文を朗読して二礼二拍手一礼し振り返って皆を見下ろす。


熱田神宮神官の加藤図書助順盛が信長に酒杯を捧げた。諸将にも酒が一杯振舞われる。


「さぁ霊験あらたかな熱田の加藤殿が杯を酒で満たしてくれたぞ!!」


皆が杯を掲げ。


「皆、勝とう!」


信長が一気に酒を呷る。号令一下、戦場の空気を纏った武士達が丹下砦に向かって進発した。彼等の頭上に白鷺が舞う。


信長が丹下砦へ着こうかと言う頃、鷲津砦の織田玄蓄允秀敏と飯尾近江守定宗、飯尾茂助尚清は激戦も激戦、刀槍剣戟の渦中にあった。


老当益壮たる古豪、織田玄蓄允秀敏が外から響く剣戟の音を聴きながら厳しい顔で太刀を抜く。


「茂助、若造供を頼むぞ。親父殿と共に死なせてやれん事、許せ」


織田玄蓄允秀敏が砦に残り、飯尾親子に今川の背後を攻撃させる掎角の計にて持ち堪えたが、朝比奈備中守泰朝の猛攻に飯尾近江守定宗が討たれ今まさに子の飯尾茂助尚清がつい敗走した。


歓声と足音が迫り門に破城槌が叩きつけられる。


「弓掛けい!!」


「壁を登らせるな!!」


「矢を持ってこい!!」


守備兵が必死に抵抗するが閂がミシリと音を立てた。


「殿!!」


「うむ多十郎。皆、良いか!此処を死に場所と決めい!!」


老将の言葉に老兵供が吼えると同時に門が破られた。二人の男が名乗りを上げて銀の髑髏の男の指揮に雄叫びと共に雪崩れ込む敵兵。


「進——」


「見事だッ死ねッ!!!」


先頭で声を上げた男の首を的確に落とせば次の敵。


「ぬんッッ!!!」


老将の気炎、乾坤直下の刃が兜もろとも頭をカチ割った。素早く刃を抜くと雪崩の様に迫っていた敵兵の槍を避け腕もろとも槍を断つ。


「ぎゃああああああああ!!」


悲鳴、首に刃を捻じ込み止める。


「さぁ今川の小童供、肝があれば掛かって参れ!!!」


そこに一矢飛来し突き刺さる。それでも何事も無かった様に肩から矢を生やしたまま近場の敵兵を斬り殺す。


「そして此の老骨が黄泉の供をせい!」


織田家最長老、織田玄蓄允秀敏は今川家十余名を殺し消息不明。しかし鷲津砦の門の脇に兜が脱げ、顔は凹み、鎧は血濡れ、片腕の無い誰のものともわからぬ亡骸がもたれかかっていたと言う。


同刻、丸根砦を任された佐久間大学助盛信は鷲津の挟撃を防ぎ、一か八か大将首を狙い砦から出て酒井左衛門尉忠次率いる軍と乱戦を繰り広げていた。


雹交じりの雨の中で震えるでもなく猛然と。


「進め、進め!!」


兜の下の面長な仁王像の如き顔、力篭る双眸を輝かせて軍の先頭に立ち槍を振るって敵を穿つ。


「酒井なぁッ!!」


敵に刺さった槍を首から蹴り抜いて迫る次の敵を石突きで殴り倒し踏み砕く。


「柴田殿が梃子摺る訳よ!!」


自軍の勢いを良く受け止める敵に賛辞を投げながら次の敵を殺してそのまま流れる様に兜首を。血濡れた身体に慄く敵には見向きもせずに。


「此の首は能見松平の倅か?」


戦線を突破された敵が穴を塞ごうと新手を寄越す。佐久間大学助盛信は双眸を鋭利に輝かせて嗤う。敵の慌てぶり、自軍の勢いを鑑みれば思わずだ。


次の獲物を槍で差し示し。


「さて、次は大草松平でも狙うか!!」


雄々しき大将が率いる荒々しい武士供が刀槍握って敵を見る。


「穿てッ!!」


鎧袖一触。勢いのまま大草松平善兵衛正親の部隊を粉砕突破。広がるは丸に片喰紋、敵の前衛の本備だ。


其の奥に更に大軍の丸に三つ葉葵を掲げる部隊が陣を整える。それは松平蔵人佐元康(徳川家康)率いる丸根攻撃部隊本備。物見が雨のせいで前軍の酒井軍こそが敵兵の全てだと勘違いしたのだ。


「ッチ、仕方あるまい」


事、此処に至っては退くには遅い。左右から騎馬が迫っている。ならばすべき事は一つ。


太刀を抜き。


「突撃!!!」


駆ける。


雨と共に降り注ぐ矢。


刺さるに任せて敵の槍衾に潜り込み落ちて来る柄を薙ぎ払い足軽の首を跳ねる。


「なんだ此の化け物は!!」


「フンッ!!!」


慄いた敵の兜を叩き割る。挟まった太刀を離して敵の腰に吊るしてある太刀を抜いて振り回す。その余の勢いに敵将の一人が叫ぶ。


「長柄隊、早く離れろ!!囲んで殺すぞ付いて来い!!」


敵の失敗に笑う。槍を捨て太刀で迎え撃つべき所を退けと言った。


「フハハハハハハハハハハハハハ!!」


笑い。


追う。


切る。


薙ぐ。


断つ。


突く。


穿つ。


衝撃。


目を向ければ腹を貫く数本の槍の穂先。敵の後詰だ。


固唾を飲んで動きを止める敵に尚も笑みを浮かべ握っていた太刀を将目掛けて投げつけた。


「ガッ!!?」


首から太刀を生やして倒れる兜首、横に侍って居た者がギョッとして。


「こ、殺せッ早く!!!!」


更に十数本の槍と刃が佐久間大学助盛信の全身を貫き終ぞ絶命した。鷲津で織田玄蓄允秀敏、丸根で佐久間大学助盛信が討死したのである。


その時、知る由も無い信長は善照寺砦を囲う敵を打ちのめして勝手に信長の馬に乗って無断参戦した湯浅甚助直宗に拳骨食らわして砦に入った。


篠田四郎左衛門広正も大高に対する砦から一度後退しており、佐久間右衛門尉信盛と佐久間七郎左衛門信辰を加えて軍評である。援軍を求められた中嶋砦に佐久間隼人正政次と千秋四郎季忠を送った信長は急く様に。


「俺が思うに鷲津と丸根の攻略が始まったのならば、敵は海からの兵糧運び入れの為に全力を持って当たる筈だ」


「うむうむ。敵は多勢、陸路では輸送に限界が御座いますな、ええ」


「そうか右衛門尉(佐久間信盛)もそう思うか」


「は、加えて敵の評する四万という数が事実ならば小荷駄も含むは必定、大高に兵糧入れをしなければ成らぬ現状を鑑みれば陸路の兵站を使わざる終えません、ええ」


「そうだな。俺は今川本隊の兵を一万五千以下と見る」


「同感です。下手をすれば一万程とも考えますな、ええ」


「よし。希望が見えてきた。同時にやらねば成らんこともな」


信長は皆を見回し。


「皆、聞いてくれ。俺は此れから迂回して敵の背に回り沓掛城を落として兵站を切る。その後に分散した敵を背後から各個撃破しようと思う」


「成る程、敵の糧道と退路を塞げば如何な多勢の敵とて動揺が走る。いや寧ろ多勢故に混乱するでしょう。更に分散している今の状況では合流すれば兵站を圧迫し、合流が無ければ敵数は同等以下になると」


簗田四郎左衛門広正が大仰に言う。将兵の戦意を維持する為に信長はすかさず頷いて。


「ああ、其の通りだ」


「起死回生の一手、勝てますよ!」


勝三が空気を読んで言えば場が勝てるのでは無いかと言う空気が広がった。しかし佐久間右衛門尉信盛はハの字髭を揺らし。


「殿、現状の取り得る最良の策と存じますが沓掛城は短期間に落とすには規模が大きく守りも難い城に御座いますぞ、ええ」


「知っている。だが落とさねば」


佐久間右衛門尉信盛は信長の覚悟の程を実感しながら頷いて。


七郎左衛門(佐久間信辰)よ、沓掛城の一里程度の桶狭間辺りに別の城が有りましたな?」


「御座います兄上。境川の南岸に矢田作十郎(助吉)という者の絵下という城が一つ、うん」


佐久間兄弟の言葉に信長は嬉しそうに頷いて、


「成る程な、良い事を聞いた。憂いが一つ消えたぞ。では右衛門尉(佐久間信盛)に五百を預ける。あとの者は俺に続け!!」


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・・・・・◯・・・・・・・・・・・・

◯・・・◯・・1・・・・・・・・・・

◯・・・◯・・・・・・・・・・・・・

◯・・・◯・・・・・・・・・・・・・

◯◯・・◯・A・・・・2・・・・・・

◯◯・・◯◯・・・・・・◯◯・・・・

◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯・・・・・C

◯◯◯◯◯・・・◯3・・・・X・・・

◯◯・・・・・・・◯◯◯・・・D・・

◯◯・4・・・・・・・・・・・・・・

◯・・・・5・・・・・・・・・・・・

B◯・・・・・・・・・・・・・・・・

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A鳴海城・B大高城・C沓掛城・D絵下城

1丹羽下・2善照寺・3中嶋・4鷲津・5丸根

X桶狭間

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