感情ジャイアントスイング
ポイント・ブクマ有り難う御座います。
暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
弘治二年十一月。
篠木に建てられた砦の破却や織田武蔵守信成の正妻高島局と嫡子を預かり信長の一門を迎える。そんな所謂、戦後処理を終えて束の間の休息を得た内藤親子は久し振りに屋敷の一室で一切の仕事も無く向かい合っていた。
……正確に言うと父勝介が織田姓を称する事を許されたので織田勝左衛門秀忠と内藤勝三長忠は二人して向き合い白目を向いていたってのが正しいが。
うん、白目。
もォなんかヘロッヘロで力入ってねーし、アホみてーな鳴き声漏らしてるし大丈夫かコイツら。
厳密に言うと。
「ファァア」
「ヘァァア」
みてーな声出して口から魂っぽい何かがフヨフヨしてる。
……まぁ内藤家の戦後の状況を説明しよう。
林軍攻撃で勝介を助けた口中杉若が信長の計らいで士分に取り立てられ、口中杉若が望みにより左衛門の名乗りと内藤家の忠の字の偏諱を認め、口中杉左衛門忠就として内藤家家臣団に迎えた。
慶事は続くもので村木砦以来、養生を続けていた岩越鯨や八助がなんとか回復したのである。戦のゴタゴタの所為で多少の不手際が有ったが毛利蘭が無事出産して岩越梅太郎が生まれた為だろうか。
更に今回の戦によって織田家の戦力を増加させるべきだと心底妥当な判断から岩越梅千代と毛利藤丸の元服が決定。岩越梅千代が岩越梅三郎高忠と名乗り、毛利藤丸が毛利藤十郎忠嗣と名乗って勝三麾下の騎馬武者として編入された。
齢二十一の毛利蘭は勝三の麾下に編入された岩越二郎高綱と再婚、齢十七の毛利菊は同じく勝三の麾下に移った青山与三吉次と結婚。
まぁ内藤家と言う括りで織田家中の役職を羅列すれば。
齢十七、内藤勝三長忠、大人衆(見習い)兼小姓衆、馬廻組頭、禄高六百五十貫。
齢十五、青山与三吉次。与力衆、馬廻、禄高二百貫。
齢二十二、岩越二郎高綱、小姓衆、馬廻、禄高二百貫。
齢十六、岩越梅三郎高忠、小姓衆、馬廻、禄高百貫。
齢十五毛利藤十郎忠嗣、小姓衆、馬廻、禄高百貫。
齢四十七、織田勝左衛門秀忠、御伽衆、禄高百五十貫。
齢六十五、寺沢又八道盛、吏僚衆、禄高三百貫。
で有る。
合わせ千七百貫の禄を食む。だが此れは稲生の前とさして変わら無い。少々の栄転と加増である。まぁ何せ稲生の戦いでそれなりの被害が出た上に、勝利によって統治に人材が必要となったので、内藤家に対しては信長の思いとは裏腹に褒賞は抑え気味なのだ。
少なくとも変な声出してボケーっとするレベルじゃ無い。むしろ少な過ぎるとさえ言えるだろう。
つーか比べてしまうと森三左衛門可成や織田造酒丞信房の方が貫高は高いし池田勝三郎恒興や丹羽五郎左衛門長秀の加増は勿論、村井吉兵衛貞勝に滝川彦右衛門一益は大幅な加増を受けており木下藤吉郎秀吉などは足軽から一気に組頭で有る。
では不満で白目かと言うとそれは否だ。
先ずオトン織田勝左衛門秀忠は官途状を褒美として賜わり備後介を称する様に言われた。言わずもがな信長の父信秀の名乗った備後守を意識してで有る。
要はお前は第二のお父ちゃんだ!!と言われた様なモンだ。
で、内藤勝三長忠は首級実検を兼ねた論功行賞で。
「角田新五を討った功は勝三の望み通りお前の率いた者達皆の褒美としよう。だが勝三には今までの功に報いる為に市か犬を娶らせようと思う」
うん、同腹の妹を嫁がせるとかヤベー事を言われた。首実験の時に言われたけど騒つくってレベル超えてたよね。空気。
控えめに言っても普通じゃねぇ扱いで有る。常軌を逸したって言葉が此れ程まで正しいことは無い。大名の姉妹娘なんて大抵は政略結婚、それこそ一定以上の土地を支配する城主や、有る程度の知名度を誇る名族か、でなければバカみてーな金持ちとさせるものだ。
家臣に嫁がせるとしても一定の勢力を持つ者や、元の大名家での大身の子弟と言ったのが普通。
正直、即座にリアクションなんか出来る訳ねーじゃん。
同母弟の仇である角田新五を自分では討て無かったとは言え、それでも逃げられる事なく確りと討った事を喜んでた三郎五郎信広がドン引きしながら。
「おま、ちょ、な、な、なに考えてんだ?」
って言ったからね。周りの家臣団も妬むとか言うレベル超えて「勝三殿が困っていますぞ……」とか「か、勝左衛門殿が気絶した!!?」とか「え、ええー、え?」とかって感じで思いっきり混乱してた。
なんとか正気を取り戻した勝三も。
「えと、筆舌にし難いぐらいに栄誉過ぎる御言葉ですが、そのー、えと岩室様や五郎左衛門様達を差し置いて、それは、ちょっと……気まずいす、はい」
うん。弓構えてた岩室長門守重休と小姓として控えてた丹羽五郎左衛門長秀が巻き込むんじゃねぇッ!!!?ってビックリした顔してた。
信長はそんな家臣達の反応にブッスーと膨れたが分かってはいたのだろう。膨れっ面のまま——イケメンってどんな顔しても様になるよねコノヤロー。悔しそうに。
「やっぱダメかクッッッソォ……」
ってスゲェ残念そうに言った。けど信長は決戦でもするのかってくらいに真面目な顔で。
「しかし勝三の嫁取りは俺が取り持つ。褒美だからな、期待しろよ?」
って言われた。
「そうだな。うーん、三の姉上の娘でも養女に貰うか……いや梅厳叔父上の娘も居たな」
どう考えても一門から、いや連枝衆から養女探す気じゃんコレ。どの道恐れ多いってこんなん。
そんな白目なってしゃーない事があった訳だ。そりゃ仕事して無い時、いや下手するとしてる時だってボケーなるもんこんなん。
そんなんで家中纏める序でにチョット体休めてこいって言われたら。
そらぁ......ねぇ?
「父上」
「なんだ?」
「父上は何度、名が変わりましたか?」
息子の現実逃避気味の問いに勝介は指折りながら。
「あー、内藤勝千代丸、内藤勝介忠吉、内藤勝介秀忠、内藤勝左衛門秀忠、織田勝左衛門秀忠、織田備後介秀忠、六回か」
「混乱しそうです」
「うむ、自分の名だがよく出たものだ」
ボーっと、いや。ヌボーっと間を置き。
「御方様、無事出産なされると良いが」
「あのお腹の膨らみならば逞しい子が生まれそうです」
「うむ、そうだな勝三。楽しみな事よ」
「……大丈夫なのは分かってますが破裂したりしませんよね?」
「大丈夫だ。お前を身ごもった時の竹の方が凄かった。……あ、気にしてたから内緒だぞ」
「はい」
また気を抜いて白湯を一口。いや目の焦点ドコ向いてんのこの人達。
鐘が鳴る。勝三は響く鐘音の中で目をカッ開いて飛び上がり。
「父上、また美濃でしょう。行って参ります!!」
「またか。気を付けろ。だが殿の顔を潰さぬ様に励め」
「はは!!陣触れだぁ馬引けェッ!!」
で。
「待てッラァアアアアアアアアア!!」
「勝三に続けー!」
「与三、熟れてるなぁー」
勝三が騎馬を率いて斎藤軍を追い回していた。内藤家以下二十騎数騎の群と五十程の徒士の先頭にて金砕棒を振り回しながらだ。
続く与三が勝三のフォロー、二郎が研修である。
勝三?休めって言われてんのに出陣してんだから何となく察してあげてほしい。もうね、何だかんだ脳筋だから体動かしときゃ割と悩みも飛ぶのよ。たぶん。
「お、鬼ダァ本物の鬼ダァァア!!?」
「逃げろ、ちょ退けッ頼むからッ!!」
「兵庫頭様ぁぁぁあああああああ!!」
「無理無理無理、本物だってアレ!!」
「あ〜正直、畑耕してればよかった......」
舅斎藤道三の死を伝えられた因縁の地で信長は小競り合いを繰り返していた。道三が死んで以来引っ切り無しだが稲生の戦いの後の頻度は異常だ。月に一度でも多いと言うのに三月の間でもう大小含めて八回目の出兵で有る。
その内の特筆すべき大規模な物に関しては長井甲斐守衛安や日比野下野守清実が出兵する規模のものだった。足立六兵衛などと言う剛力の侍大将に信長の兵が殴り殺され首を捥ぎ取られた程の戦であったが何故か斎藤側は即座に引く。
余りに妙である。
あと妙と言えば三郎五郎信広だ。角田新五の首を携え土田御前と信長が頭を下げて一応は決着を付けた。その時は阿修羅の様な顔で合意し、後の小競り合いの時は後詰を拒否していたが、最近は必ず出張ってくるのだ。
もう端的に言おう。ぜってぇ何かあんじゃん。もっと言えば誰がどう見ても示し合わせてじゃんコレ。
「やはり引いたか」
信長は直ぐに撤退した斎藤勢を見て確信を得ると共に溜息交じりにボヤいた。異母兄三郎五郎信広の気持ちは推し量れるモノでは無い。何せ同母たる自分とて心内では武蔵守を許せていないのだから。
そう。己とて異母兄信広と同じ立場ならで有れば謀叛の一つや二つ行うのも無理はないと思う。
「五郎左、勝三を呼び戻してくれ。此方も引こう」
「は。勝三殿に休む様に一言申しておきますか?」
「もう、良いんじゃないか?きっと」
「あー......ですね。行ってまいります」
「ああ」
で案の定、清洲に帰ればである。
「申し付けられた通り御入城を態と遅らせましたところ、慌てて城へ帰られましたので殿の予想通り御謀反の意思ありと見て間違い無いかと」
荒子との縁で稲生原での戦い以来肩身が狭かそうだった佐脇藤左衛門、前田又左衛門利家、佐脇藤八郎良之の三名に報告を受けた。含む事は無いと伝え知らしめる為に城代を任せていた事を察してる佐脇の二人が言い、感の鋭い前田又左衛門が確信を持って言うのならまず間違いない事だ。
信長は吐息一つ。
「岩室長門守、丹羽五郎左衛門、内藤勝三」
三人が揃って「は」と応答。
「異母兄上の所に詰問に行って来い。また万一戦になればお前達は備を率いろ。これは異母兄殿なりの警告と残党の炙り出しだろう。無論、当て付けも大いにあるだろうがな」
また揃って「はは!」と答えて三人が詰問に向かえば栗山の城門を閉じて三郎五郎が曰く、勘十郎の処罰に納得がいかないという予想通りの返答が帰ってきた。まぁ想定通りである。
仕方なく二、三度の睨み合いという一人の死人もない様な小競り合いを経て、翌年の弘治三年の正月には言い方は悪くなるが怒りが時間と共に薄れたと言う理由で三郎五郎信広側から降伏を打診。
栗山城の広間で三人は信広と対面する。ものっそい座りが悪そうな城主織田三郎五郎信広に岩室長門守重休が。
「殿は今回の件、不問に処す所存です。体面の為に姫様方を二、三年の間質とし城も移って頂きますが、殿はその後熱り冷めてからはまた何処ぞの城をお任せしたいとも」
「うむ、感謝する。数日中に娘達をつれて詫びに行く」
三郎五郎信広は、また座りが悪そうに。
「いかんな。この齢で感情と勢いに任せて動いてしまうとは」
自嘲的な笑みで。
「お前達の方が余程大人だ」
そう言った。岩室長門守重休は思った以上に不満があった様だと思いながらも、その感情を隠して嫌味にならない程度に笑い頷く。
「私も此の両名には驚かされてばかりです。両名共に文武に器用ですが五郎左衛門は須らく手際良く、勝三は武において家中で類を見ませんから」
「確かにな。信長が妹を嫁がせるなんて無茶を言うのも頷けー、あ」
三郎五郎信広は二人を見ながらハッとして、昔の名作アニメーション映画のシャム猫みたいに笑った。もう完全に察した丹羽五郎左衛門長秀と内藤勝三長忠は凄い汗を掻く。
「長門守、信長に感謝の意を伝えるついでに一つ名案を思いついた」
信広すっごい面白いサプライズ思い付いたって顔してるけど何故この話の流れで分かんねーと思うのだろうか。因みに織田三郎五郎信広の娘の一人が丹羽五郎左衛門長秀をメチャクチャ気に入ったと追記しておく。




