各個撃破の決着
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「次は林だ!!!!!」
轟々と轟く怒号じみた豪咆を上げた信長に皆が応と答えて立ち上がる。だが織田勝左衛門が片膝突いて崩れ落ちた。
「勝介ッ!!」
「父上ッ!!」
信長と勝三が慌てて近寄り支えるが雨の中での激戦は体力的に低下した織田勝左衛門には無茶だったのだろう。息は荒く身は震え、その様は明言はしないが今まで見たことがない程だ。
しかし織田勝左衛門は勝三の肩を借り立ち上がる。
「不甲斐なし……。申し訳御座いません殿、急ぎ砦に向かわねばならんと言うのに。勝三も俺の事は気にするな、すまんが俺の代わりに職分を果たしてくれ」
そう言って太刀を杖に馬の元へ、そして跨る織田勝左衛門。尚、戦おうというその姿に意を汲んだ信長は振り返り丁度視界に入った十代の小者に。
「その方、口中杉若だったな!!」
「は、はは!!」
「お前は命に代えても勝介を守れ!!」
「う、承りました!!」
小者が声を上げれば弱まる雨の下、信長は立ち上がる。
「騎馬隊を先行させ敵に奇襲を掛けるぞ!!勝三、騎馬隊を率いて俺に続け!!」
「ははッ!!」
「織田造酒丞、森三左衛門は残りの徒士を率いて続け!!」
「はっ!」
「お任せを」
名塚砦を攻撃している林軍の側背面を攻撃する為に大きく南下して西に向かう。その名塚砦を任された佐久間大学允重盛は少数の兵を砦に残して出陣し二百五十の兵で林軍を牽制していた。
敢えて砦から出る事で、信長の方に林軍が雪崩れ込む事を防いでいるのだ。
しかし。
「半平め、無茶をしやがって!!」
佐久間大学允重盛は敵将橋本十蔵の首の髷を掴みんだまま吐き捨てる。先手衆の黒田半平が林美作守通具と切り結んでいた。先程の柴田軍程では無いが極端な状況だ。
数の利を生かした林美作守通具が先陣切って自身の馬廻を率い側面に周ったのを黒田半平が辛うじて防いでいるのだ。
佐久間大学允重盛は戦場を見渡し敵兵に目を向けもせず一太刀で首を切り落としまた敵大将を視線に。
「 美作守殿の気迫は尋常では無いぞ」
世継ぎを失った林美作守通具の怒りを知る佐久間大学允重盛である。敵大将を討って状況を打開しようという黒田半平の考えは分かるが、今の最良の選択は信長本隊が帰ってくるまで耐える事だった。
何より今の林美作守通具を討つのは黒田半平には不可能だ。林美作守通具の形相を見れば考えるまでも無い。
その想定通り遂には黒田半平の腕が斬り飛ばされる。
「まずい、半平ッ!!!」
佐久間大学允重盛が思わず叫ぶ。
合わせるように敵の背中に騎馬隊が現れ突っ込んで来た。先頭はどう見ても信長本人。
「なっ!?」
佐久間大学允重盛はもう猛将柴田を下したのかと驚愕に目を見開き、そして猛々しい笑みを浮かべ敵を屠って前に出た。
先頭の騎馬武者、信長が林美作守通具の首を目掛けて太刀を振り上げる。雨でぬかるんだ大地が馬の蹄の音を消していたが流石に気付き振り返る林美作守通具。
「信長ァァァァアアアアアアア!!」
勢いのまま己以上の怒りと悲しみの激情乗せた絶叫を叩き切った。騎馬に任せて足を止めた信長、即応して勝三が指揮を代行し林軍を攻撃する号令を。
「皆、殿が林を討ったぞ!!!声を張れ!!!」
敵にさえ聞こえるように大声で。
「林を討ったぞ!!林美作殿は死んだァッ!!!」
ギョッと振り返る敵兵達。大将旗がない事に気付いた兵が逃げ出し、釣られるように戦線は崩壊。
「追えッ、追えーーーー!!!!!」
散々に敵を追い潰した信長軍は清洲城に帰還、翌日に一波乱あった首実験を済ませ戦の準備を始めた。
その間にも守山城の織田孫十郎信次が信長の元へ出仕し、稲生原の結果を知った日和見者達が信長の元へ戻り戦力は一転。
更に弟弾正忠達成の指揮下の城までも、織田孫十郎信次の仲介によって末森城と林佐渡守秀貞の那古野城に与力達の城の内の数城のみとなった。
主力壊滅の憂き目にあった林佐渡守秀貞は那古野城に籠城し勝家はともかくも直下部隊にも損害が出た織田弾正忠達成は末森に籠城。即ち反信長派は数に劣り連携も出来なくなったのだ。
稲生原での戦いから五日後には花屋夫人の父にして信長の祖父土田下総守政久が信長に面会を願い出た。
信長は内藤親子を控えさせ対面する。
「どうした爺様。大原の遺族が何か願ったか?」
信長が固辞された褒美の代わりに何か欲しい物があるのかと問えば言い難そうに。
「あぁ、うむ。違う三郎、娘が会いたいと願っている」
部屋の温度が体感30度は下がった。
信長は祖父が悪い訳では無いと自分に言い聞かせて怒鳴らぬように努めた結果。
「ほぉ……」
寧ろスンゴイ怖い感じになった。
「爺様、今回の戦で大原を出してくれた事は感謝しています。ですが俺の中で母上に対する認識は最悪に近いのですよ」
「まぁ勘十郎贔屓だったからな。そうなっても仕方ないが詫を伝えたいそうだ。せめて使者だけでも出してくれんか?」
信長の据わった目にそれも仕方ないと思いながらも状況を鑑みて腹に力を込め。
「難しいのは分かるが弾正忠の当主として考えてみろ。これ以上、内輪で争う余裕が有るか?」
信長が小刻みに震えた。聡い信長で有るからこそ祖父の言葉が一つも否定が出来ない状況で完全に正しい事は分かる。
「信広殿の事は聞いている。儂も共に詫びに行く所存だ」
その後、清洲城拡張を赤川三郎右衛門景弘と丹羽五郎左衛門長秀に託し、村井吉兵衛貞勝と島田所之助秀満が末森に使者として赴き交渉。
土田御前が詫び状を出す事、織田勘十郎と林、柴田、津々木は謹慎し清洲に謝罪へ赴く事、織田弾正忠達成は織田武蔵守信成と名を改め半年以内に妻子を人質として預ける事。
凡そ此の様な内容だった。土田御前に伴われ三人が清洲に登城する。
上座にキッチンペーパーのロール、超有名忍者漫画だったら大分ヤベー禁術が書いてるだろうデカイ巻物に肘を置いて座す信長。左右に家臣団が揃いぶみの状況で土田御前と織田武蔵守信成、墨衣を纏った柴田権六勝家と津々木蔵人が座す。
「伏して謝意を示すと共に敗将たる我等を御助命して頂ける事、深く御礼申し上げます」
織田武蔵守信成の言葉に合わせて三人が首を垂れる。こう言った一動作にも心情というのはよく現れるもので、武蔵守信成と津々木蔵人は軽く首を垂れる程度であり、あくまでパフォーマンスとして割り切った様に感じられた。
墨衣を纏った勝家が深々と頭を垂れて深謝しているから尚の事だ。三郎五郎信広などは武蔵守信成に対する明確な殺意を隠そうともしない。信長に至っては人を見る目とは言い難い視線で弟と津々木蔵人を見ている。
肘に置きがわりにしていた巻物をドンと前に置いて足で蹴り広げた。楷書で懇々と書かれた謝罪と助命と決意が記された代物だ。
「母上がこうも長ったらしい直筆の謝罪文を寄越したから見逃しはするが、な。武蔵守——」
そう、ゾッとする様な目で。
「次は殺す」
武蔵守信成の顔に嫌な汗が伝った。信長は怒りもあったが諭し謀叛を防ぐ為にこそ明確な忿怒を発して脅したのである。
二人の母である花屋夫人は信長が許す意思がある事を察しホッとして頭を下げ。
「三郎、譲許してくれた事。偏に感謝します」
そう言った。
信長は一度頷く。
「勘十郎、喜蔵を殺した角田を討たなかった事を忘れるな」
だが此の時、武蔵守信成は信長の顔と異母兄三郎五郎信広の形相に、自分が認めた暗殺という策の結果を理解した。
バレれば殺される。
「兄上には二度と逆らいません」
武蔵守信成はそう言って深く深く首を垂れると家臣達と共に末森城に帰るべく立ち上がった。振り返ったその表情は切迫と言って然るべき物だったと言える物。
気持ち足早に清洲城を進む。
そこにズンと影。武蔵守信成はゾっと身を竦める。厳密にいうと脱糞しそうになった。
「おお、これは勝三殿」
「柴田様、一瞥以来です。皆様をお見送りするよう申しつけられました」
武蔵守信成は目を泳がせながら。
「それは、か、忝い」
「体調が優れませんか?」
「い、いや」
武蔵守信成をビビり散らかせた勝三は記憶を信用して予防線を張りに来ていた。
武蔵守信成の家臣達と仲良くすれば謀反を抑える事が出来るだろうという思いでだ。この後、もう一度謀反を謀り柴田権六勝家にバラされて討ち取られる。
出来ればそんな事をするより今川家や斎藤家を相手にすべきだ。
それに勝三個人としても柴田勝家は純粋に将軍として高名で実際に名に違わぬ能力がある尊敬できる相手。後々の重臣になるだろうし織田家のことを考えれば仲良くしておこうと考えたのである。
正に一石二鳥だと勝三は二人に向かって。
「武蔵守様の軍中において柴田様は稀に見る猛者、そんな柴田様と肩を並べる津々木殿もまた猛者なのでしょう?」
ニッコリと笑って。
「一度きりですが梅岩様に槍術のコツを伺った事がございます。柴田様も津々木殿も機会があれば是非とも戦の何たるかを御教授頂きたい」
「なんと恐れ多い。梅岩様程とはいきませぬが此の権六で良ければ是非。なぁ蔵人?」
武蔵守信成と同じ理由でビクつく蔵人に気付かずニッコニコの勝家が言えばコックコク頷く蔵人。蔵人には勝三の笑顔は「お前が梅岩様を殺そうとしたのは知ってんだぞ」と嘲笑っているように見えた。
「武蔵守様、これからは今川、斎藤の両家が敵です。織田家全体での結束が肝要でしょう。皆々様を含め馬を並べられる事、楽しみにしています」
……勝三に悪気は無いんだけど照れる勝家、怯える信勝、絶望する蔵人って凄い光景。
翌日、白装束で林佐渡守秀貞が娘婿の林新次郎通政と共に登城すれば内藤親子だけを控えさた信長が対面に応じる。林佐渡守秀貞は文言を発するでも無く先ず深く伏して見せ。
「佐渡守秀貞、参上仕りました」
「面を上げろ」
信長の言葉に少しだけ頭を上げ。
「御詫び申し上げます殿。加えて諸々が済みますれば責を取り腹を切りたく。長左衛門、喜平太は頭を丸めますれば烏滸がましくも故郷の事は新次郎にお任せ頂ければ殿の力となるかと存じます」
林新次郎通政は驚き舅を見る。しかし秀貞は唯々頭を下げて微動だにしない。
「成る程、それは良いな。新次郎ならば俺も信用できる」
「し、しかし」
「沖村はお前が治めろ。いいな?」
「は、はは」
有無を言わせず頷かせた信長は大長息。
「感謝致します」
信長は扇を鳴らし広げて。
「佐渡守、新次郎を始め様々な者から話を聞いた。那古野を任せに行った時の様子がおかしいとは思ってはいたが命を救われた様だな。それで相子としよう、意図せずとは言え先に踏みにじったのは俺だ」
「しかし私は裏切り者です」
断固として林佐渡守秀貞は言う。
「俺は勘十郎を許したぞ佐渡守」
頭を上げない佐渡守に信長は林美作守通具の死顔を思い起こしながら。
「なら、こう言うべきか。あの世で親父殿に叱られないよう吏僚として働いた方がいいんじゃないか?」
林佐渡守秀貞は思わず頭を上げて信長の顔を見て大きく息を。全てを理解して、その上で全てを飲み込む。そんな亡き友に似た貌に。
「如何だ佐渡守、俺はまだ弾正忠家を潰す男か?」
「......いえ、此の林新五郎秀貞。絶対の忠誠を」
これにて弾正忠家の分裂は一先ず終了した。それでも尚、信長の状況は芳しい物とは言い難い。




