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信長と主人公

 那古野に帰った勝介は同僚の林秀貞と平手政秀の邸宅を抜けて城に入る。門番を労い馬丁に愛馬を預け合間合間に会った下人達に労われながら金倉に預かった金を放り込んで居館すぐ隣に充てがわれた己の小さな屋敷へ向かう。


 これは同じ大人衆でも立場が違う故だ。林秀貞や平手政秀は国人や豪族は土地や城の管理の必要があるが個人的な収入があり自費で建てた大きな侍屋敷がある。勝介や今は亡き青山与右衛門信昌は旗本であり織田弾正忠家から直接的に衣食住を与えられ仕えているのだ。


「今帰ったぞ!」


 そう声を張り玄関に入れば妻の竹が迎えてくれた。織田弾正家家老寺沢又八の娘だ。穏やかな美人で有るが大女などと言われる身の丈で、色んな意味で勝介とお似合いの女性だ。


「お帰りなさいな勝介様」


「ああ、うむ。ところで裏庭で倒れた鬼夜叉丸の様子はどうだ?」


 勝介が思わず聞けば竹はホッとした様に笑顔で頷いて。


「ええ、もうすっかり。それと若様方が小姓の方々を連れて御見舞いに来てくださっていますよ」


「おお若様が。またもいらっしゃって下さったか」


「鬼夜叉丸のいる居間にいらっしゃいますよ」


「御礼を申し上げねばな」


 勝介は子と主の元へ向かって居間の前の廊下まで進めば声が聞こえる。その声が漏れる部屋の中には十数人の人間に囲まれた青年と少年がいた。


 二人の内、青年は此の時代では元服を済ませており成人だ。後の世で第六天魔王と呼ばれる織田三郎信長、齢十七(16)歳で五尺三寸(約159㌢)の身の丈を持ち母似の優しげで父似の鋭い瞳を持つ、顔は全体的に父似で鼻筋の通った穏やかながら凛々しい顔で、背の高さも父に良く似ているが纏う筋肉の割に細く見える四肢の長い身体つきは母方の血だろう。茶筅髷に袖脱ぎ湯帷子、父信秀の鞘飾りに使った毛皮を譲り受け作った虎柄と豹柄の半袴を履いて、腰に巻いた紐ひ瓢箪と火打ち石を入れた袋を下げた派手な猟師の様だ。


 少年の方は非常に大柄であり、其れこそ元服を済ませていそうな程だが未だ幼名しか持たない。


 勝介の三人目の息子である鬼夜叉丸、齢十一(10)にして身の丈五尺五寸(約165㌢)余りの体躯を持つ子であり、顔を見れば将来は器量好しになるであろう事は疑いない。


 今は紺の小袖に身を包み畳の上に褥を敷いて主人信秀が譲ってくれた綿入りの夜着を身の上に掛けていた。


「鬼夜叉、本当に大事ないのか?」


「はい、頗る快調です。御心配をおかけしました三郎様、皆様」


 信長に問われ頷く鬼夜叉丸に周りを囲む青年の一人が言った。


「余り心配をかけんなよ。三郎様もそうだが俺や皆んなだって驚いたんだぞ?」


「申し訳ありません勝三郎(池田恒興)様」


 鬼夜叉丸が照れ臭そうに頭を下げれば障子が開く。ズゥウン……と進撃してきそうな巨人感を晒しながら隻眼の傷顔が障子の合間から。


「若様、息子への見舞い忝う御座います。皆もすまんな」


「良い良い、俺にとって鬼夜叉は弟の様な者だ」


 信長は父親によく似た雰囲気と笑顔で勝介に答えれば、信長に同意する様に勝三郎を始め万千代(丹羽長秀)内蔵助(佐々成政)(菅谷九右衞門長頼)達も頷く。


 勝介は鬼夜叉丸を挟んで信長と反対側に座り。


「若様、殿からの言伝を伺って参りました。それと後で吏僚の者と共に御伝えしたき儀が御座います」


「ん、分かった。そう言えば、そろそろ仕事に戻らなきゃな。今から聞こう」


 信長は慌てた様に立ち上がり。


「鬼夜叉、大事をとって今日は確り休めよ」


「はい三郎様」


 勝介が鬼夜叉丸を撫でてから。


「では、島田殿と村井殿を呼んで参ります」


 外に控えていた小姓の岩室長門守が鬼夜叉丸に軽く手を振る。勝介と信長が歩いて行った。


「さて」


 父と信長達が去るのを見送ると万千代(丹羽長秀)が口を開く。齢十六(15)にして落ち着いた秀才と言った風体で折り目正しく垂れ目とタレ眉の優しそうな顔である。


「丁度いい故、皆に伝えておきたい事がある。


 津島より弾薬が届いたらしい。曰く齢十五以上の者は。伊賀守(橋本一巴)様が信長様と共に私達にも砲術を享受してくれるそうだ。それ以外の者は様子を見て身体が出来ておれば、と伝えられた」


 十五歳に達した者一同が「おお!」と喜色を浮かべ、そこまでの歳では無い者達が鬼夜叉丸を羨ましげに見る。


「いや(菅谷九右衞門長頼)与三(青山吉次)。俺も駄目だってたぶん」


 鬼夜叉丸が困った様に言うと二人の年相応の童が不貞腐れながら。


「だって鬼夜叉大きいじゃん」


「そうだ。狡いぞ」


「いやズルくはなく無い?」


 一人は長、鬼夜叉丸と同年で織田造酒丞信房という一備を率いる猛将の子だ。もう一人のちっこいのは勝介の同僚だった青山与三右衛門信昌の子だった。


「まぁ鉄砲は衝撃が凄いからな」


「俺くらいにはタッパと膂力が無いと無理だろ」


 勝三郎(池田恒興)が慰め内蔵助(佐々成政)が笑った。苦笑いを浮かべていた万千代が立ち上がる。


「さて、では私も御暇しよう」


「お、じゃぁ俺らも帰るか。長居しすぎちゃ鬼夜叉も休めんだろ」


 皆が声をかけてからゾロゾロと帰って行き母の竹が見送りに出た。鬼夜叉丸は一人暇であり天井を眺めながら考える。


 自身の前世の記憶。これを使ってどうにか信長と内藤家の破滅を何が何でも回避したい、と。現代的に言えば信長は生まれた頃から構ってくれた優しい兄ちゃんだし、勝介とか普通に良い父ちゃんであれば彼等の死の可能性を見逃せよう筈が無い。


 決心とかそう言う以前の問題だ。織田家を強く大きくし、内藤家も合わせて大きくする。それに使えそうな記憶もあるのだから。


『どうしよう。まず石鹸で、それから酒とか作った方が良いのかな。たしか滓下げとか言う濾す工程の後に灰を入れるんだったけど。


 前に津島や熱田の祭りで灰持酒(あくもちざけ)だとか南都諸白(なんともろはく)とか言う透き通った酒を飲んだって父上が言ってたのは清酒とは何が違うんだ?』鬼夜叉丸は小姓の加藤与三郎伝いに熱田の宮司様に聞いた方が早いだろうと別の事を考える。


『それより重要なのは塩硝、硝石だ。造り方は五箇山で聞いた。コッチは大丈夫なはず。


 囲炉裏の周りに2、3メートルくらいの穴を掘って稗、蕎麦、烟草の殻の鋤き込みをして底に。で乾燥した土と蚕の糞を入れて乾かした麻畑の土に朔、蓬、麻を入れるのを繰り返すだったなウン。乾燥させた空気が良いんだっけ……?』


 鬼夜叉は一旦思考を途切れさせモニュっと顔を顰め。


「後で色々メモっとこう。耐火煉瓦とかもう忘れそうだ……。高炉はラッキョみたいな型の穴を作って煙突を高くすれば良かった筈、どうしようか最悪中国には高炉が既に有ったはずだけど」


 高炉に関してはともかく五箇山の硝石培養は蚕の糞が必要、即ち絹と言う代物の副産物な訳でそれも十分に収入源になるだろうと思えた。


 ただ尾張(愛知県西)って硝石培養してた加賀(石川県南)飛弾(岐阜県北)より南にある事を忘れている。気象的にどうなのだろうかと不安になるとはこの時の鬼夜叉丸は知らない。


「硝石と銑鉄が出来ればあとは大砲、まぁ青銅製のヤツで良いとは思うけども」


 銑鉄を作るのに必要な骸炭コークスは空気を遮断して石炭を蒸し焼きにするらしい。たぶん炭焼き窯で何とかなる。


 それに作り方もそうだが反射炉を作るのに必要な蝋石は日本でも取れたはずであり確か広島の庄原と岡山の備前とか言う所で取れた。耐火煉瓦の材料も佐賀県杵島郡と藤津郡の土で作れる筈だ。


 ともかく、これらが上手く行けば鉄製大砲を作れる筈だった。


 ただそこまで行くともう九州行っちゃってるから西日本制覇してるけど。


「木綿は土地がなきゃ無理だ。出来そうなのは灰と油で出来る石鹸くらいかな?ああ、土地を得たら椎茸か先ず炭だな。クヌギの木があれば良いけど……炭焼き窯で骸炭を作れるかどうか試さなきゃ」


 鬼夜叉丸は全てが出来るとは思っていない。だがこの未来の知識を使えば信長の死も家族の未来も切り開けると展望をあれこれと考えている内、気が付けば眠りについていた。


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