三管領筆頭
ブクマ・ポイント有難う御座います。
暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
村木砦の戦いの後、内密にせよ大っぴらにせよ織田家と繋がりを持とうとする者が後を絶たなくなった。水野家などは全掛けだと言わんばかりに弟金吾忠分を人質兼家臣として信長の元へと即座に送りつけ、岩崎丹羽氏も態度を軟化させて再度服属を願った程である。
そりゃ唯でさえ周囲を外敵に囲まれ内も弟の確執と内憂外患極まった状態で今川に攻められて尚も立ち向かい、自身の居城を婚姻関係にあるにせよ他勢力に任せてまで国人衆を救うなどと言う、其れだけで十二分過ぎる程に頼り甲斐があると言うのに見事に砦を落とせば然もありなん。
こうなれば事、戦の強さに関して信長の能力を疑う者など一人として居ないのは勿論だし危機的状況で即応出来るという強みは魅力的な話である。
副産物として勝三の事が広がったのは言うまでもないだろうか。尾張の知多半島北部から愛知郡南東、そして三河碧海郡一帯で大きな話題となった。
齢十五の巨大な若武者が金砕棒を担いで堀を登り単身、五十近い首を討ち取ったと言う話である。
冷静に考えると頭トチ狂った様な内容だが割とガチだから笑えない。キルレ50対0は片足ヘイへ。
国人衆という立場で五十人も兵を討たれるとか下手すっと壊滅ってレベルだ。畏怖と畏敬を込め織田の大鬼と誰が言ったかそんな呼ばれ方をしているらしい。
その大鬼勝三は狂った様に鍛錬に励んでいた。遂に金砕棒を両手に二つ握り機械的に永遠と、しかも何もかもを振り払い薙ぎ払う様に振る。
「御飯出来たよ勝三」
そんな勝三の手を止めたのはお腹の大きくなった毛利蘭だった。お腹の子は村木砦の傷が元で亡くなった喜三郎の子である。
彼女達は毛利家当主が居なくなった為、内藤家が母の実家寺沢家と共に毛利家と岩越家の者達を纏めて引き取ったのだ。勝介と竹に与三の三人で過ごしていた住居から移った大きめな屋敷には数多くの人が住んでいる。
祖父寺沢又八道盛、彼の孫で乳飲み子を卒業したばかりの寺沢八助。
岩越家の三人の母たる鯨に岩越二郎高綱、岩越梅千代。
そして毛利蘭と毛利菊に毛利藤丸。
合わせて十三人だ。
「鯨さんと八助はどう?」
「八助は大丈夫そうだけど……」
蘭は憂いを帯びた顔で首を横に振りながら言う。従兄弟叔父の妻鯨は夫と長男の岩越喜三郎高元が村木で亡くなった事に気落ちして体調を崩していた。
勝三は憂鬱そうに吐息を漏らした。従兄弟叔父達とは信長程に毎日顔を合わせていたわけでは無い。それでも祝い事があれば必ず顔を合わせていたし、最近は織田家の侍大将の役として顔を合わせる機会が多かった。
勝三は村木砦が激戦だった事は覚えていたが、時も立場も足らず何か出来たかと言われれば否であり、されども何か出来なかったのかという呵責が勝三をより強力な鍛錬に傾注させる。
飯を食べる為に金砕棒を置き、もう一度吐息を漏らした。
時を同じくして同じような吐息を漏らした者がいる。
「舅殿は隠居、佐渡守が出仕を拒否して何日だったか」
それは信長であった。今川の砦を破り上総介を名乗って対今川という意思統一を果たしたものの、舅斎藤山城守利政が隠居した上に村木砦以来家老である林秀貞が出仕しなくなったのだ。
村井貞勝が仕事を代行し隠居していた寺沢又八道盛を加えてなんとか回しているが、筆頭家老との不仲は早急に解消しなければならない事である。
だからこそ唯一残った大人衆勝介と相談していた。勝介は出された白湯も飲まずに深く考え込んでから。
「こうなっては佐渡守殿との関係修復は勿論ですが佐久間殿と話してみるのは如何でしょうか。それに私も大役をこなすには身体が動きませぬ。相談役程度なら多少は役立てましょうが大人衆の代わりを見繕うべきかと」
「そうか、そうだな。勝介には随分と無理をさせた。代わりに誰か家老の職分を代行出来るものは居ないか?」
「では一先ず造酒丞殿、長門守、若いですが五郎左衛門に任せてみては?」
「うむ。そうしよう。だがもう一人、若いが勝三を入れよう」
「なんと……」
「村木砦の戦の後、寺沢老達の一族を預かっているのだろう。皆、大柄で唯でさえ食うだろうから与三と二郎は勿論、他の者も小姓として少しだが色を付けて知行を与えるとしようか」
「それは過分な褒美に御座います」
「いや、足らんな勝介。父上が造酒丞の親父殿に名乗らせた様に織田姓でも名乗ってみるか?」
勝介はギョッとしてブンブン首を振る。
「あ、余りに恐れ多い事です。殿」
恐縮する勝介に信長は寂しそうに笑って首を振り。
「いや、勝介には元服前からずっと助けられてきたんだ」
信長は手を叩き。
「なら、そうだな。せめて仮名書出を貰ってくれ。昔、爺に聞いたのだが戦働を辞退するなら左衛門でも、そう勝左衛門でも名乗るか?」
「それならば有り難く」
恐縮して言う勝介に信長は何処かホッとした様に。
「よし、勝介。今まで大人衆の大役御苦労、勝左衛門秀忠と名乗れ」
「はは、有難き幸せ」
「お前達は何時もそうだが、これくらいの褒美は贈らせてくれ。それにいよいよ勘十郎が弾正忠を名乗った。清洲大和守家を通じて武衛様から偏諱を受けた事も合わせれば看過出来ない。村木で名を挙げた事に対抗して急いたのだろうがな」
信長は大きく一息。
「東西が敵となった今、俺たちは家中の結束を強めねばならん」
「仰る通りに御座います。言い難い事ですが御兄弟との戦も近いやも知れませんな」
「うむ。まぁその時はお前達に大いに頼らせて貰うとしようか」
「それ程の信用、皆に代わって御礼申し上げます。私も戦は出来ずとも備の復旧は万事、此の勝す......勝左衛門にお任せ下さい」
信長は二、三頷き。
「そうだ勝介、気が滅入ってはいけないからな。久々に津島にでも行かないか?」
「おお、懐かしい。長門守に護衛の任を任せて以来ですから五か、いや六年ぶりですかな」
「そんなに経つか、懐かしいものだな。尻の青い童の頃は良かった。妻達の土産で悩む事も無い」
「ハッハッハ殿も大きくなられた。塙殿の御息女への土産ですな」
「うむ。子を孕むと色々と変わると聞いてはいたが驚いた。小食であったが食うわ食うわ。確りと精の付くものでも買ってやろうと思う」
「それが宜しいかと」
「よし、皆を誘うか」
「はは!」
信長一行が津島に向かって藪と田園に挟まれた道を進んでいると、農民や商人が気付いて大人は礼を子供は手を振る。
いかんせん派手好きな格好の者が多いのに加えて信長も含めて長身の者が多く特に前田又左衛門利家、内藤勝介秀忠、内藤勝三長忠などが居れば目立つのも当たり前だ。
ニコニコと信長が手を振り返していれば、勝介と勝三が唐突に足を早めて進み信長を庇う様に前に出た。
「その方、那古野殿の所にいた丹羽平蔵か」
勝介が言えば那古野と言えば清洲大和守の家臣、皆が刀をいつでも抜けるように手を添えた。ビクッと震えた平蔵と呼ばれた男は自身の懐に突っ込んでいた手を引っこ抜き首を振って。
「いやいやいや勝介様、御歴々。あっし、今日は使いとして参ったんで」
そう言って懐から出した書状を差し出す小男。胡乱げに勝介が受け取れば平蔵は。
「清洲の篠田弥次右衛門と那古屋弥五郎両名は上総介様に転仕したく思いまして一先ずこれを」
勝介が覗けば直ぐ様に信長へ。一瞥して信長は即座に。
「成る程、な。御三方には能く能く伝えておいてくれ平蔵とやら。それと始めての御産が心配になった。一旦帰るとする」
「へえ、あっしも失礼します」
平蔵は信長達が離れるのを三度確認してから。
「いやはや噂以上にでかい。大鬼ってのは本当に十五かね。主人と与五郎坊ちゃんに良い土産話ができたや」
そう呟く。
その後、信長は側女塙直子の出産を始め様々な事を理由に那古野城に引き篭もる。その間は信長自身は戦力の低下を理由に小競り合いにも出ず、清洲大和守家が気を抜いた半月後に出陣して清洲の町を焼き払ったのだった。
天文二十三年七月十二日。守護の住う清洲城は物々しい雰囲気に包まれていた。屋敷は赤々と燃え続けており広間には甲冑を纏った者達が並んでいる。
「貴様、漏らしたな」
般若の如き形相で坂井大膳が広間に引きずり出された男に問う。後ろ手に縛られて尚もヘラヘラと笑う尾張守護斯波治部大輔義統こと武衛が肩を竦めた。
「あららぁ、バレちゃった?」
無言で睨み続ける坂井大膳を見上げ。
「ンフフ。ま、こうなったら私は死ぬしかないが、そうなれば君は逆賊さ。傀儡なんて担いで踊らせておけばいいものを暗殺をバラされた程度で手を下すとは思い切ったもんだ」
「ふん、事此処に至ったのは其のうつけの戦に才覚を認めた故だ。だが和議を乞うにも平手が死んで話せる者も無い」
「成る程、後の無い切羽詰まった状況で一縷の望みをかけた策を潰してやった訳か。フッフフフフ大健闘だな、我ながら」
「其の通りだ武衛、見直したわ。だが故にこそ貴様が踊りうつけが大義を転がす面倒を被るくらいなら、蟷螂の斧となろうとも儂が直々に大義をくれてやろうと思ったのよ」
「ほうほう渾身の覚悟ってところかな?又守護代の、いや田舎侍の気概とでも言ったところか。まぁ確かに方々へ討伐令でも出そうと思っていたが、いっそ清々しくて素晴らしい。そういうのは大好物だよフフフ」
「……やはり貴様は気に食わん文人気取りだったな」
「んん。そうか、なら君は守護には向かないな。少々、根気と知恵に忍耐が足らない」
「乱世で何より肝要な力無きお前の言えた事か」
「ンフフ、そうだね。さてさて、じゃぁ御望み通り腹でも切らせてもらおうか大膳」
「……最後の情けだ。縄を解け」
「良いね」
坂井大膳が言えば家臣達が縄を切る。武衛は手首をさすってから上裸になり脇差を抜いた。
「そうそう、最後に言わせて貰うけど大義は最後まで私の手の内だったよ大膳」
そう言ってから腹を真一文字に。大膳が何を言っているのかと顔を顰めれば伝令が駆け込んでくる。
「大膳様、岩竜丸が見つかりません!」
その報告に目を見開き己が腹を赤く染めて裂いていく武衛へ視線を。
「……謀ったか武衛」
「あ“あ”痛い、正解だ大膳。唯一度の短い夢とは言え私に遠江越前の奪還という希望を見させてくれた虎殿の子に殺されるが良いさ」
武衛は尻の青い息子に対する不安をおくびにも出さず、同時に激痛に引き攣りながらも心からの満足そうな、いや実際に満足した笑みを浮かべて。
「意趣返しも命懸けとは三管領筆頭も落ちたもんだ」
そう笑って己の首を掻っ切り崩れ落ちる。父の大敗で齢三つから尾張の神輿として生きた男の最後の意地を見せたのだ。
己が意地を、誇りを抱え込むように笑顔で倒れる武衛。
「クソッ!!!」
其の亡骸を大膳は憤懣に任せて思いきり踏みつけた。清洲織田大和守家と勝幡織田弾正忠家の開戦が足元の亡骸によって決定付けられた忿懣を込めて。
「褒めてやるわ管領殿よ!!!」
足を退けて振り返り目を閉じて大きく一息。
目を見開く。
「丁重に亡骸を片付けろ!!急ぎ三位、与一を呼べッ、戦に備えるのだ!!!」