大鬼の誕生
ブクマ、ポイント、有難う御座います。暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。。
「では伊賀守殿、宜しくたのむ」
「は、御任せ下さい。御武運を」
「感謝する」
信長は援軍に来た美濃勢の諸将の代表である安藤伊賀守守就に礼を言ってから軍を発した。
寺本城の花井播磨守信忠と息子勘八郎が今川に寝返った事で海から進む事になり熱田まで来た所で軍使が来る。
信長の顔が哀しげに歪む。
「新次郎か」
林新次郎通政、槍林の異名を持つ林佐渡守秀貞の娘婿だ。彼もまた勇猛たる男に不相応の、言ってしまえば情けないという印象さえ受ける申し訳無さそうな顔で片膝を突き頭を垂れた。
「義父上は美濃の兵に備えると言って荒子に篭りました。前田殿も同じく美濃に備えたいと」
「な、此度は渾身の戦と御伝えした筈です!!」
驚き声を上げる池田勝三郎恒興。彼だけで無く皆が驚きに支配されている。
「新次郎、それは真か」
それこそ最も戦歴の長さという意味では軍中でも上位に有る勝介も思わず狼狽えた。不満も重々承知していた積りであったが、しかし同じ大人衆で有り此の大事に軍を引っ込めるとは流石に思って居なかったのだ。
それこそ裏切りとさえ捉えられかねない事である。林佐渡守秀貞を知るが故にその衝撃を受け止めきれなかったのだ。だが、勝介が驚いた事で余計に家臣達にも不満と不安が広がってしまった。
「構わん。そのような事」
だが信長の寂しそうな一言が皆を黙らせる。
一息。
「で、あるか。新次郎お前も辛かっただろうな。委細承知した、下がれ」
「失礼仕る」
林通政は深く頭を垂れて去った。その翌日に叔父信光と合流、兵は二千となり数は揃ったが、信長の気持ちを表すように空を黒が覆い豪雨と雷雲が広がった。
天候が余りに悪く船頭達は危険を訴えたが林秀貞にあそこまでの事をさせた自覚のある信長は引けない。無理に船を出させ半刻程で緒川城に到着した。
叔父梅岩信光と数人の小姓馬廻を連れて門前に立てば水野藤七郎信元が慌てて出てくる。齢三十届かずの日に焼けた褐色の男が感嘆を漏らしながら。
「三郎様、変わりませぬな。まさかこの荒れ模様で海を渡って参られるとは思いませなんだ。此れから飯を作らせます故に申し訳ないが少々お待ちください」
「助かる。さて、味方である藤七郎殿が驚いたのなら敵の度肝を抜ける朗報だろう。今日は泊まらせて貰い明日明朝前に城を出て件の砦を落とそう思う」
「なっ、いや性急とも言えない状況、寧ろ良策に御座いますな。飯を食いながら先程帰った物見の話を御話致しましょう。明日の出陣には弟の金吾に兵を預けます」
「頼む。それと飯は明日朝の分も作らせて置いてくれ」
「そうですな、分かりました」
信長達は飯を流し込むと鎧も脱がずに眠り翌日、宵闇の中で起き上がってまた飯を流し込んで村木砦に昼頃に到着した。
「藤七郎殿の言っていた通り東は大手門、西は搦め手門、南は甕形の大堀、北は手薄な要害か。北は攻められんな」
「梅岩叔父上、破城槌を持たせた一隊を預けますので西の搦め手門を頼めますか?」
「ん?まぁ良いが」
「金吾殿は大手門を」
「はい」
「そして俺は南だ」
鬼気迫る信長の言葉に皆がギョッとした。だが梅厳信光は信長の肩に手を乗せる。信頼、信用、不安が無いなどと言うことは無いが兄に良く似た甥の心情を慮り敢えて激励するのだ。
「三郎。あの堀は相当な物だ。今川の救援が来る前に落とさねばならんが余り無茶はするなよ?」
「今だけは無茶をさせて下さい」
叔父は困ったように首を振り。
「なら覚悟を決めろ。野戦と攻城戦は全く違う物、決して後悔するなよ」
「肝に銘じます。此度は鉄砲も持って参りました」
「そうか。出し惜しみをするな」
「はい」
梅厳信光が勝三に視線をやる。
「信長の事、任せるぞ」
「は」
勝三が当たり前の事だと応じれば頷いて去る。信長は小さな機微を察して苦しそうに呟く。
「美濃勢を入れた事、梅岩叔父上も御不満か」
もう何度目と言う事も出来なくなる程に繰り返し漏らした己の情けなさを呪う溜息を吐き踵を返した。
布陣図なんかメイビーこんな感じ
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・凸・・・・〓〓〓・・・〓〓・〓・・
凸凸・〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓・〓・凸
凸凸・〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓・〓・凸
・凸・〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓・〓・・
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・・・・凸凸凸凸・凸凸・凸凸凸・ーー
・・・・・・・・・凸凸・・・・・ーー
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〓村木砦・凸織田水野連合
信長軍の備の陣立てが整う。
軍中における騎馬武者の大半は熱田に馬を預けていたが、勝三は丹羽五郎左衛門長秀や岩室長門守重休や父勝介と同じ少数派で信長の周辺に騎馬に跨り留め置かれていた。
藤十郎が馬で駆けて来て信長の前に跪く。
「毛利勢、揃いまして御座います」
信長は頷いて。
「良し。鉄砲組!待たせたな、お前達の初陣だ!今迄の鬱憤を此の戦で好きなだけ晴らせ!!狭間を狙い敵に攻撃させるな!!!」
応と戦意の高い声、滝川彦右衛門一益などは自分の発する戦意で燃えそうである。
だが信長は嫌な、嫌な嫌な余りにも耐えがたい嫌な予感がした。そして戦場の勘を軽視すべきでは無い。
後に控えとして置いていた鉄砲組の福富平太郎貞家に。
「平太郎、お前は毛利勢の方に回れ!!」
「はは、行くぞ!!」
さて勝三の前には弓鉄砲衆が居り、その先に身軽な格好をした足軽達、その先には持ち盾や掻い盾に梯子を持った足軽だ。彼らの隊列が法螺響く時を今か今かと待っていた。
ドンと太鼓が響き足軽達が走り出して堀に滑り込んで行く。
そして轟音。敵味方が耳を塞ぐ。
「防ぎ矢、放て!!」
弓衆の声。
そしてまた火縄が白煙と轟音を飛ばす。
敵は少ない合間に石や岩を落とし、弓を射かける。
「海の風が強く助かりましたな。煙を風が散らしてくれる。もう堀を登ると言うのに被害が少ない」
勝介の言葉に合わせる様に味方が堀を登り剥き出しの土を覆う。だが敵は鉄砲によって何も出来ない。垣盾の裏からの散発的な反撃と弓での攻撃が大半だ。
順調に推移する攻城。勝介は信長の戦の才に改めて感嘆する。
しかし俄かに右翼の軍が騒がしくなり伝令が駆けて滑り込んだ。
「も、毛利藤十郎様、流れ弾により討死!!岩越喜三郎二郎様が指揮を引き継ぎます!!」
「な、何があった!!!」
勝介が思わず問えば伝令は萎縮しつつ。
「は、敵にも鉄砲が御座いました。音に驚いた兵の統制をとろうとし……」
「クッ」
勝介、勝三、与三、二郎が悔しげに呻いた。
「殿、どうか俺を前線に向かわせてください!従兄弟叔父上の仇を!!」
「ならん。耐えろ勝三」
「しかし父上!!」
尚、言い募ろうとした勝三を勝介が肩に手を置き止める。与三と二郎にも視線をやり。
「戦場を見ろ。動揺してはいるが此方が押している。此の状況で動く必要は無く、お前一人が向かっても大勢は何ら変わらん。お前の居るべき場所を違えるな」
肩に乗せた手に力を込めながら。
「それに殿の気持ちを慮れ」
そう信長とて今まさに目の前で家臣を亡くしている。そして何より勝介の方が辛いはずだった。
開戦から半刻、数人の兵が柵に摑みかかる。射線が切れた事で鉄砲が止み、敵が此れ幸いと鬱憤を晴らすように暴れ出す。
遂には一部押し返され熱湯をかけられ大きな被害が。
続く討死の報せ。更に恐れていたことが起きた。
「岩越喜三郎二郎討死、毛利勢混乱しております!!」
勝三がカッと目を開く。
「あ“あ”あ“あ”あ“あ“あ”あ“あ”あ“あ“あ”あ“あ”あ“ッッッ!!!!!」
勝三が堪えきれず慟哭の如き忿怒の咆哮を喚き散らした。勝介は滲み広がる様な怒りと苦痛を覚えて尚も冷静に。
「殿、私ならば備に顔見知りが多く立て直すも容易、此の勝介に!!!」
勝介の言葉に勝三達はハッとして。
「どうかッ殿、俺達も!!!」
内藤親子、与三、二郎の表情に信長は両目を開いたまま。
「勝介、勝三、与三、二郎、死ぬなッ行けッ!!!」
頷き駆けつければ見るも無惨なバラバラな味方達。
「おお、勝介様!!」
統制を取るにも敵の矢の数に掻盾の裏に控えざるをえなかった鉄砲組の者達が安堵の歓声を上げた。
何とか鉄砲組の統制を取っていた福富平太郎貞家が叫ぶ。
「岩越殿の御子息も重傷を負い下がらせた!!指揮を取れる者が居ない!!」
「その為に参った!!」
勝介は冷静に答えるが親族である岩越喜三郎高元の討死という最悪の報告に勝三からは濃密な憤怒が漂う。勝介は眼前の強攻部隊が炭が布に滲むかの様に減っていく切迫した状況の所為で気に留める余裕も無く声を張り上げ。
「俺は前線を支える故、平太郎殿は弓鉄砲衆を使い敵の牽制と援護を頼む!!」
「ハ、ハハッ!!」
勝介は鉄砲の音を背に馬から飛び降り前線に向かう。
「皆、本陣に残っておけ!!」
「断ります!!」
初めての息子の反発に驚き思わず足を止めそうになったが、戦況にその余暇が全く無い。
そんな事をしていれば備が全滅する上、同時に止めても意味が無いと十二分に察していた。紛う事無く息子である事は確かだが、それでも勝三が浮かべて居るとは思えない程の形相を見れば内心を察して有り余る。
苦々しい思いを抑えて堀の中に居る兵達の元に。
「皆、落ち着け!!此の内藤勝介秀忠が指揮を一時預かる!!俺に続けッ、死にたくなければ気勢を挙げろォッ!!」
鉄砲の音よりも響く勝介の声に慌てふためいていた兵達が一瞬動きを止めて吼えた。
「行くぞッ!!」
勝三はその声と共に走り出した。急な斜面を金砕棒を担いで腕一本と両の足のみで進む。落ちてきた岩を砕き矢を兜と鎧に任せて一直線に。
「あ、あの大鬼を止めろォオッ!!」
城兵が叫ぶと同時に轟音が響いて崩れ落ちる。鉛弾に倒れる敵兵を見た勝三は更に速度を上げて柵に取り付き金砕棒を天を突かんばかりに振り上げた。
一転直下、落ちる。
いとも容易く障害が散る。
驚愕絶望二色の顔が雁首揃えて、続け様に鉄柱落ちて潰された。
だが直ぐ様敵に囲まれる。
素晴らしい事だ。
勝三にとって僥倖である。
山の様に居る敵に内で渦巻く噴火する直前の岩漿を冷めさせなければならないのだから。
「ガアアアアアアアアアアアアア“!!」
轟かせて振る。
刃をヘシ折り、四肢を潰し、槍を砕き、頭を潰す。
足を止める事なく敵を薙ぎ払う。
兜鎧の上から人体を潰す。
「覚悟ッ!!!」
背から迫る槍を見もせず掴み止める。
「なっ、は、離せッ!!」
恐怖の顔から槍を奪い取り投げ棄てた。
絶望する兜首を憤怒で見下ろし。
両手で金砕棒を強く握りしめ。
振り上げ、また直下。
潰れた兜を中心に血の池が広がる。
「フゥー……」
息を潜め震え怯える兵の中。
血染めの大鬼が起き上がる。
西日と血に染まる紅蓮の中、金棒握る大鬼の双眸が敵を睥睨した。
鉄砲隊を見つけ向かう。
「ヒッ……」
殴殺にて鏖殺する。
砦悉くを燼滅せんばかりの勢いで進んでいく。
金砕棒が産む竜巻き、死そのもの。
敵、いや仇。
振る、振る、振る。
あれも、これも、それも。
潰す、潰す、潰す。
血塗れて尚も全てを手向けにせんばかりに、嘆くように一心不乱。
赤い紅い赫い。
鬼が此処に。
向かって来る者が消えて朱の人型に輝く眼光が次を探す。
吐息、霞のように吐く。
一歩踏み出そうとして。
「勝三、無事か!!」
父の声にハッとする。
気が付けば酷い疲労に見舞われ揺れる様に振り返れば駆け寄ってくる父達。
「これ、お前がやったのか!?」
「すげぇ……」
三十以上、下手をすれば五十近い数の骸が累々と散らばっている。生きている者は怯えて動けない。
敵は降伏、織田の勝利であった。しかし勝介の生み出した部隊の大半が与三の遠縁あたる大将青山藤六を含め討ち取られ壊滅し、従兄弟叔父二人に加え岩越喜三郎高元も敵にやられた傷が元で数日後に亡くなった。無論、彼らだけでは無く多くの仲間がこれまでに無いほど死んだのである。傷無き者など皆無、本備は二割を失い、毛利備は壊滅に近い被害を出した。
ボロボロの臣下と並ぶ亡骸を前に信長は叫ぶ。
「皆、聞け!俺は今此れより今川治部大輔義元を討つまで上総介を名乗る!!それが此度の戦で勇猛に散った者達への誓いだ!!!」
信長は勿論、皆が泣きながら勝鬨をあげた。