通常業務
ポイント、ブクマ有難う御座います。
暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
正徳寺の会見から数日、勝三は小姓という立場ながら信長の元から離れ別室にて三人の男子を前に紙束を纏めていた。それは凡そ万事において何よりも労力を割くべき重要事。
所謂、後進育成だ。
「殿が自分で文を書くと大体、後半で足らなくなるから二、三枚は多目に用意しとくと喜ばれるよ」
「なるほど。梅千代も藤丸も覚えておけよ」
「うん、勿論」
「忘れないようにしなきゃね」
新たに小姓として雇われる事になった二人の従兄弟叔父の子、岩越二郎高綱と岩越梅千代に毛利藤丸の教育係を任された故だ。
従兄弟叔父二人は侍大将と副将として、岩越家長男の喜三郎は其の備の騎馬隊として信長に仕えており、この度その以外の三人を信長が側近の小姓として迎え入れたのである。
「ああ、それと基本的には凄く優しいけど機嫌の悪い時、怒った時は必要以上に喋らない事。直ぐに落ち着くけど嵐に耐えるくらいの気持ちで居ないとキツいから。奥の手として甘い物が有ると割と制御出来る。ついでに言えば 山城守様が送ってくださる干柿と真桑瓜は何よりの好物だから十日間はほぼ怒らないよ」
勝三はそんな彼等を親族という事で、信長に仕えるコツを教えながら紙を折り麻紐を通し整えて。
「それと急に町民と遊び出した時と、ふりもみこがしを作り出した時は心労が溜まってるか本気で息抜きしてる証拠だから好きな様にさせる事」
麻紐を縛って本にする。
「まぁ大体はこの信長公御仕覚書に書いといたから」
その本を其々に手渡した。その異様に整った絵付きの手製本を引き攣った顔で二郎は眺め。
「お、おう。勝三って器用なんだな」
「そうか?嬉しいよ」
二郎は器用過ぎて若干引き気味に、一方で梅千代に藤丸の二人は初めて手にする本と言う代物にちょっと嬉しそうだ。
「まぁ小姓なんて小間使いか文書整理が基本的な仕事だからあんまり難しく考えなくて良いよ。強いて言えば礼儀作法くらいだけど、そもそも寺沢爺様の処にいたお前らに教えれる事とかねーしな」
そう言うと文書の置き場やら茶や果物置き場、墨の乾かし方に服や鎧の着せ方を教える。
「明日は白湯や茶とかの用意とかかな。取次や使者は未だだろうし、副状も未だで、あー検視の心得は早めに教えて損は無いか」
「うげぇ……覚える事多いじゃんか」
「慣れよ、慣れ。部将になるにも吏僚になるにも大事な基礎が学べるから気張りな藤丸」
そんな感じで教育していると部屋に人が入って一礼。常時静謐にして万事を卒無く熟す折り目正しき垂れ目と垂れ眉の優しく凛々しげな顔。
そんな顔に勝三が笑浮かべて礼を返し。
「これは万千代様。如何なさいました?」
「勝三殿、歴々。お忙しいところ申し訳ないが少々宜しいか?」
「どうぞどうぞ。皆、此方は殿が最も信頼する小姓衆の一人、丹羽様だ。失礼の無いようにな、特に二郎」
「いや、名指しかい」
最後に戯けて言った勝三の肩からツッコミと共に小気味良い音を立てる二郎。梅千代に藤丸は勿論、万千代もクスクスと笑う。
三人が宜しくお願いしますと頭を下げれば万千代も此方こそと返礼する。勝三は親族が現在進行形で頼れる年長者との温和な初対面を喜んだ。
「さて」
そう言うと万千代は勝三に向き直り。
「勝三殿、折り入って頼みたき事が一つ御座います」
「頼み?お任せ下さい」
話も聞かず秒で頷いた勝三に頼もし過ぎると苦笑いを浮かべて。
「昨年の戦いから清洲大和守との小競り合いが後を絶ちません。私もいい加減元服し戦力になるべく近々初陣を果たしたいと思っています。そこで勝三殿は戦に出て長く初陣で兜首に首を七つも取った剛の者、出来るなら心構えを享受願えませんか」
「なら恐れ多い事ですが三つ程、先ず視界を大きく保って下さい。俺は初陣で父の背中さえ見失ってしまいました。味方と離れて孤立するのは勿論ですが戦場の機微が分からなくなるのは良くない」
勝三以外に唯一初陣を果たしている二郎が納得だと声に発するより分かりやすい程に頷く。万千代は勿論の事、梅千代に藤丸も一言も漏らすまいと耳を傾けた。
「次にもし乱戦が始まれば敵が居なくなるまで止まらぬ事です。目の前の敵を殺しても左右背後に敵がいて、己に刃を振り下ろそうとしていると思って立ち回る事が肝要」
再び二度三度と頷く。
「最後に個人的に最も大事なのが」
勝三が前置き耳を近づける様に手を振り願った。聴いている皆が余程の事かと前のめりになる。
ボソッと。
「厠には中々行けませんので重々に御注意をば。特に大きい方は催して堪えると悲惨ですぞ」
万千代がヴフォアと吹いて。笑いを堪えながら。
「フ、フフ。な、何を仰るのです」
「万千代様、此れは大事な事ですよ。褌を黄色く染めるだけならまだしも糞をひり出しながら戦う事になりますからね」
「アッハッハッハッハ!!」
らしくない爆笑、ヒーヒー言いながら苦しそうにしている。そんな万千代に二郎は真面目な顔で。
「万千代様、差し出がましくも実に肝要な事です。時折、水で腹を下したのかケツから糞を撒き散らして逃げる敵もいますから」
万千代は笑いながらコクコクと頷くがツボに入ったせいか口は開けない。梅千代に藤丸も同じだ。
そんな一幕があって十日程後、那古野に向け兵を向かってくると言う急報が狼煙によってもたらされた。喧騒の中で迎えた伝令に聞けば清洲大和守家が梅津と言うところに向かっていると言う。万千代の兄丹羽将監長忠が控える地であった。
甲冑を着た勝三は即座に信長の元へ。部屋に入れば佐脇藤八郎良之に甲冑を着せられながら信長が笑みと共に口を開く。
「勝三、流石に早いな。敵は凡そ五百程らしい。準備の出来ている藤十郎《*毛利忠之》の備に俺の馬廻として内蔵助と 万千代を預けている。数は凡そ五十程になるから騎馬隊の副将としてそこにお前も加わってくれ」
「はは」
「 万千代の事、頼むぞ!!」
「お任せあれ!!」
与三と合流して馬に跨り内蔵助が居るだろう広場へ。鍛え抜かれた体躯の逞しい若武者が数十騎ばかりの馬群の中で手を振り。
「おう勝三、与三コッチだ!!」
二人は一礼して馬の腹をトンと蹴って近付く。佐々内蔵助成政は勝三を見上げてニヤッと笑い。
「お前、またデカくなったのか?ハッハッハ高々と見降ろしやがって」
戯けて言う佐々内蔵助成政。
「ははは、節々が痛くて敵いません。この前測ったら身の丈六尺七寸近くでした」
勝三が苦笑いを浮かべて答えればギョッとした。
「お前、筍みたいに伸びやがって。でかいでかいとは思ってたが一間超えて俺より一尺七寸近く大きいとか何をドンだけ食ってんだお前」
勝三に変わって与三が。
「魚と、稀に肉を食して。俺は無理ですけど米は一日五合は食べますね」
「与三、お前それ幾ら何でも食い過ぎだろ。勝介様の食いっぷりには驚いたが何時もそんなに食ってんのか?話だけで腹が膨れそうだ」
「はい。さらに間食を——」
与三が続けて言おうとすると急に内蔵助が馬を進ませ馬を並べて肩に手を置く。
「分かった。勘弁してくれ、聞いてるだけで腹が膨れてハチ切れそうだ」
勇猛なる佐々一族が三男坊が顔を青くして言った。そんな風に話していると万千代が騎馬に跨りやって来る。丹羽直違紋の旗を背負い腹巻具足と筋兜だ。
「万千代殿も遂に元服か。流石に落ち着いてるな」
「内蔵助様の言う通りです。な?与三」
「俺達なんて初陣の前日とか全然寝れなかったもんね」
三人が言えば万千代は吐息一つ。
「いえ。情け無い事ですが此れは緊張して動けぬだけですよ。何卒、良しなに願います」
話している間に五十も揃い喜三郎《*岩越高元》がやってきた。親を真似て髭を生やそうと無精髭を生やしており、なかなかの武者ぶりだ。
「佐々殿、お待たせ致した。行軍について話をしたい故、済まんが副将と共に父の元へ来て貰えんか」
「分かった岩越殿。勝三、付いて来てくれ」
「は」
毛利藤十郎忠之と岩越喜三郎二郎高定、以下三百の兵が集う広場に案内されれば従兄弟叔父達が騎馬に跨っていた。
「ムハハハ佐々殿、御来訪忝い。おう勝三、益々デカくなりやがったな」
毛利藤十郎忠之が口を開けば岩越喜三郎二郎高定が口を開く。
「藤十郎、火急だぞ端的にだ」
「ああ、すまんすまん」
そう言って呵呵大笑する毛利藤十郎忠之に岩越喜三郎二郎高定はヤレヤレと肩をすくめて苦笑いを浮かべて。
「息子《*岩越高元》の率いる我等が備の騎馬隊を梅雨払いにして馬廻には続いて貰いたい」
「承った。感謝致します喜三郎《*岩越高元》」
慇懃に言う内蔵助に喜三郎《*岩越高元》は頷き笑って。
「佐々殿、万一俺の騎馬隊がやられた場合はお任せ致しますよ」
「は、その時は敵悉く鏖殺致します」
「喜三郎《*岩越高元》、蘭姉ちゃんが待ってんだから怪我すんなよ」
「うっせ勝三。では佐々殿お先に失礼する」
そして直ぐに進軍が開始された。川辺まで行けば梅津が敵に包囲されているらしく陣形を整える。最前列に弓組が並び、続いて長柄組が、最後に侍大将を中心に騎馬組だ。
「鳴らせぇい!!」
横陣引いて全軍前進。敵も此方に合わせる様に二十騎ばかりの騎馬隊を残して此方に方向転換して矢合わせが始まった。
「佐々殿、長柄組が接敵したのを見計らって馬廻の半数を連れてあの残った一隊を頼めますかな」
「それならば勝三に任せましょう。敵が残るか如何か見ものです」
「ムハハハ勝介と勝三に変わって礼を」
毛利藤十郎忠之は勝三に期待の籠る笑顔を向けて。
「聞いたか勝三、佐々殿の御指名よ。初陣の七首ー甲の如き戦を期待しているぞ!」
「はは、万千代殿を御連れしても?」
「丹羽殿の子息だな?」
「初陣に御座います」
「おお、確と御守りせい」
「はは!」
勝三は槍隊同士の叩き合いが始まると与三と万千代の元へ。
「これから敵の小勢を狩りに行く!!丹羽、青山以下は続け!!!」
応、と声が帰る。
「続けェッ!!」
二メートルの巨漢を先頭にした五十程の騎馬隊が味方の背を沿うように進んで行く。仲間の横陣を迂回して敵の別働隊に向かう。
しかし動きに気付いた敵の騎馬二十騎が向かってきた。牽制の敵騎馬も合流し凡そ同数の馬群が向き合う。先頭の武者が勝三を指差して何か叫べば勝三を挟むように二騎が並走し先行してきた。
勝三は馬足を上げて手綱を離し金砕棒を両手で握り足で馬に身体を固定した。腰を捻って全身を引き絞って。
交差。
「ナァッッッ!!!!」
一喝一振。右の敵を突き出された槍諸共砕きカチ上げ。
「ッゼァアア!!!!」
空でビタリ止めた金砕棒が落ちれば左の敵を槍諸共に砕き潰す。
瞬く間に二人を討ち取り。
「続けぇええええええ!!!!」
ただ一声で敵がたたらを踏み、味方が意気軒昂に高々吼える。足を止めた騎馬隊が、馬足を上げた騎馬隊の前に出来れば鎧袖一触。
騎馬に乗った敵を殲滅すれば皆が首を取る中で万千代を見つけて勝三は。
「万千代様、御無事ですか!!」
「ええ、ハァ……ハァ……何とか。勝三殿は噂に違いませぬね」
「御気分は?」
「何の未だ未だ」
「それは何より。では敵の後方に陣取って牽制し、隙を見つけてボコボコに致しましょう」
「え、あ、うん。はい……」
え、まだやんの?って顔で頷く万千代に勝三は流石ですと頷いて馬に跨る。
「ボ、ボコボコとは……?」
万千代が呟きながら馬に跨がれば目の前の勝三は何か腰に討ち取った首を吊るしている。万千代は目玉が飛び出るかと思った。
あの、首が数珠を腰に巻いたみてーになってんのだ。
あの、インド神話のカーリー神にプロデュースされたみたいなファッションになってんだけど何コレ。アレかな?殺戮と破壊でも司る気だろうか。
勝三達が敵の背面を取った上、排除しようとした発した敵騎馬隊を内蔵助と喜三郎《*岩越高元》が率いる騎馬隊達が横腹を突いて突破した事で敵の乱れが取り返しの付かない程になっていく。
「勝三、一緒に敵本陣に突っ込むぞ」
「分かった。先手は貰うぞ喜三郎《*岩越高元》!!」
「あ、まぁ良いか」
勝三が先頭に馬群が進む。元から崩れていた陣形は跡形も無く敵味方が入り乱れた乱戦になった。
「あれはッ、彦左衛門の馬!!」
「大膳様、御退きください!!」
勝三は敵大将と見て挑発しながら突撃する。
「そうだ返して欲しけりゃ掛かって来い!!」
「ォォォォオオオノォレエエエエエエエ!!
老将が槍を握って吼える。勝三は勝利の確信と共に大黒を駆けさせ金砕棒を握った。突き出る槍を首を逸らして避けて殴り倒す。
「ガァァァァァァァッ!!」
崩れ落馬する老将を慌てて囲う臣下を薙ぎ払う。老将の槍をヘシ折り太刀を曲げて進む。
「おのれッおのれェッ仇ガァッ!!」
脇差を抜いて戦意衰えさせずに顔を赤くする老将の頭を砕こうと振り上げた金砕棒で矢を叩き落とす。
「チッ」
弓を握った三騎の敵騎馬が迫って来る。勝三は舌打ち一つ味方を守る為に騎馬武者に向かって次の矢が放たれる前に駆け寄り薙ぎ払う。
しかし結果その間に敵大将を逃す。痛恨ではあったが小競り合いと言うには大規模な戦いで信長の本隊が出るまでも無く決着が付く上々と評するには過ぎたる戦果だった。
丹羽万千代は初陣で首を三つ取り、信長から偏諱を受け丹羽五郎左衛門長秀となった。