怒りより困惑が勝つ時ってあるよね。マジでえぇ......ってなっちゃうアレ
ブクマ、ポイント、いいね、ランキング有難う御座います。
長くなっちゃいましたがそれでも良いよって方は暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
「天川船な」
勝三が並ぶ家臣達を代表するかの様に好奇に塗れ驚きながら言った。その視線の先には乙子の湊に停まる六隻のガレオン船が浮かんでいる。ポルトガルとの交渉によって淡路の南蛮技術習得を兼ねた造船所で造られた七隻の内で日本側の物だ。
尚ポルトガルとの交渉と言ったが実態を言えば宣教師やポルトガル商人の状況が関係している。毛利家と大友家の戦いで交通が非常に不便になっていた所に昨年の秋に九州征伐の必要性から通行禁止を言い渡され帰還が絶望的な状況に陥ったのだ。商人は物を運ばねば飢えてしまう訳で窮する前に交渉をして船の技術を対価に配慮を求めた形である。
てな訳で事前に材木などの準備を省いて組み立てのみで言えば凡そ半年をかけて制作された。一隻はポルトガル造船技師の教導で一月半、一隻は指示を受けながら日本造船技師のみで二月、五隻は日本造船技師が主導で並行して二月。
ポルトガル造船技師教導の一番艦は譲渡予定であり淡路に残るサオン・プレステ・ジョアン。
二番艦以下はそれぞれ大阪丸、八王子丸、岐阜丸、小牧丸、清洲丸、那古野丸だ。
日本の船は角ばった印象が強いがガレオン船は丸みを帯びた形状。
絵面がワ◯ピースとかパイレーツオブカリビア◯過ぎて勝三の郷愁を爆発させると共にバチクソにテンションを上げた。
「でもポルトガルとイスパニアって関係微妙だったんだ……」
勝三は前世好んでいた作品の影響で戦国時代とは比べ物にならない程に薄っすいが大航海時代に付いて多少の知識があった。それこそ有名な海賊の逸話とスペインとポルトガルが合併した後の物である秀吉の頃の日本に限定した非常に浅っさい物であるが有無の差は大きい。まぁアルマダの海戦とかでイングランドが勃興しオランダが出てきた程度に酷い知識だけど。
まぁだから吃驚したがポルトガルのアジア交易の拠点たる天川総督ヴァスコ・ペレイラがスペインのウルダネータ航路の開通を懸念して日本と結んだ契約だと言う話は衝撃だった。
共同歩調を取っているかと思ったら競争相手だったのである。
故に代替わりした天川総督ドミンゴス・モンテイロがスペインのメキシコとペルーの銀に対抗する為、日本への技術供与と銀の交換を更に積極に行なう方策を強化していた。
それに付随する形でポルトガルはスペインに対する警句と警鐘としてレコンキスタの惨劇を通達し、ポルトガル王セバスティアン一世の日本人奴隷禁止の命令も合わせて通達され勝三は心底驚いたのだ。
だが故に現状それはポルトガルにとり当然アジア貿易の権益強化およびキリスト教の布教を目的に含まれるが副次的な物に変わりつつある程だった。大航海時代であるが故に船が無ければ話にならず船があっても補給地が無くては何も出来ない。ほぼ無いだろうがスペインが襲ってくる最悪の状況になれば日本への避難も念頭に置いていたのである。
「で、与三。どんな感じなん?確かウチの割り当ては七隻だったけど」
「まぁ造るの自体は難しく無いみたいだよ。一角船や三国船、それと滑車台で経験が活かせるって。大きさは全長三十三間で横幅が四丈だけど」
「……その言い方って事はアレか、材料か。てかデカいけど」
「まぁー材木がねぇ……」
「だよなぁ。一応は森林保護をしてるが最近は材木の需要が高い。炭焼き窯のおかげで燃料なら多少の余裕があるが家とかにも使う訳だし。それに多々良で刀を造るのは稼ぎを考えるともう止められんからな。てなると船の増産までは」
「まぁ無理だね。それに漆も足らないんだってさ。増やしてはいたけど」
「あぁ防水にか。……防水?」
勝三は薄らと思い出した。ペリーの黒船の事をだ。アレ確か黒いのタールじゃね?と。
で高炉に使う耐火煉瓦を用いて骸炭を造る際に黒いドロドロが出て処理に困ってたのを思い出したのだ。
なんかスゲェ体に悪そうな匂いしててメチャクチャ困ったから印象に残ってるし壺に入れて隔離してるがメチャクチャ邪魔なのだ。
それを思い出すと共に今更な話だがコークスの副産物だったような気が若干してきた。
「どしたの勝三?」
「あ、いや。すまん。ちょっとな」
「また何か思い付いた?まぁ良いや。材木の消費は増えるけど浪人野盗が増えるよりは良いよね。九州征伐には間に合わないけど」
「だな。まぁ大事なのはそこじゃねぇし。仕事よ仕事」
現在織田家では嬉しいが放置出来ない内政的問題が顕現していた。と言うのも特筆するが尾張、美濃、伊勢、伊賀、近江、山城、これらの国の人口増加である。彼等の食い扶持の為に仕事が必要だった。
特に顕著で問題の最前線を行く尾張を例に挙げれば先ず永禄の始めに絹と木綿と桑の葉に酒に帆布と言う商品作物と、米よりも手間のかからない蕎麦の美味い食べ方が広まり農民の購買能力が増えた。故に鉄の余剰で農機具があり船の強化で魚肥が増えて白米自体の生産も増え農民の収入と食べられる物が増えた結果なのだ。
それも甲州金や石見銀に代文割符なども出回り金銭札の巡りが活発になり田畑があれば稼げると分かって農地を広げる機運が自発的に高まり開墾に対して非常に前向きになって又その人手の為に時代的な解決策として子供を増やしたのである。
そこに永禄の末に広まった甘薯によって子供のオヤツが出来上がり飢餓は勿論どころか栄養不足が更に緩和し爆発的に人が増えていく。
機織りや紡績や造船に築城に織田家の体制強化による他国への技術伝搬など人手は幾らあっても良い状況だったが最近は人口増加の勢いが止まらない。
それが尾張を起点として勢いが止まらず尾張や美濃では甲斐武田家の協力の元で木曽川の治水事業も始まったが未だ人手が余り問題解決の為に造船に人を割く事にしたのである。
食物を輸入する側の山城国でさえ近江国の安定からの食料増産と琵琶湖水運の強化で人口が増えてんだからマジでヤベェ。人口増え過ぎて泥炭とかまで使い出すくらいエグい。
まぁ、だいたい戦国時代の日本とか何故かバチバチの内乱やってんのに人口増えてんだから希望と栄養と平和が加わりゃあそら人口も爆発もする。
「あ、そうだ与三。鉱山の水とか船の水とか排水したいみてーな話あったじゃん?」
「うん」
「鉄とか銅とか使い過ぎるんだけどこんなんどうよ?」
勝三が見せたのはトト◯に出てくるアレだ。井戸に設置された手押し排水ポンプである。
「南蛮の船に付いてるぼんべあとは違うね」
「羅針盤と一緒にとりあえず造った奴な。正にアレ見て思ったんだよ。鉄で作りゃあもっと良くね?ってな。たたら製鉄とか南蛮や唐国の技術で作った高炉あったろ。アレの空気を入れる弁とか使って作れそうだと思ってな」
南蛮船に用いられる技術の一つに鎖ポンプがあった。それの増産を命じられた際に技術メモってた紙束に手押しポンプの事を書いてたのを思い出したのである。まぁ大砲作れりゃイケるやろと管部分は竹筒として山城の給水にも田圃への注水にも使えるんじゃね?と考えての事だった。
「あーね。うーん。今は木材が貴重だけど鉄や銅が安いわけじゃ無いしなぁ……。まぁでも勝三が考えたんなら作らせてみれば良いんじゃない?」
「ほんじゃあ鋳物座にお願いすっか。井戸に田んぼに鉱山とか船渠の排水まで楽になるぜ。んで本題だけど」
「九州征伐?」
「いや正月に大阪城に行くだろ。御土産どうしようかなって。息子にゃ船の模型、娘にゃ梟の人形として、だ。嫁さんには簪で爺様や父上母上は綿入れと思ってる。ただ他に何か良いの無いかなってな。竹蜻蛉は、しょぼいかな?」
「……えぇ。そっち?土産はそれで十二分でしょ。竹蜻蛉もついでにあげれば?」
「そうするか。あ!蚕の為の鉄火鉢も越中に送ったら良くね!?アレで料理もできるし暖も取れるぞ!!」
「……えぇ」
「そうと決まったら急がねぇと!!今ならギリギリ間に合うだろ!!全く鉄が多いって最高だな!!」
「……うんソだね」
で、正月。
「鬼夜叉も絹千代も今は忠勤に務めています。だから仕方ないでしょう?」
織田秀子が嗜めた。尚、相手は娘息子では無く勝三である。ガチの苦笑いだ。
織田家の次世代は越中で彼等主導の戦いを経験する為に駐屯を続けていた。故にしゃーないけどbotになってしまった旦那を方向転換させる為だ。正月くらいは揃ってと言うタイプなのだ勝三は。
とは言え織田秀子の次子無病丸と有馬幸の次子内藤帛はいるし葉室家に朝廷の印刷業は任せた山科稀もいた。
「さて」
勝三は気を取り直し。
「今日は越前硝子の瓶を用意てして貰ってある物を持ってきました。三歳なら食べさせられると思いますので」
勝三はスと桐箱を二つ前に出す。
信長にも渡したが家の分は家の分として持ってきておいたのだ。金型と竹を拭き竿にして造って貰ったジャムとか入れる瓶を参考にした入れ物。砂浜の砂を用いた色付きのそれは一つは小さく一つは大きい。大きい物は中身は片方は桃が液の中に沈み小さいのは琥珀色だった。
硝子の蓋を開けた勝三は準備しながら。
「鶴山城に造った桃園で養蜂をしていたんですが今年は忙しくて桃を食べる余裕も無かったんでしょ?それで桃の砂糖煮と蜂蜜を瓶に詰めて貰ってたんですよね。送る暇も無かったんで持ってきました」
勝三は用意しておいたクレープかチャパティーの様な焼いた小麦粉の上に蜂蜜を垂らし越前硝子の上に桃の砂糖煮を乗せる。
「ドン引きするくらい甘いんで気を付けて下さいね。無病、帛、確りと歯を磨くんだぞ?」
息子と娘が輝く硝子細工と桃と蜂蜜をかけた小麦焼きを、その蜂蜜や砂糖や硝子よりもキラキラとした目を向けながら頷く。
「蜂蜜の方が甘いと思うんでソッチ後に。それと口が甘くなった時は温かい麦茶をどうぞ」
勝三の頂きますに揃って皆が手を合わせて口にパクリ。
「あぁンま」
目が覚める様な甘さに勝三が反応する。白桃と砂糖の迸る様な甘さの中にレモンの代わりに入れた、岩室長門守重休の送ってくれたリマンの酸味を薄ら感じた。皆の反応を見ようと顔を上げればフレーメン現象。
甘すぎて硬直してた。
内藤家は割と甘味を摂取する機会があるが最も甘いのは林檎の砂糖タレである。これも大概甘いが林檎の酸味が強く甘酸っぱい物であり今食べた桃の砂糖煮は甘味が全力でブン殴ってきた様だった。勝三がちょっと不安になるくらい固まってたから相当である。
「美味しいか?」
勝三が問えば口いっぱいに頬張った子供達がニッコニコでコクコクと頷く。
「喉に詰まらせないようにな。あと歯磨きを忘れるなよ」
「そうだ幸殿、帆布の方は大丈夫ですか?」
「はい!新しい機織り機のおかげで」
「それは良かった。帆船を造る事も増えるので苦労をかけると思いますが言って頂ければ用意しますので」
「それは助かります。人手には困りませんがあの機織り機があればあるだけ御要望に応えられますから。今浜の方にもお願いします」
「分かりました。伝えておきます。一先ず稀殿は御苦労様でした」
「……」
山科稀は無言で頷く。ハムスターみたいになりながら。何なら一番に頬張ってる。
この後に父母とも合流し信長に蜂蜜と桃の砂糖煮をねだられ、織田家の一族を含めて淡海船遊びで須賀谷温泉に浸かり、別れを惜しんでいた時に急報が入った。
そう勝三の労いを兼ねた半月に満たない期間の最後に奇怪な話がブッ込まれたのだ。
「岡山城が三村勢により落城!!!」
それは賀島弥右衛門長昌からの急使の絶叫。
「はい?」
勝三は首を傾げてしまった。ちょっと意味が分からなかったのだ。岡山城は宇喜多家の城で宇喜多家は織田家と毛利家の両属である。そして三村家は毛利家の家臣だった。備後国の北部中部辺りを治める国人で宇喜多家とは因縁深い間だ。
そう勝三とて毛利家との関係がある為に仲が悪いのは知っていたが意味不明である。何せ毛利家と織田家は昵近だし朝廷との繋がりもある訳で。端的に朝廷と毛利家と織田家に喧嘩売ったのだ。
もっかい勝三の心情を記すが意味不明。ス◯夫がジャイ◯ンとドラ◯もんに喧嘩売って仲裁に来た先生にドロップキックかます様な物で分かる訳が無い。兎にも角にも出陣準備の先触れを出して信長に報告の後に備前に帰る事とした。
「で、状況は?」
そして乙子の湊で準備を万端整えていた宮部善祥坊継潤に勝三が問えば即座。
「宇喜多殿は一先ず妙善寺城に逃れたとの事です。しかし半里ほど西にある操山の城ですが堅城とは言い難いと。若しくは亀山城まで下がっておいでかも知れません」
「清水殿は?」
「初報では船も旗も無かったそうです。少なくとも同調はしていないかと。と申しますより三村家の暴走では無いでしょうか」
「……因縁すごいもんな。他に攻めて来てるのは居そう?毛利家もそうだがウチも含めて」
「流石にそこまでは。しかし急襲とはいえ岡山城が落ちるとなると三村家単独では難しいかと心得ます。少なくとも助力する者は居るかと」
勝三は熟もゲンナリした。十中八九、十の中の八から九どころか十溢千万、十から溢れて千も万も義昭の所為だと確信してたからだ。しかも九州征伐の準備を用いる事になる。
毛利家が破れた時点で信長は遂に義昭の朝敵認定を決めたが少々遅かった。
つーか毛利家も九州の戦いにおいて敗北した為に戦後処理が非常に難しいものとなって交渉どころか状況の擦り合わせさえも余り出来ていないのにコレだ。
「ダルぅ……」
「どうなさいました?」
「ああ、いや。また義昭だろうなって」
勝三の煤けた返答に宮部善祥坊継潤はベチンと己の禿頭を叩き。
「……あー。うん。で、しょうなぁ」
「んじゃあ、さっさと潰すかぁ……」
勝三は山陽軍団長として備前を本拠とし美作播磨の統治を任されており凡そ六十万石、兵数にして一万五千程の兵力を有していた。
その内で即応出来るのは五千程で内藤家瀬戸内水軍もそう言う大きな船を用いれる整備のされ方をしていた。まぁ備前から運ぶ物に大坂城の石垣に使うデカい石の運搬とかあったのが理由としちゃ結構デカい。故に一隻で備一つを運べる一角船が多数製造されていて今回も即座に十隻が用意され播磨で兵を収容している。
そこに護衛と補給を専門とした艦など含めて大小二十数隻が付随して現状は鹿田川の入江に立つ岡山城へ西国街道と瀬戸内航路を用いて突撃する算段だ。
する算段ってか、した。
その、した。から少し時は戻る。
南の麓に小島湾が広がり北の麓に西国街道が伸びる操山の妙善寺城。此処は三村家と宇喜多家にとり因縁の地だった。
超ザツに言えば乱世の習いで三村家が喧嘩ふっかけて宇喜多家が防衛、んで三村家の当主を宇喜多家が暗殺するって因縁だ。
宇喜多ゼッタイ殺すマンが誕生したが、しかし織田家の宇喜多征伐は宇喜多三郎左衛門尉直家の胆力でオジャンとなった。しかも児島でのゴタゴタで織田家と毛利家が統制を強化し、毛利家が博多占領にのめり込んだ事で鬱憤が堆積。
結果。
バンバンと銃声が響く。
「仇討ちじゃあ!!」
「はよ門開けぇゴラァ!!」
「はよ門開けんか!!」
破城槌を叩き付けながら三村勢が門を破ろうとしていた。何だったら鉄砲の届かないギリギリのところに三村家当主の三村修理進元親と彼の兄で他所に養子に行った穂井田式部少輔元資が並んで血管浮かせてる。信じられないくらいの声量で。
「宇喜アアアアアアアアアアアアアアアア!!おどりゃブチ殺したるけぇノオ!!!!!」
「出てこいやゴルァ!!オヤジの仇じゃワレェエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
……ほぼ極道とかヤクザの類である。いや此の時代の人間って大体が極道とかヤクザみたいなアレだけど。
それにしたって何と言うか。好意的に言って任侠ドラマ的な、そう鉄砲をチャカ、小太刀をドスとか言いそうなドスの効いた声での絶叫だ。ただ宇喜多家の方も随分とドスが効いてた。
「何ぁしに来とんじゃワレェコラァッ!!!」
「ケツぅ撃たれてくたばったアンゴウの三浦じゃア!!」
「ケツ撃たれる前にいねやコンボケカスゥウウウ!!」
戦の常である悪口合戦はドス効き過ぎてドスドスしてた。|本場の備後とか安芸だったらどうなんのか恐ろしくなる程のドスドス。また破城槌も城門をドスドス殴りつけてるから音という音がドスドス。
「伯父貴ィ如何しますか。連中ぼっけぇ多いですわ。勢いもでぇれぇで」
宇喜多与七郎元家がそんな城門の音を耳に伯父へ問う。宇喜多三郎左衛門尉直家は正月に攻められた為に援軍の当てが無い事を考え溜息を一つ。兵は外にあるが主要家臣は凡そ此処にいる。
百々の詰まりは援軍に出す兵を率い指揮する将軍、それも三村勢を押し返せる様な者が外に居らず、援軍のない籠城と言うジリ貧の戦いとなっていた。
「逃げ遅れたわなぁ。取り敢えず連中にぶっかける湯でもてーてぇてくれや。冷や水より効くじゃろ」
だから場当たり的な事を言うしか無い。兵糧も問題で一月が精々だ。逃した妻子と内藤家へ向かわせた使者に期待するしか無かった。
「……旦那ァ。儂がまた敵ん大将ドタマぁコイツで撃ってきやしょうか。此処まで引き上げてくれた恩があらぁ。浮田ん姓に河内の恩、返させて下せぇや」
短筒を握り言ったのは浮田河内守家秀、元は遠藤又次郎秀清と言う。三浦家当主を銃で暗殺した特大の功労者だった。彼はもう一度それをやろうと言うのだ。
宇喜多三郎左衛門尉直家はカッと目を見開いた。
「河内こんアンゴウが!!何をオドレん命軽ぅ使こうとんじゃワレェ!!二度三度同じ手ぇ通る訳ねぇじゃろうがい!!」
「そうじゃ河内。殺るにしても機があらぁ。殿の言う通りじゃ」
長船越中守貞親が言った。戸川平右衛門尉秀安が頷く。
「だいたいオドレん腕なら斎服山んトコの内藤様がくれた長筒でも使うた方がエエじゃろうが」
「そうじゃそうじゃ!!」
「お前ばぁ手柄ぁ挙げて狡いんじゃ!!」
岡豊前守家利が続き花房志摩守政成などが茶化す。浮田河内守家秀は感無量だった。感じいる者達が頷く。
そんな空気が少し薄れると長船越中守貞親が口を開いた。ソレはソレとして現状が芳しく無いのは確かだ。
「んがしかしじゃ殿。手はあるんか?河内が無駄死にするんは儂も反対じゃがジリ貧は代わり無かろうて」
「おう長船の。儂ぁ内藤様のトコの援軍が来るまで堪えりゃ何とかなるとは思うとる」
宇喜多三郎左衛門尉直家は頑として頑是答えた。その答えには半月と言う期間と、それだけ保つか怪しいと言う但書が付随したが、其れを士気の低下を防ぐ為に敢えて伏せて。お陰で若い者や良くも悪くも愚直な者は安堵と戦意が沸いている。
そしてある事に気付いた。
「……すまんがちいと。ちいと静かにしてくれんか」
宇喜多三郎左衛門尉直家が困惑気味に言えば異性のいい事を言っていた若武者から場を見据えていた老臣まで口を閉じる。
「……音が、せんぞ」
誰かが皆の困惑を代弁した。戦いとは喧しいものである。それこそ声という声が交差する物なのだ。だが呵成罵声銃声の何も消え去っていた。どころか剣戟や太鼓や風切り音さえ皆無である。
そこに漸く音。伝令の駆ける音だ。
「何事じゃあ!!」
「三村勢撤退をはじめとります!!」
「何?!」
全員が確認の為に櫓に向かう。その途上で轟音が響いた。豪胆な者さえ困惑する。
それは凡そ雷鳴と言うべき音だった。おそらくは山の裏側の方から。即ち中ツ海や水島灘のある児島湾からだ。
即ち強力な船の到来を意味していた。俄かに宇喜多三郎左衛門尉直家が立つ。
「出陣じゃあ!!三村んボケタレ供んケツ蹴り上げるぞ!!」
「て、敵の罠の可能性は?!」
「無い!!続け!!カチコミじゃアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
呵成と言うよりは怒号を轟かせて宇喜多勢が門を開く。砲声に鼓舞され半ば転がり落ち、稀に本当に転がり落ちて三村勢を追う。グルリと山に沿うように敵を追って。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!ヤスミカエセアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
鬼の咆哮を聞いた。その硬直は進軍を止める程。そして黒い濁流が三村勢へ流れ込んで来た。それは津波の様に怒涛。それは剛槍の様に重鋭。先頭には壊れた様に回る黒い水車。
状況を理解出来ぬまま正にポカーンとした宇喜多勢の前で半ば虐殺じみた騎兵突撃。追撃までもがそのまま終わり三村勢を捕えはじめたところでデカいのが向かって来た。
「な、ん……。あ」
誰もが絶句する中で宇喜多三郎左衛門尉直家が気付く。
「皆!!下馬じゃ!!馬降りぃ!!」
宇喜多家の将兵は困惑しつつも言う通りにして此方に来る人影を見た。
見て思う。随分と大きなモノが迫ってくる。迫って来るにつれその大きさに気圧された。気圧される程に大きな体躯と鉄の柱を唖然と見上げる。
「宇喜多殿御無事でしたか」
「援軍忝ねぇ!!」
そう答えた宇喜多三郎左衛門尉直家。彼とその家臣は親分を迎えたヤクザの様に直角に頭を下げていた。残るのは困惑気味の勝三だけである。
……返り血くらいは拭うべきだった。