かくれんぼと世代交代の足音
感想、ポイント、ブクマ、いいね有難うございます。
今回は上手く纏められず長いです。
それでもいいよって方は暇潰しにでも見てってくれれば幸いです。
「さて行くか」
織田右近衛大将信忠が船上で穏やかに、しかし溌剌と言う。
そらもうやる気満々であり準備万端。敵の水軍による奇襲に対する警戒を残し魚津城を全軍で強行する。そんな総仕上げと言うべき戦いを前に次世代の当主が滾っていた。
森傅兵衛可隆と団平八郎忠正の備に加えて勝三を先陣にだ。
「気をつけて下さい若様」
水を差さない程度に傅役、河尻肥前守秀隆が言う。一応の注意以上の言葉では無いそれに織田右近衛大将信忠も薄く笑って。
「ああ、とは言えほぼ丸裸だがな」
そう事実を述べる。
魚津城は東と南北に冂の様な水堀があり、更にその内側にも水堀があって上から見れば冋の様な城だ。
水堀の無い西側は本来ならば湊街という壁、砂浜という足場、海と言う難所、船という砦があった。
普通は攻められる場所じゃないが其れをゴリ押しされて計らずも丸焼きされたのである。
正味、船に大砲乗っける様な織田家で無ければ堅城と言って差し支えなかったが今は紛う事なき裸城。
水堀一つ。
本丸へ向かう橋を取れば終いの戦だった。
「良し。開戦!!」
織田右近衛大将信忠の言葉に法螺が響き連なっていく。その音と共に勝三の指揮する備が楯竹束を構えて浜から湊町の残骸へと入り門に向かって進んだ。それも時折だが弓鉄砲で敵城を牽制しながらである。
その兵の壁の中央では抱え大筒を持った兵が置楯に守られていた。兵の壁が橋の前まで来れば更に進み出て門へ砲撃を加える。
なんかでんぐり返しして遊んでる様に見える者も居るが仕方ない。内藤家の抱え大筒の威力は絶大で人が撃てるギリギリの物だった。だから射手は勢いを去なす為に転がる必要があるのだ。
人が運べる重さで人が撃てる大きさでは有るのだ。しかし火力を求めた結果として誰でも使える代物では無い。普通の鉄砲みたいに撃てちゃう勝三がおかしいのだ。
どっかのムキムキモンスターが大砲振り回してたら普通の戦の感覚が分からんくなる。因みに今回も勝三が撃ってこようとしたが普通に傅役と息子に止められた。戦うには良いが若様の教育には良く無いんでしゃーない。
ともかく鉄砲以上で石火矢には届かずとも重く激しく激烈な音が絶え間無く。距離を取っておりまた強風によって白煙が散る為に誘爆を気にしない猛射と言える。正直言って魚津城守将以下が不憫まである。
「門が崩れたな」
結果コレである。瓦が弾け飛び屋根が捲れ上がり冠木が割れ鏡柱が倒れ扉に穴が開いて控え柱が折れ崩れた。何かもうマジ酷い。
「寄せ貝!!」
織田右近衛大将信忠の声、法螺貝に加え陣鐘が鳴る。勝三の備が左右に分かれて森傅兵衛長可が門へ突入した。団平八郎忠正と河尻肥前守秀隆の備が敵城壁へ牽制を繰り返す。
魚津城の本丸は小さく戦力は少ない。如何な強者とて数と勢いには勝てないものだ。勝三が居るせいで説得力が薄くなるけど。
兎も角も守将守兵共に激烈でな奮闘はした。凡そ一刻もの間、本丸櫓を守り抜いたのだ。だが衆寡敵せず城を枕に討死。守将も櫓に火を掛け自刃した。
「潮時か。だが忘れんぞ。織田め」
須田相模守満親。勝三を迎撃し城に引いた男である。占領された魚津城を見て言った。必要な事であるが影武者に後を任せ後退していたのだ。影武者と言うが守将代理である。それは父親であった。
「信州の事、心中お察し致します父上。私が我等の悲願、果たして見せましょう。どうか御笑覧あれ父上、貴方の仇もいずれ必ず」
燃える櫓に語りかけ須田相模守満親は戦場を離脱した。尚、海から出てきた勝三を見て悲鳴よりの声をあげた人である。まぁ九割九部ゴジ◯だからアレ。
さて翌日、織田家は亡骸を供養し近場の神社に兵を入れた。メチャクチャ湊燃えたからしゃーない。神明社と火の宮神社で有る。
その一つ神明社で勝三は津田大隅守信広と共に織田右近衛大将信忠に呼ばれていた。
「さて、叔父上、勝左衛門殿。此処はお任せします」
織田右近衛大将信忠が言えば津田大隅守信広がドンと胸を叩いて。
「うむ、任せてくれ右近衛。大船ならぬ一角船に乗った積もりでいれば良い。勝三がだいたい何とかしてくれる。其方こそ気を付けろよ」
勝三は津田大隅守信広がしたり顔で立てた親指を向けて来るのに気付いて二度見して。
「……え、あ俺ですか。いや何かあった何とかしますけど。ビックリした」
「ハッハッハ言質取ったぞ?これで後顧の憂いは無いだろ右近衛」
「ふふ、そうですね。感謝します叔父上」
楽しそうな津田大隅守信広と織田右近衛大将信忠にしてやられたとおちゃらけながら。
「若様、御身が出る時を見違いませぬよう。それと武功期待しております。また麾下で戦える事を楽しみにしております」
「うむ!」
織田右近衛大将信忠が東に向かうのを見送って勝三は津田大隅守信広と打ち合わせを始める。
「じゃあ俺は一先ず艀を作っておきます。城の事はお任せしても?」
「おう任せとけ。それと三郎と権六殿に伝令を出しておきたいんだったよな?それもコッチでやっとくか?」
「あ、じゃあ手紙書くんでお願いできますか。敵騎馬隊が西に向かったのが如何も気掛かりで。一応通達はしておくべきかと」
「あぁアレなぁ……。お前さんの暴れっぷりで何もかんもブッ飛んだが確かにおかしいな。前の戦の事もある。確り伝えておこう」
その手紙への反応である。柴田修理亮勝家は物見を出すにとどまった。敵を押し込める為にそれしか出来ない状況だった。故に特に問題視したのは信長だった。
「騎馬か、人の十倍食う馬を籠城戦を展開してる此方側に持ってくる?兵を分散させはしたが百やそこらの騎馬で何が出来るでもなし」
読み解こうとするのは信長である。敵の意図を理解するべき立場なのだが当然だ。だが兵数的に出来るのは前回と同じ後方錯乱程度である。
とは言え故にこそ其の程度の対処は兵力と言う覆しようのない対応を済ませている。基本的に五千の兵で各所を平定しているし物資は纏めて運び己は城に篭っていた。政略戦略と言う土台固めは信長の常だった。
であるからこそ分からない。騎馬を持ってきたのであればハッタリの可能性も無いではないが機動力を活かそうと言うのは絶対だ。その機動力を活かして何をする気かが鍵。何も出来なくさせたのだからそりゃあそうなのだがマジわかんね。
「取り敢えず右衛門尉と七兵衛に伝令だ。上杉は何をしてくるか分からん怖さがあるな……」
唐突にスと小姓の一人、森乱が一礼して退室する。それを見た信長は何をしているかは分かるが未だ慣れずに他の小姓と同じような顔で森乱の出ていった戸を眺めて。
「凄い気が利くが、こっちが戸惑うな」
そう信長がつぶやくと森乱が戻ってきて信長に頭を深く下げる。
「相国様、申し訳ございません。御思案の最中とは思いますが勝手ながら伝令に声を掛けきました。第一報を届けましょうか?」
「うむ。ああ、頼んだ。敵が後背を襲う可能性もある。特に糧道が如何なるか分からん。敵の遊兵に気を付ける様に伝えてくれ」
「直ちに」
信長は地図を見る。一番面倒なのは輸送部隊への襲撃すなわち兵站への攻撃である。とは言えそれは魚津城の奪取で先陣においての問題は薄くなった。越中攻略の遅延にはなっても敗北にはならない。答えとしては弱い。
「視点が、狭いか……?」
閃き、である。信長は顔を上げた。森乱がいた。
「……如何した?」
信長が聞く。すると森乱がス、と。出したのは地図。
「御入用になるかと心得、一応持って来ておきました」
「……あ、うむ。助かる」
「芋餡の啜り団子の準備も出来ております」
「……うむ。……うん。持って来てくれ」
「はは」
森乱が立ち上がって外に出る。
「気遣が凄い……」
信長は思わず戦慄を吐露していた。
「……それどころではないな」
信長は地図に視線を落とす。越中周辺も含めた地図。西北に能登国、西に加賀国、南に飛騨、東に信濃国、北東に越後国。
「山を越えて撤退する気か?……まさかな」
柴田修理亮勝家は上杉家と激烈な戦闘を繰り返していた。本陣は堀江城としつつ松倉城に行くまでの城を取り合っていたのだ。とは言え圧倒しているのは確かなのだが。
「連中、やっぱ強ぇな。軍神本人が来るたぁ思わなかったぜ。おかげで要所要所で躓いちまう」
前田又左衛門利家が煩わしげに言った。柴田軍の諸将も同感の様で否定の言葉は無い。
「ん“ん“ん“ん“……」
何と言おうかゴロゴロと。鉄鍋の中で煮え立つ熱湯の気泡か、曇天のなかで雷が底籠る様な音。発生源は非常に角張った男だ。
骨太である上に隆々の筋肉を持ってゴツいもゴツくゴツゴツな猛勇で通る武将。柴田家与力の拝郷五左衛門家嘉である。
「うむ、海側はともかく山側は困ったもんだ。軍神が来るとは言え郷柿沢館も落とせんとは。我が事ながら情け無いったらない。一揆を相手にし過ぎて鈍ったわ」
郷柿沢館は本陣である堀江城に最も近い城館である。降伏勧告を拒否されたので拝郷五左衛門家嘉を総大将とし対応する事になった。
んで包囲して大筒持ってって門を吹っ飛ばそうとしたら夜中に軍神がやって来て逆にブッ飛ばされたのである。
大筒は守ったし撃退はしたが割と巫山戯た話だった。夜襲を受けたとは言え館を落とし切る事ができなかったのだから面目丸潰れだ。
「明日、喜六郎様の帰陣と共に郷柿沢館を落としに行く」
「柴田殿も出るのか」
拝郷五左衛門家嘉が問えば柴田修理亮勝家は頷く。
「軍神が来たとなればな。海側にも出現したが向こうは牽制が精々だ。その敵の行動にも出ている様に此方の方が矢張り重要でもある」
「まぁ本陣に近過ぎるわな。あの館は」
前田又左衛門利家もそう言って同意した。佐久間玄蕃盛安、柴田三左衛門勝安も雪辱を晴らす好機と乗り気だ。全体的な雰囲気としては開戦に積極的だった。
「俺達もちったあ手柄が欲しいな。気を使われてるだけじゃ申し訳がねぇ。ここらで役に立たなきゃ立つ瀬がねぇよ」
朝倉式部大輔景鏡あらため土橋式部大輔信鏡が言った。共に危急の時と聞いて参陣した魚住備後守景固も最初から増援として従軍していた真柄十郎左衛門直隆もだ。越前衆は手柄を欲していた。
「うぅん……」
ただ柴田監物義宣が唸った。彼は柴田修理亮勝家の甥だ。老け顔なのだが柴田修理亮勝家にクソ似てる。
原隠岐守長頼と養子の柴田三左衛門勝安と共に土橋式部大輔信鏡の援軍へ向かい越前国大野郡に流入した一揆衆をシバき倒した一人だ。
「何かあるか?」
柴田修理亮勝家が問う。すると柴田監物義宣は言い難そうに。
「いやぁ、おやっさん。臆病と取ってくれて構わないんだが軍神が来る程の何かが有る場所だぜ?おやっさんまで出るとなると少々不安でならねぇ。かと言って俺も撃退されたクチだし攻めるなら全軍を待たねぇか?奇策は常道で擦り潰すモンだろ」
「喜六郎様の軍勢も含めてと言うことか。全く同感だが冬になる前には松倉城を包囲せねばならん。包囲する為に城を造る事も考えれば一刻が惜しいのだ」
「だよなぁ……また大殿様を狙われたら目も当てられねぇしよ」
評定の結論として決定したのは津田伊勢守秀孝と松永金吾久通の二陣を待って出陣、六角近江守義定と水野下野守元信の三陣の到着と共に二陣には山沿いの城を落として貰うと言う工程だった。
だが戦争において取り決め通りに物事が進む事は先ず無い。それは敵が名将であればある程に顕著だ。てな訳で堀江城から北東十三か四町程の距離にある上梅沢館から伝令が来た。
「森野新館より大量の煙が出ております!!」
これは第一報だ。最終目標の松倉城とその支城群を攻略する最前線拠点とする予定の城。そこからの煙の答えは一つ。
「敵の大軍が動こうとしている」
当然の事を言ったのは柴田修理亮勝家。であれば答えは一つ。名将はよく動き拙速をも厭わない。故に北陸軍団の総大将は言う。
「最低限を残し出るぞ。陣触れだ!!」
皆が甲冑を纏っている最中に第二報。
「伝令、敵凡そ五千!!毘の旗有り!!」
最低限の守兵を残し進軍中に第三報。
「伝令、上梅沢館に上杉勢が攻め掛かって来ました!!」
「間に合ったか」
柴田修理亮勝家が安堵して言う。丘陵があるとは言え視界が良好であれば余裕で見える距離だ。間に合って当然だが相手が相手。
安堵すれば迷う事はない。騎馬隊を抽出し先行すれば大筒を放つ敵。それは獲物である。
「このまま突っ込むぞ!!かかれ!!!」
鎧袖一触と評すべき勢いで大薙刀を振り回して敵を蹴散らし後続と合流した柴田修理亮勝家は鳴動する様に大きく息を吐いた。
「……これは上杉ではない」
これは恥辱である。
「奴等何処へ行った……ッ!!」
越中国新川郡弓庄城でシャカシャカと小気味良く音が鳴る。クルリと茶筅が椀を沿って茶から離れた。コトと鳴りはしないが鳴りそうに一杯が。
「ああ、良い感じですね、ああ……」
上物の日野漆器の上に載るのは瀬戸茶碗と餡包みを乗せた京漆器の皿。それを満足そうに眺め、眺め、眺めて茶が冷め出して漸く飲む。口を離してスッと離れた。
「あ”あ“ッチクショオオオオオオ!!!」
なんか急にキレた。
「緩いぞコレクソガアァッあ“あ”!!!」
そら冷めるて。だいぶ見てたもん。だいぶってかエグい見てたよ。
「あ“あ”ッチッソがンとォによお!!!」
悪態を吐きながら茶を煽り茶器を洗う。洗った茶器でまた茶をシャカる。何かさっきより力入ってて雑だ。
侘び寂びis何処。
此の二十前後の男は佐久間甚九郎信栄と言う佐久間出羽介信盛の嫡男だ。武将としては一揆勢数百をブッ殺すくらいの将であるが細っこい。ビックリするくらい長い茶筅髷と父に似たクリンとしたハの字の口髭を生やし妙にボンボン感が有る。
そう、貴公子とか、良家の出とか、育ちが良いってよりボンボン。所作なんかはしっかりしてるが、まぁ言葉遣いとかの所為だろう。しかし一番の理由としては何と言うか趣味に没頭を取り越して沈殿してるからだ。
「クッソ!!滑らかさが足らねぇゴミ茶になったわ!!ああ!!」
趣味に没頭するのは良い事だ。ただ時と場合を考えるべきだし言い方は悪いが有体に言って縋ってしまっている。つーか上杉家と戦時中やぞ今。
三杯目の茶をシャカシャカじゃ無くジャカジャカと音を立ててドンと置く。勿論だが少し茶が跳ね溢れて落ちた。
ヴィッッキィと青筋が浮かぶ。
「クソがァッ……ぁぁ!!」
そこにドスドスと激しい物音。
響きと共に青筋が増えていく。
「若様!!」
「あんだァッ?!茶の鍛錬中は声をかけるなッてんだろォッ!!ああ!!」
「それどころでは御座いません!!上杉軍の軍勢が現れたました!!」
「……え?」
弓庄城は後方の城だ。敵の来る可能性もあれば前衛の要請があれば兵を出す城でもある。だが数による圧倒的なヒラ押しをしてる現状で敵が来る訳が無い。まぁ吃驚はするよね。
佐久間甚九郎信栄はブワァと汗をかいた。心情に即したベットベトの脂汗がダラダラと。完全に沈黙した彼は黙考していた。黙考して黙して愚痴を入れた。まぁ思い詰める、と言うのが近いかもしれない。
尚、何考えてっかってまぁ『え、何で上杉軍来てんの此処後方だろ!?いや絶対来ない
訳じゃ無いのは知ってるけど何で選りに選って俺がいる今?!ふざけんな帰れバカ!!上杉のうんこアホカスぅ!!ホントぶち殺すぞクソが!?いや殺されるのは俺だけど!!こちとら一揆勢に手柄立てんのが精々だぞ舐めんなよ!!ああああ!!あ?あああ!!!』である。だいたい同じ内容を永遠にリフレインしてた。
……データの処理出来なくなったパソコンとかみてーに固まってだ。
「……様」
「……か様」
「……ァカ様!!!」
「うお、ああ。ぷあ、ビックリした……何だ治兵衛あぁ?」
「呆けている場合では御座いませんぞ!!」
「ああ。ああ、そうだな……」
「急ぎなされ!!」
「……ああ」
越中国新川郡仏生寺城。信長は意図せず落胆を滲ませた表情を浮かべていた。相対するのは重臣であるが故に少々の頭痛さえ覚える。その相手は存外に堂々としていた。
「右衛門尉。今回の事で申開きはあるか?」
「御座いませんとも、ええ。上杉軍三千ともなれば手など出せよう筈も御座いません。手出しを控えた選択は正しかったと心得ます、ええ」
分からないでは無い。無いが信長の目は細められる。こう、何とも言えない表情。苦味と酸味を同時に味わった様な顔だ。苦々しいでは済まない顔で。
「籠城は構わんが敵を拘束する様に伝えた筈だが?弓庄城から一兵も出さなかった理由は何だ。お前ともあろう者が騎兵を置いていなかったとは言わんだろ」
戦うと兵を出すは同義では無い。兵を出せば敵に兵を分散させるか一息に潰すか、ともかく何某かの軍事行動と言う選択を強いる。退くなら追えば良いし、止まるなら見張れば良いし、迫るなら篭れば良いのだ。そうでなくても一手打たれた敵は何某かの対応を取らねばならない。その敵の対応によって敵の状況や考えの尾を掴むことが出来る。
今回の状況から見て退くだろうが敵の位置を正確に捕捉できたのなら後詰を送り浸透した敵を囲んで潰せる。もっと言えば弓庄城から兵を出し戦端を開いて敵に交戦を強い、完全に拘束して仕舞えば上杉兵三千を撃滅さえできた。
上杉の三千を撃滅出来れば戦争の終結さえあり得た事だ。そんな彼等にすれば当然の共通認識を問わねばならない信長は非常に辟易としていた。何故よりによってお前程の男がと言う感情である。
近江での致命傷一歩手前の失態と無思慮こそあったが未だに佐久間右衛門尉信盛と言う存在は重臣だ。それだけの積み重ねはあったしそれだけの能力はあると知って信頼していた故に。
「理由を言え」
「……ええ。いや、その」
これは割と分水嶺である。尾張国の統一前、弟との争いの頃から頼った男、その存在をどう扱うか。信長は決めねばならない。
「……ええ、私の手落にございます」
答えを聞いた信長は泣きたくなった。気持ちは分かるが違うのである。あまりにも不足していて欲した答えとなり得ない。特に注目を集め過ぎた今回はダメだ。信長としても諦念じみた感覚になりながら。
「分かった。右衛門尉、此の戦が終わったら隠居しろ。甚九郎は鍛え直せれば一城一郡くらいなら任せられるだろう。茶の道に精通しても立場は良くならんぞ」
「な……ッ」
「嫡男を庇い立てる気持ちは分かる。だが此度の戦は余りにも天下の注目が集まり過ぎた。勝機を逃したお前の悪評も広がっている。こうなっては俺でも庇い立ては出来ん。戦功を持って贖う気力も無いのだろう?」
佐久間右衛門尉信盛は頷かざるおえない。それ程に軍人としての精細を欠きつつある自覚がある。元より全てを自分で熟すクチの人間であったが最近は不可能となっていた。昔出来ていた事が難しくなり不必要な所で保守的になっている。目の前の事には対応出来るが視野が狭いのだ。
信長は言いたく無いがハッキリ言う。
「西の事はあるが戦は未だ終わらん。一将としてならお前は頼りになる。だが一将と言う立場は最早やれん。だが同時に軍団長にも出来ん。今回の事は止めだ」
信長は別に無能と言いたいのでは無い。
武力、これは個人の力で、個人範囲の判断。
戦術、これは部隊の力で、部隊範囲の判断。
戦略、これは軍団の力で、軍団範囲の判断。
政略、これは国家の力で、国家範囲の判断。
兵ならば武力さえあれば良い。連携という意味で人当たりは重要だが、それはやはり集団の問題。命令通り動ければ満点だ。
将ならば戦術が必要である。敵の動きを理解して対応する必要があるのだ。また味方との連携にも必要な物。
将を束ねる将ならば戦略は理解しなければならない。自分達の動きがどう言う意味を持つのか理解する必要がある。
軍団長ともなれば既に政略を理解する必要がある。軍政もそうだが政治的な配慮や連携を考えねばならないのだ。非常に嫌な事だが政治を理由に戦争を決定する必要さえあった。
此処で端的に言おう。佐久間右衛門尉信盛は将としてなら非常に頼りになるが軍団長としての才に乏しい。だが仕えた期間と今までを考えれば一将として使うには余りに大身に過ぎるのである。
例えばだ。無粋にもゲーム的に表現しよう。最大値は99として数値による補正が乗る。
武力は十の単位の戦闘、戦術は百の単位の戦闘、戦略は千の単位の戦闘、政略は万以上の単位の戦闘。ゲームっぽく結果を引き寄せる能力として兵力に見立て、それを戦闘力で出せることとして見れば計算式は以下の通り。
兵力+(兵力×能力値)=戦闘力
兵士の場合は能力値に武力を入れる。
侍大将の場合は能力値に戦術を入れる。
将軍の場合は能力値に戦略を入れる。
軍団長の場合は能力値に政略を入れる。
武力・戦術・戦略・政略・該当武将
99・98・97・87・内藤長忠
95・95・95・95・岩室重休
87・98・90・99・丹羽長秀
90・93・97・90・滝川一益
97・97・95・80・柴田勝家
では佐久間右衛門尉信盛は、だ。
90・92・85・57・佐久間信盛
勿論これは物の例え。しかも概念として並べるに値しない貧相な例えだ。そもそも能力など数値化出来るものでは無いし状況によって変動する。だが敢えてシュミレーションゲームのプレイヤーとして考えて欲しい。此の能力を見て万の兵力を預けるだろうか?
縛りプレイでも無ければごめん被る。寧ろ千の兵力を預けて縦横無尽に戦って貰う。ゲームならそれで何も問題無い。
だが悲しいかなゲームでは無いのだ。佐久間右衛門尉信盛は織田家の重臣であり続けてしまった男。人目と言うのはあるが信長も本音を言えば順当な地位に付けたいのが人情だ。しかし今回は情に流されれば、だ。
余りにも影響があり過ぎる。
信長の設置した所謂、軍団長など大名にも等しい。例えば人が居ないとか、取り掛かっている重要案件があるとか、そう言う状況なら仕方ない、仕方ないと言うか対応出来ないだろう。だが今ならば佐久間右衛門尉信盛が同僚に恨まれ自身も嫌悪する前に勇退させられる。
ゲーム的に言えば名望。この過多で組織の結果にバフが掛かるが名望の大きな者はそれに相応しい役職に着けていないと組織全体の忠誠心が下がっていく。
百々の詰まり問題が顕現化する前に対応せねば政略どころか政治的な問題とさえなりかねない。それだけの立場を得てしまっていて、それだけの外聞があり、それだけの付き合いがあった。無慈悲に言ってみれば織田家の規模の肥大化に適性出来なかったのだ。
佐久間右衛門尉信盛は全て分かっていた。分かっていたからこそ怒りさえしない。何時か来ると思っていた時が来たのだ。
故に。
「ええ。息子は、息子はどう成りましょうか」
佐久間右衛門尉信盛が絞り出す様に問う。これも分水嶺だと信長は分かっていた。
「戻れなくなっているのは知っている。今のままでは一国を担うのも重かろう。と言うか誰もついて来ん。故に奇妙の麾下に置く。これで如何だ。面目も多少は立つ。今のままよりは、な」
佐久間甚九郎信栄は佐久間右衛門尉信盛を継げる程の能力は無い。と言うか備えを指揮する侍大将としての能力が精々だった。侍大将を複数用いて彼らを指揮する能力はまるで無い。そんな男が選りに選って天下有数の家の重臣の嫡男となってしまったのだ。これは誰にとっても悲劇だった。
とは言え佐久間甚九郎信栄も最初は頑張ってたのだ。だが悲しいかな結果が出ず迷走してしまったのである。政治も軍事も適応出来ないと気付き最後に茶と言う文化へ希望を欲したのである。
茶と言う文化人として身を立てようとしたのだが茶人ってのは要は商人である。茶と言う新たな商売道具を創造したのであって茶の技術だけで食べてるんじゃ無い。茶器一式や茶の売買や社交と人脈で儲けてるのだ。他の有名人も茶と言うより既に一定の地位を得ている者達だ。
それに気付いた頃には如何しようも無くなっていた。そんな息子を佐久間右衛門尉信盛は何とかしてやりたかったのである。金をかき集め天王寺屋助五郎宗久に無理を言って上物の茶釜を譲ったりもした。だが武家の人間で佐久間家総領の嫡男で織田家の重臣の子には何の慰めに何の助けにもならなかったのである。
今で言うと何だろ。プロゲーマーとかプロスポーツ選手だろうか?配信とかテレビ出演からグッズや広告の収入にコーチング業で稼ぐみたいな。佐久間甚九郎信栄の茶道は飛び抜けた物では無く茶の湯を盛り上げるほどの舌も無く審美眼も数奇の才もなかったのだ。まぁこれも雑な例えだが。
「ええ、ええ。忝い事で御座います」
佐久間右衛門尉信盛は深甚に言う。自分では如何もしてやれなかった息子だ。このまま破滅するよりはよりは余程良い。
「ええ、しかし少々の時間を。此の戦が終わるまでに息子と話をさせて頂きたく」
「うむ、急な話だ。確り話せ」
「重ね重ね忝う御座います」
急激に膨張した織田家。その変化と弊害がジンワリと現れた。その早急な対処である。
悲しい事だが軟着陸だ。それは痛みを伴う物である。しかし幸いな事だろう。
一方その頃。
「お前ホント化け物だよな」
「あの、三郎五郎様。それ面と向かって言います?」
「いやぁ、だってソレはちょっと……」
織田三郎五郎信広は魚津城で軍政を担っていた。何やってんのって物資輸送と周辺住民の慰撫とかだ。まぁ幕府自体が軍政みてーなモンだから何時もの事だ。
そんな城主代理の前で勝三は右手で筆を持ち左手で金砕棒振ってた。
アレである。
縁側で、座って、文机を前に、外に向かって金砕棒フォンフォン言わせてた。
そのフォンフォン言わせてんの四十貫《約150㌕》の金砕棒ってか鉄の塊である。諄いようだが片手で手紙書いて片手で振ってんのだ。肩から先しか動いてないのマジでオミスタチン仕事しろや。
「まぁ、良いや……」
織田三郎五郎信広はゲンナリと言って本題に入る。割と様になるまじめくさった顔で。
「それより聞いたか?右衛門尉殿の倅の事」
勝三は一瞬だが虚を突かれた顔になって湊で作事を指揮していた時に小耳に聞いた話を思い出す。
「あぁ、命令を無視した、とか?本当ですかね。だって右衛門尉殿の子ですよ?」
「そら、どうだかなぁ。確かにあんまり良い噂は聞かねぇが。あくまで噂さ」
「それで……どうしたんです?」
勝三は訝しんだ。織田三郎五郎信広は余りこう言う話はしない。基本的に都で働く立場故に色々と気を使って喋る癖がついている。そんな男の陰口とも取られない言葉だ。少々意外であった。
「いやぁな。俺も基本は公家の相手で京都にいる。んで右衛門尉は三郎の代わりに畿内の軍勢統括の代理だろ?だからまぁ、色々聞くのよ。酒の席で愚痴とかでな」
「……ふむ?」
「あの人はよ。今の仕事に溺れそうになってんだ。ただ降りるに降りれる立場でもねぇ。隠居すりゃあ良いんだが」
言葉を濁した織田三郎五郎信広に何となく察しつつ勝三は一応は問うておこうと。
「隠居は嫌だと?」
「まぁ、結論を言えばな。何せ実際に問題は起きてねぇからよ。それに佐久間家総領の立場がある。今の立場の職責と自分の能力が釣り合ってねぇ事もそうだがな?隠居までしちまうと立場がなくなる事にも悩んでたんだよ」
「あぁ……佐久間殿程の立場になると確かに。三郎様以外は気を遣いますよね。と言うか三郎様でも気を遣いますよ」
「それだよそれ。今の立場は重荷がすぎる。だが今の立場から去れば佐久間家が如何なるかってな。そんな事ばかり聞いてたから今回の事はちっと心配だ。愚痴りたくもなるぜ」
「……あぁ、なるほど」
勝三は気まずそうに頷いた。佐久間家は一族が多い。そして佐久間右衛門尉信盛は一族の長たる総領家だ。その佐久間家が隠居でどうなるかって事は嫡男がまぁ、その、ね?
そう例えば前田又左衛門利家とかも家督を信長によって与えられている。それは兄の実子の有無と病弱による武士としての能力が理由だ。
んで佐久間家嫡男について病弱な話は聞かないんでまぁ、武家としての能力に於いてはあんまし期待出来ないと言う事である。
「それで大鬼ってどうやって息子育ててんの?俺のとこはホラ娘ばっかだからよ。佐久間殿に助言するのにコツとか無いか?」
「え、ウチですか?」
勝三は凄い吃驚した。それはもうモノごっつい吃驚だ。だって出張ばっかで子育てとかしたくても出来ない。だから父母や妻達に傅役の口中杉左衛門忠就とかに任せてんのだ。何なら信長や右近衛大将信忠の方が息子達に色々教えてる。それこそ勝三が出来てる事なんて手紙のやり取りとちょっとした仕送りくらいのモンだった。まぁ厳密に言えば金品ってより物を送るアレだが。
まぁアレである。武器とか服とか本とか茶道具とか地図とか遊興道具とか勝三の作った物とか色々とだ。宣伝にもなるし。
「内藤家の子息は出来が良いって評判だぜ?」
「デヘヘヘ……有難い御言葉ですがまだ十やそこらですからね。十で神童、十五で才子、二十過ぎれば唯の人とも言います。確り頑張ってるのは知ってますし自慢の息子達ですが如何なるかは未だ分かりません。それに俺がしてやれてる事なんて大してありませんよ」
「いや切り替え早いな。何だでへへって。普通は十で神童にさえなれねぇよ。て言うか本心で言ってんのかソレ?何もしてないなんて」
「手紙と、まぁ物は贈ってますが父がやってくれた様な事は何一つしてやれてません。素振りを見てやれるのなんて年に数回です」
「あー、そう言う事な。そりゃあそうだろ。守護代の分家の郎党と天下人の腹心じゃあ取れる時間が段違いよ。俺だって守護代の分家の妾腹の子から今じゃ朝廷との繋ぎ役だぜ?それこそ立場が違う」
しょぼくれた勝三を見ながら織田三郎五郎信広は少し考えて。
「まぁアレよ。聞きたいのは。何送ってんだって事よ。あと手紙の内容な」
「送ってる物ですか?最近は良い太刀とか送りましたよ。後は漫画とかですね。手紙は最近あった事と相談の返答です。まぁ普通の事ですよ」
「あー、あ?まんが?何だそれ」
「……絵巻物とか戯画とか草紙みたいな。昔話を大仰に絵にしたまぁ暇つぶし。手慰みですよ」
「おまえホント器用な」
「へへへ……」
「……ンな照れ方されても振ってる金砕棒が怖くて愛想笑いも出ねぇよ。て言うか話してる時くらいその金砕棒止めろ。槍でも聞かねぇ風切音をたてんじゃねぇ。めちゃくちゃ怖いわ」
「……これやってないと鈍るんで。鍛錬は欠かせません」
真顔で言う勝三に織田三郎五郎信広は納得してしまった。そして何を納得してるんだと自問自答しながら。
「……まぁ、良いや。それは願掛けって事にしとくわ。お前の力は神仏にでも貰ってなきゃ洒落にならねぇしな。まぁ見て良いのだけでも手紙を見せてくれや」
「分かりました。それくらいなら。漫画とか遊興道具も見ますか?てか擦っておきますよ。試供品って事で」
「ああ、頼むわ」
そんな話をしながら政務軍務を務めていた二人の元へ前線から使者が来る。それは勝三の息子達だったので一幕あったが何はともあれだ。
「上杉の舟は御座いませんでした」




