評定とお勉強
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今回はアレな地図と布陣図があります。
それでも良いよって方は暇潰しにでも見てってくれれば幸いです。
月下軍神が酒盃を傾ける。館の縁側に腰掛け塩を摘みにゆっくり。ありふれた感慨に耽る。
「あぁ全くもってしてくれれたなぁ」
軍神が呟いた。盃を片手に月を見上げて。白が揺蕩う燗酒を流す。
「さらばだ。戦友達よ。感謝する」
詫びはしない。死ぬ前提の作戦を選んだ。尚も戦った勇者相手故。
「最後にせめて一献、共に飲もう。川向こうの戦友達よ」
酒が冷めて夜が更けていく。
翌日、上杉家は軍議を開いた。場所は越中新川郡松倉城。魚津城を始めとした七つの支城を持ってして越後国への関門として建つ城城の本城。陸路海路はこの城達を落とさねば進む事が出来なかった。
大広間にて諸将が集まり軍神が来る前に最低限の状況を知らされている。
「残存兵力は三千少々です」
視線を向けられた千坂対馬守景親が淡々と言った。彼が諸将に別個面談し軽傷以下の兵数を総計だ。これは上杉家としては稀有な決定的敗北である。軍神の差配による損害込みの遅滞戦闘なのは確か。故に織り込み済みだが決して良い状況ではない。
「織田とは此れ程で在ったか」
重く静まり返った評定にポツリと響く。
北の戦線が一段落し報告等の為に軍神を待っていた老将が事の経緯を聞いての言葉だ。老當益壮にして穏和なる直江大和守景綱が困った困ったと顔を顰める。それは端的に上杉家の認識の総意と言える代物だった。
それを契機に諸将が吐息を漏らして。
「大鬼だの真柄だのとは戦り合わなかったが柴田とかいう奴も大概だったな。ウチの新発田と良い勝負だ。河田殿の言う通りだったわ」
「それも問題ではある。だがこの際、将の武勇は肝要ではない。それより兵の強さの本質。鉄砲の、その弾薬の数だろう?問題は」
「大筒もな。如何やってあんげな数の錫や硝石得てるんだ?全く分からん」
「織田の馬は三倍の小便を垂れるのかもな」
「甲斐や陸奥の名馬買い漁ってるとも聞くすけな。あながち間違いとも言えんか」
「そも騎馬はよく食いよく飲むすけ、その数が多ければ必然火薬の数も増えっろう」
「それだけの金があるわけだ。敦賀に加え堺も有れば考えたくないな。此処でどれだけ敵を食い止められるか」
想定通りで想定外である。戦略的な劣勢を戦術で返そうとした。不可能に近しい難度と知りつつ敵の意表を突く一手。危険で無茶な戦いとは百も承知。それでも思う所はある。
「参られます」
中条与次景泰が入室して控え言い諸将が頭を垂れる。柿崎平三郎晴家と本庄清七郎秀綱を連れて上座へ向かう軍神。そこで腰を落とし胡座を組んで。
「面上げてくれ」
上杉家諸将の不満不安が吐露された所で現れた軍神の声。それは超常的な意味は無く唯あるがままに言って将達は何処か安堵した。軍神の齎した今までの結果と信頼が齎すソレ。
この信頼信用の堅硬さこそ上杉家の強さ。
そう、幼稚園や保育園とかそれくらいの頃に夜中トイレに行く時に大人が付いてきてるくらいの安心感。物の例えとしてアレだが戦場で得る安心感としては余りにも大きな価値がある。
「黙祷、しよか」
そして座した軍神が言った。皆が静まり返り口輪を並べた戦友へ思いを馳せる。僅かながら重い時間。
「さ、次の戦だ」
一転。ただの一言で場の空気を軍議の物に変えて見せる。それが出来る超常に踏み入れた軍神が一人を見る。一言。
「大和守」
軍神が問えば頷いた直江大和守景綱は居住まいを正し諸将の注目を集めた。
「は、妙な事に最上伊達はともかく蘆名の動きが皆無でしてな。それ故、少々探らせてみました所、如何やら蘆名の連中、戦費に事欠いて四苦八苦しております様で」
「それは真ですか!!?」
突発的な声は極まった驚きと期待を含めた問いかけ。諸将の表情と視線を見れば誰が問うたか分からない。だが直江大和守景綱は声に応え神妙に頷く。
「複数の聞者役が止々斎が昨年の如く徳政令を出そうとしていると知らせて来ておりましてな。深く調べさせた所なんでも御用商人さえ借款を断る者も多い有様とか。武器どころか兵糧は掻き集めている様ですが動きたくとも動けぬのは先ず確実かと」
「おお!」
誰かが漏らした歓喜。それはもまた諸将の総意。期待高まり軍神はすかさず。
「では兵は?」
「早馬を出せば即座に」
「良う報せてくれた大和守」
そう言った軍神が小姓に視線を向ければ頷いて即座に退室する。礼儀正しく何処か楚々と出て行ったが音も立てず襖が閉めた。ト、と閉まると同時にドドドドって足音が轟く。
そんな超絶ダッシュに違和感を覚えなかった事で敢えての言い方をすれば上杉家諸将は織田家をナメてたと自覚する。それこそ武田や北条と言う己らの寸尺における最大最強の敵と近しい物として考えてしまっていた。個々人の能力も引けは取らないのはそうだが同時にである。
織田家の石高を、兵の数を舐めていた。何せ敵の意表を突いた確信があったのである。であったのに割と普通に対応されたのだ。
奇襲を受けて十全に兵を揃えて万全の地に布陣し、完全を重ねる癖に本隊が機動して止めを刺しに突っ込んで来る。此処まで来ると意表を突いた上杉側が吃驚しちゃってもしゃーない。
「浮き足立ってるな」
軍神が薄く困った様な顔で笑う。だいたい上杉家は出来得る限り敵を小勢とし多勢と戦わない様に努力して来た。それは今までなら軍神の采配によって不可能では無かった事。だが織田家の場合だと如何したって敵のが多勢だ。
山陰五ヶ国、六十七万石。
南海六ヶ国、七十一万石。
山陽三ヶ国、七十七万石。
東山三ヶ国、百三十六万石。
畿内五ヶ国、百四十一万石。
北陸四ヶ国、百十五万石。
東海五ヶ国、百八十万石。
総計、八百二十二万石。
ザッとだがこれが織田家である。
戦争では良くある手段だが敵の方が多くても敵の気を引いて戦う。例えば戦力差が上杉家が五千で敵六千として、今ままでの上杉家ならば敵の兵力を二つや三つに分離させて対応した。だが織田家の場合は兵糧や物資や兵の数が途方もない。
今回は上杉家が五千なら織田家は二万だの三万だのと揃えて要衝に必ず同等相当の戦力が配置されていた。そりゃ軍神が幾ら差配しても最低限五千を相手取れる戦力を置かれては物資の消費だけが募る。政略および戦略的劣勢のクソッタレな現実だった。
「本格的に守勢、取らねばならんな」
軍神が言う。諸将も悔しいが納得していた。戦力差が有り過ぎるのだ。だがその認識では足りない。故に続ける。
「海では勝てん。そうろう?」
軍神が鬼神に確認すればずっと憮然と黙していた男が露骨に不愉快そうな顔になる。
「ああ、無理だな。ありゃあ」
だがキッパリと諦めを滲ませ言った。こと戦に於いて武を以て傲岸なまでに強く自尊とも言うべき強さの自負を持つ男がだ。それは霹靂に穿たれる様な衝撃だった。
その諸将の様子に鬼神は溜息を一つ。
「見てねぇだろうから仕方ねぇがお前らよ。そうさな浜に急にドデカい城が現れたら如何する?丁度、富山の城の一面みてぇなのだ」
富山城は上杉家にとって絶望的に印象深い城だ。何せ敵味方の大筒が交差した初めての城である。何より大砲を設置した城をフリとは言え強攻を強行した。誰もが顔を顰め幾人かは薄く恐怖を思い起こしさえする。
「今お前らが思い浮かべた以上の数の大筒を乗せた代物が十隻近く浜に止まってんだよ」
「な……」
「俺が目ぇ逸らすのに夜盗組やら伏齅の真似事をしてたのは知ってんだろ?そん時に伏木の手前、放生津まで行った時に俺が見た光景だ」
「そんな、馬鹿な……。我らが戦った時より尚酷いぞ。冗談では無い、のだな」
言ったのは水軍と言うより越後舟手組指揮官の一人である平子和泉房長。また彼と同じ表情なのは越中舟手組指揮官の轡田備後雅正。更に彼らと共に戦った岸和田流炮銃、要は鉄砲火薬に精通した唐人式部大輔親広が絶望の表情を浮かべていた。
「物の例えじゃねぇ。本当にあったんだよ。俺もテメェの目を疑っちまってるがな。大方こっちの舟手のアンタらを撃滅してから増やしたんだろ。そうで無くとも兵や物資を運ぶにゃ船は必要だ。増援と一緒に来たんだろうぜ」
上杉家の舟は基本的に羽賀瀬船と言う櫂走を基本とした中型ないし小型船である。一応は筵の帆を持ち頑丈で船底が平たく浜で有れば揚陸可能。大きさの割に頑強で荒れ易い日本海で用いるには手頃かつ非常に優れた良い舟だ。しかし当然だが遠洋には出れないし舟自体で戦う代物ではない。
そりゃ源平合戦よろしく弓、付随して鉄砲の撃ち合いくらいはする。しかし織田家の一角船や三国船は大型火器を搭載した大型艦だ。言っちゃあ何だが揚陸艇で戦艦に喧嘩売る様なもんで百々の詰まり。
「舟手が如何頑張ろうが海は塞がれるぜ軍神さんよ」
そう事実。それを鬼神は吐き捨てた。早い話が兵站線の封鎖壊滅である。超ヤバい。
「兵糧は?」
軍神が言葉を発すれば千坂対馬守景親が答える。
「支城含めて三月は持ちましょう」
「なら三月以内に一手打たんばな」
さて賀茂社、倉垣庄の戦いより一月半ほど経った頃、上杉家の攻撃により消耗した物資のの移送が漸く完了した。
マジでやっとって話でそれは敦賀に行く琵琶湖と日本海の合間。北国街道と言うボトルネックを経る事によって凄い時間がかかったからである。だが各領主、重臣、吏僚の奮起により達成された。
完璧な輸送計画を考え実行してた吏僚衆とか凄いブチギレてたのは語り草だ。特に畿内の流通差配してた村井民部少輔貞勝とか血涙流して「ユルサン絶対ユルサン」って言いながら差配してたレベル。そらクソ忙しい時に別の仕事増やされたらしゃーない。
現代ならアレだ。繁忙期で手一杯な時に凄い軽いノリで仕事を増やされるとかそう言う感じ。学生だったら文化祭とか夏休みの宿題で作った展示物を期日三日前にブチ壊された様な感じか。そらもうオコよ。
「さて、徹底する。本気で許さん義昭。頼むぞ右大将」
信長が言った。青筋浮かせながら。超大変だったのだ。
信長の場合は外交である。何せ義昭が軍神が信長ボコボコにしたって手紙をそこらじゅうにバラ撒いたのだ。有りえないくらい大丈夫?って手紙きた。
そらもう無茶苦茶いろんなトコに礼と状況説明する羽目になったのだ。腱鞘炎なるくらい書いた。だって武家だけじゃねーから。
公家、商家、仏家、ぜーんぶ。関係各位の全部から大丈夫っすか!!?って来た。心配してくれた彼等に対する返書を書くのが嫌になる量が来たんだからそら手紙出す理由を作りやがった奴にはガチキレる。
そんな父に織田右近衛大将信忠は極めて力強く頷く。織田右近衛大将信忠も信長の代筆したからキレてる。父子共に義昭コノヤロウを上杉家で晴らす気だった。
「さて皆、地図を見ろ」
信長は言えば木版で刷った地図に諸将が視線を落とした。
越中東部たぶんこんな感じ図
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◯北◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
西4東◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーーーー凸山ー
◯南◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ー山山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーーー◯凸山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯凹山山山◯山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーーー◯山山山山山山山
ーーー◯ーーーーーー凸ー山◯凹山山山山山
ーーー◯ーーーーーーーー山山◯山山山山山
凹ーー◯ー凸ーーーーー凸山山◯山山山山山
ーーー◯ーーーーーーー山山山◯山山山山山
ーーー◯ーーーー凸山山山山山◯◯山山山山
凸山山凸◯山山山山山山山山山山山山山山山
山山山山山◯◯◯◯◯◯山山山山山山山山山
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常願寺川、早月川、黒部川
凹要衝・凸目標
A宮崎城・B内山城・C魚津城・D堀江城
E松倉城・F富山城・G仏生寺城
H弓庄城・I池田城・J猿倉城・K湯端城
「分かるだろうが赤字が要所だ。一先ず今はそれを見ろ。軍もそれに合わせ三つ作る」
この場に居る者は地図を見れば分かる。最終防衛線が富山城、助攻が魚津城、主攻が松倉城だった。常道も常道すなわち正道の策。
「先ずは全軍で進む。場所は堀江城だ。当然、権六は先鋒」
「承知!!」
「権六は堀江城に駐屯し松倉城を包囲せよ。早月川沿いに柵を建て強攻は不要、城を作れ」
「はは!!」
「喜六郎、婿殿、金吾殿、下野守は権六を手伝ってくれ」
呼ばれ頷いた三人を加えれば柴田軍団の数は二万となる。敵が打って出れば致命的な逆撃を与えられる数だ。
「それに合わせる形の魚津城攻め。此れは宮崎城まで全てを落とし敵の逃げ道を山中へ絞る為だ。此処は右大将。お前だ」
「承りました」
父子の視線が交差し信長は一笑。
「彦右衛門と与四郎の助言をよく聞け。あと勝三を必ずお前の陣の周りに配置しておくように。それから前に出過ぎないようにし、船から降りるのは最後から二番目にしろ。異母兄上の交渉術をよく見習っておけ。戦うばかりが戦ではないからな」
織田右近衛大将信忠は心配性な父に内心で苦笑いを浮かべながら。
「確と」
「うむ、それと未だ海は寒い。綿入れと変えを忘れるな。いいか重ねていうが大将は本陣に腰を据えるものだ。必要有れば麾下を諸将の元へ配しその功を見てやれ。それに加え必要な時に褒美と火薬はケチるな。敵の船は小型だが良く動く。地の利は向こうにあるのだから夜襲が来る前提の心構えを持っておくのだ」
「は、はい……」
織田右近衛大将信忠が怯む。あ、超長くなるなコレって感じで。信長は大真面目で他の者は微笑ましげ。
「御屋形様」
しかし注意が延々と続きそうだった所にスッと声が入る。ちょっと困ってた織田右近衛大将信忠を助けたのは河尻肥前守秀隆だ。信長は副将としての確認だろうと当たりをつけて即座に。
「如何した与四郎」
「は、魚津城は松倉城と同等の支城を多く持つ城。一角船は幾ばくございましょうか。海からの手は肝要と心得ます」
「うむ、堀江城を取った後は船の全てを其方に回す。揚陸を終えてからは必ず十隻を回す予定だ。五郎左と藤吉郎が上手くやったからな」
「では場合によっては津の強化も必要にございますな若様」
そして河尻肥前守秀隆は織田右近衛大将信忠へ非常に良い形で話を振った。織田右近衛大将信忠は聡明というか、戦において果断で有る。猪突では無く果断であれば要項は違えないものだ。
故に河尻肥前守秀隆の意図に気付き上手く乗って頷き。
「うむ、そうだな爺。伝馬船では足りまい。父上、魚津を取った状況のそれ如何に寄りますが津の整備を成したいと考えます。津を整える者達を此方にも連れてこれませぬか?」
「ふむ、其処まで出来るかは分からんが。分かった。用意しておこう。魚津が使えれば幅が広がる」
「辱く」
「勝三、与四郎、彦右衛門、異母兄上。奇妙を頼む。右近大将、励め」
呼ばれた者達が「はは!」と声を揃えて頭を下げた。
「俺は堀江城を落とした後は仏生寺城に控える事とする。飛騨の江馬は使者こそ寄越したが兵を寄越さなかったからな。南方山地の山間の城は落とし保持しておく必要がある。また沿岸の津は攻略の後の手入れも此方が手配しておこう。各所には戦線と土台が整えば適宜後詰を送る」
越中国は凡そ三十八万石。それも長い戦火で燃え織田家は四万八千で上杉家は一万と石高の一割を超えた兵がいる。そも人、物、それらを一ヶ所に置くのは無理があるのだ。端的に動かす道も置く場も無い。
吏僚の過労と船舶による往復輸送で物資自体は余裕があるが要は輸送基盤の整備は必要不可欠だった。地味だが重要で難易度の高いそれは信長が担い如何したって苦労の分かり易い前線勤務は息子に任すのだ。
「一先ず右衛門尉、於菊、左京大夫殿、三河殿、兵部大輔は俺の手伝いを頼む」
織田家進軍図まとめ
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◯北◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
西4東◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーーーーA山ー
◯南◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーー山山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーー◯◯B山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯C山山山◯山山山
◯◯◯◯◯◯◯◯◯ーーー◯山山山山山山山
ーーー◯ーーーーーーDー山◯E山山山山山
ーーー◯ーーーーーーーー山山◯山山山山山
Fーー◯ーGーーーーーH山山◯山山山山山
ーーー◯ーーーーーーー山山山◯山山山山山
ーーー◯ーーーーI山山山山山◯◯山山山山
J山山K◯山山山山山山山山山山山山山山山
山山山山山◯◯◯◯◯◯山山山山山山山山山
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後詰凡そ二万(駐屯G)
織田太政大臣信長、佐久間出羽介信盛、津田紀伊守信重、三好左京大夫義継、徳川三河守家康、長岡兵部大輔藤孝
主攻凡そ一万五千(目標E)
柴田修理亮勝家、津田伊勢守秀孝、六角近江守義定、松永金吾久通、水野下野守元信
助攻凡そ一万三千(目標C)
織田右近衛大将信忠、内藤備前守長忠、滝川左近将監一益、津田大隅守信広、河尻肥前守秀隆
織田家は進軍を開始した。だが数が数であり当然だが戦列は長大となる。後詰は南北に兵を送り先陣は降伏交渉を済ませながら陸路の進軍だ。
勝三の属する助攻の織田右近衛大将信忠の軍と言えば陸路と海路に分かれ海岸に沿って進んでいた。海路は放生津から五里ほど進み神通川河口東側の大村城および日方江館を眺めている。上杉家側の城の中で海側最前線だ。
最前線つっても柴田修理亮勝家が越中富山をぶんどったあたりで船の悉くを木っ端微塵にされて偵察用の小早程度の船数隻と城があるだけだが。
そう、だが……だ。
そんな城の沿岸には三十隻近い戦艦。
正味、イジメである。
まぁ戦争だからね。なんならアレ、こんなもう正道よ。越前三国湊から西の日本海側織田家水軍から抽出された船達。それぞれ敦賀水軍杉若越後守無心と鳥取水軍松井甚七郎康之に加え高浜水軍逸見駿河守昌経、国吉水軍粟屋越中守勝久、三国水軍桜井新左衛門景道などが船頭とし操作している。
総旗艦、杉若越後守無心が操る十八門一角船敦賀丸は木造船なんで厳密に言うとアレだが同型艦である氣比丸、金崎丸を護衛に武装を最低限にして総大将達を乗せていた。
その船首には三人の男。
「んじゃあ若様。今回の戦です。とは言え難しいこっちゃ有りません。大勝ちした後の小銭を賭けた半丁くらいの緊張感で十分ですよ」
そう軽薄と言うか軽々と言うか、兎も角も言ったのは海のよく似合う男、滝川左近将監一益。
そんな彼にジトッと目を向けたのは河尻肥前守秀隆だ。傅役としてはチョット表現的に小言を入れねばならない。
「いや待て左近将監殿。その、博打で例えてくれるな。若様が興味持ったら如何する」
そんな昔の癖の抜けない爺に織田右近衛大将信忠は苦笑いを浮かべた。
「まぁそう言うな爺。博打に詳しくなくとも分かりやすい例えだ。気負うなということだろう?軍監として北条に行く予定だった佐久間殿や徳川殿が居るから兵も多いのは確かだしな。それに今回は見ているだけだろう?」
今回は次代の主君に船戦や上陸戦が如何言うものかを見てもらう為のものだ。河尻肥前守秀隆は護衛で滝川左近将監一益は解説役である。何せ現代で言うところの海兵隊みたいな戦において彼程の男はいない。
また次代の統領として育てられた若君の海の男の雰囲気の慣らしにも非常に有用だろうと考え河尻肥前守秀隆は織田右近衛大将信忠の問いに一先ず頷き。
「勿論、万一の時は手を出しますが。何せ勝三が手本を見せますし……あ」
「如何した?爺」
河尻肥前守秀隆はボソっと。
「手本……アイツで大丈夫か?」
織田右近衛大将信忠は聞こえた呟きに首を傾げるが滝川左近将監一益は納得してアチャーと言わんばかり。
「……あー。そういや大鬼はアレだな。有り得ないくらい強いからなぁ……」
「うむ。大将の戦いではあるまい?いや、頼りになり過ぎるくらい強いが。しかし、なぁ」
「ああ、大将の手本って言うと違ぇよなアレ」
年長者二人は目を合わせて凄い微妙な顔になった。何せ勝三は武将として一流である。だが将の将の戦が上手いかって言うと違う。いや、下手では無いのだが何というか自分で金砕棒持って敵を殴る適性が高すぎるのである。つーか単純に鉄柱どころか大砲振り回せる様なヤツを基本だと思われたら困る。変に影響されて最前線突撃マシーンに育ったら織田家滅ぶって。
当たり前を出来得る限りやる織田家故に被害少なくを原則にした当然の軍勢配置の結果だった。
「……あー、若様。これから御覧にいれますのは万全に万全を重ねた全てが上手くいった代物。それは十分申し上げましたが勝三のやり方の内で前線に出る事だけは絶対真似ないよう願います。此度の戦は特例中の特例という事を勘案して見聞して頂きたく。若は若で勝三は勝三なのでお忘れ無く兵を陸に揚げる手順を御確認ください」
河尻肥前守秀隆は戦争としては最良の選択が教育としては……うん。な選択だったなぁと思いながら言った。
「そうだな。何せ大鬼殿だからな。うんうん」
一方、そう言われた側。織田右近衛大将信忠は嬉しそうに二度三度と頷く。アレだ。ウルト◯マンは絶対勝つと言われたウ◯トラマン大好き少年みたいな顔。
河尻肥前守秀隆は気持ちは分かると思いながらも気分を切り替えてもらおうと少々厳しめに。
「さ、始まりますぞ」
三人が目を凝らす。同時に一角船六隻からなる国吉水軍を率いる粟屋越中守勝久の旗艦十二門一角船菅浜丸の旗が代わり法螺の音が響いた。帆を張り進む三隻。
その菅浜丸を含めた三つの角の先の浜にはたった三隻、いや三艘の羽賀瀬船はコの字に鎮座している。
それは船では無く防壁として役立てる為だ。
要は船として戦う戦力にはなれない事を前提として船を馬出し代わりの障害として配置したのだった。
既に此の城の領主である轡田備後雅正さえ後方に下がってるのだ。敵にとりそれくらい保持は不可能な状況下という指標は織田家の戦況把握の正しさを証明した。そら余裕のある認識が無ければ教材になどしない。
一角船が浜に滑り込む様に突っ込んで行き浜のギリギリで船体を傾け敵の船砦に腹を見せて浜に乗り上げ泊まる。
兵が敵と反対側の腹から大砲を乗せた伝馬船をゆっくりと降ろし、続いて網を放り投げる様に落として伝い降りる。半身を海水に濡らしながら曳船していた伝馬船を引き寄せて船から竹束搔楯と弓鉄砲に槍を移す。弓鉄砲の名手を伝馬船に乗せて正面に竹束搔楯を設置し他の兵が左右に付いた。一隻から降りた兵は凡そ備え一つ分の兵力になる。
後なんか鉄柱担いだヤツが船より直下。
思っくそドッヴォオオオオオンと飛沫。
「……若様、危ないんでちゃんと綱を伝ってくださいや。アレが出来るのは大鬼だけなんで」
「左近将監殿の言う通りです。全く燥いであのバカ……」
と、教師役の二人が頭痛を堪える様に当然の事を言った。緊急時や普通の戦であるなら辛うじて分かるが、それにしたって凡そ二間の高さだ。勝三しか出来ない事とか手本にならねぇって話。
二人は真似しないでくださいよって顔を織田右近衛大将信忠に向ける。
「ハッハッハ、流石に分かってる。だが一角船から飛び降りるくらい鬼夜叉と絹千代は出来るぞ?まぁ金砕棒は持ってなかったが」
「いや、それも特例ですですぜ」
織田右近衛大将信忠が笑って言えば河尻肥前守秀隆は冗談でもよしてくれと言わんばかりに答えた。
そしてハッとする傅役。
「……何時の間に淡海の船遊びへ?」
「ん、ああ、お忍びで——あ」
「後で伺います」
「……うむ」
織田右近衛大将信忠、汗エグい。冷や汗ほぼ滝。滝川左近将監一益が苦笑いを浮かべながら。
「まぁま戦を見ましょうや」
そう言って視線を戻せば敵の船に一角船と伝馬船より申し訳程度の大筒が叩き込まれ、弓と鉄砲を合図に勝三達が突っ込んだ。
「砂浜とはああも足を取られるか」
織田右近衛大将信忠がゲンナリと言う。
勝三の健脚っぷりったらバケモンだ。割と何度も鉄柱に米俵まで担いで城下町を爆走し其処ら辺の無頼漢をブン殴ってんの見てんだからエゲツねぇのは知ってる。その勝三が驚くほど進まない。
砂浜に足を取られる苦労を偲ばせた。
尚、教師役。
「と言うかやっぱ突っ込んで行きやがったなアイツ」
「轡を並べるにゃあ頼もしいがそうじゃねぇよなぁ」
滝川左近将監一益は頭をボリボリ掻いて。
「若様、ありゃあスゲェ事だが麾下の将に任せるモンだ。言うまでもねぇが特に若様が自分で突っ込むのは頂けませんぜ。そもそもあんな事して総大将がやられちゃ負けだ」
「うむ」
勝三が伝馬船から竹束を受け取り突き出して兵もそれに従い前に進んでいく。そして遂に砂浜の上の羽賀瀬船の砦と言うか障害から迎撃が始まった。敵の迎撃は弓鉄砲の類であ印字、即ち石はあまり無かったらしい。浜故に当然だが周辺は砂ばかりで大村城の方に集めているのだろう。
勝三達から遠い、パパァッと、そう現代人が聞けば遠い遠い花火と錯覚する様な連続しつつ長閑な発砲音。そんな長い火薬の音に立ち昇る白煙が登れば矢が硝煙を貫き孤を描く。ザブザブと船を打つ波の音に消えるが錯覚で耳を揺らして勝三達が一歩一歩前に。
海から砂浜まで来ると後は城攻めに近しいが足元が不安定で足を囚われる。これは普通の城攻めより余程過酷だった。何せ敵の銃口の先に立ち続ける時間アホ伸びるもん。
「滝川殿、此処からは城攻めに近いと見て良いか?」
織田右近衛大将信忠が問えば滝川左近将監殿一益は苦笑い。
「まぁそうですね。だが此処は未だ浜の幅があるんでアレで良い。なんですが普通の、と言うか魚津の方は港町があります。そこぁ気を付けねぇとエラい事になりますぜ」
「成る程、足を取られての城攻め。それに船に戻るのも大変だ」
「ええ、でもソレだけじゃねぇ。陸でもそうだが逆撃ってのが酷く恐ろしいモンで。船に火を掛けられたりしたら一貫の終わりですぜ。何せ海に沈んで幸い、浜につきゃあ疲労困憊のところを縊り殺される。だから船の見張りは勿論、船手の邪魔だけはしちゃいけねぇ。まぁてな訳で場合にゃよりますが沖にいた方が安全てなもんで」
そう言ってる間に勝三が一番槍……一番金砕棒して船砦を奪取。安全が確保されたので織田右近衛大将信忠麾下全軍も上陸。上陸練習の結果を親しい相手に手紙を出しており。
『メッチャベタベタする。あと痒い(意訳』
と織田右近衛大将信忠の手書きによる一文が記されていた。
あ、大村城は普通に開城である。
織田右近衛大将信忠は城に兵を入れ魚津城へ進軍を急いだ。