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ビックリした

ブクマ・ポイント・いいね・誤字報告ありがとうございます。


暇潰しにでも見てってくれれば幸いです。

 ゾロゾロと丘を歩く集団。五人程が握り飯を食いながらケラケラ笑って小さな丘を登っている。戦場たり得る此の場では異様。


「ウッソだろオイ……」


 丘の上で彼らが見たのは越中国射水郡は放生津城。伏木津と庄川を挟み東からくる敵より伏木の港湾造船所予定地を守る様に強化された城だ。座り眺めた男達は凄く酷い嫌そうな顔をした。


 その顔を歪めた光景は先ず沿岸部並ぶ織田家の船だ。沿岸を曲輪にした城壁かな?って勢いで並んでる。ガチで意味わからん絵面だ。


 その数十七隻。


 単純に十七の移動要塞が連なっている。


 そういう光景。


 更に人と物資の山と湊の活況ぶりは何より恐ろしく悍ましい。前線が活気付く事はあるが規模が異様である。結論から述べて兵の統制力と言う物も垣間見えた。


 それらから見えるのは基盤の差。国力と言う基盤の格差は覆し難い物である。なるほど奇跡的に上手くやれって外交内政で一定の発言力を得るのは可能だろう。鬼神は上杉家に戦と言う外交で一定の発言力を得た。何処に価値を置き何処を勝ちとするか。


「こりゃあ俺やアンタが暴れてどうこう出来る話じゃねぇぞ」


 鬼神、本庄越前守繁長は、笑う。


 それは戦意から生じた愉悦染みた物。獣が浮かべると言う笑みより凄惨で強烈で剛気。


 だが何より頗る無邪気であった。


「ケハハ……あぁ、いけねぇいけねぇ」


 そう言って顔を掌で覆い拭えばいつも通り。


 ただ荒々しく万事薙ぎ倒す圧倒的強者の顔。


「さて、ちょっかい掛けに行くとするか」


 そう言うと手に持っていた握り飯の残りを頬張り米粒を啄み腰に吊るした竹筒を取り水を飲み干して立ち上がった。


 越中国婦負郡願海寺城。この城は織田家に降った神保家家臣の寺崎民部左衛門尉盛永が城主だった。今は違うんで過去形である。


 寺崎家の主筋の神保家は立地上仕方のない事だが蝙蝠外交的な動きをせざる終えず、故に織田家としては寺崎家を余裕がない状況下で要衝からは離さざる終えない。


 今は織田家に城を提供して川船の運送業だ。これは越後方面の運送業の代替として割と稼げていた。いかんせん富山城を始め輸送先が多く、また輸送量もバカみてーに多い。まぁ糊口を凌げるくらいには、だが。


「まぁ仕方ねぇよ。世の中にゃ如何しようもねぇ事ってのが万とあらぁ。お前さんの苦労は良く解るよ」


 ドチャ……と真っ二つになった亡骸が崩れ落ちた。寺崎民部左衛門尉盛永だった筈のものだ。人夫達は腰を抜かし或いは逃げ出す。


「分かってるだろうが追うんじゃねぇぞ」


 鬼神が言えばゴロツキの類の様な格好をした連中が反応した。中でも随分と鍛錬を積んだ所作を見せる男達の中から老人と呼ぶべき一人が。


「あいよ」


 などと気の抜けた返事を返す。だがヌラリと抜かれた太刀はいつでも振られる様に。それだけで唯のゴロツキ連中は背筋を伸ばした。


「爺様、火付け頼むわ」


 鬼神が老人に柔らかい顔で頼む。老人も薄い笑みを浮かべて頷いた。老いて尚盛んな体躯の背筋は伸びて褐色の肌に白髭白髪。目付きは鋭く粗野にして知性を持ち頑強。鬼神に並んで薄れぬ唯ならぬ存在感を晒していた。


「あいよ若さん。……テメェ等やれ」


 矢羽幾佐渡守長南。この老人の名である。本庄家の重臣中の重臣にして鬼神の父に等しい男の片割れ。彼が命ずれば手早く手慣れた男達が燧石と藁で火種を作る。それを背筋を伸ばして見ていたゴロツキ達に老人が余りに鋭い視線を向けて。


「おう、テメェら数合わせ御苦労さん。火の用意してる間に約束通り食い物は好きなだけ持って行きな。村や家族連中が大事なら武器弾薬の類やら布の類は置いていけ。織田が来た時にブチ殺されたくなきゃあな」


 そそくさと言われた通りに飯だけ持って男達は居なくなる。十人ほどの残った者達は自分達も取れるだけ取って物資に火を付けた。すると鬼神達は銘々が目も向けず歩き始める。


「さぁ、どう転がるかね」


 鬼神が取った物資を頬張りながら言う。織田家がどう動くか考えながらだ。鬼神が食い終えれば矢羽幾佐渡守長南が問う。


「次ぁ何処に?」


「もうちょい奥だ。爺様」


「あいよ」


 これより神通川西岸の各所で野党が頻出。各地の村々が襲われ物資輸送が滞るに至り敵の攻撃と断定。富山城へは佐々家より坪内加賀守勝長が通達に来た。


「どう思いますか、コレ」


 酷い違和感を持ったま勝三が問う。浦上遠江守宗景などが片眉を上げて何を疑問に思うのかと言わんばかりの顔をした。質問の意図が何処にあるのか分からなかったのだ。勝三は言葉足らずだったと反省し。


「上杉家の城攻めとは言え初手から強攻と言うのは少々拙速すぎます。急ぐ理由はあるでしょうがこうも連日に渡っての強攻。意識を己に向ける様にしか見えない。その答えが後方撹乱とは思えなくて」


「うぅむ、言いたい事はわかるが儂ぁそう戦っとらんからなぁ。戦が終わってからとは言え戦場を見もしたが、さて」


 答えた浦上遠江守宗景は少し考えてから。


「とは言え何らおかしいとは思わん状況じゃがな。敵は此処を落とし伏木周りを落とさねば土台戦えん。拙速も当然と思っとったが」


 浦上遠江守宗景は一面の守備を任されているが攻撃を数回しか受けていない。連日の攻撃は凡そ南と東に集中した物だった。だからこそ別の視点として聞いてみたのである。


 しかし浦上遠江守宗景は勿論だが皆、それこそ勝三さえ違和感以上の物は無い。後方遊撃部隊から視線を逸す以上に敵の状況が無理な強攻を納得させる。


 確かに妙には感じる苛烈さだ。がしかし此処を落とせないから中途半端に後方にチョッカイを掛けた。その様に見るのが常識的且つ普通の状況だ。


 敵の強攻に対する違和感を覚えながら当然の事実を前に、その違和感を信じる気になれなかった。


 そもそも此処を離れて何か出来る訳でもないのだ。勝三は注意しておこうくらいの心持ちで一先ず己を納得させた。故に初志貫徹だよねくらいの感じで。


「まぁ、違和感はアレですが俺らは此処を守るしか無いですよね」


 そう評定を締め括って控えた次には敵の攻勢は途絶えた。そして後方撹乱の話が通達されて四日後の事である。富山城の周りには篝火の残り滓と静寂のみが広がっていた。


「上杉軍が消えた……迂回されたァッ!!」


 富山城を超え平野に勝三の怒号とも悲鳴とも取れる大絶叫が轟いた。


 その頃、である。


 五畿内及び近江の戦力を統合した織田家本隊たる戦力が越中に着陣。


「御苦労だったな権六」


 十八門一角船敦賀丸から降りた男が柴田修理亮勝家へ声を掛ける。その言葉を受ける猛将は頭を下げていて表情は分からない。だが口惜しさを隠しきれていなかった。


「忝い御言葉に御座います。しかし言葉通り勝三殿が来るまでに一揆も収めきれず。挙句に敵の遊兵に良いようにやられている現状。面目次第も御座いません」


「それは仕方ないだろう。兵と物資を賄う港も完成させた。これだけ出来れば十二分だ」


「深甚に御座います」


「さ、まだ寒い。案内してくれ」


 柴田修理亮勝家は信長を案内する為に漸く頭を上げる。


「は、え?」


 そんな柴田修理亮勝家が視界に収めた信長はモコモコだ。現代的に言えば南極にでも行くんじゃねーのって格好である。マジで毛皮(ファー)の付いた長綿入れ(ダウンコート)モコモコ。


 顔上げた柴田修理亮勝家も一瞬固まったくらいには異様。現代なら普通な格好だが戦国時代の絵面としてはインパクトが凄い。何か、こう、布団巻いて外出してる様な、ね?


「……権六」


「……は」


「……勝三の奥方が送ってくれたんだがな。見た目、気にならんくらいあったかいんだコレ」


「……なるほど」


 まぁ、それはそれとして、だ。信長は古国府城へ入城。食事を取りながら状況の説明を受けた。とは言え状況の変化は余り無い。


 凡そだが信長軍団三万、越中各所を守る柴田軍団が二万、内藤軍団が一万。信長軍団は三段階に分かれて移動中で越中の織田軍は四万となっている。まぁ兵っつて港の拡張要員が多いけど。


 対して敵は神通川を境に攻防を重ね上杉家は一万程の兵で富山城を囲っていた。越後の石高を鑑み攻勢に出せる凡そ全力、気質を鑑みれば上杉不識庵謙信が居る。


「面目次第も無い事に富山城への物資輸送、これは時折妨害されておりました。富山城に数ヶ月分の兵糧物資は有るとの事で御座いますし神通川の妨害は無くなりましたが遊兵の行方は不明。しかし遊兵を如何にかしなければ些か以上に煩わしい」


 そう柴田修理亮勝家が締めくくれば信長は情報を少し咀嚼して。


「前線は勝三がいれば先ず保つだろう」


 信長が呟くように。確信をもって一言。そして問う。


「権六、山狩に動かせる兵は?遊兵はこの際、無視していい。数によっては如何にも出来ん」


「……であれば最低限を残して五千程かと。国人や港の事を思えば如何しても兵を割かねばなりません。対処は出来ましょうが」


「ふむ、やはり山狩は無理だな。それを使って護衛させるしか無いか。想定内だが兵糧が必要だな」


 柴田権六勝家が頭を下げようとするのを止めて信長は其処で言葉を切り黙考。


「富山城は堅牢だ。しかし上杉は落とさねばならない城。動けぬ上杉軍を討つぞ」


「定石ですな」


「上杉軍本隊を攻撃すると同時にだ。右衛門尉(佐久間信盛)の二陣、左京大夫(三好義継)殿の三陣。この何方かに宮崎城(越中越後国境)攻めを任せよう。船の事を考えれば後者にするつもりだがな」


「そうすれば敵は袋の鼠。距離は有りますが一角船さえあれば攻めるのも難しく無い。良い策かと」


 全てが戦の常道。大兵を揃える常道、守勢にして敵の動きを縛る常道、敵の急所を確実に突く常道。常道に常道を重ねた最良の常道。


「数日は兵を休ませ明日から進軍だ。兵糧と共に進むべきだろうからな。その手配もせねばならん」


 これも重要。万全に動くには万全な休息を。そも余裕なくして変時に対応はできない。変時に応ぜずして万全は成らず。休むの大事。


「伝令!!火宮城落城!!」


 んで翌日、食事を取っていた信長の元に伝令が入った。


 イカれポンチ報告である。富山城から二里(約8㌖)と少々、古国府城まで二里(約8㌖)と少々の距離。


 え、ワープした?


 ンな感じ。


「急ぎ陣触れを出せ。全く越後の龍とは言うが……。寧ろ龍にでも運ばれたか?」


 信長は呆れた様に呟いた。遠い西の地で百年と数十年の後に起きたと言うアウデナールデの戦いに於いて、ある名将が取った激烈な機動に動揺し悪魔が奴等を運んで来たに違いないとまで言った将がいたのだが。今なら信長と良い酒を飲めそうだ。


「そう言えば一向宗が富山城を迂回していたのだったか。早さからいって主力は騎馬だろうが、さて」


 信長は即座に気付いた様に上杉軍は一向宗が行った渡河作戦の情報を用いた。神通川を船橋を用意して渡ったのである。


 更に言えば騎馬を先行させて昼夜兼行し村々で物資を徴発し、粗全ての城を無視して北陸道に面した要衝たる火宮城を落としたのだ。


 こんなんは大博打のイカれノーガード行軍が過ぎる。大兵を前にした城と言うのは敵を拘束する。即ち敵の攻撃を受け止めるのでは無く敵の足を止めるのが仕事だ。


 城があれば抑えの兵を置かざるを得ず兵力は削れる。また城を攻略して進まねば物資兵糧の無い状態で進まねばならなくなるのだ。


 略奪で賄える量など高が知れる。すると当然だが兵の移動距離も戦力維持も難しいのが当然。其処まで考えて信長は甲冑を着終えて評定に出た。


「伝令、使者、報せはあるか!!」


 信長が入室とともに問えば小姓は首を振る。情報が無いと言う事実に信長も柴田修理亮勝家も思考を巡らせていた。当代において戦歴という経験を重ねる事に於いて上位層たる二人。信長は柴田権六勝家に視線を向け。


「解せん。進軍と言うより移動自体は出来るだろうが城を落とすのはおかしい。大筒か?」


 これは軍神が確かな奇跡を起こした為。昼夜兼行して発見が最低限だった事、分散移動して全軍が集結できた事、当然これは優れた将兵が居たが故に可能な事。最低限の実力と準備があっての事では有るが正に奇跡的ではあった。


 だが物理的に不可能な事は覆せない。物資の無い中で城攻めを行うのは不可能。ましてやこの早過ぎる落城は異常。だが大筒と言う答えは織田家にこそ一日の長があった。


「確かに一向宗が大筒を用いております。基本的に鐘を潰した重量の重い物ですが牛に運ばせられる重さとの事。また津と富山城に人手を割いていて火宮城は最低限の修復しか出来ておりません。その城門を壊す事は十分に可能かと。そして次の目的は……」


 柴田修理亮勝家は信長を見る。ツーと冷汗が伝わった。状況を理解したからだ。


「湊、そして俺だな」


 信長は言う。政略、戦略、戦術。今できる完璧。それを戦略で五分まで持ってこられてしまった。抑揚は感嘆だ。


 先ずもって上杉の狙いは湊。城で守っていては港湾労働者たる周辺住民を失う。物資の搬入すべき湊を守るのは籠城では不可能。野戦の必要が出る訳だ。


 信長の最良は城に残り全軍を柴田勝家に預けて当たらせる事。ただし風聞を加味してそれは不可能だった。今回の政略における外交によって今回の戦の注目度は高い。武士に於いてどころか中世に腰抜けの論評は最も忌避すべき物。


 何せ兵は織田家の方が多い。戦略的には五分に持ってこられた。だが戦術としては十二分に優位だったのだ。百々の詰まり十二分に勝ち筋がある状態で軍神自身が首を晒し挑発した形。故に逃げれば腰抜けなのだ。


「放生津も伏木湊も被害は出せん。打って出る!!権六ッ、皆行くぞ!!」


「承知!!」


 織田軍は即日即応。下条川を登り十社大神に布陣した。応じて上杉軍は太閤山に布陣。越中国射水郡は賀茂社、倉垣庄の戦いである。


 天正五年(1577)春も半ばの頃だった。

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