革新と伝播
ブックマーク、ポイント、いいね系評価、誤字報告ありがとう御座います。
気分的なアレで妙な投稿の仕方をしましたが元に戻ります。
そんな感じですが暇潰しにでも見てってくれれば幸いです。
戦というのは存外アッサリ始まる。ヴォーなんて重く響く法螺の音がして幾ばくかの号令が山彦の様に広がるのだ。騒がしくなるのは凡そ五町を切ってから。
交戦距離は四町ほどからだ。
そこから印地撃ちの投石や弓取の遠矢。特に動く必要がない為に籠城側は激しく攻撃を開始する物で響く音は痛烈だ。更に織田家では此処に大筒が加えられた。
石ころは兎も角だ。それさえ貴重な物資ではあるが籠城で矢や弾薬は特に貴重である。であれば二町ほどの距離での一斉攻撃が命中率などの理由で望ましい。また足軽の鉄砲で武将を狙うと言うのなら一町ほどの距離でも矢弾が甲冑に防がれかねない。即ち籠城は兵達に攻撃を我慢させるのが肝要。
だからこそ統率力と距離感は何物にも代え難い才だった。
「あー来た来た」
勝三は櫓門の渡櫓と接続された三重櫓にて敵を見ながら言う。城壁と言う城壁の内側には既に足場が設置され、手拭いや弓鉄砲を持つ者が登っており、その下の狭間には鉄砲隊が控えていた。また勝三の足元の一階部分には急遽取り付けた大筒が一門。
そして大手門に面する全てが勝三の号令を待っていた。彼等の鏃、砲口、視線の先にはジワジワと染み渡る様に迫ってくる敵兵。
上杉軍は二人ないし三人で置き楯竹束を前面に担いで進み騎馬の逆撃に備えて槍持ちが続く。彼等の背には鉄砲衆が控え、更に後ろには梯子持ち。最後に城内用の短槍や刀を得物とする命知らずが続いていた。
勝三はそれを眺めながら弓を握り矢を掴んで待つ。自分の手勢は大手門の櫓とそこに至る敵を討てる位置に配されており各侍大将が指揮を取っている。攻撃開始の合図だけが総大将の仕事だった。
「さてと」
勝三の呟きに合わせる様にだ。敵が一度速度を落とし盾をしっかりと構え、その背後に立つ兵の密度が増す。将兵が静かに整列し戦列を整えた。
朱皺漆紫糸素懸縅具足の将が馬上にて軍配を振り。
「開戦」
一言、響く。
直後に本陣に並ぶ法螺が大きく鳴った。
そしてドッと一気呵成に迫って来る。
部隊毎の陣太鼓が乱打されて。
「来た来た。開戦だ」
勝三へ届く程の敵兵の気炎気勢は雄叫び、武者震いと共に震え鳴動する。下から炙られる様な感覚を覚えながら勝三は弦に筈を当てて番え。
ギ、と引く。
鏃の先は蒼天の空。
「……ッシ!!」
敵の和声それらを射貫き置き去りにして天へ向かい矢が放たれた。その短槍の如き一矢はドゥと天さえ穿つ勢いで昇り昇る。
だが、その勢いも衰微し急速に高度を落として息を合わせ三人がかりで担がれていた竹束を超えて一人を貫き地に突き刺さった。
「殿の矢が届いた!!大筒番に伝えろ!!」
「只今!!」
異常異様なその光景は良く見え良く目を引く合図だ。そして法螺貝の音が響いて小姓達が走り馬廻が動きだす。弓は勿体無いので初めは印地、長い棒に布や紐、手拭いを使って石を撃つ。
ビュオッと言う短く存外に響く音が幾らか重なり止めどなく。黙々と或いは和声を上げていた敵兵の肉体を時折だが鈍い音と共に打ち付け負傷陥没させて削っていった。更に遠心力をつけるために石を回す横では弓取が矢を番え始める。
勝三の一射よりゆっくりと十ほど数えた時間にて漸く。
「弓衆ゥ放てッ!!」
富山城南城壁にて敵が狙うその攻勢地点。内藤家の弓頭達が遠矢を射たせ始めた。さながら雨の様にヒュンヒュンと飛んで落ちる。
その光景をチラリと見た勝三は頷く。一先ずの問題は無いと。そして正面に視線を戻せば正門にも敵が迫る。
「さて俺も気張らねぇとな」
勝三の守る富山城は水堀が周囲を囲い大手門側など橋一本のみだ。それでも大軍が程よい距離で対陣出来るのは南部大手門になる。故に大半は橋を目指し、或いは雲梯などを用いるか最悪水堀を強引に進む。
そんな頭の上にヒュンヒュンと。上杉軍は比較的多いが誰もが皆、鎧兜などと言う代物を持つ訳ではない。故に容易に人体に突き刺さった。
それはどんな強者でも動きを鈍らせる。更に腰ほどまであろう水堀に飛び込み更に遅く。狭間並ぶ前で速度を落とさざるおえない。
「撃て!!」
敵の苦境に加わる勝三の号令。返事の代わりに二つの声が共鳴する。南城壁全てから銃声と砲声だ。
鉄砲は水堀の半ばまで来れば鎧武者さえ撃ち抜き、また大筒は堀の手前に居れば後続さえ纏めて肉塊。
酷いのは大手門の橋に足を踏み入れようとした敵だ。彼等に至っては大筒により楯竹束諸共木っ端微塵。
それも平推ししたかの様に斉射された弾は線ではなく帯の様。その帯の内に在っては何も残らなかった。
「おーおーこうも綺麗に横並びとは凄い。唐から仕入れた黄色い鉄鉱石で作ったのとか骨を入れたヤツは性能は良いが材料の方が高いからなぁ。こりゃあコッチの方が金額考えると良いかも」
大砲の威力と精度を見た勝三の声は弾んでいる。それだけ今回の大砲は苦労した。何より財政的に嬉しい。
南蛮人との交易を経てポルトガルとの交渉によって淡路に作られた南蛮技術習得を兼ねた造船所。其処で得た技術なども含めて備前にて高炉に隣接する形で建てられた工廠で作られた物だ。雑に言えば鋼鉄の錐や刃に砥石などを設置して水車で青銅の砲身を回してクリ抜く。
何が言いたいって要は劣化グリボーバルシステムッぽいノリになってるという事だ。
元は大砲の生産の金のかかりっぷりったらエゲツないのを何とかしたかった。銅は日本でアホ取れるが砲金にする為に必要な錫が造船の増加によりエグいを通り越して財政を圧迫していたのだ。一応は明延鉱山から取れるが輸入だし安いに越した事はないんで大砲の小型出来ねーかなって話。
まぁグリボーバルシステムとか言ったが勝三はそんなモンは知らない。此の技術に関してはどっちかと言えば勝三の前世の記憶ってヤツではなかった。閃きの切っ掛けは勝三が刀匠の御朱印発行などで刀鍛冶の仕事を見せて貰った事による。
その際に柄と刀身を固定する為の茎にある目釘穴を轆轤鉋で開けてるのを見て『鉄に穴開け出来るんなら銅クリ抜くのもギリ出来んじゃね?』と思ったのだ。勝三も城や館を作るので壺切りの錐など多少だが工具に付いて知見が含蓄していたのもある。
まぁその錐が面倒だったが。球型とか砲弾型とか数種類作ったがそのうちの一つ。勝三の全鋼鉄製の金砕棒。割と思い出の一品を所謂、砲弾型ドリルビットにした。
んで斜面に水路作って水車を連ねて並べ、その水車に大筒を突っ込んで固定し回す。んで固定した塊に錐やら刃やら砥石を突っ込んで中を削る感じ。まぁ水車で動く轆轤とかから原始的な旋盤の先輩ってトコだ。
それにより鋳造にて砲口を作る必要がなくなり穴自体が均一化。砲口のズレだのをガン無視出来る事に加えガス漏れが粗方無くなった。要は大砲の威力射程が伸びて砲身自体は小型軽量化し砲弾の量産化が進んだのである。
ドリルの問題で砲身が短くなったが寧ろ後装砲ほどでは無いが格段に装填が楽になり、小型化したが故に運搬や設置の難易度が格段に簡便化し数を揃える事が容易になった。
ゲロ長くなったが十分満足な出来となったのである。
「これなら十分使えそうだな」
置き楯竹束を木っ端微塵に粉砕し、射線上の敵を一直線に肉塊と鉄屑に変える。そんな勝三の足元で悍ましくも頼もしい戦場の女神が次の鉛を吐く準備を進めていた。敵はその間に城壁を登る楯竹束を掻き集め素早く橋を渡ろうと進む。
しかし、それはまるで亀のようだった。先ず櫓から弓鉄砲が発射される。橋の半ばまで行けば狭間から大鉄砲の銃撃を浴び、挙句は石や岩まで落ちてくる。亀の首と見紛う丸太を運ぶもの達を必死に守っていた。
「あ?!」
そこに矢を降らせていた勝三は素っ頓狂な声をあげた。なぜなら第二の亀が現れ大筒の砲撃の準備を始めたからだ。その主体は大筒を見るに一向宗であり破城槌部隊を半ば囮として前進させている。とは言え大筒で城門を吹き飛ばすのも破城槌で打ち破られるのも結果は変わらない。兎にも角にも織田側としては彼等を門に取り付けるのは危険に過ぎる。
「……二段構えって随分と猛烈だな。誰か甚兵衛《渡辺任》殿に所感を聞いてきてくれ!!あとすまんが俺の鉄砲を!!」
勝三が違和感を覚えて言えば小姓の一人が返事をして走っていく。更にもう一人が勝三に長大な狭間筒を渡す。また二人が同じ鉄砲を持って傍に控えた。勝三に合わせ作られた十五匁の鉛玉をブッ放つ大狭間筒だ。
口を開いて進む第二の亀は危険性は高いが遅い。故に第一の亀より余計猛烈な攻撃を受けていた。まぁ信じられない程に遅いが故に当然で、信じられない程に脅威度が高い故に当然だ。あんなモンをポンポコ撃たれてちゃ鉄城門も文字通り形無しだろう。
「さて、そろそろだ。鉄砲隊に伝令を!!」
「はは!!」
だが敵が大筒を有しているのは分かっていたのである。そして今この日の本で一番大砲の利用に詳しいのは状況的に勝三である。故に水堀を広げたりは普通に無理だったので橋の手前に軽い小細工を施した。単純に勝三自ら重いと思うデカめの岩を置いたったのだ。
この前の戦いで突撃ぶちかまして大筒を幾つか鹵獲したから割と正確な射程がわかる故だった。
「丸太を運ぶくらいなら良いが大筒を乗せた車は通れねぇよなぁ」
勝三は自分のやらかしによる当然の結果を見て『これからの城造りマジでどーしよ』とか考えながら岩の除去を必死こいてやってる第二の亀に欄干の銃身を置いて銃口を向けた。重い銃撃音が轟き竹束の僅かな隙間を抜けた鉛玉が腕を捥いで足を捥いだ。まさかの一発に亀の動きは更に遅くなる。
「殿」
「おう、ありがと」
まぁそんなんガン無視で次の狭間筒を受け取り空の狭間筒を渡す。勝三が置き楯の裏から銃を構えるだけで敵の動きは酷く鈍化した。勝三は効果有りとし隙が出来れば狭間筒を撃ちまくり五発ほど鉛玉を送る。
「殿、大筒の準備万端との事!!」
下の階層から声。勝三の足止めにより砲口は敵の砲。即座に勝三は声を張り。
「良し!撃て!!」
勝三の声が響けば足元から。
「てーーーーーーーーーッ!!」
と響く大声の後に轟く砲声。
次の瞬間には第二の亀に左フックを叩き込むような鉛玉を捩じ込まれ大筒の一門を弾き飛ばし凹ませ周囲を薙ぎ払った。
勝利の女神が微笑んでいた。
「まぁつってもか」
嬉しい事ではあったが敵の大筒は未だ有る。実際に第三第四の亀が糠積んだ地面を避けて進んでいた。
「土俵の準備は?」
振り返らず勝三が問う先は稲田 大炊助影継。ちょうど櫓の階段を登って来た所だった。阿吽の呼吸、即座に片膝を突き。
「確と確認しております。仰せの通り何処にでも運べるよう万端に御座いました。他の攻撃地点も大筒が用いられそうです」
「ああー、やっぱ他も大筒あんのかぁ……そりゃそうだろうなぁ。土俵は数が揃ってれば城壁に並べちまうんだが。まぁ防ぐにぁ問題ねぇだろうけど」
「他は小型です。問題ないとは思います。が、とは言え……」
「ああ。ここなんか珍しいくらいダダっ広い平野だからなぁ……。幸い泥濘んでるトコも多いが何処にでも大砲が持って来れちまう」
富山城の西と北は大筒云々以前に川という天然の要害により、特に雪解け水による増水した今は満足に軍を展開出来ない。となると南と東が大筒の標的になるのだが敵の砲撃地点の想定がし難かった。特に勝三の守備する北部とかバカ広い平野で守備範囲も広く手間である。
もう朝倉家のやってた土俵の積み上げ防御くらいしか手がないが富山城は前線すぎて土俵が送りきれてなかった。しゃーないのだが後手後手のアホアホ対処としてブチ抜かれたトコに土俵盛るのが精一杯だ。
それこそ柴田軍団が奪取してから即座に本願寺勢に隙間なく攻撃を受けて勝三が駐屯して漸く攻勢が頓挫したかと思えば現状。鉄砲弾薬に兵糧が送られているだけでも十分に素晴らしい事だった。
「うわ、言ってたら来やがった」
勝三が嫌そうに言えば南城壁東側。可児才蔵吉長が指揮を取る場所。大筒が顔を出したのを見て齢二十四の武者が足場より飛び降りた。
身の丈六尺を超え長大な薙刀を握り勝軍地蔵の仮の姿たる愛宕権現。交差する笹の紋様を背に馬に跨り甲冑を纏う地蔵菩薩を正面から描いた図を背負った仏胴を纏う。その逞しく大きな背には交差する笹の指物。
宝蔵院流の槍術と薙刀術を修めた武人。勝三の本備の侍大将の中では比較的に冷静で合理的な男だった。尚、この武人も普通に脳筋だし他が脳筋すぎるだけとかは禁句である。何も言えなくなっちゃうから。
「弓衆鉄砲衆も止めるのは無理だ!敵の砲口を見て危なそうな連中は降りろ!降りたら直ぐに土俵を用意しておけ!皆、絶対に射線に入るなよ!!」
彼は勝三の戦いを馬廻として間近で見続けていた。要は大筒の強力さという物を痛感していたのだ。故に無為に抗う事を愚行と切って捨てていた。
「弓矢は使っても鉄砲の支援をしない。いや出来ないのか、それとも単に烏合の衆か。あぁ、そもそも奴等は敵同士だったな」
そう納得し、自己完結。同時に敵陣から白煙と砲声が響いて城壁が揺れる。
「面倒な……」
富山城は堅牢だが城壁がいつまで持つか不安だった。その不安通りものの見事に二発目で吹ッ飛ぶ。一発目が城壁に当たり竹小舞が露出して二発目の追撃により大穴が空いて崩れる形。
これは仕方ない。弓や石を防ぐ壁は鉄砲くらいなら未だしも荷が勝ち過ぎる。当然だ。
仁王立ち不動の可児才蔵吉長は徐に足下に落ちた鉛玉を足で押して草履を貫通する余熱を気にせずに計る。
「重い、鉛だな。七十か八十匁ってところか?随分と良い大筒を使ってやがる」
武術とは効率である。理論的に、何より合理的に動く事が大事。故に合理的に考える。
「急いで土俵で穴を塞げ!!鉛も火薬も敵はそう用意できねぇ筈だ!!下手すりゃ直ぐにでも敵が来るぞ!!」
織田家でさえ戦争が激化すれば硝石や鉛の大半を輸入する。鉛はともかく特に硝石となると日本では産出しないのだ。即ち敵にとっては多量の鉛を用い、それを飛ばす程の火薬の用意は難しい。
何せ上杉家は孤立している。
戦略、いや政略という一手。
弾薬鉄鉱の交易封鎖である。
斯くして可児才蔵吉長の言葉通りに敵が呵成と共に攻めてきた。矢弾投石の合切無視し竹束を前に水堀に半身埋めて梯子を城壁に掛ける。それを可児才蔵吉長一振り薙ぎ払って。
「壁を越えさせるな!!」
梯子を登ってきた敵兵を突き刺し、梯子を押し出してひっくり返す。敵の矢による牽制は矢弾を用いて先ず射たせない。時間にして二刻半もの間、壁を越える越えないの攻防は熾烈を極めた。
それは敵陣より響く退き鐘が乱打によって終わりを迎える。
「ほら、サッサと帰れ」
退き鐘を無視して城内に入ろうとしていた男を蹴り落とし可児才蔵吉長は首を傾げる。
「援軍が来る前に、と考えてば分からんでもないが……。初手から強攻とは解せんな。殿様が煽り過ぎたか?」
可児才蔵吉長は片付けの指示をしながら考える。
「……まぁ朝飯を邪魔されたら怒るわな」
何はともあれ富山城は敵の大筒に対応する必要がある。攻勢を一度跳ね返したからと休む訳にはいかない。砲撃を受けた城壁を見聞しある程度の補修は必須だ。
竹束と土俵を使い場合によっては家屋の材木さえ使って。
「よし一先ずこれで良いだろ。お前ら気を抜くなよ。乱波が入るといけねぇ。俺は殿様んトコに行って来る」
そう言い残して籠城戦は此れからだと気合を入れた。籠城の本懐は包囲を受けた状態をどれだけ耐えられるかだ。心理的圧力を跳ね除ける為に兵へ余裕を持たせる為に。