アルプス越えとか背水の陣とかカンネーとか良い子も悪い子も真似すると死ぬ。ってかコレほぼハンニバルじゃねーか。小説の参考に出来んレベルのリアルチートも大概にせぇや
ブクマ・ポイント・いいね・誤字報告ありがとうございます。
今回は雑な布陣図に加えクソ長いです。あと前回投稿日を見て(΄◉◞౪◟◉`)ってなりました。三回くらいカレンダー見ましたね、ハイ。
話のストックはあったんですがガチで投稿日勘違いしてました。なんか風呂の湯溜めてるの忘れて滝を作り上げた様な気分になったので気分変える為に間に合えば8時にもう一話更新します。また普通に来週も投稿します。
こんな感じですが暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
薄いとは言え雪さえ積もる寒い寒い北国。その城の屋敷の一室で鬼神が熱い熱い酒を入れた杯を傾ける。だが越後上布を重ね着て熊の毛皮で出来た羽織を纏って尚も寒い。
その顔は寒さ故か感情故か酷く歪んでおり彼を出迎えた者達の顔を凍らせていた。
鬼神は吐息一つ。
「あーあー最上か。また金砕棒の相手かよ全く。軍神の野郎この俺を育ててる気か。挙句に伊達蘆名のケツを蹴れだと?無茶を言いやがってバカが」
鬼神は気を遣って不満を漏らしていた。ちょっとした童の癇癪の様なそれは迸って周囲の心胆を寒からしめる。慄く将兵の中で一人の男が進み出る。
「オメさん。落ぢ着いでけろ。鬼神の感情は儂等にゃ毒よ」
その声に鬼神は嬉しそうに振り返った。禿頭で五十を過ぎて居るとは言え老け込んだ男。古めかしい大鎧を纏う酸いも甘いも知るのだろう穏やかな顔。
「おお!クソ雑魚散々別当!久々だなオイ!」
「わりいっけどは思ってるが、神の相手は神にすか無理よ。オメさんが軍神わらわ討ぢ取ってれば良いっけんだ」
「ケハハハハハハ違ェねぇ!!元気そうで何よりだぜオイ!!新九郎!!」
「おめさんもね、弥次郎」
ツーカーの仲、そう和気藹々。
鬼神と親し気に話す男は大宝寺証江庵義増。彼は鬼神の謀反の際に共に軍神へと挑んだ友であった。今は息子に家督を譲らされているが友誼は変わらない。
鬼神は一点上機嫌に酒を飲み。
「まぁお前の為だ。最上の野郎をグチャグチャにしてやるさ。引き付けては貰うが城に篭って待ってな。真夜中にケツ蹴り上げて腑を食い散らかしてくるからよ。羽州の狐を語る人喰いの虎を退治してやる」
「頼もすいね」
さて時は少しずれて出羽国田川郡藤懸城を落とし丸岡城を囲った最上軍は野営の準備を始めていた。
「深甚さ思うよ。皆んなこごまで良ぐやってけだね。皆の献身相国様には必ず伝えっず」
非常に穏やか。滲み出る様な慈悲の塊、日向の柔らかい木漏れ日の様な、そんな声。
発するのはゴリラだった。
アレである。ギッチギチの筋肉の塊みてーなってか実際に筋肉の塊たる六尺越えの肉体。の上に信じられないくらい穏やかな顔。泣く子が五つ数えて泣き止む程に優しく穏やかで慈愛に溢れた顔に大人が秒でギャン泣きかます全てを握り潰せる肉体。
そんな毛皮纏うゴリラ武者。
最上二郎太郎義光だった。
鉄塊でしかない清和天皇末葉山形出羽守有髪僧義光と掘られた指揮棒を腿の上に突き立て背には身長の倍近い金砕棒が突き立てられてる。彼の前の置き楯の机の上には周辺の地形と城が描かれており最上二郎太郎義光が信長を後ろ盾として集めた諸将がその左右に座っていた。
城攻めは過酷で権威こそ保証されているが実力的に言えば大差ない大将の言葉に端を発して軍議は深夜まで続く。それは如何攻めるかと言うか議論ながら誰が何処を攻めるか、即ち誰が被害を被るかと言う話に他ならない。
総大将ではあるが最上家は伊達家より独立したばかりで天童八楯と呼ばれる最上家の一族および天童家とその一族の有力国人の内の幾人かと争っていた。彼等は伊達家と手を結んでおり織田家の最上伊達間の仲裁を受け大宝寺家攻撃の為に最上二郎太郎義光の麾下に入ったのだ。これは伊達家が織田家との関係構築に一歩遅れた結果であるが故に最上二郎太郎義光は失敗が許されなかった。
「こうなれば仕方ね。オラが先陣切んべ。そも、それが筋だ」
まぁだから最上二郎太郎義光はこう言うしかない。最上二郎太郎義光を超える筋肉が呵呵大笑した。もはや筋肉達磨ってか筋肉しかない男たる延沢能登守満延だ。
ゴリラってのはゴリラ・ゴリラ・ゴリラでゴリラ。
延沢能登守満延は筋肉・筋肉・筋肉な筋肉。
「ドハハハハハハハハ良いでねが!!桜さ登る猿にゃあ負げでられん!!ケツたがぎはすてけるぞ!!」
別に脳筋って訳じゃ無いが凄い脳筋感を漂わせ最上二郎太郎義光からすれば敵である事に相違ないが快活で嫌いになれない明るさで言う。
「辱い。能登殿。感謝する」
翌日は陣替えであった。最上軍が最先頭に布陣し攻撃の準備。特に出羽では見た事のない数の鉄砲を準備する。もう一つの門の前には延沢能登守満延が布陣。
その前軍の後背および側面を覆う形で他の軍勢が布陣した。
総攻撃は明日である。
まぁ、軍として言えば明日はないが。
「ケハハ。まぁ常道ならせめて一回城に攻めかかった夜が良いが新九郎の為だ。仕方あるめぇよ」
黒の中、白い目が二つ、白い口が一つ。
真丸に孤形だけが暗闇の中に浮かぶ。
それはゆっくりと最後尾の軍中に。
十人ばかりを引き連れて進んだ。
「アンタぁこごは天童家の軍勢がねェ?」
悠々と兵の中を進んで行き天幕の前に立っていた者の前で立ち止まり問うた。兵は言葉の抑揚が違い過ぎるが故に。
「敵だ!!!」
瞬間、其処には鬼神。
「ケハハハハハハハハハハハハハハァ!!!」
穂先一尺半の大身槍が叫んだ男を串刺しにしてしまう。更にそのまま見せ付けるように片手で持ち上げて見せた。鬼神の剛力の異常さに誰も動けない。
何より串刺しにされた男は未だ踠いているいるのだから。槍を抜こうとするが故に血の滴る穂先には生きた兵がそのままいて絶望と苦痛に呻き叫ぶ。それを見上げて振れば真っ二つになって雨が降った。
誰が目を離し誰が動けるというのか。雪中の魑魅魍魎は雪より酷く人を震わせる。鬼神は余裕綽々に笑って見せて。
「上野じゃ暴れ損ねてな。ちったあ楽しませてくれや最上ィッ!!!!!」
「き、きさ……ガ?!」
いの一番に仇を打とうとした男の兜のない頭を握り潰して投げ飛ばし後続に蹈鞴を踏ませる。後は乱雑に向かってくる気概のある連中を軒並み薙ぎ払って逃げ出した腰抜けを追うフリをして暗闇の中に戻った。そして鬼神が闇に消え一刻後、混乱した陣は漸く落ち着きを取り戻す。
「そうが父上様ど兄上は無事が……。良いっけ。にすても大宝寺めェ!!」
天童八楯の東根次郎三郎頼景は自陣で安堵を覚え、次の瞬間には不条理に怒りを覚えていた。
「よりによって鬼神だど!!!」
まぁ当然っちゃ当然の状況だが被害を受けた側からするとキレもする。特に父のお陰もあり東根家を差配出来る立場であると理解している東根次郎三郎頼景としてはバチキレ案件だった。忿懣やる方ないと言う言葉の通りであるし誰もがフザケンナと思っていたのだ。
「絶対さ許さん!!父上や兄上の汚名を注がねば!!」
「全くだ!!気合い入れなきゃならねぇ!!そうだよな!!?」
「おうさ!!鬼神をこの手で血祭りにあげでける!!大宝寺の連中も皆殺すだ!!」
「へぇ……如何やって?」
「ん?」
東根次郎三郎頼景は振り返って腰を抜かしてしまう。
其処には鬼神がいた。
「おい、言ってみろよ。俺を血祭りにあげるんだろ?」
淡々と語りながら一歩一歩。
その一歩一歩で二人四人と殺しながら。
「如何やってやんだよ。オイ」
ニヤニヤと笑いながら。
たった十数人で斬り込み平然と。
「誰を血祭りにあげるってぇッ!!!?」
赤い眼光を正面から受け。
「て、撤退ぃいいいいいいいい!!!」
東根次郎三郎頼景は逃げ出した。
それを見てフンと鼻を鳴らした鬼神は首を左右にゴキゴキ鳴らし。
「まぁ状況聞くにこれで連中も戦どころじゃなくなるだろ。さて、寒ぃしサッサとけーるぞー。もう終わってるだろうがな」
この後、鬼神の言葉通り最上軍は天童家に類する家にばかり被害が重なった事で疑心暗鬼になり進軍停滞。最終的には天童家当主の天童和泉守頼貞が最上家と上杉家の密約があったと偏執し瓦解した。偏重と言うには余りにも最上家の都合の良い状況過ぎたのである。
白い白い雪中で軍神が目を閉じていた。それは寝ているのではない。目に焼き付けた情景と頭に入れた地図を照合しているのだ。それが終われば彼我の戦力配置を分かる限り置いていく。そして軍を移動させられる道とその先にある地の兵力。軒並みを脳内で整理し配置して非常に高度な戦略地図を頭の中に作り上げていた。
それは3Dモデリング。そう評すべき情報を頭にインプットし浮かべる。その作業中だ。
「粗方、分かった……」
目を開けた軍神が吐息を漏らして言う。何処か機械じみた、無粋を承知で言えばデウス・エクス・マキナーと言う神が人の形をすればこうだ。そうとでも評したくなるような馬上の姿。
が、それも口から蒸気を漏らせばダウナーなオッサンが登場する。
「……あー酒欲しい」
と何時もの様に気だるげに言うと顔をブルブルと振って。
「対馬守。もう新しい知らせは無えか」
控えていた細身に見える武者が軍神の問に肯首した。
「は、私の耳に入った事は全てお伝えいたしました。更に深くとなると現状では難しいかと存じます」
「よし、なら動くとするか」
さて唐突だが名将には幾つかの類似点と言う物がある。まぁそれは絶対のものでは無いのだがともあれ、世に名将と呼ばれる彼らは総じて素人目に激烈な行軍を平然と行う、実態はともかく素人にはそう見える様な機動を取ることがままあった。何が言いたいかってまぁ此の軍神も今からバカみてぇな機動を始めるって事だ。
先ず伊達家の所領は出羽の最南端であり蘆名家は弧状に広がる陸奥の下部西端にある。
んで日本って何処でもそうなのだがバカほど山があった。越後、出羽、陸奥の境目と言うとアレだが、其処にもドーンと飯富山地と言うのがだ。飯豊山地の北を流れる荒川に沿って進めば米沢盆地、南を流れる阿賀川に沿って進めば会津盆地。蘆名伊達の連合はその南北の道を進み越後へ入って握手して越後で暴れようぜって作戦だった。
まぁ厳密に言えば織田家から蘆名、最上、伊達の三家で足並み揃えて上杉家ブン殴ってくれたら御礼するよって話。蘆名家は三浦介の名乗りと現領安堵に上杉領切り取り次第、最上家は現領安堵と大宝寺切り取り次第、伊達家は現領安堵と上杉領切り取り次第となっている。織田家の視点になるが蘆名家は自力により、最上家は友誼により、伊達家は義理により、褒美を考えた訳だ。まぁ蘆名家と伊達家が今の所すごい仲がいいとか色々あっての事だが……話バカ逸れた。
ともかく蘆名家と伊達家は分進合撃。などと言うと兵站の問題と刈り取る領土で揉めるのを避ける為なんで格好付けに聞こえるかもしれないが。要約すれば兵を分けて上杉領を目指す事になっている。
だから仕方ないのだ。
政治的にも心理的にも物資的にも軍事的にも現実的に当然な兵を分ける選択。
如何しようもない。
「大里峠、いや十三もの峠か。疲れるな」
「皆、小休止だ」
全く疲れていない声色で軍神が言えば千坂対馬守景親がその意図を察して即座に指示を出す。現在地は既に出羽国にだいぶ入り込んで荒川から別れる玉川の辺りで兵を行軍隊形のまま休めた。この先には上郡山民部大輔 が城主を務める小国城と言う城がある。
既に伊達家の領内に入る一歩前と言ったところだった。
「さて釣れっろうかね」
兵が銘々休み出せば軍神が心底から如何でも良い様な、実際自分が此処にいる時点で目的を果たした為、川を眺め塩ジャケで酒飲みたいとか思いながら呟く。
「今董卓への面目も御座います。一当てはしてくると心得ますが。それが関の山でしょう」
千坂対馬守景親が淡々と応える。敵の最良手は様子見で牽制の部隊を置く事さえも難しい状況。だが政治と外交が合わさり一当ては必要だ。
そんな当たり前の返答に軍神は非常にポカンとした顔を返した。
「?如何なさいましたか」
聞き返せば爆笑。
「ヴッハ!!あっはっはっはっは!!い・ま・と・う・た・く!!それ誰言うた?!あっはっはっはっは!!」
もう膝をバシバシ叩いて愛馬たる放生月毛の子が嫌そうな反応を示す程に笑い「勘弁勘弁」と鬣を摩る。
「大和守様が申しておりました」
その答えに軍神は楽しそうに。
「あー、あー、成る程。ふふふ、流石機知ぃ富む。一時、若い連中に狂うた様に三国志話したったな。領主達にばーか広まったろう」
「ええ、老の話は私でも聞き入ります。でなくとも若い者達は軍記物語に夢を見ます故」
「其処から親に、だな。誰だって面白れぇ話聞けば、それ話したくなるモンだ。其処に太政大臣だーすけ相国信長、今董卓と呼んだ訳だ。よう考えてる」
「恥ずかしながら私などは太政大臣の唐名が相国である事も、董卓が相国であった事も存じませんでした」
「私もだて」
軍神が戯けて言えば戦時は淡々とした親衛隊長も相合を崩して笑った。二人して馬に水を飲ませしばし歓談していると軍神の鼻に匂いが入ってきた。雪解けの水と混ざる泥に木の芽の匂いに混じった汗の滲む鉄の匂い。
酷く匂う。戦の経験から或いは第六感なのかもしれない。戦争の嗅覚。
「おお、釣れたか。とびきりデっけぇのが。確り仕留めんば」
「釣り餌が大き過ぎましたな」
「違いねぇ」
出羽国置賜郡を支配する伊達家当主たる伊達総次郎輝宗はキレていた。かの邪智暴虐なる上杉不識庵謙信をブッ殺してやるとガチギレて筆豆に日記に記すほどにキレている。涼やかな瞳に鍛えられた肉体を持つ落ち着いた男なのだが今はブチギレ。
厳密に言うとやられたら一番イヤな事をするのが戦の常道だけどマジで其処まですんのかスゲェな死ねって感じであった。
長いので纏める。
コッチ来んな死ね、だ。
まぁ想定していた。
だいたい今回の包囲網に参加した勢力の中で上杉領を狙う類、中でも最も弱小なのが己等である。
そう、そんな事は自覚していたのだから先ず狙われるとは思っていた。その中でも特級で最悪中の最悪ってだけで。
先ず地勢が最悪だ。小国城か朴木峠、萱野峠を超えた先に上杉軍が布陣している。基本的に布陣は先行有利。
凡そ川と峠道が十字に交差しており渡河をしていない事から誘っているのは明白の事だが横陣に突っ込む形。
たぶんこんな感じ図
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー北ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー西4東ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーー南ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
山山山山山山山ー凸ー◯◯ーーー山山山山山
山山山山山ーー凸ー◯◯ーーーー山山山山山
山山山山ーーーー◯◯ーー山山山山山山山山
山山山山ー凸ー◯◯ーー山山山山山山山山山
山山山ー凸ー◯◯ーーーーー山山山山山山山
凹山ー凸ー◯◯ー山山山山ーーーーーーーー
ーーー凸ーー◯◯山山山山山山山山山山山山
山山山山ー◯◯ー山山山山山山山山山山山山
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
←大里峠(越後方面) 茅野峠(出羽方面)→
凸上杉軍・凹上杉軍本陣
凸兵数100以下
一応は玉川に沿い北からと言う手もあるが、荒川と呼ばれるに足るような川の支流を進んで後に、上杉軍とガブリ四つで消耗戦を強いられる。
まぁ敢えて現代風に言えばクソすぎワロタって感じ。
一番の問題は現状で攻撃しない事は誰が如何見てみ有り得ない事だ。だって上杉家の当主が高々千少々の軍勢しか連れずにいるもん。上手くいけば討ち取れるし足止めどころか一撃でも此処まで来る精兵。それを削ったとなれば戦果としては余りに大きい。ただし自分達の被害に目を瞑れば、だが。
いや、自分達なら良い。信長程と言わずとも一国さえも決定権を持たない程度の権力を確立出来ていない状況。要は寄り合い所帯の顔役程度では攻撃をする事さえ難しい。最悪は伊達家に協力的な者達の屍の山を築き伊達家が恨まれる可能性があった。
じゃあ攻撃しないのかと言えばそれも無理。
織田家との好意的関係が崩れれば蘆名家、佐竹家、最上家に蹂躙されるからだ。また掌を返して上杉家に着くかと問われればそれも直ぐ死ぬ事になる。厳密に言えば相馬家とか佐竹家が手ぐすね引いて上杉方になる事を待ってるのだから。ぶっちゃけて言えば負けても良いが何もしなかったと言う評価はアウト。
「すかだねぇ……」
まぁヤるしか無いってのが正しい。ヤるって書いて殺るの方向で、当然だが己も殺られる覚悟で。軍神に一世一代の意気を持って挑むのだ。
「お見事だ若様!!その意気や良し!!だら先方は此の左月さ任せでいだだくべ!!」
大喝。そんな声でシワシワの老人が見た目に反して機敏に立ち上がり言った。伊達家でも古豪中の古豪たる鬼庭左月斎良直、凄い元気な御爺ちゃんって感じの人だ。足腰は確りしている様で還暦を越え赤い頭巾を被り大鎧の上に毛皮を纏っている。
「ズサマ!!」
「ンまだジジイでねぇッ!!!三十しか違わねぇべ!!せめでオンツァだべ!!」
「……いや。ンなごと言っても三十歳上はズサマであってんヴヘェ?!」
ビンタ入った。鬼庭左月斎良直から伊達総次郎輝宗へ。老臣が主君のほっぺパーン。痛く無いけど音凄いの。ッパーンって。
ほっぺた抑えてショボーンとした伊達総次郎輝宗。
フンスとガチギレ鬼庭左月斎良直。
「誰がジジイだ!!……取り敢えず先鋒、一番槍は任せで貰う」
「いや六十だべ、既さ。無理すんなってズサマ。頼むがら」
伊達総次郎輝宗はマジで言う。鬼庭左月斎良直になんかあったら伊達家がヤバい。あと年齢的にも切った張ったはさせたく無い。それだけ大事な側近であった。
「いや、駄目だ。一度言った事翻すなんて情げねぇ事はでぎねぇ。軍神などど名さ踊らされる腰抜げにはなれん。どらほど強ぐども人は人よ……あど次は殴るぞ」
伊達総次郎輝宗は感謝した。先陣に及び腰になっている空気を払底する為に声を上げてくれた事にである。己も含めて誰もが軍神と言う呼び名を恐れていた。他の者達も次々に闘志を燃やす。
特に若い者など頼もしくも顕著。
「なら先陣さオラだ!!」
「いや!!オラがえぐ!!」
「いやいや、オラにごそ任しぇで貰うべ!!」
常日頃から世話になり敬うべき老人が身を張ろうと言うのだ。当然だが誰もが立ち上がり声を上げる。そんな中で鬼庭左月斎良直がカッと目を見開き。
「うっつぁしいわ!!」
皆んな「えぇ……」ってなった。凄いキレてるもん。もう、何というかカチキレだもの。
「此のオラと手柄競おうってが!!引っ込んでろバカ共!!軍神はオラの手柄だ!!」
何かメチャクチャ手柄が欲しいだけだったっぽい。まぁ権力が集中する立場故の責任感なんだけど、こう、なんか……うん。
うん。
ホント元気な爺ちゃんだよね。
「ドイヅもゴイヅもジジイ扱いしやがって!!」
あ、違うわ。手柄じゃねぇわコレ。年寄り扱いが嫌なだけだわ。
いや時代的にガチジジイなのに。
「動いた様です」
千坂対馬守景親が物見と言葉を交わした後に呟く様に言った。それはヤケにスルリと皆の耳に入り込む。ただ見るだけであればボーッとしていた軍神がニコリと笑う。
「明日か」
「早ければ確実に。通常なら二日。何か起こるか考えあれば三日かと」
軍神は予言し千坂対馬守景親が常識を補足した。じゃ無いと明日必ず来ると兵が、敢えて言うが頑迷になってしまうから。それくらいに軍神の言葉は重かった。
逆に軍神の発した熱を冷やせる千坂対馬守景親も大概であるが。兎も角も上杉軍中は戦意が薄らと濃くなっていく。そして翌日の早朝に対岸が俄か騒がしくなった。
「困った。こりゃ戦えん」
揚北衆における二番手で鬼神と殺し合ってた鬼神絶対ブッ殺マン鮎川孫次郎盛長が寝ぼけ目に感嘆を交えていった。
尚、鮎の干物を齧ってる。
ガジガジと、だ。
「真夜中を松明も無しに進みやがった。ありゃあ如何こうすんのは無理だな。伊達受天が開いた街道とは言えよくやる」
まだ雪積もり夜目が効いて辛うじて何かが動いているのがわかる程度。その状況下で山道を兵に進ませ布陣までさせているのだ。地の利は当然だが伊達家の物、とは言え天晴れと言う他無い。
まぁ伊達家に言わせりゃテメー等のせいでンな事させられてるんじゃボケ的なアレだが。
「急げ若造共!!ワシより若えべが!!」
「親父より若えのは居ねえよ!!」
「誰がジジイだ左衛門!!未だ六十だぞ!!」
「サバ読むんじゃねェ隠居六十五歳!!」
「六十四じゃ二度ど間違えるなコンの馬鹿息子ォッ!!!」
川向こうから轟くコントに驚きガジガジを止め干し鮎を落としそうになり、慌てて落とす事を阻止してホッとした鮎川孫次郎盛長はポツリと。
「……とんでもねぇ爺さんが居たもんだ。さ、北を確り見張っとけよ。正気とは思えねぇが御屋形様が注意しろと言ったんだからな」
そして周りに指示を出した。自身でも側背を襲うのは戦の常道だと考える。だが軍神の言葉として言った方が効果が高いのだ。
熟、笑える話だと可笑しく思う。普通なら不満に思うだろう事も当然の事と受け入れられる。畏れ多くも妙な御屋形様だった。
兵達が暗闇に向かって足元の石を投げる。それはただの嫌がらせだが対岸から不満の声が時折聞こえた。児戯じみて有意義。
「日が昇る前が勝負どころだな」
鮎川孫次郎盛長が呟く。それは正しく北側の下流から音がした。未だ未だこれからで例年より幾分かマシとは言え、雪解け水で流量の増えた冷たい川を如何にかして渡ったのだろう。正気の沙汰とは思えぬ所業。しかし御家の為と有れば無茶もするだろうと。
「鮎にでもなったかね?」
ガジガジと鮎の干物を骨から尻尾まで砕き飲み込んで指したる特徴も無い無骨で有能で物怖じしないだけの幾らでも居る武士らしい武士の顔で笑う。
練磨された戦場の感覚。熱気と匂いと空気が変わる。良き武士が発する戦意が迫るのだ。
経験、勘、現代で感じる事があるのはスポーツ経験者か技術者だろうか。少々遠くても学業や職業、家事であっても良い。繰り返し積み重ねた事柄を成している最中に感じる漠然とした、何となくこうなりそうだと言う漠然とした直感。それを色濃くした物が錯覚させる。
鮎川孫次郎盛長が戦に感じるにとりそれは直感を経て確信へと至る物。
「来るぞォ!!!」
数多の砂利や小石を踏みつけ付ける音。それが迫ってくる。ジャリジャリと砂利を踏み駆けて。
状況から味方をブン殴りかねない長柄など無し。暗い中の乱戦で足元は不安定にして槍を刺すことままならず、そも枝もあり狭隘な場で騎馬突撃などアホ。端っからステゴロじみた乱戦前提だ。
唯一馬上の鮎川孫次郎盛長は中間から特注の侍筒を受け取り構える。堺製の流麗な装飾を施された特注の十一匁が士筒の轟音。味方への何よりの報せになる。
「さて、眩しいな」
大枚叩いたそれを中間に渡し、薄らと明るくなりつつある戦場の戦況推移を見守る。山間な上に自軍の向きと幸い日光を直接受ける訳ではない。だが山間故に一挙に光が入り込んできて眩かった。
首元に切先を捩じ込み、鎧の無い兵の腹が裂かれて臓物を垂らす。腿を切られてフラつく兵に、腕が飛んだ兵が落ちたソレを抱え込んだ。
此処は戦場である。纏まりようの無い乱戦は文字通り鎬を削り身を削る血肉の溢れる死地なのだ。
「剛毅なこった……」
呟いたのはバシャっと音がしたから。大きな鮎が跳ねたような音。鮎川孫次郎盛長は目も向けない。
バシャバシャと言う音が重なっていきザブザブと音を変えて津波が起こる。時折バシャンと思い音がして何と一所懸命な事か伊達家はまだ冷たく水量のある玉川を渡河し始めたのだ。通常の渡河でさえ死と直結し現状では何を言わんや。
この時代の人にとり中でも武士にとり所領とは、領土とは、生きる為の糧とは、それだけ重い。
そう何よりも重いのだ。
今己が死んで未来の同郷の者が、よしんば孫々が生きられるのなら何と安い対価、そも土地無くせば今己が死ぬ。
そう言う世の思考回路。
だから上杉家は感嘆こそすれ想定内の事。鮎川孫次郎盛長は目の前に集中して戦う。側面に当たる川からの敵には後詰が当たるから。
「五十公野因幡、推参」
ミギィ……と音を立てて弓を引く武者。五十公野因幡守治長だった。五十公野家を継いだ新発田家の次男坊だ。
その侍大将が弦を開放してボッと空を圧し射出された矢は伊達家の良き益荒男が首を引き千切った。
首ポーンてなったが伊達軍は狂奔とも言える空気で進む。
何故ならば退がれば死ぬから。命も当然として武人としても人身としても退けない。特に鬼庭勢は。
それは頭が背に居るから?違う。頭が横に居るから?違う。思いっきり頭と御隠居が前に居るからだ。
「待でって親父!!岸にいろよ!!」
「ううううう、うる、煩え!!続げ!!」
「震え過ぎだべ!!ほんと岸さ帰れよ!!」
「いい、今更、帰ェれるが!!!」
鬼庭家は伊達家の重臣として無茶クソを担った。彼等に続く兵は敵の攻撃より川の水と寒さに倒れる者の方が多い惨憺たる状況。此の時代に碌な堤防など無く水位こそ自然流れるままな為に低い。とは言え山間で脹脛か場所によっては膝に迫る高さはある。また川の幅は当然広がっていて体温と体力を奪う範囲は広いのだ。
そんな状況を理解しても渡河を決めたのは鬼庭左月斎良直。
であればこそ此の老人が退がれる訳がない。
そして老身押して進む男を前にして弱音を吐けるだろうか。
いや、煩いだけのジジイとかなら御勝手にってなるが世話になっているし有能だしちょっと煩いけど有能な敬うべき御ジジイである。そも鬼庭家の兵的には感情的にも経済的にも死なれると困る口煩いが嫌いじゃないジジイが前へ前へと必要性と共に進むのだ。そりゃ喜び勇んで行く兵など一人として居ないが、それでも意地を見せようという気概を生じさせていた。
「妙らな」
軍神が首を傾げながら言う。それに千坂対馬守景親が淡々と問うた。
「当てが外れましたか」
「うん、水はシャッコイが未だ渡河出来る水量だ。それ狙うて此処まで来た」
「敵の全面攻勢を受け止め、その主力を撃滅する為ですな」
「そうら。一気に攻めるしかねぇ筈だし、そうしんば味方見捨ててるって事だ。だが攻勢に出てねぇ敵の空気は、そうじゃねぇ」
「確かに一当てして口実を作って帰るという空気でもありません。戦う気は十二分に有るようにしか見えない。一体何をする気か……」
千坂対馬守景親の指摘こそ問題で敵の意図が分からない。軍神は戦場における最善および最良を敵であれ味方であれ導き出す事に天性の才を得ており其れがある種の予言じみて神がかった判断と勝率を生じさせる。その軍神が伊達家の判断を掴みかねているのだ。
上杉家にとっては慮外の事で有る。
戦場の地勢的に攻撃を集中して一点突破を図る状況ではない。であれば平押しをかまして飽和させ上杉家の兵力を削るのが道理。伊達家はそうせざるをえないし、そうすれば上杉家の目的は達成される。
伊達の戦力を撃滅し継戦能力を奪う狙い。
何せ上杉家が少数ながら出羽の伊達領目前にまで出張ってきているので有る。その戦力によって最上家と蘆名家の間に位置する伊達家が戦えなくなれば、最上と蘆名の両家は伊達領に上杉軍が侵入した場合を鑑み、その方面の防備に兵を割く必要が出るのだ。それだけで十二分に攻撃を抑制出来ると言う想定の一歩手前での停滞。
「なるほど、な」
軍神が納得した。臭いでだ。
「何を……ああ、貴重品を持ち出しましたか」
千坂対馬守景親が問おうとして敵陣に変化が現れ納得した。十数丁と言う少ない数だが鉄砲を準備している。態々革で包むあたり渡河後か渡河中に使うつもりらしかった。
「十丁も持っていたとは意外でした」
千坂対馬守景親が意外そうに言う。鉄砲は順次普及している。上杉、武田、北条は勿論だが出羽や陸奥にも流れていた。しかし矢弾となると話が変わる。この場合は十丁も戦場で使えるほどに弾薬を持っていたのかと言う驚きだった。
とは言え此れも想定内だが精々が数丁で、そうでなくとも十丁くらいで集中運用とかされてもだ。
鉄砲の数が少ないなら狙撃を行うのが常道である。
織田家?本願寺?瀬戸内諸勢力?
あんな交易路を抑えた金満モンスターとこの頃の伊達家を一緒にしたらダメよ。
伊達家は婚姻外交で曲がりなりにも平穏を手中にしてる。しかし経済的には時代と地勢的に未だ未だこれからだった。
「今こそ報恩の時!!皆、この不入斎に続けェッ!!!」
「成程、遠藤殿か」
千坂対馬守景親は納得した。遠藤内匠介基信は伊達家家中で発言力を持つ男。そして織田家との関係強化を唱え音信を担う宿老だ。
バシャバシャと伊達家全軍による渡河攻勢が始まる。迎撃は川を渡らせてしまう積もりであり矢や石による迎撃はするが上杉家の攻撃としては非常に緩い物。だが身を刺すような川を渡る側にとっては激烈だ。
弧を描く石は鈍い音の後に水を弾く。鎧武者であれば矢でさえ屁でもないが雑兵が瞬く間に脱落していった。折り込み済みだが当然である。
「ック!!未だ未だ堪えよ鉄砲隊!!敵は少数、地の利も此方にある!!」
遠藤内匠介基信はそう川で身を震わせる兵の心を鼓舞する。だが確かに上杉家は敵を釣る為に少数とは言え、であればこそ主力の精兵を連れて来ている。それは冷淡静謐とした兵の立ち振る舞いから良く分かった。
戦闘の推移は想定通り最悪。疎らで使い古された戦歴を知らしめる装備を纏った上杉兵を如何するか。アレが鉄砲だけで如何にかなるなど考えていない。
「撃てッ!!!」
川を出る寸前に一斉射。轟音白煙に突っ込み一番太刀。遠藤内匠介基信は進む。
銃撃を受ければ流石の上杉兵とて無反応とはいかない。
それでも柿崎左衛門大夫晴家が応じた。
「思うたよりはやる。だが、それだけだ」
伊達家の乾坤一擲の攻勢を軍神は総評する。それは軍神の中で此の戦いが終わった事を意味した。もう如何に伊達家が盛り返しても大勢を変えようが無い。
それは戦力と地勢的に絶対だ。
此の後に伊達家は凡そ半刻もの粘りを見せたが壊滅。上杉家に見逃される形で撤退したが有力家臣の戦力が削られ身動きが取れなくなった。最上家および伊達家の攻勢失敗を聞いた蘆名家は上杉家揚北衆と小競り合いをして撤退せざる終えなくなる。
その頃には越後の大半の戦力を率い軍神が港を使い南下を始めた。
天下人を龍が狙う。