七首一甲
信長率いる八百は神速の行軍にて敵地奥深くに入り込んだ。那古野から山崎川沿いの中根村に、そして天白川に沿って南下し小鳴海に到着すれば、敵本拠が近い事もあり勝介の提案で三の山に様子見に向かった。
この時点で度肝を抜く様な状況である。
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2・・・・・・・・・・・・◯・・・・
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ーーーーー・・・・A・◯・・・・・・
ーーーーーーB・・・・◯・・・・・・
ーーーーーー・C・・◯・3・D・・・
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ーーーーーーーーーー◯・E・・・・・
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1名古屋城・2熱田神宮・3三王山
A桜中村城・B笠寺城・C戸部城
D赤塚・E鳴海城
◎山崎川・◯天白川
兵を山裾に控えさせ信長は小山を護衛数騎に家老勝介と兵法の師三位を連れて登る。
稜線上からから眺めれば赤塚から小山に休息している千以上千五百未満の山口勢を発見、おそらくは自分達の情報を得ての陣替え中か、熱田に進軍した平手勢への迂回挟撃前の休息であると推察された。
勝介は予想以上の敵の多さに顔を顰めつつも進言する。
「殿、先手を御任せください。
騎馬武者を率いて与十郎殿、般若介殿を左右に宗二郎以下の者達と共に敵に突っ込めば五分以上の戦いが出来ます」
「うむ。三位はど思う」
「勝介殿の言葉ごもっとも。距離があるので奇襲程の効果は見込めませんが敵は数が多く陣の転換に難儀しましょう。兵は拙速を尊びまするぞ」
「なら是非もないな」
信長は頷く。
「任せるぞ勝介。だが死ぬな、そして死なせるな」
「は、必ずや」
勝介は決意燃える瞳で頷き山裾で待たせていた組頭と副将の前に立つ。
「与十郎殿、般若助殿。山向こうの赤塚に敵がいる。俺と共に敵の横腹へ突っ込む故左右を任せたい!!!」
「応!!」
「承った!!」
与十郎と般若助が頷き答える。そして副将と共に自分の率いる部隊へ。荒川兄弟与十郎と喜右衛門が大太刀を背負い声を張る。
「先手の誉れか、腕がなる!!喜右衛門よ、徒士の者達は任せるぞ」
「任せろ兄上!!」
続いて蜂谷般若助と長谷川橋介が槍を握り。
「橋介、行くぞ」
「はは」
両部隊将を見送ると勝介は続いて己の副将青山藤六と戸田宗次郎に賀藤助丞に向き直る。
「中央は俺たちだ。源平のようだと笑われようが騎射も薙刀も未だ未だ活躍できると見せてやろうではないか!!」
「無論に御座います!!」
「若いもんには負けんわ」
「腕がなる」
三人の威勢に強く頷き返して。
「頼もしい」
勝介はそう言うと三人に連れてこられていた息子達に視線を送り。
「勝三、与三。焦るな、俺達の旗指物について参れ!!」
「はは」
「は!」
勝介隊三百を中央に荒川与十郎隊百と蜂谷般若助隊百が左右に展開し背に信長が采配する三百が続く。それは斉射された三つの矢が進む様であり、しかし粛々と黙々進んで行った。
勝三は金砕棒を握り騎馬武者達を追う。蹄の弾いた土を物ともせずフワフワと滞留する種火のような心を押さえつけて。
聞こえる敵の騒めきと法螺。
その音に気付くと同時に勝介が大きく声を張った。
「此方も陣太鼓と法螺貝を!!」
乱打される太鼓に響く法螺の音、騎馬武者に続いて雄叫びをあげながら薙刀を握った兵達が付いていく。彼等の声を背に勝介は騎馬の上で弓を握った。
「掛かれ!!!」
言うや否や十本目の矢が敵の即席の横陣を砕いて穴をこじ開ける。勝介は肩に弓を掛け、その体躯故に握る事を許された長巻を背に括り付けた鞘から抜き払い。
「突っ込むぞ!!」
敵陣に斬り込んだ。
両翼では遭遇戦の様な様相を呈した為に五間から六間の距離で矢の撃ち合いが始まった。
「兄上!!」
途端、信長軍左翼から荒川喜右衛門の悲鳴が響く。騎馬武者を率いていた荒川与十郎が不運にも顔に矢を受け即死したのだ。
「手柄首じゃ!!」
「抜け駆けか貴様!!」
「構えろ、首を取られるな!!」
「大太刀を取り返せ!!」
荒川与十郎の首と遺品の取り合いが始まり見る見るうちに乱戦の様相を呈す。そして、それは戦場全体に波及した。
無論、勝三もだ。横から突っ込んできた敵と鉢合わせになり、乱戦の中で父や三人と逸れ十余人程の味方と共に取り残されていた。
勝三は何を考える事も出来ず迫る槍を金砕棒で砕き潰す。
合わせたかの様に敵味方入り混じり血と肉が舞う。
「ア“ア”ア“ア”ア“ッ腕ア“ッ!!!!!」
「覚悟ォ!!」
目の前で腕を斬られ躓いた味方が大鎧を纏う男に押さえつけられて首を掻っ切られた。
鋭く伸び散る赤。
濃密な死臭。
血に染まった大鎧の男の収縮した双眸が下から刺す様に向けられた。
長巻を構え迫る。
気迫。
「あ、うあああああああああ!!」
与三の悲鳴が背中から。
「与三、無事か!?」
振り返らず問う。
「な、何とか!!」
「よし、なら良い!!」
勝三は目の前の猛者を双眸に収め笑った。目の前の大鎧の気迫に恐れる事は無いと言い聞かせる様に。
金砕棒を尚強く握る。
前世の記憶で言うなら薄く酔った様な心地で、強く、強く。
一歩前に。
「我、柘植宗十郎之由。デカいの貴様、一体何だ!!」
「内藤勝介が子、内藤勝三長忠!!!」
「成る程、その気迫、膂力、巨躯は内藤殿の。なれば加減はできんな、いざ尋常に勝負!!」
言うやいなや距離感の掴めない刃の切っ先が迫る。
早い、が勝三は構わず金砕棒を振り下ろした。
進む長巻の上から落ちる鉄塊が刃をへし曲げて大地諸共砕く。
長大にして超重の金砕棒とは思えぬ程に早い一振りに柘植宗十郎は思わず。
「な!?」
感嘆驚嘆する声が漏れるに合わせ土塊を落として持ち上がる金砕棒。
「くっ」
柘植宗十郎は長巻を捨て太刀を抜き払う。
しかし遅い。刃が鞘から抜けきる前に勝三の金砕棒が兜諸共に殴り付けた。
蹌踉めく。
追撃の金砕棒、太刀で防ぐも諸共に殴り倒される。
勝三は倒れた柘植宗十郎之由に飛び乗り脇差を抜いた。
真下からの眼光、野性味溢れた笑み。
「み“見事、や”れいッ!!」
「っ……御免!!」
その首を断った。
脇差を握ったまま首を抱え、震える手で落ちていた指物を掴み首を包む。
底から血を漏らすソレを掲げ。
「柘植宗十郎殿、内藤勝三が討ち取ったァッ!!!」
勝三の巨躯、轟く声。
「宗十郎様!!」
「野郎、殺りやがったぞ!!」
「首を取り返せ、仇を討て!!」
「勝三に続け!!」
ワッと敵迫って味方迎え撃つ。
与三が敵の首に槍を突き刺す。
勝三も金砕棒を振って頭を砕く。
迫る敵を横薙ぎに殴り飛ばした。
突き出された槍を握り折って、白刃が落ちる前に懐に潜り込む様にショルダータックル。
転けた頭を金砕棒で潰す。
三人、六人、止め処なく迫る敵に首を取る暇も無い。
「未だ未だァッ!!」
勝三は戦場に酔いながら父を探す。
巨大な勝三が巨大な勝介を見つけるのは造作も無い。
「父上がいたぞ、首を取ったら付いて来い!!」
応、と八人の味方が勝三を先頭に駆け出し敵を薙ぎ払い進む。
その勝介は山口軍一段目と二段目の境で乱戦に巻き込まれ下馬を余儀なくされていた。あまりの乱戦に足軽と離れ騎馬武者のみで戦っているような状況だ。
「ゼァッ!!」
一振りで並ぶ槍を薙ぎ払い二振りで三つの首を飛ばす。
「アレはおとな衆の勝介殿だ。奴の首を取れば大手柄ぞ!」
そう声を上げ迫って来た騎馬武者の馬の足を斬り飛ばす。投げ出された男の首に刃をねじ込めば激昂した敵が何人も迫って来た。
「クソ、力が入らん」
痺れる手、昔程の体力も無くなったのか息切れさえ起こす。
「内藤様、覚悟!!」
その隙を狙って敵の一人が切りかかって来た。
危なげなく迎え討たんと振り返り一歩。
「甘、ヌアッ!!?」
迫る太刀を弾こうとして足を血と脂で滑らせた。
血濡れた刃が迫る。
落ちる身体は如何にもならない。
周りの味方達は目の前の敵の相手で手が離せずにいる。
此処までかと覚悟を決め、信長と家族の事を思い無念に思う。
だが——。
「む!?」
迫る刃を鉄塊が砕いた。
続け様に敵が貫かれる。
「父上、ご無事ですか!!」
「勝介様ッ!!」
見上げれば息子達。
「勝三、与三!!」
勝三が勝介を引っ張り上げる。
「助かったぞ二人共、まさか初陣のお前達を助けるどころか助けられるとはな」
嬉しそうに言う勝介は突如として顔を赤く染め上げた。
「如何されました?」
勝三の言葉に答えるでもなく無言で振り上げられた腕。
兜の上の拳には勝介の頭上を通った矢が握られていた。
矢尻の先は勝三の顔。
「感謝します父上」
「お互い様だ」
笑って答え矢を折り捨てる。
「さて二人共付いて来い。藤六は生きているか!!」
「何とか、皆も無事です!!」
丁度、折れた槍を捨て敵を突き刺した太刀をズッポリと抜きながら答える青山藤六。勝介が敵を薙ぎ払いながら言った。
「それは良い。足軽を任せた宗次郎《戸田》と助丞と合流せねばならんな!」
「それが宜しいか、とっ!」
話しながら敵を討つ二人。勝三が敵兵に止めを刺し次の敵を探そうと見渡せばもう一つの軍。
「父上、敵が!」
勝三が伝えれば三百程の敵軍が見えた。藤六と勝介が合わせた様に近場の敵を斬り伏せ勝介が。
「いかんな離脱する!付いて来い!!」
皆が「応!!」と応えた。乱戦の中で乗り捨てた馬の元に戻って騎馬に跨ると勝介は言う。
「勝三、臨時で徒士を率いろ!我等の図体ならば味方が見失う事も無いだろうからな!!」
「はは!」
「よし、皆続け!!」
騎馬武者を先頭に乱戦を突破すれば菱の紋を掲げた軍が迫っていた。槍兵の列と弓兵の列の奥に九尺ばかりの朱槍を持った男が見える。
「敵大将は山口殿の子息か、あの三百が加われば流れが変わりかねんな」
「しかし此の小勢では如何しようも有りませんぞ」
「うぅむ......無理はできんな」
勝介は優勢な味方を大きく迂回して一度本陣に戻った。信長の周りも兵は少ない状況で勝介に気付いた馬廻の一人が声を張る。
「勝介様、勝三は無事か!?」
「おお、長門守か。無事どころか首七つと兜首を取った上に俺の方が助けられたぞ。すまんが若様への目通りを頼めるか」
「勝三、やりおったか」
岩室長門守重休が感嘆したように、遠くで精神的に疲れ座り込んだ勝三を見る。
「あ、目通りであれば此方へ」
「助かる。藤六は皆と休んでいろ」
「は」
勝三達と同じ少し離れた場所で腰を下ろす青山藤六。一方、信長の前に出た勝介は片膝を突き戦況を報告する。戦端が延びたせいで状況が分かりにくくなっていた信長は頷いて。
「であるか」
一言だけ漏らして長めの間を置き。
「勝介、三位と話したが清洲と岩倉の心胆寒からしめるのは十分だと思う。此処らで退くのも手ではないかと思うが如何だ?」
一瞬、勝三と与三の初陣の事を考えたが勝介は直ぐに頭を下げ。
「良き思案かと。このまま押せば勝てましょうが今なれば此方の被害は五十に満たぬ程度、これから今川に加え清洲と岩倉を相手にする事を思えば若様の直下の使い所では御座いません。
それに長引けば笠寺からの援軍も参りましょう」
「ならば良し。引鐘を鳴らせ!」
カンカンと耳に響く鐘。織田方が引けば合わせるように山口方も退いていく。
「三位、使者になってくれ」
「はは」
一方で少々時を戻して山口軍。大将の山口九郎次郎教吉は眼前の乱戦から目を離さずにいた。
「進軍も早ければ戦も早いな三郎様は」
父に似た面影。大きな瞳に闘志を燃やし豊富な髪を剃った月代頭に兜を被り声を漏らす。
「いいか慌てるな、落ち着け!」
ただそれだけで自分の周りの兵を落ち着かせ、更にそれを見た周囲の部隊の恐慌と混乱を鎮める様はまごう事なき勇将。自軍の半数以上が戦い劣勢の中で焦る家臣達の短慮な突撃を抑えるなど凡百の将に出来る事では無い。
今、慌ただしいのは伝令のみ。
接敵した味方が削れていく。だが後陣となった大将の左右に味方が集い陣を形成していく。
「槍を!!」
槍持ちから愛用の朱槍を受け取る。落ち着き払った教吉の部隊周りでは家臣達が友と仲間の争いを複雑そうに見ていた。
その余裕があるだけで十分だ。
「敵は千届かず。清水隊と中村隊、成田隊に芝山隊は押されているか。他の者も浮き足立っているな」
教吉は呟く。
「俺が気張らねば。父の為にも」
教吉は父教継程に織田家に対して好意的ではなく、今川家に対しての忌避感は無かった。無論の事どちらかと言われれば織田家の方が好ましいが、今川と織田の和睦については、仲介した山口家の顔を立てて欲しいと言う思いが強かったのだ。
故に不足なく戦える。
「助十郎その方、祖父江、横江、荒川の三隊に敵を牽制しながら離散兵を集めるように伝令に向かえ」
「はは」
近侍が馬に跨り走り行く。彼の乗る馬の蹄の音が消えた頃には多少の乱れと焦りは有ったが二段横陣が出来ていた。
「よし我等も戦う、法螺吹けぇい!!」
ゆっくりと前進が開始された。
「若、敵の一隊が!!」
家臣の言葉に指先を見れば巨大男を先頭にした騎馬隊が逸れていく。旗を見れば内藤、脅威ではあるが数が少なく向こうも此方も如何にかなる訳ではない。
「捨て置け。流石の引際だ」
突出した別の一隊を鎧袖一触した所で敵の退き鐘が響き波のように引いていく織田軍。一先ず味方を接収すれば軍使が現れ、露骨にホッとした空気を晒す家臣達。
九郎次郎教吉は拍子抜けした面持ちで馬上から。
「平田殿、引き分けを所望か!!」
「然り、其方は如何か?!」
「見ての通りだ。此方も馬と赤川殿を返す故、馬と捕らえられた者が居れば返してくれ!!」
「承った!感謝致す!!」
山口軍も被害が大きかった上に配下の戦意が低かった事から戦の停戦を受諾。両軍は馬と捕虜を交換してその日の内に居城へ帰還した。
勝三は与三と共に大事に抱えた首級を七首一甲と冷やかされながら帰り、母に渡して死化粧を頼む。そして自分達は軍忠状を書いて提出する。
夕刻前には首実検が始まった。
「次、内藤勝三」
勝三の兜首。首札のついた髷を持ち首台の上に乗せて甲冑を付けたままの侍達の合間を抜け信長の前に出た。その信長も鎧を纏い弓を構えた岩室長門守重休を控えさせ、横を向いて目を瞑り座り手に抜きかけの太刀を持っている。
勝三は片膝をつき首を掲げた。
「内藤勝三、首を取る事七つに兜首一つとして柘植宗十郎之由を一騎討ちにて討ち取るものなり」
横を向いていた信長が片目を開けてチラッと見てまた目を瞑る。口に笑みを浮かべて。
「誉ぞ勝三、柘植殿は良い顔で討たれたものだ。流石は勝介の子、鬼の如き心胆と勇猛さよ。良し、内藤勝三の俸禄を百五十貫加増する」
「あ、有難う御座います!」
「うむ下がって良いぞ」
「失礼致します」
これにより勝三は知行二百貫を得た。柘植宗十郎之由の首は首桶に入れ遺族に返還された。