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御正月くらいゆっくりなされ

ブクマ・ポイント・いいね・誤字報告、有難うございます。


今年一年、拙作を読んで頂き感謝しております。悔しい事に2000ブクマを超えた際に色々あって何も出来ませんでしたが暇潰しにでも読んでってくれたら幸いです。


それでは皆さん良いお年を。


......マジで良い年なりますよう。


ほんとマジで。



 勝三の北陸行き。その最初の目的地たる越前三国湊は三津七湊の一つであり北陸平定の中で最も安全な拠点だ。ここで勝三の船団を編成し加賀国石川郡の本吉湊から加賀能登越中の沿岸部を進んで行く。


 加賀金沢、能登福浦および輪島、越中伏木。この四ヶ所の津々浦々を大規模中継(ハブ)港として整備する為の根幹人員を送り届け、また基礎工事を施行して行く形である。


 勝三は同乗する相手へ視線を向け。


九右衛門(菅屋長頼)。準備は良いか?」


「確と終えました。能登まで宜しくお願いします。勝三様」


 菅屋九右衛門長頼は福浦のある羽昨郡と鹿島郡を七尾城代として統治する。信長の目となり耳となる側近中の側近であるが北陸方面の状況から政務官および代理統治者として送られるのだ。自前の兵力は有るにせよ戦力および人手として送られる勝三が護衛を兼ね、また到着までの勝三の補佐として同乗する段取りだった。


 まぁ厳密に言えば勝三にせよ菅屋九右衛門長頼にせよ政治も軍事も手伝うけど比重の話として。兎にも角にも勝三と共に北陸攻略を任された柴田軍団。彼等を手助けしまた上杉家を倒す先遣隊の中核を担う要人と言えた。


小兵衛(岩越吉久)、言伝は?」


 そんな菅屋九右衛門長頼は横に並ぶ自身の家臣へ問うた。彼は北陸との連絡役を担っていた言わばメッセンジャーだ。北陸に居る人間を除けば最も現状を理解している。


「は、委細抜かりなく伺って参りました。加賀本吉湊は佐久間玄蕃(盛政)殿が曰く問題無しと。事実、一揆などは粗方殲滅しており即座に整備に取りかかれると存じます。能登輪島の前田又左衛門(利家)殿は残党殲滅に時間が掛かっている事面目無しと伝えて欲しいと申しつかっており拝郷殿の合力を得て現在一揆勢に対処の最中のはずで御座います。越中伏木の佐々内蔵助(成政)殿はやはり上杉との小競り合い続きとの事で遡及に湊を如何にかして欲しいと。富山城に籠る柴田様は損害が少々大きくなり出していると」


「うむ、想定内か」


 菅屋九右衛門長頼は顔を顰めて言ったが勝三は気負うでもなく。


理介(佐久間盛政)のトコは問題無さそうだけど他はしゃーないな。一向一揆の潜む所は腐るほどあるって話だし越中に至っちゃ上杉との最前線だ。こりゃあ本吉で手取川沿いに三つばかり船渠を作ったらサッサと福浦に行かなきゃな。そっから輪島に北上してから残党が居れば又左衛門殿を手伝う形になるか」


 勝三は丹羽五郎左衛門長秀と木下藤吉郎秀吉の努力の結晶たる一角船の船団を用いて技術者と護衛兼人夫たる兵を連れて進んだ。千石積み十門一角船で形成された七隻からなる船団は日本海を滑るように進んでいく。彼等を断つ者は何もなく織田家水軍は既にこの海において無敵である。


 勝三が出発すれば翌日には第二船団、翌々日には第三船団と続き少なくとも加賀(石川西部)国までは往復(ピストン)輸送が出来、何なら海路に限定すれば越中(富山)国でさえ割と安全な航行が出来た。


 加賀金沢と能登福浦で縄張りを行い船渠一つずつを作って漸く輪島である。ンな訳で凡そ一月半程で能登国鳳至郡輪島に付いた勝三は早い冬の到来を知らせる木枯にえぇ……ってなった。


「こりゃ足止めだな。山狩も無理だし河原田川の脇に船渠を作るのが精々か。雪は何時から降るんだ?」


 そんなボヤキを漏らすのは既に寒いからで勝三自身は綿入れ(袢纏)も持っているが兵の手前乱用は出来ない。勿論、体調が悪くなるよりはよほど良いが一人だけそんなもん着てたら戦場で突撃した時に誰も付いてこなくなる。非合理的だが人としての心情まで加味して考えれば当然だった。


「こ、この寒さだと霜月(11日)には振るでしょうな」


 勝三の問いにビクビクしながら答えたのは温井兵庫助景隆。彼は何かグチャグチャしてるんで端折るが輪島を実効支配していた温井氏の者で、まぁ何か色々とあって加賀に逃げて色々あって一向一揆と協力したのだ。んで前田又左衛門利家にバッキバキのボッコボコにされたのである。


 まぁ厳密にいうと対一向一揆でバッキバキにされ、織田家水軍に軍船薙ぎ払われボッコボコにされて、降伏し前田又左衛門利家の徹底した残敵掃討にビビり散らかした。


 故に身長がデカい相手に若干の苦手意識を持ってるのだ。まぁ勝三とかそもそも論で特級で大き過ぎる部類だししゃーない。


「河原田川、のこの辺り。此処で如何ですかい?」


 そう言ったのは篠原弥助長重と養子の篠原勘六一孝。残党殲滅中の前田又左衛門利家に勝三の案内と世話役を申し付けられた親子だ。また勝三が次の港に行ってから港の普請を引き継ぐ奉行でもある。


「良いな。河口も近いし広い。どうせ冬だから掘れるだけ掘りましょう」


 てな訳で勝三はサッサと連れていた職人達と共に船渠の穴掘り場所を見聞していた。翌日には兵を統率者として周辺の村々から飯を対価に人夫を集めて差配させ、足りない分の兵と職人に人夫や飯炊きの長屋を建ててつつダダッ広い穴を掘る。家は屋根の傾斜をキツく作り葦束を被せ壁には土を塗って囲炉裏を設置だ。船渠の穴は四角く三つ並べて合間には滑車台(クレーン)を設置する空間を開けた。


 まぁ慣れたモンである。怠いけど。


 そして崩れないように排水用の溝に石垣を積み上げ大きな汲み取り水車を作れば雪が降り始めてしまった。


 海も荒れ師走(12月)まで数日といった頃だ。


「長げぇぞこりゃあ」


 勝三は冬の間に己が住む事になった重蔵神社にて餅をパクつきながら言った。単身赴任は慣れたものだが与三や次郎が居ないのは初めてで鍛錬か飯を食うかしかやる事が無い。想定通りとはいえ尋常じゃ無いほどに暇だ。


「紙持って来過ぎたな、信長公記的な、いや覚書でも書くか……」


 暇過ぎてンな事やりだした。


 船も高炉も大砲も造ったし何より状況から本能寺は先ず起きない。大小の難事もあるだろうが後は乱世の後片付けと政権確立が仕事。勝三は百々の詰まり軍人で片付けさえ終われば役目は凡そ終わり。


 そんな隠居じみた軽い執筆。


「ヤッベ。もう記憶クソ飛んでんですけど。えっと曖昧に候雖も村木砦かくの如し。エグかったなぁ。この頃は」


 とか言いつつ当時の情景を思い浮かべて絵を描いてみたり。村木砦や信長の指揮姿に燦然たる味方の歴々、また柘植宗十郎から始まる良き相手。これらは自分でも驚く程に良い絵が描ける。


「……桶狭間まで行ってねぇのに量エグ」


 気付いたら寺の床は乾くの待ちの紙束だらけになった。勝三は政務や軍務の結果として筆が早くなったのである。故に凄い量の紙まみれになるのは当然だ。


「……やる事が無ぇ。もう何日籠ったか。流石に暇」


 雪とは自然現象、如何する事も出来ない。


 波とは自然現象、如何する事も出来ない。


 勝三は物理的に仕事から遮断されていた。


「……七七七五(ナナナナナナゴー)七七七六(ナナナナナナロク)七七七七(ナナナナナナナナ)……」


 ついぞ金砕棒振りまくりマシーンとなる。辞め時を失って早くも二千回を過ぎた。振るのが早過ぎて数えるのがワンテンポ遅い。


 それが更に千を超え全身から濛々と湯気を出すに至って寒空の下でありながら水で身体を流し凍えた。


 凄いアホだ。だが勝三は大抵こんな感じで日がな過ごす事になった。冬だけど毎日ビチャビチャ。


 普通は死ぬわ。


「おーい先達ぅ!」


 そんな暇してる勝三の元へ聞き覚えのある声が届いた。日課の覚書を書くのに持っていた筆を置き曲がっていた腰を逸らしてバキバキと音を鳴らしてから立ち上がる。


「これは又左衛門殿、良くいらっしゃって下さいました」


 玄関まで行けば前田又左衛門利家が蓑笠を取り腰掛けていた。賀島弥右衛門長昌が白湯をだしている。勝三が能登国に足止めされてからは定期的と言って良い来訪だ。


「おう邪魔すんぜ。唐突だがまた家に来てくれよ先達。アイツらが会いたがっててな。この雪じゃそっちも暇だろ?飯も出すし如何よ」


「良いですね。御言葉に甘えさせて頂きます。ちょっと待ってて下さい」


「おう、白湯貰って待ってるぜ」


 勝三は軽く頷いてから下がり蔵から木箱を背負って戻る。それは鉄砲隊の弾薬を詰めた玉薬箱に似ていた。まぁ勝三に合わせてかバカデカいけど。


 これの中身は臭くて怖い物(火薬と鉛玉)ではなく甘くて旨い物(スイーツ)。戦場で活躍した者に与える細やかな褒美を入れるのに使っている代物と同じだった。主に栄養(カロリー)的な理由で勝三は個人的に持って来ていたのだ。


 勝三と比べてしまうと一般的な錯覚を覚えるが時代としては非常に大柄な前田又左衛門利家の膝ほどまで積もる雪の中を進む。


 凡そ半里(約2㌖)とそれなりな距離。それも川を渡って宅田城へ。この城は温井氏の城だった物だ。


「お邪魔します松殿」


 勝三が頭を下げた先には宅田城の女主。横には表向きの事を差配する主がいたが内向きの事となると手を出す必要も手を出す理由もない程に重要な主。前田松こと篠原松だった。


「良くいらっしゃって下さいました勝左衛門さん。さ、どうか御御足を。貴方様も」


「辱く」


「おう」


 勝三は侍女が出してくれた手拭いを湯気の出る桶に浸し足を拭う。夫婦に先導されて奥へ進めば綿入れ(長半纏)の妖怪が現れた。先端がこんもりして廊下の上に余った部分が延びている。


「こら摩阿!!借物をそのように!!」


 篠原松のピシャリと穿つような叱責。綿入れ(長半纏)の妖怪がビクと震え中から女童の顔がポコポコ出て来た。前田家の三女と四女たる摩阿姫と彼女に抱えられた豪姫だ。ちっこくて非常に可愛いお姫様。彼女達が勝三を見上げて。


「ごめんなさい」


 前田摩阿が勝三に頭を下げる。勝三としては非常に居心地悪く何よりも反応に困った。気にしちゃいないどころか元気になって良かった感が凄い。だが借物をぞんざいに扱う様になっては困るのは本人だし親の顔も潰せず。僅かな逡巡の後に膝を折って目を合わせ無難に。


「お気になさらず。暖かいですか?」


 と「そんな気にせんで良いよー」と気楽な表情を浮かべるのが精々な所である。


 小さな姫様が全身を覆って尚も丈があり過ぎてズリズリしてしまったのは勝三が北陸に行く為に持って来た物の控えである。


 前田摩阿が風邪をひいたと聞き仕舞い込んでいたのを思い出して貸したのだ。


「あったかい、ね。豪」


 姉を見上げて言葉に頷く幼子。


「そりゃあ良かった。大事に使って確り暖かくしていてください。御姉妹と共に風邪をひかない様に」


「うん」


「よろしい。また芋の啜り団子を作るんで楽しみにしてて下さい」


「やった!」


 キャッキャ燥ぐ姿は随分とめんこい(可愛い)モンである。こうも喜んでくれるのならば甘味の内の自分の取り分を分けるくらいへでもねぇ話。何より子供が美味そうに飯を食ってる絵ってのは良い物だ。


 この後、勝三は鍋作ったり、締めの蕎麦打ったり、啜り団子作ったりした。


 そんな形を冬を過ごし正月には酒と、やはり寒い為に啜り団子(善哉)を飲み。前田家の姫様方に団子おじさんと呼ばれる様になって少々。


 天正五(1577)弥生(3月)。雪解けの始まりに合わせて勝三は久し振りに軍評定に出ていた。数名の家臣と共に前田又左衛門利家が笑いながら。


「先達、三宅小三郎(宗隆)に率いられた一向宗の残党が残ってる。連中は冬の間に常椿寺を押さえたから余裕もねぇ筈だ。棚木城じゃ孝恩寺(宗顒好連)殿が手ぐすね引いて待ってるってよ」


 孝恩寺宗顒好連(長連龍)の居る棚木城は能登国鳳珠郡の富山湾宇出津に建つ。勝三の兵力を移送するに当たって勝三の前線にする序でに能登の一揆残党の殲滅をする事になったのだ。あと普通に兵力移送すんのに分割して運ばないと逆に手間が増える。


「じゃあ俺たちは勢子役ですね」


「ああ。顔を立てて貰ってすまねぇが頼む。先達」


「次郎が来たらすぐに始めましょう」


 それからある程度の事前準備。これは主に孝恩寺宗顒好連(長連龍)が兵の宿泊地を増設する物だが勝三の方でも食料移送や空いた時間で湊の規模拡大を始めて半月もせず。勝三の兵力が輪島に到着した。


「おう次郎。明けましておめでとう」


「よう勝三、明けましておめでとう。正月に会ってないのは新鮮だな」


「確かにな。久々って感じがするわ」


 来たのは次郎だ。与三は更に後の後詰めである。まぁ毛利家との色々がある為、即ち勝三の代理だった。


「向こうより寒いなコッチは。言われた通り綿入れを持って来といて良かったぜ」


「あぁそれな。マジで兵士の体調にゃ気を付けろよ。特に腹を下すのが多いわ」


「水に当たるなんて何処だってそうだろ?」


「いや冷たい水を飲むのが不味い。冷める前に飲まないと全身冷えて大変な事になる。まぁ俺が居た時より暖かくはなるだろうけど」


「ああ、なるほどな。一応は周知しといた方がいいなそりゃあ。戦もせずに兵がへっちゃあ事だ」


 この後に山狩を行い残党を殲滅。前田又左衛門利家と別れ次郎と共に勝三は越中に着陣した。後顧の憂いは払い後は正面の上杉家。


 軍神もある軍事行動を起こしており戦いはもう少しで始まろうとしていた。

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