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ちょっとした大掛かりな小競り合い

ブクマ・ポイント・いいね有難うございます。


今回はアレな地図があります。


こんな感じですが暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 上野国たぶんこんな感じ勢力図

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーーー山山山ーーーーーーーー

 ーーーーーーーー山山山山山山ーーーーーー

 ーーーーーーー山(A上)山山山山山山ーーーーー

 ーー山山山山山山山(B武)山山山山山ーーーーー

 ー山山(C武)山山(D武)山山平平山山山山ーーーーー

 ー山山山山山山山(E上)山山山山山ーーーーーー

 ー山山山山山山(F武)(G上)(H上)山山山山山ーーー

 ー山山山山山(I武)(J武)平平(K上)平平平平(L北)山ーーー

 ーーーー山山平平平(M北)平平平平平ーーーーー

 ーーーー山山山山山平ーー平平平平ーーーー

 ーーーー山山山山ーーーーー平平平(N北)平平ー

 ーーーー山山ーーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 A名胡桃城・B沼田城・C羽根尾城

 D岩櫃城・E白井城・F箕輪条

 G前橋城・H大胡城・I松井田城

 J高崎城・K島名城・L金山城

 M平井城・N富岡城


 上野国は三巴の地だ。しかし武田家と北条家の同盟が再締結された今では趨勢は明らかなのである。その筈なのだ。


 焼けた村と焼けた畑と焼けた人。


 それ等を世話する軍勢から少し離れたところで鬼の形相を浮かべる武者が居た。甲冑姿で遠くを眺めて刀の鞘を強く握り。


「やられた!」


 発する先は北。


「あの人攫い供め!!」


 積年の事実からなる罵声。


「尚悍ましくなりやがってクソが!!!」


 失望と激昂と忿懣を激発させた怒号。それでも治らず全身を震えさせている。


 彼は上杉軍迎撃の先遣隊総大将にして北条家における上野国の総責任を担う男。藤田(北条)阿房守氏邦が手にしていた軍配を叩きつけて更に声にならぬ咆哮を上げる。そして憎々しげに両属領主の領内を通過して北西へ撤収していく上杉軍を睨んだ。


 彼と共に敵情を確認する為に付いてきた壮年の男と老年の男も少し離れた位置で顔を顰めていた。真黒な鎧に身を包む壮年の多目周防守元忠が隣の老年の名将へ頭痛を堪える様な声色で。


「非常にマズい事になりましたな入道様」


 その光景通りの言葉を受けた老年の名将は納得が滲み、しかし一縷の望みに賭けた言葉を返さざる終えなかった。


「多目殿は越後に攻め入る事、不可能と見ておられるのか」


 軍事において比類なく外交まで熟す家中随一の男は軍事と政治を見通せる。だがそれ故に状況を凡そ正確に受け取ったが故に希望を欲して呟く。呟きではあったが真隣にいる多目周防守元忠にはよく聞こえた。


「糧食が足りず船は勿論ですが御丁寧に係留用の杭を引っこ抜かれて綱までや燃やされては無理でしょう」


 その言葉に老いて尚益々壮んで隠居して尚も鍛錬を欠かさぬ齢六十を越える地黄八幡の古豪が溜息を漏らす。


 北条上総入道道感(綱成)は北条家最強の武将だ。故に辟易としながら現状への対応を指示する事ができた。指示というか面倒くさそうな顔で傍の男を呼んだだけだが。


「多目殿」


 ただ呼ばれただけの多目周防守元忠もまた名将であり頷き返す。上野国には多少詳しい故に十二分過ぎるほどに理解していた。というか上杉家ならやるだろう確信があり納得と共に今の状況を思い浮かべ。


「当然ですが敵本隊への備えは必要かと。奴かその家臣なら隙を見せれば必ずや主力撃滅を狙ってくるでしょう。一先ずは後詰めの帯刀左衛門(大谷公嘉)殿に伝令を出すとして」


「うむ、長尾(上杉)の連中ならば隙を見せれば先ず間違いなく本隊を狙うだろうな。が、焼き討ちを受けた村々に兵を送らねば武蔵の統治さえおぼつかん。此度ばかりは向こうも武田の対応に加えて織田に備える必要があるだろうが」


 頭痛を堪えるように。


「兵を分ければ我等が狙われるが兵を分けねば統治が揺らぐ。常道ならばこれだけ焼き討ちをやれば撤退する筈だ。だが矢張り奴等が相手では如何動くかわからんな」


 二人の、北条家の共通認識としては上杉軍は絶対に攻撃を仕掛けてくるという事だ。それだけは間違いなかった。散々に上杉家へ呪詛を吐いた藤田(北条)阿房守氏邦が戻ってくる。


「御両名、上杉の迎撃。如何いたしましょう。特に此度の奴等は何処から来るか」


 さて現状だ。


 攻める側の上杉家には奪った兵糧がある。守る側の北条家には兵糧が無い。これは双方の機動力に大きな差を齎す。


 兵糧があれば攻勢守備の手も有る。上杉家の要衝、越後への道を塞げば軍勢を釣り出すことは可能だ。しかしそれは難しい。


 では城に籠り敵を誘引してと言う手も有るが上野国の平野部は凡そ北条家の領地で全域を守るなら範囲を広げねばならない。逆に攻める上杉家は何処でも何処からでも攻められるのだ。要は北条家側は兵を分散運用せねばならず上杉家は兵を集中運用できる。


 また地味に襲われた村々から保護と援助を求められても何も出来ないとなれば士気の問題も加えられる。


「無茶を通して進むしか御座いませんな」


 北条上総入道道感(綱成)がスッゲェ嫌そうに言った。残る二人もスッゲェ嫌そうに頷くしか無い。だよねって感じだ。


 まぁ極端な例えだが片足を捥がれるか死ぬか選べって言われたら片足を捥ぐしか無いって話で有る。


 北条家など政略と戦略については割と気張ってのに上杉家は毎回クソほど暴れ散らかしてメチャクチャしてくるノリだ。


 そらどっかの妖怪ジジイ(存命)もでしゃばりって言うよ。毎回全部グッチャグチャにしてくるもん。


「武田殿に頼み我等は一直線、利根川沿いに白井城へ向かいましょう。その手前の前橋城は喜多()条殿の御嫡子の丹後殿だ。使者を出し数日待ち顔を立てれば通過もできるかと」


 北条上総入道道感(綱成)が妥協案を連ねて見せた。武田家への貸しだとか武田領の状況によっては住民間の対立だとか単純に危険だとか負の側面は多い。が、それをやらねば北条家の面目どころか下手をすれば未来が丸潰れだ。


相国(織田信長)様との盟約もある。それだけすれば佐久間殿も滝川殿も話せば分かってくれるか。もしもの時は松平の伝手もある」


 藤田(北条)阿房守氏邦がブツブツと。どうにかこうにか気持ちを整え。心の整理だろう意味を持ったクソデカ長大息。


「その手しか御座いませんね」


 で、上野国を通る利根川東岸。


 そこで北条武田連合軍対上杉軍の突発的な会戦が開戦された。


 状況としては清水太郎左衛門政勝および大藤式部少輔秀信の後詰と合流、利根川を進み北条家と同じく上杉軍へ逆撃を仕掛けようとしていた武田家と合流。


 そのまま仲良く進軍した結果、上杉軍本隊とカチ会ったのだ。


「惜しいかな虎の子は苛烈に過ぎ獅子の子は果断さが足り(ない)


 戦場に立つ軍神は残念そうに言った。三竦みの唯咬みつくに足る好敵手であった虎と獅子は死んだ。年齢という如何しようもない経験の差か人は同じ。しかし妙に物足りない様に思える好敵手の子供達の軍勢。それが何とも虚しく、寂しく、酷く詰まらない。


「……いや、そうでもねぇ(無い)な。あいつ等い(なく)なって清々したわ。面倒臭いもん」


 でもやっぱよく考えてみたら強敵って面倒だった。惜しいとは思うけど蘇ってきたらバチギレて死ねって言うと思う。軍神だってオコである。


与次(中条景泰)!」


「はは!!」


 小姓の中条与次景泰がサッと大盃を捧げてそれを受け取れば酒が注がれる。それをグイッと呷り喉を潤し唇を濡らす。


 名将とは早いのだ。


 軍神は戦場を見た。


「なるほどな」


 武田は小勢、凡そ千五百程の兵であるが故に陣形を整え物見を出している。武田の副将たる男の旗と手だ。


 北条は多勢、凡そ三千五百程の兵であるが故に陣形を整え切れていないが、及第点として先鋒中央のみは既に横陣を引き切っていた。それは地黄八幡たる男の旗と手だ。


 軍神に言わせれば武田家は対応が早過ぎた。もう少し上杉家を北条領に侵攻させた上で岩櫃城から時間をかけてでも兵を送り白井城の後背を襲い街道を封鎖するべきだったのだ。上杉家はそれで詰んでいただろう。


 無論、これは上野国武田領の戦力を撃滅され信濃北部を危険に晒す可能性が大いにあったが戦争では当然だ。


 軍神に言わせれば北条家は遅過ぎた。確かに小勢の北条軍ならば上杉軍にとり容易に蹴散らし擦り潰せるが、かと言って大兵を集める為に時間をかけ過ぎである。兵の損耗を許容してでも北条軍の存在を示す事で手を出し難くして領内の糧道を守らねばならなかった。


 無論、これは上野国で上杉軍本隊を見つけられなくなり昔の様に小田原まで責められる可能性さえあり狙った物だったが。


 戦とは戦場の霧を脳みそで出来るかぎり払い運に縋って全力で殴り掛からねば満点など取れない。言わずもがな軍神の考える武田北条の最善は即ち上杉の最悪である。上杉家もその危険(リスク)の許容があっての行動で虎と獅子が居れば終わっていただろう。だからナメてるって訳じゃないが。


「経験の差といえばそれまでだが。あ〜虎と獅子に比べて楽ぅ〜!酒うめぇ〜!!」


 ケラケラと馬上で酔い始めた軍神はスッとテンション下げて。


「あーあ、やっぱり。虎と獅子の子が親程の才を持ったったら(ていたら)如何なろうがコッチが潰されたった(てた)か。相国(織田信長)おっかねぇ(怖えぇ) おっかねぇ(怖えぇ)……」


 溜息一つ切り替えて軍神は夕焼けを見る。


「さ、一当てして帰るか」


 その選択の決め手は簡単。空気だ。戦場の。


 人は生きる上で必ずしなければならない事がある。言わずもがな食事だ。そして体を動かせば休息は必須。兵士となればその量は多く必要である。


 それらは休息、休息は弛緩、弛緩は間隙だ。


「陣貝!!」


 軍神の声、関東平野に広がる法螺の音、将の掛声。


 山彦のように中央から侍大将達が前へと声を張った。


 敵までの凡そ半里(約2㌖)をゆっくりと得物構えて前に進む。


 それは淡々としながら気炎満ち満ちて勝負は五町(550㍍)から。


 先ず交差するのは矢、更に石、それらは印地と弓より。


「掛かれェーーーーーーーーーーーッ!!!」


 矢と石が相手に当たる前に広がる咆哮。呵成上げて刀槍銃盾を持つ兵が走り出す。勢い乗せて法螺響きドン、ドドンと時折の銃声と白煙。


 次の瞬間には上杉軍と北条軍の長槍が振り下ろされた。合わせ二、三百程の長柄兵が互いに豪雨のような音を立てて相手の兜を叩く。その周りでは五、六十の軍役衆や雑兵が刀槍握って乱戦を始めた。時折、散発的な銃声白煙が上り甲冑がカンと弾く。


「一歩とて退くなァ!!退くでないぞォッ!!押し返せェ〜ッ!!」


 北条方は侍から軍役衆に雑兵まで猛烈だ。僅かばかりながら趨勢を傾けるに十分な筈の勢いの差をものともしない。寧ろ攻めかかってきた事を是幸と上杉兵に故郷の報復を喰らわせる。特質して上野国人の苛烈さは熱狂と言えた。


 正義と報復。いや報復の正当性とは人を狂わせる。善し悪しだ。


 怒りは持続しないと言うが、それだけ怒りとは体力を消費する。戦争の特に兵という規模で怒りを用いる際には如何に早期決着を手にするのかが肝要。何故ならば感情に身体がついてこなくなり要は尻すぼみとなってしまうから。


 また感情というものは得てして扱いの難しい物と言うのも道理。


 例えば攻勢限界を理解した将の静止を兵が聞き入れない状況などまま有り得る。古参兵など多少は流れや空気を知る者もいるが数ほど意見を通し易い物はない。何より静止する側も相手に怒っていては何を言わんや。寧ろ静止する事自体を裏切りなどと捉えられては統制など取れなくなる。故に怒りに依って怒りに酔った戦いの引き際は何より難しくなりがちなのだ。


安房守(北条氏邦)様、入道様の言はあるが、如何にか成りませんか……」


 若い上野国人が懸命に頭を下げる。総大将はそれを痛ましく見つめて絞り出すような呻き声を上げた。軍配を強く握り。


「すまぬが許されよ源介殿、此処に兵を持ってくる術が無いのだ。何よりこれ以上兵を集めては寧ろ上野が尚荒れてしまう。更には上杉は戦上手、敵の遊兵がある内に全力は出せんのだ。面目次第もないが淡路守(倉賀野秀景)殿にも済まぬと伝えてくれ」


 藤田(北条)阿房守氏邦が焦燥と共に言って頭を下げた。彼は上野国を任される程度の信用と戦功がある。故に現状の苦しさを必要な物と理解していた。


 が、ソレはソレだしコレはコレ。


 確かに現状の勢いで上杉軍をどうこう出来るとは思っていなかった。だが故郷を踏み荒らされた上野国人の心籠った言葉を無視は出来ない。だからこそ自身も認識していたが敢えて北条上総入道道感(綱成)が泥を被って予備兵力を多めに。即ち自軍の勢いが落ちた時を狙った上杉軍の攻撃に備える部隊を確保した。


 また前線があと一歩を欲するのは仕方のない事で確保した保険、戦力を攻撃に使う事を引っ切りなしに要求されるのだ。


 そも自身の焦りもある。勢いで戦っていた兵が勢いを失えば、無論それだけの北条軍ではないにせよ、だ。戦の流れが劣勢に傾くのは避けられない。


 今の空気はそう言うもの。


 流石に保険を使う事はしないが、その保険を使いたいし、使ってやりたいと言う矛盾。そも前線の将とて冷静になって状況を鑑みれば北条上総入道道感(綱成)が言った事は一切の間違いが無いと分かる。そして正論とは耳に入れて心地の良い物ではない事が多いが戦争で正論から目を逸らすのは自殺より酷い事だ。特に指揮権の上位者であればある程その自殺による巻き込みは大きく拡大する。


「すまんが耐えてくれ……!!万一の時とは北条だけでなく上野も更に荒らされかねん!!」


 血を吐くように言う藤田(北条)阿房守氏邦。


 言わずとも伝わるなどと言うが相手の行動を必要とする以上は言葉を発する事を面倒臭がるなど愚かと言う言葉でさえ足らない程にバカな行動である。


 言わずとも察しろと仕事で宣う輩は本当に終わってる。言わずとも分かるだろうと言う思考は立場が上の者が最も忌避すべき思考だ。そして現状は仕事などとは比べ物に成らない程に言葉を発さねば尾を引く状況。


「分かりました。父上にも伝えておきます。無理を申しました」


 そう頭を下げ国人の嫡男が帰って行った。入れ替わる様に伝令。旗を見るに多目勢。


「御注進ッ御注進ーーーーーッ!!!」


 多目周防守元忠は横陣最東端に配置されていた。であれば答えは一つ。


「上杉の新手か!!規模は!!」


「雑兵百、騎馬五十、旗は五七に桐、本庄越前(繁長)かと!!」


「鬼神か!!相違ないな出羽(多目長定)殿!!」


「まず間違いなく!!」


「遂に来たか」


 御詰めであり保険として残した部隊で主力足り得るのは清水太郎左衛門政勝と大藤式部少輔秀信。藤田(北条)阿房守氏邦は即座に一隊を残し一隊で攻めるべきだと判断して振り返る。


「太郎左衛門!!!」


「おーーーう!!!!!」


 ズっと男が立ち上がる。その男は硬くて堅い肉塊だった。身の丈は中々の物であるがその特徴を薄れさせる程に目を引くのは歪な迄に盛り上がった筋肉の塊である。もうムキムキどころかゴリゴリだ。


「任せて良いな。ねじ首太郎左衛門!!」


 頼もしげに問う大将の言葉に不適に笑ってドンと己の胸を叩いて立ち上がった若武者。


 二人の中間が担いできた八尺(約2.4㍍)はあろう樫の六角棒を握り担いで清水家の馬丁が連れてきた岩手月毛と言う丈九寸(きゅうき)ばかりの馬へ軽々と跨る。前足の先から鬣のある首の付け根までが馬の体高である。即ち馬の体高基準の四尺(約120㌢)に加え九寸(約27㌢)の大馬にだ。


「ドンと任せてくれ大将様よ!!母上が言っていたッ。唐国には遠い昔、抜山蓋世の英傑がいたと!!こ、こー、えーと……名前忘れたけどッ、それが俺だ!!!鬼神など恐るるに足らん!!!!!がい……がい……がい何とかの奮戦を、こう、アレするから笑覧してくれ大将!!!!!!!」


 ブンと六角棒を振り上げ。


「我に続けェーーーーーーーーッ!!!!!」


 東に向かって駆けてった。


 それを不適に笑って見ていた藤田(北条)阿房守氏邦はボソッと。


「いや、垓下(負け戦)はダメだろ……」


 あれ程度教養のある連中は皆んな一度だけユックリと頷いた。乱世に乗っかって主君ブッ殺して最後に負けて集団でグチャグチャにされたかんね項羽。それと並べちゃあ、ね?


「ま、まぁ強さは項羽並みですから……」


 置いてけぼりくらった多目周防守元忠がフォローした。


「ウオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 岩手月毛が黄白色(クリーム色)の、名の通り月光の様な体躯を揺らし進む。まぁ月の様な毛並みに跨るマッチョママンから産まれたマッチョマンは月夜からは程遠い喧騒だが今は夕方だからセーフ。もう直ぐ夜って感じだけど。


 紅霞と大地。その中央に見えるのは騎馬を先頭にした五七に桐の旗の一隊。越後の鬼神。


「行くぞォ!!!」


 戦意と共に吼えれば鬼神もまた。


「獲物だァ!!!


 剛毅たる猛将は己が家臣達を背に先陣は譲らぬとばかりに双方が得物握り馬足を上げる。


 双方の弓取りが矢を番え互いの馬群が十間に迫ったと同時に射出して矢の中を突き進む。


 下馬さえなく始まるのは乱戦で大将、馬廻、足軽、軍役衆の順番でぶつかり広がってく。


「アンタが鬼神かァッ!!」


 取り敢えず馬の速度と膂力任せに振った六角棒を十字槍で弾いた男に問う。


「ケハハハハハハ!!おーおー威勢の良いガキだなァ。小っ恥ずかしいが確かに鬼神なんて呼ばれる事もあるぜ。オメェさんは何だ?」


 鬼神が問いながら振った大槍を六角棒で受け止める。


「皆からはねじ首太郎左衛門と呼ばれている豪傑だ」


 六角棒を押す。


「おう、自分で己を豪傑と言うか。傲岸で剛毅なこったな。つくづく嫌いじゃねぇぜ」


 槍が押し返してきた。


「出を備中の同輩と同じくし北条家に代々仕えし清水家の太郎左衛門政勝だ!!そして項羽となる男!!」


 押し合い圧し合い。


「え……いや、オメエさん。項羽?」


 互いの馬が嫌がり仕切り直し。


「何だ鬼神、強いだろ項羽、凄い強いぞ」


 直ぐに馬首を返して振り回す。


「……オジサン。アイテッ、目指すんなら樊噲とかのが良いと思うぞ、ゴフ。項羽ってアイツ最後負けるし」


 弾き弾かれ叩き叩かれ。


「……確か、危なッ!ヘブッ?!」


 棒と槍を突き出して交差。


「折角の力だ。匹夫の勇となったっちゃあ詰まらねぇ。目指すなら関羽目指しな関羽」


 互いに互いの得物を掴む。


「匹夫の勇、母上も言っていた。関羽って……三国志だっけ」


 押して引いて相手を馬上から落とそうと。


「それよ。それ」


 膠着。


 両雄の肉体がミキミキと音を立てて力が加えられていく。


 不動。


「えぇーじゃあ呂布がいい」


「本気でやめとけ?!」


 両陣営からカンカンカンと鐘の音。夕焼けから夕闇へと変わりつつある上野国。鬼神が惜しそうに溜息を一つ六角棒を離す。


「退き鐘か、お預けだな。ねじ首」


「刻限が刻限とは言え肩慣らしさえ始められないか。次は互いに本気で決着をつけるぞ鬼神殿」


 鬼神の言葉に不満を露わムッとしつつ力を抜きながら清水太郎左衛門政勝は応えた。それに鬼神は申し訳なさそうな表情で。


「あぁー、俺もそうしてぇ所だが、まぁ出来ればな。そうしようや」


「ん?」


「まぁ気にすんな。互いに退き鐘が鳴ってんだから後腐れ無く帰ろうぜ」


 鬼神は清水勢をチラッと見て上野国の者では無いと見て部下へ。


「おい、オメェら。手柄は覚えといてやるから首を返してやんな。俺達が此処でやった事が事だし越後に帰りたけりゃあ丁重にな」


「む、ならば此方もだ。皆の者、首を持って来い。覚書を今記しておく。首をお返ししろ。丁重にだ」


「……やっぱお前は項羽じゃねぇよねじ首」


 翌日、上杉軍は忽然と消えていた。残ったのは荒れた上野国と徒労感。織田家に対する釈明の必要性だった。


「クソが!!!!!」


 藤田(北条)阿房守氏邦は手にしていた軍配を叩きつけた。


 そら、しゃーない、うん。

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― 新着の感想 ―
一番上のところで、上野国が上杉国になってますよ。
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