金の湧き出る地
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ボヤけた大広間の床が写る視界。どこかフワフワする感覚。懐かしさと少々の違和感に見回せば慌てて頭を下げる。
「たいぎぃのう全く。儂ゃおどれらにゃあ何も残せんのじゃけぇ。のう、エエかげん面ァ見してくれや」
慈しみだけの落ち着く声。だと言うのに腹底をブン殴られたように鳴動し耳を押し進む。圧し潰されそうなそれに突き動かされて弾けるように顔を上げる。
織田家から贈られた木綿入りの布団に身を横たえる筋肉モリモリマッチョメンなジジイが覇気と生命力を燃やす瞳を向けていた。
臥しているが老龍の如き覇気。マジで目力がエグ過ぎてオシッコちびりそうになりながら姿勢を正す。文字通りに石像のように、だ。その様にジジイは溜息一つ。
「あんじゃアそん面ァッ!!おどラァ太守じゃろうガァッ!!」
ゴッと耳元で思いっきり銅鑼を鳴らされた様な怒号。カッ開いた目に青筋浮かべた表情に肩を竦める。それは祖父にとり叱責ではなく小言の類であるがオシッコちびりそうになった。
「のう幸鶴、愛い幸鶴よ。太郎の才を奴が死んで漸く分かったカバチタレな儂じゃあ。じゃけぇケタクソ悪いじゃろうが、まぁ聞けェや」
そう言って手を伸ばして手を握ってくる。信じられない程に弱々しく、しかし何故か弱いとは思えない力強さで。染み渡る様な優しさが伝わってくる。
「もう損切りも出来やせんじゃろ。じゃけ織田さんトコに頼めや。すりゃあ義昭に夢見とる連中も目ぇ覚ますじゃろう」
そこで口を閉じ力強い目で覗き込んでくる。
「よう覚えとけ。織田さんトコと付き合うにゃあふうが悪りぃ真似だけはしちゃあならねぇ。んで今ァ儂等の目が将軍に向きすぎとるっちゅう事をじゃ。それだけ気を付けぇ」
そう言った。
ゴッ!!!
音、衝撃、劇痛。
「何じゃあ?????!!!!!!」
起き上がる。
枕元に立て掛けていた祖父の愛刀、伝友成の太刀が頭に落ちていたのだと気付く。
溜息を一つ。
「爺様の御告げかのぅ」
立て掛けていた場所から随分と離れた位置に倒れる刀をみて毛利右馬寮輝元は呟いた。
親族の集まる広間。毛利家の当主の前で二人の男が話し合っている。酒と肴と共にだ。
「はぁ、オドレ等ァ。分かったわい、本気で言うとるんじゃな?じゃが儂ゃ反対じゃぞ」
ドスの効いた声。ドスの様な目。ジロリ。
それを受け止める男は空になった盃を口から離し置き己の米神を親指でグリグリと圧し。
この場の視線を己の物にして相対し返す。
「気持ちは分かる。じゃがなぁ、しゃーないじゃろうがジロ兄ィ。あんコスい公方、何よりハゲ黙らせにゃならんのじゃけぇ。それに珍しく坊がキッパリ決めよったんじゃ。そうガン飛ばすなや」
不快にならない程度の傲岸、いや高慢さから誇りへと転じた冷静で知的な声。
コテコテヤクザみてぇな次男とインテリヤクザみてぇな三男が相対していた。
武家屋敷で円座になり素襖を着て髷を結って無かったら完全にヤクザである。
「ワレこら又四郎。ガンは飛ばしとらんわ。自前じゃあ」
コテコテヤクザが顔を顰めて言う。非常に不機嫌に見えるがそんな怒ってない。どっちかってーと全くコイツはくらいのノリだ。
「ジロ兄ィの目ぇ怖すぎるんじゃ。大鬼とどっちが厳ついかのう?」
調子のいい弟がクソガキの様な面で返せば呆れた様に肩を落とし。
「……オメェあの鹿介を倒した男じゃぞ大鬼っちゅう輩は」
この思いっきりヤクザな絵面。厳つい丸顔でガタイの良い齢四十六の次男が吉川駿河守元春、知的な面長で細く締まった齢四十三《42》の三男が小早川左衛門佐隆景である。いわゆる毛利両川だった。
二人が戯れだしたので毛利右馬寮輝元はキリの良いところ口を開く。
「では両叔父上、織田家の援軍。これを頼むっちゅう事でエエですね」
「まぁ状況が状況じゃからな。また儂が反対しておくけぇ程度知らん阿呆戯けがおったら伝えるわ。饗しやら出迎え何ぞはは頼むぞ又四郎」
「たまにゃあジロ兄ィが饗してやりゃあエエじゃろうに。大鬼なんぞ武人の中の武人じゃろうて儂より相性エエじゃろうが」
「儂ぁ戦だけの頑固者でエエ。それよか九州に如何ケリぃ付けるかよ。もう退くに退けんが腹ぁ括って損切りをせにゃあならん」
吉川駿河守元春が言えば小早川左衛門佐隆景が非常に嫌そうに。
「最悪は博多を捨てにゃあならんわな」
毛利家と大友家の九州における戦いは既に双方が後には引けない物資人材を無限に消費する地獄と化していた。戦況としては圧倒的に圧勝しているのだがもう五年以上も海を越えての遠征を続けざるおえなくなっている。
博多という莫大な収入を得る土地の取り合いの為にだ。特に毛利家にとり毛利贈従三位元就の死からは泥沼だった。毛利家で博多を捨てる決断を下し周りに納得させられる者が居なくなったのだ。
そう孫子兵法の九地編って雑に言うとこんな地形があって、こんな地形だと兵はこうなるよ的な内容や、こんなふうにしなきゃダメよ的な事が書いている一編がある。
戦争はゴミでやらざる負えないならサッサと済むようにしろって孫子兵法の根幹部を忘れて読むと将は兵を兵が気付かねぇように死地へ連れてけってブラック企業みてぇな事を言ってる様に見えるとんでもねぇ内容だ。
それによれば死地とは敵地奥深くの戦場を言う。その地ならば兵糧は届き難いのは必然、故に兵は野蛮にならざるおえず、故に兵の逃げる先は無く、故に兵は何をせずとも纏まり積極的に戦うとある。
無論これは前提として兵が付いてくる様にする最低限の準備を厚く、それも常に平時から準備をしなければならない話だ。平時から金銭と物資と労力を人材に注ぎ込み互いの信用を注ぎ注ぎ込まれるようにするのが最低限。兵を死地へ誘導する手間とそこ迄した兵を消費する事を前提とした代物で諸々を鑑みれば避けるべき戦という事柄。
そう避けるべきなのだ。
話がゴチャゴチャした。端的に言うと毛利家の死地である博多から退くに退けない状況。それだけ博多の存在は大きい。
目の前の余りにも輝かしい果実を前に誰もが死地からの撤退を渋る。そうして渋れば渋るほど当然だが戦争へ続ける為に投資をしていく。いわば自分の家族隣人の命さえも掛金として賭け続けたギャンブルや投資から手を引くに引けない状況。
「落とせりゃ良いが落とせんでも他家の助力を得て戦線を維持出来ねぇとなりゃあ冷や水を掛けられるじゃろ」
兄の言葉に頷いてから小早川左衛門佐隆景が溜息混じりに言う。
「思えば蒲生下野守殿のお陰で輝弘の乱が即座に鎮火したけぇの。ありゃあコッチから頼んだモンじゃし助かったが上手く行き過ぎたわ。じゃけ随分と悪く言うが退き時を無くしてしもうたわな。あそこで優位に立ち過ぎて儂も国人連中も退く気を無くしおったけぇ」
それは大友家の後方撹乱に対応したのが自身だったからである。大内太郎左衛門尉輝弘の乱が起きた際に当時毛利家と折衝を行っていた六角家に頼み鉄砲と毛利家に大内家家督継承の裁量権および遺領の管理が幕府の名の下で認可されたのだ。同時に日野鉄砲と火薬の援助を受け九州からの少数で即座に鎮圧できたのである。
後方撹乱に失敗した大友家は戦線を後退させざるを得ず、故に毛利家の攻勢限界まで引き摺り込む事を決定、本当の敗走故に毛利家は奥深くへと引き摺り込まれた。
毛利家は勝っていたのだ。大友家の選択は当然の撤退というありふれた物。そうなると勝戦の利益に大半の者が目を眩ませれば如何に毛利家首脳陣が撤退や手打ちを考えても退く事は難しい。
故に毛利家で将才に優れた吉川駿河守元春は自身の戦略が叶うか問う。
「又四郎よぉ。ほんで一角船っちゅうんは如何なんじゃ。そもそもありゃあ借りれるモンなんか」
「一任斎の説得次第じゃが兵糧の貸しがあるけぇ。まぁ此方も随分恩があるがな。そう断る事ぁねぇじゃろうて。船についちゃあ、坊」
小早川左衛門佐隆景の言葉に毛利右馬寮輝元が頷き傍に置いていた桐箱を開ける。毛利右馬寮輝元は非常に嬉しそうに広げながら叔父達に自慢するように。
「本物は使僧殿くらいしか知らん。内藤殿が寄越してくれたモンじゃ。お近付きの印にっちゅうてな」
それは織田家が毛利家との緊張緩和の為に渡した一角船と三国船が刺繍された膝掛けだった。二隻の船が波を割いて迫ってくる様な迫力のある絵だが吉川駿河守元春は即座に頭痛を堪える様に顔を顰めて。
「こりゃあ関船では対抗し得んな。今まで噂しか流れんかったのも頷けるわ」
呆れさえ含んで言う兄に少し遅れて小早川左衛門佐隆景も気付く。
「聞いちゃあいたが、左右に大筒を載せとるんか。一隻で十六門、こりゃあ……」
小早川左衛門佐隆景も呆れた。こんな物が知れ渡れば織田家脅威論さえ出るだろう。同時に瀬戸内側の海運に携わる国人が親織田を通り越して公方排斥の論調なのも理解した。
こんなモンと干戈を交える、いや砲火を交えるなど自殺行為だ。矢面というか砲口に立つ水軍衆の心情など論ずるまでも無い。脅威を覚える二人、だが甥っ子は故に喜ぶ。
「それじゃったら兵糧も武具も仰山運べるわ。足が速いと聞い取ったけぇ物はそう詰め込めんと思っとった。嬉しい誤算じゃな」
毛利家の現状で特筆して何がヤベェってやっぱコレよ。戦争の兵站を語るに遠くを征くのは難しいと言うのは誰もが知っている事だ。それは一杯の水を地に垂らす事を想像してくれれば漠然と想像できるだろう。
その地が斜面で岩場ならば水は遠くまでよく流れるが砂地であれば地面に吸い込まれて水は広がらず延びない。また岩場であっても手を尽くして一杯二杯と加えても水を落とした場所から伸ばせば伸ばす程に水は細く短くなっていく。
そういう意味では毛利家の九州における兵站は沿岸部と言う岩の斜面から内陸部と言う水をよく吸う砂地へ移り泥沼と化していたのだった。馬車限界という考えから進軍先が延びれば鼠算式に必要兵糧数が増えてくわけで毛利家的にはもう御家帰りたいのに決着を付けれる地点まで行けないのだ。
「使僧殿が上手くやってくれると良いんじゃがな」
毛利右馬寮輝元が少々不安そうに言えば吉川駿河守元春と小早川左衛門佐隆景が苦笑いを浮かべて弟が。
「寧ろ大仰に伝え過ぎんかが心配よ。一任斎は博多の重要性を一番知っとるけぇ。内藤殿も話を聞くに重要さは分かっとるじゃろうしな」
その頃。不動院一任斎恵瓊は斎服山城の会所にてメチャクソ困っていた。マジ困る。
だって目の前にフル武装してピクニック行きますみたいな面の勝三が居るから。
さて毛利家の外交目的は単純。博多防衛の為に船舶と船乗りの借用である。別に援軍に来てとか一言も言ってない。
「じゃあ行きましょうか」
凄い有難い。毛利家の首脳陣が言った博多陥落は不動院一任斎恵瓊は死よりも恐ろしい事だ。織田家や南蛮に朝鮮の交易と言う金銭以上の利益を齎し特に織田家との関係には博多ありきで感情を抜きに失落出来ない。が、ちょっとコレは困る
「いや、あの……」
何で……この人、来る気満々なの?不動院一任斎恵瓊の心情を代弁すればこんな感じだろう。
何というか夏休みの虫取りボーイ。麦わら帽子じゃなくで兜、虫網じゃなくて金砕棒って出立だけど。
「皆まで仰いますな。毛利家の方々には後背を寸断された際に兵糧を融通して頂いた恩がございます。この内藤勝三としても報恩の時と心得て一角船六隻を貸し出しましょう。また三国船を三隻を以て俺が九州で一戦助力しようかと。博多は必ずや毛利殿の手に」
「えぇ……」
「代わりと言っては何ですが備前焼きの為に肥前で土を集めたいのです」
「……え?肥前ですか」
「ええ、肥前です」
「それは、龍造寺との交渉を行いたい、と?」
「……?」
「……?」
ハゲとオニが鏡合わせに首を傾げた。効果音はコテンだろうが可愛さは皆無過ぎ。
勝三が燥いでる理由はアレだ。反射炉に使う耐火煉瓦の材料。江戸時代末期に佐賀藩の杵島郡と藤津郡の土で造られた事をメモしていたから。
要は勝三が縁を結んだ鋳物師や国友鍛治に備前の刀工および焼きの窯元などを連れて耐火煉瓦に使える土を日本内で得られるか検証できると考えた為だ。
まぁ勝三の認識では肥前は毛利家に従属してると思ってたら全然違ったってだけ。
高炉はあるんで銑鉄は得れる。そっから再融解させて鋳鉄にするのが反射炉だ。耐熱煉瓦の材料アホ程いるし安く済むに越したこたぁ無い。
大友家ボコす手伝いして義昭の心をヘシ折って毛利家の領内探索させてもらおうって腹だった訳だ。
何より博多が同盟相手の手から落ちると織田家マジで困る。
だから勝三は戦意も凄い。
て、訳で。
「龍造寺家も未だ肥前全土を抑えた訳では御座いませんし些か早計かと……」
不動院一任斎恵瓊は正論を言うしか無い。勝三はショボンとしてるがしゃーないのだ。マジでソレしか言えねぇもん。
あの勝三マジで(´・ω・)な顔してるけど。
ほんとアレなんだけどマジでこの顔。
この顔すぎて困る。
「そこまでして頂いては此方としても心苦しいですし御気持ちは重々感謝いたします」
不動院一任斎恵瓊のだいぶ気を使った言葉である。勝三の暴走は戦力という点だけなら有難くはあるが普通に考えて手間が凄いし唐突過ぎた。領内通行の折衝とか兵站拠点の貸し出しとか宿所とかパッと思いつくだけでエグい。
「じゃあ基本は船と船の人員だけで。水軍衆総指揮として新庄新三郎殿、軍監として黒田官兵衛殿と、次郎に行ってもらうか。来島、鳴門、馬関の先導とかはしっかりお願いします」
「承りました。お貸し頂く船の稼ぎは毛利家側が負担致します。一隻で如何程となりましょうか」
勝三は極めて微妙な顔をした。内藤家の商売とはとどのつまり運送業である。特に播磨備前を拠点としてからは特にだ。
東陣織、国友鉄砲、琵琶湖水運、船舶造船、骸炭焼き、備前焼き、備前刀と色々やってるが瀬戸内水運は超頭抜けてた。
元来瀬戸内は京都への水運のとして範囲と規模が大きい。博多からの積荷を乙子津で積み替えるのは防衛上当然の事だ。
乙子津が織田家最西端だからこそであるが船舶の差と名声も大きい。速く安全に運べる事は乱世にて万金の価値を産む。
「ウチの船、千五百石積みですよ?シケでもなけりゃ堺まで二日くらいで付きますし」
不動院一任斎恵瓊は( ゜д゜)ってなった。
申し訳ないけどマジでこの顔。
吃驚するくらいにだ。
これはしゃーない。雑に満載積みと仮定して千五百石。現在の米相場は一石だいたい千五百文、二百二十五万文で二千二百五十貫。
雑費諸々を勘案して天候に恵まれてれば堺には一日か二日で到着する訳で一日で千貫は余裕で稼ぐって事だ。
ややこしい。
もっと簡単にいこう。
全てが上手くいった仮定で十隻で二往復すれば三十万石の米を転がせる。三十万石を五日程で稼げる訳だ。
で毛利家の統治する国で三十万石を越える国は無い。唯一、筑前は三十万石を越えるが筑前の完全制圧は出来ていないのである。
十隻も借りれば毛利家の年収の十分の一は軽く消し飛ぶのだ。
あ、一応補足しておくが内藤家の石高考えたら過剰じゃねーかってなるだろうが運ぶのは米だけじゃ無い。また何方かと言えば防衛と戦力の移送を考えての物である。
特に多いのは築城に使う巨石や材木の類だ。
大坂でメッチャ使うかんね。
閑話休題。
「では一隻で千貫、三隻なら二千貫。代わりに博多を取った暁には優先入港権を頂きたい。期間は、三年くらいで」
「博多を取れねば?」
「貸し出した船舶一隻につき千貫、兵糧の借りを返すと思って頂ければ」
「なるほど。では他に求める事は?」
「駐屯する兵と船頭水夫の食事と宿所は出して頂きたい。それと兵糧の輸送先は門司城でしょうか?」
「下関と草野津へとお願い致したく。その先は我等が担うべきで御座いましょう。それと兵糧自体の借款は可能でしょうか」
「長宗我部家との戦の最中ですが北陸の一向宗鎮圧は間際。多少なら難しくありませんし蕎麦の方なら多少は無理が効きます」
「辱い。買えるだけ買わせて頂く」
そんな会談を終えて勝三は不動院一任斎恵瓊を軽く持て成し翌日見送った。
戦国時代だけど出しゃ張るもんじゃ無いらしい。