ほぼ旅行
ブクマ、ポイント、いいね、誤字報告ありがとう御座います。
暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
勝三の十河城までの道のり。特筆して言えば湿地スゲェな。そんくらいだった。
まぁ篠原岫雲斎怒朴の上桜城および赤沢信濃守宗伝の坂西城は讃岐国《香川県》ではなく阿波国にある。とどのつまり十河家の主力は讃岐には無く例え十河および三好に忠義を誓ってても讃岐国人は戦うのは無理ってなるのだ。まぁ忠義っつても生活と家の存続が前提な訳で皆んな降伏してくるのはしゃーない。
まぁグチャグチャ言ったけど要は集めた火砲を一発も放たず十河城の包囲に加わった。
「只今、着陣致しました上様」
明神社にて勝三が家臣や西隠岐国の国人達の先頭に座り頭を下げた。明神社は平田池の西にあり十河城と、その出城である大塚城の合間にある。今は大塚城を落とした信長の陣所として利用されている訳だ。
信長は諸将の前で厳しく頷いた。赤い錦の御旗を背に立てており腰には節刀を吊るしている。もち朝廷から貰ったやつ。
「大義である」
「勿体なき御言葉」
「西讃岐国衆の歴々も頼りにしている。宴席を設けた故、明日の軍議まで寛がれるが宜しかろう。勝三は二、三話がある」
信長が言えば塙九郎左衛門直政が国人達へ向き直り。
「此方で御座います」
そう言って国人達を先導する為に立ち上がった。彼に着いて国人達が出ていくと信長はハァーと溜息一つ酷く重そうに身を傾ける。節刀を刀掛けに酷く慎重にソッと置いた。
「見てくれ勝三。理解はできるんだが御旗節刀なんてとんでもない物を朝廷から下賜されてしまった。物が物だけに戦場に出さねばならんが無くさないか心配だ。本気で重い……」
振り返った信長はシオシオだ。
「このまえ相国となったと手紙に書いただろ?」
「ああ、左近衛大将じゃなくなったから節刀に関してはもう持たないで良いって書いてましたね。やっと気が楽になるって……」
朝廷の意向で信長は京都にいる間、常に節刀を誇示していた。これ程までに朝廷の軍事力と織田家の正当性を知らしめる物は無い。しかも坂上田村麻呂に準えた噂を流されては気疲れがエグい。
ソレもコレも義昭が播磨摂津丹波あたりを蜂起させたからだ。信長の左近衛将軍は言わば箔付に他ならなかった。しかし実際に蜂起した叛徒の鎮圧までしちゃうと名実共に前例を作る事となる。
都に近い乱だが小規模で信長の対応が速かった事もあり朝廷に余裕があったってのが真相だが、それで権威回復に繋がると今回の遠征も左近衛将軍はともかく御旗節刀を下賜されたのが現状。
「戦に出る時まで下賜されてしまうとは……」
「心中お察し致します」
勝三はガチ大変そうだなって思う。いや勝三も信長に乃定とか貰って大事に愛用してるけどアレじゃん。朝廷からの下賜された節刀とか天元突破が過ぎるだろう。勝三はもし自分だったらンなもん腰に吊るしてたらおちおち寝ることもできねぇな、なんて思うくらいには余りにも大事で余りにも意味を持つ様な物。
つーかそもそも論になるが普通に左近衛大将とかここ二百年だか三百年程は藤原朝臣しか名乗ってねぇ。それを平朝臣な信長に名実揃えてホイホイ名乗らせるあたり朝廷の期待がヤバ過ぎるし信長に知らせて無いのもヤベェ。
だいたい左近衛大将軍だってだいぶ無理して就任させたのに今回は太政大臣任官と共に通例上大将軍は辞めてんのに御旗節刀を持たされてるって話。要は左近衛大将軍に再任はしてないが実質大将軍っていう前例が新たに出来てしまってるのだ。節刀を戦場になんて持ってきたくないくらいのノリな当の信長が知らない所で。
因みに今回の事は権大納言三条西実枝がまぁまぁガチギレして上皇様に前例って知ってる?(怒)って手紙出してた。何処ぞの近衛さんとか慣例ガン無視で息子の元服だか何だかを信長の館でやろうとしたりするが慣例は大事だ。何より信長が慣例を大事にしたいっつってんのに朝廷の方から気遣い込みとは言え信長を取り込もうとしてる絵面。今、節刀や錦の御旗ないなったら織田家に対してマジで大丈夫なのかって空気になるし義昭なんか嬉々として突きまわすだろう。
「だが朝廷の助力は助かるな」
「ですね。焦って動くか。それとも首を竦めるか」
「少し休みたい所だ」
まぁ節刀を持って西へ行くってのは朝廷からの義昭に対する脅しである。節刀を渡された朝廷の軍の相手は朝敵と言う扱いになるのだ。要は義昭を匿った阿波三好家を半ば朝敵として扱いテメェも大人しくしねぇと朝敵にすんぞって話し。
また織田家に対しては織田家を朝廷が頼ってる証拠として、また讃岐阿波等の国人へ織田家が朝廷の協力者であると言う証明となり得る。まぁ御旗と節刀なんて戦場に持ってきてこそみてーな所謂とこの箔付的なアレだけど意味はでかい。
「その、節刀のことはさておき三郎様。長門様はどんな感じですか?陣所に旗も御座いませんでしたが」
「昨日阿波に向かった。想定通りなら今頃は三好細川勢と戦ってるだろう。まぁ伝令待ちだな」
「流石は長門様。迅速な行軍。では俺達は手筈通りで?」
「ああ俺はここを包囲しておく。節刀を見せて国人達を此方に傾けなければならんからな。勝三も包囲軍の後詰めとして布陣しておいてくれ。と言っても与三が居ないのを見るにもう向かわせてるか」
「はい。既に」
「勝三は前から気が利くタチだったが最近なんか凄いな」
「じゃあコレも献上しましょう」
勝三が木箱を出してパカっと蓋をとれば和紙の下に黄色が詰まっていた。
「お!芋餡揚げか!!」
「揚げては無いんですが作り方は似た様な感じです。長持ちさせる為に砂糖増やして確り干したんでめちゃくちゃ硬いですが甘さは保証しますよ。兵には干し芋ですがコレは武功上げた者への褒美の試供品です」
「芋餡揚げより長持ちなのか?」
「最長で半年は保ちそうですよ」
そう言って勝三は背中の茶道具を弄り出す。茶でも出すのかと信長は考え。
「ふむ、美味ければ最高だな」
そう言って一つ摘んで齧る信長。
「あっっっま?!」
信長がガチ吃驚した。カッと血が上るほどに甘く鼻が痛くなりそうだ。正直言ってギョッとした。
その声に勝三が振り返ってびっくり眼。
「あ、すみません。お湯に溶かして餅を入れるんですソレ。甘い啜り団子を戦場でも食べれたら良くね?って思って」
「な、なるほど。それでちょっと頭クラクラする程に甘いのか。美味いが吃驚した」
信長がそんな事を言うと小姓の一人である長谷川竹が湯を持ってくる。勝三は礼を一つそれを受け取り椀に芋餡と湯を入れ匙で混ぜてから小さな干し餅を入れ匙で混ぜた。まぁ芋の汁粉である。
「どうぞ」
そう言って信長に差し出す。信長は其れを受け取り普通に食べて目を瞑り二、三モグモグして飲み込んだ。信長は非常に申し訳なさそうに。
「美味いとは思うんだがさっきのが甘過ぎてわからん。だが温まる。冬とか最高だろうな」
「あ、あぁ……。じゃあコレ全部置いておくんで感想をお願いします。お餅も置いときますね」
「おお!良いのか!!」
「そりゃあもう箔が付きますからね。太政大臣御用達って。ウチの物が売れるのは上様の愛用品て箔付けのお陰ですから」
「……昔からだが、商売上手になったなぁ。そうだ、鬼夜叉と絹千代を連れて来てる。日も暮れるし少しゆっくりしていけ」
「!有難う御座います!!」
勝三は珍しく信長の前から割と早く辞去して長谷川竹に案内されていく。
「久々だな二人共!!」
勝三と比べれば年相応な二人は数え十歳の勝三の息子達。織田家の血か鋭い瞳に薄らと気品ある鬼夜叉丸と穏やかな瞳に温厚そうな顔立ちの絹千代。どちらも子供にしては凄いムキムキである。
「父上、御久しゅう御座います」
「久々です父上」
慇懃なのは鬼夜叉丸、優遊なのが絹千代。その辺はアレ、本家と分家の教育方針。織田家の血は織田政権においてそれなりの物を求められる。とすれば裏では兎も角も表ではそれっぽい感じが必要だ。まぁ家長嫡男がキリっとノリで分家嫡男がユルっとノリは分かりやすいじゃん?っていうアレ。
「二人共立派になって……」
「いや父上、未だ元服もしてないんですが」
「アレでしょ鬼夜叉、身長」
「いや絹千代、父上コレ絶対そっちじゃ無いと思う」
「そうだぞ二人共。パパ上な。小姓になったの元服後だから良くやってると思うぞ本当」
勝三の言葉に息子二人はまただよって顔で。
「パパ上って何ですか父上」
「把か、羽か、波か。どれだろうね」
「……アレだ。語感で言った」
「あの父上。こんな事言いたくは無いのですが内藤家の当主としてもうちょっとこう、何とかなりませんか。家では良いんですが職務中は気が抜けちゃいますって」
「父上の言葉を真似たら如何言う意味だって言われること多いしね。真事とか凄い聞かれたなぁ」
「あー。公家の方にいと的なのだって適当に説明したやつな。絹千代が思い付いてくれて助かったよ」
「え、そんなことしたの?」
まぁこんな感じで家族団欒してた。芋餡啜り団子を食べながら夜の帳が下りて尚、近況報告とかしてたら喧騒が聞こえて来る。勝三が顔を片眉を上げた。
「うわぁまた来た。前田甚之丞だ」
「凄いねぇ」
息子二人が感嘆に呆れと、面倒くさいって感情を少し混ぜて言った。
「前田甚之丞?」
「十河城の守将なんですが果敢な事に夜中に城を抜け出しては散発的にちょっかいかけてくるんですよ。しかし最近はパタリと辞めていたんですが選りに選って父上がいらした時に来るとは全く」
「兵糧を奪う事が多いですね。被害はそう無いけど地味に手間みたいで」
「そうか。なら、ちょっと父上頑張っちゃおうかな」
そう言って勝三は立ち上がった。
パパってのは子供の前でくらいカッコ付けたいもんである。
敵はまぁ南無三って感じだけど。
讃岐は凄い溜池が多く平地は非常に見晴らしが良かった。だからこそ成すべきは夜襲であると前田甚之丞宗清は考える。十河城の櫓に篝火を灯し溜池の場所を記憶しとけば逃げ道は無限大だ。
正直、開戦した時は無理だと思った。知っていたからこそ普通に織田家と戦うとか頭おかしい。事実淡路攻めとかどんだけ兵力連れて来てんのって感じだ。だが嫁の兄貴の為なら命もかける。
何度も行っていた夜襲を七日間中断した。織田家の援軍が来て気の抜けた雰囲気。大軍故に生じて当然のそれを明敏に突く。
「奴ら、良くやってくれた。兵糧の強奪や火付けでは無い。我等が抜かっては恥じゃぞ」
十河城より見ただけでは無い織田家本陣の場所を。所謂ところの酒保商人として軍奉行の元へ潜り込んで集めた情報を思い浮かべて。背の高い草に紛れ騒ぎの収まった闇夜の先を睨みつける。
暗く高い草に紛れる内の三人に一人は織田家の兵との博打で得た鎧兜を纏いお貸し槍を握っていた。そして手には幾つかの生首を掴んでおり先程まで届いていた喧騒は捨て身の仲間達の特攻だ。
「行くぞ。なるべくアホみたいにな」
陣中を歩いていく。
「手柄じゃ手柄じゃ!!織田様に見せにいくけん退いてくれ!!」
笑って首を持つ。
三好物外軒実休は畿内に出兵する兄の代わりに細川家の家臣として四国に残った。しかし十河民部大夫一存は十河家を乗っ取ったのである。故に十河家と縁のあった讃岐国人には含む所のある者も少なくなかった。
すると当然、織田に降る者も少なく無い。ただでさえ勝てぬ戦に身を投じる馬鹿はいないのだ。義理もなく憤りさえあれば誰がクソ真面目に勝てぬ敵に抗うものか。特に篠原討伐の為の遠征に付き従った家の者は功を立てようと必死だ。
それに擬態した。
「羨ましいのう何処の者じゃあ」
「織田様の槍持っとるぞ」
「じゃあ寒川か植田んトコかね」
周りからそんな声。他にも褒め言葉だの御相伴にあずからせろなんて聞こえてくる。ヘラヘラと受け答えをするが不愉快だし怖い。真っ直ぐに本陣へ。
「夜分に申し訳ない!!音で目を覚ましたら目の前に敵が居ってな!!その首を持って来たけ入れてくれ!!」
慇懃な門番の一人が素早く明神社の中へ入って行く。直ぐに案内役を連れて来ると言ってだ。織田家も味方した讃岐衆には丁寧に接していた。また襲撃が少なくとも情報は重要だ。当然の対応である。
そんな織田家の対応は想定通り。夜襲があった時は高い確率で本陣で話を聞いていたのである。中に入り込み太政大臣を討つ。
前田甚之丞宗清は手柄に高揚した様に見せかけながら周囲を抜け目なく探っていた。
「お、貴方も襲撃を受けたんですか」
背から軽妙で明るくも何処か重い声。普通の門にも届こう巨大な体躯。そんな訳は無いが大地を揺らして。
「讃岐の方ですね。私が案内致しましょう。俺達も二十人ばかり討ち取ったのですよ」
尋常じゃねぇバケモン出て来た。なんかお土産を持ち上げるみたいに首級を三つ握っている。しかし篝火に照らされるその身には返り血の一滴さえない。誰もが思うし前田甚之丞宗清だって思う。こんな人間が居ていいはずがないと思わず視線を逸らす。
予定では此処からが襲撃だった。
出来れば信長を殺し、少なくとも撤退させて再来する前に篠原岫雲斎怒朴と赤沢信濃守宗伝を殺し四国を纏める。それが狙いだった。
「痴れ者の首を取ったのでしょう。俺も息子達と共に少しばかり討ち取りました。申し訳ないが何方の家の方ですか?」
言われて背に五人ほど居た。
「鴨部の末裔、神内家の者や……」
切り掛かるなら今だった。だが恐怖で思わず名乗る。それは幸い本陣へ向かう道中に聞かれた際に答える物だったが機を逃したのは確かだった。
クソデカモンスターが首を傾げる。
バレた。
察し。
「やるぞ!!!」
「あ?」
巨人の傾げた首を目掛けて前田甚之丞宗清が居合い。その刃が届く次の瞬間。
バズゴッ——!!!!!!
擬音を記せばそんな音と共に重撃が落ちた。浮遊感に背に衝撃を受け落ちる。
「何モンダ、テメェ……」
全身が痛いが腹に迸る激痛に動けずにいる中で聞こえた声へ顔を向ける。
鬼がいた。
いや、鬼どころではない。
アレは鬼の中でも特級の巨躯を持つ大鬼。
鬼神の様な化け物が居た。
拳を下げ。
「テメェも襲撃者か」
腰を落とし平手打ちを振り抜いた姿勢からヌラリと宵闇に鈍く輝く太刀が抜かれた。腰に吊るされていたのに大太刀と呼ぶべきか悩む様なそれを悠々と。深い腰反りは備前刀の特徴だが妙に厚みがある人斬りの太刀。
ゾッとした。何人かが前に出る。数にして五人が斬り掛かったのだ。
横に一閃。五つの胴が薙ぎ払われた。上下に分かれ胴が落ち腰から崩れる。また現れる大鬼が一歩前へ。
動けぬ前田甚之丞宗清が顔を上げれば自分を庇って前に出る皆。
それからは長かった。実際は短かったろうが長かった。三十人も居た同胞が悉く雑草の様に刈り取られたのだから。
ある者は拳の一撃を顔に受けて熟れ落ちた瓜の様に頭が弾けた。
ある者は腕を掴まれお手玉の様に投げ飛ばされて暗闇へ消えた。
ある者は味方を受け止めきれずに倒れ文字通りに踏み潰された。
ただ四肢を一度でも動かせば当然の様に同胞一人が消えていく。最後の一人など握り掴まれ千切り投げ捨てられる。
「大胆なこった」
それは感嘆だが次の一瞬で赫怒を発す。
「上様狙いやがったなオラァ!!」
声に慄き目を閉じた前田甚之丞宗清は見えなかったが、まぁ時代的にアレだがサッカーボールみてぇに蹴り飛ばされた。ゴールは無いが牢にはシュートされるだろう男ガン無視で振り返る勝三。
「無事か!!鬼夜叉!!絹千代!!」
「いや父上、そんな粗方お一人で薙ぎ払っておいてそんなこと仰られても」
「……手柄」
翌日、なんか十河城は開城した。
まぁ色々あったがガッツリ端折って勝三は息子達に戦後に気を抜かない事、と言うか一番くそダルい戦後統治の注意点を伝えてから、信長と息子達に別れを伝えて自分の軍の元へ出立。
二日くらいで内藤家の陣所に着く。
岩室家は引田城を拠点として南下しており手伝いとして内藤家の吏僚集団と備三つ、兵力にして千程をそこへ送っている。勝三が到着したのは内藤家の本体が駐屯する更に後方、即ち南方に位置する六車城および津田湾を見下ろす津田城だった。
「じゃあ勝三、状況教えてくれる?」
「おう。俺らが岩室様を追っていく讃岐東周りの道が志度街道だ。んで曽江谷越えから撫養街道を伝って少数だが援軍は送ってる」
「あぁ、それじゃあ讃岐守軍は詰んでるね」
面倒いので雑にいうが四国マジで山ヤバい。まぁ日本自体が山ばっかだが四国の山による道の寸断っぷりったらない。マジで海で移動すんのが当然じゃねーかってくらい山が中央にドーンと鎮座してる。
まぁ何が言いたいかって人の居住する平地から平地への道が酷く少ないのだ。そうすると戦場の霧と言う所謂不確定要素と言うのが非常に薄くなる。大兵であればある程にそれは顕著で篠原および赤沢には少数ながら精兵の援軍を送り、敵本体には圧倒する兵力で追撃している状況となっていた。
敵の状況を言えば眼前に織田家の精兵を加えた城、背後に対処不可能な大軍勢と言うちょっとかわいそうになる絵面。
「まぁ、そうだな。俺らは万が一敵が来た時の迎撃と長門様の後詰援軍だ。魚釣りでもしてりゃいんじゃね?」
「そうだね久々にのんびりさせて貰おうか」
一方、その頃。
「いンやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
阿波国板野郡地蔵寺で劈く悲鳴が木霊する。ンな凄い煩い声を発しているのは細川讃岐守真之だった。バチクソにイケメンなんだけど絶叫してっからエグい顔してる。
齢は三十に届くかどうかだが、まぁ誰?ってなるだろう。
この男は神輿と言う事さえ覚えておいてくれれば良い。まぁ義昭と阿波三好家が組むにあたって消滅してた存在感を復活させた存在。織田家が上洛する時に斯波家でも残ってれば同じ様な立場になったろうがまぁどうでもいい事だ。
「あの、打首でええんで部屋変えて貰えんか」
「俺もそー思う」
そんな凄いエグい顔の男をうわぁ……って見てるのが三好物外軒実休の息子達だ。未だ二十代そこらで細川讃岐守真之の異父弟となる三好阿波守長治とその異母弟の十河河内守存保だった。
彼等を取り囲む様に並ぶ織田家の諸将。いや岩室家の諸将と言うのが正しい。彼等の総大将たる岩室長門守重休は微妙な顔で。
「全員織田家領内から退去で」
これから四国を治め長宗我部家に対応しなければねばならない者としては面倒な沙汰を通達した。これは篠原岫雲斎怒朴と赤沢信濃守宗伝の願いを聞き入れた結果だ。彼等は今回の事で身を引く時だと考え大半の領地の放棄と岩室家の与力となる事を条件に三名の助命を願ったのである。
織田家四国征伐はこんな感じで終わった。
何か凄いサクッと。
備後国窪屋郡鞆浦の鞆要害会所。木張の床の一室に畳が一つありそれに座る一人と横に侍る武士一人に僧一人。潮の匂いと湊町の喧騒が薄ら聞こえる中。
「随分な結果で御座いますな鞆浦公方様」
三人の内の一人、僧侶こと不動院一任斎恵瓊が言った淡々とした言葉が広がる。しかしてその顔はザマーねぇな馬鹿野郎コノ野郎とニッコニコの満面の笑みだ。本当マジで嬉しそうが過ぎて僧侶なのに他人の不幸で飯ウマ顔。
その言葉を受けて平静としているのは畳の上の義昭だった。鞆浦幕府と毛利家の両属家臣となったと柳沢新右衛門元政は義昭を何故か身振り手振り煽っている。それでも畳の上の義昭はニヒルに笑って余裕と共に鎮座してて何かカッコつけてて腹立つ。
「矢の一つ二つは外れてええねん。策なんて重ねるモンやってのは良うわかっとるやろに。一本で殺せると慢心した矢が外れたら死ぬのは自分や。せやから矢はいっぱい放つモンやろ?」
「次の矢が有ると本気で御思いで?」
「当然や。今回の矢は外れてもうたしズレてもうた。やからこそ次に放つ矢は多いで」
「次は加賀ですか?それとも北条?矢は二本ですか、少な」
何か言おうとした不動院一任斎恵瓊の機先を制して柳沢新右衛門元政が言う。流石に義昭も口をモゴモゴさせながら自分の家臣(毛利家と両属)に微妙な顔を向けた。
「それだけな訳ないやろ」
呆れた様に言うが嘘で有る。内心クソ焦ってるしクソ怒ってるが余裕綽々(マジ必死)の表情で。
「こちとら未だ征夷大将軍やぞ。四国には長宗我部も残っとるし大友やら何やらやって上手い事使うたるわ。合従連衡の旗頭が此処にあんねん」
不動院一任斎恵瓊は有能で有る。毛利家の外交僧として朝廷との交渉を行いまた都に伝手がある故に彼等の隠そうとした物、即ち他の矢についても有る程度の想定ができてしまった。まぁ織田家家中の不穏分子の扇動とまでは行かずとも味方内で争わせるのは織田家が大きくなったが故に幾らでもやりようはある。そちら方面の注意喚起を行う事を決めて立ち上がり。
「成る程、しかし我等は未だに織田殿との仲は悪くは御座いません。また悪くする気もないのです。努努お忘れなきよう」
それだけ言って退室した。ちゃっちゃと警告の手紙を出すためである。その足音が消えゆっくりと三十ほど数える時間。
「ヴヒョホェ〜〜〜〜〜〜」
義昭はフニャフニャになった。柳沢新右衛門元政がヘドロでも見てるかのような顔で。
「何ですかその形容し難い鳴き声」
「しゃーないやろ。此処んとこずっと針の筵やぞホンマ。キッツイわ」
「まぁ毛利家にとっては益不益で言えば辛うじて益ですからね。我等は」
「と言うか、お前アレ何やねん。他に策なんか無いのに変な煽り方すんなや!!」
「まぁ、ああでもしないと真っ当に対応されてしまいますから。せめて痛くも無い腹を探って貰えばと考えたんですよ。何せ毛利と織田が昵近では我らに益はございませんから」
「……新右衛門が味方でホンマ良かったわ」
「うわ……きっつ」
「オマ張っ倒すぞコラァ!!」