北帰り南行き
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「近江帰って良いかな俺?てか与三も一緒に帰ろうぜ。山陰の方も落ち着いたしさ」
勝三は家族からの手紙を見て言った。何せ嫁さんが懐妊していたのだ。逆算的に播磨戦の後にチラッと都に報告に行った時のである。
与三は非常に複雑な顔になりながら。
「気持ちは分かるし帰りたい。けど、今はねぇ……」
二人してため息を一つ。
「だよなぁ……四国擦り潰さなきゃな。どうなってたっけ?畿内の再平定が終わって橋頭堡は確保したんだよな」
手紙の読み落としやド忘れがあっては拙い。だからこそお互いに駄弁る。人為的過失は避けて然るべきだと。
「ええと、たしか阿波国人と合流を急いでたと思う。今ウチからも水軍が行ってて。四郎三郎様の船団だね」
「ああ、そういや三好の領地で国人の反乱が起きたんだな。昔霜台様に聞いた話しか知らないけどほんとに物外軒って人の息子か?堺治めてたとんでもない人の息子とは思えねぇって」
「寧ろ天下の支柱って言っても良い様な物外軒って人の息子だからでしょ。自分の関与する前に栄光の未来から転げ落ちていった訳だからねぇ」
「なんか訳知りだな。与三は」
「播磨着陣の時に周りの使者を集めた宴で饗応役してたじゃん。あの時に使者が酔って主君の不満ベラベラ喋ってた。たしか篠原孫四郎っていったかな」
「えぇ……」
「本気でキレてたねアレは。酒が入るまでは確りした子だって思ってたけど、もう飲み出したら酒止まんなかったもん。ずっとクソがって言ってた」
「鬱憤溜まりすぎだろソレ。まぁ騒乱が伝播するのも不味いしな。もし河野家が巻き込まれたり関わろうとしたら大事になる。毛利家とも不仲になる可能性は徹底して潰さなきゃな」
「ああ、良く知らないけど朝廷関係ね。となると四国も大勢が固まりつつあるから正月もゆっくり出来そうないね。手紙いっぱい出そう」
「だぁな……。山陰勢も少ししたら一向一揆に対応する為に加賀攻めの加勢に行くんだったか。寒みぃよりゃマシだけど俺達が四国を攻めるのは変わらねぇか。丹羽様とか藤吉郎殿に綿入れでも送ろうかね」
四国の状況ってか想定はスゲー雑に言うと先ず伊予国は毛利家の領分で後は織田家が適当にする形だ。伊予国東部は対大友家の為に毛利家が最初に手を出した場所で、縁戚の河野家に手を貸し盤石の形である。また西部においては朝廷の斡旋で西園寺氏との停戦状況を結んでいた。
まぁ此処は織田家ほぼ関係ねぇ。
土佐国は長宗我部家が一条家当主を追い出し嫡男を傀儡とした事で代表者は明瞭だが統一したばかりで微妙なとこだ。その割には阿波攻めの助力とその分割に付いて話したいと長岡兵部大輔藤孝伝いに申し込んできている。織田家が四国三好勢の討伐を急ぐ理由がコレだった。
端的に面倒クセぇ。まぁ野心というか何というか。要は警戒したのだ。
「……と言うわけで。讃岐での総仕上げと阿波攻めの間の維持をお願いしたい。実務的には塙備中守の補佐と戦力の供出をお願いする事になるかと。内藤様がいらっしゃるだけで騒乱が無くなりますから」
「承知した小十蔵殿」
内藤家への出兵要請に来た使者は岩室家嫡男の岩室小十蔵重利である。何でもお爺ちゃんの利の字をもらったとか何とか。三雲家の御令嬢の為に絹織物を物色する良いお客さんだ。あと見た目がパパの若い頃に有りえないくらいそっくり。
「では海の状況を見て早急に出立します」
まぁぶっちゃけアレである。因幡でもそうだったが織田家は一国やら二国を落とすの程度は造作も無い事となりつつあった。てか地勢とかにも左右されるが一軍団で二国くらいならパチコーンだパチコーン。その上で今回は軽い旅行みてぇなモンとなるだろう。何せ信長が来るから。
讃岐国那珂郡丸亀城。此処は織田家山陽軍団の軍港である。譲って貰った城だ。
何故かといえば奈良太郎左衛門元政という那珂郡の有力国人。有り体に言えば滅亡の危機にあった彼が織田家にスライディング土下座カマして降伏したのが始まりである。まぁ三好家の義昭を利用した篠原家と赤沢家排除の動きの所為。
凄い面倒な説明になるが奈良家を挟む位置にある香川家と香西家が三好家が将軍と関っていた事に不満を持ち蜂起。讃岐を治める十河家は一応は直ぐに反乱鎮圧と奈良家救援に動いたが挟まれてる奈良家は当然ボコられた。
普通に間に合わねぇし降伏を申し出て香川家と香西家は織田家に通達を行い家臣となる事を許されていたので織田家に降伏する形になったのだ。
てな訳で塩飽諸島を望む丸亀港には山陽水軍が常に錨を下ろしていたが今日はヤバい。
何がって数である。
十隻を越える大筒を乗せた船団が停泊してる絵面は讃岐国人の心胆をさぶからしめた。
「うわぁ……緊張しすぎてえらいわぁ」
「しばっきゃげたら何するかわからんぞ。見えやせんが大筒の船が十隻ばかりやて。牛も仰山連れて来たがどんな光景やら」
「オボ、オボボボ」
「大丈夫かお前」
「まぁ兵部少輔殿。太郎左衛門殿は大筒で城の門、更地にされたけんな。あの数を見りゃ奇声も発するじゃろ」
ンな光景を唖然と眺めるのは屈強な香川兵部少輔信景、盲目の香西伊賀守佳清、オボボボ奈良太郎左衛門元政。此の三名は讃岐国西部の有力者達で岩室長門守重休の与力となった物達だ。
「内藤様はお優しい方です。普通にしていればカステラを下さる方ですよ。そう身構えずにいて下さい」
彼等に並ぶ十河額の若人が言った。塙九郎左衛門直政の子である塙喜三郎安友だ。凄い細身で武人じゃなくてザ文官って感じである。ただ此の時代の武士の若人らしく武功に飢えた感じが薄ら。また行儀が良さそうで育ちが良さそうでありながら何処か洒脱だった。十河額だけど……。
織田の一角船達に小早が向かっていく。横付けされたそれらに綱を伝ってどんどん兵が降りて来た。そんな中で一際大きな斎服丸と呼ばれる船から巨大な鬼が冗談の様な金砕棒を担いで船縁に出て来る。そしてそのまま飛び降り小早に直下着船した。
絵面とバランス感覚がもう人間じゃ無い。初期のウルトラ◯ンとかの登場シーンだもんアレ。何で仁王立ちで着地してんのだろうかマジで。着地できてもいいけど小揺るげ、せめて体幹は人間であるべきだろ。そんなバケモンこと勝三を先頭に小早が迫り浜に船が乗り上がっていく。
「こっっっわ……」
讃岐国西部の有力者達の誰が言ったかは分からないが等しく思った事だった。だって絵面が人じゃないもんあんなの。見えなくても空気がヤバイもん。
浜を進む絵面は大鬼ってか陸を攻めに来た海坊主の軍勢みてぇだ。海に浮かぶ島々と船を背に潮風と共に軍勢が陸続と上陸して砂を踏み進む。そして四人の前で足を止めた。
「喜三郎殿、お久し振りです。御三方は初めまして。お出迎え辱く」
三人組の内から屈強な肉体に相応しいガッシリした顔の男が一歩前へ。武人肌な印象で不機嫌とはかけ離れた雰囲気を見るに顰めっ面が常らしい。忙しないと言うかセカセカした印象を受ける壮年の男。
「香川兵部少輔や。安富んトコのは今おらんが儂等ぁ細川四天王と呼ばれた家の一つよ。宜しく頼むわい」
続いて前に出たのは二十と少々。特徴としては有り体に言ってフジツボのような水疱の跡がある。また何よりも印象的なのは白目を剥いた様な目だ。それは疱瘡の症状による物でどうしたって目を引いた。数少ない人類が克服できた病、それが此の時代では当然の物として此処にある。また長い杖を一本持っていた。勝三は薄れた記憶で言うところの目の見えない乃至目が非常に見え難い人が持ってる白杖かと納得する。
「香西伊賀守。兵部少輔殿が言うた通りやけ然程言う事もねぇが宜しくお願いします。こん通り目は見えねぇんで無礼があるかも知れんけど御容赦を」
最後に出て来たのはなんかゲッソリしてる。頬に手を添えればムンク的な名画になれるだろう。唯一の違いはハゲて無いところだろうか。それ以外の特徴という特徴は無いが心労でも酷いのかマジ痩せ痩けて見える。まぁトラウマがアホ並んでるんだからしゃーないだろうけど。
「奈良太郎左衛門や。その、お手柔らかに」
トラウマとか知らない勝三は何の事か分かんなかったがまぁそれはそれとして。
「御丁寧に有難く、また牛馬の供出感謝いたします。援軍に参った内藤勝左衛門に御座います。山陽総大将を任せて頂いてます」
そう言って一礼した。
勝三が連れて来たのは内藤家の軍勢。尾張近江衆と播磨衆、備前衆、美作衆。
今からゴミみたいに情報を羅列する。内藤家の行政範囲は五つの国に跨る。
尾張国の十万石。
内、春日井郡十万石。
近江国の二十万石。
内、坂田九万石、浅井七万五千石、伊香三万五千石。
播磨国の五十三万四千石。
内、明石四万八千石、三木三万七千石、加古三万二千石、印南三万四千石、加東四万六千石、加西三万五千石、多可三万三千石、神東二万千石、神西一万七千石、飾東三万石、飾西三万千石、揖東四万七千石、揖西二万八千石、赤穂三万五千石、佐用二万三千石、宍粟三万七千石。
備前国の五万五千石。
内、和気一万七千石、邑久郡三万八千石。
美作国の九万石。
内、七郡の英田一万石、吉野一万四千石、勝南一万八千石、勝北二万五千石、東南条七千石、東北条九千石、西北条七千石。
だいたいこんな感じで九十七万九千石とか言う百万石一歩手前みてぇな範囲を丸投げされてる状態だ。兵数にして二万四千にはなろう兵力を自由にできる一家臣としては破格の戦力を操れるわけである。まぁ正直言って播磨あたりはキツイから返上したいところだが畿内もアレな状況で無理という事情があるが。
話が逸れた。まぁこれだけの領地があればさぞ大兵力を持って来たのだろうと思うかもしれないが端的に言って無理。答えは単純。
兵站と常に全力で戦うと疲弊するから。特に播磨備前美作なんて戦が終わってから休みがないんで全力は無理だし他のトコは遠い。故に今回に遠征では比較的小勢である。
では実態として主力を連れて来かと言えば内藤家が実際に管理する領地が主である。まぁ今は内藤家家臣と与力を明確に分けれるほどハッキリしていないが家臣と明言できる家の裁量下にある地だ。尾張春日井、近江坂田浅井伊香、備前和気邑久、播磨赤穂、美作西北条のザッと四十万石。
まぁ石高的に一万が出せる訳だが出張続きとかヤベェから五千、それに他のトコから三千ほど集めて八千だ。
勝三は助攻で主攻は岩室長門守重休と信長。
故に。
「まぁ俺の軍勢は補助なんで八千しかいませんが気楽に行きましょう。高名なる細川四天王の皆様も合わさり百人力ですからね」
そう言ってカラカラ笑う勝三を見て三人は吐血しそうになった。凡その事は聞いてるがマジで主力でもないのに八千とか嘘だろって感じだ。重臣とはいえ一家臣が八千とか三好家の一大決戦とかの兵力である。
「じゃあサッサと十河城に行きましょう。道中は御三方には説得をお願いします。そうすれば上桜城を攻めるどころじゃないでしょうし」
「説得、か?」
香川兵部少輔信景が首を傾げて言えば勝三は頷き。
「ええ。応じなかったらアレで何とかするんで」
そう言って後ろを指差した。
勝三の指の先を見た奈良太郎左衛門元政は確りと悲鳴を漏らす。オシッコはギリセーフだったが悲鳴はモロだ。荷車に乗った数十門の大筒が並んでいた。
「押し潰します」
織田家の戦いは昨今変化していた。従来の速戦という基本として積み重ねたソレに加えるは火力。鉄砲と大筒と言う分類では既に分け切らない火砲の山。
それは大型の火砲全般および前装式の物を呼ぶ大筒、後装式の物を呼ぶ石火矢、寸詰まりの砲身を持つ臼砲、人が抱え運べて鉄砲と同じ絡繰を備えた抱え大筒。織田家では凡そこんな風に分類して呼んでいる。
それらがズラリだ。瀬戸内と言う水戦が重要な地を任されており信長や織田右近衛中将信忠の軍勢よりも火砲は充実していた。
「じゃ、行きましょうか」
勝三の行軍開始である。
人と牛と馬の列が道に沿って進み出した。