後で余計に面倒になるって分かってても暴れたくなる時がある。そういう時に暴れるとマジ碌な事になんねぇ
その日、播磨備前に激震が走った。厳密に言うと美作とか但馬や因幡にもだ。織田家播磨着陣および栄賀城落城の報せによって。
まぁアレ。何で着陣と落城の情報が同時に駆け巡ってんの!?っていう。
播磨は揺れた。畿内の情勢に左右される地勢であったが故に将軍の遅過ぎる御手紙攻勢を無碍に出来なかったのだ。特に四職の赤松家とか幕府ありきで勢力を伸ばしたのだから関係は如何しても強くなる。故に微妙に中央を見て無理じゃね派と幕府あったほうが良いだろ派で別れたりすんのだ。て訳で。
「……どどど、どうしよう父上」
顔面蒼白で言うのは赤松家の一つ作用赤松家当主の赤松蔵人大輔政範。赤松家の中で勢力を誇るが親毛利の色が強く微妙に将軍の手紙で揺れていたのだ。寡黙で武勇に優れた男だが保護欲を掻き立てるくらいビビってる。
今までは毛利家の勢力が近く将軍の手紙もあった事で反織田になろっかなくらいのフワっとしたノリだったのだ。したら毛利は九州に掛っきりで将軍は秒でボコられるし朝廷は織田家を抱き込む宣言するっていう。ほんで終ぞや織田家本隊が大規模拠点一つ捻り潰して来た事でマジヤベェなってなってガクブルみたいな。
「アホンダラァおんびん風に吹かれよって。姫路に件の内藤っちゅう大将が着陣しとる。こっちから挨拶して穏便に済ませんかい。そうしたら無碍にはしよまい」
そう言ったのは皺皺の爺さん。赤松右京大夫政元だった。
「そ、そうか宇喜多もこっち狙っとる。ええ按配かもしれん。流石は父上や」
そんな訳で親織田の置塩赤松家と龍野赤松家に作用赤松家から挨拶行くから通してって使者が向かい数日後には返書が来た。
「うん?添え状までついと……る……ヒョエッ?!」
【頂戴した書状頂拝見し候《読みました》
西播磨殿御自ら参陣の由承り候 之当に僥倖に御座候 加え播州各御歴々も又 参陣の書状頂戴致す由 之甚だ深甚に御座候 此度中国遠征必勝確実と心安く安堵致す次第に候 相見の刻下待ち候
恐恐謹言
天正元年神無月三日
少弐朝臣内藤備前守勝左衛門長忠 花押】
なんか内藤勝左衛門長忠の書状が入ってた。
早い話が来るの待ってるねーな内容なのだが参陣ってのが態となのか微妙なアレである。人間ブチ飛ばして城粉々にするって何ソレ怖ってな印象だったからアレだけど、兵力出すの当然だろって言われてる様に思えるのだ。挨拶っつってんのに参陣とまで言われたら部下になってねーぞと若干の反感と言うか反発を覚えた。端的に言うと微妙に気ィ悪なって話。
室町幕府の地方統治は守護、守護代、地頭となる。赤松蔵人大輔政範は守護の一族なのだ。対して勝三は同格の家臣の家臣の家臣だった。
何だろうか。唐突に現れた年下の上司的な微妙なやり難さ、みたいな。学生の子なら入部して直ぐレギュラー入りした一年とか何か、こう。ね?絶妙に接し難いやん。
「ちゅうてこら唯の狭量か」
とは言えアレだ。播磨平定に軍勢引き連れ出張って来た相手への挨拶なんて普通は参陣とセットである。しかも戦闘は開始されてんのだから尚の事であった。しかも分家の別所とか家臣の浦上も来るっぽいのに行かないのは論外。力のある織田家でも時勢的に仕方なくな感じなのにガチ格下で殺し合ってた連中の下になるのはマジで嫌。まぁってな訳でだ。
「じゃあ行っち来る」
「気ぃ付けちな」
一張羅着て出立した。
んで姫路城。
「お“ぉん?」
「あ”ぁん?」
姫路城の広間にて赤松蔵人大輔政範は睨み合っていた。龍野赤松家の弥三郎広貞、置塩赤松家の兵部少輔義祐と並ぶ。別に赤松内でもギスってるが目の前の相手に関してはブチ殺すぞオラァってノリだ。
その対面は別所の三人で若い当主の小三郎長治と後見役の叔父である山城守吉親と主水正重宗である。
蚊帳の外なのは宇野家とか小寺家に黒田家で未だ来てねーのは浦上家だ。前者はまぁメンドクセーから関わんねーだけで浦上家は宇喜多と戦闘中だった。
広間は全員が下座に座って待たされており微妙にピリついた空気の中にある。播磨国人の心情を端的に言えば非常に不愉快で目の前にちょうど怨敵がいるから鬱憤晴らそうとしてる感じだ。と言うか此の扱いに場合によっては織田家もシバいたろかなという考えさえ抱きつつある。
「失礼、主君が参ります」
彼等を案内した小姓の賀島弥右衛門長昌が現れる。微妙に納得はいかないが播磨国人達は小さく頭を下げた。音立てて戸が開き、さてどんなのが来るかと身構え。
ズズゥン……。
そんな音と振動を錯覚する。
この時、国人達は思い出した。逆らったら粉微塵にされる強者と言う存在を。国一つの中の戦力の大小の無意味さをってノリで。
何つーかアレ進撃の武人。
ズンと座る。
国人達は体感した事の無いどうしようもない恐怖を覚える。たぶん有り得ない事だが水中で鯨と相対すれば似た様な感覚になれると思う。次の瞬間ヒレでッパーンされるんじゃねーかなって。
『え、無理』
と国人達は思う。敵味方とかじゃなくてヤバい。巨人恐怖症的な恐怖。
つか背がデカすぎて顔が見えねぇもん。
喋らないのマジで無理。顔見えないのは怖いとして目合わせたくない。
何考えてんのかわかんねぇのヤバすぎ。
反織田感情と比例して脱糞しそうなレベルで恐怖が積み重なっていく。
「良く来て下さいました。顔を御上げてください」
正面から慈雨の雫が落ちる様な強くも優しい声(錯覚)。
言葉に従えば武者斯く有るべしと言うべき体躯。
「俺が内藤勝左衛門にございます」
こうして簡単にだが挨拶を済ませた播磨国人は何だかんだ翌日の饗宴を通達され近場の寺や屋敷に控えた。
「……ふぃー」
国人達が屋敷を出ると勝三は吐息を漏らす。
「アレやっぱ失礼じゃ?作用赤松家何て特に不満そうだったって聞きますよ?」
そして微妙な顔で対面に座る小寺官兵衛祐隆に言った。勝三が姫路に着いた辺りで播磨各地から挨拶行くわって文書が来て、協力するのだから是非来てって返書しようとしたら目の前のに止められたのだ。で、絶妙に失礼な手紙を反織田の家に返書するように説得されたのである。
勝三とて意図が有るのは分かるのだ。その意図もボンヤリとだが察せない訳ではない。だが効果の程は分からないし寧ろ良好な関係を築くべき相手にするには少々気が重かった。
小寺官兵衛祐隆は全て分かった上で悪戯小僧二割、申し訳なさ三割、カッコ付け五割の笑顔で。
「まぁ赤松の連中は追い詰め過ぎりゃあ将軍を殺すくらいにゃ自立心がボッケェ強ぇ。そりゃあ当然、現実が見えん訳じゃねぇんですが最初に格付けは必要ってもんで。何事も大仰に見せんのは気ィ良くねぇんじゃろうが仕方ねぇんですよ」
スッゲェ雑に小寺官兵衛祐隆の言葉を纏めれば言うこと聞くしかないなって思わせなきゃダメって話。
播磨国人ってかこの時代の勢力の頭は自分とその周りの生存と拡大こそが本分。即ちその二つに対しある程度の実績がある者の言葉には耳を傾け指示を受けるのも吝かではないのだ。今で言うとゲームを始めて強くなりたいと思ったと時にプロゲーマーの言葉は影響力が大きいのとか、後は世代を上げれば野球に関係のある人は大◯選手の一挙手一投足は勿論だが言葉一つでさえ気にするだろう。実績とは人の耳を己に向けるのに重要だと。
故、ぶっちゃけ生存と拡大を化け物の様な武力で成して来た勝三と言う存在は大き過ぎる。だからちょっと礼儀は知らないけど尊重は確りとしてくれるって言う印象を付加させたのだ。人間、完璧超人ではなくちょっと抜けたトコがある方が付き合いやすいから。
あとアレ。言い方悪いけど完璧超人の失敗と下ネタかます超人の失敗に対する落胆具合って同じじゃないやん?雑に言えばそんなトコ。
「まぁ戦に強い印象が過ぎましたから丁度いいんでしょうけど無礼者かぁ。浦上家の状況が相当不味いから仕方ないけど……」
「礼儀正しい不誠実モンよかよっぽどマシじゃ思いますよ?気付きゃ慇懃無礼の方が鼻に付くっちゅうもんじゃ。着陣ん時まんまじゃぁ後退しただけで敗北した様な気になりかねませんけぇ」
さてその横では。
「あ、鬼柳持って来て貰ったんだろ?播磨の酒と飲み比べようぜ」
「播磨塩で一杯か……たまらねぇな!」
「鯛とか蛸が美味いんだっけ?」
青山、岩越、毛利の三当主が酒宴を如何するかで燥いでた。
さて翌日である。都に比べれば細やかだがもうワイワイやってた。勝三が手ずから酒を注ぎ酒を飲ませる。勝三が注ぎ過ぎて溺れそうだけど、まぁそれは見なかった事にして、うん。
メインディッシュの鯛の塩釜焼きパッカーンの準備が整った。
播磨灘で取れた塩と昆布と鯛。良質の塩に卵白と小麦を混ぜて敷き、その上に水で戻した昆布を敷きアホデカな鯛を置く。その鯛の腹には内蔵の代わりに昆布が詰められていた。更に鯛に昆布を敷いてまた卵白と小麦を混ぜた塩で覆いカステラ釜で焼いた物だ。
播磨平定と宇喜多討伐を願ってパッカーンしようぜって言うノリ。
「と、殿ッッッ!!」
しかし此処で乱入者。鎚を振り上げた者達が何事かと視線を向ける。乱入者である賀島弥右衛門長昌の慌て様は異様だ。それは織田家面々が瞠目するほど。故に勝三は。
「大事か?」
「正に——」
「邪魔ぁするで」
此処でガチの乱入者が現れた。
何と言うか、そう獣である。少々厳ついがどこにでも居そうな顔。だがしかし餓狼とでも評すべき血の匂い。殺し腸を食らった人の皮を纏い人の振りをする狂った餓狼。戯け、踊って、肩を組んで見せた相手の首に噛み付き圧し折って笑う様な。
死臭。
「こりゃあ……手土産じゃ少弐様」
そう言って桶を前に。嘲る様にニヤリと笑い、首桶を握る己の手へ視線を向け。
「あ、しもうた間違えた。コレ俺の楽しみ用の鬼柳じゃ……」
凄いアホみたいな顔で言った。
「ア、アンタぁ……」
「知っているのか蔵人大輔」
赤松本家の兵部少輔義祐が問う。
「あーあー、名乗りくれぇはさせて欲しいもんじゃな」
しかし獣がヘラヘラと絶った。そしてその場に腰を下ろして勝三に頭を下げる。深く深く誠意を被る様に。
「少弐様、お初目に。宇喜多三郎左衛門尉直家。臣従させて頂きたく此処へ参上仕った」
面々が 赤松蔵人大輔政範と同じ顔になった。勝三は小寺官兵衛祐隆の顔を見ながら凄い思う。
何この既視感って。
何と言うか瀬戸内に面する面々はアレ。事前通達無しで登場せんと死ぬのかもしれない。
「随分な度胸だ」
勝三が思わず漏らす程に呆れるが何より関心する。どうやってか単身で敵中に堂々と現れたのだ。殺し殺され己を狙う狩人の前に。
「少弐様にそう言って頂けて光栄じゃ」
「まぁ折角なんで聞きましょう。いったい何を言いに来たのか。これから討ち取る予定だった貴方の言葉を」
しかし態々、国人がいる所を狙った所は気味が悪い。何を話すかは凡そ察しているが別の部屋にとは言えなかった。敵にも味方にもなり得る播磨国人の信頼を失いかねないのだから。
事実、勝三の言葉に播磨国人は顔を顰めるが口を開かず様子見に徹した。それらの反応を有象無象と切って捨てたように宇喜田三郎左衛門尉直家は口を開く。
「そいつは有難てぇ。流石は大鬼じゃあ。右馬頭様に付く三村の野郎も右府様に付く浦上さんも、まぁ熟も時世っちゅう物の見えとらん困った連中なんじゃ。俺は合間におるけぇ手間でしてな」
「ふむ……」
「ほいじゃけコイツを」
懐から朱印状を出す。それを賀島弥右衛門長昌が受け取り勝三へ渡した。それは毛利家からの物。
宇喜田三郎左衛門尉直家は勝三が書状を読むのを確認しながら。
「先ず、そうじゃな。三村は毛利家の言う事聞かんで勝手に美作の後藤っちゅうのに喧嘩ふっかけて来たのよ。俺は浦上さんに頼まれてそれに手ェ貸して返り討ちにした。じゃがクドいもんで暗殺してやったのが因縁の始まりじゃな」
勝三の目が文書の文字を追う。
「こっちもこっちで浦上の殿様は平然と毛利家にも手ェ出す狂犬の類じゃ。挙句に美作、備中、播磨にも戦を繰り返して褒美もだしゃあせん。いや、褒美は出すが要所に代官を押し付けて来よる。そんなもんで兵を出すのもたいぎぃけぇ右馬頭様んトコの小早川中務大輔様と書状交わしたんが始まりよ」
手紙との齟齬は無い。
「中務大輔様が言うにゃ九州の戦が続くもんで言う事を聞かん三村に困っとるっちゅう。言うた通り俺も浦上さんのやり方にゃ着いていけん思っとった。あの人ぁ毛利家との領地が繋がっとる俺等の都合を考えんのじゃ。何より俺等を家臣の様に扱いよる。それで自害じみた所業には付いていけんわ」
播磨国人が凄い納得した顔をする。
「じゃけ右府様が良けりゃあっちゅう前提で俺に両属の勢力として動く許可ぁ貰ったんじゃ」
「浦上を立てるのは兎も角、実質的に宇喜田家が合間を取り持つのを認めろと」
「ええ。俺に右馬頭様と右府様の合間を取り持たせてくれりゃあ思います。信用おけん連中の手綱は良く握れた方がエエ、暴れるんは馬だけで十分よ。浦上さんに任せりゃ右馬頭様と右府様が争う事になりかねませんわ」
勝三は言葉を返さず不動だ。何せこいつマジでやりやがったとドン引きしてたのである。当主が身を削りながら身を売りに来やがったんだから。
先ず浦上家が非常に好戦的である事は事実である。その先兵にして主力が宇喜田家であった。また浦上家は織田家に早い段階で縁を結んでいる。
故に浦上家の扱いは気を遣った。貸しのある毛利家には妥協して貰い浦上の主力を潰して織田家が治める筈だったのだ。それを明言しやがった。
尋常じゃねぇ胆力と称さざるおえない。状況を言えば此処は宇喜田ブッコロ集会だ。只中に征伐対象が乗り込んで挑発をかましてるとかヤベェ。
織田家と毛利家の合間にいる自分達小粒は従順で無いと困るだろうと明言して見せ即ち播磨国人に織田に従わなければ死ぬ事を突きつけた上で。
「少弐様も戦わず勝つっちゅう事の価値は分かっとりますじゃろう?こんなもんをくれるっちゅう事は毛利家ん方々も悪いとは思うとらん訳じゃ。俺を立ててくれれば手間は減るし俺も立場が良うなる」
何よりヤベェのは毛利家が宇喜田三郎左衛門尉直家と勝三の二人で話すだろうという想定を故意に気付かないフリしやがっただろう事である。
しかもタチ悪い事に織田家には近視眼的に見て損がない事だ。織田家だけの判断であれば取らない選択を国人に聞かせた。国人にとっては支持して当然の話をだ。
国人にとり浦上家の印象は狂犬。領地を安定させる戦は兎も角も、隣国への遠征とかはしたくない。宇喜田家に任せれば良いと思って当然だ。
「まぁ損するんは浦上だけよ。まぁ直ぐに決まるもんでもねぇじゃろうからゆっくり待たせて貰うわ。岡山城で待っとります」
そう言ってニヤリと笑い立ち上がり背を向ける。一歩踏み出そうとしてガシってなった。宇喜田三郎左衛門尉直家は疑問。
「ん?」
スーッと上がっていく。
地から足が離れプラン。
「あの、少弐様。ちょ、俺浮いとるんじゃけど。宇喜多浮いとる。でぇれぇ浮いとる。宇喜多が浮喜多になって浮田にもどっちまう。全部ウキタじゃけど」
「もうメンドクセーから此処で討っちゃえば話早いかなって」
後ろは見えないがメンドクセーって顔してるだろう勝三の声。
「ヒョエっ?!」
「なんか、もう全部グチャグチャにしてやろうかな。敵になるなら全員ブッコロせば良いし」
人間を子猫みてーに掴み上げながら言って良い台詞じゃなくない?
「あのッちょ……せめて右府様に話通して欲しいんじゃけど?!ほら毛利家の方々にも話通してるから、の!!?」
「え〜〜〜面倒ぃ〜。御屋形様も忙しいんだよなぁ〜。此処で討っちゃえば話変わんね〜しな〜。準備も予定もぜーんぶパーだしな〜」
「ちょ!!ホント勘弁してくれ!!予定狂わせる気は無かったんじゃホンマに!!」
取り敢えず宇喜田三郎左衛門尉直家は帰して信長に早船送った。勝三は播磨国人とメッチャ調整する事にもなったし軍勢の駐屯地探しから兵站の輸送路の見直しなども始まる。不満に思う者が出てもおかしく無い為に播磨にも兵を割く羽目になった。