情理と道理
信長は内藤勝介と勝三親子の巨漢を左右に置いて末森城に電撃的に現れた。武装した騎馬十に足軽三十をぞろぞろと連れて城の前に待機させ足を鳴らして進んでいく。
「織田三郎だ。門を開けろぉッ!!」
信長が號と轟く声を上げれば慌てた様に扉が開く。遠目に見えた軍勢に備えてか武装していた者達が呆然と立つ中を進んでいく。
「殿、勝介殿!!」
一人の大男が立ちふさがる様に片膝をつく。齢三十一の壮年の男で身の丈は勝介程では無いにせよ六尺二寸近い。その威武勇壮たる大将の出で立ちで有りながら、面長な顔は常世の如き黒髪と燃える様な髭を生やし白玉の如き白肌で凛然鋭利な整った顔立ちだ。
巨大な薙刀を握り真新しい仏胴の当世具足を纏う。丸に二つ雁金の兜飾りをつけた頭形兜が輝いていた。
この大男、織田家の中でも特に精強な兵を率い愛知郡上社村を中心に勢力を誇る土豪の柴田権六勝家だ。
「小勢とは言え兵まで連れて如何なる御用件か。来訪なさるにしても余りの物々しさ、勝介殿が居らっしゃって何故この様な、戦でも起こす御積もりか!!」
霹靂の様な声で怒る大男を睨み返し。
「権六、退け。母上に呼ばれた故に来てやったんだ。貴様の仕える勘十郎の進退に付いて話す為にな」
信長の目に権六と呼ばれた大男が思わず喉を鳴らす。
「物々しいと言うなら先日の葬儀の事を忘れたとは言わせんぞ。護衛の兵を連れねばならぬ程に道理に外れた事をしたのは母と勘十郎、そして何より貴様等であろうがッ!!!」
兵達が怯む中で権六は耳が痛いと大きく吐息を漏らして深く頭を下げた。
「確かに否定出来ませぬ。此の柴田権六勝家お詫び申し上げる」
言い終えてからゆっくり三数える間下げていた頭を上げて振り返る。
「蔵人、御方様と勘十郎様に伝えてくれるか。俺は皆様を」
「うむ。承った」
槍を握っていた勝介と同じか少し下程の齢の侍が頷いて城館に。勝家に案内され通された大広間にて、上段に座る信長を中央に挟む様に勝介と対面する様に勝三は黙して座していれば襖が開く。
「よく来ましたね三郎」
「一別以来です兄上」
土田御前と勘十郎信勝が先程の蔵人と呼ばれた侍を連れて現れた。両名、信長と血が繋がっているだけに整った見た目である。
土田御前は鋭いを通り越して鋭利な目の細りとした女性で、信秀と五つと違わぬ齢ながら四十か下手をすれば三十後半に見える程に若々しい。
勘十郎信勝は優しげな目をしており母の血が強く出ていて細身だ。信長よりも尚すっきりした顔付きで武家と言うよりは公家の子弟とでも言われた方が頷ける雰囲気だった。
勝家と蔵人を背に控えさせ座した二人に閉目していた信長の双眸が開き貫いた。勝介と勝三は無言で微動だにしない一方で余りの威圧感に土田御前が震え勘十郎が冷汗を垂らし蔵人が思わず太刀に手を伸ばす。
蔵人に勝介と勝三の瞳が向けられれば身を固め、手を伸ばしていた事を漸く自覚し手を離した。
「さて母上、勘十郎。先ずは親父殿が亡くなって一月と経たず遺言を無視した理由を聞かせてもらおうか」
底篭る声で問う信長の双眸を見返して唾を飲んだ勘十郎信勝は意を決して口を開いた。
「兄上、美濃の事は諦めて下さい。
幕府と朝廷を敵にすれば今川だけでなく近江六角、越前朝倉、甲斐武田までも敵となるのです。加えて伊勢北畠に長島本願寺が敵となれば四面楚歌、弾正忠家が消滅致します。
最悪を申せば今川に降ってでも家を残す事こそが肝要で御座いましょう!」
信長が一息。
「成る程、母上も同じ考えか」
土田御前は頷く。
「三郎様の御遺言を尊重したい気持ちは有ります。貴方もまたうつけとは言え私の自慢の子なのですから。
ですが信長、貴方を立てれば今勘十郎が申した様に山城守と共倒れになる事は明白、故に今川に下ろうとも配慮せざるおえない幕府との繋がりを持った勘十郎に家督を任せるべきと考えたのです」
「成る程、言いたい事は分かった。葬儀の件が無ければな」
二人は口を噤む。信秀が亡くなった事で土田御前と勘十郎が焦った故のある種の暴挙だった。
信長は齢十九、子供程に感情に振り回される訳ではないが良くも悪くも若いのだ。唯でさえ顔を潰すと言う行いはこの時代において老若男女貴賎問わず殺されるレベルの行いで、今ここで殺されないだけでも随分と理性的な事でなので有る。
端的に言えば家の存続にて理が有るのは土田御前と勘十郎だが、信長の情を踏みにじったと同時に二人は交渉の余地をも無くしていた。
「親父殿の遺言故、末森は譲るが努努忘れるなよ勘十郎。敵は今川だ」
そう言うと信長は立ち上がる。弟信勝に末森を譲ると言う事が、尾張と三河との接地で有る愛知郡まで完全に今川寄りになると理解しつつも。
*尾張クソ適当たぶんこんな感じ勢力図
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◇他勢力
葉栗・中島・丹羽・春日井一部・知多
◉織田三郎信長
海西・海東・春日井一部
◎織田孫三郎信光
春日井一部
◯織田勘十郎信勝+今川寄り勢力
愛知
勝三と勝介は信長が足を鳴らして末森の廊下を進むのに着いて行く。那古野に帰る前に信長が兄弟の顔を見ておきたいと言った故だった。
「皆いるか」
信長が襖を開ければ兄弟達が集まっていた。各々が武装を解いている途中である。
「驚いたぞ三郎、災難だったな。葬儀の事は訝しんだが俺も騙されたよ」
信長と同年の異母兄弟、織田喜蔵秀俊がそう言って出迎えた。今は亡き犬山の織田信康の養子になった兄弟だが、信秀の葬儀をすると土田御前に呼ばれ犬山から帰って来ていたのである。
「全くだ喜蔵、そんな訳で当分此処には来たくないからな。顔を見に来た」
「兄上、それならば私を連れて行ってください」
中世的な声で言って立ち上がるビビるくらいのちっこい美人、気品という言葉は彼の為にこそあるのだろう美しさで正直女に見える。
「喜六郎か……」
ジーと見る。
「兄上、私の顔にに何か?」
「いや、なんでもない」
信長は首を振ってから一瞬、振り帰って勝三を見てからボソっと。
「勝三と喜六郎は本当に同い年か?」
呟いた。さておき、信長は弟の言葉にニヨニヨしながら。
「うむ、頼もしいな」
「三郎様、喜六郎様が行かれるなら私も連れて行って頂きたく」
「彦七郎もか。うむ、嬉しいものだな。だが二人共、元服もしていないだろう?」
「それは……はい」
「うむ、なれば今は鍛え数年後に力を貸してくれ」
「はい!」
ショボンとした後にパァと笑顔を浮かべた異母弟を撫でながら信長は他の弟にも笑顔を向けて。
「無論、皆もな」
皆が嬉しそうに頷いた。信長の元に来る予定の兄弟達を勝介と勝三が確認してから帰還の準備等を纏める。
「よし、ではな皆。妹達にも顔を見せておくか」
信長が言えば兄弟達が見送りに着いて行く。勝介も勝三も信長の護衛として歩くが世間話をしながらだった。
「勝三殿は私と同い年なのですか。逞しい体躯で御座いますね」
「照れてしまいます喜六郎様。父母に貰った此の身は自慢に御座います。賭して敵を薙ぎ払う所存に御座いますれば」
「ハッハッハ頼もしい息子だな勝介」
「は、自慢の子に御座います」
んな感じで。
姫君の住まう館へ通づる渡り廊下をゾロゾロと進み奥へ。勝介と勝三が部屋の前で気配を察して信長と兄弟を背にするべく一歩。
唐突にパァンと襖が開けば女児が頭。
勝三はデジャブと共に察しながら、後の世の代物で例えれば魚雷の様に突っ込んで来る彼女を怪我させぬ様に備える。
そんな勝三の鳩尾に頭がメリ込んだ。
「ウヴォァァァァァァァァァ…………」
9999。女児、ツエェェェェェェ!!
最終幻想、ニョジニョル・トツゲキー。
クリティカルダメージに巨木が崩れる様に倒れる勝三。なんてーか『ああ、またか』みたいな顔で状況を見守る信長一行。
倒れた勝三の上にて起き上がり太陽の様に明るくニッパリと笑う女児。
「よく来たな兄上、鬼夜叉、勝介!!」
やってる事がアレだが齢六つにして既に息を飲む様な美しさを持つ女児だ。大きな瞳に小さな鼻で黒曜石の様な艶やかかつ真っ黒な髪に白玉さえ霞む白い肌。
織田信秀五女、信長の同母妹。織田於市と言えば聞いた事はあるだろうと思う。
「大きいのが二人いると聞いて、いると思っていたぞ鬼夜叉!また大きくなりおって、早く背負え!!」
超絶キャッキャ燥ぐ市に信長は上機嫌に笑う。
「ハッハッハ。市、お前は相変わらず活発だな、それと鬼夜叉は元服して勝三で有るぞフフフ」
「誠ですか兄上!」
「うむ、その通りよ」
「おお、御目出度う鬼夜叉。さぁ、背負え!」
「ハッハッハッハ、ヒーッヒッヒヒ!」
信長が腹ネジ切れるほどに笑い、勝三は元服した為に主君の妹をどうすれば良いか分からず、勝介や信長の兄弟達は苦笑いを浮かべたり燥いだり。
兄弟姉妹と語らい上機嫌に那古野へ帰った信長に山口教継謀反の報せが届いた。
天文二十一年、四月の事である。