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ブイーーーーーーーン

ポイント・ブクマ・誤字報告、有難う御座います。


暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。


いいねってのに前回気付いたんですが何かメッチャ来ててウオ?!ってなりました。ありがとう御座います。コッチも励みになります。

 燧ヶ城の抑えに勝三が拵えた南陣地とは真反対側、日野川を垂直に挟む様な形で堀と盛土と柵の北陣地があった。


 この北陣地は丹羽家が拵えた朝倉家の本軍を抑える為の防衛線である。既に将兵の集中力が切れやすい朝焼けも迫ろう頃だが丹羽家家臣の老将たる小笠原(上田)弥右衛門尉重氏は眠気を感じさせ無い目で篝火の向こうの暗闇を睨んでいた。何かが動いた気がし説明しようのない感覚が湧いたのだ。


「儂も歳じゃな。甚左衛門(上田重元)!すまんがよく見えん。あの辺り何ぞ動いとるように見えんか?!」


「あーちょっと待って下さい父上」


 眠気眼だが父親の戦歴と今までの経験から万一を考え息子が父の指先に目を凝らす。


「……あれは確かに——」


 そう呟いたと同時、法螺の音。


「敵襲じゃああああああああッ!!!」


 小笠原(上田)弥右衛門尉重氏が叫べば鐘がガンガンと響く。ゆっくりと悪臭が敵の呵成と共に風に乗って叩きつけられる。そして日野川が逆流したかの様な兵の津波がジワジワと押し寄せてきた。


「起きろォッ鉄砲隊、距離はあるが急げ!」


 父が敵勢を見定めながら得物を中間より受け取る横で 小笠原(上田)甚左衛門重元が跳ね起きてきた鉄砲隊を急かす。鉄砲衆の寝起き故の些細な手違いを怒鳴って余計慌てされるよりはと父と共に迫る敵に目を向けた。そして経験と常識に鼻の曲がる様な匂いに顔を顰めて。


「初撃であろうに。朝倉はなぜ夜襲で法螺を鳴らした?しかしこの匂い、兵が多いのは分かるが。これでは戦の素人では無いか」


 例えば多少の声なら分かる。それは攻撃命令の必要性から仕方ない。だが戦場に響く法螺まで鳴らせば気付かれて当然だ。何より匂いが酷すぎて隠れてる意味がないのは相当。


 夜襲の常道としては最初の一撃を敵に当てるまでは出来うる限り気付かれない事が重要である。少なくとも弓鉄砲の用意が出来るどころか数発は叩き込める距離で敵に気付かれても構わない様な用兵はおかしい。初めて戦う相手ならばともかく何度も戦った相手にする様な行いでは無いだろう。


「……これは、まさか。尋常ではない数で攻めてきた?まぁ良い」


 そう言って一度だけ鉄砲衆の方に視線を向けて。


「鉄砲隊ッ、一斉射の後は玉込めを終えた者から放つのだ!!」


 そしてまた正面を向きギョッとした。


「何だ此の数は!!」


 薄く明るくなった日野川を挟む山間を人が埋めていた。しかも御貸し槍どころか鍬や鎌を持った者さえいる。軍役衆やら雑兵でさえ無い様な連中。


「何だアレは」


 朝倉家の軍勢は全体的に兵として品があるのだ。それは越前国は元より御十万石の上国で長い間、敦賀と三国湊の財を得ており朝倉家の統治で繁栄していた。雑兵とて一端の装備を揃え軍役衆に至っては武芸を習う。


 が、目の前のは違う。掻き集められた農民の類が同調圧力で嫌々立ってる様に見える。朝倉家の兵ならば逆に故郷の為に士気が高い筈なのだ。違和感は拭えない。


 拭えないが。


「弓衆、放てーーー!!!」


 射程圏内に入ってノロノロ進む敵の愚かさを見逃す程の物ではない。ちょうど計ったように朝日が顔を出すと共に戦が始まった。日野川の先にある湯尾峠で朝日に照らされて旗が翻る。


「なっ?!そう言う事か……。どう言うつもりだ本願寺め!!」


 九条下がり藤の家紋と僧兵を見て 小笠原(上田)甚左衛門重元は怒号をあげた。






  小笠原(上田)甚左衛門重元の視線の先。湯尾峠には陣営が築かれており、その麓には凡そ一万程の軍勢が横陣を敷いて犇いていた。本願寺のイかれた(破門覚悟の)メンバーを紹介しようと思う。


 東から順に。


 第一陣。人望ゼロ、マジでゼロ。驕慢と軽慢を絵に描いた様な面の僧兵、一応は加州(加賀)大将だけど今にも交代の危機、七里三河守頼周。デップリお腹に服装はモロ僧兵。


「運のいい事だ鏑木め。陣が隣り合わせにできれば夜討ちができたろうに。まぁ今は仏敵織田の殲滅よな」


 第二陣。割と人望ある出向組。この場にいる唯一の仏、屈強な肉体に人好きのする好相でザ穏和坊主と言った見た目、下間正善頼純。大鎧にケツアゴ逆三角形。


「さて、この戦が終わったら上杉と話をつけなあかんね。朝倉に利するだけやし適当な所で退きたいんやけど。まぁ弱り過ぎても困るし面子もあるやろし困ったわぁ……」


 第三陣。加賀の有力国人。七里三河守頼周ダイキライ。最近本願寺と関わるのが面倒になって来た鏑木右衛門尉信頼。絵面は槍持った純度百の武士。


「何とも面倒な事だ。わざわざ越前に出ねばならんとは。挙句に七里の屑と靴輪を並べるなど皮肉も良いところよ」


 第四陣。越前本願寺の頭。ぶっちゃけ言いなり過ぎて自己嫌悪。朝倉家にボコられ本願寺と朝倉の和睦により漸く戻って来れた超勝寺顕祐教芳。華奢な体に豪奢な大鎧に堺筒を握る。


「不愉快な。朝倉の為に戦うなど。上方のボンボンには人の心が無いのだな」


 恐ろしい事に全体的なノリがコレだ。今の加賀を中心に越中飛騨越前に渡る本願寺北陸一向一揆はクソめんどくせぇ事になってた。正に奇跡の様な均衡で成り立っている。


 先ず本願寺の常で出向組と地元組がいる。そして出向組は古参と新参がおり一応は反織田派で固まっていた。対して地元組は地元及び自分達の大勢の守勢派と小勢の攻勢派で分かれていた。だが此の状況を一本化させる人物と神輿がいたのだ。


 そう神輿。それは本願寺教如光寿。自称法主を継ぐ者。


 本願寺顕如光佐マジで泣くよコレ。余裕があるうちに降伏譲歩して矛先を逸らし、自身が門徒に不甲斐ないと思われる事で次代が動きやすくしたのにパー。そう余力を残したのは教如の為を思えばこそだってのに息子はその余力を用いて本願寺に止め刺そうとしてる。


 法主(パパ)的には蜘蛛の糸プリーズって感じだ。


 まぁ息子の本願寺教如光寿の思いも分からないでは無い。ガキだった頃からタイプは違うが心底スゲーと思っていた父の背を追っていた息子である。その父が勝てる戦を放棄した様に見えたのだから。


 本願寺教如光寿は矢弾尽き刀槍折れるまで戦い抜いて漸く納得出来るクチ。だが数年は戦える余力を残して、そう全力を出さず敗北した父を認められなかった。せめて自身は最後まで戦おうとしたのである。


 故に、自ら法主を名乗り神輿となった。


 そして此の若人を担ぎ上げ反信長の感情を持て余した者達を参集させられる男がいたのである。その才幹を持った僧侶を下間丹後法印頼総と言う齢三十ほどの僧侶だ。


 まぁエグい話逸れた。


 ともかく何か色々あって本願寺の大軍が唐突に織田家の前に現れたのである。


 それは当に濁流の様。


 水の代わりに人が押し寄せる悍ましき光景。


 酷い鉄の匂いがする。酷い汗の匂いがする。何より濃密な狂った祭りの様な濃密な狂気が酷く匂う。


 その様を端的に言えば何処か、そう祭りだ。


 狂った悍ましい祭り。


 良くも悪くも人は集まれば何でも出来る。最初は周りがやっているから嫌々だが集まったとしてもそれは変わらない。多少なりとも自発的に来たのなら効果は絶大だ。


 集まっている唯それだけで人は高揚できる。そして集まって皆で簡単な事を成せば大小の一体感を覚える物。そうして得た一体感は高揚した酔いに等しい。


 そこに一つ滴が落ちた様な誰とも知れぬ者の一言。それを垂らすだけで善悪さえ判別せず俺は私は儂は決めていないが皆がそう考えたと考える。そう皆が決めたと錯覚出来る。


 そう集団心理という酷い錯覚だ。皆が決めたから手伝う必要があると錯覚出来てしまう、皆がやっているから正しい事だと錯覚出来てしまう、皆が熱狂しているからやらなければならないと錯覚してしまう。自分の命を無為に消費し自分の縁者を地獄に叩き落とす行為でさえも。


「織田を殺せぇ!!冨樫の再来ぞ!!!」


「近江で殺された子の仇じゃぁ!!」


「仲間の仇討ちは門徒の誉よ!!」


「織田は富豪ぞ存分に落武者狩りダァ!!」


「仏罰を与えろ!俺たちの手によって!!」


 さて喚き声も聞こえるがどれだけの言葉が事実か。面倒なのは事実も多分に内包している事だろう。利益を求める者や栄誉を求める者が集い錯覚を吠え錯覚を補強して進む。


 まぁテンション上がってるだけで超人になった訳じゃないんで矢の雨が降り硝煙が立ち登れば。


「あ“あ”あ“ッあ”あ“俺の”腕あ“あ”あ“!!」


「仇は皆殺しジャアアアアアアア!!」


「ヒィィィイイイイ逃げろ退け!!」


「ゔぉおあ“があじゃ……ん」


「進めば極楽ぞ!!」


 何つーかこう普通に死ぬ。死ぬってか死んだ方がマシな状態になる。特に足とか腕とかパーンってなるとエグい。


 だが問題は先程まで友と呼んでいたそんな相手の惨状に気付けない事だろう。己の未来を足元に転がし踏み潰して有りもしない物を求めて前へ前へ。何と言うか酔って暗闇を進むのは危ない事だ。




「さて如何しましょうか。これは」


 丹羽五郎左衛門長秀は淡々と指示を下してから呟いた。戦場に落ちていた敵の首一つに一文と言う値を付けて全軍に割く賞与とし士気を留める。後は戦況を見つめていれば十二分だが故に思う。


 何コレ、と。


 朝倉家に関しては三好家と本願寺が和を取り持つ方向だった。と言うか三好家や本願寺を許した理由の中でも特に期待したのが和睦の簡便化だったのだ。織田家に有意な形での和議が畿内安定が必要不可欠だから。


 つか将軍が宙ぶらりんになった今のが当時より安定が必須である。まぁ今更本願寺を敵にするのはアレなんでどうこうとはならないのだが。と、まぁ政治的な話はさておきだ。


「勝三殿を相手に雑兵を集めるなど自刃の方が幾分マシな結果になるでしょうに」


 敵の夜襲を受け織田家は一挙に陣地替えを行っている。木下藤吉郎秀吉が燧ケ城に対する砦に入り勝三が本備を率い北陣地へ急行。これは朝倉本隊が迫った場合に備えて決めていた事だった。




 最東端に布陣する七里三河守頼周は適当に集めてそれらしい事を吹き込んだ雑兵が敵の柵へ殺到するのを眺めていたがふと異音を捉える。


「何の音……え」


 既に周囲は煌々と明るい。故に敵陣から日野川に沿って柵を迂回し敵が出て来たのは直ぐにわかった。自殺志願者のアホか何かの策かとは思ったが遠い故に意識の外においていたので有る。したら右から軍勢が現れて右に消えてったのだ。


 ブイーンって回る黒鉄の塊が先頭にビチャビチャビチャーって掻き分けて。兵の列の合間の血と屍の道が一直線に延びて一拍。ほんでまぁ無音が一転して蛮声が悲鳴に変わった。


 さて唐突だが牧羊犬と言うものを知っている事と思う。同時に彼等の仕事現場を見た事があるだろうか。ワンちゃんがモコモコの群れを的確に誘導して捌くほのぼのした絵面。


 七里三河守頼周の目にはそれと非常に似通った、しかし余りにも殺伐とした光景が迫っていた。心の底から願い来た者から周りに合わせて来た者まで数という利と勢いだけで戦っていた故に脆い兵達の背。驚天するほど巨大で凶悪で強力な鬼が急迫する。


「ヒィィィイイイイイイケエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!」


 退けと七里三河守頼周が魂の叫び。悲鳴と疑問を含んだ絶叫。責苦味わう地獄の亡者の様な表情の兵達の後ろ。


 真っ黒だ。


 青みがかった艶のある深い黒い馬、光を取り込む様な黒い鎧、何より無骨に重々しく輝く黒い鉄柱。ただ進むだけで人を踏み砕き人を殴り飛ばし人を人だった物に変えていく。そんな黒い塊が双眸だけを爛々と光らせてる。


 そう大鬼だ。


 大鬼の形をした死だ。


 天災にも比肩し得る黒い死の塊だ。


 七里三河守頼周を真っ直ぐに見つめて来る。


「ド、けェーーーーーーーーーーーッ!!」


 堪らない。堪らなく今此の状況から脱したかった。腹心さえ轢き殺して逃げる。


 軍大将さえこうも狂乱しては終わりだろう。


 多勢の混乱とは波及するものだ。軍勢が指揮崩壊を起こして味方の居る安全地帯に逃げ込んで、逃げ込まれた側が乱されて諸共に崩れるなんて事もある。正に今それが起きた。


 七転八倒の棄甲曳兵、無為無策に走って詰まる。


 撃滅、燼滅、殲滅。後はだいたいそんな感じだった。退路は狭く逃げ道も、勢いも、何もかも無いのだから何もかも失うのだ。尚、エグいほど兜首を得た勝三のコメントは。


「湯に入りたい……」


 であった。


 返り血エグかったからね、うん。


 金砕棒をヘリコプターのローターみたいに回して馬に当たらない様に、そう扇風機みたいにして血をベ◯ブレードしてたから。


 火災旋風ってあるけどアレ人肉でやってた。


 鬼以外の何者でもねーよコイツ。




 今庄から越前の福井平野へ向かうのには湯尾と言う場所を通る。湯尾も今庄と同じく山間のちょっと広い地で、通じる道も日野川に沿った細道だ。今庄の南から見れば胃の様で縦長の漏斗の様な形状で東に捻じ曲がる道、それが帰路になる。


 その帰路を櫓の上で眺めていた真柄十郎左衛門直隆は何とも言えない表情だった。


「父上、本願寺の連中は何がしたかったのでしょうか……」


 似た様な何とも言えない表情の息子が呆れた様に問うた。


「本願寺の常套手段を使わざるべき時に使った。それだけだろう」


「……えぇ」


 そんなアホ居る?って息子の反応も大いに頷ける。数は力だがそれにしてもだ。


 知らなかったのは分かるがよりによって混乱し易い雑兵を前面に配置し、それだけならまだしも本体まで死地に入るとか自殺願望でもあるんじゃ無いかって話。


 そこでふと考えた。


「さて意図がわからん。左衛門督(朝倉義景)様が布石の為に生臭供を言いくるめたか。織田殿は侮って良い相手ではあるまいに坊主が数に驕ったか」


「本願寺は兵と金を持っていますから有りそうですね。しかし父上、だとすれば援軍は望めなくなります。私達は此処で牽制を続けていれば良いのですか?」


「申しつけられた通り合図を待て。それまでは牽制が務め。我等は杭と思え」


「は、父上」




 その頃、紀伊国(和歌山県)鷲ノ森本願寺。


 そこには仏がいらっしゃった。


 正確に言うと仏っぽい人。


「ホンマなんやね……?」


 彼は穏やかに問う。


 一方で。


「門主、申し訳御座いません!左衛門督殿に何とか逃がして頂いた次第で……」


 下間正秀頼資が嫡男の下間正善頼純と供に禿頭を下げた。目の前には門主たる仏っぽい本願寺顕如光佐にだ。門主は肯定の言葉に世界が不安に包まれるだろう表情となる。


 が、その顔が憤怒に彩られ。


「破門ヤアアアアアアアアアアアアッ!!」


 パパ(顕如)ガチギレした。若山城に直ぐ連絡が行き出陣を控えた信長の元へ顕如自ら馬に乗り急いだ。尚、その行列には嘘みたいな早さで輿が追従している。


 中には般若が座していた。


 如春尼ってんだけど。


 オカンもガチキレ。


 近江国(滋賀県)八王子城では信長が甲冑姿で軍議を開いていた。一万五千の軍勢を動かし前軍が敵を留めている所に攻撃をする為にだ。


「五郎左、勝三、藤吉郎が今庄までは取っている。杉津と各街道を用いて補給は有るが其処が限界だろう。故に糧秣の類を勘案せずとも良い海を行こうと思う」


 馬車限界と言う概念が有る。早い話が兵糧を運ぶ人馬も飯が必要で、故に補給拠点を置かねば碌に武器兵糧を運べねぇって話だ。だから割と楽になる水運使って敵のケツ蹴りっ飛ばそうぜって案だった。


「角船で御座いますね?」


「その通りだ婿殿。武藤弥平兵衛(舜秀)に船を造らせた。敦賀の川舟座や河野屋座の協力の元な。アレを見せられた途端に協力的になったのだから目敏い者だ」


「商人でアレの価値が分からん者はおらんでしょう。況してや敦賀の者達は唐や朝鮮との往来もある。と、父の受け売りですが」


 居並ぶ武将の中で三雲新左衛門尉成持が答えて見せる。彼は三雲対馬守定持が老衰で亡くなり次代としてこの場にいた。信長は家中安定の為に快く受け答えまた幕政補佐で頼った老人を思い起こし。


「そうか対馬守(三雲定持)も言っていたか」


 この場にいるのは柴田権六勝家、岸勘解由信周、西美濃四人衆、元六角家家臣団。彼等に状況説明と進軍経路の割り振りを通達し、意見具申を聞いた上で多少の作戦変更を行なった。


「では明日、俺達は明日明朝に出立する。今日行く者は気をつけて行け」


 家臣達が応と答えて出陣式を行い解散し信長は兵の様子を見廻ってから自室に戻った。胴丸だけは脱ぐが籠手や具足はそのままに進軍経路の確認等を改めて行なう。


「御屋形様、お伝えしたき儀が御座います」


「どうした久太郎(堀秀政)


「その……」


 音も無く現れるが、しかし信長に気を使わせない立ち回りを平然と行う堀久太郎秀政が言い淀んだ事に違和感を覚えた信長は地図へ向けていた視線を上げた。


「ンアタシだよッッッ!!!」


 それと同時に何かスゲーの来た。全く違うんだけど、こう所謂スケバンみてーな雰囲気の女性が腕組んで立ってる。廊下で控えてた堀久太郎秀政は凄い困った顔してるマジで。てか横にいる凄いテンションの女性は何故か腕組んで踏ん反り帰ってる。


 一応、勘違いしてほしく無いのは服装はちゃんとしてる。年齢は五十前後で肝っ玉カーチャンの類を絵に描いた様な勢い。信長は若干の疲労を滲ませた顔で。


妙向(妙向尼)殿か。一体如何した戦の前だぞ。と言うか何故ここに?」


「お願いがあるんで馬使ってすっ飛んできたんですよ御屋形様!!」


「うん。話聞くからそこ(廊下)で腰を下ろすな妙向(妙向尼)殿。久太郎(堀秀政)、酒と何か摘むものを」


「は、はは!」


 これ幸いって顔で逃げる堀久太郎秀政。信長は座布団を出す。


「入るが良い妙向(妙向尼)殿」


「失礼しますよ御屋形様!!さてお忙しい中で申し訳ないのですがね!!本願寺の門主様と会って頂きたいんですよ!!」


「えぇ……」


 信長はドン引きした。だが目の前の女性はアホでは無い。そして何より忠臣の妻である。


 故に信長は自分以上にせっかちな尼に問う。


「本題は分かったが何がどうなって急に?」


「私も良く聞いてないんですが随分と不味い事になったみたいでしてね!!何せ門主様自らがいらっしゃって御屋形様と顔を繋いでくれって頼まれたんですよ!!加賀の事だって言えば良いって仰られましたね!!」


「加賀……。良いだろう何時の話だ?」


「今!!」


「い、ま?」


「今です!!」


「え、待て。妙向(妙向尼)殿、何処に居るんだ門主は」


本福寺(近所の寺)に」


「え、えぇ……」


 今は亡き腹心の森三左衛門可成の妻たる妙向尼の懇願によって本願寺顕如光佐は信長と面会した。


 ……懇願ってか半ばゴリ押しだねコレね。


 半刻(約一時間)の後に八王子城の会所で会うよう通達したが対面所での面会を申し出た本願寺顕如光佐が現れた。ただの入室が本地垂迹の様な後光さえ発する様で信長は警戒を保って相対する。雰囲気が異常なまでにらしいだけで海千山千を生き抜く人である事は違いないのだから。


「夜分にすんまへん右近衛大将はん」


「構わん門主殿。それで?」


 こう、気分的な話だがスッと後光が消える。


「えろうスンマセンシタぁ!!!」


 下げられた禿頭に天井を見上げる信長は何かもう疲れた。神々しく唯ならぬ雰囲気からこれは落差ひどいって。それも策の内だろうと理解しつつ。


「何を謝っているのか聞かせて頂こう」


「バカ息子が加賀で挙兵しよりました!!勝手に法主を名乗り朝倉に手を貸したと!!」


 信長はもう顔もろとも完全に上を見上げた。


「此度の事を起こした者は破門、息子は義絶致します。法主の地位は別の者に継がせます故どうか御寛恕を!!」


 信長は困った。困ったがしかし今の状況で本願寺を窮鼠にするのは避けたい。また同時に未だ侮れない力を保つ本願寺の力を弱体化させる好機ではある。


「無礼を承知でちょっと良いですかね。御屋形様」


 黙した信長に妙向尼が割って入った。信長がこれ幸いと、しかしそれを表に出さず淡々。


「何だ?」


「加賀一帯は兎も角、畿内の寺の方は見逃してくれませんかね?何せ御屋形様は今世の主君で門主様は来世の救い主。あんまり酷い事はしないで欲しいんですよ」


「ふむ……。それは、いやしかし、妙向(妙向尼)殿が言うのなら」


 信長は悩んだ風に見せる。しかし意図は如何あれとても良い補助を得たとほくそ笑んだ。


「うむ、仕方ないな。石山の事も鑑み畿内全ての寺社で刀浚へで手を打とう。寺領高に応じて刀槍の鋼を織田家に納めるように。これで禁教及び責任者の自刃は免除とする。尚、従わぬ末寺は加賀に加担したと見なせ」


 これは選別だ。武器を供出する寺は穏健派の本願寺顕如光佐に従うと言う事だ。信長も憂いを取り払えるし本願寺顕如光佐も組織の状況を浮き彫りにできる。


 支持率は下がるだろうが加賀で富樫加賀介政親の弾圧を笑ってしまえる細川右京大夫晴元を更に超えた法難が迫るだろう。何せ織田家はそれ以上の戦力を有し本願寺は既に石山を割譲しているのだから。


 故に本願寺家光佐は安堵と共に。


「忝う御座います」

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