前回のはノーカン 誰が何と言おうとノーカン
感想・ポイント・ブクマ・誤字報告ありがとう御座います。
を得ない及び延々に関しては修正箇所がとんでもなさそうなので申し訳ありませんが霜台と同じ形にします。
また今回は見難い地図があります。
それでも良いよって方は暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
その日、織田家に激震が走った。織田家の借款状が売られる珍事が起き公家が日記を書き記し幾つかの寺社が祈祷を行う。狂乱と騒乱が波及し大混乱が起きそうになった。
ま、昼には収まったけど。
そんな騒動のあった数日前の事、厳密にいうとあの凄い空気の翌々日。
「その、丹羽様。いったい内藤様は如何なさったので?」
木下筑前守秀吉は問えば丹羽五郎左衛門長秀も同じ者を見ながら困った様に口を開く。
「真柄と相当の激戦を繰り広げたとは聞きましたが。おそらく仇を討ち損ねたからでしょうか」
二人して見てるのは今までにないくらい小ちゃい勝三である。なんかシュン……としてて与三に石突きでツンツンされるが儘だ。そのツンツンしてる与三が溜息を一つ漏らして二人の前に。
「申し訳ありません。勝三は真柄殿との戦いで不覚を取ったらしくて」
「内藤様が??!!!」
声を発したのは木下筑前守秀吉。だが丹羽五郎左衛門長秀もアングリと口開けて愕然としていた。てか驚いてない人間のが少ない。
勝三が大きく長嘆息を漏らして。
「抜かりました。城一つ落とせず面目次第もございません。指揮は五郎左衛門様にお任せしても?」
「いや、私は万を超える指揮は如何にも。総大将は勝三殿か藤吉郎殿にお願いしたい」
丹羽五郎左衛門長秀はそう言って辞退する。先遣隊は内藤家五千、丹羽家四千、木下家千で三家合わせて一万。出来ない訳では無いが自身より能力が有ると信頼できる者がいれば譲るのは当然だ。
この感覚をこうだと伝えるのは難しい。て訳でナンセンスな例えをさせて貰う。丹羽五郎左衛門長秀の知る中で最も軍の統率能力が高いのは信長だ。そんな主君を百とすれば勝三が九十五前後で木下藤吉郎秀吉が九十少々で自身は七十から八十少々と見ていた。
この状況で大将になりたがるのは余程の野心家か余程の理由があるか良くも悪くもバカで有る。少なくとも余裕のある丹羽五郎左衛門長秀は万を超える将軍の功績と責任の天秤を鑑みれば遠慮したかった。まぁンなカスみたいな話を脇に置いて自分より優れていると認めることの出来、更に自分の家臣から自分の命まで預けられる優れた相手がいるのだ。
そう、良い意味でノ◯ヤボ的な考えが出来るのであれば当然。そうで無くとも年功序列を無視して大将を任せられる様な縁故、実績、才能、人格を持った脳筋がいる。また脳筋が辞退しても将官として経験を積ませるに足る年下の木下藤吉郎秀吉もいた。
「丹羽様が辞退なさるなら内藤様が指揮を取るのが筋でしょう。ワシの方は兵が少な過ぎて与力の方々が納得せんでしょうから。ワシなぞ己の指揮より内藤様が指揮してくださった方が安堵できます」
木下藤吉郎秀吉は丹後国三郡を治めていた。
そう過去形で有る。義昭の挙兵に合わせて反織田として立った国人全員ボコって丹後を抑えたのだ。丹羽五郎左衛門長秀などもそうだが国力や兵力的に今回の派兵は非常に困難だった。それでも本人と兵を確り連れてくるあたりは天才で有るがそれが限度。
まぁ何度かの指揮権譲渡合戦が起きて勝三が指揮を取る事になった。
「じゃあ燧ヶ城を先ず落としましょう。それで今庄に入り丹羽様は北の湯尾城から、木下殿は東の大鶴目の砦から来るだろう敵に備えて頂けますか?」
「勝三殿が湯尾城ではなく私ですか?」
丹羽五郎左衛門長秀が首を傾げて問えば勝三は頷き。
「申し訳ないのですが一番敵が来るでしょうから余力と兵力を鑑みてお願いしたい。場合によっては朝倉家本隊も来かねないので陣地構築も頼みたいのです。築城の名人に陣営を拵えて貰えれば安堵出来ますから」
木下筑前守秀吉が片眉を上げた。
「そう言えば朝倉の本隊、遅いですな。兵を集めているにしても遅過ぎる」
その指摘は正しい。勝三も違和感を覚えたところだ。事実、堤を破壊して即座に攻略へ移らなかったのは凹んでいたからでは無い。先ず道理として水が引くのを待ち戦理として暗闇の中で挟撃を受ける事を不安視したからである。
「そこは私も気になっています。義景が入った茶臼山城は此処まで一刻ほどの位置だそうです。とすれば時間がかかっても二刻もあれば着く距離、兵を集めるにしても此の山間の地で大兵を用いるとも思えませんし……」
木下筑前守秀吉は話を聞いてポンと手を叩いて。
「成る程、敵の動きが怪しいと。で有れば尚の事、沈着な丹羽様に北を守って頂きたいですな」
て、訳で。
「大筒、てぇーーーーーーーーーーー!!」
燧ヶ城攻略の先陣を任された岩越二郎高綱の号令が響くのは燧ヶ城の入口がある北、東西の新羅神社と観音堂へ兵を分けた新羅神社の方である。二郎が先鋒を担って攻城を行なっており背には勝三が控え時折援軍を送っていた。
置き楯の裏で二郎は野太刀を背負い太刀を佩いて馬の鬣を撫でながら社と言うには物々しい城の一部を眺める。
「大太刀使い、か。それも相当に長大な代物だ。俺とは違うな」
二郎は二刀流だ。大小二刀から始まり新田義貞に憧れ太刀二本、更に源行家を知り今では野太刀と太刀を用いる。それを扱えるだけの体躯を持つが長身に清涼感の有る顔は端麗である。切長だが穏やかな印象の目に最近生やしている綺麗に整えた口髭があり顎も細っそりしていた。
纏うのは岩越家伝来の四十二間筋兜と浅葱色の大鎧。まぁこれは甥っ子の岩越喜三郎高基がもうちょい身長伸びたら本家って事で譲る気の代物だ。何時もはもうちょい地味なのを着ていた。
ただ与三と一緒で内藤家副将として目立たなきゃいけないのだ。
「さて行こうか。破城槌!!」
門が大筒によって歪み相手の大太刀を背負う兵が弓を放ち鉄砲を撃つのを眺め下馬する。
そう言うと楯から身を出して前に。破城槌と言うか丸太を綱で運ぶ兵達も続き全員が走り出した。更に敵の弓鉄砲を牽制する為に猛烈な射撃と投石。
味方の援護の合間を縫った敵の反撃で脱落する者も居るが止まる事は無い。彼等の前で矢弾を払っていた次郎は脇に避ければ走った勢いのまま門に丸太が叩きつけられた。
「も一発だ!!それ!!」
号令に合わせ二撃目がゴン。
門扉がミシと悲鳴を上げた。
「まだまだもう一丁!!それ!!」
号令に合わせ三撃目がズン。
蝶番がキィと悲鳴を上げた。
「よくやった」
次郎が言うに合わせた様に扉が倒れる。
悠々と進んで一番乗りを果たした次郎。
その歩みを止める事なく二刀を振るう。
「取り敢えず弓鉄砲を潰せ!!」
声は張るが歩みは変わらず。まぁ十二分に早いが何処か悠々と弓鉄砲を握る者達の元へ向かい壁にそう。それは敵兵を撫で切りにしながら。
時折だが次郎に並ぶ様な大柄の武者が襲い掛かるが落ちる刃に野太刀を添えて逸らし太刀で斬りつける。
「強いな貴様ァッ何者じゃァッ!!!」
したら何かスゴいテンションのジジイきた。
相手の武器は普通に太刀だ。まぁ砦や城の戦いで金砕棒だの大身槍だの野太刀だのを使ってる方がおかしいんだけど。二郎は太刀を中断に野太刀を背に回し脇構え。
「内藤家浅井郡代官岩越二郎」
「儂ゃ燧ヶ城城主赤座但馬守よ。ふざけた構えをするな若造ォッ!!!」
赤座但馬守直則は上段。
突っ込んできた。
まぁだが何というか、そう普通の爺さんだ。
「キエェェェェエエエエエエエ、え?」
凄い声を発し全力で振り下ろした刃を太刀で受け止める。老人としては修練を怠ってない力強さがあった。でもまぁ片手で止められるくらいのものだっただけだ。
なんか顔真っ赤にして「フグググ」とか言いながら何とか太刀を下ろそうとしてるが微動だにしない。
まぁ、単純にデカくて強い。故に刀に勢いが乗る前に鍔で止められちゃったって言う話。
何か妙にコミカルだが即座に次の攻撃に気付く赤座但馬守直則。
野太刀を横薙ぎに振るい止めを刺そうとした事に気づいて後ろに飛ぶ。
しかも野太刀の長さを見ていたのか横薙ぎに対応して太刀を振るい防いでみせたた。
だが受け止めた故に動きが止まり次郎は太刀を振り下ろす。
ハッとした表情で全心全力、野太刀を押し返して太刀を受け止めた。
「お、重い……」
赤座但馬守直則が思わず弱音を。
二郎は太刀で押し潰さんばかり圧迫してとどめに野太刀を振るおうとし——。
敵の背中からの音に飛び退く。
味方のいない方向からの音という事で条件反射的にだ。
助太刀の可能性を鑑みれば当然だったが音を擬音表現すれば。
グギっつった。
「あ“あ”あ“あ”あ“ぁぁぁぁぁぁぁ……」
ヨロヨロと赤座但馬守直則が崩れ落ちていく。次郎がポカンとする前では腰を抑えて疼くまっていた。
凄い、こう見覚えがある。
次郎が如何しようか悩んでいると腰を抑えていた老人から何かモソモソ聞こえた。たぶん何か喋ってんだろうけど聞きに行くのも違うし。それに気付いたのだろうかチョイ大きめな声で。
「こ、ころせェ……と言うか、もういっそ殺してくれェ」
初めてされたよね。こんな懇願。
いや、殺してくれってのはあるよ?
何せ戦場では殺す必要が無い。そう敵の動きさえ止められれば十二分なので筋か急所半ばまで切れば良いものである。と言うか相手が覚悟ガン決まりの死兵でもなければ、乱戦で相手に確り止めを刺す様な攻撃をし隙を作る方が問題。故に戦いに決着が付けば敵味方問わず助からない者を介錯する。
だからまぁ介錯を懇願される事はあるけど何と言うか。
絵面酷くない?って言う。
戦い切ってないのに介錯すんのは何か不憫だし格好も腰押さえてケツ突き出した様な状態で滑稽っちゃ滑稽だけど武士の死際滑稽て最悪じゃん。
別の意味で武士の情け。
「ま、待たれい!!」
二郎が思考放棄して止めを刺そうと一歩進もうとしたら腰痛ジジイを若くした様なのが出てきた。
二郎は即座に構える。
正直もう面倒だった。
太刀の一振りを繰り出す。しかしギョッとしながらギッリギリで避けた相手は両手を突き出し。
「ちょッ!!?本当に待て!!!降伏するから降伏!!!!!」
二郎の表情は胡散臭そうな感じだ。まぁ正直言って今の状況で降伏とかされてもって感じではある。それを表情で察したか早口で。
「本当に降伏する!俺は赤座久兵衛と言う此の今庄の者だ。父上もこの通りだから如何しようも無い。と言うかここで降伏せねば一万もの兵が故郷で何するか分からん」
要は地元荒らされたら堪らんって話だ。とすれば良く分かる話である。それこそ思わず頷く程に。
「成る程、それは確かに」
故にそう言って頷く二郎にホッとした。
まぁ赤座家にしてみれば領地に大軍が入った時点で如何しようも無い。被害を抑える為にも降伏するのは当然だった。と言うか状況的に越前へ退く事も出来ないし降るしかない。
「真柄殿には申し訳ないがこうなった時点で如何しようも無いわ。腹を切るにも今庄が如何なるか見当もつかん」
そうショボくれた顔で言った。
「ま、待て久兵衛。儂が介錯を願っておるんじゃから邪魔するな。責は儂が負う……腰痛いし」
「腰痛は分かりますがソレで介錯願わないでくださいよ父上。てゆーか言わなきゃ格好よく腹切れるでしょうに」
「だって、も、腰が辛いんじァッ!!」
なんか余りにあんまりな感じで燧ヶ城の入り口は確保された。あと地味に今庄の通路としての有用性が上がったのは大きい。何せ赤座氏は今庄の国人だから顔が効く。
そう民にしてもさっきまで殺し合ってた織田家に力を持って脅され嫌々従うのと縁者に言われて従うの差はデカい。織田家的にはガッツリ敵対されて後方撹乱とかされたら兵糧運べねーしそうなると粗殺しにしなければならないのだ。まぁ鬱陶しい事は鬱陶しいだろうが嫌々でも従ってくれるんなら無駄な殺害とか劫掠の必要も無い。
て、感じで翌朝。
「じゃあ俺行くわ」
門を開き凄い軽いノリで手を挙げて金砕棒を担いで行こうとする勝三を二郎が如何しようも無いアホを見る目で見た。
「行くわじゃねぇだろ勝三。お前総大将だろうが」
「いや俺、正直決着付けたい。山の上にゃ真柄殿居るんだ。それに五郎左衛門様居るし良くね?」
「アホか。良くねーよ。まぁ気持ちは分かるけど」
勝三ももう三十万石を治める立場だ。しかも今なんかその場のノリだが丹羽家と木下家を麾下に置いてる状況だ。野戦とかならともかく攻城で突っ込むとか最早ギャグである。
まぁ状況によっちゃやるけどそりゃ稀有だ。
とは言え二人共に元は馬廻、側近ではあるが一兵士だった。組頭なら兵の先頭に立って敵に斬り込むのが本業まである。更に自身の備を持つ様になってさえ前線で戦って当然な突撃思考。武人気質で猛将気質である故に好敵手との決着を付けたい気持ちは十二分に分かる。
とは言え二郎は止めねばならないし勝三も大将の自覚はあった。
「決着はお預けかぁ。伊勢でもちょっと心残りだったんだよな。国司の爺様との戦い」
「それは何とも歯痒い」
圧、勝三が金砕棒を握り振り返り振るう。
開いた門より出て真柄十郎左衛門直隆が振り下ろした大太刀を受け止め金砕棒の金蛭物が一つ落ちた。
城からどんどんと兵が出てくる。
「どう言うこった!!?」
「おっと兄上の邪魔はさせん」
二郎が心情発露しつつ勝三に助太刀しようとするが真柄加介直澄に断たれた。
「で、真柄殿。なぜ今?」
勝三はさっきまでの自分の事を棚に上げて問うた。いや正確に言えば守将が攻撃に出る場合がどう言った状況下なのか分かっているが故にだ。
「待望の狼煙が見えましてな。遅い援軍と頼もしき援軍が参りましたので打って出るべきと」
「……ですよねぇ〜」
少し気になる物言いだが今すべきは真柄勢を押しとどめる事。要は燧ヶ城から救援の援軍が見えたのだ。今庄に入り込んだ織田家の退路を断てば磨り潰せる。
燧ヶ城より見た状況・北の城砦から狼煙あり
ーーーーーーーーー北ーーーーーーーーーー
山ーー山山山山山山山山山山山ーー◯ーーー
ーー山山山山山山山山〓〓〓山山ー◯ーーー
ー山山山山山山山山山山山山山山山◯ーーー
山山山山山山山山山◯◯◯山山山ー◯ーーー
山山山山山山山山◯ーー◯◯◯◯◯ーーー山
山山山山山山山◯ー山ーーーーーーー山山山
山山山山山ー◯ー山山山山山山山山山山山山
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山山山ーーーー◯ー山山山山山山山山山山山
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山山山山山山山ー◯ーー山山山ーーー◯ー山
山山山山山山ー◯ーー山山山山ーーー◯ー山
ーーーーーーーーーー南ーーーーーーーーー
◯河川
◉堤防跡・〓城郭・◆砦または出丸的な物
凸織田軍先鋒部隊だいたい千前後
状況:堤防跡辺りに陣取られると織田軍ヤバい
真柄十郎左衛門直隆は笑みを浮かべ大太刀を上段に構える。状況が揃った此の幸運に感謝して。
「昨日の情け無い一騎討ちを最後にはしたく無かった。内藤殿、付き合って頂く!!!」
ドっと跳ぶ、いや飛ぶ。
地を蜘蛛の巣状に砕き赤い唐の頭を伸ばし燦然と輝く刃の残光と共に。
勝三は八相、というか野球みたいに構え。
「それは……ッ!!!」
勝三の顔、獲物を見つけた獣の様、全身全霊、金砕棒を握り。
「俺もッスァああああああああ!!!!!」
金砕棒で宙に黒金の扇を描く。
……どっちもテンションやばい。まぁ、昨日の一騎討ちのオチがオチだったからね。テンション上げないと思い出しちゃってアレだから余計に。ウン。
ただまぁ恥じらいを消す為の気勢でも声相当に力込めた一撃は擦れば死ぬ。
勝三の生み出した金砕棒の黒扇を見た真柄十郎左衛門直隆は大太刀の銀扇で対抗した。
火花が炸裂して迸り閃光を生じて華やかな模様を広げるが扇描く黒鉄に傷は無く刃金も潰れない。
しかし互いに武器破壊と横槍を恐れて鍔迫り合いは起きずお互いに切り返して二合三合と交差させ大きく飛び退く。
「埒があきゃしねぇ!!」
「埒があかんな!!」
飛び退いた先、互いが即座に踏ん張って足を前に出し、そのまま飛び掛かり槍の様に刺突と打突。
二つの兜が吹き飛んで髪が巻き上がる。
真柄十郎左衛門直隆が顔の横を通った勝三の金砕棒を掴む。
勝三も遅れて対抗しようとするが刃を掴むのは無理だ。
「ヤッベ」
サっと青ざめ口を痙攣らせる勝三、笑う真柄十郎左衛門直隆。
「抜かりましたな」
その一言と共にグルリと回した手首に合わせて大太刀の刃が勝三の首に向く。
ゾっとする様な感覚に勝三は退く事もなく大太刀の鎬へと掌底を叩きこんだ。
真柄十郎左衛門直隆は足か手を少しズラすだけでついた筈の決着を逃し笑う。
「流石の剛力」
賞賛は咄嗟の判断で大太刀をカチあげたからでは無い。
握り奪おうと力込めた金砕棒が微動だにしなかった故。
「そりゃあ横着でしょ真柄殿」
勝三は首を狙うと同時に金砕棒を奪おうとした真柄十郎左衛門直隆を茶化す。
双方が笑う、嗤う、嘲笑う。
大太刀が勝三の頭目掛けて落ちた。
「面目ッ!!!」
それを勝三は金砕棒を両手で握り振り上げ弾く。
「次第もッ!!!」
だが弾いた刃はグルリと回って勝三の足を薙ぎ払わんと取って返した。
「御座いませんナァッ!!!!!」
勝三は掬い上げるように金砕棒で受け止めたがそのまま押される。
距離空き互いに正眼。
乱戦の喧騒など意にも返さず。
「意地張っちゃってもう」
「未だ未だ負けては居れませんので」
世間話のように一言。
衝突。
巨大な得物が巨大な体躯の全てを載せてぶつかる。
「オラァ……ッ!!!!」
勝三が速く、重く金砕棒を振る。その一合を弾き二合を逸らし三合を避けた。だが最後の一撃は囮。
「しまっ……!!」
真柄十郎左衛門直隆は即座に気付き視線を落とす。
自分の首元に勝三の大きな手が伸びていた。
鎧の立挙げを握り込んで離さない。
「ラァッ!!!」
勝三が掴んだ腕に体重をかけ同時に足を払う。
それは唐突に百貫の重りを担がされた所に軸足を蹴り飛ばされた様な状況だった。
柔道における足払いという技術。
「ヌう“!!!」
体重移動が間に合わず真柄十郎左衛門直隆の体勢が崩れる。
眼前の勝三は既に金砕棒を大きく振り上げていた。
このままでは終い故に我武者羅に振る。
「ダァッッッ!!!」
踏ん張りの効かない中で放った貧弱な一振り。
それは大地に刺さっていた刀に土を乗せて勝三の視界をたった。
視界を失うという愚に対する反射的な反応で勝三は振り下ろしながらも獲物の長さに任せて身を下げる。
それは真柄十郎左衛門直隆が地を転がり避けるには十二分な隙。
しかし勝三は強引に金砕棒を止めてみせた。
「しまッ!!」
死中を抜け僅か、ほんの一雫もない安堵を覚えていた真柄十郎左衛門直隆が後悔する。
勝三は身体を支点に金砕棒を短く握り小さく何よりも早く振った。
真柄十郎左衛門直隆の腹を打つ。
「グッ……ヌオ!?」
そして真柄十郎左衛門直隆の巨体が浮いた。
勝三は即座に金砕棒を槍をしごく様にスライドさせ柄の縁と長覆輪の部分の半ばを握る。
崩れる真柄十郎左衛門直隆を双眸が見据え。
「シッ!!」
カッと体勢を持ち直そうとした真柄十郎左衛門直隆の顎を守る面具を金砕棒が小突いた。
「ガっ……ア!」
そもそも顎なんぞに一撃を喰らえば大抵は死ぬ物である。
頑強な肉体がそれを防いでも脳震盪はどうしようもない。
一瞬の隙は生死を賭けた死合いの中では死に相当する物。
「フゥーーーーーッ」
勝三がいつの間にか止まっていた呼吸を再開させる。
同時に真柄十郎左衛門直隆が、真柄十郎左衛門という武神がズンと片膝を突く。
それは二日前の事があっても朝倉家には激震だった。
激昂する者、狼狽する者、真柄衆および力士隊の豪傑達が思わず動きを止める。
織田家にしても互いに認め合い命を賭していた猛者達。
故に朝倉家どころか織田家さえ動きを止め真柄十郎左衛門直隆へ視線を向けた。
だがしかし勝三に酌量する余地も余裕も寸分とて無い。
「ダァラァッ!!!!!!!!!!!!!」
だからそりゃもう思いっ切り蹴飛ばす。
マジのガチの手抜きなしで顔面いった。
「オッッッラァッ!!!!!!」
威力もヤバい。
普通なら死ぬ。
「ガフッ......」
呻き声を残し真柄十郎左衛門直隆は五間ばかりブチ飛ぶ。
勝三が金砕棒を尚強く握り止めを刺そうと飛び掛かった。
「コレでッ終いッ——!!」
振り下ろす。
「ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
が、突如として真柄十郎左衛門直隆が跳ね飛ぶ様に立ち上がった。
気迫による錯覚か勝三さえ見下ろし全身を黒く染め二つの眼光のみ燦然と勝三を貫く。
更に条理を踏み躙り身体を鳴動させて経験を元にし大太刀が一線。
勝三は唐突に囂々と立ち昇った気炎に飲まれ手が緩み金砕棒の軌道を逸らされてしう。
真柄十郎左衛門直隆のすぐ横の地面を炸裂させるだけに終わった。
「チィ……ッ!!!」
勝三は舌打ち一つ瞬く間に動きを止めて此方を向く大太刀の切先を見る。
地面と並行の刃の刺突が迫った。
緩んだ力を込め直し地に落ちる金砕棒を急停止させ手を捻り釣り上げる。
金砕棒を直立させ刃を逸らした。
真柄十郎左衛門直隆が両手で大太刀を握るに合わせ勝三も金砕棒を握る。
「起床早すぎませんか真柄殿......ッ」
「自分でも驚きですよ内藤殿......ッ」
一瞬の拮抗が生まれた。その拮抗から先手を取ったのは真柄十郎左衛門直隆。金砕棒を絡めるように横へ弾き身を低くしながら大太刀を手元に戻し伸び切った勝三を袈裟斬りにしようと大太刀を落とす。
勝三は反射的に横っ飛びで距離を取るが真柄十郎左衛門直隆は勝三を追うと言うよりは、その動きに合わせた様に足を軸にして腰に大太刀を固定し身体ごと回転させた横薙ぎ。
「うおっ?!」
勝三は間髪無い追撃にギョッとしながらも真柄十郎左衛門直隆が低く構えていたが故に着地後間髪入れず飛び跳ねた。
草履の下に銀の扇。
それが消えて地に片足が付けば勝三は金砕棒を振り落とすが悠々と避けられる。
「……ッ!!」
一呼吸入れた勝三が顔を顰め真柄十郎左衛門直隆が眼光を光らせ銀と黒とが幾重と火花を散らす。
時に大太刀と金砕棒の隙を縫う様に常人を一撃で殺し得る蹴りや殴打が挟まれる。
演武か何かの様な錯覚を覚える殺し合いの極地だ。
永遠と錯覚する連撃に連撃を重ねたその応酬が互いの大振りな一撃にて止まった。
どれほど戦ったか鍔と金蛭巻の交差地点へ日が沈み辺りは夕闇が迫っている状況に漸く気づいた。
「……真柄殿お預けにしませんか決着」
「そうですな内藤殿……」
そう言ってお互いに武器を下げる。周りの乱戦は非常に小規模で緩慢。化け物に付いて来れる者は精鋭の中でも一握り。
その一握りさえゼヒュゼヒュいっている。
とは言え漸く周りに目を向け其れ等を見た勝三や真柄十郎左衛門直隆も己の酷い疲労感に気付いて大きく息を吐いた。
「真柄殿。四半刻ばかり手出し無用で如何か。此処はお返しする」
「そうしよう。腹が減った」
戦いなど延々に続けられる物では無い。故に戦いが長引けば仕切り直しは良くある事だ。まぁ、でなくとも今みたいに互いにヘロヘロだと追撃とかの余裕も無い。
互いの副将が撤収と声を張る。
「まぁコレはコレで良いか」
次郎の掛け声を邪魔しない程度の呟く様な声量で勝三は言った。今目の前にいるのは敬うべき同輩だった敬ってくれる若人の父の仇。だが勝敗は兵家の常で非常に武人らしい人物であったのだ。
故にだろうが如何にも惜しいと考えていた。見栄をはって華々しく散ってこその武士で武人。だが領地経営者的に言えば自身と同等の能力を持つ有能実直な男は是非にも欲しい。
故につい。
「真柄殿、朝倉家との戦が終わったら城一つと三万石でウチに来ませんか」
真柄十郎左衛門直隆は固まった。その顔は困惑、っていうか「えぇ……」みたいな。呆れというのが正しいだろう表情。
それにアレだ。何というか。
「内藤殿、私にも義理が御座います。それに左衛門督殿は未だ負けてはおりませんぞ」
勝った気でいるのは頂けない。何せ取りたく無いが取らざるをえなかった秘策もあるのだから。狼煙が上がってから酷く遅いがそれでもだ。
真柄十郎左衛門直隆の覚える当然の不満に勝三はヤベッって顔して。
「失礼、本当に礼を失しました」
そう言って頭を下げ詫びる。真柄十郎左衛門直隆はヤレヤレと言わんばかり溜息一つ。年長者とは小言を添えたくなる物であるがそれを飲み込んで大太刀を曲抜きで仕舞い。
「気になさるな。では失礼する」
そう一言残して撤収した。
燧ヶ城強攻は失敗。まぁ強攻なんて一発で成功する方がおかしい。攻囲する程の余裕も無いので勝三は包囲する事にした。
「皆んな!!曲がり鋤は持ったか!!」
勝三がスコップ持って叫べばむくつけき精鋭達が応と答えた。そして燧ヶ城の入り口たる新羅神社と観音堂を囲う様に堀を掘る。勝三が進めば大地に土の大波が翻った。
それと言うのも丹羽五郎左衛門長秀より伝えられた状況に対応するためだ。ありえねぇくらい敵が来る為に丹羽軍の背と日野川の物資輸送を守らなければない。要は注力すべき事が城攻めから敵の増援へと変わったのだ。
しかし今庄は既に人でギチギチ。正確に言うと人と馬と牛と物資で土地という土地が埋め尽くされていた。日野川は浅いのでアレだが小規模でも曳舟道や水運が使える。故に燧ヶ城を落とすのは難しいと見て包囲用兼物資集積用の拠点を作っていた。
まぁ苦肉の策ってやつだ。
「あーあ昨日のが最後の好機だったろうな。一騎討ちで決着を付けたかったけどしゃーねーか」
と勝三はスコップで土の波を発生させながらボヤいた。悪いこっちゃ無いんだけど土掘りする立場でも無くない?とは周囲の兵達の総意である。
尚、その光景を息子から伝えられた真柄十郎左衛門直隆はこう言った。
「昨日の戦が最後か。惜しいな、内藤殿とは決着を付けたかった」
と何か似たような事言ってた。尚、こちらは最近口数が増えたなと弟に茶化された模様。
足羽川を挟み山間に永遠と連なる家家と広がる田畑が広がっていた。一乗谷川が見えれば山に沿って並ぶ雄大で荘厳で心安まる館が見える。その館に入れば珠のような子が、切望し熱望し漸く抱く事の出来た己が子の笑顔が浮かぶ。
「殿、準備。整いまして御座います」
声に瞼の裏に写していた情景が消えた。目を開けば甲冑姿の諸将が見える。朝倉左衛門督義景はニッと快活ながら何処か道化の様に笑みを浮かべて見せた。
それは恐怖を塗り潰し配下を不安にさせないように自信を見せる為。
大きく息を吸い。
「さぁ、行こうか!我等の越前!!我等が誇りの為に!!!」
朝倉左衛門督義景は今回の戦いを直ぐに終わらせる気だ。同時に朝倉家を残す為の戦いである。その為に汚泥さえ飲む様な選択さえして見せた。
故に朝倉家が出陣式をしている茶臼山城の眼下には寡頭の軍勢が犇めいている。
「状況は察しているが悪いね門主殿。どうしようも無いし僕ぁ浄土真宗は嫌いなんだ。地獄には落ちるだろうから許しておくれよ」