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ブクマ・ポイント・誤字報告有難うございます。


暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 野原で信長が狩装束を纏い腕に鷹を乗せていた。背後には六人の付き人と馬乗りに加え農民の格好をした向かい待ち達が侍っている。対して眼前にある森へ獲物を追い立てる二十名ほどの勢子役たる鳥見衆が続々と入って行く。また信長と同じく鷹狩りに興じる者がいて、信長は森を睨みながらも彼に対してポツポツと話していた。


「太政大臣か。その、何か良く分からんし面倒くさいんだが。准三宮殿」


「でも征夷将軍になるんは嫌なんやろ?それに関白やらに比べたら儀式もそうやる事ない方や」


「二条殿にも言ったが嫌と言うか足利の家職と言う印象が強過ぎてなぁ。まぁ二条殿はそれでも将軍になれば良いと言っていたが武家としては認め難い。何より世間を無視して義昭の二の舞となるのは勘弁願いたいぞ」


「成る程、武家の視点やわ。織田さん自身そう考えるんなら将軍になるんは無茶ではあるんやろうね。とすれば簒奪と見られん様になるんには確かにも少し時間がいりはりますわな。やけど、だからこそ太政大臣はオススメなんやけど」


「ふむ……一先ず聞かせて頂こうか」


「太政大臣は主上の模範たる者で加冠役とかやるんやけど実権が無いんよ。それでも朝廷の織田さんに政を任せたいっちゅう意思は伝わるやろ?まぁそういう意味で分かりやすいんは関白なんよな」


「関白、か」


「うん、太政大臣よりは政を担う実権があるんよ。でも多少なり実権があるからこそ公家としては長居されると困るんやけどね。やから、せやな関白なった後で太政大臣に移る形は如何やろか」


「朝廷、公家の方々は宜しいのか?」


「一先ず仕方ない、正直言えばそんなところやね。まぁ主上が譲位を心待ちにしとるから表立っては文句は言えへんと思う。それに天下静謐が手に入るんやったら多少は目を瞑るやろ。ま、その流れでエエんやったらコッチで何とかしとくわ」


「ふむ、お願いしよう。一先ず仙洞御所の建築を急がせるか。完成させた上で朝倉と決着を付け譲位と言う形にしたい。畿内四方の平定と言う区切りを持って譲位と践祚を行う形が望ましいな」


「ええね。それは主上もお慶びになられる。お、獲物か、何処や!」


「あ!抜け駆けは狡いぞ!!」


「ははは!こちとら海千山千の朝廷を生きてる公家やで!!アヴェ?!」


 最近信長と仲の良い公家が一名スッ転んだ。


 近衛家の前久さんである。


 だいたいの流れを朝廷と交渉を交え進め相談している頃。東西を一条通から千本通り、南北を元誓願寺通りから下立売通りの範囲。その四方の凡そ中心。


「ほい」


 勝三がメッチャデカい石をヒョイと持ち上げていた。


「いやッエッ?!降ろして降ろして!!石も勝三殿も危のう御座います!!お辞め下さいませ!!」


 そう言って勝三をドン引きした目で見るのは田中利休宗易だ。二人は仙洞院の庭造りを任されている。勝三は人として持ち上げるのはどうなのかって石を担いだままニコニコ。


「大丈夫ですよ利休殿、これくらいは石ころと変わりません。寧ろ鍛錬には物足りないくらいですよ」


「いや、それ少なくとも百貫(約375㌕)は御座いますぞ勝三殿。あ、その角度でお願いします」


「承知……コレ五十貫も御座いませんよ、たぶん。せいぜいが二十貫(約75㌕)と、まぁ二貫(約7㌕)ちょいくらいじゃ無いですか?」


 なんか言ってるが勝三が降ろす石ってか岩は厚みがありちょうど勝三が二人分くらいはあった。それにトンと重量を感じさせない着地をさせる勝三。いよいよもって人間じゃねぇ怪性物怪か重機の類。


 田中利休宗易が何か侘び寂びってか錆び錆びの目になる。まぁ現実と認識し難い現実を見たからだろうけど。てかあんな岩より重い物使って鍛錬とか正気を疑う。


「これで最後ですかね」


「ええ、この腰掛け岩が最後です。後は水路に水を通して完成です」


「鯉でも持って来て泳がせません?観賞と籠城の際の食料を兼ねて今浜の庭や池で泳がせてるんですよ。八王子山城や坂本城にも送ったんですがまた増え過ぎたんで何匹か持って来ましょうか」


「それは良い。二十匹ほど入れてみましょうか」


「あぁ、それと飯盒船……遊覧船の料理を御屋形様と一緒に味見して貰いたくって。まぁ茶の湯ってほどじゃ無いですが茶も出しますよ」


「おお、それは是非。成る程、時間をとって欲しい理由とはこれですか。船遊びとは風情が御座いますね。そう言えば東の御大将(細川勝元)が曰く食べるなら淀川の鯉が良いそうで船で出してみては如何ですか。名物としては良き物かと」


「成る程、食べてみようかな……。遊覧船なら洗いは無理だから鯉こくか。京の人の口に合いますかね?」


「鯉洗いの方が好まれるのは確かですが鯉こくもまた美味かと」


 そんな訳で田中利休宗易は勝三に招かれた。完全に私的なモノで手の空いてる人が適当に呼ばれた感じだ。場所は勝三や織田家の家臣の宿所である妙覚寺となる。


 一棟を借り切った様で勝三に先導されて大きな一室に入ったところ違和感と言うか、ガチでおかしくね?と思った。故に問う。


「その、勝三殿。なぜ御簾が?」


 勝三は顔をそらして。


「……何ででしょうね」


「あの、もしや、その……巡啓ですか」


「いや、えーと。半分正解です、へへ」


 凄い顔で応える勝三、田中利休宗易はその心慌意乱っぷりに。


「まさか……臨御?」


 ボソッと言ったらビクッてなった。皇族の方がいらっしゃるのか聞いたらまさかの皇族のトップいらっしゃるっぽいのヤバい。まぁ勝三の方もお試しで料理作って味見してもらおうと思ったら何か知らん間に大事になってたのだ。


 いや信長や岩室長門守重休や丹羽五郎左衛門長秀や村井吉兵衛貞勝を最初に呼んだのである。また尾張から畿内の武家、公家、商家の味覚を確認する為に田中利休宗易や長岡兵部大輔藤孝、公家も飛鳥井や山科家の当主を招待していた。要は遊覧船に乗ってくれそうな金持ちの中で少し休んで貰いたい顔見知りに声をかけたのである。


 そこに准三宮近衛前久が信長と公家の伝で混ざって来た。更に自分に加えて二名分ほど追加で料理を出して欲しいとか言われたのだ。


 勝三的には今回の食事会はあくまでお試しに他ならず余り偉い人に出せる物とは思っていないが五摂家の頼みは断り難い。また料理の味見は重要な事であり感想は多いに越した事は無いだろう。何よりこれからの事もあるし朝廷と仲良くするべきで期待しないで欲しいって招いたらこの状況よ。


 畏れ多くて吐きそう。


「まぁ何処のお方か分かりかねますが失礼なき様にお願いします。ホント」


 勝三の絞り出す様な切実極まる返答。


「あー、はい。承知しました」


 田中利休宗易は大体察した。そして一先ず席に座って待っていれば続々と客が来る。それはちょうど俵藤太の本を読み終わった頃だ。


 料理上手と評判の長岡兵部大輔藤孝、勝三が馬廻の頃から世話になってる岩室長門守重休や丹羽五郎左衛門長秀、織田家と縁深い権大納言山科言継と権中納言飛鳥井雅教。


 最後に勝三に連れられ信長と准三宮近衛前久に村井吉兵衛貞勝が御簾から出てきた。勝三が恐縮というか何というか凄い顔で。


「それでは品評を願います。船で出せそうな料理を幾つか作って来ました。量が量ですので数口分を何品も出させて頂きます」


 さて勝三が今浜で造船中の飯盒船は三角帆の関船を改造した物だ。船に漆喰で囲ったスペースを作り窯を並べた代物である。大砲の代わりに調理器具と骸炭が乗せられていた。


 早い話が近江で戦った時に話してたヤツだ。戦場で暖かい汁物だけでも食べれればという切実な思いの産物である。最悪は煮沸し腹を下す恐れの無い水だけでも良い。


 正味、試作の船で排煙とか釜の火力とか船のバランスとか呆れる程に色々大丈夫かって感じではある。しかし船で作るのが無理なら最悪デカめのカステラ作る用の釜を参考に陸揚げする予定だ。七輪くらいは思い出せたのだが素材が珪藻土とか知らなかったから。


 勝三なんて戦場に出る将官なのだから戦時中の兵の食事を軽視するなんてアホな事はしない。何故そこまでと問われれば腹下した状況や空きっ腹でフルマラソンするのイヤだ的なアレ。まぁフルマラソンどころか普通の生活だってイヤだけど。


 ただ戦場でしか使わないとし整備費だけ食らう化け物と化す。それを船遊びという観光で使えたら良いなっていう流れ。取らぬ狸の皮算用は傍に置き飯盒船を商業利用する想定の料理とすれば鍋物が多くなる。


 という訳で勝三は招待客に対し自身が監修した料理を適当に羅列していく。


「筍と鴨の吸物、海老と白身捏ねの昆布出汁煮。鯛飯、塩鮭雑炊。肉饅、海鮮饅。猪肉の串焼き、鱒の串焼き、海老のうつけ揚げ、ホンモロコのうつけ揚げ。蒸鰻の味噌蒲焼き、煮鶉蕎麦、煮鯖切麺。卵雑炊、味噌雑炊、猪の好み焼き、海老の好み焼き。桑餡包み、林檎餡カステイラ、豆餡蒸饅頭になります。飲み物は前茶、鬼柳。菓子には抹茶をお持ちします。また肉に関しては誰も言いませんので食べても問題ありません。私が食べますし私が食べたのでお気になさらず」


「美味そうだが妙な並びだな?」


 信長がふと言えば勝三は頷き。


「基本的に出汁の味が濃い物から出し塩味や甘味の濃い物の順番で出しています。様々な好みに合わせた料理を出せば客足も増えるかなって」


「成る程な。商売が上手いな勝三は」


「有難うございます。じゃ、お願いしまーす」


 勝三が言えば坊さん達が膳を運んで来る。膳は当然ながら味の濃さで分けており茶と共に先ず二品。筍と鴨の吸物に海老と白身つくねの昆布出汁煮だ。この二品は昆布出汁を根幹にこの時代の醤油、たまり醤油で味を整え、前者は韮を後者は花鰹を乗せている。


「……勝三殿は船遊びに如何程の金額を考えておいでなのですか?」


 二品の汁物を味わった田中利休宗易が問う。


「酒は別にして今日の料理から三品を出す形で八十文ほどを考えてます。船に乗れるのは十数人程で今浜から宝厳寺へ行き園城寺へ向かって琵琶湖を一巡する形ですね。二十文追加で最後は菅賀谷温泉で一泊とかも良いかなって」


「料金は確定ですか?」


「いやぁ、まぁ様子見と言ったのが正直なところで確定してる訳では無いのです。あと腹に溜まる一品だけを出す五十文くらいに抑えた物も考えています。これは付人や庶民でも楽しめる物を考えてですけど」


 商人たる田中利休宗易の感想としては安い、だ。旅と言うのは一般的に一泊一飯で二十から三十文ほどで、また船賃は五文から二十文と言ったところ。温泉地などで八十文前後。自分達が泊まるのなら護衛など含めて大枚を払う事になる。船旅に興じ風光明媚な名所を眺めこの食事が出るなら納得出来た。


 奮発した偶の息抜きや社交には悪くないと言うのが豪商としての考えだ。


 *因みに信長の安土城入場料徴収が百文らしい。


「私達好みの最初の品ですが私は十二分と思います。少なくともこの汁物は十二分に美味に感じました」


 頷くのは京の出身者。一方で言いやすい状況にする為に、また事実好みとして信長が。


「俺は慣れたがやはり薄いな。まぁ美味いは美味いがな」


 尾張出身者は信長と同じ印象だった。まぁ後半になるにつれ発言は逆になる。ただ十二分に美味いと言う評価を得た。


 まぁさておき途中から御簾の中に入ってた准三宮近衛前久が出てきて言う。


「織田さんは御簾の中へ。内藤さんにはとても美味やった、また手間をかけさせた、と。礼に下賜品を贈るそうです」


「お、畏れ多い事です」


 勝三が呆然としながら辛うじて答え御簾に一礼すると近づいて来て扇で隠し。


「主上は筍と鴨の吸物、竹入りの鯛飯、豆餡蒸饅頭を気に入ったそうです。また殿下は鰻の味噌蒲焼き、うつけ揚げ、鶉蕎麦、海老の好み焼き、桑餡包みを気に入った、と。誰が作りはったんです?」


「あ、私です」


「え?」


「ん?」


「あ、いや何でもありまへん。……え、ほんまに備前守さんが作ったんです?」


「えっと、はい」


「……そのーできれば作り方とか教えてもらえます?主上が料理人を貸して欲しい思ってたんで」


「じゃあ料理法刷って献上しますよ」


「刷る?」


「ええ、調理法は適当に纏めてるんで」


「それ麿にも貰うても?」


「良いですよ」


 このあと信長は都の治安を回復したとして正四位に任ぜられた。勝三の品評会を利用して朝廷と織田家が腹を割って話した故である。


 後で勝三が教えて貰った話だと仙洞院が完成したらそれを理由に従三位にして参議に、越前遠征前に正三位を授け権大納言と右近衛大将に、越前攻略で従二位と内大臣と左近衛大将にと言う話だった。践祚実行と公家に所領をあてがう事で正二位と右大臣から左大臣を経て即位をもって関白へと転任させ最後に公家の職を奪う事になると信長が伝える事で正一位と太政大臣。


 信長の権威を得る段階の道筋が立ったのである。また信長の意向で織田出羽介信重(信忠)も信長と同じ流れで位階を上げる事になっていた。いや早くね?と言うツッコミは朝廷ってか公家からすればもう天下荒れてほしくないから無い。


 て、訳で。


 元亀三(1572)年。治罰の綸旨が下ると共に信長は正三位となり権大納言と右近衛大将に任ぜられた。即ち朝倉家との決着を付ける時が到来し朝廷と織田家の協調を示す為に色々と盛大にやる事になったのである。


 まぁそこに勝三は居なかったが。


 何してたって簡単な事だ。


「牛を変えろ!!大筒の車を止めるんだ!!坂を登るまで押して前に出せ!!」


 近江伊香郡玄蕃尾城を出て越前の栃ノ木街道を進軍してた。これは朝倉家が計画した茶臼山城塞群の強化を確認したからだ。勝三が舟遊びとか唐突にガチってた理由でもある。


 ただでさえ攻め難い場所を強化されたらヤベェから気付いてねぇフリしてちょっかい掛けたろって言う。


 さて一方で越前国南条郡燧ヶ城。


 大太刀を振るっていた巨人が常日頃繰り返してきた形稽古を途中で止め南へ目を向けた。


「来るか内藤殿」


 そう一言呟く。


「どうしたんですか父上?」


 息子の問いに気にするなと首を振って稽古を再開する。だが十二分に鬼気迫る今までの鍛錬と一線を画す段違いの気の入れよう。巨人はその類い稀なる武人の勘により越前における大戦の始まりを確信していた。

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