はい終了。次次!虎に海産物、スイートポテトって美味くね?
感想、ブクマ、ポイント有難うございます。
上手く纏めれず長いですが暇潰しでも見てってくれたら幸いです。
山城国宇治郡の五ヶ庄。そこには冗談みたいに織田軍の陣営が広がっていた。マジで集められるだけの兵が集まりギチギチしてる。
「勝三、悪いが交渉に行ってくれるか?」
そこで何かもうヤル気ねー甲冑姿の信長が言う。有りえんくらいダラァってしてて信長を知る者であればある程に驚愕する事請け合いだ。床几に腰掛け置き楯の机にベチョオってしてて軟体動物でももうちょいシャキッとしてる。
「は、行って参ります」
命じられた勝三は一礼して陣を出た。陣屋から出た勝三の前には槙島城、宇治の巨椋池と呼ばれる湖と称するべき規模の池沼に浮かぶ島に建つ。まぁ浮き城と評すべき攻め難い城だが現状は数多の兵と船に囲まれてる。
しかも十数隻は勝三が近江から宇多川とか使って持ってきた大筒乗せたやつ。とすれば当然だが城壁の一部は既に吹き飛んでいた。櫓も幾つか燃えてる感じで一戦モロ終わっててもおかしく無い絵面だ。
……まぁそれだけなら良い。
勝三が担当した面は門までの陸地には染みのようにミンチがポツポツと有り赤い血の道が門まで続く。その道の左右には砲弾が転がっているのは分かるが数多の槍や矢が聳え立ち亡骸を縫い付けていた。そんな光景を一切気にせず勝三は弓を持ち鉄砕棒を担いで小船に乗り一人で島に上陸する。
「帆船に慣れたって事だろうけど手漕ぎ全然進まなくなったな」
そんな事言いながらだ。ザブザブと進み陸に上がった勝三には有り得ない数の弓矢と鉄砲が向いてる。そんな者達を一顧だにせず血道をズンズン進む。
そしてやたらと槍が突き刺さった櫓門から化け物を見る様な目を向けてくる将兵に視線を合わせた。めっちゃビクってなってるのは奉公衆の槙島玄蕃頭秋光、秋光じゃ無くて昭光が勝三の記憶の方で言えば正しいが、気付ける訳もない乖離の結果の一例だ。何か季節は兎も角も槙島城の戦いは何か同じ年に起きてっけども。
ともかく怯えの表情に勝三がニッコリと笑みを浮かべるが一緒に青筋も浮かんでた。
「玄蕃殿、内藤備前に御座います。使者として参りました」
「し、暫し待て!!」
勝三は暇なので素振り始めた。鏃と銃口が動揺を示す様に揺れる。勝三が暴れた場合止めるのは彼等だししゃーない。もう既に兵の心ボッキボキだし無理。マジで。
弓鉄砲と城壁城門があって止められる気がしないんですけど何なんアレって感じ。
守兵達が心身を疲弊させる時が漸く終了したのは勝三の素振りが完全に曲芸染みてサイクロンし出した頃だった。
「おじゃまーす」
そう言って城門を潜る勝三を背に槙島玄蕃頭秋光は切実に思う。
邪魔すんなら帰って、と。
つか心情としては懇願とか哀願だった。マジで帰ってほしいよね正直。
先導され勝三は淡々と廊下を進む。
会所で有る一室が近付くにつれて大分クソデカい声が聞こえてきた。
「いややっぱ無理や!勘弁してやホンマ!!代わりに交渉してや!!!」
「むむむ、無理ですよ!!あ、お腹痛くなってきたんで失礼します!!」
「ちょ待てお前らコラボケェッ!!」
「はっなっセッ!!」
何てコント集団の声がバチクソに聞こえる。その部屋の前で勝三は金砕棒を脇に置いて仁王立ちで待っていた。一方で招き先導する槙島玄蕃頭秋光は廊下にて片膝を付いて。
「大樹、使者にございます!!」
槙島玄蕃頭秋光の声に凄いバタバタ聞こえて一拍の無音。
「玄蕃頭、開けい」
義昭の声だが今更何を取り繕ってんのか厳しく命じた。は、と一言答え戸を開ける槙島玄蕃頭秋光はノーリアクション。勝三は普通は入れじゃね?と思いながら招かれて無いので廊下で腰を落とし頭を下げる。
「何用や。鬼」
今度は割と聞き覚えのある義昭の声。勝三は気負うでも無く平静そのまま己の口を開く。
「中将様に和睦を申し入れに参りました」
そう言って顔を上げる。
「……ほ」
義昭の方から吐息。もう表情が安堵の極み。勝三はそうなるなら何故決起したのかとキレそうになった。
「ゲッホゴッホ!!ンッン“ッン“ン”……失礼した」
それを覆い被す様な咳払い。脇に控えてる爺さんっぽい人。義昭はホッとして。
「助か……あ、いや大丈夫か。式部少輔」
「御言葉忝う御座います大樹。話を絶ってしまい申し訳御座いませぬ。老骨故にどうにも不調に御座いましてな。使者殿も申し訳のう御座る。この一色式部少輔伏して詫びまする」
「お気になさらず」
勝三は応えながら思った。
何このコント集団。
因みにキレ気味で有る。
「それで和睦の内容は何や」
義昭は無意味とは言え必死に取り繕る。勝三は信長の言った条件を思い浮かべバチギレそうな思考を追いやった。信長が怨に恩を以て報ずとの言葉を思い出して。
「先ず御屋形様は出家し武器を携えず侘びに参るお積もりで御座います」
「話す言うんか!!ふざけんな!!」
絶対に顔を合わせたく無い。その思いのまま吠える義昭。勝三の額に青筋。
「……承りました。では」
ズンと立ち上がる勝三。
「え?」
ポカンと見上げる足利家の面々。
「失礼仕る」
「……え?」
その日の夜、槙島城の周りは敢えてこの言葉を使うがムカ着火ファイヤーされた。いい加減にしやがれボケ的な思いを込めての焼き討ちだからガチのムカ着火ファイヤー。
翌日、二条晴良が交渉に向かうも決裂。
翌々日、近衛前久が義昭の朝敵認定を提案するも信長は朝廷に感謝しつつも謝絶。
翌翌々日、巨椋池の完全封鎖が完了し槙島城の糧道を断つ。
五日目、大筒の訓練として壁のないなった槙島城に陸と海から大筒をブチ込む。
「失礼致す」
で、そんな言葉と共に槙島城から本陣へ使者が三名。夕焼けを背に赤ん坊を抱えた女性と一色式部少輔藤長だ。
「良く参られた式部少輔、さこ殿」
床几に座って置き楯に肘突く信長が言って。
「ハァー……」
投げやりと言うか何というか。やるせ無いと言うのが正しい顔で溜息を漏らす。だが信長の周りの家臣達の表情は様々な物であった。
喜怒哀楽。
例えば織田家からの出向組や元六角家の老臣は余計な仕事増やしやがって、又はコレでもう幕府とか幕臣に気を遣わねーで良くね?と喜んでいる者さえいる。
それ以外の家臣は織田家ナメとんか将軍テメぇボォケクラァッ!!って感じ。
まぁ一番多いのは信長と同じく今までの苦労なんだったんって言う感情。松永霜台久秀とか生きて居れば六角承禎義賢も同じリアクションだろう。そんな空気に当てられて赤子が泣く。
一色式部少輔藤長は声を出せなかった。
「あー……かすてぃら食いたい」
ただ頭を下げる相手に目も向けず信長は考える。どうするのが一番マシな、要は軟着陸できるだろうかと。しかし信長らしからぬ程に思考が硬直化していた。
虚無感が明敏な脳を流れる知恵の奔流を悲惨なまでに停滞させているのだ。だって信長と織田家がどれほど幕府の為に尽くしたか。
最初に年数で言おう。
細川幽斎藤孝の上洛要請が永禄八年で今回の挙兵が元亀三年。単純に考えて七年を幕府に費やした。
次に戦で言おう。
幕府に関連して美濃、近江、山城、大和、摂津、和泉、紀伊、若狭、丹後、丹波、但馬。家臣を派遣したと言う形も有るが十一国を戦場にして戦った。
最後に銭を言おう。
緒戦の費用、任官費用、将軍宣下費用、御所建築費用、朝廷政策費用。数十万貫を超える金額になる。
それが何かよく分かんねーウチにパー。
そりゃ萎える。
信長は一色式部少輔藤長にそう言う感情で濁った目を向けて。
「さて、自刃でもなさるか。大樹は」
と、七年パーにされてクソ萎えた投げやりな問いを発した。一色式部少輔藤長は表情は兎も角も冷汗を止められない。
「大樹は御嫡男を預けると」
「人質にすると言う事だな」
「有り体に申せば。故に大樹の命だけはどうか御寛恕願いたく存じます。降伏を認めて頂きたい」
信長は必死に頭を回して考える。各地で戦い将兵を失った現実から浮かぶ感情を抑えながら。彼等の死を無駄にしない為に現状で自分達が取るべき選択を。ブン殴ったらさぞ気持ちいいだろうがそれをした外聞を考える。信長は忍耐強いのだ。
自身と織田家と同盟者の感情と言う物を秤に乗せて対に他の武家や公家や庶民の感情を乗せる。それは世間体と言う最高権力者にならざるおえない自身にとって今迄とは比べものにならない程何に重要な物。武家の庇護者たる将軍とは足利家の家職であり都の人々にとれば足利家は迷惑だろうと隣人であった。
裏切り行為は殺されて当然の事だ。だが当然であっても殺せばどう見られるかは知っている。でなければ信長は斯波を殺し弟を一度許す事は無かっただろう。
今回も同じなのだ。
そう己を納得させた。
「……先の公方義昭殿は金輪際、京に入る事を禁ずる。一先ず三好左京大夫の河内の若江に行かれい。受け入れられぬなら首になるまで抗うが宜しかろう」
「……感謝致します」
「式部少輔には聞きたいことがあるが先にすべき事があるな」
信長は一先ず。
「さこ殿、悪い様にはせん。勝三、休める場所に案内し公方様と御方様様を護れ。赤松殿との事も有るから丁重にな。公方様に綿入れを、さこ殿に菓子でも出してやれ」
「は」
女子供が退室すると信長は辛気臭い顔を更に深めた。その何かが欠落した様な顔に一色式部少輔藤長が慄く。だがそんな事に頓着する事も出来ず。
「心底解らんのだが何故義昭は挙兵した?」
「……先の公方様は仕切りに太平記、梅松論を読まれておりました。特に太平記は二十一巻までをよく読んでおられましたな」
一色式部少輔藤長の答え。何時もの信長なら直ぐに察した。だが今は無理だった。
「どう言う事だ。武家の棟梁として初代室町殿の有り様を先例とするのはおかしく無いだろう。しかし俺を打ち倒そうとする事と全く繋がらんぞ」
言いながら信長は思った。読んでいる書物は足利尊氏の成り上がりの部分だ。故に義昭は今を零の状況と見て尊氏を手本にしようとしたのだと。だがやっている事といえば名も上げずに腹心を切る様な所業。
尊氏で言えば文官として優れた弟や文武に優れた高兄弟を、これからと言う時に切っている様な物だ。尊氏で有れば何か何とかしちまいそうだが、尊氏であってもそんな暴挙はしていない。ハッキリ言って意味不明だった。
思わず訳がわからんと首を傾げる信長に一色式部少輔藤長は溜息を一つ。
「弾正大弼様、逆でございます。大樹が初代様に重ねられたのは貴方ですぞ」
「え?」
「初代様が朝廷と接近して北条家を滅ぼしたのです。今の現状は非常に似通っていると思いませんか」
そう、コレだ。
例えば勝三の記憶の方で義昭が二条城で挙兵した時は浅井朝倉に敗北し武田が立ち石山本願寺が残っていた。その後の槙島城の戦いでも石山本願寺や阿波三好など義昭の戦力足り得る勢力は残っていたのだ。要は信長の強さに不安を覚える程度には周囲を敵に囲まれていたので有る。
ならば此方では何故挙兵したか。
逆に信長が強く朝廷と密接すぎたので有る。先ず坂井右近証言政尚や森三左衛門可成は確かに討たれた。しかし周りの敵は悉くボコボコにされ残るは朝倉家くらい。更に六角家を吸収する事によって幕府以上に政治が出来る以上の事が熟せてしまったのだ。
で京の人々が、いや畿内の人々が思った。
コレもう信長が都治めてくれた方が良いってか幕臣も将軍も邪魔じゃね?と。そう守ってくれねーし横領するクセに金だけタカる幕府とか要らねって感じ。未来の話で言うと税金払ってんのに軍や警察組織も碌に整備しない政府だ。しかも司法を頼れば財産掠め取られる様な有様でもう組織として成立してない。
そう言う実情を義昭は察知してしまった。
そうなると義昭は有る人物を思い浮かべる。朝廷の権威を背景に足利と言う家を将軍の地位に押し上げた雄、初代室町幕府征夷大将軍の足利尊氏である。幕臣として朝廷との戦いに出たはずが何かよく分かんねー内に後醍醐天皇に寝返って、主人の北条家皆殺しにして何かよく分かんねー内に将軍になってた先祖たる足利尊氏。訳の分からぬ内に周り悉くが敵になった北条家。
それは妙な既視感。義昭は主人だった北条家を自分に重ね、朝廷に寝返った先祖を信長に重ねたのだ。義昭には当時の書物を読めば読む程に何もかもが当時の状況に似通って見えてしまったのである。
「禁裏修繕、譲位提案、仙洞院の建築。これらを朝廷との取引の結果と大樹は見たので御座います。足利家に変わる大義名分の為と」
要は朝廷と仲良くしてるのは義昭を討った後に朝廷の協力を取り付ける為だと思ったと言う話。信長は話を聞いて頭痛を堪える様に頭を抱えた。
「じゃあ門前に貝なんぞ置かれるな状況を座視するな……!!」
信長が般若みてーな顔で言う。三十も半ばで鼻筋通った貫禄と風靡を漂わせる信長がだ。実質的に天下人やぞ。
もうアレ。都に関わってから公家伝いに義昭が朝廷蔑ろにしてんの何とかしてって話は常にされてきた。実態が如何あれ幕府は朝廷ありきなのに。
そりゃ幕府が無くなったら困る信長は金もやる気も能力もねー義昭に代わって朝廷の対応するしかないだろう。要は幕府延いては義昭の為の行為を見て身の危険を感じられたら堪らん話。マジふざけんな感割り増しだ。
「全く……ッ……あ“あ”あ“!!」
言葉にならない怒り。それを続けぬよう堪えてプルプル震えていた信長はそこそこの時を経て強張っていた身を弛緩させ大きく溜息を漏らす。改めて疲れた様に。
「もう良い。早く出てけ」
元亀三年元亀三年如月の終わり頃、足利左近衛中将義昭は京都から出て行った。
かぞいろと、やしたひ立てし、甲斐もなく。痛くも花を、雨のうつ音。
槙島城の戦い勃発に及び畿内で流れた歌だったが信長も同感で有る。
「何だったんだろうな。この七年……」
これが信長のコメントである。こんなノリで情緒アカン感じだが休む暇は無い。まぁ信長だけじゃ無い。
テンションはダダ下がった織田家には非常にやるべき事が増えたと言えた。特に重要なのは幕府が亡くなった事から各勢力の折衝だろう。幕府と言う権威が空白になったその穴埋めが必要なのだ。
都の状況の周知と状況通達。要は都で起きた状況と織田家は変わらず朝廷はと仲がいい。その事を一先ず通達しないといけないのだ。
「先ずは使者を出すかぁ……」
特に重要なのは毛利家、上杉家、武田家になるだろう。特に毛利家は慎重な対応が必要だった。上杉家は遠いし武田家は婚姻を結んでるからまぁ何とかなるやろ。
たぶん。
毛利家は岩室長門守重休を上杉家には丹羽五郎左衛門長秀を当て、んで。
「勝三、ちょっとゆっくりして来て良いぞ。六角の婿殿も不要な仕事が減って楽になったと言っている。近江三郡や春日井の方はどうだ?」
「兵や職人を集めています。津も随分と拡張出来ましたよ。与三の方も色々と」
「おお、そうだ内藤家にはいつも助けられてるからな、多めに金子をやるから家族に土産でも買ってやれ。毛利家に行く長門や上杉家に行く五郎左にもやるのだからな。少し羽を伸ばしてこい」
信長は仕事をしながら言う。とは言え信長も最近は業務に身が入らず茶を飲む事を増やしていた。この際に各家臣達に順次休息をとらせている。
て訳で勝三は休みがてら武田家に行く事になった。今までのを含めて信長からメッチャ金もらって。まぁ道中での家族家臣へのお土産を渡した数字などは端折って半月後。場所は甲斐国山梨郡躑躅ヶ崎館である。
武田家への土産である俵物を始めとした贈り物を小姓達が確認していく。それを見ながら勝三は武田家に出向している人物と話していた。藤左衛門家の織田掃部忠寛である。
「水の事を詳しくお聞かせ願えませんか」
勝三が問うえば織田掃部忠寛がウンウン頷いて。
「水な、腹を下すといかんからな」
「あ、それもそうなんですが地方病、と言うのがあると……」
「ああ脹満か……。野牛島、竜子、団子、中の割、中郡は特に水腫が多くてな。小作供がよく掛かり不憫な事よ」
「成る程、有り難う御座います。俺も甲斐は初めてだし気を付けます。杉左衛門にも巻貝には気を付けろってよく言っとかねぇと」
「……ちょっと待て。何で貝?」
「え?」
「いや笛吹川周りは気を付けろと言おうと思っていた。あの辺りにはよく貝がいる地だとな。だが注意する前に貝と言ったのではおかしかろう」
勝三はやっべぇ……と思った。
甲斐に行くと言うので引っ掛かりがあり前世の記憶を纏めた秘密の文書を久々に見たところ日本住血虫の事が書いてあったのだ。その知識をどう得たかはほぼ忘れていたが撃滅するまで日本の数カ所で猛威を振るった地獄みたいな病である。何か八つ巻きの殻を持った貝から寄生虫が水の中を泳いで皮膚貫通して人体に卵産むとか言うパニックホラーかテメェって内容の此の世にあるべかざるクソ病。余りの悍ましさと症例の痛ましさを想起して消えかけてた後の世界の記憶が軽くフラッシュバックするレベルだった。
まぁその勝三が前世の記憶で知った時の心情を言えば、住んでるトコが違っても献体を申し出た“なか”さんと医療従事者の方々、並び撲滅に従事した方々には地面にヘッドバッド土下座かませるレベルで有り難う御座いますって感じだった。一生物が多数の生息域で絶滅させらるという工程があっても何かの拍子で広がったらとか思うと否定的な感想が浮かぶ訳がない。詳しい事は分からないが無知故に害獣駆除と言う一言でしゃーない、寧ろもっとやれと思える程に下手な幽霊以上にムリな恐怖を覚えたのだった。
まぁて訳で強烈に甲斐の水場と四つ巻きの貝ヤベェという事が印象付けられちゃってたのだ。混乱した勝三に織田掃部忠寛は訝しむ様な顔を向ける。少し考えてから。
「もしや諏訪大社にでも寄って御告げでも聞いたか?」
勝三は言葉に詰まった。
なにがヤベェって真顔で聞いてきてる。だがまぁ時代ってのもそうだし武家としてはやっぱ軍神には肖りたいもんだ。しかも都の主上に出雲国造と同じで諏訪大祝は現人神だから特別感すごい。
だいたい武家なんて首実験で切った首が飛んでくると思っているのだから何をいわんや。
勝三はもうこの際だと安易に考え。
「……何かゴッツいオッサンが夢に出てきて凄い愚痴言った後に白い巻き貝が悪さしてるって言ってました。夏の川を避け鯉か子鶩を放つが良いって」
「お主、確か絹織の模様を描いてたな?絵や地図も描いてたろ」
「え、あ、はい」
「ちょっと夢に出てきたの描け」
「え、えぇ……」
藁をも掴む思いで安易に乗ったのが拙かったのか館に連れられミヤイリ貝と呼ばれる巻貝の絵を描かされる勝三。
「あ、ついでに出てきた御方も描け。諏訪大明神様が御告げを下さったのかもしれん。龍とか連れてなかったか?」
「つ、連れてました……」
「絶対描け」
勝三はもうどうにでもなれと思う。
鏡を首に、鈴を腰に、馬具を脇に抱えて逆の手に薙鎌を握った何か強そうな男を中心に身を丸める龍を描く。男は巨大なミヤイリ貝を薙鎌で突き刺しており、その左右に描かれた鯉と子鶩がミヤイリ貝を咥えている。
「上手、描くの早……。これ武田家に出しておくぞ。喜ばれる筈だからな」
ドン引き気味にそんな事を言われながら。
勝三は何か知らないが休み時間を絵の制作に使わされたのだった。まぁいうて時間にして半刻くらいだけど。
さて翌日、会所に勝三は案内された。織田家も大概だが武田家も状況は大きく変わっている。徳川家がシメられ織田家との諍いが無くなり、義昭と協力する理由がなくなってんのだ。
特に変わったのは後継者。今は亡くなってしまったが信長の養女となった姪っ子の龍勝院と縁組を行った武田大膳大輔勝頼の立場がクソ高い。それは武田武王丸という織田家と武田家の地を継いだ嫡男が在り、また織田家と戦う事が武田家の滅亡に繋がるが故だった。
外交面では織田家との婚姻同盟を結ぶ最も昵近と言うべき間柄。強いて問題を上げるならば織田家に従属した徳川家と非常に仲が悪い事だろう。まぁ何が言いてぇって重臣達揃って迎えられるほど歓迎されてるって事。
「良う参られた、な。ささ顔を上げてくだされ備前守殿」
なんて好意的な響きの乗った言葉を上座より受ける。
「忝う御座います大膳大輔様」
そう言って顔を上げれば現当主、武田大膳大輔勝頼。彼は美麗と評すべき男だった。謂わば欧州の神話の軍神を象った超常なる彫像の如くだ。
涼やかな瞳、通った鼻筋、薄い口。肌は白く鍛えられた筋肉の張りが有った。若く精悍として逞しい。母に似て諏訪大明神の加護を得たと評される顔。
早い話がイケメンだ。戦国時代における平均的身長たる五尺くらいの。
「この入道も歓迎致す」
そう言ったのは老人だった。彼は当主の脇に座しているが厳しいという言葉でしか表現しようがない。ただ座り不動なれど全てを圧倒する様は鎮座すると言うのが正しいだろう。
他の印象を並べるのなら強いてと前置きが必要になる程だ。ついでにその印象を連ねれば礼を失した物言いになるが何処か死臭がするのだ。戦場を渡り歩いたと言う意味でもそうだが、その命の灯火が燃え尽きた残り香の様な臭い。
そう、死ぬ様には見えないが既に死んでいると言う怪性か物の怪にでも会えば感じるだろう気配。そんなよく分からない印象が僅かばかり厳つさの中に薄らと見え隠れていた。勝三は当主に対するものと同等の敬意を持って首を下げ。
「徳栄軒様も忝なく」
そう武田信玄、武田徳栄軒信玄である。現当主の影を薄めて仕方ないが、それでも息子を立てる様で二、三笑顔で頷いて黙った。武田大膳大輔勝頼が口を開く。
「さて、早速で悪いが都で何があったのか教えて頂けるか。多少は報せも来ているが正直言って意味がわからない」
「は、では畿内平定からになります」
勝三はそう口火を切り事の顛末を語った。
結果。
「……うむ、うーん。えぇ……」
と現当主は飲み込めないのか整った顔を困惑に歪めて変な声を出した。そして。
「どういうでぇ、失礼。そんな事があるのか?」
と、一先ず心情を吐露した。
武田大膳大輔勝頼にすれば織田家に喧嘩を売るなど考えられない事だ。例えば織田家の下に着いた徳川家が上杉家と内応して、織田家が上杉家と天秤にかける様な外交を展開し、その流れに合わせ上杉家と和そうとしたのに成果ゼロ。結果として四面楚歌の状況になったところで何故か大義名分が転がり込んで来たと言う嘘みたいな状況にならなければ戦おうとは思わない。それぐらい嘘だろって状況だった。
「だっちもねぇ、自縄自縛つっこん……だろうな。往々に有り得る事よ」
息子の言葉に武田徳栄軒信玄が答えた。
「とすれば、あの文書は気が触れたわけでは無かったのか。お伝えしていた様に幕府より書状の事だが、おい」
一応持って来させてたのだろう。視線を向けられた小姓が頷き勝三の前に置いたのは御内書だった。勝三は手に取ったその書状の内容を端的に纏めると。
織田討つべし。
で、ある。
これ各所の例に漏れず武田家にしてもマジで意味わかんねー事だった。
使者にドユコト?って聞いたらマジで書状通りの返答しかされない。しゃーないから織田家に連絡入れようとしたら何か幕府が挙兵したとかって噂を受けたのだ。足利家と織田家の何方も争えばセルフ四面楚歌の危機でマジヤベーから身動き取れず今に至る。
まぁ甲斐から都とか往復で一月かかるんでしゃーないのだ。武田家が情報を重視してるっても距離と言う物理的壁がある。織田家の方も全体で見れば混乱してたしまぁ、ね?
大体ハッチャケた公方が何か調子乗って秒で織田家にボコられた(意訳)とか密偵に言われても困るじゃん。マジだとしたら余計に詳細が分かるまで動けねぇよ。まぁ実際にマジだったし。
「公方の野郎ォ……っ」
勝三は青筋浮かべて呟いたがハッとして。
「失礼、この御内書も記されている通りで間違い無いのでしょう。朝倉への勧告と征伐準備を進めていましたので、その前に我等を討とうとしたのは確かです。理解し難いですが己の立場を危ぶんで我等を討とうとしたそうですので」
武田大膳大輔勝頼はドン引きの表情。勝三は都で働いた印象をそのまま多い浮かべ。
「個人的な印象となりますが徳栄軒様が自縄自縛と申した通りで。幕府と言う土台を固めようと至る所から土を集め最後は小山から自分の掘った穴に落ちた、そんな印象です」
武田家の面々は飲み込み難い現実を何とか消化した。何せ何より大事なのはこれからである。
「まぁ公方の事はさておきこれからの事についてですが、我等も方向を定め兼ねているのです」
勝三は苦り切った顔で。
「都は既に畿内の統治者が足利家である必要を感じておりませんが武家としては将軍の不在は据わりが悪い。公家の方から将軍になられてはとは言われましたが将軍位は既に足利家の家職に等しいのです。現状は各所と相談を行なっておりますが一先ずは義昭様の若君を将軍に据える事になるでしょう」
勝三は現状を伝えた。とどのつまり織田家も困っていると言う事だ。権威の消失と武家の世界の維持を模索中であると明かしたのである。武田大膳大輔勝頼は頷き。
「我等と織田殿との友誼は変わらない。妹を嫁がせる話も準備は出来ている。だが此処らでは将軍の権威はまだ有効なのだ。事と次第によっては問題になり得る」
「それも今対応中です。現在、朝廷と相談の上で御屋形様の話をまるきり無視する事が無いようにしたいとは考えていますが些かならず難しい。何分、将軍を上に置けば畿内が治らない事態ですので」
「幕府の評判は聞いていたがそれほどか。うむ、無礼を承知で問うが織田殿は朝廷と畿内は抑えられているのだな?」
「は。少なくとも西国は凡そ問題無く、後は朝倉家を討ち果たすか降伏させれば万が一も無いです。そうでなくとも若狭から近江にかけて複数の城を修復し建てております。また朝廷とは譲位について相談中で御座いまして非常に好意的な御言葉を主上より頂いております」
武田大膳大輔勝頼はホッとした。朝廷に権力は無い。だが権威という物差しで見ればこれ以上の物は無かった。
まぁ武家の権威が征夷大将軍であるが武家をもその内に内包して至上の権威となるものこそが朝廷なのだ。
正直、朝廷と仲良くしておけば大体何とかなるのだ。織田家の武力と合わせて究極奥義となる朝敵という物もある。朝廷に力無くとも威が有る。
「ならば武田は織田殿の盟友で有り続けられるな。朝倉攻めを行うなら援軍を出そうか」
「良いやも知れません。天下に蜜月を伝える事ができるでしょう。私も朝倉家の真柄と言う猛者とは決着を着けたい」
勝三が思わず戦意を撒き散らした。多くの者が大小の反応示す中ただ泰然と座る武田徳栄軒信玄が笑う。
「真柄、相当な者な様ですな。三郎はどう見る」
そんな彼が極めて愉快そうに問うた先は数少ない勝三の戦意を軽く受け流した小男。乞食の様に細身で風体もさえず、特に目を引くのは唇が割れたような兎唇。服装も質素というか貧相であり風采は極めて無残と言う他無い。
まぁこのオッサンをナメてっと死ぬけど。特に戦場とかマジで。秒殺よ秒殺。
風采の酷い小男のオッサンは唯ならぬ表情で己を見る勝三を見返してニヤニヤと笑い。
「こりゃあ備前守殿は鬼小島並みかそれ以上ずら。戦えばこっちん如何なるけ分からん程にごいす。その備前守殿が昂る相手は如何程か想像できん」
「そうけ。…………備前守殿、なかなかの目を持つようだが此の男は儂の腹心、山県よ」
勝三は納得した。見たまま言えば醜い小男から尋常ならざる物を感じていたからだ。
現代風に言えば部活やスポーツ大会で強豪選手に感じるような威圧感とでも言おうか。あの感覚を色濃くして殺伐とした刺々しい印象を加えれば勝三の心情に近しいだろう。
勝三は敬意と共に一礼し。
「赤備の山県三郎兵衛尉様、御高名はかねがね」
「てっ!こいつは照れるじゃんけ。御屋形様、万一の援軍は此の山県三郎兵衛尉昌景に任せてくれんけ?」
「ん、んん。その時はな」
陽気に言う山県三郎兵衛尉昌景と微妙な顔の武田大膳大輔勝頼。若干微妙な空気が流れそうになるが武田大膳大輔勝頼が咳払いして。
「兎に角、備前守殿。妹の輿入れについて話しておこうか。それと御告げの事を詳しく頼む」
こんな感じで勝三の使者の役目は終わり数日の歓待を受け都に帰る事になる。その席でなんか日本中血虫のアレコレを聞かれ大真面目に諏訪大明神の加護が如何とかってのは端折っておく。勝三的にも訳が分からないと言うしか無く何か気が付いたら甲斐で貝ブッコロの機運が高まってた。
さて勝三が大黒小白の嫁さんを見繕い帰ってからの事だ。躑躅ヶ崎館は険悪な空気に包まれていた。武田大膳大輔勝頼は非常に不愉快そうな顔である。
相対するのは武田武田徳栄軒信玄。息子が剣呑な表情で彼の持つ物を掴み慌てて抱え込む父に。
「狡いぞ父上。確り分けろよ!!」
「嫌だ!!こりゃあ儂のだ!!おまんえれー思いをした儂のやっとこさ得た隠居の楽しみを奪っちょ!!」
「それは皆食べてぇの!!いい加減にしてくんなさい!!というか現当主の俺のがえらいだらず!!煮貝食いたいんだ離んッなッせ!!」
「いーッやーッだ!!離んッなッさん!!鮑の煮貝は儂んだ!!」
「ンギギギギギ!!このジジイ隠居してから気まま過ぎるだらず……!!!」
勝三の持ってきた俵物争奪戦が始まった。まぁこの時代の山梨県って海無いから海産物はガチ御馳走なのだ。こんくらいなら可愛いもんよ。
なお勝三は帰路で信長の好意に甘えて数日の休息を取る事にした。正直言って全部家族や与三達のトコに直行しゴロゴロしたいトコだがやるべき事があったのだ。北畠左近衛中将信雅と長岡兵部大輔藤孝が呼んでくれたある人物と会う。
勝三が今浜の鍛錬場に入ればその人物が座っていた。勝三は木製の金砕棒を下ろして一礼し。
「安芸殿、遠路よくいらっしゃってくださいました」
「いや確がに遠がったけんど良い経験がでぎだよ備前守殿。あーた持で成しまで受げちって文句は言えねぇさ。それじゃあ早速、腕の程見せで貰っても?」
そうカラカラ笑って木製の金砕棒を握りたちあがった齢五十二の男は年齢からは考えられない筋肉量を誇る。逆三角形の肩幅モンスターで腕があり得ないくらいゴツい。デフォルメしたらほぼ年老いたガッツ◯ンみてーになるだろう。
「では失礼して」
打ち合いの後に真壁安芸守久幹は困った様に言った。
「悪いが教える事がねえ。小技を教えるのが精一杯だな。大太刀の相手だど言うなら丁度、竹生島流の棒術だらどうだぺが」
と、半日を鍛錬に割いた。
「よし!!流石だぞ二人共!!その調子で確り振るんだ!!」
なんてしてると今浜の与三から報告を受け。
「……え、これバタタの根っこ?」
後なんかサツマイモっぽい何かが城から出てきた。完全に存在を忘れていた今井彦右衛門宗久から送られた劣化朝顔だ。何か頑張って綺麗に花を咲かそうと育ててたらしい庭師として雇ってた小堀新助正次と言う男に超泣かれた。
平謝りしながら勝三は思う。
スイートポテトって美味しかったなって。