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いや、そうはならんやろ......

ポイント・ブクマ有難う御座います。


暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 元亀三年正月。近江滋賀郡八王子山の山頂から尾根に石垣が乗っかり屋敷が出来ていた。信長が延暦寺及び日吉大社の抑えと都の近場としてブチ建ててる城である。その麓たる坂本にもクソデケェ城があった。


 コッチは割合チャチャっと造った支城だ。つってもクソデケェと言う言葉に相違なく三の丸までありデカ屋敷にデカ天守まである信長の仮住まい。まぁ安土城ちゃうんかいってツッコミはあるだろうが安土山を収める六角家は織田家の一門だから領地替えとかしたら荒れるからね。


 信長がその支城で新年の挨拶を受けた後である。一通り行事を終わらせ岩室長門守重休、丹羽五郎左衛門長秀、内藤勝三長忠を集め内談をしていた。


「公方が狂った」


 茶を喉を鳴らして飲んだ信長が言う。片手にカステラを持ちながらその顔に満足気な表情は無い。それは発した声の通り疲労感で歪んだ非常に同情を買うものだ。


 なんか擬音表現でアレだけどモーンって感じの顔の主君に三人は目を合わせて岩室長門守重休が。


「如何したのです?」


「……摂津で匿われていた長岡(細川)殿から手紙が届いてな」


 そう言った信長は大きな溜息一つ。


「公方が兵を集めているらしい……」


「……なぜ?」


 勝三が困惑の度合いが大きい顰め面で思わず問えば信長も理解不能って顔で。


「解らん。だが俺達と戦う気だと」


「嘘でしょ」


 三人の心情を代弁した岩室長門守重休の言葉に合わせて三人は絶句した。岩室長門守重休は困惑だろうか。丹羽五郎左衛門長秀は思案だろうか。勝三は言うでもなくバチギレ。


 信長は三人の心情が良くわかるが故にゆっくりと話し始めた。


「三好三人衆、阿波三好家との同盟、何よりも近衛家と連携している事が気に食わんらしい。まぁ其の実は都の連中が幕府を頼らん事が不安なのだろうとの事だ。少なくとも朝倉に加えて毛利と上杉には書状を送る気らしいぞ」


 三人がドン引きした。織田家の中枢たるが故に考えれば考える程に意味がわからない。現状で義昭本人の自由に出来る戦力は百も無いのだ。あと普通に召集できる国人とかもそんな居ない。じゃあ外に戦力あるかってマジでギリ朝倉家くらい。


 しかも頼りにするって上杉家と朝倉家の関係は対本願寺で敵対はしていない程度。毛利家なんか何だったら織田家と普通に仲が良いのだ。んじゃ武家じゃなくてそれ以外となると庶民や公家は幕府に対して凡そ見切りを付けてる。どう考えても織田家に対して挙兵して上手くいく訳がねー。


 と言うかマジでどう言う思考回路で織田家と敵対するって決着を見るのって話。だって貧民や孤児でさえ織田家に関わりある者を襲わない様に気を付けてるのだ。自力救済の故戦防戦にしても誰も賛同してくんねーレベルの無茶だってこんなん。


「最悪は大将(足利義助)様を立てる事も視野に入れねばならん」


 信長の呟きに岩室長門守重休が懸念を示す様な顔をして。


「一つ宜しいですか?」


「なんだ?」


「それでは実質的に御屋形様が幕府を開くのですか?」


「え?」


「え?」


 吃驚した信長に対し逆に吃驚した岩室長門守重休。丹羽五郎左衛門長秀も驚いては無いが意外そうな表情。勝三だけ開けば良いのにって顔で若干不満そう。


 信長は三人の顔を見て目を閉じた。


 一呼吸。


 スと鋭い眼差し。


「幕府とか、朝廷とか、面倒くさい」


 三人の呆然とした面が揃う。信長が心底嫌そうな顔で。


「いや幕政はともかく官位とか頑張って覚えようとはしたんだが忙しくてな、どうも」


 信長は幕府は朝廷ありきと考えている。まぁ室町幕府がそう言うモンだったんだから将軍になる=朝廷との関係を深める=朝廷儀礼が必須って話。そんなモン覚える暇が今の信長にはねぇのだ。


 だいたい自身が将軍になりたいなどとは思ってないし将軍になる必要も感じてない。つか将軍、征夷大将軍って足利家の家職みてーなとこがある。ポッと出の織田家が俺が将軍じゃとか言い出しても空気読めない勘違い野郎と思われてもおかしく無い。そんな答えの無い問題に頭悩ませてる暇があったら都とか朝倉家とかソッチの処理をしたいのだ。


「まぁこうなってはお前達には色々動いて貰う必要が出たからな。霜台(松永久秀)殿を始め六角や三好の婿殿を始めとした此方側の者達にも伝えるが山城の周りを抑えるお前達には先に伝えておくべきだ。直ぐに兵を出せる様にしておいてくれ」


 そう言って信長は起こるだろうアホみてぇな事態に備えて指示を出した。




 将軍様のおなーりー。時代劇とか将軍が出てくる時によく言われるヤツだ。これは漢字ではまんま御成と書く。


 将軍様が来たぞー的な雰囲気で使われる言葉はこの時代において大戦などの区切りが付いた際に一番活躍してくれた家臣の屋敷に将軍が出向いて宴をする儀式である。


 前に信長が副将軍にならね?って無茶振りされて以来の事だ。


「御来訪、深甚に御座います大樹」


 って訳で信長が妙覚寺にて足利左近衛中将義昭を出迎えた。


「ああ、ああ。そんな頭下げんといてや御父上。わざわざ出迎えてくれて有難うな。ホンマ今忙しいやろに」


 義昭はそう言って馬から降り妙覚寺の中へズンズン入っていった。


「勿体無い御言葉で御座います」


 信長は義昭が通り過ぎると下げていた頭を上げて背に付いていく。その後ろには幕臣が三好左京大夫義継と摂津中務大輔晴門を左右先頭にズラリと並ぶ。彼等を扇動するのは信長の小姓だ。


 式三献、雑煮、本膳、二の膳、三の膳の見るだけとかって良くわかんねぇ面倒なのを済ませて本来の意味合いの酒宴と呼ぶべき後段である。


 先導された先は大広間。


 寒いから部屋の隅々まで畳を敷き綿入りの絹座布団と足に掛ける綿入の小さな布団に綿入れ(長半纏)が置いてあった。それらで身を包んで既に控えている者もおり、彼等は日野家や飛鳥井家など武家相伝の公家達だ。これは信長が準備した宴という器量を示す為の物だが金額を考えると頭おかしい。


 来客側は驚嘆と共に各々の席に着いた。


 さもありなん膳から催しまで信長が計画した宴である。それを側近中の側近三名と小姓馬廻が差配するのだ。当然の事ながらこの時代で同じ宴を開ける者などいない。


 小姓が宴の趣向を読み上げる。


「此度の献立は大和の数の子、伊勢の海老の衣揚げ、鮒寿司、鬼柳の清酒。また餡包み、ふりもみこがし、かすていら、お望みなれば堺の今井大蔵卿法印が茶を立てる為控えて御座います。座興は三つ能と狂言は観世小次郎《元頼》、砕棒術を内藤備前守が披露いたしまする」


 そして料理に手をつけ舌鼓を打つ。


「うむ、これは美味な茶ですな。かすていらの知っている物より甘く柔らかい」


 そう言うのは松永右衛門佐久通。父譲りなのか茶碗を眺めている。


「摂津殿、明智殿、織田さんが後で目一杯つつんでくだはるとの事。懐に詰め込むんはやめとき」


 長岡兵部大輔藤孝が言えばイソイソと料理を包んでいた摂津中務大輔晴門以下の幕臣達がバツが悪そうにしていた。


「この桑餡、もう一個頂けますやろか」


「伊勢の海老に衣を付け油で揚げる。何と豪勢な物か。塩は敦賀の物か、ほんに美味い」


 日野、飛鳥井の公家達は穏やかに、しかしマジかって勢いでメシ掻っ込み始める。


「数の子うまッホンマうまッ」


 義昭は数の子口にパンパン放り込んで酒をゴクゴク。


 そうしていると座興が始まる。


 教養の無い人間には何かみょんみょん言ってるようにしか聞こえないが鼓をポンポン打ちながら何かスゲー感じしてアレ。なんとか候ォーって言って泣けるのが終わったら何とかに御座るつって笑かしてくる。後の記憶を持つ勝三にはちょっとテンポが悪いが場は爆笑の坩堝で相当面白い出し物なのだ。


 そして勝三の出番が来た。座興と酒で熱った部屋に火鉢が持ち込まれる。襖がみるみる内に開き自身手製の黄色い目の黒鬼の面を付けた勝三が一丈半(約4.5㍍)の人間が持っちゃダメな鉄柱を担ぐ勝三がゆっくりと松明の照らす中心に現れた。


 代用で使ってた練習用の金砕棒より一尺(30㌢)長く重量は二貫(約7.5㌕)軽い四十貫(約150㌕) 。多々良製鉄で集めた良質の鋼、鍛鉄を用いた鉄芯に厚味のある長覆輪(鉄板で覆う)を重ね、それを蛭金物(帯状板金)で固定した斬撃耐性と破壊力を増強した黒金の一本。以前の物や練習用の物より細くはなったが故にこそより硬くより扱い易くなった逸品だ。


 いや、まぁ十分太いんだけど。


 その横に勝三が付けているのと同じ面を付け狩衣纏う与三が陰のように控え大弓を握ってしゃがみ侍る。


「御笑覧あれ」


 そう言って二人が一礼。


 勝三が一歩前に出て振り下ろす。


 ゴ、と響いて地面に着く事なくピタリと止まった。


 誰かが、いや誰もがただの一撃に息を呑んで絶句する。


 其処からは怒涛のブンブン。想像し易い様に例えればバトントワリングを鉄柱でやってるってのがらしいだろう。流れる様に腰を中心に回したかと思えば肩を沿う様に回して頭上で振り回す。


 速すぎて黒い竜巻だよもう。竜巻ってかもう黒い球から足生えてるみてーだよ。腕無しハンプティダンプティみてーになってるって。


 観客がスゲェじゃ無くてヤベェの絶句になってるもん。


 そんな中で太鼓が一度鳴り与三がスタスタと前に出た。弓に鏑矢を番え空に向けて一射放てばヒュルルルルルと音が遠のいていく。何をする気かと思えばいつの間にか左右に鉄兜が吊る仕掛けてあった。


 与三が弓を引き左右の鉄兜を割る。記せばそれだけだが弓の持ち手を変えて瞬く間にやってのけたのだから異常だ。利き手って言葉があるのだから難しさは推して知るべし。


 太鼓がまた叩かれた。すると与三は勝三に矢を向ける。太鼓の音に合わせて一矢。勝三は一閃叩き落とす。


 太鼓の音に合わせて与三が矢を放ち勝三が叩き落とす。ゆっくりだった拍子が鉄を割る矢を放つ事を急く様に早くなっていく。最後には乱打されて乱射、しかし一矢さえ残さず叩き落とした勝三は最後に横一線。


 頭を垂れて闇の中へ消える様に下がった。


「次の朝倉征伐。先程の勝三を含めた勇者達と共に大樹へ勝利を捧げましょう」


 信長が自信満々に言う。戦は俺らに任せてくれれば万事無問題だと伝える為に。織田家は将軍の役に立てるのだと言う思いを込めて。


 これは義昭の反信長の動きに対して更なる織田家の価値を示すことで抑制しようという思いからだ。当然ながら若干の脅しも入ってるがそれは信長としてはちょっとした代物である。とどのつまり敵対では無く融和こそ双方の利益足り得ると伝えたかった。


 あくまで信長的には。じゃあ満面の笑みで頷いた義昭がどう受け取りどう考えたか。それはこうだ。


『これ挙兵しようとしてんのバレてへん?バレた上で下手な事するんなら殺すぞ言われてへんコレ……』


 てなノリでもう笑顔だけど口角も上がってるがグニョグニョ。目から涙が溢れそうになり全身を小刻みに揺らしてた。盃の酒ビッチャビチャ揺れてる。溢れてねーの奇跡だコレ。


 ま、要はこう思った。


 コロサレル、と。


 更にはこうだ。


 殺らなきゃ殺られる。


 ちょっと被害妄想猛々しい。


 そう言う印象を抱くかもしれないが正味、戦国時代とか悪口即斬みたいなとこある。何が言いたいってその程度でぶっ殺されかねない世の中なのだから疑わしきは殺せも無くはない。しかも勘違いなき様言っとくと武家とかじゃ無くて庶民レベルで。


 そう自力救済と面子が合わさった世の中故にコレが過剰な反応かと問われれば微妙なトコなのだ。


 まぁ現代からすっと落ち着けとしか思わんけど。いやゴメンやっぱ戦国時代でもちょっと落ち着けってなるわ。信長どんだけ幕府に尽くしたと思ってんだよって話だコレ。


 そして元亀三年如月(2月)


 足利左近衛中将義昭——挙兵。


 都の住民、いや畿内の全員がこの一報を受け最初に漏らした言葉は一様だ。


「何で?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ久々に心の底から楽しめる文でした。 え?これがタダで読めていいんですか? 続きは首を長くして待っています。
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