はい 宗教宗教
ポイント・ブクマ有難う御座います。
上手いこと纏められず長いですが暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。
永禄十四年ないし元亀二年の神無月の事、本願寺は降伏し本願寺顕如光佐は石山御坊から退去した。
この際に鷲ノ森御坊に向かった本願寺顕如光佐が見たのは半里と四半里南方の虎伏山に築城されている織田家の城だ。紀州の各地から人を集めたのではないかと言う程の人々が作事に従事して山とその周りを城へと変えていた。石垣を用い頂上にて建築中の三重櫓が建つ本丸は紀伊鷲ノ森御坊どころか紀伊悉くを見張っている。
それを眺めるのが毎日の日課となっていた。
「どや茶々。織田と戦わんで良かったやろ」
今日も本願寺顕如光佐は鷲ノ森御坊の庭から城を見ながら顔を顰めて言った。この問いと表情は彼の背に立つムッキムキ若坊主に対してのものだ。凡そ元服をする十五にもならない若坊主は嫡男の本願寺教如光寿で有る。
逆三角形の隆々とした剛強な筋肉ではち切れんばかりな体躯に比べ、齢以上に余りに幼く見える顔立ち。
子供らしい大きくクリっとした丸い目には狂信一歩手前の熱と怒りの炎が燻っている。また父に似た尋常ならざる端正さと母に似た愛らしさが同居する顔を支える首は筋張って太い。その下で袈裟を持ち上げる程に膨らんだ胸筋を持ち鋼の肉体には戦意が激る。
早い話が説法できるコレ?って言う逆三角形体型の十四歳だ。
「父上、あん程度の城が何や言うんです。石山に比べれば犬小屋やないですか。ほんま口惜しいったらない。一戦——」
ヴァズゴン!!!!!
擬音表現すればそんな音が唐突に。
「——ゴヴッ??!!!!」
本願寺顕如光佐は物音ってか轟音にビックリして振り返りその整い極めた顔を幸福に緩める。
「如春!!」
息子が消えたが代わりに立っていたのは妻の如春尼だ。大寧寺の変で亡くなった三条公頼の三女で年は二十七。二児の母たる女性に対する評価として正しくは無いだろうがマジギレ顔なのに非常に愛らしい顔立ちである。あと下世話な情報並べるけど着物着てんのに一般男性が煩悩まみれになるやろなって体型してた。
まぁ右手に鉄扇って名前の実質鉄棒握ってっけど。
なんなら足元で潰れたカエルみたいになってる息子おるけど。
ほんで息子の禿頭にメッチャ鉄扇の跡付いてクソ煙出てコレどんな威力って感じだけど。
「どないしたん如春?」
デッレデレの顔で問う本願寺顕如光佐。
「救世こそ本懐たるべき仏家たる筈の者が護法の為にならへん戦を望もうと言うんですから母として止めねばなりません。何より法主たる貴方様の道理の通った意見に息子と言う立場に甘え見当違いな答えで抗おう言うのは耐えきれへん。織田家の主城でさえ無い事に目を背けると言うのは齢を鑑みても法主の嫡子として在るべき姿とは言えへん」
「成る程なぁ。そらそうや。僕ぁ息子も納得させられへん説法下手や苦労かけるで」
「その様な事。私がせめて得度するまでは気を楽にして欲しいと甘やかし過ぎたのでしょう。そう考えれば余りに無道な八つ当たりでしたね教如……あれ教如?」
夫婦はキョロキョロと教如を探して首を左右に。また鏡合わせ首を傾げて本願寺顕如光佐は一歩足を出し。
「茶々ー。何処に行ったんー、ん?」
足先に柔らかい何か。本願寺顕如光佐は足元を見てギョッとする。旦那に続いて如春尼も視線を落としてギョッと。
「大丈夫か茶々!!」
「い、医者を!!」
漸く気絶する息子に気付いた。
……いや大丈夫じゃねぇよ。寧ろ大丈夫かコイツら。
「あぁーホントに?いや悪い予想って何ぁんで当たるんだろうねェ本当に……」
越前国一乗谷では朝倉左衛門督義景が表情筋を死滅させていた。豪奢に畳を敷き詰め風光明媚な庭を望む一室で肘掛にデルォンともたれかかる。豪奢で絢爛な空間で城主の顔だけが侘しく煤けきり死に顔の様にさえ見えるそれは酷く浮く。
対面する相手は下間正秀頼資とその嫡男の下間正善頼純と言う本願寺の僧侶二名と三好兵庫助長虎だった。僧侶親子は勝三の知る記憶において対織田に向け加賀越前門徒の指揮者として派遣された者達である。そんな彼等は加賀門徒の統制と朝倉家への詫びを伝えに来たのだ。
「本当にほんに申し訳無い事で御座います。左衛門督様の御怒りはご尤もと此の正秀を始め考えてます」
そう言いながら寒いくらいの気温ながら汗を流して禿頭を手拭いで拭う下間正秀頼資に両の掌を見せ朝倉左衛門督義景は押しとどめる様にして。
「いやいや仕方ないよソレは。僕ぁ近江でメチャクチャにされたからね。分かりたく無いけど分かるんだ」
「御言葉、辱のう御座います。この正秀と正善が加賀門徒の取りまとめ一切の騒乱を起こさぬ様に手配いたしますので」
露骨にホッとして言う下間正秀頼資に朝倉左衛門督義景は身を乗り出して。
「うんうん。ソレで、だ。本題は何だい?」
そう問うた。前屈みで圧さえ感じる問いかけに僧侶はタジタジとなるが三好兵庫助長虎がスと前に。
「我等は織田に降りました。故に左衛門督様の御意志によって尽力する事柄は大きく変わります。口にするには憚られますが」
三好兵庫助長虎はそこで口を一度閉じた。そして腰に刺した扇を抜き取り広げて見せる。
そこには講和の文字。
とどのつまり朝倉家が織田家に降る積もりなら三好三人衆は仲介役を買って出る積もりだと言うのだ。顔を顰めた朝倉左衛門督義景に対して三好兵庫助長虎は扇を仕舞い強く握った拳で半身身を支え深く頭を下げた。それは協力を誓っておきながら不甲斐なくも降る羽目になった申し訳なさから深く深い。
「我が父が腹を召してでも敦賀を除く越前全てが左衛門督様の差配のままとなる様に尽力致します」
これアレ。早い話が戦止めない?って相談だった。
というのも三好兵庫助長虎を始め三好三人衆は朝倉左衛門督義景と言う個人に対して非常に好意的だった。織田家と言う強大な敵がいたと言う前提はあるが持ちつ持たれつの良好な関係を維持できた。戦国時代などと呼ばれる乱世において得難いもので、其れが相手の癪に触り最悪は誇りを傷付けようとも手を差し伸べようと思う程に。
では本願寺が何故ここに居るか。答えは単純である。織田家と戦って武家ヤベェなってなったのだ。
いやアレ織田家が特例なのは分かるが、余りにも完璧にボコられて心折れた。んでメッチャ強い織田家がキレたらヤベーから加賀で騒乱が起きない様に統制を取りたかったのだ。戦後処理で畿内と和泉の末寺は織田家の監視下か独自に織田家と接触を持ち半ば独立を強めた。これで加賀や安芸の門徒や末寺を失ったら目も当てられねぇ。
本願寺的には三好三人衆と協力して織田家に従順な姿勢を見せようとしているのだ。
まぁ坊さんは置いといて三好兵庫助長虎は必死に続ける。
「若狭まで手中に納めてみせた左衛門督様には御不快とは思います。しかし織田の強さは尋常では御座いません!!」
迫真、対して朝倉左衛門督義景は溜息を一つ漏らして。
「渡に船なのさ。正直ね」
声色が諦念一色なのは朝倉左衛門督義景にとり当然の事だ。理性的に見れば既に朝倉家は織田家に対抗し得ない。そんな事は論ずるまでも無く越前を統べる者が分からない訳が無い。
上げ連ねれば先ず近江の戦いで朝倉家の軍事力は半壊している。次いで敦賀で敵を抑えられれば何とかなったが本願寺の片手間で落とされた。最後に多勢でさえ勝てなかったのに一勢力で織田家に対抗など既に狂気の沙汰。
しかし、だ。
「けど叔父上が降伏を良しとしないのさ」
そう頭痛を堪える様に額に手を当て顔を伏せる。
「ここに来るまでに聞かなかったかい?朝倉名字の恥辱也、自刃長男に屈服次男、敦賀郡司は腑抜けに候。後は天下の嘲り塞ぐに拠無しとかね」
これは石山合戦と凡そ同時に起きた敦賀金ヶ崎の戦いの後に越前各地で囁かれた言葉だった。丹羽五郎左衛門長秀が猛攻を仕掛け木下藤吉郎秀吉が各城を落としていく状況に敦賀郡司朝倉中務大輔景恒が一戦も戦わず降伏開城したのだ。近江で敵味方問わぬ死力を尽くした激戦の後に援軍も来ていたのに降伏した事で敵味方にド顰蹙を買ったのである。
まぁそこまでなら良いのだが、それが民草の間で話題になったのは不味い。だいたいナメられたら殺すがデフォの世では戦って死ぬ方がマシだと戦意が昂ってしまった。敦賀を攻略した織田家がそのまま若狭や丹波の攻略まで始めた時点で降伏も当然の状況なのだ。
少なくとも朝倉左衛門督義景など上層部は分かっているが皆が皆その事実を受け容れられる訳では無い。そんな下地に加えて情け無い身内の所業により越前の人々が一戦を交え汚名を注がねばならないと言う集団心理を覚えてしまっている。そう降伏を望み飛び付きたい程の案を出されても其れをするには難しい状況だった。
「息子と国を救えるならこんな首くらい切って構わない。でも今の越前が降伏するのは感情として余りにも難しい。言い方は悪いけど敦賀で大戦でも出来ていれば皆が納得しただろうけどね」
朝倉左衛門督義景が扇を一つ三好兵庫助長虎に渡した。
で、勝者たる織田家。
「勝三ォ!もうグーで良いぞグーで!!構わんやってしまえ!!」
「いや、ちょッ三郎様お待ちを!!流石に殴るのはダメですって!!」
信長はキレていた。勝三もキレてたけど信長がキレ過ぎてるから宥める側だ。信長は信長なりに畿内の政務を回していたのである。
それは都の人々にとり非常に馴染み有る物で頼り易い物だった。何せ幕政を担ってきた松永家や管領を務めた六角家のノウハウを流用出来たのだから当然だ。松永家は優れた吏僚が家長だし六角家は今の織田家に似た流れを経験している老臣が多い故に良い教師たり得た。
まぁ伊勢氏が排斥された幕府と比べれば何でもマシっちゃそうだけど。んで三好家に関しては協調出来ない将軍を担がざるおえなかったし幕臣が暗殺とかし出すから治安とかクソって評価になってしゃーない。てか寧ろコッチに関しては幕府に加えて朝廷も回してた三好家がおかしいまである。
閑話休題、ともかく都の人間が非常に頼りやすい政治を行った織田家。しかも信長の正義感と都合に寄るが納得出来るかは兎も角も、少なくとも理解は出来ると言うある種の最低限の裁定と裁判結果が示される。長くなったんで端的に言うと将軍が帰ってくる前に信長に裁判や裁定を下して貰おうとアホ仕事持って来られて余計にバグったのだ。
「まぁ落ち着くまでは如何しようも有りませんが困りましたね。せめて幕府が帰って来れば其れを理由に一休みできるんですが。朝廷側も乗り気じゃないらしいですが中将様の方は如何ですか?」
勝三が期待薄そうに問えば信長も呆れた様に首を左右に。
「あっちも相当だぞ。三好三人衆を許すのが難しいなら未だ分かるが大将様を廃位しろと頑なだ。何より朝廷に対しての不満が酷くて如何しようもない」
「随分と強引に将軍宣下を行った様ですからねぇ。まぁ武力が無いんですから仕方ないとしか言えないんですが。と言うかだからこそ早いとこ帰って来た方が良いってのに」
一番困ってんのはコッチだ。織田家は立場的に幕政に関わる覚悟は決めざるおえなくなった。だが今回の騒動を収束させ義秋を都に戻し建前として幕政の主体は将軍であると言うポーズを取るのは必要だと。都の人々としてはもう将軍とか如何でも良いが武家として織田家は無視できない訳だ。
だが肝心の義秋が義助の将軍位の廃位と元亀の年号撤廃を求めて引き篭もっている。もっと言えば義助を擁立した連中全員を討ち取れととんでもない事さえ言っていた。それは都が安定せねば困る織田家には受け入れられない。
そう織田家は畿内の政務を回し安定させる必要があった。それには五畿内と呼ばれる内の山城、摂津、河内、和泉の四国に加えて周辺の若狭、丹羽、紀伊と七つの国を安定させる必要があるのだ。しかも雑な政治と激しい戦争で根幹部分がズタボロの状態の畿内を中心にである。
とすれば前例や現状を知る人材はマジで宝で優しさとか乱世にて頭フワフワな理由じゃなく過労で死ぬから敵を許し味方にするっきゃねー。例えば畿内を回していた三好三人衆を抜くのであれば例えば算数を知らずに数学をやらねばならない様な物である。政務的に見れば領国が数倍になった様な現状なら織田家でなくともそんな余裕のある訳はないのだ。
まぁ一番の問題は将軍位を義秋にするにしても流石の織田家も朝廷に払う為の金を用意する余裕が無ぇってトコだが。これがポンと払えれば義秋を納得させられたろうが大規模な戦続きの上に広がり過ぎた領地の地固めが先だ。まぁ如何しようもねぇってのがその通りで信長は己を慰める様に。
「ハァ、気長に行くしか無いか。戦続きに城造りも忙しい。志賀の城も良い加減完成さねばならないしな」
織田家は摂津と近江に紀伊と三城を築城中。
摂津のは石山本願寺の解体を兼ねた建築で、近江のは良い加減完成させないといけない、紀伊のは雑賀衆とか本願寺の監視に必要だ。
今回は勝三が信長の要請を受けた借款の為。
「勝三、確認してくれ」
そう言って信長は借款状や代納状に朱印状の束を勝三に渡しカステラを頬張った。勝三は税として領主としては軍役に米や蕎麦、織物関連の代表としては絹、水運の総取締役としては上納金を払っている。その上で勝三は信長に金を貸す余裕があった。
より正確に言うのならば石山合戦と敦賀の戦いに端を発する若狭丹波攻略、更に琵琶湖の完全制圧からの周辺の戦闘で銭が勝三に集中し過ぎて分散の必要が出たのだ。正直言って淡海水運に関しては規模を鑑みて信長の領分にすべきだが今はその暇が無いし今まで上手くやってる勝三から態々変えるのもアホらしい。
まぁともかく織り機や炭焼き窯の新造、滑車台増設に造船費用の返済、各地の整備と水車小屋の建築と築城費の返済、他者から見た勝三の趣味とそれら等々を済ませた上で内藤家としては金が余った。その額は築城を始め敦賀で水軍を整備したりしている織田家でさえ一息つけると言う程度の金額と言えば好景気ぶりは察せられるだろう。
「そう言えば勝三、また何か変な物を作らせてるらしいな。各地から瓦の残骸を集めてると聞いたが?」
信長は書状に署名しながら世間話を始めた。勝三も信長の署名に続いて己の名前を記しながら。
「ええ。各地の窯元に出資を募って炭焼き窯を作ろうかと。良質の炭を焼く為の窯を作れれば色々と便利ですから。商品に困っていた南蛮人に頼んで唐国から鉄礬土と蝋石を集めて貰ってます」
「蝋石はともかく鉄礬土?」
「赤い土塊です。何か熱に強いらしいので混ぜて坩堝とか高炉とか作れないかなって。毛利殿が教えてくれた灰吹法も上手く行きましたんで」
「あぁ、分かったぞ大筒の型だろう。確かに直ぐ作れるとは言え砂や泥だと砲口が雑になるからな。成る程それで借款の代わりに窯元を一つ貸して欲しいと」
「正にその通りで。それに石火矢の砲尾に良い案思いついたんですよ。ホント何か明とか南蛮の状況も相当に良かったみたいで此れ幸いって感じです。南蛮人の面会を任せていただいたおかげですよ」
これは勝三の目標の一つ鉄製大砲の為の施策である。当初の予定だと九州まで治めて何とかって話だったのが何か明の北虜が終わって貿易が活発になったのだ。依然として日本との貿易は禁止されているが中継貿易や銀の必要性だのと特に南蛮人の必死さのお陰で欲しい物が手に入っていた。
そりゃ南蛮人、特にポルトガルにすれば極東くんだりまで命掛けてやって来たのにアジア貿易で必要な銀が手に入らなくなったらマジ死ぬ。生糸に比べれば重いが砕いて運べば割と量を持ってこれる土塊や石コロが銀と変わるのならば背に腹は変えられないと言う話だった。特に本国が軍事費とか植民地の維持防衛とかで金、いや銀とそれが産む富が必要であり、その為ならと若干の迷走状態なのだ。どれくらい迷走してるかってポルトガル商人が銀の使用を抑える為に明ではなく日本の絹を買って水増し出した程である。
また明も北虜が終わって一息付いたが戦域の規模故に被害が酷く、匠役制とか色々あって技術や蚕や綿そもそも手工業を担う農民の流出逃走が起きていた。そこに海禁政策の緩和によって貿易に活路を見出した者達が思いの外多かったり、手工業を担っていた貧困層が高利貸しに借金サイクルくらったりと、絹や綿作りの担い手が二重の意味で戻るに戻れなくなっちったから唐絹が高騰してるってのもある。
生糸生産最強の明がそんなノリなので現状は極一部だが明でクソ役立たずな永楽通宝やその私鋳銭をポルトガル商人が入手して明が絹を買うと言う逆転現象が起きていた。
ま、今後どうなるか分かんない経済だの情勢だのはさておき信長は極めてワクワクしながら言う。
「そう言えば南蛮人って凄いな。地球儀見たかアレ。ほぺる……だったか?」
「確か……フォペルじゃ無いですっけ。フォペルの地球儀。色々と驚きました」
勝三が驚いたのは事実である。前世の記憶が有り戦国時代には既に地球儀があるのも知っていた。だが欧州の人々が現時点で広範囲に渡る地球の形状を漠然と理解している事は驚嘆が勝る。
見せてもらった地球儀はアジアとアメリカ大陸が混ぜられてたりするが随分昔の物らしくオーストラリアとかが無いのだが今の世界地図とパッと見は似た様な物。
それだけの範囲を命を顧みず進んでいったと言うのだから恐れ入る。まぁチャッカリ勝三は地球儀を丸写しし、絹で織らせて新デザインとして売り出してるけど。因みに最初の一着は既に信長が売約済みである。
「それでキリシタンの布教に対しては如何しますか?」
「ふむ。教えは兎も角も欲を持たんと言うのは寺社の尻を蹴り上げるには良いかもしれんな。そう言うお題目で寺社の武力を削りたいところだ」
「成る程、キリシタン達が武装し出す余裕が出来始めたら掣肘することも出来ますね。まぁ向こうが此方の思惑通り動いてくれるんですから寄る辺くらいは供出し無ければ」
勝三が一番驚いたのはココだ。大航海時代といえば前世の記憶として欧州一強な時代だと思っていた。まぁ程度の話になるが確かに軍事力と機動力で見れば正しい認識だろう。
だが思う程に激烈な力を何処にでも持って行ける訳では無いのだろうと考えたのである。
そう勝三は知らないながら欧州は沿岸部や島を占拠するのが基本で、ピサロの様なやり方が通用したのは稀有な例なのだ。また中途半端に黒船来航の印象があったのも理由の一つだろうが、言い方は悪いが高圧的な交渉をされる物と思い込んでいた。しかし実際には割と切羽詰まった、言い換えれば相互利益を探すのに必死っぽい。
特に宣教師の必死っぷりはとんでもない。
まぁアホな説明で酷く申し訳ないが宗教改革で旧教ローマ・カトリックは無茶クソにテンパり中だった。それこそ30年くらい前に崩御したヘンリー八世が離婚してぇからってイングランド国教会ブチ立てて教皇クレメンス七世がマジかよ国王に対して破門とかやってたのだ。イングランドありえねぇとか言ってたらプロテスタントとか更にトンでもねぇバケモンムーブメントが起きてキリスト教世界がひっくり返った様な状況なのである。
どんくらいヤベーってイングランド限定だが誰も触れる事の無かった教会の財産に手を突っ込んだヘンリー八世がプロテスタントディスったら教皇レオ十世がマジ信仰の守護者という称号を与えるくらいヤベー。
何つーかイングランド国教会はあくまでカトリック流であり教皇を立てるがイングランドにある教会はイングランド国王に従ってもらいますってスタイル。プロテスタントは上層部の特に教皇オメもうちょっとちゃんとやってくれよってのが色々あって俺は俺たちのスタイルで信仰すっからテメェ邪魔すんなブッ殺すぞオラァ!!みたいな。
まぁ日本の仏教が分派してった様に完全に別宗派が生まれ殺し合いするまでいっちゃった様なアレだ。出来て無いにせよ東西教会だって源流は同じだし別れた理由も割と国諸共ってノリでしゃーない。何より俺達のやり方でやろうぜと言いつつ一応は双方が歩み寄ろうとしてたのである。
だが宗教改革によって生じたプロテスタントはキリスト教の場合1500年ではあり得なかった中下層民を根幹としたカトリックに対する敵対。マジで急に体が分離して別流派になられちゃって武器向けられて超焦ってるみたいなノリ?だった。まぁ厳密に言うと割と分派してんだけど大体こんなんだと思う。
……たぶん。きっと。知らんけど。
それこそ国政や王侯貴族まで波及し時期によるがカトリック世界は唐突に三割から四割がプロテスタント諸宗派となった。彼等にしてみれば1500年続いた世界が崩落していく様を見せられている様な物だ。恐怖に推されて欧州の外に信心の安住の地を得ようと必死にもなるのも頷ける。故に宣教師達は協力的な権力者に対して友誼と融通に全力を出すのだ。まぁとどのつまり勝三はそのへんを知らないで意外と友好的なんだなって思ったのである。
て訳で。
「口約束ですが西洋帆船や鉄鋼、大筒の技師の派遣すると言うのは有難い限りですね。これで堺、伊勢、敦賀で南蛮人に船を売れる可能性が出てきた。洋書の翻訳もしてくれるそうなので何が出るやら」
「うむ、造船所を建てると言っただけで随分と弛緩していたな。遠方故に故郷の力が及ばんと言うのは本当かもしれん。船と食料の供給を約束しただけでコレとは」
「まぁ唐国や天竺より遠い故郷ですからね」
そうカトリック教徒は交渉の結果、様々な技術開示を約束した。水車を用いた吹子を備える高炉を始め造船所を作る事と引き換えにして様々な技術を要求、と言うか船の整備拠点を作るから教えてつったら是非にって感じだったのである。水車吹子などは勝三の発案で既に使われているが大規模化し更に高炉の作り方まで教えてもらえそうなのは非常に幸運だった。
まぁホラ。船造んのに鉄とか結構いるし大砲ねーと何されるか分かんねーから。んで本国から持ってくるの大変だし現地で用意できる物は有れば有るだけ有難い。そして船の修理や新造なんて命に関わるので安く出来るならそれだけ良い事だ。
ゴミみたいな例えだが大陸の縁を原付で沿って移動すると考えれば此の時代の航海のヤバさが分かるだろうか。んで原付壊れたら死ぬじゃん?出先に確りした修理工場欲しくね?って言う。
まぁ兎も角、信長達は都を治め様々な仕事をこなしていった。南蛮人との接見は良い気分転換になったのである。
食事が並んでいた。建築様式からして紛う事なき寺である。しかし椅子と机、セルラとタブラ、何よりも食事を前に祈る二人の男が異国情緒を薄らと滲ませていた。
「 我等が父よ」
言葉はラテン語だ。だが色々と無理があるのでフワッと訳す。二人の男は輪唱の様に唱えた。
「貴方様の慈しみに感謝して此の食事を頂きます。此処に用意された物を祝福し我等の心身を支える糧として下さい。我等の主たるイエス・キリストによって。そうありますよう」
朗々と文言を終えた二人は質は良いが着古した黒いキャソックと言う祭服を纏う。早い話が神父さんとかが着てる黒い服である。坊さんで言うと袈裟の下に着てる法衣になると思う、たぶん。
其々の前には大きなお椀に水が入れられて手拭き布とナイフに匙。中央の平皿には鴨肉に煮た豆。そして大麦のオートミールが並んでいた。
其れ等を黙々と食べる。
一人は北イタリアはカスト生まれグネッキ・ソルティ・オルガンティノ。穏やかで気の良さそうな微笑を浮かべる細身の男ではあるが肉体は頑強だ。また清貧なのは間違い無いのに現在進行形で文化と言えばなルネサンスってるイタリア出身らしく何処か垢抜けて御洒落な雰囲気があった。
一人はポルトガル王国は首都リスポンの生まれルイス・フロイス。確りした頬ぼねと筋の通った鼻は宣教師と言うよりは聖騎士、いや冒険家とでも読んだ方が似合う骨太な印象を抱かせる。なんというか聖者と言うべき人物の印象にこんな事言うのもアレだが大体ブン殴ったら解決出来そうなゴツさがあるのだ。ただ所作は粗暴とかけ離れ何処か理知的で穏当な印象を受けた。
両人共にに良い意味で細かい事は気にしなさそうな快活さを覗かせ力強く精力的、そうパワフルでアグレッシブな印象がある。そりゃ帆船に乗ってアフリカ周りで欧州から極東なんて呼ばれる所まで来るんだからアグレッシブでパワフルじゃ無いと死ぬけど。
ありったけの夢ならぬありったけの信徒を求めてやってきた宣教師達。彼等はその代表として信長と面会し三好三人衆への協力の謝罪と保護を求めた者達だった。それはそれとして黙々と食事を終えた敬虔な彼等はまた揃って祈る。
「父よ、感謝の内に此の食事を終えます。貴方様の慈しみを忘れず全ての人の幸せを祈りながら。我等の主たるイエス・キリストによっそうありますよう」
祈りに組んでいた手を解きルイス・フロイスは一歳歳下のグネッキ・ソルティ・オルガンティノへ逞しい笑みを浮かべる。
「さて友オルガンティノ。ジャポの習俗には慣れてきたかな?」
「ああルイスさん、少しづつ慣れてきたよ。それに嬉しい事に色々と教えてくれる者も多くてね。本当に邪教さえ信じていなければ素晴らしい人々だと思う」
「随分とジャポの人々を気に入った様だな。それはとても良い事だ。敵愾心や侮りなど我等が父はお望みではない」
「気に入った?うん、言われてみれば確かにそうだ。後は皆が我等が友ドン・バルトロメオ殿の様に邪教を焼き払ってくれれば最高なのだけどね」
「そうだな。だが慌ててはダメだぞ友オルガンティノ。私も急いてしまうが野蛮だと思われてはいかん。それこそ異教徒とは言え鷹揚に言葉を交わす事が大事だと私は思う。事実邪教から改心した者も居ただろう?」
「全くです盲目の子を産む母猫にはなりたくはありませんからね」
*慌てた母猫は目の見えない子猫を産む。急いては事を仕損じるのイタリア版らしい。知らんけど。
彼等は西欧の人々の中でかのフランシスコ・ザビエルに続いて日本を好評してくれた二人だ。だが話してる内容は邪教の寺社なんか燃えちゃえば良いのにって実に此の時代らしい言葉である。まぁ宗教とか言っても特に興味ない者からすれば何処も似たようなもんっちゃそうなのだろう。
極論だが三大宗教に始まり戦争なんて珍しいものでは無い。まぁ延暦寺と園城寺もファイヤーし合ってるし人間が運営してるんだから五十歩百歩って事だろう。
ともかく。
「友オルガンティノ、私はレガスピの御老人に手紙を書く。フォルモサに無から拠点を建てるより良い結果になるだろうからな」
「では先ずルイスさんを迎えましょう。出来ればディオゴ・ペレイラとも話を付けたい所だけど。まぁもう少し話が進まないとダメだな」
「うむ、そうだな。では我等の道が照らされるよう祈ろうか」
ルイス・フロイスの言葉にグネッキ・ソルティ・オルガンティノは頷き二人は手を組んで祈る。
「天に在られる我等が父よ。御名が聖とされます様に、御国がいらっしゃいますように、御心が天に行われる通り地にも行なわれます様に、我等が日々の糧を御与え下さい。どうか我等の罪をお許し下さい、我等も人を許します。我等を誘惑に堕落させず悪から御救い下さい、御旨の通りに」