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本願寺降伏

ブクマ、ポイント、誤字報告ありがとう御座います。


暇潰しにでも見てってくれたら幸いです。

 諸僧、諸将が集まる本願寺の本堂。本願寺顕如光佐は玉顔の真青眼相が如き瞳の半分を瞼で隠して三昧。正に仏様が心を静めているかの様な目で報告を聞き終えた。


 手元には三好三人衆からの書状が開かれている。


「......うん。終わったわー。ホンマ無理やわー」


 で、このコメントである。


 いや結果論。正直言って本願寺顕如光佐は自身の見通しがクソ甘かったと言わざる終えない。六角家が滅びた事で都の統制が出来なくなると踏んでいたのは舐め腐ってたなと思う。つか何より近江金森とか各地の寺々が協力してくれると思ってたのが当て外れるとかマジでマジかって感じ。


 まぁ近江寺なんざ六角家が織田家に臣従した時点で何か出来る訳ねーのだが長島一向一揆が立ったんだから大丈夫やろ的なノリだった。しかし本願寺顕如光佐は見てねーからアレだけど延暦寺ファイヤーとか見てる寺が一揆とか織田家六角家相手に蜂起とか出来る訳ねーじゃん。


 てか正味、陸でなら三万くらいの兵力なら全然勝てたと思うし五万でも割とイケただろう。今までの常識ではそうだったけど補給路の海で負けるわ織田家がガチって十万とか集めて来るって狂った所業されるわって如何しようも無い話だ。まぁ実際は七から八万だろうが兵を持って来られたら味方になってくれる勢力も日見よりするし毛利あたりが味方なら良かったのだが今回は本願寺に対して何してくれてんだテメェェェェって感じでダメだった。


 本願寺顕如光佐は遠くを見つめる様なってか実際に遠くを見つめ。


「一応聞きたいんやけど勝てるコレ?」


 法主の問いに左右並ぶ者達の間で唯一、法主と相対する下間刑部卿了入頼廉が首を横に振る。


「二度、三度なら押し返して見せましょう。しかし恐れながら結果としては延暦寺と同じ道を辿るかと」


 本願寺顕如光佐は自身の禿頭をベチベチ叩いてから雑賀衆達へ視線を向ける。


「紀伊の歴々はどない思う?」


 問いかけられた者達は総じて苦い顔をしていた。そもそも此の評定への参加者も当初に比べ非常に少ないのだ。


 例えば雑賀一向宗四宿老と呼ばれた宮本平大夫高秀、松田源三郎太夫定久、狐嶋左衛門太夫、岡太郎次郎吉正。此の内で参加しているのは岡太郎次郎吉正だけだ。他は織田家水軍と戦うのを拒否してそもそも来てないか海で戦って沈められたりした。


 他の有力者も土橋家こそ土橋次郎重隆と土橋若太夫守重が来ているが、鈴木家は鈴木佐大夫重意が織田家に行って自身の代わりに次男の鈴木孫一重秀を出していた。栗村三郎太夫義守()は敵の補給拠点を狙った淀川の戦い以降は行方不明で有る。


 その淀川で戦上手として名を馳せた鈴木孫一重秀に続き名を上げた佐竹伊賀守義昌、的場七郎左衛門尉昌清、的場源四郎昌長。比較的若く血気盛んな彼等さえ戦う事には消極的な雰囲気を隠そうともしなかったし血気盛んな彼らでさえそうなら他は何を言わんや。若造という印象を払底した鈴木孫一重秀が周囲の言い難そうな空気に無理もないと足を組んでノッソリ前屈みになり法主へ視線を返して。


「俺みたいな若造が言うのも何だが刑部の旦那の言う通りだぜ。織田は金も力もありゃ将兵の数も質も強過ぎるんだよ。俺達も金を貰ってるだけの筋は通す気だが死ねってのはお断りだ。差し出がましいとも臆病とも言ってくれて構わねぇが負戦がわかってんなら降伏すんのは早い方が良い」


 本願寺顕如光佐は有り得ないくらい長々と溜息を吐いてから。


「せやろなぁ〜。でも籠城もせず今直ぐにっちゅうんはなぁ。言うて大筒鉄砲の数は兎も角も敵の火薬多過ぎやねんけどな。永遠に撃ち続けて途切れへんとか織田はんトコの火薬ウチよりあるんちゃうんかアレ。ホンマ如何いなっとんねん」


 紀伊の面々は確かにマジで困った程度の言葉だが本願寺からすれば熟も異常で異様な話である。つい五年程前の事だが本願寺は硝石の産出法が分かり今年から五箇山で安定生産が始まったのだが故にこそ織田家の火力は本願寺と同じ手法だと分かる。だが本願寺の様に金も無く外来の物を得る事が出来ない、正確に言えば本願寺程にそれが出来る勢力など無い筈だった。


 しかし願証寺から退避した者達の話を聞くに織田家は少なくとも本願寺より先に硝石を生み出す術を得ていなければおかしい。戦の回数や徹底した鉄砲大筒の利用を鑑みれば絹を作る過程で得たのかもしれないが絹作りと凡そ同時に産み出さねばおかしいのだ。自分達も出来ているのだから出来ておかしいとは思わないが初めから知っていたのでは無いかと思える程の違和感。


 本願寺顕如光佐はそこまで考え現実逃避をしている場合では無いと頭をゆっくり振った。そして最悪を避けるのが最良であると考え閉眼して少し考え込み口火を切る。


「降伏はする。やけど今降伏したら何も残らへん。身一つで寺から退去させられても文句の一つ言えんやろ。何よりアンポンタン(長男)が何するか分からへんしな」


 本願寺顕如光佐は降伏を決めた。決めたが降伏にも手順という物があると考える。


 現状での降伏は全てを奪われても文句の一つも言えない。いわば多少の譲歩をせねば面倒な相手であるとの印象を相手に持たせる必要があると言う考えだ。その考えは傭兵達は賛同しかねたが雑賀と言うブランドを背負う傭兵だからこそ筋を通すのは必要。故に建前として籠城をして降伏する方向で本願寺の首脳部と雑賀衆は妥協するに至ったのだった。


 だがその余裕があるという全員の考えは酷く楽観的な希望的観測でしか無い事だ。


 南に向かって地を這う蛇の様に進む織田家の軍勢が何を狙っているかは連想するに易く、雄大で巨大な石山本願寺からは否が応にもよく見えた。


 物見の報告に評定に集まっていた雑賀衆達が南方を望む特に高い櫓へ登っていく。


「お、俺達の里がッ!!!」


 織田軍、紀州侵攻。当然ながら主力たる雑賀衆の動揺は酷いもので本願寺顕如光佐の周りには立つ事さえ侭ならない者もいる。土橋家の者など屍の様な様相とかしており法主でさえも言葉をかけるのを躊躇する程だ。彼等の想像は凡そ正しく三日ほど後には和泉山地の向こう()側にある鈴木家の十ヶ郷に大軍が駐屯し土橋家の雑賀荘を一角船が囲った。


 織田家の者ならば熱田津島に始まって制海権の重要性を伊勢の戦いや近江で深く深く学んでいる。


 とすれば先ず手始めに立ち塞がった残存の雑賀水軍衆は徹底して撃滅されたのは言うまでもない事。そのまま紀伊湊と和歌ノ浦に織田家の船が乗り込んで抗弁一つに砲撃一つを加え沈黙させて周る。更に織田家に付いた紀州各地の兵が雪崩れ込んで道を作り土橋家に関する悉くの家屋を焼討し黒煙を上げさせるに至った。


 主力も無く点でバラバラの紀伊国は瞬く間に平定されていく。織田家は和歌ノ浦にある若山に簡素ではあるが瞬く間に城を建てて見せ織田(津田)七兵衛信重、柴田権六勝家、金森五郎八長近が二万を率いて駐屯した。勝三の記憶で言えば織田家の実質的な敗北さえした紀伊侵攻は本願寺攻略の片手間に、いや本願寺が蜂起したが故に呆気なく終了したのである。


 織田家に捕縛され使者として現れた岩成主税助友通、織田家に付いた鈴木佐大夫重意、朝廷から送られた権中納言勧修寺晴豊、権中納言庭田重保から一連の話を聞いた本願寺顕如光佐は禿頭を覆う。


「今やったら勅命講和いう形にしてくれはるそうです」


 権中納言勧修寺晴豊が労わるように言った。正直言えば公家連中も織田家が強いとは思ってたがンなレベルだとは思わなかったのだ。本願寺なんしょんと思う所は有っても此のレベルになると不憫すぎる。


 そんな空気の公家は言葉を続ける。


「主上、織田はんとしては主上の御言葉を受け入れた形にならはる。ほんで都は戦をしとるんが嘘の様に盛況です。此処に兵糧を運ぶために貧者や孤児の類いまで雇っとるんや。通り通りの尽くが荷車の列やしここいらが潮時や思います」


 本願寺顕如光佐は賢しく伊達に法主なんぞやってねぇのだ。何が言いたいってオメー公家から見ても勝てねーぞ止めとけって言われた事は即座に理解した。実際に都の通りと言う通りを都中の人々が荷物を背負って進むのだからヤベェ。


 実際に複数の公家が日記に書いており一例を出す。


 大路小路の悉く(そこら中全部)|織田の馬借人足有り《織田家の荷役いんだけど》。之当に淀川も(ちな淀川も)相変わらずの事(そんな感じ)いと(マジ)通うに(通るのに)|妨ぐ事甚だし《クッソ邪魔なんですけど》。


 尚、この後に流石に石山諦めろよとか、邪魔だけど治安良いのマジ助かるとか、でもやっぱ邪魔とかも書いてるがソレは省略。


 まぁ兎も角も本願寺顕如光佐はそう言う状況さえ理解して沈黙を貫く。


 貫くと言うか口を開け無いのだが鈴木佐大夫重意が口を開いた。


「まぁ俺らは違約金を払うんで帰らせて貰うわ。雑賀荘に城を建てられちまっちゃもう織田の下に着くしかねぇ。じゃなきゃ皆殺しにされるからな」


 紀伊国北部は凡そ織田家の麾下に入る事となった。元から織田家に協力的だった根来衆の津田監物算正、畠山家と両属だが隅田党の隅田三郎左衛門尉能武、太田党率いる宮郷を中心として中郷と宮郷を加えてた太田三太夫定久の率いる雑賀五組の東部勢力。


 粉河寺はまぁ根来寺と関係が微妙なアレで除外して根来と隅田と太田の三勢力が紀伊国における織田家の家臣と言える。本願寺に味方した者としては主力が居ない間にバチくそボコられた雑賀荘と半分味方だったから許された十ヶ郷など末端も末端の扱いとなるのだ。現状のままでは擦り潰される可能性さえ有るのだから本願寺への助力は最早不可能で恥も何もかんも捨てて織田家に尻尾を振らねばならない状況だった。


 因みに北部とは別に中部の湯川中務大輔直春や玉置兵部大輔直和などなども織田傘下であある。


 最後に岩成主税助友通が頭を下げ。


「法主様。我等の降伏を事前に申し含めておいてくれた事、深甚に感謝しております。故にこそ此の主税助は恥を承知で申し上げまする。どうか本願寺を御守りくださいますよう願います」


 本願寺顕如光佐は更に遠い目をした。


 これは開戦の経緯にも類するのだが本願寺は割と早い時期から三好家と一定の協調関係にあった。それは未だ三好家が幕府という天下を治める渦中の話で足利という幕府を敵にする事を厭わない程の強力な物だ。端折って言うが幕府を担ぐ細川家ならびに六角家とバチバチやってたら仲も深まった結果でそれ程に良好な関係であったのである。


 最初こそ殺し殺されだった訳で三好三人衆の二人が頭角を表す頃にはと言う注釈が付くが十二分に良好を通り越して昵近と言って良い物だった。


 故にこそ本願寺顕如光佐としては三好三人衆に対して対織田家に際して秘密裏に協力出来る程の信頼を抱いていたのである。何より三好の主力もボコられて船を残して四国帰っちゃったし三人衆は戦えねぇ様な状況となれば生き残りの道筋は残しておく物だ。お互いの信頼関係を用いて三好三人衆には死ぬくらいないら降伏する様に促し保険としたのがそう。


 早い話が三好三人衆に織田家への降伏を認め石山本願寺の軟着陸が出来るように動いて貰う手筈だった。


 それは本願寺は石山で強固に守り織田家を苦戦させる。そして織田家に降った三好三人衆を通じで織田家の顔を立てる形で勅命興和という道筋の一つだった。三好三人衆の持つ畿内運営のノウハウと石山本願寺の強さから万一に備えとしては悪くない話の積りだったのである。


 まぁそもそも籠城できなくなされてメッチャ見当違いだった訳だけど。


 だぁまぁアレ。そりゃ本願寺顕如光佐も目ん玉望遠鏡みたいになる。だって今のとこ幕政は六角家のノウハウで割と何とかなってるように見えるし石山クソボコられたからね。前提からミスってた訳だし石山本願寺と織田家の接点を考えればしゃーないっちゃそうだけど法主として何かもうやってらんない。要は万一の備えがガチで己らが縋る蜘蛛の糸になるとは思ってなかったってのがそう。


 て訳で岩成主税助友通は頭を下げたままに続ける。


「貴方様が申される通り織田殿に降伏したが故に見える物も御座いました。見える内でさえも其の力は我等の想定の三倍は御座いましょう。加え織田殿ではなく朝廷と内密の話が御座いまして……」


 本願寺顕如光佐がピクリと。権中納言勧修寺晴豊が視線を横に逸らし扇で口を隠して。


「お耳を拝借してもよろしやろか?」


 本願寺顕如光佐が頷けばススと進み扇を口に添え法主の耳に主上の言葉を流し込む。ボソボソと声が発されている事が分かる程度の音が漏れるがそれだけ。一通り話し終えれば己の禿頭を鷲掴む坊主を残して公家は元の場所へ戻った。


「織田殿は本願寺からの退去は絶対や言うてはる。まぁキツい話やけど朝廷としては和議の受け入れの対価に法主殿を大僧正にする用意があります。一先ずはこんな感じで進めようっちゅう覚書や」


 己の指の隙間から書状を見下ろす本願寺顕如光佐。


 一つ、惣赦免事(全て許す)

 一つ、天王寺北城先(天王寺の北の城は先ず)公卿殿人数入替(公家殿の兵と入れ替え)、|大阪退城候刻《大阪から出て行く時には》、大子塚をも取引(大子塚の砦も引き取り)今度使衆を可入置事(今回の使者を迎える事)

 一つ、人質為気遣可遣之事(人質を気遣い遣わす事)

 一つ、富田林等(富田林など)|於不戦之面々《争って無い面々に於いては》、往還末寺如先々事(今まで通り末寺で良い)

 一つ、加州二郡(加賀国の江沼能美)大阪退去以降(大阪から出てった後)於無如在者(疎略者が無ければ)可返付事(返還する)


「公卿言うんはとどのつまり約定を決める上での双方の護衛や。コッチは武家伝奏の日野はんと飛鳥井はんが兵を雇うてって形で段取りを整えてます。法主殿にはそれと同兵数を用意してもろて兵を率いるんは近衛はんに任せて頂きます」


 今回の講和は朝廷主導の物である。本願寺にせよ織田家にせよ朝廷の顔を立てて和議を結ぶ必要があった。それは本願寺にとっての果報と言えただろう。何せ朝廷との強い繋がりを維持していなければ泥沼の戦の後に磨り潰されただろうから。


 しかしそれでも本願寺顕如光佐は大筋を受け入れる事にしたが懸念があった。それは分けて言えば二つだが片方を対処すれば片付く話。立場的に織田家へ借りを作る事にはなるが四の五の言っては居られない。


「全て受け入れる。受け入れるけど恥ずかしい話、息子が暴走しかねへん。それに淡路や雑賀の門徒は統制が難しい」


 本願寺顕如光佐がそう言って溜息を漏らせば権中納言勧修寺晴豊は片眉を上げる。それは不満では無く違和感ないしは疑問の表情だ。不審一歩前の目の下にある口を扇で隠しながら。


「門徒が法主の言葉に従わへんと言うてはるんですか?」


「まぁ言うてまえば信心は有る。やけど愚息は血気盛ん過ぎるんよ。それと淡路と雑賀の連中は飯っちゅう問題があんねんけど、それも自分の妻と子を飢えさせるかどうかっちゅう話や。こうなると信心でどうこう出来る事やないで」


「あぁーそれはしゃーないなぁ……」


 理解及んだ公家は扇をパチリと閉じて。


「うん。織田はんに聞いてみな分からへんけど淡路は兎も角、雑賀の方は如何とでもなるやろな」


 そう言った公家の視線は鈴木佐大夫重意へ。視線を向けられた方は言いづらそうに無精髭をバリバリと掻いてから。


「豪気な事に雑賀は織田が雇うってよ。鉄砲隊は幾らいても困らねぇとさ。ま土橋や熱心な信者連中は如何しようもねぇだろうがな」


 本願寺顕如光佐は首を振る。


「そうなると問題は石山の熱心な門徒やな。さっきああ言っておいてやけど。難儀なもんやで」


 こうして一先ず石山本願寺の決着は付くことになった。

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