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頁002 死に際の契約

「……へ?」

 

 少女には、いまいち――というか全く理解できないことだった。


 まずこの竜が誰かなんて知らないし、消えてしまうとか伝説が終わってしまうとか、よく分からない。


 驚きと呆れが綯い交ぜになった感情に対してまた困惑して。そんな少女に、老いた竜は再び真剣な声音を続ける。


『いや失敬。先の大戦で儂の眷属が死してしまってな。儂のような「神聖種族」は眷属が居らんと存在することが出来んのじゃ。代々継承されてはこうして生き延びることが出来ておったが……いかんせん、眷属が死んでからひと月。もう、儂は長くない。マジで、洒落にならないという意味で』


「……それ、なら……わたしは、どうすればいいの?」


『おおっ、ようやく会話に応じてくれたか。……そうじゃな。手っ取り早く契約してしまうのもありなのじゃが、そこはお主の意見を尊重するとしよう。死を望む者にこれからも生きよと言うのは酷じゃろう』


「わか、らない……。わからない、の。生きたいのか、死にたいのか」

 

 少女は、自身のことをまるで他人事のように考え、しかし惑っていた。命令されたことしか出来ず、赦されなかった少女にとって、『考える』ということは未知に等しかった。

 

 竜は、そのくすんだ瞳を細めて皺を作り、少女に言う。


『泣いおるのじゃ、お主の心が』


「わたしの、こころ……?」


 この龍は、何を言っているのか。心は泣くものではないし、そもそも少女に心なんてものは――、


『己を、そう低く見るでない。……今にも死にそうな儂は、未練タラタラな思念によって作り出してしまったこの心象世界にお主を誘ったわけじゃが……普通、この世界に踏み入ることが出来るのは、同じ状況、同じ志を持った者だけなのじゃ』


「――――」


 老いた竜は、自らの死を恐れている。そして、それは少女もまた同じことで。


『じゃから、お主は今も、迫る死に対する恐怖で泣いておると……儂がそう感じたから、そう言ったのじゃ』


「……でも、もし死ななかったとしても、わたしは何をすればいいの……?」


 運よく寿命を延ばしたところで、また今までのように地下深くの暗闇の中で穴を掘り、鉱石を運び――時に同じ立場の人間を、時に全く知らない他人を、殺したり解剖したりして。最低限の食べ物と水を与えられて摩耗していく――その繰り返し。


 地獄に居るということにすら気付かない地獄で、どう生き甲斐を見出せばいいと言うのか。


『お主は、お主の願いを見つければよい』


 竜は、柔毛で覆われた顎で少女の赤毛を撫で、


『望まずして死ぬというのなら、せめてお主が望むかたちで死んでほしい。……それが、儂の願いじゃ』


「あなたの、願い……」


『願い』というものが何なのか、少女にはよく分からない。命令とは違うのだろうけれど、では、それを叶えるということには果たしてどんな意味があるのか。

 

 そこまで考えて、少女は自分の身体に訪れた異変に気付く。

 

 胸の辺りが、すーっ、と軽くなったような、もしくは暖かさを帯びたような、そんな感覚を覚えていて。


 自然、少女は頭に添えられた竜の顎に手を添えていた。


「……もっと、知りたい」


 口をついて出た言葉は、じわじわと溢れていく。


「この感じのことも、あなたのことも、地上の世界のことも」


 竜は緩やかに瞑目し、沈黙を守る。


 少女の叫びを、遮らないように。


「わたしの本当の名前も、親も、生まれた場所も……すべてが分からなくて、それを知らないままがイヤで……っ」


 ポツン、と雫が頬を叩く。


 今まで散々、乱暴に少女の生を感じさせていた合図。でも、今この瞬間のそれは、今までのものとは違っていた。

 竜はゆっくりと少女の頭から顎を離し、優しい眼差しで少女を真っ向から見つめて言う。


『その涙が、その瞳が、その感情が、お主の未練そのものを表しておる。……よかろう、お主のその願い、この「聖天竜」が叶えてしんぜよう』


 白光が、瞬いた。


「――っ」


 少女が言葉を発しようとした時には既に、この心象世界も自分の身体もみるみるうちに消えていて、


『なるほどな。お主の名は……』


 最後に聞こえたのは、


『――アヌリウム。竜の巫女、十七代目の継承者……我が眷属よ。生きて、生きて足掻くのじゃ……』


 力のこもった声を最後に、世界は白く塗りつぶされて消えていった。


 やがて、ポツン、と雫が頬を叩く。


「…………」


 少女は、明確な変化を感じ取っていた。


「……二九六番。貴様も今から処分する」


 看守の男の冷ややかな声を、少女の耳が捉えた。


「違う」


 はっきりと、少女はそう言った。淡い光を放つ赤髪の下から、少女は――、


「わたしの名は、アヌリウム」


 黄金色の双眸に鋭い光を宿し、


 ――右手で、容赦なく、看守の男の身体を貫いた。


「ご、ばぁ……っ!?」


 瞳を無理解に染めてくの字に曲がった男を、アヌリウムは傍らに勢いよく投げ捨てる。その突然の出来事に、他の看守たちも張り詰めた様子で駆け付ける。


 不意に、点滅していたマナの灯りが少女を映す。


 その姿に、看守たちは息を飲んだ。


「……わたしは、わたしを探しにここを出る」


 赤毛と白磁の素肌を真っ赤な血で染め上げ――、


 真っ白な光と竜の鱗で形作られたドレスを纏った、三日月に口を歪める少女を見て。

 

 

 ――そして、奴隷の叛逆が始まる。


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