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【第1話】灰髪の新入生

 質のいい外套で頭を覆い、俯いた小柄な少女は、ガタゴトと王立学園へ向かう馬車に揺られながら重苦しく溜め息を吐いた。


 騎士と魔法士の卵が集まるその学園は、クレナディア王国の中央に位置し、学園通りは入学式前ということもあって非常に賑わっていた。

 本来なら新入生はワクワクするような光景も、ノルンにとっては胃痛を加速させるものでしかない。収まっていたのに再びキリキリと胃が痛み出したので、ノルンは慌てて胃薬を飲んだ。


 ノルン・メイヤー。それが、これから王立クレナディア学園に本日入学する少女の名前である。魔法科に入学予定の彼女の胃が痛いのは、生まれ持った才能による悲劇が理由だった。


 ノルンの生家であるメイヤー伯爵家は数々のエリート魔法士を輩出して来た。無論、ノルンの兄と姉も、当然のように類い稀な魔法の才を持っている。


 しかし__どういうことか、ノルンは魔法の才には一切恵まれず、壊滅的なまでの魔法センスだった。


 魔法とは大気に含まれる魔素を取り込み、自分の魔力で染めて、自由自在に操るというものである。

 その取り込める魔素量がノルンは絶望的に少なく、何より悲劇的だったのはノルンは灰色の髪を持っていた。


 この世界では、髪色というのは親からの遺伝ではなく、魔力と扱える魔素の量でその色が決まる。炎の魔力を持つのなら赤く、扱える魔素が多ければ鮮やかに。

 灰色というのは、炎や水といった属性のある魔法は使えず、取り込める魔素の量はほぼないという意味だった。


 それでもノルンが王立学園に入学できたのは、ひとえにメイヤー家の力のおかげだった。もちろん、悪い意味で。

 メイヤー家のものは皆例外なく学園に入学、卒業しており、それが一種のステータスなのだ。ノルンという落ちこぼれのせいで、そのステータスが失われることが許せなかったのである。


「はい、ノルンお嬢様、着きましたよ」


 馬車の御者に声をかけられ、ノルンは一人で馬車を降りる。ちらりと周囲を伺うと、他の貴族の娘は誰もが執事や侍女にエスコートされている。それを苦々しく思いながら、貴族の娘にしては短すぎる灰色の髪をしっかりと外套に納めて駆け足で入学式の会場へと向かった。



 *



「はい、メイヤーさんね。受付は完了したよ」

「ありがとうございます」


 ついに、ついにこの日がやって来てしまいました。

 学園の入学式。多分、地獄の始まり。


 私、ノルン・メイヤーと言います。メイヤー家という、まあまあなおうちの末娘です。末娘といっても、可愛がられていたわけではありません。むしろ疎まれ蔑まれてました。

 というのも、私はメイヤー家の者なら必ず持ち合わせている”類い稀なる魔法の才”というのをどこかに落として来てしまったのです。一族の恥知らずだと物心ついた頃から言い聞かせられて育ちました。


 そんな私が本日やって来たのは、優秀な騎士様と魔法士様を育てる学び舎__王立クレナディア学園の入学式です。はい、絶対私が来るべき場所ではないです。


 なのになぜここに来たかといえば、大人の事情というか、憎っくき両親のプライドの為と言えます。

 メイヤー家の人間は例外なくこの学園を卒業していて首席の人も少なくないのですが、そんな中で、私みたいな落ちこぼれが生まれてしまいました。

 しかし一族全員学園卒業者というステータスを失いたくない両親は、本来なら入学できるような成績ではない私を賄賂とか手回しをして学園にぶち込みやがったのです。

 全く、卒業できなきゃ意味もないでしょうに。


 豪奢な校門の前に立つ教師が、私には地獄の門番にしか見えず、そそくさと足早にその場を通り過ぎようとしました。


「ああ、ちょっと待って!そのフードは脱いでくれるー!?」


 ハゲヅラ教師が、私を呼び止めようと大声で叫んだせいで、周りの視線が注目してます。そんなのわかってたのに!

 と言いたくても、小心者の私は教師相手に逆らう気になれないのです。溜め息をつき、ちょっと震える手で、フードを脱ぎました。

 ……チラチラとこちらを見ていた人たちが息を呑むのがわかりました。


 あ、別に私の容姿が優れてるとか、そういうわけではないのです。

 肩口あたりで切りそろえられた、灰色の髪にみんな驚いたのでしょう。


 魔法士としての素質は、髪色ですぐにわかります。魔法士というのは、大気に漂う魔素を取り込み、自身の魔力で染め上げて、自由自在に魔法として扱う者のことをいうのですが、髪色はその魔素を取り込める量と魔力の質で決まるのです。


 そして中でも灰色は__魔力の質も、取り込める魔素の量も、最低である証。決して、このような学園に入学できる者の髪色ではありません。


 ざわざわと周囲が騒がしくなるのを苦々しく思いつつ、さっさと門を通り抜けようとして__ガシッと、……誰かに肩を掴まれました。



「ふん、ここは灰髪の平民の娘が入れるような場所じゃないぞ。何かの間違いじゃないか?」


 聞き覚えのある声に、体がぴしりと固まってしまいました。今日は本当に、最悪の日です。


「アドレット、様……」

「はっ、なんだお前だったのか。ノルン・メイヤー」


 馬鹿にした表情、わざとらしく大声で強調した私のフルネーム。どう考えても、私__憎くてたまらない婚約者というのを理解した上で話しかけたのでしょう。


「もしかしてあれが噂のメイヤー家の落ちこぼれ?」

「聞こえるわよっ……全く、いくらメイヤー家だからってコネを使って入学なんて無茶苦茶ね」

「ああ、アドレット様お可哀想に……」


 聞こえています、バッチリと。げんなりするのでぜひもっと遠くで話してほしい……。しかし、確かに我がクソッタレメイヤー家の方が位が高かったとはいえ、こんな灰髪の娘と婚約させられたことは可哀想だと私ですら思いますね。

 ……そう、炎のような見事な赤髪のこの男、アドレット・ケルタは私の幼馴染みであり婚約者なのです。


 詳しい事情は家族から疎まれている私にはわかりませんが、家の力によって見下していた私と婚約させられたことが、自分の人生の唯一の汚点だと彼は思っているらしく。

 アドレットは魔力の質も量も素晴らしく、まあ、世間一般で言うところの美青年なので、勝ち組である彼が私のような人間を嫌うのは仕方ないと言えるでしょう。


「視界に入って申し訳ないです。ごめんなさいアドレット様、私はもう行きますから」

「はっ、全くいちいち気分に障る女だ。……メイヤー家も賄賂で入学させるなどと落ちぶれたものだな」


 後半の言葉は、周囲に告げ口されるのを恐れてか私にしか聞こえないように小さくつぶやくアドレット。

 一切イラつきもしませんし全くもってその通りですが、一応「私のせいで実家が……」という感じの悲しい表情を作っておきましょう。

 なぜなら、そうやって傷ついたふりをする方が、余っ程傷つかないからです。


 そんな私の様子を見てようやく溜飲を下げたのか去って行きました。

 未だ周囲の目線は刺々しいですが、先程注意された手前フードを被るわけも行かず私はそのまま入学式へと向かいました。

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