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2-4 お化け道場

 白陽さんが普通に階段から降りてきて全員が揃い朝食を食べ終わった後、準備を整え家を出る。


 道場までは徒歩でも10分程度で着くらしい。


「荷物、俺が持ちます」


「あら、ありがとうございます。ではお願いしますね」


 白陽さんからそこそこに重いバスケットを受け取る。


 中身は……向こうで食べる昼食か。


 中にはおにぎりやおかずが入ったタッパーと水筒が入っていた。


 朝食後、常世を見ない為の練習をしている間に作っていたのだろう。


 その練習の成果か、今は外を見ても霊子達はあまり見えないようになっていた。


 しかし、それでも偶に視界の端に気味の悪い物が映って心臓に悪い。


 今も、人の顔の顎先から足だけが生えた良く分からない物がダカダカと走っていくのが見えてしまった。


「そうだ、白陽さんって黒鉄と何時頃から一緒に居るんですか?」


 気を紛らわす為に隣を歩く白陽さんに尋ねた。


 白陽さんが指を顎に当てて昔を思い出す。


「そうですねー、私が妖になってからずっと一緒に居ますね」


「へぇ、なら生前……って言い方で正しいのかな、その時から仲が良かったりとか」


「いえ、私も黒鉄も以前の事は覚えていませんね。ただ、私が目覚めた時に黒鉄が傍に居て、何となくそのまま一緒に居る感じです」


 相手との関係を何となくと言う割には、昔を懐かしむ白陽さんの顔は特別に優しい笑顔をしているように見えた。


「昔の事って気にならないんですか?」


 疑問に思ったことをそのまま口に出す。


「うーん、あまり気にしたことはありませんね。どのみち過去の誰かと私は違う存在ですから」


 答えは淀みなく返ってきた。


 本当に生前の事は興味がないのだろう。


「な~に、昔の話?」


 平沢さんと一緒に前を歩く黒鉄が器用に後ろ歩きをしながら会話に参加してきた。


「言ったっしょ?死ぬ前の誰かと妖になった後のアタシ達は別なんだって。それに……」


 黒鉄が両手に刀やら槍やら鎖鎌やらを創り出して担ぐ。


「アタシのは絶対ロクな死に方じゃないし、知りたくもありませ~ん」


 ガチャガチャと武器を鳴らしながら笑った。 


 妖の力は死因や生前に執着した物に起因するという。


 それならば多数の武器を生み出す黒鉄の死に様は、確かに元が鍛冶屋とかでもない限り壮絶な物になっていそうだ。


 しかし、そうなると白陽さんはどうなんだろう?


 光に関する死に方か、光への執着……


 眩しくて死ぬなんて考えられないし、目が見えなかったとかか?


「見えてきたな、あそこがこれから君がお世話になる場所だ」


 考えている内に目的地についた。


 平沢さんの指さす山の麓に立派な石造りの門が備え付けられた道場が見える。


 もう使われていないという話だったのでボロボロの物を想像していたが、予想を反する綺麗さだ。


 ……いや、綺麗過ぎないか?


 道場までの道はもう行く人も居ないのか雑草等で荒れており、道場の周りも手入れされた雰囲気は一切ない。


 それなのにまるでそこだけ建てたばかりの頃を切り取ったかのように、道場と門だけは綺麗なままを保っていた。


 そんな異質さを気にすることも無く、平沢さんが大きな門を開けて敷地内に入っていく。


 後を付いて入る門の中もまた、誰かが手入れした後かの様に整っている。


「三船師範、私の初弟子を連れてきた。暫くおじゃまするよ」


 道場の戸を開けて平沢さんがそう言った。


 中に誰か居るのか?


 靴を脱いで靴下のまま新築の様な道場を進む。


 歩く先の大広間に、その三船師範は居た。


「え、あの人は!?」


 驚き声を上げてしまうが仕方ない。


 大広間の奥で正座し待つその人は、その身体の向こうが透けて見える人であった。


 この場所の詳細を今まで黙っていた平沢さんが悪戯っぽく笑う。


「こちらに居る方の嘗ての名は三船 大成、ここ三船流の師範にして創設者にして、今から140年前に亡くなりここの地縛霊となったお方だ」


 その元三船 大成は平沢さんの紹介に応じるでもなく、ただ真っすぐと前を見続けていた。


「ここは今もこうして残るように昔は立派な道場でね。しかし、やはり時代の流れかな、門下生も年々少なくなり30年前にここを取り壊す事となったのだが」


 平沢さんが昔を懐かしむようにしみじみと当時の事を語りながら木の壁を手でなぞった後、「失礼」と一言挟み拳を壁に打ち付けた。


 打撃音と共に壁に拳大の穴が開き木片と粉が当たりに散らばる。


 だが、それらは瞬く間にあるべき形へと戻っていき、壁には傷一つとして残らなかった。


「しかし、こうして取り憑いた彼の力で取り壊せず、かと言って成仏させる方法も分からず、今は嘗て所縁のあった者として、私がここを隠し管理させてもらっている。私がここの近くに住むようになったのもその頃からだな」


 死してもその場に残っている霊に平沢さんが手を合わせるが、やはり霊は何の反応も示さない。


「ここはどれだけ壊そうとも彼の力で元へと戻る。そのせいで当時は難儀したものだが、考え方を変えれば場所は広いし、周りに迷惑をかける事もないし、掃除も簡単と良い事尽くめの修行場とも言える。今日からはここでビシバシ君を鍛えていくぞ」


 平沢さんが胸を張りこれからの事に気合いを見せるが、話の中で自分の中に疑問符が浮かんでいた。


 ここが壊されるようになったのが30年前で、この人が生きていたのが140年前で、先生はここに所縁がある……?


「……すみません、先生」


「ん、何かな?」


 この質問は失礼だろうか?いや、どうしても気になる


「……先生って何歳ですか?」


 俺の質問に平沢さんが手を口にやり笑った。


「ふふっ、そうか、そうだな。では、逆に聞くが私は何歳に見えるかな?」


 笑顔で胸に手を当て、逆に聞き返してくる様子を見るに怒ってはいないようだ。


 寧ろ、定番の質問が来たから待ってましたといったように見える。


 何歳に見える……?


 見た目だけで言うならそう年を取っているようには全く見えない。


 しかし、30年前に取り壊すと決まったここと所縁があったと鑑みるなら……


「三十……6?」


 俺が三十と言った時点で、平沢さんが何かに刺されたかのようなショックの受け方をした。


 その様子に黒鉄は隠すことも無く笑い転げている。


「三十……そうか、いや、これでショックを受けるのも間違いなんだが、そうか、30のそれも後半か……」


「えっと、30年前の事に何か関係あるって事だからそれ位だと思っただけで、見た目だけなら先生はもっと若いと俺は思ってます」


 そうフォローを入れるが、それはそれで平沢さんは更に微妙にダメージを受けていた。


「いや、良いんだ。私はこれでショックを受けて良い立場ではないからな、うん。さて、私の年齢だったか」


 気を持ち直して平沢さんが改める。


「正確には正直私にも分からないのだが、見た目が変わらなくなった頃も考えると、大体220歳ぐらいになるかな」


 にひゃく……にじゅう?


 見た目年齢より確実に一桁多いその年齢に頭が停止する。


「アタシ達と会ったのが200年前位だし、それでも鯖読んでない?」


「いやいや、少なくとも250とかにはなっていない筈だ」


「もう余り変わらない気もしますが」


「そんな事はないぞ。この30差は大事な事だ」


 最早歴史の話でしか聞かない年数単位で三人が話している。


 妖二人は妖だからそういう物なんだと理解は出来る。


 でも……


「先生って、本当に人なんですか?」


「そこは間違いなく人だよ、生物学的にも霊学的にもね。私の様に生まれつきでこの体質というのは少々珍しいがな。さて、そんな事より修行を始めるぞ!」


 平沢さんが手を叩き、それを修行開始の合図とする。


 道場内の更衣室へと案内され、そこで動きやすい服として学校の体操着へと着替えて俺の妖と戦うための修行が始まった。




 基礎体力の特訓後、昼食と休憩を挟んで魂力の使い方の訓練へと続く。


「これから君に教える力は自身と誰かを守る事の出来る力だが、同時に誰かを簡単に傷つける力でもある。それは良く覚えておくように」


 道場庭にある突き刺された鉄骨の前で平沢さんが構え、力を解放した。


 魂装こんそうと呼ばれるその力、今の自分にはその全容が見える。


 平沢さんの身体を般若の様な二本角を生やした鎧姿のオーラが全身を包んでいた。


 前蹴り、横蹴り、回し蹴り。


 一撃一撃が重厚な金属音と共に分厚い鉄骨の形を変えていく。


「はっ!」


 最後に腰を落とし溜め放った正拳突きによって鉄骨が折り砕かれた。


「私達、人の術師はこの魂装を使って戦うのが基本になる。他にも戦い方はあるが、今日はこれを発現させるのが君の目標だな。では、少しやってみようか」


「はい、先生」


 言われて道場内にあった木刀を持って巻き藁の前に行く。


 木刀を持つのは休憩時間中に魂装を発現させる為のイメトレをしている際、無手よりも魂装のイメージがし易いと思ったからだ。


 習った通りに木刀を握り締めた。


 うん、こっちの方が自分に集中できる。


「魂装とは魂の容、自身の力の在り方、善しも悪しも使う人の心次第。今はただ、心のままにその力を目覚めさせると良い」


 平沢さんの言葉に瞼を閉じ、息を整え集中する。


 閉ざした暗闇の中で敵を思い浮かべる。


 敵として最初に出会った蟲の妖、人を喰らい自分の欲を満たしていた敵。


 あの時はただ巻き込まれただけだった。


 今も自分が何の為にこの世界に来て、何の為に戦うのかなんて、それに対する答えも思いも持ってはいない。


 だけど、そうでなくする為の一歩を!


 魂の中で起き上がる何かと共に目を開き、木刀を上段に振り上げ踏み込む。


 自身の中から噴き上がる力と共に巻き藁を斬ろうとしたその時。


 右目に鋭い痛みが走り、見えている景色が一変した。


 辺りは晴れた昼下がりの道場の敷地から荒れ果てた荒野へと変わり、巻き藁は着物を着た平沢さんに変わっていた。


 驚きに手を止めようとするが、視界の中の刀を持った自分の腕は止まらない。


 刀が、何かを受け入れた表情をした平沢さんの肩へと斬りこむ。


 白い血を噴出させながら袈裟斬り、繋がりを失った上半身が落ちた。


 うわあああっ!!!


 目の前の光景に心の中で悲鳴を上げ、集中が途切れて形作られていた魂装が破裂する。


 破裂の勢いに木刀が手から飛び、体が一回、二回と後ろへと転がった。


「おー」


 転がり地に伏した自分の上から三人の感嘆の声が聞こえる。


 顔を上げると、自分が放った斬撃が巻き藁所か、地を割いて奥の壁すら引き裂いているのが見えた。


 普段ならその威力に喜びもしただろうが、今はそれよりも先程の光景が気になっていた。


 あれは……一体……


 人を斬る感覚、血しぶきを浴びる感覚、そして崩れ落ちる人の体。


 その全てが克明に感じられた。


「さっきのは惜しかったよ。途中で集中が切れたようだが、これなら直ぐに……鷲崎君、どうした?」


 平沢さんが青ざめた顔に気付いた。


 心配そうに声をかけてくれるも、先程見た内容のせいで答える事が出来ない。


「何か、見えたのか?」


 図星だったが答える事が出来ず、平沢さんから目を反らす。


「いや、大丈夫です。何も見てませんから……」


 立ち上がり木刀を拾って何事もないとアピールをしようとする。


 しかし、手の震えで木刀を上手く握る事が出来ない。


 震える俺の両肩を平沢さんが掴み、自分の方へと向かせる。


「私はまだ君と出会って日が浅い、だが私は君の先生だ。何かあれば力になりたいし、君の悩みは一緒に解決したい。だから言ってくれ、何があった?」


 真剣にこちらを平沢さんの瞳が見つめる。


 声からも本気で心配してくれているのが分かる。


 それでも、先程見えてしまったものを言う事は出来なかった。


 頑なに目を反らし続ける俺を見て、平沢さんが息を付き優しく肩を叩く。


「分かった、それなら落ち着いて話させるようになったら話して欲しい。それと、今日の修行ははここまでにしよう。最後に少しだけ身体を動かして家に帰ろうか」


「……はい」 


 気遣いに頷く。


 軽く運動後のストレッチをした後、道場主の霊に頭を下げて今日の修行は終わりとなった。




 家に帰り夕食を食べ、寝る時になっても心はまだ晴れなかった。


 俺には未来を見る力があるかもしれないと平沢さんは言っていた。


 もしも、あの光景が未来に起きる事だったとしたら。


 そう考えてしまい、寝付く事が出来ない。


 暗い部屋の中で一人布団を抱きしめる。


 無理やり寝ようと閉じた瞼の裏に、不意に人を斬った感覚が蘇ってきた。


 身体がまた震え始め、布団を抱きしめる力が強くなる。


 もしも、もしもあんな事が起きるなら、俺はどうすれば良いんだ……


 不安と恐怖が心に重くのしかかっていく。


 コンコンッと戸をノックする音がなった。


 ハッと布団に埋めていた顔を上げる。


「入るよー」


 そう言ってこちらの返事を待たず、黒鉄が部屋に入ってきた。


「なんだよ、勝手に入って来るなよ」


「まぁまぁ、そんな事言わずにさ」


 睨み追い返そうとするが、それを気にもせずそのまま横に寝転がる。


「寝るなら自分の部屋で寝てろよ、隣に居られると寝にくいだろ」


「じゃあ、こっちの姿なら良い?」


 そう言って狼の姿へと変わった。


 サイズは前に見た時よりも小さくなり、大型犬クラスのサイズになっている。


 確かに、これなら隣に居られても女性の姿よりは気にならないが……


「……なにしに来た」


「うーん、流石にちょっと気になってねー」


 俺の質問に、尻尾でこちらを一定の間隔を保ち優しく叩きながら目を閉じた黒鉄が答える。


「教えたっしょ?アタシ達は心を食べる。だから誰かが恐怖を感じてたりしてると、それも良く分かるんだよね。てか、白陽も気になるなら入ってきなよ」


 黒鉄の言葉に応え、同じく狼姿の白陽がおずおずと部屋に入り黒鉄とは逆側に伏せた。


「すみません、どうしても気になってしまって。迷惑でしたでしょうか?」


 月明かりに輝く白狼と、暗がりに溶け込む黒狼に対し、首を横に振る。


「……ありがとうございます。少し、少しだけ怖かったから」


 本当は恐怖に押しつぶされそうになっていたのに、それでも強がる姿に白陽が身を寄せる。


「安心して眠ってください、私達が傍に居ます。暁子様も、皆あなたの味方ですから」


「そーそー、悪い夢なんて眠ってしまえば忘れるさ」


 二匹の狼の温もりに包まれ、恐怖が少しずつ解れていく。


 二匹の尻尾のリズムで眠気も戻ってきた。


 今なら、目を閉じられそうだ。




 鷲崎は小さな寝息を立て眠っている。


 その寝顔を見て黒鉄が起き上がった。


 白陽がそれに気が付き顔を上げるが、黒鉄の目を見て鷲崎の隣に戻る。


 足音を立てず部屋を出ると、部屋の外に平沢が立っていた。


「気になるなら暁子も入ってくれば良かったのに」


 平沢もまた、鷲崎の様子が心配で自分の部屋から降りてきていた。


「私が入っても一緒に寝る所がなかっただろう。それに、どうも鷲崎君は私を避けているようだったし」


「ま、確かにね」


 鷲崎のその後の反応や行動を見ても、彼が平沢に関する何かを見た事に間違いはない。


 しかし、それが何かを聞くことは出来なかった。


「仮に未来が見えていたとして、それが当たる確率ってどんくらい?」


「うーん、それは見えた内容によるとしか言えないが、どのみち当たるかどうかは見えた光景に居た者次第だな」


 平沢の答えに黒鉄が後ろ足で耳を掻きながら考える。


 彼の恐怖心は敵への恐怖と言うよりは、自分自身の行いに対する恐怖と後悔に思える。


 なら、見た物は恐らく自分の力不足で平沢が誰かに殺されたか、それとも。 


「じゃあ当人の頑張り次第ってやつか」


「そうなるな……」


 初めての弟子の力になれず、平沢が肩を落とす。


 そんな姿を見て黒鉄が平沢を叱った。


「そんな落ち込まないの、弟子の方が大変なんだから」


「……そうだな、私には未来を見る者の辛さを知る事は出来ないが、私は私の出来る事で彼を手伝おう」


 叱りの言葉を受け止め、平沢が少し立ち直る。


「何か竜也のやる気を出す方法とか考えてる?おっぱい揉ませる?」


「いや、それでやる気を出されても、その、困るというか」


「冗談だって、でもどうするのさ。実際問題あのままだとダメじゃん?」


「うーん……そうだ」


 考える中で一つ案が浮かんだ。


 その考えを聞き、黒鉄も賛成する。


「成程、竜也のやる気は未知への好奇心から来てる所もあるし、いい案なんじゃない」


「うむ、予定としては前倒しになるが、丁度良い機会だと思う。連休中の間に行っておきたくはあったしな」


「じゃあ、そろそろ寝て明日に備えなきゃね。アタシはあっちに戻るけど暁子はどうする?」


「……いや、やっぱり私は遠慮しておくよ。鷲崎君の事は頼んだよ」


「了解ー」


 黒鉄が鷲崎が寝る客間へと戻っていく。


「私も寝るか。明日からは小旅行だ」

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