2-2 平沢家の人々
両親との話が終わり、部屋に置いてあったバッグから自身の着替えを取り出して寝巻と制服姿から着替える。
結構長く話してしまったな。えっと、部屋を出て右か。
木造の廊下を進み、ガラスから部屋の光が見えるドアを開けた。
中はキッチン付きのダイニングがあり、白陽さんと黒鉄がキッチンに立ち夕飯を作っている。
「お、ご両親との話は終わった?リビングに暁子が待ってるからそっち行ってきな……って、どうしたの?」
エプロン姿の黒鉄を見てボケッと立っている俺に黒鉄が手を止めて首を傾げた。
「いや、黒鉄も料理とかするんだなって」
長い髪を纏めた黒鉄は何時もの露出の高い服の上からエプロンを付けており、ぱっと見では下が裸に見えて目に悪い。
しかし、料理自体は普通に出来るらしく、それを意外に思った。
本音を言うと家事は白陽さんに任せて部屋でゴロゴロとしているタイプだと思っていた。
「あ~ひっど~い。竜也はまたそうやってアタシの事をぞんざいに扱おうとする~」
「日頃の行いのせいじゃないんですかー」
横ではエプロン姿の白陽さんがこちらの会話を適当に流しながら料理を続けている。
こちらのエプロン姿は白陽さんの家庭的な雰囲気に良く似合っていた。
料理を作る横姿だけでも何かの宣伝ポスターに使えそうなぐらいだ。
そちらに見惚れていると、不満そうな黒鉄が視線を遮るようにずいっと寄った。
「ふーん、そんな意地悪するなら今日のおかず減らしちゃうんだからね」
「別に意地悪なんかじゃ……でも、気にしたならごめん」
可愛らしい拗ね方に思わず普通に謝ってしまう。
すると、黒鉄の口角がにま~っと釣り上がった。
「ニシシ、冗談冗談、こっちもからかっただけ~。でもどうよ、似合ってるっしょ?」
そう言って腰に手をやり胸を張る。
似合っているかどうかで言うと、似合っているとは思う。
こう言うのはヤンママと言うのだろうか?白陽さんとはまた違う雰囲気だが、これはこれでありだとは思う。
でも先程の仕返しのせいで何となく素直に言いたくない。
しかし、その仕返しも勝手に自分が家庭的な事をしていなさそうだと思ったせいだ。
「……まぁ、好きな人は好きそうかな」
少し顔を背けてそう答えた。
黒鉄の顔のニヤケ具合が更に強くなる。
「そうだねー、好きな人は好きそうだよね~。ふっふっふ~、じゃ早く暁子の方に行ってきな。割と待たせてるしね」
何だか相手の手のひらの上で転がされただけな気がするが、平沢さんを待たせているのは確かだ。
ここは気にせず行ってしまおう。
ダイニングと直接繋がるリビングのソファに平沢さんは待っていた。
「すみません先生、遅くなりました」
「いやいや、両親とちゃんと話せたようで何よりだ。幾つか渡す物があるからこっちに来てくれ」
チョイチョイと手招く手のままに平沢さんの隣に座る。
「さて、先ずは君も光霊会という所に所属する事になるからその書類があるのだが、これは既に君のご両親に書いて頂いているので私がこのまま預かっておこう。確認はするかい?」
「いえ、大丈夫です」
「では、君に渡す最初の物はこれだな」
そう言って横に置かれた袋から二つの大小の箱を取り出した。
開けると小さな箱の方には手帳と光霊会の紋章をかたどったバッチが、大きな箱には平沢さんが着ていた様な羽織が入っていた。
「手帳の方は仮の物だから後で向こうに返すが、他は君の物だ。バッチの方は何処か無くさないよう片づけてもらうとして、こっちを着てみようか」
平沢さんが羽織を取り出し持ったまま笑顔で待つので、その期待に応えるために袖に腕を通す。
「うむ、似合うじゃないか。サイズは少し大き目のを貰ってきたが、君の年齢の男の子なら直ぐにこれも小さくなるさ」
言われた通り袖の長さは手の甲を覆うぐらいまである。
中学の制服を初めて着た時の様なサイズ感だ。
別に動く際に支障がある訳ではないけど、子供っぽく見えるのが気になる。
でも、自分の身長はまだまだ伸びる筈だから、今は先生の言う通りこれ位が正しいのかもしれない。
「そうだ、二人にも見せに行こう」
「え、いや別に見せるたってこんな物は別に」
正しいかもしれないが、誰か態々見せるとなると話は別だ。
「折角の記念なんだからこんな物なんて事はないさ。さあ、さあ」
嫌がるも背中を押されて無理やり二人の前に連れていかれてしまう。
「きゃーっ!なにこれ可愛い~」
羽織に着せられている俺を見て黒鉄が黄色い歓声を上げた。
手をエプロンで拭いながら足早にこちらに来てスマホを構える。
「これ光霊会の羽織っしょ~?指しか出てなくて可愛い~♪あ、写真撮っていい?」
聞いてくる癖に既にスマホのシャッター音は何回も鳴っていた。
「白陽も来なよ~、これは逃す手はないよ」
「ちょっと待ってください揚げている最中ですから。だから鷲崎君もそのままで」
何かを揚げる音と匂いのするキッチンから白陽さんが何度もこっちをチラチラと見ている。
黒鉄はまだキャーキャー言いながらあらゆる角度から写真を撮っているし、平沢さんも満足そうな顔でこちらの姿を見ながら頷いている。
こんなぶかぶかの服の姿の何処が良いんだ、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
しかし、これから世話になる人達の手前、強く文句も言い出せない。
料理の区切りが付いて白陽さんも加わるこの撮影会を、俺は恥ずかしさを堪えながら耐えしのぐしかなかった。
「いや~ごめんって、アタシ達も調子乗ったのは悪かったからさ~。だからこれで機嫌直してよ」
撮影会が終わり羽織を脱いで不貞腐れたままの俺の皿に、机の右に座る黒鉄が自分のトンカツを一個乗せてくる。
平沢家で食べる最初の食卓は、これからの活躍を祈願するという事でトンカツと味噌汁だった。
特別に美味しい訳ではないが、普通に美味しい家庭料理を黙々と食べていく。
「別に、不機嫌になんてなってないです」
「も~、それが不機嫌なんだって~」
「私からもすみませんでした。でも、似合っていたと思いますよ。これは本当に」
左から白陽さんもトンカツを追加してきた。
その言葉の通り白陽さんは……いや、黒鉄の方も別にこちらを馬鹿にしていたわけではなく、嬉しくて楽しくてこちらの写真を撮っていたのだろう。
しかし、それを素直に受け止められる度量は持ち合わせていたなかったので、無言で貰ったトンカツを全て食べきる。
夕飯が終わった所で引き続き平沢さんから他にも幾つか渡された物があった。
一応という事で渡された光霊会の規約が書かれた薄い本、あちらの世界で教わる事が書かれた子供向けのぶ厚めの教本、その他にも色々な資料。
あとはこれからの身体のトレーニング目標が書かれた冊子。
冊子には今後日課となる筋トレの内容が書いてあるのだが、元居たサッカー部の練習より明らかにキツイ運動量に唸り声が出てしまう。
「今晩はこれにざっくりと目を通しておいてくれ。本格的な修行は明日から行おう」
「はい、先生」
筋トレ冊子以外の本は見る物、見る物、全て興味が惹かれる内容で、そこから目が離せないまま答える。
「言われなくともと言った感じだな」
その姿を見て平沢が口に手をやりくすりと笑った。
「では私はお風呂に入ろうと思うが、君はどうする?」
「はい……はい?」
質問の内容に流石に顔を上げた。
どうする?どうするって、何を?
「先に入りたいなら先に入ってくれても構わないが」
あっけからんと続ける平沢さんに自分が早合点した事に気が付いた。
「あ、順番をですね」
風呂の順番は先でも後でも別に構わないが。
いや、後から入るとなるとあの三人の、少なくとも平沢さんの後の風呂に入る事になるのか……
「それなら先に入っても良いですか?」
「ああ構わないよ、お風呂はここから出て君の居る客間の逆側だ。着替えとタオルは部屋のバッグに一緒に入れているが、大丈夫そうだね」
「大丈夫です。先にお風呂頂きます」
客間に戻って自宅から持ってきてもらったタオルと着替えを取り出し風呂場に向かう。
その時はただ早く風呂を済ませてしまおうとしか思っていなかった。
女性三人で暮らす脱衣所がどうなっているかなんて考えもしなかった。
「う”、あっ……」
脱衣所の光景に喉から出した事の無いような声が出た。
脱衣所にある箪笥の上や洗濯機横の籠、女性用の下着が隠すことも無く放置されている。
これらは使用後なのか、そうではないのか、いやそんな事はどうでも良い。
これは向こうに言うべきなのか、いや言ったところで既に見てしまった以上どうしようもないじゃないか。
自分の顔を挟めそうなサイズのブラジャーに目を奪われたまま身体が硬直する。
「鷲崎君ー、おっとまだ入ってなかったか」
「ちょっと失礼」と固まった俺の横を平沢さんが通り抜けて下着を回収していく。
「お恥ずかしいものを見せてしまったね。今後は年頃の男の子が一緒に住むのだから、この辺りはちゃんとしておかないといけないな」
「あ、いえ、俺も悪かったです……」
「ん、別に君が謝る必要はないさ。では、ごゆっくり」
テキパキと下着を片づけ、平沢さんが籠に入った下着を持って出ていく。
「ゆっくりと言われても……」
片づけられたとは言え、手を伸ばせば直ぐに届く箪笥の中に仕舞われている。
それを意識してしまうと、三人がここで服を脱いで風呂に入るという当たり前の光景が脳内で繰り広げられてしまった。
ダイナマイトなボディの三人が脳内で服を脱いで赤裸々な肢体を見せていく。
「何を考えてる!」
如何わしい妄想を頭を振って振り払おうとする。
しかし、妄想は簡単に振り払えるものではない。
「ああもう、直ぐに出よう」
悶々とした気持ちを抱きながら急いで服を脱いで風呂へと突入した。
風呂から上がっても残る気持ちを紛らわせようと、部屋にダッシュで戻り先程貰った本を開く。
水滴の残る髪を拭きながら読み始めた最初の内はそれで気分も紛れていったが、それも直ぐに効果がなくなる。
今って、俺が入った風呂に誰かが入ってるのかな……
またも邪な考えが頭を過ぎった。
「ええい、俺はこんな事を考えてばかりの変態じゃないんだ!」
本を読んで動いていないから変な妄想が浮かぶのだと考え本を閉じて放り出す。
日々の筋トレの目標が書かれた冊子を取り出して、そこに書かれている内容を上から順に声を上げながらやり始めた。
「1!2!3!4!5!……」
夜の一人の部屋に声が響く。
それは全ての内容をやり切り、疲れ果てて動けなくなるまで続いた。
布団の上でぐったりして力尽きている頃、部屋の襖を誰かがノックした。
「鷲崎君、今大丈夫かな?」
向こうから平沢さんの声が聞こえる。
「はい、どうぞ」
俺の答えに平沢さんが襖を開けて部屋に入ってきた。
服はこれが寝巻なのか薄手の浴衣を着ている。
しっとりとした黒い髪が艶やかだ。
「ふふっ、中々に張り切って鍛錬を行っていたな、向こうまで声が聞こえていたよ。だが、これだけ汗だくになってしまってはもう一度お風呂に入った方が良いかもしれないな。今は丁度私達は入り終わった後でもあるし」
「そう、ですね。後で入っておこうと思います」
「そうすると良い。だがその前に明日の予定を少し話しておこうと思うのだが、良いかな?」
平沢さんの質問に頷く。
「明日からの修行だが、ここから少し行ったところにある道場で行おうと思う」
「道場ですか?」
「ああ、道場と言っても今はもう使われていないがな。あそこならどれだけ壊しても問題はないし、丁度いいだろう」
何処か古くて壊しても大丈夫な道場跡地でもあるのだろうか?
「分かりました。何時ごろに出発しますか?」
「そうだな、君にとっては休日とは言え、修行の身として早寝早起きの健全な生活を送ってもらうぞ。健全な魂は健全な身体に宿るともいうものだ。よって6時には起床し朝の鍛錬と朝食を終え、遅くとも8時に行こうと思うが大丈夫かな?」
6時起きか、それぐらいなら問題はないな。
「はい、先生」
「良い返事だ。さて、もう夜も遅くなったから、お風呂に入ったあとはそろそろ寝ておくように。では、また明日」
「はい、先生もおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
少し甘い匂いを残して平沢さんが部屋から出ていった。
甘い匂いを吸い込もうとすると、自分の汗の臭いがそれに混ざる。
……一応、お風呂にはもう一度入るか。
気乗りはしないが、かと言って汗だくのまま寝る訳にもいかないので、出来る限り明日の事を考えながら風呂場へと向かった。