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2-1 新しい目覚め

 暗闇の中で目が覚める。


 目を開けても何も見えず、上体を起こし不安に手が泳ぐ。


 その手を誰かが優しく握ってくれた。


「鷲崎さん、おはようございます。ゆっくりと目に巻いた包帯を取りますので、また目が痛くなったら言ってくださいね」


 ゆっくりと視界を覆っていた包帯が取られ、光が差し込んでくる。


 眩しさに目を細め、それに慣れ目を開くと白陽さんの顔が目の前にあった。


「お加減は如何ですか?お熱の方は……うん、こっちは下がってますね」


 白陽さんが額と額を合わせこちらの体温を確かめる。


 鼻と鼻の先で綺麗な顔がほっと一息を付くが、頭がまだ寝起きで上手く働いておらず声が出ない。


「まだ調子が良くないのでしたら横になっていた方が良いと思いますよ。昨日は高熱も出して大変でしたから」


 白陽さんがそう言って俺を寝かせ布団を被せてくれる。


 ぼーっとした目で窓を見ると夕焼けに変わり始めた空が見えた。


 一日寝ていたのか……これ以上寝ていたくないな。


 時間を無駄にした気がして、無理やり布団から身体を引き出す。


「いや、もう平気です。それよりも……何か、食べるものはありますか?」


 お腹が空いているのは正直な所でもあったし、何か食べていれば目も覚めてくるかもしれない。


「そうですね、昨日から一日食べていませんから何か消化に良い物を作ってきますね。直ぐに用意しますから待っていてください」


 そう言って足早に白陽さんが襖を開け部屋から出て行った。


 遠ざかる足音を聞きながら部屋を見渡す。


 寝ていた部屋は魂力を解放した部屋と同じ部屋だった。


 部屋の隅に俺の鞄等が置かれた机と座布団、それに調度品として花瓶がある以外は何も置かれていない部屋、恐らく客間なのだろう。


 起こした身体を見ると、服が自分の寝巻に変わっていた。


 昨日は制服の上を脱いだ状態で気を失っていた筈だが、着替えを家から持ってきてくれたのだろうか。


 !?


 服が着せ替えられていた事実に布団を勢いよく剥がした。


 だが、下はベルトを外されただけで制服のズボンままであり、下まで脱がされたのではという心配は杞憂に終わり安堵の息を吐く。


 白陽さんが戻ってくるまで特に何もする事がないので、一先ずまた横になった。


 時間で言えば昨日、自分の中にある力を解放した事になるが、どうもその実感はない。


 今は視界も正常でいつもと違う何かもない。


 上げた手のひらを眺めていてもそれは変わらなかった。


 ……ん?


 窓の外に何かが見えた気がした。


 また黒鉄のイタズラか?いや、何かモヤモヤとした物が先程から空を通っている気がする。


 夕日の光でハッキリとは見えないが、何かが外を飛んでいる。


 目を細めても見えないそれが気になり、布団から出て窓下にある外へと繋がる障子を開けた。


「うわっ!」


 外に見えた物の正体に思わず声を上げ尻もちをついた。


 外に居た物、それは非常に奇妙で奇怪な物達だった。


 目だけが浮かんでいる物、犬の顔に貧相な羽根を生やしているだけの物、人の顔が付いた魚のような物、手だけ足だけ頭だけ。


 半透明の魑魅魍魎が庭の外の空をふよふよと浮かんで飛んで行く。


「どうしましたー?」


 俺の声を聞いてエプロン姿の白陽さんがやってきた。


「あれ、あれは、あいつらは?」


 慌てた声で指さされた外を見て、白陽が納得する。


「ああ、霊子の事ですね。大丈夫ですよ、この家には入ってこれませんし、あの物たちに害はありませんから。少し気味は悪いですがそれだけです」


 少し?あれは少しで済むのか?


 苦手な人が見ればそれだけで卒倒しそうな光景に顔が引きつる。


「まぁ、ずっと見ていると確かに気分も悪くなりますし、あれらを無暗に見ずに済む方法もこれから一緒に勉強しましょうね。ご飯は直ぐに出来ますからあと少しお待ちください」


 再び白陽さんが部屋から出ていった。


 魑魅魍魎が跋扈する外を見る気は起きないので、障子を閉めて布団へと戻る。


 今まであんな物が居る世界で、それを知らずに過ごしていたのか……


 身体がその不気味さにゾクッと震えた。



 それから少しして白陽さんがお茶と料理の入った器を乗せたお盆を持って部屋に戻ってきた。


「お待たせしました。卵と葱のお粥に、お魚のふりかけをかけただけですが、先ずはこれを食べてお腹に何か入れておきましょう。お夕飯は食べれそうだったらまた別にご用意しますから」


 そう言って俺の隣に座り、そのまま自然な動作でレンゲでお粥を掬って自身の口元に近づけ、ふーっ、ふーっ、と息を吹きかける。


「どうぞ、あ~ん」


 笑みと一緒に、こぼさない様に手が添えられたレンゲが向けられた。


「あ、いや……」


 自分で食べると言いたかったが、相手の笑みと優しさに言いよどむ。


 相手が親切心でやってくれている事を断るのも悪い……よな。


 決心し口を開けた。


「まだ熱いかもしれないので、ゆっくりと食べてくださいね」


 幼い頃の親から以外に初めて人……いや妖怪だけど、でも綺麗な女性から料理を食べさせてもらう。


 熱さに関しては特に問題はなく、味はお粥として想像していた物よりもキチンと付いていた。


 だが、緊張で何を食べているのか考える余裕がない。


 言ってしまえばこれはただの看病だ、別にやましい事をしているのではない。


 こちらから頼んだ訳でもないし、誰かに見られている訳でもない。


 恥ずかしがる事なんてない。


 そう心に唱えるも、こちらが食べるのを待ってくれている白陽さんを意識して顔が熱くなってくる。


 これ以上考えるのは止めよう。


 出来る限り無心で噛んで飲み込む。


 飲み込んだ所でまたレンゲが差し出される。


 これ以上はと思ったが、やはり彼女の笑顔の前に言い出せない。


 考えるな……考えるな……


 口に運ばれたものを噛んで飲み込む。口に運ばれたものを噛んで飲み込む。


「お口に合わなかったでしょうか?」


 黙々と食べる俺に対し、不安げにそう尋ねてきた。


 少し、しょんぼりとした顔が胸に突き刺さる。


「いやっ!、味は美味しいから大丈夫、です」


 慌てて答える俺を見て白陽さんは安心し、クスッと笑ってくれた。


「それなら良かったです。お茶もありますから、こちらもどうぞ」


 コップに注ぎ麦茶を手渡してくれる。


 これはチャンスだ。


 コップを受け取り、その中にある冷たいお茶を飲み干す。


「ありがとうございます。後は、自分で食べますから」


 そしてコップを返す序に、交換するようにレンゲを受け取った。


 よし、自然な流れで切り出すことが出来た。


 これで年上の女性に世話をされる嬉しくも気恥ずかしい空間を終わらせることが出来たと思った。


 が、横では手が空いた白陽さんが今度はリンゴを剥き始めている。


 まだ世話をする気は満々なのだろう。


 早く自分の手にある器は退かさないと、今度はリンゴも「あ~ん」してくる気がしてならない。


 白陽さんには悪いけど、これは直ぐに食べ終わってしまおう。


「お体の調子はどうですか?何か他にも変わったなって所とかありますか?」


 黙々とお粥を食べていると、白陽さんがリンゴを剥きながら聞いてきた。


 変わった所か……


 外を見た時に見えた物から、自分の視界に大きな変化が起きた事は分かる。


 しかし、それ以外に何か変わった所は無く思える。


 特に期待していた平沢さんたちの様な戦う力は目覚めているように思えなかった。


「あまり実感はない気がします。これは、ちゃんとその魂力は使えるようになってるんですか?」


「そうですね……では、このリンゴをそこから掴もうとしてみて下さい」


 白陽さんが自分の手の平の上にリンゴを乗せた。


 何が目的なのか分からず体を寄せて手を伸ばそうとするが「そのまま、座ったままです」と肩を逆の手で抑えられる。


 今の場所からだと手を伸ばしても白陽に届くまでで、その先にあるリンゴには届かない。


 しかし、これには意味があるに違いない。


 手を伸ばしたまま、リンゴの方へと意識を集中させる。


 掴め、掴め、あのリンゴを掴め。


 頭の中で繰り返し念じる。


 そして、それに応えるように手から半透明の腕が発生し、リンゴへと伸びてそれを握りつぶした。


「あっ!」


 潰されたリンゴから果汁が部屋に飛び散り、白陽の顔にもかかる。


「あらあら。タオル、タオル」


 リンゴ汁を手と顔から垂らしながら白陽が立ち上がった。


「すみません、俺が」


「いえいえ。それに鷲崎君は何処にタオルがあるか分からないでしょ?でも、これから力の抑え方も学習しないとですね」


 そう言ってタオルを取りに部屋から出ていった。


 タオルの置いている場所はここから近いのか、俺が自分の手から発生した透明の腕を見ているうちに直ぐに戻ってくる。


「これ、一体何ですか?」


 戻ってきた白陽さんに堪らず質問した。


 腕は自分の腕より二回りは太く大きい。


 そのせいか力の加減が効かずにリンゴを握りつぶしてしまった。


「それは人の様な生きている物が扱える力です。魂を持つ物だけが使える力なので、私達はそのまま魂の力、魂力と呼んでいますね」


 床を拭きながら白陽さんが解説してくれる。


「その力の使い方は人によって様々です。今の鷲崎君のように自身の身体を模した物を作る方も居れば、鎧の様に纏う方、刀だったり武器の形に変える方等様々です」


 飛び散った汁を拭き終わり、タオルを畳んでから座ったままこちらを向き、指を一本立てる。


「ですので鷲崎君が最初にする事は、それを自分にあった物に作り上げる事ですね」


 自分にあった物、か。


「何でも一度作り上げてしまうと、後から使いにくいと思っても作り直すのは大変だそうですから、じっくりと考えてみてくださいね」


 成程、好き勝手に色々と出来る訳ではないか。


「うーん」と、自分にあった物とは?と考える。


 しかし、簡単にはやり直せないと聞いた手前、直ぐには考え付かない。


 そして考えている時に、ふと疑問に思った。


「白陽さんや黒鉄が使ってる力とは違うんですか?」


 二人の力は今の自分の力と違い実体があった。


 白陽さんのは光という形ではあったが、黒鉄のは鉄の武器を創り出していたし、それはまだ妖怪の力をハッキリとは見る事が出来なかった時にも見る事が出来た。


「そうですね、私達のはまた別で、妖だけが使う力、妖力を使っています。その辺りのお勉強もこれからみっちりとやって行きますので、一緒に学んでいきましょうね」


「はい」


 ぐっと両手を握り「頑張りましょう」とポーズを取る白陽さんを見て頷く。


 これからは今までの学校の授業とは全く違う知識を付ける必要がありそうだ。


 そうこうしていると、玄関から平沢さんと黒鉄の「ただいま」と言う声が聞こえてきた。


「あ、丁度お二人も戻ってきたようですね」


 二人を出迎えようと白陽さんがまた立ち上がる。


「そういえば二人は何処に行ってたんですか?」


「鷲崎君のご両親に挨拶に、鷲崎君も後でご両親に元気な声を聞かせてあげてくださいね」


 そうか、親にも話すと言っていたものな。


 話はどのように説明したのだろうか?


 突然息子が倒れた上に妖怪だ超能力者だと言われたら、普通は相手は気が狂っていると思うだろう。


 でも俺がこうしてここに寝ていて、着替えも持ってこれているという事は、一応話は理解してもらえたという事なんだろうが……


 父さんも母さんも突然の事に心配してるかな。

 

 両親のことを考えていると平沢さんが部屋に入ってきた。


 服装は前に見たスーツ姿に、背に紋章が入った黒の羽織を着ている。


「おはよう。調子は……うん、中々元気そうでなによりだ」


 まだ魂力により作られたままの半透明の腕を見ながら頷き、こちらの前に正座した。


「さて、起きて早々悪いが、先程も君のご両親と話をして、これから君は暫くうちで私の弟子として住むという話にさせて貰った。勝手な話ではあるが、この方が君の為になると思う。どうかな?君が嫌なら、家からこちらに通うという事も出来るが」


「暫くってどの程度ですか?」


「ふむ、君が自身の力を完全に扱えるようになり、自身の身の危険や突発的な周囲のトラブルを解決出来るようになったと私が判断するまでかな。なに、君なら何か月もはかからないさ」


 つまり逆に言えば一か月以上はかかるかもしれないのか。


 少し自分の状況を考える。


「……そうだ、学校はどうなるんですか?」


「学校はここから通う事にはなる。歩いて行くには遠いから車で行くのと、君の護衛の為に白陽か黒鉄が付いて行くことにはなるがな」


「護衛?」


「うむ」と平沢さんが頷く。


「力を解放したばかりの君は悪人や悪い妖が寄ってくる可能性が高い、それにここ最近は何かと妙な事が相次いでいるから安全の為に。一番安全なのは君がうちに居続ける事なのだが、私としてはやはり学生は学校に行き学ぶべきだと思う。君のご両親も同じ意見だったよ」


 学校は果たして行きたいかと聞かれると、正直な所どちらでも良いと考えてしまう。


 楽しいとは思うが、今から平沢さん達から学んでいく内容の方に興味を惹かれる。


 だけど、平沢さんも両親もそう言うのなら学校に行った方が良いか、一応友達も居るし。


「わかりました」


 俺の答えに平沢さんの顔が薄っすらと笑顔を見せた。


「よし、他にも話はあるが一先ず改めて挨拶をさせて貰おう。私は光霊会に所属する平沢 暁子と言う。このように弟子を取るのは初めての経験だが、君の師を誠心誠意、力の限り務めよう。これからよろしく頼むよ」


 平沢さんが手を付き丁寧にお辞儀をした。


 俺もそれにならい、正座し姿勢を正す。


「鷲崎 竜也です。こちらこそよろしくお願いします」


 同じように頭を下げ、相手が顔を上げるのを待って同じく顔をあげる。


「これで私は君の先生となったわけか」


 嬉しそうな顔をしている平沢さんに一つ聞いてみる。


「これからは先生って呼んだ方が良いですか?」


 初めて呼ばれるその呼び方に、平沢が恥ずかしそうに手を口元にやり微笑んだ。


「ふふっ、何だかその呼ばれ方は慣れなくて気恥ずかしいな。だが、折角だし暫くはそう呼んで貰おうかな。君が良ければ師匠と呼んでくれても構わないよ」


「いや、先生で」


 平沢さんからの提案にキッパリと断る。


「……そうか」


 平沢さんが意外と露骨にがっかりとした。


 そんなに師匠と呼ばれたかったのか。


 弟子を取るのも初めてとの事だったし、実は楽しみにししていたのかもしれない。


 しかし師匠……師匠か……


 いや、先生呼びで我慢してもらおう。


 相手一人ならともかく、他の人の前で師匠呼びは恥ずかしい。


「まぁ良しとしよう。他にも話すことや渡す物もあるが、先にご両親に君の元気な声を聞かせてあげなさい。二人とも大層心配していた」


 そう言って平沢さんが立ち上がる。


「君の携帯は机の上に置いている。話が終わったら部屋を出て右の居間に来なさい」


「はい、先生」


「ふふっ、では向こうで待ってるよ。君は良い両親を持ったな」


 優しい言葉を残して平沢さんが部屋を出た。


 机の上を見ると俺のスマホがあったので、それを手に取り母親の番号をかける。


 コール音の間に何から話せば良いか考えようとしたが、直ぐに母親が電話に出た。


 慌てた心配している声が聞こえてくる。


 その声を聴いて自然に心がほっとした。


 俺も声を聞かせて向こうを安心させよう。


 言うべきことは考えていないまま口を開いた。

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