1-3 見学終わり
暫く庭で三人で待つも平沢さんは一向に帰ってこず、白陽さんが中の様子を見に行った。
黒鉄の方はと言うと、人の姿のままだと血が付いているのが気になると言って狼の姿になり寝転んでいる。
そう言えば、彼女たちは人と狼とどちらが本来の姿なのだろう?
「なあ、黒鉄」
「うーん?」
黒鉄が顔を上げてこちらを向く。
「黒鉄と白陽さんは人の姿と狼の姿と、どちらが本当の姿なんだ?」
「本当の姿ねー、どっちがどっちって訳でもないけどアタシは人の方が楽かな。白陽の方は狼の姿が楽らしいけど」
特にどちらでも良さそうに黒鉄が答えた。
彼女たちにとって姿形はあまり関係がないのだろうか。
「そうだ、平沢さんの方は?」
「暁子は人だよ。偶にあの強さって人なのかなって思う時もあるけど、アタシ達の大切な主様さ」
そう言って狼の顔は微笑みを浮かべる。
が、直ぐに思い出したように顔をムスッとさせた。
「あ、ていうかさ、何で二人はさん付けなのに、アタシだけ黒鉄さんって呼んでくれないわけ?」
確かに黒鉄の言う通りではあるが。
「あんなに最初からベタベタとくっ付く相手をさん付けで呼びたくないだけだ」
「ふーん、まぁ良いや、呼び捨てにしたくない位にアタシの事が好きだって事にしておいてあげる」
どういう理屈なんだか。
それから間もなく平沢さんと白陽さんが屋敷から出てきた。
話を聞くに今回相手の妖怪がやっていた悪事の情報を集めていたのだが、平沢さんがパソコンの操作に手間取り時間が掛かっていたそうだ。
学校の時もスマホの扱いに手間取っていたし、機械類が苦手なのだろうか。
その後、黒鉄と白陽さんの二人が先程から名前を何度か耳にする光霊会という所と、今回の様な妖怪が関わる事件を専門とする警察の部署に事後処理の連絡を行う事となった。
記憶処理を行うとかどうとか言っていたので、今回の事を知らなくていい人は全員忘れる事になるのだろう。
「さて、白陽から話を聞いた限りでは君はやはりこちら側に来るという事だったが」
二人に任せた平沢さんがこちらに声をかけた。
「はい」
「そうか……」
力強い返事に平沢が庭園にある岩に腰掛け指を組む。
「本音を言うと、私は君の様な子供がこちらの世界に来るのには反対なんだ。私達の世界に暮らす子供は大勢居る。だが、その子達は元より私達の世界で暮らしてきた者で、君の様な年齢で途中からこの世界へと脚を踏み込んだものは殆ど居ない。だからかな、君には普通に暮らし、普通に大人になって欲しいと思ったんだ」
少し考えるように俯くが、決心し顔を上げた。
「だが、君が妖の力を見て、それでも行くことを決心したのなら、私は君の意思を尊重し、君の進もうと決めた道の手伝いをしよう」
「ありがとうございます。これから、よろしくお願いします」
恐らく長い事お世話になるだろう。
姿勢を正し、しっかりと頭を下げる。
顔を上げた時には平沢さんも微笑んでいた。
「こちらこそ。だが、やるからには折角の才能を無駄にしない為にも厳しく行くぞ。それと君のご両親にも話をしにいかなくてはな」
「え、親と話すんですか?」
「当たり前だ、君の将来に関わる事だからな。それとも何か不都合な事があったかな?」
「いえ、特には」
考えれば当たり前の事だったが、突然両親の事が出てきて面食らってしまった。
話をすると言っても、妖怪たちの事なんてどのように話すのだろう?
警察も関わっているという事は知っている大人は知っているのだろうし、そこから話がされるのだろうか。
「学校の方はどうにか続けられるようにはしたいが……ふむ、手続きなどもあるからご挨拶するのは明後日からの5連休が終わった後でも良いか」
うんうんと平沢さんが頷きながら考える。
「連休中は何か用事はあるかい?出来れば連休中に君の力を起こし、その使い方を教えていきたいのだが」
その提案に素直に心が躍った。
「はい!予定は開けておきます」
少し食い気味に答えてしまい、平沢さんが口を手元にやり小さく笑う。
「ふふ、では連休の間は私の家に来なさい。詳しい事は後で君の電話に連絡するとして、今日は遅くなってしまったから家まで送ってあげよう」
言われた通り、外は暗くなってきている。
お言葉に甘え帰らせてもらおう。
あとの二人は自分たちで帰るという事で、俺だけ先に家へと送ってもらう。
帰り道の間は平沢さんから学校の事などを聞かれているうちに直ぐに着いた。
家から少し離れたところに止めてもらい、車から出た後にもう一度礼を言って別れる。
何時もよりは少し帰るのは遅いと言えば遅いが、まぁ構わないだろう。
普段と変わらぬ自宅のドアを開けて家へと帰り、中に居る両親へ「ただいま」と帰宅の挨拶をする。
今日のほんの数時間で自身の常識は大きく変わったが、家に帰ってしまえば何時もの時間が何時もの様にやってきた。
鷲崎が家に着いた頃、屋敷で光霊会と呼ばれる羽織を着た人と、対霊象事件特別捜査部と呼ばれる警察の人が今回の事の捜査を行っていた。
その光霊会の男の一人が、勝手に屋敷のシャワーを借りて身体を洗い終え人の姿に変わった黒鉄に声をかけた。
「この度もご苦労様でした。報告には妖が人を被っていたとありましたが、これは何者かに憑依し成り代わっていたと?」
それに黒鉄が口元に手をやり「うーん」と唸り答える。
「憑依とかじゃなく、本当に人を被ってた感じなんだよね。人に変化するとか、人の生身か死体かに取り憑いたとかじゃなく、人その物の中に居た感じ。結構出来は良かったよ、殺気だって妖力駄々洩れじゃなければ気が付かなさそうなぐらいには」
「成程、過去の例では人から剥いだ皮を着ていた事例もありましたが、今回は一般人からも外見は人間にしか見えなかった事から、相当精巧に作られた人形に入っていたのでしょう。その人形は残っていないようですが」
男の言葉に黒鉄は目線を反らし、誤魔化す様に笑った。
「あははー、いやーアイツ首すっ飛ばして普通に殺したら人の身体も普通に消えちゃって。中身だけ消えるかなーなんて思っちゃったりはしたんだけど」
黒鉄の言い訳に男が仕方ないと今回の事件の資料に証拠無しとペンで書き込む。
「この事は我々の方で情報を共有しておきます。もしも、またこの様な敵と対する事があれば出来る限り生け捕る方向でお願いいたします」
「はいは~い」
軽い返事に男が本当に大丈夫かといった顔をした。
「しかし、人を模し人の社会に入ろうとした妖ですか。今回はここの人からの密告で騒動になる前に抑える事が出来ましたが、他に模倣するものが居れば厄介ですね」
男が資料を捲ると、ここ最近の人の失踪事件等が相次いでいる事が書かれている。
今回の妖がその全てに関わっているとは限らないだろう。
「最近は他にも奇妙な事件が増えておりますし、今後ともよろしくお願いいたします」
「任せておきなって。それに、うちにも新人が増えたしね」
「白陽様からの報告にあったお方ですね。私共も、その方のこれからのご活躍を期待しております。では、私はこれで。お疲れさまでした」
男は頭を下げ去っていく。
「さーて、アタシ達も帰るかなー」
黒鉄は大きく伸びをした後、白陽を呼びに行った。