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1-2 お仕事見学

 俺は今、平沢さん達に連れられて車に乗って目的地に向かっている。


 学校横の駐車場にあった車までは普通に徒歩で行った。


 学校の敷地内所か、何処だろうと目立つ集団だったに違いないが、誰にも気にされずに付いたのは彼女たちの力なんだろう。


 車は白陽さんが運転して、助手席に平沢さんが座っている。

 

 俺と、車に付く前からずっとこちらに肩に手を回している黒鉄が後部座席だ。


「な~に、かしこまっちゃって、緊張してる?」


 手を膝に置いて固まってる俺を黒鉄がからかい擦り寄ってくる。


「余計なお世話だ。それに、くっ付いてくるな!」


 手で何とか近づく黒鉄の顔を引き剥がそうとするも、相手は変な声を上げるばかりで離れようとしない。


「いいじゃん、これから一緒に初めてのお仕事するんだから仲良くしよっ☆」


 胸をわざと見せつけるように寄せてきた。


 思わず視線が谷間に誘導される。


 艶やかで柔らかなきめ細かい茶色の肌。


 黒鉄の腕に挟まれて自由に形を変える胸に意識を奪われそうになる。


 俺の反応に黒鉄がいやらしい笑みを浮かべた。


「平沢さん!」


 顔を赤くして叫んだ俺に、平沢さんが「まったく」と大きなため息を付く。


「いい加減止めるんだ、彼も困っているだろう」


「ふふっ、は~い」


 言われて黒鉄は体を離したが、腕はまだこちらの肩を抱いたままだった。


 引き剥がしてしまおうかと思ったが、手は優しく乗せられているだけだったので止めておく。


 こんな悪戯よりも、車に乗った時に聞かされた目的地が気がかりだ。


 本当にそんな所に行くのか?この人たちは……




 太陽の光が夕日に変わってきた頃、広い和風の庭付きの三階建ての屋敷の前に着いた。


「よし、ここだな」


 そこは如何にもと言った大きな門構えがあり、正面にはニュース等で偶に見た事のある暴力団の看板が掲げられていた。


 ここが今回の仕事の目的地。


 話では、ここに居る人達が妖怪の力を使って悪さをしているらしい。


「では私と黒鉄が中に入り彼らの所に居る妖を確保、もしくは排除に行く。白陽は鷲崎君と一緒に敷地内で待っていてくれ」


 平沢さんがそう言い前の二人が降りていき、俺も黒鉄に押されるように車から降りた。


 平沢さんと黒鉄はそのまま門に備え付けられたインターホンの前に行く。


「二人は大丈夫なんですか?」


 黒鉄はそもそも人ではなく、恐らく二人の上司のような平沢さんも何か力を持っている事は想像できる。


 それでも、生身の女性が二人で暴力団の館に殴り込みをかけて無事でいられるとは、まだ自分の常識では考えられなかった。


「二人なら心配いりませんよ。それに、鷲崎君も私がバッチリ守りますから大船に乗ったつもりで行きましょう」


 白陽さんがガッツポーズを取って元気付けてくれるが、やはり不安はぬぐえない。


 そもそも、この人は俺に何か透明になる力を見破られたそうじゃないか。


 不安だ。


 そんな思いを他所に、平沢は反応のないインターホンを再び押した。


『よう、嬢ちゃん達。ここはそういうイタズラをして良い場所じゃねぇんだわ。分かったらとっとと帰りな!』


 当たり前と言えば当たり前に機嫌の悪そうな中の住人の声がスピーカーから聞こえてくる。


 カメラから見える二人の姿にイタズラと思われているようだが、平沢は全く気にしない。


「なんだ、居るじゃないか。我々は光霊会の者だ、君たちの所に居る妖に用がある。彼か彼女かは知らないが、その者をこちらに引き渡したまえ。もしも協力関係にあるなら覚悟すると良い」


 平沢の言葉に向こうからの返事は無かった。


 暫し無言が流れた後、一方的に向こうから通話が切れた音がする。


 すると玄関の門が開き、ガラの悪いスーツを汚く着崩した男が現れた。


「姉ちゃんたちよ、余計なことを知ってるようだし中で話を聞かせてもらおうか?」


 男は少々恰好は奇抜とは言え、綺麗な容姿をした女性三人を下種な目線で舐め回す。


「なんかガキも居るけど、あんた達に悪いようにはしねぇさ」


 そう言って、胸でパツパツに張ったシャツを見ながら平沢の肩に手を伸ばす。


 しかし、その手が彼女に触れる事はなかった。


「あ?」


 男の右手はあらぬ方向にねじ曲がっていた。


「すまない、今日は子供も連れている。遅くなっては彼の両親に迷惑をかけてしまうからな」


 平沢の掌底が男の胴に突き刺さり、鈍い音と共に5m以上後ろに吹き飛んでいった。


 仲間が倒されざわつく敷地内に平沢が堂々と踏み込む。


「名乗りは良いだろう、即刻この場を制圧する」


 胸ポケットに入れた札を上に投げ、空中でその札が火に包まれて消えた。


 それを合図に平沢の横から黒鉄が飛び出す。


 空の手を振るうと、その手に身の丈倍近くある鉄の杖が作り出された。


「可愛い新入り君に良いとこ見せちゃおうかな!」


 力任せにそれを振るい、一振り毎に大の男が数人纏めて薙ぎ払われていく。


 男の一人が何とか杖を受け止め掴み取るも、そのまま持ち上げ投げ捨てられ、茂みの向こうへと消えていった。


「くそ、ふざけやがって!」


 暴れまわる露出の高い怪力女よりも、まだスーツ姿の方がチャンスがあると踏んだ一人がドスを腰だめして走る。


「往生せいやー!」


 男の殺意を込めた一撃。


 しかし容易く平沢が素手で受け止め、刃をそのまま圧し折った。


 喉奥から変な音を出して驚く男の側頭部を上段回し蹴りが捉え、横に2回転して男は地面に激突し力尽きる。


 そのまま二人が敷地内で男たち相手に蹂躙を続け、平沢が屋敷の戸を蹴破り二人が中へ入っていく様を鷲崎は後ろで白陽と一緒に見ていた。


 一応相手は生きているようだが、あまりの暴れっぷりに驚きを通り越して少し引いてしまう。


「いつもこんな感じなんですか?」


「そうですね、私達のお仕事は大変な時はいつもこんな感じです」


 にっこりと答える白陽さんに対し乾いた笑いが出た。


 でも、


「俺も、これぐらい強くなれるんですか?」


「そこは鷲崎君の頑張りしだいですね」


「そうですか」


 頑張り次第、逆に言えば頑張ればこれだけの力が付けられる。


 胸にまた新しく芽生える期待と共に、恐る恐る屋敷の敷地内へと踏み込んだ。




 サングラスをかけた男が勢い良くドアを開いて部屋に入ってくる。  


「親父!すまねぇ奴ら普通じゃねえ、俺達じゃ止めらんねぇ!」

 

 その部屋の奥、幾つもの歴代の顔写真が並ぶ前の机に座る角刈のスーツ姿の男が立ち上がった。


「迷惑をかけたなヤス、これはおいの責任や」


 男の名は津島 弘幸、ここ津島組の5代目となる男である。


 彼はある筋からの話に乗り、組を更に大きくする為の悪事を働いていた。


「こんな得体の知れない奴の話を信じてしまったおいのな」 


 津島はそう言って懐から取り出した拳銃を、この状況でもソファの上で漫画を読み寛いでいる白いタキシードの男に向けた。


 部屋の中に居た津島の部下たちも男へと銃を向ける。


「なぁ?蠢さんよ。どうやら奴らはあんさんが目的みたいやわ、どうかこのまま大人しく引き渡されてくれるな?」


 蠢と呼ばれた男は漫画を閉じて立ち上がった。


「まさかこうも早く光霊会が来るとは思わなかった、余程貴方たちの仕事ぶりがずさんだったんだろうさ」


 蠢の態度に部下の一人が激昂する。


「貴様!奴らの事知っとったんか!?なら、なんで早く言わん!」


 その怒りを蠢はせせら笑った。


「言った所で貴様ら才も無い只の人間どもではどうにもなりはしないさ」


「貴様!」


「待てい!!」


 挑発に乗る部下を津島が止める。


「どうやらあんさんとは良い協力関係にはなれなかったようじゃけぇ、付き合いはこれまでや。あのおっかない女達におまえさんは引き渡して今回の件は終いにする」


 津島の言葉を、蠢は鼻で笑った。


 蠢の影がゆらりと蠢く。


 蠢から感じる得体の知れない恐怖に、その場に居る男たちは反射的に引き金を引いた。




 廊下を走りくる黒鉄に向かって男が拳銃の狙いを定め、引き金を引いた。


 発砲音と共に常人では捉えられない速度で銃弾が放たれる。


 その風を引き裂き飛ぶ銃弾を、目に捉えている黒鉄はニヤリと笑い、手に新しく持っている刀で銃弾を真っ二つに切り裂いた。


 続く二発目も切り落とし、走る勢いそのままに膝を男の顔面に繰り出す。


 メキッと潰れる音を上げ男の顔に膝がめり込み、男は後ろの壁にもたれかかるように倒れた。


「とりまこんなもんかな~」


 周囲の敵を粗方片づけた所でスンスンと鼻をならす。


「あーあー、やってんねー」


 軽く腕を振り、三階にある大部屋の戸を切り裂いた。


 切り裂いた先は、凄惨な殺戮現場となっていた。


 バラバラに引き裂かれた元は人間だった物が辺り一面に飛び散り、白いタキシードと口元を赤く染めた男が一人立っている。


「お食事中どもー」


 部屋に入ってきた黒鉄を見て、蠢が舌を打つ。


「チッ、人間の飼い犬如きが」


「そうだワン、社会の害虫を退治しに来たワン」


 黒鉄が態々自身に犬耳と尻尾を生やして挑発に答えた。


「どうせ、人を食べて元気ビンビンになってるんでしょ?来なよ、相手してあげる」


 刀を相手に向けて手招く。


「良いだろう、この私を見くびった事を後悔すると良い」


 蠢が口元を右手で拭い、その腕から鋭い牙を持ったムカデが飛び出した。


 敵の腕から伸びるムカデの速度は先程切り落とした銃弾より速いが、それでも黒鉄は動きを捉える。


 そのまま正面から切り裂いてやると刀を振り下ろした。


 だが、ムカデの牙と、身にまとう甲によって刃が通らない。


 咄嗟に身を捩り刀身でムカデを反らす。


 刀と甲の間で火花が飛び散り、猛烈な勢いで放たれたムカデは背後の壁を貫通し大穴を開けた。


「へー結構……って、おっと」


 相手の力を黒鉄が褒めようとするも、続けざまに蠢の身体から飛び出すムカデ達に遮られる。


 手足問わず、胴や顔からもムカデ達は飛び出し、その鋼鉄の如き硬さで屋敷を破壊して行く。


「どうだ、これこそが妖の本来在るべき姿!お前のような人間に飼われた妖では適うまい!」


 蠢は豪語した。


 しかし、黒鉄は余裕の表情を崩さない。


 迫りくるムカデ達に怯まず、犬歯が見える笑みと共に鉄の塊のような大太刀を取りだし、床が砕けるほどの力を込め、振るう。


 暴力的な鉄塊の一撃がムカデ達を殴殺した。


 鉄に潰されたムカデの欠片が当たりに飛び散る。


「別に、アタシ達はアンタみたいな虫けらと違って、人を食べなくても十分強いんだよね」


 大太刀をズシリと肩に担ぎ直し、黒鉄が口元に手をやり妖しく笑う。


「それに、人を食べてこの程度なんだ」


 蠢の顔が屈辱の怒りに歪んだ。


「ほざけ!!!」




 屋敷の中からは未だに戦闘の音が鳴り響いている。


 偶に壁を引き裂くように何かが飛び出すし、窓ガラスなんて無事な物の方が少ない。


「こんなに騒音を出して大丈夫なんですか?」


 暴力団の屋敷とは言え、発砲音や破壊音がこれ程までに鳴っていては通報は間違いなくされる。


「大丈夫ですよ、最初に暁子様が札を投げましたよね?あれは結界という物を張る札となっていまして、外へは音は漏れませんし、外からは中で何が起きているのかも分かりません。それに、中からも外へは通信などが出来ない様になってます」


 試しに自分のスマホを取りだし見てみると、確かに状態は圏外となっていた。


「ね?」


 手を合わせ、こちらの顔を覗き込むように横に居る白陽さんが微笑む。


「……そうみたいですね」


 何となく気恥ずかしくなり、目をそらしてスマホを直す。


 白陽さんはまだニコニコとしていた。


 この空気をどう切り抜けるか考えていると、大きな音がした後、二階の壁が爆発したかのように破壊され人影が飛び出してくる。


 庭に転げ出るようにやって来たのは、槍を胴と足に二本刺された男だった。


 一見人間かと思ったが、その身体からは白い血が流れ、更に体には顔も含めて空洞が開いており、只の人間ではない事が分かる。


「その傷、黒鉄さんに追われて逃げてきましたか」


 白の血を吹き出しながら立ち上がる男を見下す様に白陽が口を開いた。


「どうやら人を殺し喰らったようですが、それでその程度の妖力とは、彼女も拍子抜けだったでしょう」

  

 上から高圧的な言葉を投げかける白陽に、男の穴の開いた顔が歪む。


「クソが、どいつもこいつも私を馬鹿にして……」


 憤る男から、何かが揺らめき動く物があるように見えた。


 薄っすらと、触手の様に伸びる何か。


 それが何なのか見ようと目を細めると男が動いた。


「そこを退け!!」


 男から何か影のような物が伸びる。


 それは攻撃だ。


 直感がそう告げる。


 攻撃が白陽に向かって猛烈な勢いで迫る。


 白陽さんは動く気配がない、もしかすれば気が付いていないのかも知れない。


 身体が反射的に白陽の前に出た。


 出たところで何か出来る訳でもなかったが、それでも前に出た。


 攻撃に対し、顔を覆うように腕をクロスさせ、来るであろう結果に目を閉じる。


 閉じた視界の向こうで、ガシャン!と鉄がぶつかり合うような音が響いた。


 音に目を開けると、鉄のような甲羅に包まれた大きなムカデが眼前に発生した光の壁に遮られていた。


「これは……?」


 後ろを振り向くと、白陽は満面の笑みをたたえ手を合わせ「まぁ、まぁ、まぁ!」とルンルンに喜んでいる。


「まさか私を守ってくださるなんて。いえいえ、まさかなんて失礼です、これこそ日本男児と言うべき心意気ですね」


 喜びに鷲崎を後ろから抱きしめる白陽を他所に、敵の攻撃は激しさを増していたが、白陽の作り出した結界はビクともしない。


 そして、その攻撃の度に鷲崎の目にも敵の攻撃の正体が見えるようになっていた。


 攻撃しているのは男から伸びるムカデのような物。


 身体の至る所からそれが伸びており、正直かなり気味が悪い。


「すみません、白陽さん、これは?」


 再度尋ねる俺に「ああ」と思い出したように白陽さんが解説を始める。


「これは私が光を集め作り出した結界です。最初に暁子様が作り出したものとは違い、物理的にも霊的にも外部からの干渉を防ぐ物になります。それと妖気を払う力もありますから、今なら鷲崎君の目にも相手の正体が見えると思いますよ」


 白陽さんの言葉に頷く。


「あれが、とは言っても見た目は千差万別ですが、あれが私達の、そして貴方が進むのなら戦う事になる相手です」


 化け物と言って相違ない相手が結界の外で暴れくるっている。


 ムカデの一撃は地面を削ぎ、怒りに任せて振るった一匹が庭に生えている木を両断した。


「恐ろしいですか?」


 耳に囁かれた質問に答える事は出来なかった。


 だけど、相手からは目を反らさなかった。


 それを答えとして白陽が満足げに微笑む。


「最初、私も鷲崎君がこちらの道に進むのは反対でしたが、君なら大丈夫かもしれませんね」


「白陽さん……」


「貴様ら、私を無視するなあああ!!!」


 怒りに任せ更に激しくなる攻撃に白陽が仕方なく対処する。


「煩いので少し黙って下さい」


 指を二本相手に向け言い放つと、光の柱が空から降り注ぎ男を貫き磔にした。


「この、貴様!」


 男がもがくも、体もムカデも動かすことが出来ない。


「この皮があれば、人間の世界で楽に人間を喰う事が出来たのに!それを貴様らが!」


「そうですか、私は興味ないです」


 冷たい視線を向け止めを刺そうとした時、屋敷から人影が飛び出した。


 空でキラリと影が煌めき、大剣二振りと黒鉄が降ってくる。


 大剣は男の両手足を削ぎ落し、黒鉄が手に持った刀で首を突き刺した。


「アタシとやってる最中に他に浮気?」


 白い血飛沫を小麦色の肌に浴びながら、相手の胴を踏みつけ固定する。


「ま、良いけどさ。ばいば~い」


 黒鉄が首を跳ね飛ばし、男の首が転がっていった。


 男の身体と、そこから生えたムカデは溶けるように消えていく。


 最後は何も残らない。これが妖怪の最後なんだろう。


 敵として出会い、誰とも知らぬ妖怪だったが、その最後の光景は少しだけ物悲しさを感じた。


「あー!白陽だけずるーい、アタシも頑張ったから褒めて~」


 余韻に浸る途中、黒鉄が俺に白い血でべったり塗れた身体で抱き付いてきた。


 背中には白陽さんが抱き付き、正面は頭を胸に抱きしめられ二人に挟み込まれる形になる。


 柔らかい女体に全身が包まれるが、黒鉄に付いていた白い血が顔に付くし、そもそもそれのせいか何か臭い。


「おい、抱き付くな!せめて血を拭いてからにしろよ!」


「えー、だってアタシは白陽と違って怪我してるんだし、君が慰めてくれなきゃやだ~」


 そう言って黒鉄は「見て見て」とアピールするも、確かに小さくある切り傷は見ている端から治っていき、誰がどう見ても慰める必要なんてない。


 白陽さんに助けを求めようにも、何故か彼女も笑顔のままこちらから離れようとしない。


「ああ、もう分ったよ凄かったよ、だから離れてくれ」


「ふふっ、分かった。満足した」


 思ったよりもあっさりと黒鉄がこちらから離れる。


「で、どう?やってけそう?」


 一度離れた黒鉄が少し体を屈めて聞いてきた。


 その顔は、今までのこちらをからかうような顔と違い、血塗れであったが一番優しい他者を思う表情だった。


「……分からない。でも、俺が生きる世界には、こんな世界があるんだと知る事が出来た。なら、もっとこの世界を知っていきたい」


 考え出した答えに黒鉄は頷いた。


「怖気づくなんては思ってなかったけど、またちょっと良い目をするようになったね」


 そう黒鉄が言うと、俺の後ろで「あっ」と白陽が手を叩いた。


「そうだ、黒鉄。鷲崎君は先程なんと、相手の攻撃に対して咄嗟に私を庇うように前に出たんですよ」


「え、マジ?やるじゃん!」


 黒鉄の顔がぱっと笑顔になる。


「いや、別に、ただ前に出ただけで何も出来なかったから……」


「いやいや、その女性を守ろうと咄嗟に身体を張れる心が大事なんだって、力なんて後から幾らでも付いてくるんだし。よし、お姉さんが褒めてあげよう。ほら、よしよーし」


「私からも、よしよーし」


 女性二人から褒められ頭を撫でられる。


 悪い気がする訳ではないが、無性に恥ずかしい。


 顔を赤くしながらこの流れが終わる事を祈り耐える。


 平沢さん、早く戻って流れを変えてくれ!




 一方、まだ屋敷内に居る平沢は今回妖が起こした悪事の資料を探していた。


 棚や机の中を探すも、目当ての資料は見つからない。


「ふーむ、やはり最近はこういう物も全部パソコンの中という事か」

 

 目ぼしい所で手を付けていないのはそこだけだった。


「ふっふっふっ」と平沢はズボンのポケットからUSBを取り出す。


「しかし、そんな場所に隠そうとも、これさえパソコンに刺せば機械の中身を全部洗いだし、必要な情報を取り出してくれる優れ物……だそうだ」


 それは光霊会から支給された道具の一つ。


 話によれば、これには霊が付いており、パソコンに刺して使えばどんなに隠した情報だろうと簡単に取り出すことが出来るらしい。


 今回初めて使う代物だったが、使い方が非常にシンプルだったので平沢はこの道具を気に入っていた。


 今まで苦手だった機械から情報を引き出すという事も、これを使えば簡単に出来ると思っていた。


「私とてパソコンの簡単な操作ぐらい出来るさ。さて、電源ボタンは何処かな」


 そう言って、平沢は外付けのモニターにパソコン本体の電源ボタンを探し始めた。

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