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1-1 非日常からの呼びかけ

 パタパタと上履きを履いた自分の足音だけが渡り廊下に響く。


 体育館前へと降りる階段を通り過ぎ別館へと歩いていく最中、猛烈な違和感を感じて足を止めた。


「静か過ぎる……」


 向かっている別館と言われているその場所は、俺が入学するよりも大分前に新しく建て替えられた旧校舎。


 今はパソコンが置いてあるコンピューター室や視聴覚室に図書室、他にも文科系の部活室等も入っている。


 先程通り過ぎた体育館はそれこそ今はバスケ部等の部活動が行われている筈であり、それらを繋ぐこの渡り廊下には人通りがあってもおかしくない。


 近くにある体育館からの声だってあって然るべきだ。


 なのに聞こえてくるのは、遠くにあるグラウンドからの野球やサッカー部等の声ぐらいだ。


 放課後というのに周りからは人の気配が一つとして感じられてこなかった。


「何か、あるのか?」


 思えば先程の二人もそうだ、まるでここには行きたくないかのように突然帰り始めた。


 他の人もそうだとしたら?


 何かがこの先に居て、その何かが近づかせない様にしているとしたら?


 違和感は恐怖に変わっていく。


「馬鹿馬鹿しい、ただの学校に何かなんてあるもんか」


 口ではそう言うも、体は進むのを躊躇った。


 進むべきか、帰るべきか、その場で悩んでいると、別館の窓に紫色の稲妻が走り、何やら人影のようなものが一瞬だけ映った。


「誰か居た……!?」


 好奇心が恐怖を上回った。


 駆け足で渡り廊下を進み、別館へと足を踏み入れる。


 そこにも人の気配は一切なかった。


 今、自分が居るのは渡り廊下で繋がっている二階、先程稲妻が見えたのは三階の奥の窓。


 異様な雰囲気が増していく慣れた筈の学校の階段を、息を殺してそろりそろりと登る。


 踊り場を過ぎて三階へと上がり、壁の角からゆっくりと廊下を覗き込んだ。


 やはりそこにも誰も居ない。


 奥の部屋を見るも、今は静けさを保っているようだ。


「気のせい……いや、そんな筈が」


「あれー、君は迷子さんかな?」


 突然女性の声で話しかけられ咄嗟に後ろを振り向く。


「残念、正面だ」


 しかし、そこには誰も居らず、俺は角から腕ずくで引っ張り出された。


 しっかりと身体を抱きしめられ、顔は小麦色に焼けた肌の大きな胸に押し込められる。


「くそっ、誰だ離せ!」


 甘い匂いに包まれて顔が赤くなりながらも必死にホールドから脱出しようともがくが敵わない。


 鷲崎を抱きしめている相手は、身長がヒール分を除いても鷲崎より10cm程身長が高く、背中まである長い金髪の黒ギャルだった。


 服装は胸の谷間がガッツリ見える緩さと臍が見えるシャツの上に皮のジャケットを羽織っており、下はギリギリまで食い込んだホットパンツとロングブーツを履いている。


 中学生男子相手には破壊力が高すぎる服だったが、鷲崎はその露出の高さよりも突然その女性が現れた事に驚いていた。


 俺が見ていた時は確かに廊下は無人だった、それなのに一体どこから!?


「はいはい、お姉さん達の仕事はそろそろ終わるから、ちょっとだけ大人しくしようね」


 抵抗する俺をあやす様に女性が俺の頭を撫でる。


 それが馬鹿にされたように感じて、更に強くもがくも体格差以上の力で振りほどけない。


 暫く抵抗していると「終わったかな」と女の人が俺を抱きしめたままぐるりと180度回り、もがいていた俺の身体も回してそちらの方に向かせた。


 すると奥の部屋から、腰ぐらいまである黒く真っすぐで綺麗な長い髪の女性と、肩にかかる位までの少し短めの白い髪の女性が出てきた。


 俺よりも身長の高い黒い髪の女性は凛としたキレ目の顔をしており、服装は上着を脱いだ女性物のスーツ姿、ネクタイはキッチリと結ばれている。


 その横に居る俺と同じぐらいの身長の白い髪の女性は柔和な優しげな顔をしているが、何故か巫女のような服装をしていた。


 それに両方とも俺を羽交い絞めにしている人に負けず劣らず胸が大きい。


 何者なんだ、このコスプレ集団は?


 それがシンプルに浮かんだ疑問だった。


 黒髪の女性は兎も角として、他二人は普通に街中で歩いていても目立つ存在だ、


 そんな三人組がどうしてこんな中学校なんかに居るんだ。


「その子は一体?」


 黒髪の女性が尋ねる。


「なんか、そこで見てたから捕まえた」


「そこで?君、どうやって……いや、先に名前を聞かせてもらえないか?」


 黒髪の女性が俺に名を聞くと、金髪の人は俺から手を放して下ろした。


 身動きが出来るようになった今のうちに逃げて誰かに通報するべきかと思ったが、多分この人たち相手では逃げられない。


 ここは素直に名前を名乗って相手が何者かを知っておくべきか、


「……鷲崎 竜也」


「ふむ、男の子らしく強そうな良い名前だな。私は平沢 暁子あきこ、彼女は白陽はくようで君を捕えていたのが黒鉄くろがねだ」


 平沢と名乗った女性の紹介に応じて白髪の女性が丁寧な礼をし、金髪の女性がヒラヒラと手を振った。


「さて、互いの名前も知ったところで改めて聞こうと思うのだが、君はどうやってここに来た?」


 平沢、さんが胸の下で腕を組み質問をしてくるが、俺にはその質問の意味が分からない。


「どうやってって何の事だ?それよりも、お前たちの方こそ俺の学校で何をしている!?」


 質問を返すと平沢は困った様な顔をした。


「ふー、では質問を変えよう。君はどうしてここに来たんだ?」


 やはり質問の意味は分からなかったが、自分が見たものを正直に答える。


「それは……学校の廊下から黒い髪の、そうかあれは貴女か、廊下から貴女と一緒に大きな白い犬を見て、それが気になったから」


 俺がそう答えると、何故か後ろに居る黒鉄がブフッと噴出した。


「白い犬?……君が見た私の隣に黒いのは居なかったか?」


「黒い?いや、白しか居なかった」


 俺の答えに黒鉄が突然腹を抱えて笑い転げ、平沢さんが大きくため息を付いて「どうしたものか」と顔に手をやり、白陽さんはやらかしたと言った感じに顔を赤らめて縮こまった。


「あわわ、ですが私は普段と変わらず不可視は行っていましたし、それに今もここの結界は作動しておりますし……いえ、申し訳ございません」 


「アッハッハッハ。ま、アタシが完璧なだけで白陽を素で見破れるのがヤバいだけでしょ。それにこの子がアタシらの結界を素通りしてきたのも事実だし、何か変な事に巻き込まれる前にウチで飼っちゃおうよ」


「待て、話を勝手に進めるな。そもそも彼はまだ学生じゃないか。力があるとは言え、それを私達の独断で決める訳にはいかないだろう」


 俺に関する話が、俺の全く理解の届かない内容で繰り広げられる。


「えー、どうせ力が本格的に出て問題を起こすか、巻き込まれるかなんて時間の問題だし、やっぱりウチで飼っちゃった方が安全だって。それに」


 黒鉄がそう言ってまた俺の事を後ろから抱きしめ、ふんわりとした匂いと共に顔を寄せてきた。


「ほら、目はまだどっちを向くべきか分かってないみたいだけど、顔は将来良い男になりそうな顔してるしさ」


「止めろ、顔を近づけるな!頬をこすり付けるな!」


 年上の女性の過激なスキンシップから逃れようとするも、やはり黒鉄の力の強さからは逃れられない。


「さっきから分からない事を何時までも!お前たちは一体何者なんだ!?ここで何をしていた!?俺が何かそれに関係でもあるのか!?」


 状況に取り残された俺の怒りの問いに、平沢さんが腕を組んで少し考えたあと「仕方ない」と口を開いた。


「私が今から話すことは冗談とかではない、この世界で君や多くの人が知らないだけで普遍的に存在している事だ。だから落ち着いて聞いてほしい」


 ゆっくりとした口調で諭すように語り、ひと呼吸を置いて答えを告げる。


「私達は所謂幽霊や妖と呼ばれるものや、それに類する力を持った人間が起こした問題を解決する仕事をしている、今日ここに来たのも仕事の為に来た。そして君は私達と同じ力、それも非常に強力な力を持っている」


 正直、冗談としか聞こえなかった。良い年した大人が何を言っているんだと。


「混乱するのも無理もない。だがこればかりは聞くよりも見た方が早いだろう。白陽」


 平沢さんの声に白陽さんが頷き、彼女の身体が青白い炎に包まれた。


 驚きに目を見開いていると、炎の中から美しい白の毛並みの大きな獣が姿を現わして一礼する。


 獣になっても優しさを感じる金の瞳を宿した顔を見るに、犬ではなく狼と言った方が正しい。


「改めまして白陽と申します」


「そしてアタシが」


 白狼に見惚れていると背中から押し倒され、上に乗った黒鉄もまた青白い炎に包まれ姿を変える。


「黒鉄ってんだ。これからよろしく」

 

 眼前の炎を掻きわけるように金のメッシュが所々に入った黒い狼が顔を出し、犬歯をむき出しにして名乗った。


「見ての通り彼女たちは人間ではない。強引な形ではあるが、君が私達に出会わなくとも遅かれ早かれ関わる事になる物たちだ。さて、君には二つの選択肢がある」


 黒鉄が上から降りて立ち上がる事が出来た俺に、平沢さんが指を立てる。


「一つは君の力と今日の記憶を封印し、君の今までの日常に戻る道。それともう一つは、君自身の力と向き合い、今までとは違う世界を知って歩む道。君はどうしたい?」


 非日常が手招いている。


 ある筈がない、馬鹿馬鹿しいと、思春期特有の斜に構えた態度で否定していたものが目の前にある。


 頑なな否定は憧れと同義であり、少年は自分の日常を打ち砕いてくれる物に飢えていた。


 学業や部活動等に心血を注げるほど夢中になれる物も無く、ただ何となく学校に行き漠然とした日常を過ごす。


 それは決して悪いことではなく、多くの人は自分の道を時間をかけて見つけていく物で、彼はただその道の途中に居るだけであったが、彼は子供らしく今を変える何かが欲しかった。


 その何かが今目の前にある。そして、それを叶える力が自分の内にあるという。


 なら、行きたいと思う道は一つだった。


「世界の真実を知る道を」


 俺が出した答えに平沢さんは腕を組みなおして小さくため息を付く。


「……分かった、ここは君の意思を尊重しよう。だが、性急に結論を出すと言うのも良くないだろう。そこでだ鷲崎君、これから少し時間はあるかな?」


「俺は大丈夫です。何かするんですか?」


「なに、少しばかり私たちの仕事を見てもらおうと思ってな」


 そう言って平沢さんはズボンのポケットからスマホを取り出した。


 スマホを扱い何かを見ようとしているが、どうもそれを操作する手の動きが鈍い。


「うーむ、どう見るんだったか」


「私が見ますので貸してください」


 人の姿に変わった白陽さんがスマホを受け取り、慣れた手つきで操作していく。


「次の場所についてですよね?それはここのアイコンを押しますと、こうやって光霊会からの連絡が見れます。そして青くなってる文字を押しますと地図の方も出てきますので、次はちゃんと覚えてくださいね」


 地図まで開き終わったスマホを渡されながら注意され、平沢は少し渋い顔をした。


「最近の機械は便利なんだろうが、すぐに使い方が変わって私にはどうも付いて行けないな」


 愚痴をこぼしながら目的の場所と、その連絡にある依頼内容を確認し頷く。


(ここ、彼を連れていくには危なくないでしょうか?)


 隣で一緒にスマホの画面を見ていた白陽が心配そうに小声で聞いた。


(私達が一緒に居るんだ、問題はない。それに今後の事を考えると、これで無理だと思ってくれるのなら、それはそれで良いさ)


 平沢も小声で答えてスマホをポケットへと直す。


「では行こうか」

三人の名前のフリガナを忘れていたので追記

主人公のは読みはそのまま

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