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婚約破棄を乗り越えて?傷心旅行に向かう。

婚約破棄を乗り越えて?傷心旅行に向かう。

作者: 柚木

煌びやかな祝宴が滞りなく開催されている中で、私は気がついた。


『あら、これって婚約破棄イベントが行なわれる祝宴では無かったかしら?』と。


エスコートしてくれた婚約者の姿は、会場に着いた瞬間あたかも「そんな者は存在していません」と言わんばかりに、とっくの昔に行方を晦ませていた。


「まあ、あの方もヒロインちゃんの取り巻きですものね…」


私は会場に着いて早々に壁の花となりながら果実を絞ったジュースで喉を潤わせていた。

踊りやすいワルツを奏でている楽団に、着飾った令嬢令息達を眺めながら嘆息する。






皆様、お初にお目にかかります。


わたくし、セレスティア・フォーサイスと申します。

この国、ネイサン王国の伯爵家長子でございます。

どうぞ、お見知りおき下さいませ。


お気付きかと思いますが…えぇ、わたくしには【前世】とやらの記憶がございます。


皆様と同じ【地球】の【日本】で暮らしていた記憶ですわ。


わたくしが何故【転生】とやらをしたのは割愛すると致しまして。

今のこの状況について、説明したいと思いますがよろしいかしら?




本日の祝宴は、私共わたくしどもの学園卒業を祝う催しで、それぞれが自身の婚約者であったり、想いを寄せる方達とダンスを楽しんだり、社交をしたりする場でございます。


勿論、わたくしも婚約者であるケント・ワグナー様と登城し祝宴の会場までご一緒しましたが…


今、わたくしの傍に彼はおりません。


彼は遠くからでも目立つご一行と共に談笑していらっしゃいます。


見目麗しく、爵位も高い方々が一人の少女を巡って牽制し合っている。


その中の一人がわたくしの婚約者です。





壁の花の少女は空になったグラスを給仕に渡すと目立たぬように小さく溜息を吐いた。

その吐息には【呆れ】【後悔】【混乱】が苦く混じりあっている。


少女の心の中を代弁するならば「攻略対象だと気付いていればサッサと見限っていたものを…」だろうか。


少女が前世を思い出したのは今さっきの事で、いくら淑女としての教育を受けているとはいえ混乱を表情に出してしまうのは仕方の無いことだろう。


「ティア、どうなさいましたの?」


コロコロと鈴の音を転がしたような可愛らしい声に、壁の花であった私は聞こえてきた友人の声に反応して俯いていた顔を上げた。


「ケント様は、ご一緒ではないの?」


コテリと首を傾げる動きに合わせてサラリと癖の無い真っ直ぐな銀糸が肩から流れ落ちる。

学園主催の祝宴にマナーの決まりは無いが、ほぼ全ての女性が髪を結い上げている中で髪を下ろしている姿は酷く目立った。


しかし友人であるグレースは、この国の第一王女であり流行の最先端を作る方だ。


私の視線に気が付いたのかグレースはフワリと柔らかい笑みを浮かべて流れ落ちた髪を一房摘んだ。


「今、帝国では髪を下ろすのが流行なんですって。複雑な結い上げではなく、髪本来の美しさが重視されているらしいわ」

「グレース様の髪はとても綺麗ですから、羨ましいです」


私は自分の栗色の髪を思い浮かべてそう言えばグレースは目を瞬かせた。


「ティア、貴女の髪は艶があって滑らかな手触りでわたくしは大好きよ」


そう言ってウィンクしてくる茶目っ気のあるグレースに私はクスリと笑った。

明るく朗らかなグレースは王女という身分を振りかざすことなく誰にでも屈託無く接するので、頭の固い高位貴族の年配方おじいちゃんたちからの評判は悪いが、下位貴族の者たちからはとても慕われている。


「ありがとうございます、グレース様」

「ふふ、どういたしまして。それで貴女は何故一人なのかしら?」

「…ケント様はご友人方とお話してますので」


私がそう言って一人の少女に群がっている一行を目線で示すとグレースは眉を寄せた。


「セレーナ様ですわね…何でも稀有な治癒魔法の使い手だとか」

「【治癒】【浄化】【結界】の魔法を使えるそうですわ。それに加えて可愛らしい方ですから」


私はそう言ってセレーナ様を見つめた。

キラキラとシャンデリアの光を弾く黄金の髪を高く結い上げ、夏の空の青さを閉じ込めた様な青い瞳。

私の頭の中で『流石ヒロインちゃん。すんごく可愛い』という前世の私の声が聞こえる。


「あらあら、あんなに男性方を虜にしてしまうなんて…さぞ魅力的な方なんでしょうねぇ」

「グレース様?」


先程より、ワントーン低い声に目を瞬かせるとグレース様はニコリと笑って扇で口元を隠した。


「その虜の中に、ケント様やわたくしの弟が混ざっていなければ…ねえ?」


言外に『見逃してやったのに』と含まれているようで、怖い。

わたくしは淑女の面を被りなおしてグレース様に向き直った。


わたくし以外にも、婚約者を置き去りにしている殿方も多いように感じますわ」

「そうですわね…というか、あの中で婚約者がいない者、いなくありません?」


グレース様の言葉に私が再度セレーナ様一行を見ると。

確かに。あの取り巻いている殿方の悉くが、婚約者持ちだった。


「…頭痛がしてきましたわ」

「ティア、気をしっかり持って」


グレース様は私の背中をポンポンと優しく叩くと声を潜めた。

もう、口調が前世に引っ張られているが、取り繕えない。


「…小耳に挟んだのだけれど、あの殿方、婚約破棄を言い出すつもりらしいわ」

「…腹痛もしてきましたわ」

「ティア」

「聞いてますわよ。それで、どの殿方ですの?」


今の所、逆ハーっぽい気もするけど。

現実に逆ハーはありえない展開だから。

メイン攻略対象は王子…


「全員ですわ」


グレース様の言葉に私の思考はぶった切られ、ポカンとグレース様を見る。


「ティア、口を閉じなさいな」


フワリとグレース様が自分の扇で私の口元を隠してくれる。


令嬢にあるまじき姿を晒していたのだろう。


グレース様の背後に影のように付き従っている護衛の方が目を伏せて唇を噛み締めている。

その肩が微妙に揺れている事から笑いを堪えているのであろう事が伺える。


「カズマ、笑っては失礼よ」


グレース様は背後の気配に敏感なのか笑いを堪えている背後の護衛を嗜めた。


「…し、つれい…いたし…ました…」


明らかに堪え切れていない謝罪に私はジトッと目を細めて言った。


「笑うなら笑って下さいませ。堪えきれず謝罪される方が恥ずかしいですわ」

「ごめんなさいね、ティア」


グレース様が申し訳なさそうに私に謝るが私の視線は背後の護衛に注がれたままだ。


「申し訳ありませんでした。セレスティア様」


私の抗議に護衛のカズマは頭を下げた。

90度の最敬礼に私は目を瞬かせる。


「グレース様、この方はどこの出身でしたかしら?」

「王国の東に点在する島々からなる【ヤマト国】よ。言ってなかったかしら?」


懐かしい響きだ。

私は目の前の護衛を再度見る。


引き締まった細身の体躯。刈り込まれた短い黒髪。

先程まで笑っていたからか潤んだ瞳は、髪と同じく黒い瞳。



よし、婚約破棄されたら傷心旅行と題して【ヤマト国】に行こう。



そう心に誓った瞬間、祝宴会場に声が響き渡った。


「サマンサ・クェンティ!! 貴様との婚約を破棄する!!」


どうやら、婚約破棄イベントが始まった様だとそちらを見ればグレース様の弟である第一王子の婚約者であるサマンサ嬢が王子に婚約破棄を言い渡されていた。


クェンティ公爵家は代々王家に忠誠を誓っている筆頭公爵家だ。

何代かに一度は王家から姫が降嫁されたり、公爵家の令嬢から王妃を輩出したりと王家とも血の繋がりが強い家。


もちろん、たった今、婚約破棄を言い渡されたサマンサ嬢も曾祖母が王家から降嫁された姫を持つ王族に連なる方だ。


「…婚約破棄の理由をお聞かせ願えるかしら」

「何を白々しい!! 貴様が嫉妬に駆られ学園でセレーナを虐げていた事を知らぬと思ったのか!!」


第一王子はセレーナ嬢の肩を抱き寄せて声高に叫ぶ。

そんな弟の姿を見てグレース様はいつもと同じ微笑を浮かべていたが、握っている扇からミシミシという音が聞こえてくる。


「…グレース様、扇が壊れますわ」

「ええ、そうですわね」


頷きながらも、扇から聞こえてくるミシミシという音は途切れない。


「…お馬鹿、お馬鹿と思っていましたが…ここまでの大馬鹿とは思いませんでしたわ」

「心中お察しいたします」


私がそう言えばグレース様が小さく溜息を吐いた。


「本当に馬鹿な子…サマンサがそんな幼稚なことをすると本気で思っているのかしら?」

「サマンサ様は、そういった騎士道に反する行いが大嫌いですものね」


二人で顔を見合わせて苦く笑う。



わたくしが嫉妬? 虐げた? 寝言は寝てから言ってくださいます?」


案の定、サマンサ様は否定なさった。


わたくしがそんな騎士道に悖る様な行いをすると、本気で思っておいでですか?」

「セレーナが言ったんだ、貴様に虐げられたと!!」

「…セレーナ嬢。わたくしが貴女を虐げたという証拠をお出し下さい」


サマンサ様が静かにそう言えばセレーナ嬢は王子の後ろに隠れるようにして怯えた様子でフルフルと首を横に振る。


「貴様、セレーナが怯えているだろう!! これが何よりの証拠だ!!」

「…本気でおっしゃっているのですか、殿下」


サマンサ様が呆れたようにそう言えば王子は力強く頷いた。


いや、いくら何でもそんな証拠ありえないと思うのですが…

取り巻きの方々は口々にサマンサ様を攻め立てます。

その中にわたくしの婚約者の姿もありサマンサ様に土下座で謝りたい衝動に駆られました。


そして取り巻きの方々も、それぞれ自身の婚約者に婚約破棄を言い渡しています。


王子は王子でセレーナ嬢と人目を憚らずイチャイチャし始め祝宴どころの騒ぎでは無くなってきました。


「セレスティア・フォーサイス!!」


そしてようやくわたくしの番がやってきたようです。

目の前までやってきた婚約者(仮)のケント様が私を見て、その隣に立つグレース様に気付きギョッと目を見開きました。


「グレース姫様…何故こちらに?」

「ごきげんよう、ケント様。わたくしが友人の隣にいては駄目なのかしら?」


グレース様は先程までの怒りを微塵も見せない淑女らしい微笑を浮かべてケント様に答えます。


そういえばケント様にはグレース様と友人だと伝えたことはありませんでしたわね。


「何か御用ですか、ケント様?」


私がそう言えばケント様は迷うように私とグレース様を見ています。


「あ、えっと…その…」

「ケント様、ティアとの婚約を破棄してくださいませんこと?」


言いよどんだケント様をジッと見つめてグレース様がふわりと笑う。


「エスコートも満足に出来ず、他の令嬢の傍で鼻の下を伸ばしているような輩、わたくしの友人の婚約者には不向きだと思いますの…それに、婚約破棄を言い渡しにいらしたんでしょう?」


グレース様はにっこりと笑みを浮かべて言葉で切り捨てる。


「さっさと、あちらのセレーナおはなばたけの所にお帰りなさい?」


そう冷たく言い放ち、扇でセレーナ嬢達の方を示す。

ケント様は縋る様に私を見たが、私が殊更優しげな笑みを浮かべるとケント様が喜色を浮かべる。


「今までありがとうございました、どうぞお幸せになって下さいませ。ワグナー様」


そう言って一分いちぶんの隙も無いカーテシーで挨拶すると踵を返した。

後ろでワグナー様が何か言っているような気がしたが…無視だ、無視。


そんな私の後ろからグレース様も付いて来る。


「グレース様?」

わたくしもやらなきゃいけないことが出来たから帰るわ。カズマ、ティアを馬車まで送ってあげて」

「承知致しました。フォーサイス様、こちらへ」


グレース様の護衛を借りるわけにはいかないと断ろうとしたが、いつの間にかグレース様の周囲には3人の護衛が立っていた。


陛下おとうさまに話をしなければならないから連絡を入れておいて頂戴」

「畏まりました。姫様」

「ティア、気にしないでカズマを使って。私は他にも護衛がいるから大丈夫よ」


護衛の一人が王宮の奥へと足早に消えていくのを見てグレース様がこちらを見て笑った。


「ありがとうございます。グレース様」

「うふふ、近いうちにお茶しましょうね」

「ええ、勿論」


グレース様は私の返事を聞くと笑みを浮かべて王宮の奥へと去っていった。


「フォーサイス様。馬車の準備が出来ました」

「ありがとうございます。カズマ様」


カズマ様にエスコートされて王宮を後にした私は祝宴の後日談をグレース様の自室でお茶を頂きながら聞くことになった。


弟である第一王子は王位継承権を剥奪され国境沿いの砦に半年の間、心身ともに鍛えなおされることになったらしい。


その砦はクェンティ公爵家が団長を務める騎士団が常駐している砦でサマンサ様もそちらで王子の教育に携わるらしい。


他にも後継者であった人は継承権剥奪されたり、放逐されたり、神殿に入れられたりと様々な処分を受けたらしい。


勿論、わたくしの婚約者であったケント様も例外では無く。


ワグナー子爵家とフォーサイス伯爵家は領地が隣同士であったため、長年交流があった家同士だった。子爵家の次男であったケント様は伯爵家である我が家に婿入りの予定であったが、婚約が破棄され子爵家当主の父親から身分を剥奪されて放逐されたと聞いた。

わたくしの父も呆れていたが、子爵家当主のおじ様の怒りは凄まじかったらしい。


詳しい内容は子爵家の正当な跡取りである長男のシリウス様から直接話を伺った。



「セレスティア様、この度は愚弟の愚かな行いに巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」


そう言って深く頭を下げた、憔悴しきったシリウス様の姿に私は「気にしないで欲しい」と言葉を掛けることしか出来なかった。



「それで、いつ出発するのかしら?」

「明後日です」

「そう、楽しんでいらっしゃい」


薫り高い紅茶を楽しみながらグレース様が問いかける。

その問いに私は笑顔を浮かべて答えるとグレース様がクスリと笑って自分の後ろに立つ護衛を目線だけで呼び寄せた。


「何でしょうか、殿下」

「カズマ、ティアと一緒に【ヤマト国】へ行ってくれないかしら?」


思いがけない言葉に私は令嬢らしくお淑やかに飲んでいた紅茶を噴き出すかと思った。


「…ご命令ですか?」

「ええ、わたくしの大切な友人の『傷心旅行』の護衛をして頂戴」

「グレース様!?」

「カズマ、たまにはお国のご両親に顔を出してきなさい。貴方、こちらに来てから一度も国へ帰ってないでしょう?」


私の咎める声をサラリと流してグレース様は近くまで来た護衛を見上げる。


「ご両親を安心させて来なさい。命令よ」

「…畏まりました。フォーサイス様、ご同行お許しいただけますか?」

「え、あ、えっ!?」


元々一人で行こうと思っていたと答えると目の前の人は呆れたように深く溜息を吐いた。


「令嬢一人で旅行に行かせる人がいますか…」

「馬に乗っていくつもりだったから一人の方が身軽ですし…」


何より、日本人の記憶に引っ張られているので侍女さんとかにお世話されるのも申し訳ない。

一人の方が気楽だし。


「殿下、是非とも護衛任務行かせて頂きたいです」

「ええ、カズマならそう言ってくれると思ってましたわ。聞きましたわね、ティア」


私がグレース様を見ると、それはそれは極上に輝く笑顔を見せてくれた。


「カズマと一緒でないと出国許可は出しません」

「…はい」

「女の一人旅なんて、危ないでしょう?」

「はい」


男装すればいいかなって。

髪をバッサリ切って、胸は元々ささやかな膨らみ程度だからサラシとかで潰せば女に見えないだろうし。

…言ってて少し悲しくなってきた。


「では、ティア。お土産楽しみにしてますわ」

「ええ、楽しみにしていてくださいませ」

「カズマ、ティアを頼みますわよ?」

「畏まりました」


グレース様は予定があると言い、私もお暇することにした。


「カズマ様、道中お世話になります」

「こちらこそ。若輩者ですが、よろしくお願い致します」





こうして【ヤマト国】へ傷心旅行に出発することになった私と護衛をしてくれるカズマの珍道中は、またの機会にでもお話させていただきたく思いますわ。



これは、わたくしの婚約破棄を乗り越えて?傷心旅行に向かうまでの物語。


御清聴、ありがとうございました。


またのお越しをお待ちしておりますわ。




https://ncode.syosetu.com/n1851ft/

続きは、こちら↑です。

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[良い点] 連載化が楽しみみたいな
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